2016/10/14 - 2016/10/28
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jijidarumaさん
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2016年ドイツの秋:ライン・モーゼル・アール・ミュンスターラントの旅
2016年10月14日(金)~10月28日(金)15日間
第7日:10月20日(木) 118km、小雨・曇天、寒い一日7.0~11.5℃
≪Cochem・Sage um das Enderttorコッヘムの伝説・エンデルト門とワイン樽≫
伝説はコッヘムのEnderttorエンデルト門にまつわるものである。
(Ritterkrieg騎士戦争(1522~23年)の頃の話であろう)
撤退中であった兵士たちの後に続いていた騎士Franz von Sickingenフランツ・ジッキンゲン「後述)は、事のついでにCochemコッヘムを攻撃しようと考えた。
コッヘムの市民は防衛上、市門を備え、門扉をしっかりと閉ざしていた為、攻撃者はエンデルト平地の草原に、攻撃の機会を窺いながら野営をしていた。
市民は押し寄せた攻撃者の脅迫的な襲撃と略奪から、如何にコッヘムを守るか、様々に戦術を考えたのです。
そして、市民たちはエンデルト門内の中庭に、利用できる全ての空のワイン樽を運び入れました。
攻撃者が襲撃して来ると、市民たちはエンデルト門を開け、重いワイン樽を彼らに向けて転がしたのです。
攻撃してきた多くの兵士たちは負傷しました。
しかも、彼らは全てのワイン樽が空であると知った時、彼らは気持ちも萎えて、撤退せざるを得ませんでした。
何となれば、空のワイン樽だらけのコッヘムではジッキンゲンや兵士たちが期待した獲物も、食事も、戦利品も、もう得られないと思ったからです。
・・・・・・・・・・・・・・
写真はEnderttorエンデルト門とAlte Thorschenkeアルテ トルシェンケ「後述)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
写真はモーゼルワイン街道の道標
ツェルの町からモーゼル下流に向い、葡萄畑に囲まれたMetternichメッテルニッヒ城址(モーゼル川の距離60km地点)をまた写し、10:45、5km先の途中のErnstエルンストで、漸く道路際に『緑の下地の上に、黄色で葡萄、モーゼルの蛇行をMの字に描き、下にMosel-Weinstrasse の文字が書かれている標識』を見つけた。 -
帝国騎士 Franz von Sickingenフランツ・ジッキンゲン(1481~1523年)は
ライン地方とシュヴァーベン地方の騎士たちのリーダーだった。「鉄腕ゲッツ」の異名をもったGottfried von Berlichingenゴットフリード・ベルリヒンゲン(1480~1562年)とジッキンゲンは同時代の人である。
ジッキンゲン家はKraichgauクライヒガウ(バーデン・ヴュルテンベルク州の南西部にあたる)の騎士でしたが、中世から近代への移行期、彼は教会財産の世俗化の為、その*Reformation宗教改革の信奉者の支持者として、Ritterkrieg騎士戦争(1522~23年)に際し、仲間を率いて奮闘した。
しかし、Landstuhlラントシュトゥール近くのBurg Nansteinナンシュタイン城の攻城戦で砲撃による重傷を負い、同地で戦死した。
(*宗教改革とは、16世紀(中世末期)のキリスト教世界における教会体制上の革新運動である。贖宥状に対するルターの批判がきっかけとなり、以前から指摘されていた教皇位の世俗化、聖職者の堕落などへの信徒の不満と結びついて、ローマ・カトリック教会からプロテスタントの分離へと発展した。)
・・・・・・・・・
写真は Franz von Sickingenフランツ・ジッキンゲン (1520年) -
写真はコッヘムのAlte Thorschenkeホテル&レストラン アルテ トルシェンケ
D-56812 Cochem 、Brueckenstrasse 3
http://www.alte-thorschenke.de/restaurant.htm
3星・全35室。アルテ トルシェンケはモーゼル・コッヘムの600年以上の歴史を語るホテル・ワイン酒場である。ドイツの最も有名なワイン酒場であり、コッヘムの家並みを語る上で欠かせぬものである。誰もが旅での最も気に入りの写真として、このアルテ トルシェンケを撮っている。
1970年代の古城ホテルの加盟リストにここも掲載されていたので、昔からよく知っているが、宿泊や食事をしたことは無い。
その歴史はトリアーの大司教・選帝侯Balduin von Luxemburgバルトウィン・ルクセンブルク伯(1285年頃~1354年)が1332 年に町を守る要塞を建てた時の一部にあたる。当初、城壁看守や兵たちの住居に利用されていた。
その後、17世紀末、仏軍に焼かれて黒くなったと思われる城壁とEnderttorエンデルト門に連結した建物は薄い黄土色の壁、木組みの家(ホテル兼酒場)である。
アルテ トルシェンケの美味しい料理やワインが有名になり、時代とともに、魅力は増し、画家たちはロマンチックなアルテ トルシェンケを描き、詩人は同様にアルテ トルシェンケを詩歌で称揚した。
序ながら、ケルンやフランクフルト間との郵便馬もここが起点になっていた。伝説が残るアルテ トルシェンケ by jijidarumaさんアルテ トルシェンケ ホテル
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写真は秋のライヒスブルグ城
ライヒスブルグ城(帝国城)は秋らしく、黄葉に包まれていた。2006年5月に訪れ、城内見学もじっくり見たのでまだ記憶も残る。
その山城の姿は、モーゼル川畔の何処から撮っても、納まり良いものである。円錐形の山上に立つ城は4個の城門、城壁、壕に守られ、守るに易く、攻めるに難い城と云われた。強大な天守閣は壁の厚さが3.6mもあり、1000年の歴史と共にある。
この城はライン地方のPfalzプファルツ選帝侯の居城であったが、その後シュタウフェン家出身の皇帝の帝国城となり、最終的にはトリアー選帝候・大司教の所有になる。
1689年、プファルツ継承戦争でルイ14世率いるフランス軍の猛攻撃を受け、ライン・モーゼル流域の殆どの城と同じく、破壊されてしまう。
漸く1877年に、ベルリンの枢密顧問官ラフェネーにより、8年をかけて、14世紀の新ゴシック様式の中世風城塞に復元された。内装は19世紀のドイツ上流階級の邸宅に見られるもので、現在、城は町が所有している。ライヒスブルク城(コッヘム城) 城・宮殿
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写真はコッヘムと帝国城の郵便切手
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写真は秋のモーゼル川畔と観光船
人口5千人の小さな街の中心にある旧市街アルトコッヘムにはベルンカステル・クースに比べると景観はもの足りないが、ライヒスブルグ城をバックにモーゼル川畔から撮る写真は実に良いものがある。 -
写真はコッヘムのマルクト広場と市庁舎
マルクト広場に行くと、Martinsbrunnenマルティンの泉、バロック様式の市庁舎(1739年、かつてはトリアー大司教の役所)、木組みの切妻のある家々が美しい。木組みの切妻のある家々が美しい旧市街アルトコッヘム。 by jijidarumaさんマルクト広場 (コッヘム) 広場・公園
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写真はコッヘムのマルクト広場のお店・・・シュトレンを購入した。
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写真はコッヘムのマルクト広場の夜景
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写真はコッヘムの年代記壁
Carlfritz-Nicolayカールフリッツ・ニコライ広場は画家・グラフィックデザイナーのMosaikモザイク作品である Cochem-Jahreszahlenwandコッヘムの年代記が橋梁傍に掲示されている。
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