2012/10/09 - 2012/10/14
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旅人のくまさんさん
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旧市街・広場付近の見学を終えた後、ネムナス川の方向に歩き、ヴィタウタス大公教会などを見学しました。黄葉が青空に映える、最高の旅行日和での見学でした。(ウィキペディア、るるぶ・バルト三国)
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イチオシ
ネット情報では、すべて『旧市街庁舎』の名前で紹介されている尖塔の光景です。英名は『Kaunas Old Town Hall』でした。『旧(Old)』は『庁舎(Hall)』ではなく、『Town(市街)』を修飾しているようでしたから、『旧市庁舎』ではないことを強調するため、『(カウナス)旧市街・庁舎』と表記することにしました。また、『旧市街』の広場は、『旧市街広場』、または『広場』と表記します。(同上)
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『カウナス旧市街・庁舎』の1階部分のズームアップ光景です。現在は、結婚登記所や、陶器博物館として機能しているようです。現在も市庁舎の機能もあるようですから、リトアニア国旗などが掲げられていました。入口上部の左側に見える国旗は、上から黄・緑・赤の三色旗です。右側の赤と黄色に動物が描かれた旗は、カウナス市旗です。(同上)
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『旧市街・庁舎』とその周りの光景です。『旧市街・庁舎』は、広場の中心に位置し、その尖塔は、カウナス市のシンボル、ランドマークとなっています。尖塔の高さを確認したかったのですが、残念ながら分からずじまいでした。また、カウナスの『新市庁舎』の検索では、何もヒットしませんでした。(同上)
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バロック様式の『旧市街・庁舎』の建物光景です。バロック様式は、ルネサンス様式からマニエリスムを経て発展した様式です。 このため、基本的な古代ギリシャ・ローマの柱やペディメント(破風)、ドームなどのデザインが同じように用いられています。ただし、ルネサンス期に多かった真っすぐなラインに対し、カーブを意識したデザインが多く取り入れられるようになりました。(同上)
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旧市街広場の周りの木立光景です。教会などの建物の視野を妨げないよう、頭の部分がカットされているようにも見えました。常緑樹と落葉樹が混在し、すでに洛陽が住んだ機や、黄葉の最中の木もありました。(同上)
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旧市街・広場に立つ『イエズス会教会』の尖塔光景です。屋根の先端に十字架がありました。残念ながら、逆光での撮影になってしまったようです。『イエズス会教会』では、創設者の一人の『フランシスコ・ザビエル(1502~1552年)』の名が、日本では一番知られています。1622年、教皇グレゴリウス15世によって列聖されました。(同上)
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場所を変えて撮影した、『イエズス会教会』の尖塔のズームアップ光景です。先ほどは逆光の写真でしたが、今度は大丈夫でした。『イエズス会教会』は、『フランシスコ・ザビエル教会』とも呼ばれています。写真に写っていませんが、。株はパステルカラーの優しい色合いの教会です。(同上)
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ネムナス川の河畔光景です。黄葉や褐葉の木で彩られていました。『ネムナス川』は、リトアニア語の呼び名で、『ネマン川』や『ネーマン川』とも呼ばれます。東ヨーロッパを流れ、バルト海に注ぐ川です。(同上)
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ネムナス川の河畔光景が続きます。ネムナス川は、ベラルーシに源を発して、リトアニアとロシア連邦カリーニングラード州を流れ、バルト海の一部であるクルシュ海(クルシュ潟)に注いでいます。長さは937キロメートルで、ヨーロッパで14番目に長く、バルト海沿岸では4番目に長い川です。(同上)
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同じく、ネムナス川の河畔光景です。ネムナス川の全長937キロのうち、459キロはベラルーシ国内、359キロはリトアニア国内を流れ、116キロはリトアニアとロシアおよびベラルーシとの国境を成しています。(同上)
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青空に映える黄葉光景です。プラタナス当たりでしょうか、あるいはマロニエ(西洋栃木)かも知れません。プラタナスは、スズカケノキ科スズカケノキ属の落葉高木、マロニエは、トチノキ科トチノキ属の落葉高木です。(同上)
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ヨーナス・マイロニスの次の詩は、リトアニア人であれば誰もが暗唱する、第2の国歌ともいわれているようです。『シェシュペ川が走り、ネムナス川が流れる。我らが故郷、美しきリトアニア』、作詞はリトアニアの偉大なる詩人・マイロニス<MAIRONIS:1862~1932年)』、作曲はリトアニアの合唱音楽の父と呼ばれた『ユオザス・ナウヤーリス(1869~1934年)です。(同上)
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ネムナス川の紹介に戻ります。深さは最大で5メートル、川幅は最大500メートルです。流速は秒速1~2メートルと、ゆったりと流れています。流量は洪水時には最大で通常時の11倍の毎秒6,800立方メートルまで増加するようです。(同上)
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ネムナス川の一次支流は105本あり、最大のものはネリス川で、長さ510キロです。100キロより長い支流はスヴィスラチ川、シェシュペ川など15本あります。ネマン川流域はリトアニアの国土の約4分の3に近い、72パーセントに及びます。(同上)
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中央奥に見える緑の尖塔屋根は、キリスト教会のヴィタウタス大公教会です。青空に溶け込んでしまいましたが、十字架が見えていました。『リトアニア大公国(13世紀~1795年)』の『ヴィタウタス大公(在位:1401~1430年)』に因む教会です。(同上)
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ヴィタウタス大公教会の緑色の尖塔屋根のズームアップ光景です。『リトアニア大公国』は、ベラルーシを中心とした地域を支配した国家です。全盛期には、広大な領土を擁するヨーロッパの強国でした。この国家の支配層の民族構成は、人口においてはリトアニア人はむしろ少数派で、特にルーシ人と呼ばれる東スラヴ人が多かったとされます。(同上)
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イチオシ
緑色の尖塔屋根が印象的な、ヴィタウタス大公教会の光景です。ネムナス川に架かるアレクソント橋の際にあり、ベルクナースの家や市庁舎広場にも近い場所です。15世紀に建てられた、ゴチック様式のキリスト教会です。(同上)
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『ヴィタウタス大公教会』の標識です。英語表記で、『Blessed Virgin Marry-Vytautas the Great Church』の部分がありました。『聖母マリア・ヴィタウタス大教会』とも呼ばれているようでした。(同上)
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直下から見上げた、『ヴィタウタス大公教会』の尖塔光景です。六角形を基調とした尖塔でした。ヴィタウタスの父が従兄弟のヨガイラ(後のポーランド王ヴワディスワフ2世)と大公の地位をめぐって敗れて殺されると、プロイセンに亡命しました。その後、1384年にヨガイラと和睦して帰国しました。ジョチ・ウルスの内戦に際しては、トクタミシュを支持し、彼のグループと同盟関係を結びました。1385年にヨガイラがポーランド王として即位すると、実質的にリトアニアの統治を任され、バルト海や黒海方面に勢力を拡大しました。1401年、ヴワディスワフ2世から正式にリトアニア大公の位を譲られて即位しました。(同上)
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赤レンガの壁面に設置してあった標識です。リトアニア語として翻訳しましたら、一行目の『ARCHINTEKTUROS』は『建築』、ニ行目の『PAMINKLAS』は『モニュメント』となりました。『建築モニュメント』は、『ヴィタウタス大公教会』の建物を指しているようでした。ヴィタウタスはその後、ポーランド・リトアニア連合としてドイツ騎士団に対抗し、1410年にはタンネンベルクの戦いで勝利を収めました。その結果、直後のホロドウォ合同において、ポーランドとリトアニア国家は一層緊密な関係を築くことになりました。(同上)
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『ヴィタウタス大公教会』の中庭のような場所から見上げた光景です。中央奥に教会の尖塔が見えていました。最上部は、鐘楼のようにも見えました。旧市街の広場に立つ、『イエズス会教会』の尖塔当たりのようです。ヴィタウタス大公は、娘のソフィアをモスクワ大公ヴァシーリー1世に嫁がせ、その息子ヴァシーリー2世の岳父としてモスクワ大公国の政治に大きな影響力を及ぼしました。(同上)
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1430年、ヴィタウタス大公は79歳で死去しました。彼の死後、リトアニアはポーランド王国に組み込まれてゆきました。ポーランド王国は、1025年から1569年(リトアニアとの二重王国時代を含めると1795年)までポーランド一帯を支配した王国です。(同上)
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ヴィタウタス大公の名を冠した、ネムナス川に架かる『ヴィタウタス大橋』の光景です。1930年に完成しましたが、第二次大戦で破壊され、1948年に再建されました。長さは256メートル、その幅は16メートルです。2005年に大改修されたようです。(同上)
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『ペルクナースの家』と呼ばれる建物のファサードのズームアップ光景です。15世紀にハンザ同盟の商人により建造された、赤煉瓦造りのゴシック様式の建物です。16世紀にイエズス会の手に渡りました。元はキリスト教受容以前の『雷神・ペルクーナス』の神殿があった場所とされます。現在は図書館として使用されているようです。(同上)
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『ペルクナースの家』の紹介です。『雷神・ペルクーナス』についての説明です。リトアニア神話で言及される神とされ、ピクラス、パトリムパスと並び、主要な三つの神格の一つに数えられています。スラヴ神話の雷神・ペルーンや、インド神話のパルジャニヤ、アルバニア神話のペレンディ、ヒッタイト神話のピルヴァといった神々と同じく、ペルクナスもまたその起源を印欧神話の雷神に辿ることができるようです。ペルクナスは、雷神の要素の他に、ヴァルカンに代表される鍛冶の神の特徴をも具備していました。リトアニアの民間伝承の中では、ペルクナスが鍛冶の作業をしている姿が描かれることもあるようです。(同上)
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イチオシ
『ハンザ同盟』についても紹介しておきます。ドイツ語の『ハンザ』は『団体』を意味し、もともと都市の間を交易して回る商人の組合的団体のことを指しました。『ハンザ同盟』の訳語は、原語に直訳すると二重表現となりますが、よくあるケースです。中世ヨーロッパでは、都市同盟が重要な役割を果たしました。周辺の領主に対抗するため、独立意識の高い諸都市が連合し、皇帝や国王も都市連合を意識して権力を行使しました。これは世界史上、ヨーロッパでしか生じていない現象と言われ、最盛期には100以上の都市が加盟し、都市同盟の中でも規模と存続期間において群を抜いています。ハンザ同盟の中核を占めたのは、北ドイツの都市でしたが、リューベック、ハンブルク、ブレーメンなどかつてのハンザ同盟の中心都市は『自由ハンザ都市』を称して中世以来の都市の自由をうたっていて、21世紀の現在もなおハンザ同盟の遺風を残しています。(同上)
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『ペルクナースの家』の壁面に掲示してあった、写真入りの紹介記事です。残念ながら、リトアニア語だけでの表示のようでした。左上にあった『Winaugo Siudiko』を日本語に機械翻訳しましたら、『ウィナウゴ・シウディコ』となりました。意味は分かりませんでしたが、固有名詞のようです。(同上)
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河川敷で見かけた、砂でできた楼閣の光景です。『リトアニアの砂の須弥山(しゅみせん)』といった光景でした。須弥山は、古代インドの世界観の中で中心にそびえる聖なる山です。この世界軸としての聖山はバラモン教、仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教にも共有されています。砂山の各所に、神殿らしい造作がありました。(同上)
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ネムナス川の河川敷と堤防の光景です。堤防の傾斜地部分にこじんまりとした建物がありましたが、民家ではなく、ネムナス川の維持・管理にかかわる施設の様に見えました。リトアニア人は、ネムナス川を『父なる川』と呼んでいるようです。(同上)
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赤レンガの建物ですが、『ヴィタウタス大公教会』や『ペルクナースの家』の建物以外での撮影だった記憶です。その建物の1階部分の光景です。少し石段を下りて、版地下室のような場所に出入り口のドアがありました。壁にたくさんのメニューの写真がありましたから、レストランのようです。(同上)
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