2017/04/05 - 2017/04/08
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三峯霧美さん
春の京都、花見旅の四日目も雨模様。
この季節は晴れと雨を数日でくりかえしていますが、今回の旅は雨天側に当たったてしまい、二日目から雨まじり。
四日目は参拝者少なめを見越して、泉涌寺周辺を廻る予定にしていましたが、雨が降ったりやんだりで、予想以上に参拝者はすくなかったです。
西国、洛陽の札所巡りに、泉山七福神巡りの合わせ技。
七福神は正月ではないので、お参りして御朱印を頂くだけですが、これが、意外と時間がかります。
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旅の四日目の朝、伏見稲荷参集殿を7時半過ぎにチェックアウトして、京都駅で荷物をコインロッカーに預け、引き返すように奈良線に乗り、東福寺駅で下車。
駅から歩いて泉涌寺に向かいます。
8:30 泉涌寺道の入り口は西国巡礼の札所看板と、泉山御陵参道の石碑が建ってます。 -
雨がいつ降りだしてもおかしくない空模様。
泉涌寺に向かう参道は、清水寺と同じ坂道なのですが、清水寺とは対照的に、驚くほど静かな住宅街の道で人通がありません。歩道がありますが狭くて、スロープばかりで歩きにくい。
なんだか大した距離でもないのに長く感じ、やっと泉涌寺の総門にたどり着いたという気分。 -
門をくぐるとお寺の参道らしくなってきました。ここからは山内なので、歩道は無し。
左右に並ぶ塔頭は、参拝開始が9時からなので、帰りにお参りします。
後ろから自転車の中国人の若い女性二人に追い越されました。
ずっと上り坂なので辛そうで、途中で自転車を押して歩きだしました。 -
8:40 坂を上り切ると、道は三本に別れます。
最初にお参りするのは、参拝開始時間が早い今熊野観音寺から。
西国三十三カ所の札所なので、やたらに看板が出ていて、判りやすいです。
参道は左側、谷に向かって降りていきます。く、くだりか。・・せっかく登ってきたのにな。
奥の斜面に桜が咲いています。 -
かなりの急坂を下りきるとまた道が分かれています。参道は一番左側、谷を渡る赤い橋を通ります。
右手は宮内庁の月輪陵墓管区事務所 天皇や皇族の陵墓の管理をする事務所です。 -
今熊野川にかかる鳥居橋、熊野権現社があったので鳥居橋というそうで、橋のかかる谷はびっくりするほと深く、橋を渡ると、また登り。
もみじが芽吹き始めています、まだ黄色味がかった若い色。
朝のお掃除中のオジサンが ブロワーを使って落ち葉を吹き飛ばしてます。
ガーガーと風情の無い音がするんですね、これが。 -
8:44 今熊野観音寺 新那智山観音寺
ご本尊は 十一面観世音菩薩
弘法大師が山に光明が差しているので、不思議に思い、その地に来ると白髪の老翁がいて観世音を与えられます。
老翁はここに一宇を構えて観世音をまつり、末世の衆生を救済されよと告げます。
大師が名を問うと、老翁は熊野の権現で長くこの地の守護神になると言って姿を消します。 -
807年 弘法大師は一堂を建立し、十一面観世音菩薩像を刻み、授かった像を胎内仏として納め泰安したのが、お寺の始まりなんだそうです。
門をくぐって石段を登ると、子護大師の像があります。
本堂の手前、一番最初にお参りします。この大師は体格がよろしいようで。 -
本堂 弘法大師が熊野権現と出会った場所です。
1712年に再建されたもの。
泉涌寺の中でも最奥にあるお寺ですが、納経開始時間が早いので、最初にお参りすると、時間に無駄がないってわけです。
巡礼の方がお経をあげていました。今熊野観音寺 寺・神社・教会
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西国三十三所 15番札所 洛陽三十三所観音霊場 19番札所
京都泉山七福神 3番えびす神 ぼけ封じ近畿十楽観音霊場 1番
平安末期に後白河上皇が熊野権現を勧請し、観音寺の本尊を本地仏とします。
後白河上皇は頭痛持ちで、観音様に祈願をすると、頭痛が引いたんだそうです。
というわけで、昔から頭痛封じのご利益があるそうで、授与品の中には、頭痛封じの枕カバーがあります。 -
本堂脇の、納経所で御朱印を頂きました。
西国三十三所の御朱印、大悲殿 -
本堂右手の奥に昨年塗り替えが行われ朱色が鮮やかな多宝塔「医聖堂」があります。
この日はちょっと寝坊したので、いきなりスケジュールが押してます。
残念ですが、多宝塔のそばには行かず、本堂辺りから眺めるだけ。 -
洛陽三十三所観音巡礼 19番
西国の印とはちょっと違います、洛東泉山今熊野観音寺という印 -
本堂の手前に五智の井があります。
弘法大師が錫杖で岩をうがい湧き出した水が五智水
五智水が井戸水となって湧き出しています。井戸の上にはポンプがあって、蛇口をひねるとポンプが作動して五智水汲み上げられます。 -
弘法大師の御朱印も頂きました。
御朱印帳の最後に住所と名前を書いてあります、それをご覧になった書き手の方が
所用で数日前に、我が地元を訪れたばかりだという。
他に納経を待つ人も無く、しばし談笑。 -
大師堂 弘法大師を祀っているお堂です。
手前に右手にぼけ封じ観音があります。奉納された身代わりの石仏がならんでいます。
納経所の方に伺うと、頭痛つながりでボケ封じなんだそうです。
現代でも認知症には効果的な薬は無く、この状況は平安時代の頭痛と変わりません、やはりこれは観音様のご利益に期待しましょう。 -
ぼけ封じ観音の御朱印と、泉山七福神巡りの恵比須神の御朱印を頂きました。
恵比寿様は本堂におまつりされています。 -
左側が稲荷社 右側が熊野権現社 弘法大師がこの地で出会った熊野権現を祀った社です。
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9:16 今熊野観音寺を後にして、塔頭の来迎院(らいごういん)に向かいます。
鳥居橋を戻り、月輪陵監区事務所の前の道を進みます。 -
少し坂を上ると、左手に橋と三門があり、わきに来迎院の看板がありました。
意外と近い、けど、まったく人の気配がなくて、雨が降り始めました。 -
9:21 来迎院 明応山 御寺別当来迎院
ご本尊は阿弥陀如来
泉山七福神 4番 布袋尊
来迎院の縁起も弘法大師に関わるもので、お寺の山の頂に七日七夜にわたり光放つ場所で、弘法大師が唐で感得した三宝荒神蔵を安置したのがお寺の始まり。来迎院 (東山区) 寺・神社・教会
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石段の上に三宝荒神様を安置する荒神堂
三宝荒神はいろいろな宗教が混然一体となった神様で、仏法僧の三宝を守護し不浄を払う仏神。
火とかまどの神様として祀られることが多いそうです。 -
来迎院の荒神は ゆな荒神といわれ、「ゆな」は「えな」=胎盤のことで、安産にご利益があります。
鎌倉時代に諸堂を建立したのが開山となっています。 -
荒神堂の横には、三宝大明神を祀った社もあります。
一般的に荒神様のお札は神棚にお祀りするんだそうです。
お寺は応仁の乱で伽藍を焼失し、復興したのが150年以上たった信長の時代。 -
お堂の裏には、石の船に大勢の布袋さん。風雨にさらされて色が薄くなってしまった古いものから、色鮮やかな新しいものまで、何体並んでいるのかな。
お堂は荒神様と一緒に布袋さんもまつられています -
伏見人形の布袋さん、昔、京都の家では布袋さんを台所に祀って、家内安全を祈願したとか、荒神様と同じですね。
これがまた、酉の市の熊手のように毎年、前年より一回り大きい人形に買い替えるんだそうで・・・。あら大変。
この人形は家庭に祀られていた布袋さんたちが戻ってきたのでしょう。 -
石段の脇には、弘法大師独鈷水という、大師様が仏具で掘り当てられたという井戸があります。
そのむかし・・・目の不自由な女性が、この水で目を洗うと、たちまち見えるようになったそうです。 -
本堂脇の、高さが20センチくらいの小さなガラスの引き戸を開けて、御朱印をお願いしました。
小さい頃、近所のかかりつけ医の受付が、同じような小さなガラスの引き戸だったことを思い出す。優しかった先生はとうに鬼籍に入ってしまいました。 -
本堂 江戸時代、忠臣蔵で有名な、大石内蔵助がこの寺に滞在して、茶室と庭を造ります。「含翠軒」という茶室で、有料拝観できますが、今回はパスしました。
お寺にはご本尊と荒神様の他、大内内蔵助の念持仏で鎧兜を付けたお地蔵様などがありますが、すべての仏像は非公開です。 -
御朱印 右側は石段の上にある荒神堂の正式名の御朱印で「廣福殿」
左側が七福神の布袋尊 -
次は向かい側の塀で囲まれた善能寺へ。
先ほどから降っている雨が本格的になってきました。 -
9:36 善能寺 本尊 聖観音菩薩
洛陽三十三所観音巡礼 18番札所
823年(806年とも)に弘法大師が八条油小路に創建したお寺で、後奈良天皇の命により泉涌寺に移って、塔頭の一つになりますが、その後荒廃。
1887年にこの地に再興。
枳尼尊天(お稲荷さん)を祀る最初の寺ともいわれ、その頃も洛陽三十三観音の一つでした。
2005年に洛陽三十三観音が復興して、18番札所となりました。善能寺 寺・神社・教会
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門の正面にある祥空殿 (本堂)
1971年のばんだい号墜落事故の遺族の寄進により、全ての航空殉難者の慰霊と事故の絶無を祈願して建立されました。
悪天候の中、函館空港向かっていたYS-11が山中に墜落し、乗客乗員68名全員が犠牲になった事故です。聞き覚えのある事故機の名前。
あの頃は、飛行機事故が多かったのです。
飛行に関する機器が今ほど発達しておらず、この機にはブラックボックスも搭載されていなくて、結局、墜落の原因は特定できていません。 -
1972年に重森三玲により作庭された池泉式庭園「遊仙苑」。
重森の庭で池泉式は珍しいそうです。
飛行機から地上を眺めた図をイメージしてつくられています。 -
重森美鈴による三尊の石組に 「南無観世音 藤はようらく(揺落) 空に散る」という句が刻まれています。
慰霊の句。
突然航空機事故で家族や大切な人を失った方々の悲しみと、喪失感を思うと、心が痛みます。
善能寺は慰霊のお寺、冷たい雨が静かに降り、ひっそりと泉涌寺に建っています。 -
「日本最初稲荷神石社」という祠。
枳尼尊天は国稲荷神の本地仏。
弘法大師が東寺南門で稲を背負った老翁に出合います。翁は八条の観音堂に住む芝守長者と名乗り、人々に福を与え、大師の仏法を守護すると言います。
大師は長者を稲荷大明神と尊称して観音堂を善能寺と改めたそうです。
右の小さな祠は弁財天。 -
御朱印は泉涌寺の本坊で頂けます。 洛陽19番 聖観音
雨はまるで、頬を伝い落ちる涙のようで、ただ鎮魂を祈ります。
善能寺の脇にある石段を登って泉涌寺へむかいます。 -
9:41 泉涌寺 泉山(東山)泉涌寺 真言宗泉涌寺派総本山
本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三世仏。
善能寺の石段の先にも拝観受付がありました。拝観料500円
大きなお札を出したら、受付のオジサンが「うわ!」
この日初めての拝観者なので、おつりが無いということで、御朱印代用として持っていたコインで支払いました。
雨は本降りになりました。広い境内に、大きな伽藍が並んでいます。御寺泉涌寺 寺・神社・教会
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仏殿 1668年徳川家綱による再建、応仁の乱で伽藍のほとんどを焼失し、現在の伽藍はこの時期に整備されたものだそうです。
堂内に入って参拝できます。
運慶作という阿弥陀、釈迦、弥勒の三尊仏の像が安置されていて、過去・現在・未来を表しています。
天井の龍と仏像の背後の観音図は狩野探幽の作。 -
仏殿の裏側の入り口に、お坊さんの履物が並べてありました。
京都のお寺で初めて見たもので、名前は分かりません。赤い色はえらいお坊さんなんだとか?・・・。これ、可愛いですね、エキゾチックです。 -
仏殿の真後ろに舎利殿 釈迦の歯を納めた霊殿で、京都御所の建物を移築改装したものです。通常は非公開、10月8日の法要時に参拝できるようで、御朱印もあるらしいですよ。
内陣に仏牙舎利が納められ、左右に月蓋長者と韋駄天が従います。
ここは謡曲「舎利」の舞台で、盗まれた仏舎利を韋駄天が現れて、取り返すというお話です。 -
大きな桜の木、7分咲きといったところ。
京都にいる四日間で、ソメイヨシノはだいぶ開花が進みました。
泉涌寺のあるこの地は、平安時代初期に法輪寺というお寺があり、855年に仙遊寺となります。
1218年に宇都宮信房が荒廃していた仙遊寺を寄進。
伽藍を整えると霊泉が湧き出したので泉涌寺としました。 -
鎌倉時代に泉涌寺の伽藍ができ、1224年に後堀河天皇により皇室の祈願寺と定められ、幕末までの歴代天皇の陵墓が寺内に築かれ、「御寺」と呼ばれるようになりました。
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勅使門 舎利殿の真後ろ。この奥の御座所と御座所庭園は拝観料が別で300円。
並びにある門から本坊に入ります。 -
御朱印帳を預けて、受付を済ませ御座所拝観。
1882年に庫裏と書院、霊明殿が焼失し、霊明殿の再建と合わせて、御所の「御里御殿」を移築します。襖絵や屏風なども御所と一緒に移築されました。 -
御座所庭園は明治17年につくられ、雪見灯篭は仙洞御所から移したもの。
御座所は両陛下や皇族方の御陵参詣の際に、御休所として使われていて、宮様の写真が飾られています。
玉座の間には、一段高くなった玉座があり、それは雛飾りのようなしつらえです。 -
御座所の庭から、霊明殿の屋根が見えました。
御座所の奥にある海会堂は歴代の皇族の念持仏などが安置されているそうです。
渡り廊下の手前から、チラ見程度の参拝。 -
御朱印を頂きました。
右はお寺の御朱印で、霊明殿とあります。
左は泉山七福神の御朱印
泉涌寺本坊では、先ほど参拝したの善能寺と楊貴妃観音堂の御朱印も頂けます。 -
本坊の参拝者用休憩所でしばし雨宿り、本降りの雨を見上げたその先に、瓦屋根が連なっていました。こんな風にお寺の屋根を見るのも、雨のおかげ。
しかし、がっつり降ってます。 -
霊明殿 1882年の火災の後、1884年に明治天皇によって再建されました。
歴代の天皇皇后の位牌が祀られています。
泉涌寺の御朱印は「霊明殿」と書かれていて、HPの建物紹介欄も、仏殿,舎利殿より前に掲載されています。お寺の中でも特に大切な場所なのかもしれません。 -
霊明殿の 隣には月輪陵(つきのわのみさぎ)があります。門を入ると右手に菊の手水。
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御水尾天皇から歴代25の天皇のお墓で仏式で葬られています。
ただただ静かに雨が降り続いています。
この奥に開山堂がありますが、雨もひどいので楊貴妃観音堂に向かいます。 -
仏殿の脇は大きな桜の木、まだ開花してすぐなので、結構な雨足にも花びらを散らすことなく、咲いています。
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泉涌水屋形 泉涌寺の名前の由来となった泉を覆う屋形。
扉の桟の隙間から中を覗き込むと、きれいな水が見えました。 -
大門の左手奥にある楊貴妃観音堂 祀られている聖観音像は、綺麗なお顔立ちで、江戸時代から楊貴妃観音と呼ばれています。
洛陽三十三所 20番はこの観音堂です。
雨が小降りになってきました。泉涌寺 楊貴妃観音堂 名所・史跡
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楊貴妃観音堂の御朱印
本坊で頂きました。楊貴妃観音と書かれています。 -
10:35 正参道、大門から仏殿に続く広い参道は、ゆったりとした下り坂。
大門の受付脇の雲龍院に続く石段を登って行きます。
泉涌寺塔頭巡りはまだ半分。
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