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東京の紅葉は終わったと思ってました。<br />しかも今月はもう週休2日は取れません、どころか明日から7連勤。なので今日は静かにしてるつもりでした。<br />が、しかし!<br /><br />『 2014.12.12 本日の「紅葉とれたて」情報です。<br /><br />園内のイロハモミジの葉は、日陰の部分も色づきが進んできました。<br />路傍植物園の突き当たりのイロハモミジの紅葉が美しくなりました。<br />園路から見上げると、日が当たらない部分の青葉と紅葉途中の葉とのコントラストが美しいです。<br />物語の松へ向かう園路から見えるモミジのビューポイントのイロハモミジも色づきが進みました。<br />いもりの池では、オオモミジが黄色く色づいています。<br />周囲に見えるイロハモミジの紅葉とコナラの褐葉とあわせて色とりどりの葉の色付きをお楽しみいただけます。』<br /><br />こんなの見つけちゃったら、もうおとなしくして居られません。<br />何しろ、例によって交通費は片道195円です。<br />さすがに今回は入園料310円がかかりますが、何より今までに1度も行った事の無い科博の自然教育園です。<br />勿論、条件は同じ。お昼ご飯までには帰ってました。<br /><br />出来るだけ写真に人物を入れたくないので、かなりあちこちで待ち時間が有り、思ったよりもホンの少し長い滞在となりました。<br /><br /><br />そうそう、自然教育園ってそもそもどんなトコ?<br />それを説明してませんでした。<br />ホームページの沿革を見て、ちょっと笑えました。あまりに昔の話から始まってるんで。<br />以下に紹介します。<br /><br />『自然教育園を含む白金台地は、洪積世(20~50万年前)海食によって作られました。<br /><br />いつ頃から人が住み着いたかは不明ですが、園内から縄文中期(約2500年前)の土器や貝塚が発見されていることから、この時代には人々が住んでいたと考えられます。<br /><br /> 平安時代には目黒川、渋谷川の低湿地では水田が開墾され、台地の広々とした原野には染料として欠かせなかったムラサキの栽培も広範囲に行われていたと考えられています。室町時代に入ると、この地方にいた豪族がこの地に館を構え、今に残る土塁は当時の遺跡の一部と考えられています。この館の主が誰かは不明ですが、白金の地名は永禄2年(1559)の記録に初めてあらわれ、太田道灌のひ孫の新六郎がこの地を治めていたことが記録されています。また、いわゆる「白金長者」であったという言い伝えも残っています。<br /><br /> 江戸時代になると、増上寺の管理下に入りましたが、寛文4年(1664)には、徳川光圀の兄にあたる高松藩主松平讃岐守頼重の下屋敷となり、園内にある物語の松やおろちの松などの老木は、当時の庭園の名残であろうと思われます。<br /><br /> 明治時代には火薬庫となり、海軍省・陸軍省の管理となり、大正6年(1917)宮内省帝室林野局の所管となり、白金御料地と呼ばれました。<br /><br />その後、昭和24年文部省の所管となり、「天然記念物及び史跡」に指定され、国立自然教育園として広く一般に公開され、昭和37年国立科学博物館附属自然教育園として現在に至っています。』<br /><br /><br />長々と失礼しました。<br />後半の55分を載せます

カラフルな国立科学博物館附属自然教育園で110分~お金をかけずに紅葉を楽しむpart2

27いいね!

2014/12/13 - 2014/12/13

125位(同エリア351件中)

旅行記グループ 分単位でも Enjoy Tokyo!!

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PHOPHOCHANG

PHOPHOCHANGさん

東京の紅葉は終わったと思ってました。
しかも今月はもう週休2日は取れません、どころか明日から7連勤。なので今日は静かにしてるつもりでした。
が、しかし!

『 2014.12.12 本日の「紅葉とれたて」情報です。

園内のイロハモミジの葉は、日陰の部分も色づきが進んできました。
路傍植物園の突き当たりのイロハモミジの紅葉が美しくなりました。
園路から見上げると、日が当たらない部分の青葉と紅葉途中の葉とのコントラストが美しいです。
物語の松へ向かう園路から見えるモミジのビューポイントのイロハモミジも色づきが進みました。
いもりの池では、オオモミジが黄色く色づいています。
周囲に見えるイロハモミジの紅葉とコナラの褐葉とあわせて色とりどりの葉の色付きをお楽しみいただけます。』

こんなの見つけちゃったら、もうおとなしくして居られません。
何しろ、例によって交通費は片道195円です。
さすがに今回は入園料310円がかかりますが、何より今までに1度も行った事の無い科博の自然教育園です。
勿論、条件は同じ。お昼ご飯までには帰ってました。

出来るだけ写真に人物を入れたくないので、かなりあちこちで待ち時間が有り、思ったよりもホンの少し長い滞在となりました。


そうそう、自然教育園ってそもそもどんなトコ?
それを説明してませんでした。
ホームページの沿革を見て、ちょっと笑えました。あまりに昔の話から始まってるんで。
以下に紹介します。

『自然教育園を含む白金台地は、洪積世(20~50万年前)海食によって作られました。

いつ頃から人が住み着いたかは不明ですが、園内から縄文中期(約2500年前)の土器や貝塚が発見されていることから、この時代には人々が住んでいたと考えられます。

平安時代には目黒川、渋谷川の低湿地では水田が開墾され、台地の広々とした原野には染料として欠かせなかったムラサキの栽培も広範囲に行われていたと考えられています。室町時代に入ると、この地方にいた豪族がこの地に館を構え、今に残る土塁は当時の遺跡の一部と考えられています。この館の主が誰かは不明ですが、白金の地名は永禄2年(1559)の記録に初めてあらわれ、太田道灌のひ孫の新六郎がこの地を治めていたことが記録されています。また、いわゆる「白金長者」であったという言い伝えも残っています。

江戸時代になると、増上寺の管理下に入りましたが、寛文4年(1664)には、徳川光圀の兄にあたる高松藩主松平讃岐守頼重の下屋敷となり、園内にある物語の松やおろちの松などの老木は、当時の庭園の名残であろうと思われます。

明治時代には火薬庫となり、海軍省・陸軍省の管理となり、大正6年(1917)宮内省帝室林野局の所管となり、白金御料地と呼ばれました。

その後、昭和24年文部省の所管となり、「天然記念物及び史跡」に指定され、国立自然教育園として広く一般に公開され、昭和37年国立科学博物館附属自然教育園として現在に至っています。』


長々と失礼しました。
後半の55分を載せます

旅行の満足度
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 引き続きご覧いただき、有難うございます

    引き続きご覧いただき、有難うございます

  • 現在地は地図の影の部分、最上段で、これから森の小道へと下ります(地図的に)

    現在地は地図の影の部分、最上段で、これから森の小道へと下ります(地図的に)

  • 空が青いです、冬です

    空が青いです、冬です

  • 暖冬のせいで東京に棕櫚が増えてるんですね。って、そのうちトロピカルになる?

    暖冬のせいで東京に棕櫚が増えてるんですね。って、そのうちトロピカルになる?

  • 棕櫚と紅葉

    棕櫚と紅葉

  • う〜ん、此処もビュ−スポットと言える程では・・

    う〜ん、此処もビュ−スポットと言える程では・・

  • この辺りはだいぶ葉が落ちているようです

    この辺りはだいぶ葉が落ちているようです

  • こういうビルは邪魔ですね

    こういうビルは邪魔ですね

  • 風が無いので水面にハッキリと映っています

    風が無いので水面にハッキリと映っています

  • 水面のみ

    水面のみ

  • 港区と言う土地柄から外国人の家族が沢山住んでいて、この日も自然園を訪れている父子が目立ちました

    港区と言う土地柄から外国人の家族が沢山住んでいて、この日も自然園を訪れている父子が目立ちました

  • 蒲ですね

    蒲ですね

  • これ、まゆみって名前なのを初めて知りました

    これ、まゆみって名前なのを初めて知りました

  • やっぱり此処もテーブルが無いのです。在ると色々持ち寄って散らかす人が居るからなのでしょうか?

    やっぱり此処もテーブルが無いのです。在ると色々持ち寄って散らかす人が居るからなのでしょうか?

  • 小川に橋も架かっています

    小川に橋も架かっています

  • 木道も

    木道も

  • 京都のように真っ赤な紅葉と言う訳には行きませんが、それでも「カラフル」なのは間違い無く、これはこれで別の魅力が有ると思いました。<br />但し、高い木が多いので仕方の無い事ですが、他の木から落ちて来た枯葉が途中に留まっている(茶色いポツポツのようなもの)のが目立ちました。それが興を殺いでいて残念でした

    京都のように真っ赤な紅葉と言う訳には行きませんが、それでも「カラフル」なのは間違い無く、これはこれで別の魅力が有ると思いました。
    但し、高い木が多いので仕方の無い事ですが、他の木から落ちて来た枯葉が途中に留まっている(茶色いポツポツのようなもの)のが目立ちました。それが興を殺いでいて残念でした

  • 物語りの松の説明です。<br />高松藩主松平讃岐守頼重(水戸光圀のお兄さん)の下屋敷だった頃から在るんですね

    物語りの松の説明です。
    高松藩主松平讃岐守頼重(水戸光圀のお兄さん)の下屋敷だった頃から在るんですね

  • この辺りが「紅葉とれたて情報」で園路から見えるイロハモミジの色づきが進んだと述べられていたところです

    この辺りが「紅葉とれたて情報」で園路から見えるイロハモミジの色づきが進んだと述べられていたところです

  • 有名な(?)物語りの松も在るせいか、沢山の客がカメラを構えていました

    有名な(?)物語りの松も在るせいか、沢山の客がカメラを構えていました

  • 此処は確かにビューポイントと言えると思います

    此処は確かにビューポイントと言えると思います

  • これって偶然じゃないよね

    これって偶然じゃないよね

  • 園内を全て廻って来ました。此処から出口(入り口)へと向かう道だけは重複します

    園内を全て廻って来ました。此処から出口(入り口)へと向かう道だけは重複します

  • さっきはこの碑に気付きませんでした。<br />大正時代から戦後までは白金御料地だったのですよね

    さっきはこの碑に気付きませんでした。
    大正時代から戦後までは白金御料地だったのですよね

  • センリョウ

    センリョウ

  • 10月にモニターツアーで奥会津へ行った時に初めて知った絹より細いからむしの糸、その原料です

    10月にモニターツアーで奥会津へ行った時に初めて知った絹より細いからむしの糸、その原料です

  • 此処はさっき通ったのを覚えています。<br />路傍と言うくらいですから、身近な植物が植えられて(生えて)るのですよね

    此処はさっき通ったのを覚えています。
    路傍と言うくらいですから、身近な植物が植えられて(生えて)るのですよね

  • 名前は知りませんでしたが、確かに見た事は有ります

    名前は知りませんでしたが、確かに見た事は有ります

  • これは身近とは思えませんが・・・ウバユリの莢(入園の際にいただいた12月11日の見ごろ情報で紹介されていました)

    これは身近とは思えませんが・・・ウバユリの莢(入園の際にいただいた12月11日の見ごろ情報で紹介されていました)

  • これで自然教育園は終わりです。<br />行きと同じく白金台から帰ります

    これで自然教育園は終わりです。
    行きと同じく白金台から帰ります

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