2015/08/10 - 2015/08/11
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<行った所>
シェイフ・サフィー・アッディーン廟
★
東京から、飛行機を使わず陸路・海路で、シルクロード経由でユーラシア大陸を横断する旅行です。
テヘランからのバスに乗り、北西の国境付近の町アルダビールに到着。
ここでは世界遺産でありながら唯一の見所シェイフ・サフィー・アッディーン廟に行きました。
なかなか良かったのですが、見学中イラン人から超絶声掛けられまくり!
写真撮ってくれとか、WhatsAppのアカウントはないのかとかという定番の質問から、自称英語の教員も登場して長話をしたりと、まあ別に構わないのですが、まったくゆっくり見学できません。。
ちなみに、某歩き方(2014-5年版)では「オッディーン(od-din)」と書いていますがたぶん「アッディーン(al-din)」が正解かと思われます。
これだけだとさすがに内容が薄いので、後半はアゼルバイジャンとの国境越えをバクー到着前まで書きます。
52日目 イラン テヘラン
http://4travel.jp/travelogue/11042339
の続きです。
-----------------------------53日目(2015/8/10)---
テヘランから続き
↓バス
18:48 アルダビール着(路上)
↓タクシー
19:04 ホテル着
♪アルダビール観光
19:27?20:15 シェイフ・サフィー・アッディーン廟
↓徒歩
20:40 ホテル着 ≪アルダビール泊≫
-----------------------------54日目(2015/8/11)---
8:22 ホテルチェックアウト
↓タクシー
9:33 アスタラ国境
?イラン出国?
↓徒歩
?アゼルバイジャン入国?
11:19 ↓タクシー
11:29 バス停
12:35 バス出発
↓バス
バクーへ続く
<写真はシェイフ・サフィー・アッディーン廟の内部>
全体のルートはGoogle mapで↓
https://www.google.com/maps/d/viewer?mid=z1Gu1WLgvovM.k5bW8XTFkRBI
- 旅行の満足度
- 2.0
- 観光
- 2.0
- ホテル
- 2.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
-
53日目(2015/8/10)
18:48
テヘランを10時ごろ出発したバスがアルダビールに到着。
バスターミナルではなくて路上に下ろされました。。
しかもどこかのロータリー。どこ?? -
みんな路上で下ろされたのでタクシーのキャパが追いつかないのか全然いない!
タクシー?とか声かけてきたやつに連れられてみると白タクだった・・・
どこにいるかわからないし、5万リアルで決着したし、乗ってしまおう。。
タクシー(白タク)
18:50 バスを下ろされた所→19:04 ホテル・ネギン
IRR 50,000 -
19:04
今回泊まるホテル「ネギン」に到着です。
15分くらいかかったので、5万リアルはまずまず妥当だったのかも?
このホテルはどうやら英語を話す人が一人もいない様子。
予約確認書を提出してチェックインします。
ホテル ネギン
予約時はシングル(実際はツイン)、朝食付
1泊 \5,000(日本で決済)
手配協力:ペルシアツーリズムグループ -
部屋はこのように特筆すべき点のない普通な感じ。
フリーのペットボトルの水が1本あったのですがなんと1.5リットル!
外に持っていくというよりは、部屋で飲むとか口をゆすぐ用なイメージなのかも。 -
水周りはやたらきれい。
改装したばかりかのようです。
水量、湯加減とも文句なし!
アメニティはシャンプーと石鹸のみ。
コップが紙コップなのは、きっと気遣いですよね。 -
さて、荷物を置いてアルダビールの唯一の見所であるシェイフ・サフィー・アッディーン廟に向かいます。
ホテルから廟までは商店が続いていましたが、テヘランから来たばかりなのでさすがに地方の小さな町という印象です。 -
19:27
ホテルから10分かからず、シェイフ・サフィー・アッディーン廟に到着。
世界遺産です。
シェイフ・サフィー・アッディーン廟
入場料 IRR 150,000 -
小さな門から入ると庭園が広がっています。
-
上の写真の角度だと地味に見えますが、結構花が咲いていてきれいな印象。
-
庭園奥の門をくぐるとシェイフ・サフィー・アッディーンのお墓の建物がありました。
シェイフ・サフィー・アッディーンはサファヴィー教団の教主。
13世紀頃の人ですが、16世紀にはサファヴィー朝が誕生するほど。
サファヴィー朝は、都をエスファハーンに移したり、イランの国教をシーア派にしたり、現在のイランの礎とも言えると思いますが、その教祖のお墓というわけですね。
パネルによると、17世紀の旅人の話として、「マシュハドのイマーム・レザーの霊廟、コムのハズラテ・マアスーメの霊廟に次いで、卓越し、大きくて、きれいな霊廟」と書いてあり、中に入る前から期待させます。 -
この左側の丸い建物の中にシェイフ・サフィー・アッディーンのお墓があるようです。
-
中に入ると・・・おおー!
なんとも荘厳な雰囲気。
建物の中にもムカルナス(鍾乳石飾り)があるのは珍しい。。 -
反対側にもムカルナス!
すごい豪華な造り。 -
ひとまずこの柵の向こうに入ってみると→
-
この入口の奥には→
-
なんだか暗いし近いしうまく撮れなかったのですが、一番奥の大きいのがシェイフ・サフィー・アッディーンのお墓。
星型を思わせるきれいな棺。
手前は親族のお墓です。
3つつながっているという話ですが、よくわかりません。
なお、実際はこの地下に葬られています。 -
サファヴィー朝を興したイスマイール一世の墓もありました。
かなり大きい!
ポートレートまで用意されています。
なんだかこの廟は現代イランのルーツが集結している感じ。 -
もう一つ別の部屋にも棺がたくさん。
これはちょっとよくわからず。。 -
大きな部屋に来てみると・・・
これがウワサの「陶器の間」ですね!
中国からアッバース一世に贈られた陶器が壁一面にあったので、その名がついたといわれます。
ちょうどなにか集会をしているタイミング。 -
壁面は、ちょっとエスファハーンのアーリー・ガープー宮殿を彷彿とさせますね。
-
屋根は案外シンプルな感じ。
-
陶器の間だけあって、陶器の展示がありました。
17世紀、中国から贈られたもののようです。 -
上下さかさまに展示されているものも。。
-
「Sign of govermental Safavid」
サファヴィー朝のサインらしいです。 -
シェイフ・サフィー・アッディーンの法衣。
結構状態よく保存されています。 -
廟の周囲はお墓になっていました。
偉大な人のそばにお墓を作ってご利益を、という典型的なイスラムのお墓スタイルですね。 -
外に出てみるとなにやら人が群がっている棺が。
パネルによるとHalimeh Beyqum(白羊朝の首長ウズン・ハサンの娘)かイスマイールの母のものとのこと。
なんか全然違うんですけど、きっとよくわからないってことですね。。 -
20:31
近くにはレストランが見当たらず、お客が入っていたこちらでケバブのサンドイッチを注文。 -
店頭には何かの脳みそらしきものがあったのですが、ヘタレてしまいチャレンジせず。。
-
結局炒めたソーセージとフライドポテトが入ったサンドイッチに。
ジャンクな感じ!
案外おいしかったです。
IRR 25,000
★☆★アルダビール泊★☆★ -
54日目(2015/8/11)
7:30
おはようございます。
最近旅行記掲載を省略している朝ごはん。
イランでは毎回朝食付のプランでした。
イラン最後の朝ごはんを食べにホテルの食堂に来たものの、個人的に見た目からして食べられそうなのはパンだけ。。
しかもパンが想像以上にまずすぎ。。
紅茶を飲むため、固まった砂糖が入ったビンを叩いていたらドバドバでちゃう始末。。
イラン最後の食事がなんだか散々で超残念。。 -
8:33
チェックアウトして国境に向かうべくタクシーを探します。
たまたま通りかかったタクシーに交渉。
アスタラまで40万リアルで行ってくれるみたい!
ここのルート、某歩き方はケタが1つ違うので参考にならず。。
ロンプラにも相場が載っていないので妥当なのかどうなのかわかりません。。
タクシー
8:22 アルダビール(ホテル前)→9:33 アスタラ国境
IRR 400,000(要交渉) -
8:41
たかだか1時間くらいのドライブなので甘く見ていましたが、あの山を越えるらしい。。 -
8:47
緑の少ない土山をとばすとばす! -
8:55
峠を越えたらしく、今度は下る下る!
時速120kmでとばしまくるので、結構怖い!
急に緑が増えた気がします。
所々に見える家は別荘的な雰囲気。 -
あっ!ロープウェイ!
イラン人向けの観光地なんでしょうかね。 -
9:33
坂道をびゅんびゅん下り、国境の町アスタラに到着。
イラン側もアゼルバイジャン側もアスタラという地名です。
国境前にある両替所でイラン・リアルをアゼルバイジャン・ニューマナトに替えてもらいます。
お店に入るや否やオッサン2人も一緒に入ってきて何の通貨だ?ドルか?とか言っている模様。。
てかお前ら誰なのよ?
持ち合わせてたイランリアルは680万リアル(\34,000相当)だったのですが、マナトはいくらか全然教えてくれず、とにかく渡せ、みたいなことを言っている。
なんだか交渉する余地が一切ない。。
この流れはだまされるなーと覚悟しリアルを渡したら、マナト(AZN)130(\15,600相当)が返ってきました。
(この日の参考レート:IRR/JPY=0.00421、AZN/JPY=119.27)
計算上はAZN 240くらい、せめて200程度もらっていいはず。。
ところがオッサンたちは、おーこれでOKだ!の大合唱。
この両替商はとんでもないぼったくりなので絶対に使わないこと!!
前日に営業時間が終わってて両替できなかったのが悔やまれる。。
やはりイラン人は金が絡むと最低ですね。
両替@Abmin Valiyuta (Abbas Ebadi) ←最低っ!注意!
IRR 680万→AZN 130 -
9:42
朝食といい両替といい、悪い印象でイランを去りますが、思い起こせば基本的にはいい人が多かったような。
あれ、エスファハーンでお金盗まれたような気も。。
ともかく国境越えです。
なお、このアスタラ国境は麻薬が発見されることが多いらしい。
荷物を持っていってくれないかとか、他の方のブログなどでは国境越えのバスから見つかったとか、いろんなパターンで見つかるのが日常茶飯事とのこと。
ここを通過される方はお気をつけて。。 -
イランの出国はかなりあっさり。
スタンプを押してもらって終了。
パスポートを持って係員が別室に行ったときは面倒くさかった入国のようになるかと思いましたが、すぐ返してくれたのでひとまず安心。
バイバイ、イラン! -
国境は川でした。
徒歩で橋を渡り、アゼル側の建物へ。
建物に入り、長めの通路の途中でX線チェック。
部屋じゃなくて、なぜ通路っぽい狭いところでチェックしようと思ったのかが気になるところ。
タブレット(錠剤)を聞かれ、ビタミン剤と言って見せました。
その後、入国手続き。
正しいビザのはずですが、なぜかすごくすごく待たされました。
脇で待ってろと言われしばらく放置。パスポートは別の係員へ。。
どうやらオンライントラブルだと言っているようでした。
# イランのeビザのときも思ったのですが、、正直言い方悪いですが、所詮三流国家なんだからできもしないITを使わないで欲しいんですよね。。
ぶつぶつ言う暇もなく次は税関申告。
これもITぶっていて、なんとタッチパネルで入力すると、税関申告書が印刷されてでてくる仕様!しかも2部!なにこれ!
便利は便利だけど、2台しかないし、人が多かったら並ぶので結局不便なような気も。。
ちなみに、ここでは小物系(カメラ、携帯、iPodなど)もいちいち申告する模様です。
最後にもう一度X線検査。その際に税関申告書をチェックされます。
所持金を実際にチェックされることはありませんでした。
なんとかアゼルバイジャンに入国です。
時計の針を30分進めます。 -
国境の建物を抜ける出口が、台所裏の勝手口を思わせる狭さでびっくり。
Google mapだとたぶんここ?→ 38.444240, 48.875055
扉の手前に兵士が立っていて、パスポートをチラ見。
扉を開けてくれました。
扉の外には「タクシー?バクー?」と言うオッサンたちがピラニアのように群がっていました。やはりまだアジアなんですね。。
ただ、こちらがバスだと言うと案外すぐに引いていました。
バス乗り場まではタクシーで移動します。
タクシー
11:19 国境→11:29 バス乗り場
AZN 3 -
走り出して間もなく、建物が見えてきます。
急にソビエト方式になるんですね。
トルクメニスタン→イランの時も思いましたが、国境でガラっと景色が変わるのって日本では見られないし、土地を国境で区切ることの影響を感じずにはいられません。 -
11:29
タクシーはバスの手前まで連れてきてくれました。
たぶんGoogle mapの衛星写真だとここではないかと思います
→ 38.470667, 48.870549
あれ、案外小ぶり・・・ -
バスは12時出発らしいので、周辺をほっつき周ろうかなと思いきや、周辺はごく平凡なつまらない建物ばかり。。
近くに銀行っぽいのがあったので両替できるか聞いたら、できるとのこと!
USD 100→AZN 104.33でした。
この日のレートはUSD/AZN=1.0488。
まったくもって妥当な感じ。
イラン側で両替するんじゃなかったかな。。 -
イランのVIPバスなどに比べると見劣りのするシートたち。
出発前はエアコンが効いておらず、中にいると暑すぎて死んでしまいそう! -
バスの後ろ側にあったのはマーケット。
野菜、果物、肉など、食料品ならなんでもあった感じ。
この一画にトイレがありました。
有料だし、相当汚いものでしたが。。
トイレ
AZN 0.2 -
結局バスは30分ほど遅れ、12:35に出発。
道がガタガタ!
軟弱な座席では結構つらい!
ついでに車のサスペンションも効いてない!?
食事後だったら酔っていたかも。
イランは道が良かったんだと痛感します。
景色だけは非常にのどか。
建物がヨーロッパ調で、なんとなく安心します。
バス
12:35 アスタラ→18:40 バクー・バスターミナル
AZN 6/席(この時は荷物をもう1席置かせてもらったので倍のAZN12を支払) -
女性の格好を見ると黒づくめで目だけを出しているイランのスタイルとはまったく異なります。
やはり見慣れた光景の方が安心しますね。 -
13:54
線路が見えます。
アスタラからバクーへは夜行列車も出ているようですが、事前情報ではチケットがすぐ売り切れるらしい。
奥に見えるのは・・・海!?
カスピ海にご対面!
アスタラ国境辺りからカスピ海はすぐ近くにあったのですが、しばらくは幹線道路が離れたところを通るためカスピ海は見られませんでした。
これはたぶんランカランの近くだったんだろうと思います。
この辺りとバクーの近くだけカスピ海が見られます。 -
イランからアゼルバイジャンへの道はメジャーなシルクロードのルートではないのですが、ポプラが植わっているとシルクロードを思いおこします。
-
線路とソ連式アパート。
-
線路と住宅。
-
牛たちがくつろいでいます。
道中、このようにのどかな景色が続きます。 -
16:12
出発から4時間ほど走って、ようやくトイレ休憩に。
停車中はエアコンが消され、超暑い・・・
日陰にしばらく避難。
16:30ごろ出発のようで、ドライバーがクラクションを鳴らすも集まらない人が数名。
結局16:37に出発しました。 -
16:51
オリンピックのマークが。
Salyan Olympic Complexというそうですが、オリンピックとは関係なく、FK Mughanというサッカーチームの本拠地なんだそう。
まぎらわしい。。 -
17:43
再びカスピ海にご対面!
もうすぐバクー! -
徐々に妙なオブジェっぽいものが増えてきます。
Khazar Islandという人工島への入口っぽいです。 -
しかしまだ島は工事中。
2020年以降の完成を目指しているそうです。
http://khazarislands.com/ -
バクー滞在中あちこちで見たBaku 2015のロゴ。
-
高層ビルが立ち並び、いよいよバクーの中心へ近づいたようです。
一旦ここでまとめます。
そういえばこの旅行記はアルダビールでした。。
シェイフ・サフィー・アッディーン廟
・アルダビール唯一の見所。廟自体より建物が面白い。
・陶器の間の展示物は、多くはないが見応えある。
アスタラ国境越え
・バスで通過も可能だが、時間や麻薬問題を考えると、
朝、自分で歩いて国境を越えたほうがよいように思う。
---------------------------
55日目 アゼルバイジャン バクー
http://4travel.jp/travelogue/11042341
へ続く→→→
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