2018/01/10 - 2018/01/10
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motogenさん
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寒い夜でした。
夜中に寒くて目覚めてしまい、ダウンの上着を着込み、ヒートテックのタイツまで履きました。
それというのも毛布が薄く、単なる布のようなもので、15℃を切るようなこの時期には、保温に役立ちません。
ハノイなどの北部地域のホテルには、厚手の毛布や布団がありますが、中部地域となると、必要になることはめったにないのでしょう。
朝、筋向いのゲストハウスの屋上に、欧米人たちの姿が見えました。
欧米人たちは薄着でも平気です。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
-
シンツーリストの遺跡ツアーに参加します。
9時だというので遅れてはならずと、30分も前にオフィス前に行きましたが、バスはなかなかやって来ません。 -
日本語が聞こえてきました。
振り向くと日本人らしきご夫婦がいます。
「日本人もいたんだ!」と嬉しくなって、遠慮がちに話しかけると、ダナンに泊まっていて、ホイアンにはバスで通っているとのことでした。 -
バスが来ました。
指定席です。
ほぼ満席状態となりました。 -
ミーソン遺跡までのルートです。(青線)
-
トゥボン川に沿って走って行くと、
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工事中のため迂回させられて、かなり時間を浪費しましたが、
-
そこを過ぎると真っ直ぐな道で、バイクや自転車を追い抜きながら、ひたすら走り、
-
時には高速道路のような綺麗な道もあって、
-
川を渡りました。
走っているのはバイパスの橋ですが、右に旧街道の橋が見えます。 -
橋を渡ると小さな町となりましたが、
-
そこを右折して田舎道に入って行くと、
-
途中でガイドが乗り込んできました。
-
はつらつとした声で、ジョークを交えながら説明を始めました。
ジャパネットの高田さんを連想させる喋り方で、ベテランのガイドだと分かります。
英語ですが、ハキハキした発音なので、一応単語は聞き取れます。 -
バスは山道に入り、遺跡まで近そうな気配がしてくると、
-
ガイドが帰りの時刻を知らせ、
「私について来るように!」と指示を出します。
見学時間は2時間半です。 -
駐車場に到着しました。
大型バスがたくさんいます。 -
サービス精神旺盛なガイドは、積極的に乗客に話しかけ、記念写真にも加わってきます。
-
トイレ休憩後、ガイドを先頭に入場ゲートに向かい、
-
ゲートを通過します。
入場チケットの代金はツアー料金に含まれていなく、バス内で750円ずつ徴収されました。
ツアー料金よりもこちらの方が高いです。 -
ゲートを通過したのに、そこからかなり歩きます。
遺跡はどこにあるの・・・?
映画のジュラシックパークに入っていくようです。 -
電動カーが待っていました。
しかし車はすぐに満員になってしまい、 -
置き去りになってしまいますが、
-
電動カーは次から次へとやって来て、山道を登っていきます。
想像以上に距離があります。 -
着いた所は土産物売り場を兼ねた休憩所でした。
遺跡は見えません。
森の中です。
さて、ここからどうするの?
ここで解散になるの? -
巡回ルートが示されていて、
「そうか、この通りに歩けばいいんだ・・・」
と日本人夫婦と一緒に歩き始めると、
「違いますよ! ガイドに付いて行くそうですよ!」
と追いかけて来てくれた人がいました。
日本人の若者です。 -
若者やご夫婦と一緒になって、山道を歩きます。
若者はスマホを翻訳機として、一人旅をしていると言います。 -
オープンな建物がありました。
-
中では少数民族の舞踊や演奏が行われていましたが、私たちにはそれを見ている余裕はないようで、
-
先を急ぎます。
すると現れたのは、岩を積み上げた遺跡でした。
自分たちがどこに居るかは分りません。
方向感覚もありません。 -
ガイドさんは張り切って説明し、ジョークを交えるので欧米人たちは笑いますが、私たちに理解できるのはほんの一部で、話の内容を想像するのみです。
ベトナム戦争の銃撃でできた遺跡の傷穴や、半壊している仏像などの紹介をしているようです。 -
日本の若者も英語は苦手なようで、ガイドから離れて単独行動をしていますが、それでも私たちよりもずいぶん得意です。
理解できなかったことはこの若者に聞いてみます。 -
ミーソン遺跡はA群からG群までに区分けされています。
ここはC群なのか、B群なのか、それともG群なのかと、地図やガイドブックをにらみながらウロウロしますが、自分の位置すら把握できません。 -
ガイドに尋ねると「ここはC群だ」と言います。
分りにくい遺跡です。 -
ほとんどの遺跡の内部は空っぽですが、展示場になっているものもあります。
出土した石像や当時の道具が展示されていますが、 -
勉強不足の私たちは、何が何だかよく分かりません。
行けば分ると思っていたのは浅はかでした。 -
この遺跡は、全体の規模や一つ一つの大きさを見れば、アンコール遺跡やアユタヤ遺跡の雄大さに対抗できるものではありません。
歴史上の意味や時代状況、文化の民族の衰退を理解できない素人には、感動もそれほどではなく、 -
ガイドがいなければ、遊山見物になってしまったでしょう。
「この遺跡の修復に力を貸してくれた西洋人が、岩の接着剤として化学物質を使ったため、変色が進んできてしまい・・・」
などと説明しています。
説明が分からないところは、日本人夫婦や若者に聞きます。 -
「ほら、ここがそう・・あっちにも・・」
ガイドの指差す場所に、カビのようなものが繁殖しています。
なるほど、なるほどとうなづき、英語のもう少し理解できたならと寂しくなります。 -
シヴァ神のシンボルでリンガがありました。
この遺跡はチャンパ王国の流れにあり、アンコール遺跡とも類似しているようです。 -
ヨニもあります。
子孫繁栄が困難な時代で、セックスが神聖化されていたのです。
そのような時代、人々は何を思い、何を感じ、何に憧れ、何を求め、幸せとはなんだったのか・・・ -
私は空想世界に飛んでいきますが、目の前ではガイドの話に爆笑が起こっていました。
-
ガイドが繰り返し繰り返し説明したことは、人類の財産であるこの遺跡を狙って、爆撃したアメリカ軍の蛮行のことでした。
-
爆撃でできたクレーターや、爆風によって焼けた遺跡が、あっちこっちに見られず。
-
解放軍が遺跡に潜んでいるということで、固い自然石までをも貫くような兵器を投入し、遺跡を狙ったと言います。
バーミヤンの大仏を破壊したタリバンを、アメリカは批判できません。
-
ツアーの最後は修復途中の遺跡を見て、
-
電動カーまで戻ってきました。
親切な日本人ご夫婦や若者に感謝して、待っているバスに向かいます。
時刻は1時15分、集合時間には30分遅れました。 -
帰る途中、新旧の橋が並んでいた場所で、半数の人たちが降りました。
オプションの昼食付きボートツアーに申し込んだ人たちです。
-
どこにボートが停まっているのかと川を探しましたが、ここからは見つかりませんでした。
ホイアンの船着場までは、それほどの距離ではありませんが、ボートがホイアンに到着するのは夕方です。 -
空き空きになったバスで私たちは帰ります。
ご夫婦はダナンに戻り、若者はホイアンに1泊した後、ホーチミンまで旅を続けます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- trat baldさん 2018/02/22 06:30:54
- 日本人って群れない民族なのね。
- 心強いと云うか自分達が選んだツアーが価値の有るものだと確信できる点で日本人の同行は一安心ですよね、惜しむらくは世界中が英語に征服されていることですね(^o^)
アメリカの悪を言うガイドがそれを英語で喋っべっちゃあシャレにならない。
もし長逗留ができて日にちを掛けてユックリ出来れば遺跡だけでなくホイアンそのものも新たな切り口が見えるかも。
- motogenさん からの返信 2018/02/23 17:45:39
- RE: 日本人って群れない民族なのね。
- いつもありがとうございます。
ホイアンは落ち着いた古都かと3泊しましたが、この時期、完全に韓国人ペースで、疎外感すら感じました。
ネット情報では、ミーソン遺跡ツアーには、日本語ガイドが付くツアーもあるようですが、これがまたとんでもない高額で、ツアー会社で確かめることもしませんでした。
NHK番組の「ブラタモリ」に出てくるような専門家や、研究者が付くと,素晴らしい旅になるんですがね。
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