2017/09/26 - 2017/10/03
117位(同エリア478件中)
ポポポさん
旅行4日目、16世紀に栄えた古都ブハラの観光です。
ブハラは2500年前から東西交易の交差点に位置し繁栄を誇ったオアシス都市です。9世紀サマーン朝の時代に黄金期を迎えましたが1220年チンギスハーンの来襲により町は破壊され灰燼に帰してしまいました。
その後16世紀シャイバニ朝の時代に首都として隆盛しました。
以後ロシアの支配を受けるまでブハラ・ハン国の首都として歩んできましたが街の佇まいは往時とほとんど変わることはないそうです。
現在残っている多くの歴史的な建物はシャイバニ朝時代に建てられたもので、この歴史的な町はブハラ歴史地区として世界遺産に登録されています。
ブハラは大きな町では無いのでほとんど一日歩いて観光しました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
9月29日、旅行4日目の朝です。
ホテルの写真を撮ろうと外に出てみたら寒い。吐く息が真っ白です。
何度くらいだろうか?4~5度くらいかな。天気予報通りに気温が下がりました。
夏から一夜明けたら秋を飛び越して冬になっていた。こんな表現がぴったりの気温の変化でした。
ガイドさんもこの時期としては経験したことも無い寒さだと言っていてダウンを着込んでいました。
ちなみにブハラの平均気温、9月の最低気温は12度・最高気温は29度で、10月でも最低気温は8度、最高気温は23.5度でなんです。異常気象に見舞われちゃいました。
周囲を散歩しようと思っていましたが、寒いのですぐにホテルに退散。 -
ホテルのフロントとロビー。
このホテルは4つ星ホテル、ブハラでは高級ホテルです。WIFIは無料でした。 -
食事は7時から、1階のレストランで。
写真はレストランの様子。7時過ぎなのでまだ宿泊客は少なかったです。 -
朝食を紹介しましょう。すでに幾品かは宿泊客にチョイスされていたため配列が乱れてました。
クロワッサンやジャム入りのパンケーキなど菓子パンのコーナー。
これらは食べていないので甘いのかどうかは分かりません。ご自身で試してください。 -
クッキーと豆菓子、ドライフルーツ。
ドライフルーツなどはどのホテルでも美味しいと思いますよ。 -
スイカ、ブドウ、瓜などのフルーツ、美味しそうですね。瓜がどんな味なのか食べてみたかった。
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蜂蜜とジャム。そう言えばウズベキスタンでは一度も蜂蜜を食べなかった。
だんな味だったんだろう。ガイドさんの話では上質な蜂蜜が取れると言っていたけど・・・。
この時はそんな事考える余裕もなかったな。 -
ハム類にチーズと生野菜。
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卵料理にボイルしたソーセージ、オートミールの御粥など。コーヒー、紅茶、ミルクやジュースなどの飲み物もありますよ。写真撮っていないだけ。料理の品数は宿泊したホテルの中では多い方でした。
ところで、いつも自分の料理の写真を撮っているのにどうして載せないないのか疑問に思いませんでしたか?
実は朝食を取っていないんです。御粥も食べずオレンジジュースを飲んだだけです。
昨日深夜からお腹の調子がおかしくなったんです。添乗員さんが話しておられた腹が緩くなるという現象に私もなってしまいました。
幸い腹痛はありませんでした。激しい下痢ではないので正露丸を飲んだんですが一向に回復しないのです。私、お腹の調子が悪い時は正露丸で一発で治るんですが今回は直りませんでした。
薬が効かないのなら次に直す方法は食事を抜くこと。そのため今朝は絶食、水分補給はしないといけないんでジュースを飲んだだけです。
原因は昨日の昼食でしょう。添乗員から止められていたスイカと水を一緒に飲んだことと水がまだ滴っていたブドウを食べたこと。このブドウが特に怪しいと思っています。
たぶんこれが原因でしょう。
食事を抜いたので元気は出そうもありません。テンションも下がっています。歩くことはできるので遅れずに付いて行こうと思います。
ベトナムの時経験した食当たりよりはずっといいので2日もすればよくなるでしょう。 -
ホテルを8時10分に出発してやってきたのがサーマーニ公園。とても広い公園で中には遊園地もあります。この公園内にチャシマ・アイユブやイスマイル・サーマーニ廟があります。また園内の通路には早朝から土産物店が出店を出していて、道行く観光客に声を掛けていました。
今日の観光はここからスタートです。また本日の撮影料は4ドルです。
まず訪れたのが公園の中にあるイスマイル・サーマーニ廟。
この霊廟は中央アジア最古のイスラム建築でその後のモスクの原形と言われており、サーマーン朝のイスマイル・サーマーニが彼の父のために892年から943年にかけて造った霊廟です。
後にサーマーニも彼の孫もここに埋葬されたのでサーマーン朝の王族の霊廟になりました。
ブハラがモンゴル軍の来襲を受けた時この霊廟はほとんど地中に埋もれていたため、幸いにもモンゴル軍の破壊から免れることができました。
この霊廟が発見されたのは1925年、ソ連時代のことです。
ガイドの説明によると大きさは11m四方(地球の歩き方では9m四方、Wikipediaでは10m四方と書かれていた。どれが正しいんじゃ・・・。はっきりさせてくれ)で、壁の厚さは2m。兎も角ガイドの説明を続けます。
四隅にある太い円柱で丸いドームを支える構造で、壁の上部には10個のアーチがある。建物側面には4つのアーチ型の入口があり、内部のドーム周りの4隅には小ドームがあり、火を焚く祭壇もある。
実はこれらはゾロアスター教(拝火教)の神殿建築の特徴で、この霊廟はイスラム建築でありながらイスラム建築とゾロアスター教の建築様式が混在した初期のイスラム建物としてとても貴重なものだそうです。
天井の円形ドームですが、丸は太陽を象徴しており、以後モスクや霊廟には丸いドームが取り付けられるようになったそうです。日干しレンガの霊廟 by ポポポさんイスマイール サーマーニ廟 史跡・遺跡
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建築資材は日干しレンガのみ。
この日干し煉瓦の組み合わせで幾何学模様や陰影や光の取り込みを行っているんですがその模様が見事です。
光の取り込みやレンガの陰影による壁の模様は月光の下が一番美しいのだそうですよ。日干しレンガの霊廟 by ポポポさんイスマイール サーマーニ廟 史跡・遺跡
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壁の中央にはアーチがあり、壁の上部には10の小アーチがあります。
極めつけは日干しレンガの組み合わせで作った壁の紋様です。これが素晴らしい。日干しレンガの霊廟 by ポポポさんイスマイール サーマーニ廟 史跡・遺跡
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入口正面の写真。
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壁にはユネスコ文化遺産のプレート。
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霊廟のドーム天井。これが太陽の象徴です。
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ドーム下四隅の小ドーム。
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日干しレンガで作った紋様。外部の光を取り入れる工夫がされている。
日干しレンガの霊廟 by ポポポさんイスマイール サーマーニ廟 史跡・遺跡
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中央にはサーマーニ朝時代の石棺がありました。
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サーマーニ公園内を歩いて次の観光施設チャシュマ・アイユブに向かっています。
緑が多い大きな公園 by ポポポさんサーマーニ公園 広場・公園
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公園内の道の端でリシタン陶器を売る行商人(影の人)。
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毛皮の帽子を売る出店もありました。帽子を被っている男性は同じツアーに参加している人で、ここで帽子を買われました。
値札が付いていないので価格が分かりません。どこまで価格が下がるかは貴方の交渉次第。 -
公園内にある「イマーム・アリ・ブハリ」記念館。
イマーム・アリ・ブハリは9世紀の神学者でムハンマドの苦行「ハディース」を編纂した人です。斬新なデザインの建物です。 by ポポポさんイマーム アリ ブハリ記念館 博物館・美術館・ギャラリー
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チャシュマ・アイユブに到着しました。
「チャシュマ」とは「泉」のこと。「アイユブ」とは旧約聖書に出てくる預言者「ヨブ」のことで「チャシュナ・アイユブ」とは「ヨブの泉」と言う意味です。
ここは元々砂漠だった所。人々が水不足に苦しんでいたところ、ヨブが杖でここを叩くと聖なる水が湧きだしたという故事の場所です。
12世紀に泉が掘られた時に建物が建てられ、14世紀に中央に真ん中のドームが、16世紀に入り淵に近い部分にドームが増築されたそうです。
この泉は眼病に効くと言われ多くの人が遠くからやってきましたが、疫病が流行したため水汲みは禁止されました。
今も水は湧いていて飲用できるそうですが、現地ガイドの話ではたいしたものは無いとのことで中には入りませんでした。預言者ヨブの泉 by ポポポさんチャシュマ アイユブ 史跡・遺跡
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ドームのほかにも塔があります。この塔は「コウノトリの塔」
預言者ヨブの泉 by ポポポさんチャシュマ アイユブ 史跡・遺跡
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塔の先には2羽の「コウノトリ」の像がありました。
「コウノトリ」は平和の象徴で、以前はここにコウノトリの巣がありました。その巣の跡に2羽のコウノトリの像を置いたんだそうです。預言者ヨブの泉 by ポポポさんチャシュマ アイユブ 史跡・遺跡
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次に訪れたのがボラハウズ・モスク。アルク城の向かい側にあります。
建物正面から向かって右奥に無料のトイレがあるのでアルク城の観光前に立ち寄るといいでしょう。
このモスクはブハラ・ハン専用のモスクでした。ハンはアルク城を出て絨毯の上を歩いてこのモスクにやって来たそうです。ブハラ・ハン専用のモスク by ポポポさんボラハウズ モスク 寺院・教会
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モスクの入口前にはクルミの木の柱が20本立っていますがこの列柱が見事。
天井には素晴らしい彫刻が施されていてこの様な前庭の建築様式をアイヴァン様式と言い、この様式はブハラではここ以外には見ることのできない建築様式です。ブハラ・ハン専用のモスク by ポポポさんボラハウズ モスク 寺院・教会
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柱の数は前後に10本づつで合計20本。でもこのモスクは別名40列柱のモスクと呼ばれているそうです。
20本しかないのになぜ40列柱なんだろうか?何故だか分かりますか。ヒントはここが王の専用のモスクだったという事。しかもアルク城の向かいにモスクがあるということ。
モスクとアルク城の間には池があるんですよね。これで分かったでしょうか。
ハンはアルク城からこのモスクを眺めていたことでしょうね。するとモスクが池に映り込んで20本の柱も映ったことでしょう。
そうすると、モスクの柱が20本で池に映り込んだモスクの柱が20本。合計40本の柱が見えるんですよ。それで40列柱のモスクと呼ばれたんですね。ブハラ・ハン専用のモスク by ポポポさんボラハウズ モスク 寺院・教会
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イチオシ
柱の天井付近の彫りと装飾が素晴らしいです。
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こちらがモスクの入口とファザードです。
壁の装飾が細かいですね。 -
暫くするとモスクの中から外国人の団体が出てきました。見ると男性ばかり。あっ、失礼女性もいた。
そう言えばこのモスクには女性は入れないと地球の歩き方には書いてあったが、女性でも入れるんだ。
ところでこのモスクに入れるのは金曜日だけのはずだが・・・。おおー、今日は金曜日だ。
そういえば寺男それともモスク男と言えばいいんだろうか、兎も角モスクの男性が絨毯を何枚も運んでいたっけな。信者さんがモスクに来るんでそれで絨毯を運んでいたのかな。
何はともあれ願ってもないチャンス、ガイドは案内してくれないのかな。
トイレ休憩してからここで時間潰しのように集合時間まで待っているだけなんだけど。集合時間まであと少し時間がある。
それならモスクに入って見よう。勝手には入れないと思うので添乗員さんに相談してみよう。 -
モスクの中から先ほどと同じグループと思われる外国人観光客の一団が出てきた。
この一団は女性が多いぞ。
入口左側では我々のツアー客が中に入れそうだなと外国人観光客を見ている。
私と同じことを考えているようなので添乗員さんに聞いてみよう。添乗員さーん、どこにいるのよ。ブハラ・ハン専用のモスク by ポポポさんボラハウズ モスク 寺院・教会
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こちらの方には居ないのね。モスクの左端にはモスクの男性が運んできた絨毯が置いてありました。
池の側で添乗員さん発見。さっそくモスクが観光できないか交渉。周に一度しか入れないモスクなのでこの機会を逃したくない。今なら女性の方も中に入れると伝えた。
観光は現地のガイドに任せてあるし集合まで余り時間がない。私からは何とも回答できないとのことで添乗員さんはガイドに相談に行った。
添乗員さんの顔色を窺うとどうも難しいような感じ。暫くすると添乗員さんが浮かない顔で帰って来た。
モスク内部の観光は残り時間が少ないのでできないそうだ。またここはトイレ休憩の場所で元々観光予定には入っていなかったらしい。
ええーっ、おかしいな。先ほどガイドはこのモスクのことを説明していたじゃない。あれってサービスだったの?
ダメなものは仕方が無い。同行の添乗員さんは人柄が良く気配りしてくれる人だからこれ以上困らせるつもりはない。でも待っている仲間には結果を伝えなくちゃ。
後日分かったことだがこのモスクは原則無料で観光できる。寄付を求められても強制ではなく個人の自由。
つまりこの時添乗員に相談するまでもなくさっさと中に入って観光すればよかったのだ。考えすぎてしまったという訳でした。 -
集合時間までまだ時間があるので再び撮影開始。
モスクの入口を見つめている二人の女性は同じツアーメンバーさん。
二人の背中からは「中を見たかったわねー。」「そうよ。見たかったわー。」という言葉が聞こえてきたような。えっ、うん?空耳かな。 -
モスク入口天井の装飾。スゲー、綺麗。さすが王様(ハン)専用のモスクだけのことはある。
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いい仕事してますねー。お見事。
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イチオシ
この天井装飾は特に美しかった。
ブハラ・ハン専用のモスク by ポポポさんボラハウズ モスク 寺院・教会
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モスク入口上部の天井装飾。
この写真を取り終わると集合時間。次の観光地はアルク城でした。ポラハウズ・モスクの向かいにあります。 -
モスクの前の道路を渡ったところにあるアルク城。
ここは歴代ハンの居城です。チンギスハーンによるモンゴル軍の来襲の際には町の住民がこの城に立て籠ってモンゴル軍に抵抗したので、多くの住民がモンゴル軍に虐殺され城も破壊されました。
後に建て直されましたがその後再三外敵に侵略されては建て直すという事が繰り返されました。
現在の城は18世紀の物ですが1920年ソ連軍に侵攻された時、ソ連の焼夷弾爆撃を受け木造部分は王の居室部分を含めて皆焼け落ちてしまいました。そのため現在の城内は石造りの部分のみで殺風景な城跡然としていました。
なお、城の前右にある広場がレギスタン広場。ブハラ・ハン国時代にはここが公開処刑場でした。内部は博物館です。 by ポポポさんアルク城 城・宮殿
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では城門を通って城内に入りましょう。
アルク城は城全体が博物館になっていました。 -
城門を潜った先の通路には牢獄がありビックリ。普通こんな所に牢獄は造らないだろうに・・。城の側のレギスタン広場が公開処刑場だったと言いますから、処刑を待つ囚人が入れられていたのかもしれません。
歴代のハンは残虐で、圧政に反対する人々を容赦なく処刑したそうです。多分残虐性のDNAだけは確実に子孫に伝わって行ったんでしょうね。
通路の両側には牢獄がありましたが、現在は武器や兵士の装束、王族の衣装などの展示コーナーになっていました。 -
ここが門を潜った先にある通路で両側に牢獄がありました。
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通路を通り抜けた先に開けた場所がありましたが、ここには何もありません。
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緩やかな坂道を上って行くと、左に建物が見えてきます。この建物はジュマ・モスク、後ほど中に入りましたがここでは団体行動なので先を急ぎましょう。
ジュマ・モスクの前の突き当りを右に進みます。 -
ジュマ・モスクの前の突き当りを右に曲がると左に門があり、そこから中に入ると謁見の間がありました。正面に見えるのが玉座。
周囲では土産物の販売が行われており、回廊には沢山のスザニが展示されていました。内部は博物館です。 by ポポポさんアルク城 城・宮殿
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こちらは謁見の間の右側の土産物店。
こうしてみるとウズベキスタンでは路上販売も含めて観光地のいたるところで土産物を販売しているようですね。
こんなに競合店が多くて採算が取れるのでしょうか。 -
さて王に謁見した人はお尻を王に向けることは失礼にあたるのでこの白い壁まで後退りして退去したそうです。
そのためこの白い壁は謁見者が退去する時の目印の壁なんだそうです。 -
謁見の間を観光した後、通りを進んでアーチ門を潜るとこの大広間に出ます。
ここは兵士や儀仗兵を観閲したり、城に入場した市民を謁見する場所だったそうです。
この広間の右に博物館の入口がありました。 -
こちらが博物館の入口です。ここから自由行動で時間は40分です。
博物館を回って40分は厳しいなと思いましたが、端折れば何とかなりそうです。
それでは博物館へGO!
2500年の歴史を持つブハラなので1階は古代ブハラに関する展示、2回は中世以降のブハラに関する展示、3階は貨幣(コイン)に関する展示でした。
まずは1階から。
なお、ハンが兵士を観閲したり市民を謁見したのは階段を上がった一番高い所だったそうです。 -
こちらは博物館2階の展示室及びその入口。
博物館がある場所はハンの居室だったそうです。内部は博物館です。 by ポポポさんアルク城 城・宮殿
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1階古代の展示室にある大きな石に描かれた壁画です。
7世紀の壁画でブハラのオリエンタルホールの壁にスタッコ装飾で描かれた「聖なる火」の断片。
説明はウズベク語、ロシア語、英語のみ。英語が苦手な私には理解できない。
この壁画は興味があったので説明文を写真に撮り、あとで判読したものです。 -
ブハラは古い歴史を持つ町なので石器時代の土器や磨製石器等から展示されていた。
時間がないのでそれらの類はチラ見ですっとばしました。
この辺りはティムール帝国時代の陶器やタイルの破片。陶器は現在のリシタン陶器に文様が似ていた。 -
同じく陶器とタイルの断片。
鮮やかな緑がかったブルーが美しい。これぞオリジナルのブハラブルー。 -
ブハラ兵士の戦闘衣装。兜に鎖帷子の戦闘服、右手に剣左手には楯。
勇ましいのでこれは写真に残しました。
我々は自由行動なのでガイドの説明無し。日本人の他の旅行会社のツアーはガイドが引率して展示品を説明していたし、外国人のツアーでもガイドが引率し説明していた。
そうしないと説明文を見ても全然分からない。ガイドが説明すると時間がかかるので自由行動にしたのだろがそれはそれで理解できる、理解できるが観光客には展示品の内容が分からない。だから横目で見て通り過ぎる。印象に残らないので何が展示されていたか全く覚えていない。ただ時間の無駄だったのか。
もう少し旅行者のことも考えてほしいな。 -
次は2階の中世以降の展示室へ。展示室へ向かう階段の途中から写した城内の景色。
正面2つの塔の様に突き出た所が城門です。
2階は写真も取らずに見終わった。
あれ、先ほどのブハラの兵士の戦闘服。あれは中世以降の展示品じゃなかったかな?
とするとここは2階の展示を見終わって3階に行く途中かな。旅行から時間が経ちすぎて分からなくなった。記憶が錯綜してすみません。
たぶん先ほどの戦闘服は中世の展示品でしょう。王の玉座もあったかなかったかはっきり覚えていないんですから注意散漫もいいとこです。
2階の展示は写真や衣装や武具などが多かったのは覚えているんですけど。 -
ここは3階、コインの展示室です。
最初来た時は施錠されていて入れなかった。その内ツアーメンバーさんがやってきて「ええー、鍵が掛かって入れないの?嘘だろー、今日はお休みかよ。」次に外国人の観光客がやってきて「ワイワイガヤガヤ、ピーチクパーチク」
我々が「休みかもしれないな。仕方ない帰ろうか」と階段を降りかけた所に中年太りの夫人が鍵を手に持って現れた。
入口があいたので一同入場。
中の展示は各時代のコインの展示と時代ごとの貨幣鋳造の説明展示だった。
この部屋は狭く展示数も少なかった。城内には貨幣の鋳造所があったといいますからここが鋳造所だったのかも知れません。 -
博物館の後は城壁の散策。
城壁沿いに並べてあるのは大砲では無く、大砲を載せる荷車。一瞬大砲かと思いました。
ここからなら市内の景色を眺められます。 -
城門の真上の建物。何に使用していたのか分かりませんが、中は土産物店でした。
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城壁の上から見えた市街の様子。
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こちらはさきほど観光したボラハウズ・モスク。
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城壁がある広場に面して建てられている部屋の中にも展示品がありました。
こちらは鐙や鞭や鞍などの乗馬用品や鞍に掛けた敷物や衣装、キャラバン隊が使用した用品などが展示されていました。 -
鞍にの上に敷いた敷物とベルト。
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同じ物を別の角度から。
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これはキャラバン隊が使用した太鼓や楽器。
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城の西側の城壁。城壁の下に広がる広場がレギスタン広場で公開処刑が行われた場所です。
城壁の上に設けられた屋根付きの建物は、ハンが公開処刑を見るために玉座が置かれた場所です。
王はここに設けられた玉座に座って刑が執行されるのを見ていたんですね。内部は博物館です。 by ポポポさんアルク城 城・宮殿
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同じ場所を角度を変えてみました。
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レギスタン広場にはふたこぶラクダがいました。観光用のラクダでしょう。
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さて時間内に見ておくのはジュマ・モスクのみ。
モスクの入口にはボラハウズ・モスクのように木製の柱がありました。モスク入口の天井の造りも柱の彫刻もボラハウズ・モスクに似ていました。内部は博物館です。 by ポポポさんアルク城 城・宮殿
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こちらは書画に関する展示でした。筆や硯や絵などの展示です。
このモスクで目を引いたのがカラフルな天井装飾です。いくら見ていても飽きがきませんでした。
展示品には目もくれず、天井ばかり眺めていましたよ。 -
イチオシ
天井や柱の彫刻がすばらしい。
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カラフルな色合いが目を楽しませてくれます。
写真よりは実際の方がもっと色合いがカラフルでした。 -
イチオシ
ミフラーブも素敵です。
色彩感覚が優れているんでしょうね。内部は博物館です。 by ポポポさんアルク城 城・宮殿
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城門から続く通路通って外に出ましょう。
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通路の左右には武具や衣装が展示されていました。この中にはハンや皇后が着た衣装も展示されているそうです。
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これがハンの衣装だそうですが想像していたよりもずっと地味でした。
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時間前に集合場所に戻ることができました。博物館の観光込みで40分は厳しい。せめて60分は欲しいものです。
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城壁の上から見たラクダです。観光用のラクダで、これに乗って写真を撮るようですが、もちろん有料です。
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レギスタン広場から城壁沿いに進んで西に向かいます。
城壁に点々と見える黒いものは城壁の修復時に使用した木の足場の跡です。
ソ連に破壊された部分の補修箇所かなと思ったのですが、どうも全ての城壁がこのようになっているようです。
こんな足場の跡を残していたら、これを足掛かりにして容易に城壁を登られてしまいますよね。それとも全ての城壁をソ連軍に破壊されたんだろうか?
深くは考えないことにして皆に遅れないように付いて行きます。歩いて回れる歴史地区 by ポポポさんブハラ歴史地区 旧市街・古い町並み
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入口の城門方向を振り返ったところ。今人が歩いている所がレギスタン広場でその昔多くの人が公開処刑された場所です。
内部は博物館です。 by ポポポさんアルク城 城・宮殿
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写真の方向が町の大通りの交差点でタキがある場所。右に見える塔がブハラのシンブルであるカラーン・ミナレットです。
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アルク城は城壁の曲線が美しい城でした。
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町の大通りフッジャ・ヌラバッド通りにでてきました。
現在この通りの両側は修復工事中でした。世界遺産の町なので新しい建物は建てられません。そのため古い様式で再建しているようです。歩いて回れる歴史地区 by ポポポさんブハラ歴史地区 旧市街・古い町並み
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この通りには露店や路上店が沢山店開きしていましたよ。
買わなくても見ているだけで楽しいです。
売子さんたちは達者な日本語で呼び込みます。「安いよ10ドルだよ。」「20ドルだけどお負けするよ。」とか。
サマルカンドの路上店や露店よりはるかに日本語が上手でした。
と言うかブハラの路上店や土産物店が一番日本語が通じました。だから私もここで土産物を買いましたが一番安いのはヒヴァでした。値切ればどんどん安くなります。
ですからヒヴァに着くまでは財布の紐を固くして、ヒヴァで思う存分買い物してください。
特に毛皮の帽子はヒヴァが有名ですし安いので、そちらで買い求めることをお勧めします。 -
カラーン・モスクに到着しました。
ブハラと言えばカラーン・モスクと言われるくらいに有名なモスクです。
12世紀全住民が礼拝できる金曜モスクとして建てられました。13世紀にモンゴル軍の来襲により破壊されましたが、1514年シャイバニ朝時代に元の場所に建てられました。
現在のモスクはこの時建てられた物です。大変大きなモスクでサマルカンドのビビハニムモスクに匹敵する大きさです。建物の多さではビビハニムモスクに劣りますが敷地面積は10400㎡でビビハニムモスクを凌ぎます。
中庭を囲む回廊は208本の柱で支えられ、288の丸屋根で覆われています。
1万人の信者が礼拝できましたが、宗教が否定されたソ連時代には倉庫になりました。独立後は再びモスクとして利用されています。
モスクの左側にカラーン・ミナレットがあるんですが近寄りすぎて写真に納まりません。
中庭から写したのでその時にミナレットについては説明します。巨大なモスク by ポポポさんカラーン モスク 寺院・教会
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カラーン・モスクの真向かいにあるのがミル・アラブ・メドレセ。
2つの青いドームがトレードマークです。
このメドレセは1536年ウバイドゥッラ・ハンによって建てられました。
宗教が否定されたソ連時代、唯一ウズベキスタンで開校を許されたメドレセです。
現在でも開校しているメドレセはここだけだそうです。そのためメドレセの中には入れません。現役の神学校です。 by ポポポさんミル アラブ メドレセ 史跡・遺跡
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現役の神学校7なので中には入れませんが近寄ってファザードの装飾を眺めるのは自由です。
是非美しいアラベスク模様を脳裏に焼き付けてください。現役の神学校です。 by ポポポさんミル アラブ メドレセ 史跡・遺跡
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カラーン・モスクの入口から中に入ると広い中庭がありました。
正面にみえるのは書記台として利用される八角形の建物。その奥にある建物がカラーン・モスクです。
中庭は回廊で囲まれており、この回廊を支えているのが208本の柱です。巨大なモスク by ポポポさんカラーン モスク 寺院・教会
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回廊の様子。
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モスクの入口(東側)。
現在は11時5分。朝は寒かった気温もその後は上昇し、この時刻では20度近くまで上がってたと思います。
直射日光を受けると暑いので暫し木陰で小休憩。ガイドさんがここでカラーン・モスクについて説明しその後15分自由行動になりました。 -
まずはモスクに入りましょう。歩きながら周囲の景色を写真に収めました。
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回廊のモザイク装飾。
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回廊のモザイクは近寄って写した方が綺麗でした。
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モスクの内部です。
正面はミフラーブ、右は説教壇。モスクの壁は真っ白な漆喰壁です。
装飾は全くありません。 -
ミフラーブに近寄ってみましょう。
巨大なモスク by ポポポさんカラーン モスク 寺院・教会
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色大理石や貴石で造ったのではないかと思う程素晴らしいミフラーブ。
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近づいて見るとやはり化粧タイルのモザイクでした。
このようなモザイクの技術ってすごいですね。少し離れて見るとモザイクとは分かりませんから。 -
ムカルナスも素晴らしい。
神聖な場所ですが芸術品を見ているような感覚です。 -
イチオシ
モスクから外に出ようとしたら絵のような景色が待っていました。
モスクの入口アーチと八角形の書見台、中庭の回廊とミル・アラブ・メドレセが一直線に重なった景色。
計算しつくされた配置でしょうかそれとも偶然?偶然だったら驚きですね。巨大なモスク by ポポポさんカラーン モスク 寺院・教会
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入口のアーチを除くとこんな感じ。やはりアーチがある方がいいですね。
ブハラの観光はまだ続きますが途中で一旦切らせていただきます。
引き続きブハラの旅行記後編をお送りいたしますので少々お待ちください
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