2015/11/17 - 2015/11/18
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旅人のくまさんさん
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島根県に位置する出雲大社の紹介です。出雲大社は、いわゆる『国譲り』の事情のもとで創建されました。『国譲り』とは、日本神話において、天津神が国津神から葦原中国の国譲りを受ける説話です。『葦原中国平定(あしはらのなかつくにへいてい)』とも呼ばれます。
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広島から出雲大社に向かう途中、1回だけ休憩した『江の川(ごうのかわ)パーキングエリア』の光景です。広島県三次市(みよしし)の中国自動車道にあるパーキングエリアです。上下線の位置は『江の川第三橋』を挟んで約3 キロ離れていて、上り線は青河町、下り線は粟屋町に位置します。松江・大阪方面が『上り線』になります。
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同じく、中国自動車道にある『江の川パーキングエリア』の上り線の光景です。『中国自動車道』は、大阪府吹田市から兵庫県、岡山県、広島県、島根県を経由して山口県下関市へ至る高速自動車国道です。略称は『中国道(ちゅうごくどう)』、政令による正式な路線名は『中国縦貫自動車道』です。1時間少し走って、現在時刻は9時半少し前です。
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8時少し過ぎに広島湾に面したホテルを出発し、11時少し過ぎに出雲大社に到着しました。1回の休憩をはさんで、約3時間の移動時間でした。『出雲大社・「平成の大遷宮」』のタイトルがあった説明立札の光景です。平成20年(2008年)4月から、平成28年(2016年)3月まで?年間をかけた大事業です。その主な工程が記された立札でした。
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小雨に煙る、出雲大社の駐車場の光景です。『出雲大社・平成の大遷宮・平成20年4月~平成28年3月』の大きな立て看板や、『神仏和合』を主眼とした『出雲国神仏霊場遥(?)拝路』のタイトルの20箇所の写真と、『島根県立・古代出雲歴史博物館(500メートル)』の案内看板などがありました。
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掲示板に貼ってあったポスターの紹介です。左側のポスターは『神在祭(かみありさい)』の案内です。旧暦の10月10日に八百万の神が出雲大社に集まって、大国主大神の元で1週間の会議が行われるとされる『神有月』の紹介でした。右のポスターは、既に紹介した『平成の大遷宮』の案内です。
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出雲大社の駐車場の光景が続きます。新暦と対応する旧暦の一覧です。1月:睦月(むつき)、2月:如月(きさらぎ)、3月:弥生(やよい)、4月:卯月(うづき)、5月:皐月(さつき)、6月:水無月(みなづき)、7月:文月(ふみづき)、8月:葉月(はづき)、9月:長月(ながつき)、10月:神無月(かんなづき)、11月:霜月(しもつき)、12月:師走(しわす)、なお、6月と10月の『無』は、『の』の連体助詞説があります。
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『さざれ石』の光景です。この後紹介する説明パネルには、岐阜県揖斐川町で発見されたもので、発見者の子に当たる人達が、平成11年(1999年)4月に寄進したものです。発見者は『故・小林宗一(号・宗閑)』と紹介されていました。揖斐川石を中心とした銘石収集・鑑定家だった人のようです。
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『さざれ石の由来』のタイトルがあった説明パネルの光景です。末尾に寄進者の三エミの方の名が記されていました。神社では、よく見かける『さざれ石』ですが、『出雲大社』に寄進されるほどですから、余程の銘石のようです。個人的には、これまで目にした細石の中では、最も大きく、山のような姿も群を抜いていました。
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『出雲大社境内案内図』のタイトルがあった大きな看板の光景です。現在位置が左中央付近に記されていました。『西神苑』の西側の駐車場の位置でした。『瑞垣』に囲まれた出雲大社の中心部分は、この案内図の最上部付近に記されています。
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中央付近に見える立て看板には、『ようこそのお参りでございます』の文字が記されていました。先ほどの『出雲大社境内案内図』を参照しますと、『社務所』の建物のようでした。駐車場から神楽殿に向かう順路に位置していました。
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下側に『島根県立・古代出雲博物館・ここから歩いて7分』のタイトルがあった案内看板の光景です。3枚の写真は右上から順に、『国宝の銅剣・銅鐸』、『古代高層神殿(縮小レプリカ)』と『境内から出土した巨大柱』でした。
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『出雲大社周辺案内』のタイトルがあった説明パネルの光景です。北が右側になる地図ですから、上側に記された日本海は、西側方面になります。出雲大社は、右下付近に記されていました。名所を紹介した4枚の写真は、右上から時計回りに、『命主社(いのちぬしのやしろ)』、『古代出雲歴史博物館』、『旧大社駅』と『稲佐の浜』でした。
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小雨の中を観光バスでやってきた参詣者の方たちが、駐車場でバスを降りて、最初に目にするのが、この細石(さざれいし)のようでした。引率の現地ガイドさんが、説明慣れした口調で、細石の謂れ等を説明されていました。
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私たちのメンバーも、細石の見学の後に向かったのは、巨大な注連縄で有名な『神楽殿』です。その神楽殿は、拝殿と見紛う建物で、元々は、出雲大社宮司家の千家國造家の大広間として使用され、『風調館(ふうちょうかん)』と呼ばれていました。
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概ね、北方向を向いて撮影した写真になるようです。中央やや右手に白く見えているのが、玉砂利を敷いた『神楽殿』の正面に向かう参道、屋根が二重になった、その『神楽殿』の建物も見えていました。左手前に見える、モニュメント鵜のような黒い石に、『神楽殿』の文字が刻まれていました。
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境内摂社や末社などが並んだ一角の光景です。造りは小型ですが、立派な石垣の上に格式ある建物が鎮座していました。中央に見えるコンクリートポールは高過ぎて、写真の上部が切れてしまいましたが、推測では大型の国旗などを掲揚する支柱のようでした。
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『金刀比羅宮(ことひらぐう)・御祭神・大物主神(おおものぬしのかみ)』のタイトルがあった説明立札の光景です。『御祭神の大物主神は大国主大神の別名で、ものぬしの如く万物の根源すなわち霊魂を司る神様です。殖産・医薬・技芸の御神徳があり、こんぴらの名から、古くより漁業・航路安全など海の神様としても敬われています』、と紹介されていました。
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先ほどの立札で紹介されていた『金刀比羅宮』の光景です。『金刀比羅宮』は、全国に約600社の『こんぴらさん』を祀る神社があるようです。この出雲大社の御社は、香川県の金刀比羅宮から正式に分霊を迎えた6社に数えられているようです。右の新しい社殿が『祓殿』、左が『金刀比羅宮』になります。
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大きな注連縄で有名な、出雲大社の『神楽殿」の姿が見えてきました。出雲大社の紹介写真にもよく使われている光景ですが、説明がなければ、『拝殿』と思ってしまう光景です。拝殿は、余り離れていませんが、別の場所にあります。
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玉砂利の上を歩きやすいように工夫してありました。履物で踏み締めた時に、玉砂利の移動を制限するように、丸いプラスチックの枠が連続していました。白い玉砂利と、黒い石が程よく混ざり合った中で、その枠は保護色のように守られたように姿を消していました。
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『神楽殿』の正面光景です。『神楽殿は本来、千家國造家(出雲大社宮司家)の大広間として使用されており、「風調館(ふうちょうかん)」と呼ばれていました。明治に入り、出雲大社教が設立されてからは出雲大社教の神殿としても使用され、現在では國造家大広間、並びに出雲大社・出雲大社教の神楽殿として御祈祷や結婚式をはじめ様々な祭事行事が執り行われています』(出雲大社公式HP)
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ズームアップした、出雲大社の『神楽殿の注連縄』光景です。『正面の大注連縄は長さ約13メートルメートル、重さ5.2トンに及びます。この大注連縄は数年に一度、新しい注連縄へと懸け替えられます。そして、神楽殿前庭には高さ47メートルの国旗掲揚塔が聳え立ち、揚げられる国旗は75畳(タテ8.7メートル・ヨコ13.6メートル)の大きさです』(同上)、と紹介されていました。
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『神楽殿」の正面に掲げられた扁額の光景です。『神光海蔽』らしい文字が揮毫されていました。落款は見当たりませんでした。四文字検索で、簡単に謂れや意味合いが確認できると思いましたが、ネット検索では、何もヒットしませんでした。その検索途中で、全国74,560箇寺の内、『神光寺』は20箇寺あることなどが分かりました。
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少しズームアップした、『神光海蔽』らしい文字の扁額の光景です。この四文字に、何となく、出雲の有力者が渡来系であることを想像させます。古代豪族の蘇我氏の出自については、謎が多いとされます。蘇我氏は、葛城氏、物部氏、大伴氏、賀茂氏、三輪氏と同族であり、出雲神族であったとする説は、日本書紀、古事記等の記述とも矛盾がないようです。(るいネットを参照しました。以下も同じです)
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今回の出雲大社参詣で、一番拘りを持った呼び名は、蘇我氏に通じる『素鵞(そが)社』でした。大国主命を祀る本殿の裏側の摂社に祀られている素戔嗚尊、この素戔嗚尊の摂社が『素鵞社』です。奈良の入鹿神社の祭神は、蘇我入鹿と素戔嗚尊とされるなど、素戔嗚尊-大国主命-事代主命(一言主)-大田々根子-葛城賀茂氏に繋がる系図もあるようです。(同上)
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葛城氏の神は、『一言主神』です。また、蘇我氏の本貫地は、葛城賀茂氏の本貫地でもあり、しかも、葛城山自体、元々は『かもやま』と呼ばれていたようです。葛城氏(襲津彦)が統率していた渡来系の職人(秦氏、漢氏)を、葛城氏没落後、蘇我氏が統率するようになったことも、無理なく理解できます。同族だからこそ、引き継いで、そのまま渡来人を重用したのでしょう。(同上)
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その葛城・蘇我両氏族が三輪・賀茂族に繋がるとすると、少なくとも、大化の改新までの古代天皇家の皇后は、三輪・賀茂族を中心とする『葛城系豪族』が全て独占していたことが明らかになります。要するに、『古代ヤマト朝廷とは、葛城系豪族の国家』だったと言えるようです。(同上)、写真は、シルエットで眺めた注連縄と〆子の光景です。
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このところ、古墳巡りを楽しみにしていますが、曽我氏の出自が明らかになれば、古墳に関する謎の一つも解けるようです、『蘇我氏全盛の頃、蘇我氏たけが方墳をつくる特権を持っており、他の豪族には許されなかったことだが、唯一、出雲国造家だけは許されていました』、これも曽我氏が同族であれば、当然のことになります。(同上)
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石灯篭に記された神紋のズームアップ光景です。出雲大社の御神紋は、『二重亀甲剣花菱』と呼ばれています。その紋所は、亀甲形の内に八稜を形成するように剣花菱を放射状に配し、三種の神器(剣・鏡・玉)を表し、神霊が宿る神ひもろぎを意味する物と言われています。
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『出雲大社』の文字が刻まれた石標の光景です。『出雲大社』は、867年(貞観9年)には正二位に叙せられ、熊野大社とは別に出雲国一宮と称せられるようになりました。中世には12郷7浦を領しましたが、豊臣秀吉により減じられ5郷2浦となりました。1871年(明治4年)に官幣大社に列格の後、大正時代に勅祭社となりました。
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