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世界文化遺産のビュリニュスの旧市街にある、『夜明けの門』等の紹介です。『夜明けの門』は、1503年から1522年にかけてリトアニア大公国の首都ヴィリニュスに作られた、城壁の一部です。(ウィキペディア、るるぶ・バルト三国)

2012秋、バルト三国旅行記(31/40):10月12日(8):リトアニア、ヴィリニュス、夜明けの門、昼食のレストラン

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2012/10/09 - 2012/10/14

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

世界文化遺産のビュリニュスの旧市街にある、『夜明けの門』等の紹介です。『夜明けの門』は、1503年から1522年にかけてリトアニア大公国の首都ヴィリニュスに作られた、城壁の一部です。(ウィキペディア、るるぶ・バルト三国)

  • 旧市街側から眺めた『夜明けの門』の光景です。『夜明けの門』は、ヴィリニュスに現存する旧市街の城門で、聖母マリアに捧げた美しい礼拝堂と祭壇を有しています。1503~1522年に建造された城門は、かつては複数あり、リトアニア大公国の首都ヴィリニュスを守っていました。世界遺産にも登録されているこの史跡の礼拝堂は、町を讃え、守ってきた数々の宗教遺物が飾られています。幅の広いアーチを潜ると、城壁が旧市街を囲んでいた中世にタイムスリップするかのようです。城門はその昔、旧市街の南部とメディニンカイの村とをつなぐ出入り口でした。(同上)

    イチオシ

    旧市街側から眺めた『夜明けの門』の光景です。『夜明けの門』は、ヴィリニュスに現存する旧市街の城門で、聖母マリアに捧げた美しい礼拝堂と祭壇を有しています。1503~1522年に建造された城門は、かつては複数あり、リトアニア大公国の首都ヴィリニュスを守っていました。世界遺産にも登録されているこの史跡の礼拝堂は、町を讃え、守ってきた数々の宗教遺物が飾られています。幅の広いアーチを潜ると、城壁が旧市街を囲んでいた中世にタイムスリップするかのようです。城門はその昔、旧市街の南部とメディニンカイの村とをつなぐ出入り口でした。(同上)

  • 旧市街側から眺めた『夜明けの門』の上部光景です。荘厳なパッラーディオ様式のファサードや 4 本の円柱などが見所です。ペディメント部分は金で装飾されています。礼拝堂のアーチ型窓には、夜明けの門の聖母マリアを祭るイコンが安置されています。(同上)

    旧市街側から眺めた『夜明けの門』の上部光景です。荘厳なパッラーディオ様式のファサードや 4 本の円柱などが見所です。ペディメント部分は金で装飾されています。礼拝堂のアーチ型窓には、夜明けの門の聖母マリアを祭るイコンが安置されています。(同上)

  • 『夜明けの門』の内部には小さな扉があり、上階の礼拝堂へ上ることができます。美しい装飾が施された室内の中央には、金箔の祭壇があります。祭壇の周りは、数え切れないほどの奉納物や木彫細工で溢れています。聖なるイコンはじっくりと拝観てください。金メッキやカラフルな着色ガラスで華々しい光を放っています。写真は、旧市街側からの『夜明けの門』の光景です。この場所で、現地ガイドさんの説明をお聞きしました。(同上)

    『夜明けの門』の内部には小さな扉があり、上階の礼拝堂へ上ることができます。美しい装飾が施された室内の中央には、金箔の祭壇があります。祭壇の周りは、数え切れないほどの奉納物や木彫細工で溢れています。聖なるイコンはじっくりと拝観てください。金メッキやカラフルな着色ガラスで華々しい光を放っています。写真は、旧市街側からの『夜明けの門』の光景です。この場所で、現地ガイドさんの説明をお聞きしました。(同上)

  • 慈悲の聖母マリアのイコン像は、1600年代初頭に遡る宗教画です。北方ルネサンス様式で、もとはオーク材に描かれたテンペラ画でした。このイコンには奇跡の力があると伝えられています。中でも大北方戦争の際、スウェーデン軍がヴィリニュスを占領した 1702 年の伝説が有名です。重厚な建造物の一部が崩壊し、門の下にいたスウェーデン兵を直撃して、リトアニア軍に反撃のチャンスを与えたと言われています。(同上)

    慈悲の聖母マリアのイコン像は、1600年代初頭に遡る宗教画です。北方ルネサンス様式で、もとはオーク材に描かれたテンペラ画でした。このイコンには奇跡の力があると伝えられています。中でも大北方戦争の際、スウェーデン軍がヴィリニュスを占領した 1702 年の伝説が有名です。重厚な建造物の一部が崩壊し、門の下にいたスウェーデン兵を直撃して、リトアニア軍に反撃のチャンスを与えたと言われています。(同上)

  • 『夜明けの門』の階上に三つ並んだの窓の中央部分のズームアップ光景です。窓際には花が飾られ、紋章のような金色の飾りが見えました。旧市街で、最も宗教的に意義深い史跡とされるのが、『夜明けの門』です。中央の窓の扉を開けた聖母マリアのイコンがあります。((同上)

    『夜明けの門』の階上に三つ並んだの窓の中央部分のズームアップ光景です。窓際には花が飾られ、紋章のような金色の飾りが見えました。旧市街で、最も宗教的に意義深い史跡とされるのが、『夜明けの門』です。中央の窓の扉を開けた聖母マリアのイコンがあります。((同上)

  • 文字は読み取れませんでしたが、左上のイラストは『夜明けの門』のようでした。右上には、当時の支配区域の版図らしいイラストもありました。推測ですが、『リトアニア大公国』の歴史が紹介されているのかも知れません。(同上)

    文字は読み取れませんでしたが、左上のイラストは『夜明けの門』のようでした。右上には、当時の支配区域の版図らしいイラストもありました。推測ですが、『リトアニア大公国』の歴史が紹介されているのかも知れません。(同上)

  • 『夜明けの門』の説明の続きです。当時の市門には、攻撃から街を護り旅人を祝福するために、宗教的なアーティファクトがしばしば含まれていました。夜明けの門の聖母に献堂された礼拝堂は、1671年に建てられました。同じ時に、この絵画は、東方正教会の伝統を借用したと思われますが顔と手のみを残して高価で華美な銀と金の布で覆われました。写真のレリーフ像は、1993年9月に『夜明けの門』の中にあるチャペルでロザリオの祈りを捧げたローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の記念プレートのようです。世界129か国を訪問し、『空飛ぶ聖座』と呼ばれた教皇です。(同上)

    『夜明けの門』の説明の続きです。当時の市門には、攻撃から街を護り旅人を祝福するために、宗教的なアーティファクトがしばしば含まれていました。夜明けの門の聖母に献堂された礼拝堂は、1671年に建てられました。同じ時に、この絵画は、東方正教会の伝統を借用したと思われますが顔と手のみを残して高価で華美な銀と金の布で覆われました。写真のレリーフ像は、1993年9月に『夜明けの門』の中にあるチャペルでロザリオの祈りを捧げたローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の記念プレートのようです。世界129か国を訪問し、『空飛ぶ聖座』と呼ばれた教皇です。(同上)

  • 『夜明けの門』の紹介が続きます。『聖母マリアのイコン』の由来には諸説あります。1363年にアルギダス公がクリミア半島に遠征した際に持ち帰ったもの、または、絶世の美女といわれたバルボラ・ラドヴィライテ妃をモデルにして描かれたものであるともいわれています。『アルギルダス公(1296~1377年』は、ゲディミナス大公の7人の息子の1人です。ゲディミナスは1341年に死ぬ前に領土を分割して子供たちに与えました。最年少のヤヴーヌティスは、首都ヴィリニュスを支配して、名目上は優位でした。(同上)<br />*写真は、『夜明けの門』の周りの立派な門の光景です。真新しい造りでした。

    『夜明けの門』の紹介が続きます。『聖母マリアのイコン』の由来には諸説あります。1363年にアルギダス公がクリミア半島に遠征した際に持ち帰ったもの、または、絶世の美女といわれたバルボラ・ラドヴィライテ妃をモデルにして描かれたものであるともいわれています。『アルギルダス公(1296~1377年』は、ゲディミナス大公の7人の息子の1人です。ゲディミナスは1341年に死ぬ前に領土を分割して子供たちに与えました。最年少のヤヴーヌティスは、首都ヴィリニュスを支配して、名目上は優位でした。(同上)
    *写真は、『夜明けの門』の周りの立派な門の光景です。真新しい造りでした。

  • アルギルダス公は、弟のケーストゥティスの援助の許で、無能なヤヴーヌティスを追放し、1345年に自身が大公であると宣言しました。1345年から1377年までの32年に亘る統治でした。大公となったアルギルダスは、リトアニア大公国の発展と拡張に尽しました。アルギルダスは公国をヨーロッパの強国かつ大国の一つにしようと努め、アルギルダスの並外れた政治力と、ケーストゥティスの長きにわたる献身という二つの要素は、この結果に大きく寄与しました。(同上)<br />*写真は、こちらも『夜明けの門』の周りの立派な門の光景です。

    イチオシ

    アルギルダス公は、弟のケーストゥティスの援助の許で、無能なヤヴーヌティスを追放し、1345年に自身が大公であると宣言しました。1345年から1377年までの32年に亘る統治でした。大公となったアルギルダスは、リトアニア大公国の発展と拡張に尽しました。アルギルダスは公国をヨーロッパの強国かつ大国の一つにしようと努め、アルギルダスの並外れた政治力と、ケーストゥティスの長きにわたる献身という二つの要素は、この結果に大きく寄与しました。(同上)
    *写真は、こちらも『夜明けの門』の周りの立派な門の光景です。

  • 上にあった横長の表札には、『BAZILIJONU』の文字がありました。読み方は分かりませんでしたが、ヴィリニュスの旧市街(Old Town)の地域名のようでした。読み取れませんでしたが、下の表示板には、その詳細が記されているようです。(以上)

    上にあった横長の表札には、『BAZILIJONU』の文字がありました。読み方は分かりませんでしたが、ヴィリニュスの旧市街(Old Town)の地域名のようでした。読み取れませんでしたが、下の表示板には、その詳細が記されているようです。(以上)

  • 『夜明けの門』の近くの地理をネットで調べてみましたら、門を潜って北に向かうと、歩いてすぐの右手に『聖テレサ教会』、次に左手の少し奥に『聖三位一体教会』が、さらに北に進むと『ロシア正教会』が記されていました。その通りの光景になります。『聖テレサ教会』は、日本のガイドブックには掲載されることが少ないようですが、ネット写真で見る教会の内部は、ピンク色の壁と、金色の装飾が美しい教会でした。(同上)

    『夜明けの門』の近くの地理をネットで調べてみましたら、門を潜って北に向かうと、歩いてすぐの右手に『聖テレサ教会』、次に左手の少し奥に『聖三位一体教会』が、さらに北に進むと『ロシア正教会』が記されていました。その通りの光景になります。『聖テレサ教会』は、日本のガイドブックには掲載されることが少ないようですが、ネット写真で見る教会の内部は、ピンク色の壁と、金色の装飾が美しい教会でした。(同上)

  • 左手に見える小さな尖塔の飾りは、先ほど紹介した『聖テレサ教会』になるようです。夜明けの門の近くにある『聖テレサ教会』は、1650年に完成したカトリック教会とされます。リトアニアの初期のバロック様式の建物の一つとされ、聖テレサ(テレジア)教会のファサードは、ヴラディスワフ・ヴァーサの宮廷建築家コンスタンティーノ・テンカラによるものとされます。(同上)

    左手に見える小さな尖塔の飾りは、先ほど紹介した『聖テレサ教会』になるようです。夜明けの門の近くにある『聖テレサ教会』は、1650年に完成したカトリック教会とされます。リトアニアの初期のバロック様式の建物の一つとされ、聖テレサ(テレジア)教会のファサードは、ヴラディスワフ・ヴァーサの宮廷建築家コンスタンティーノ・テンカラによるものとされます。(同上)

  • 『夜明けの門』を潜って、北川方面に向かう通りの光景です。右手前には、先ほど紹介した『聖テレサ教会』の建物の一部が見えています。更にその北側には、『ロシア正教会』の建物が地図に記されていました。推測ですが、右手の茶色の建物かも知れません。(同上)

    『夜明けの門』を潜って、北川方面に向かう通りの光景です。右手前には、先ほど紹介した『聖テレサ教会』の建物の一部が見えています。更にその北側には、『ロシア正教会』の建物が地図に記されていました。推測ですが、右手の茶色の建物かも知れません。(同上)

  • 現地ガイドさんの後ろについてやってきた場所だったようです。手元に地図がありませんから、ヴィリニュス市街のどの辺りか、見当が付きませんでした。『夜明けの門』から、まっすぐ北に進んだだけではなかったようです。広場のような場所に屋台が並んでいました。また、背後には林が見えていました。(同上)

    現地ガイドさんの後ろについてやってきた場所だったようです。手元に地図がありませんから、ヴィリニュス市街のどの辺りか、見当が付きませんでした。『夜明けの門』から、まっすぐ北に進んだだけではなかったようです。広場のような場所に屋台が並んでいました。また、背後には林が見えていました。(同上)

  • 花で飾られたベランダの光景です。赤い花を咲かせたつる草が主役のようでした。赤い花ではなく、紅葉したつる草の葉だったかもしれません。ベランダの基礎はかなり傷んでいて、下を通れば、破片が落ちてきそうな雰囲気でした。(同上)

    花で飾られたベランダの光景です。赤い花を咲かせたつる草が主役のようでした。赤い花ではなく、紅葉したつる草の葉だったかもしれません。ベランダの基礎はかなり傷んでいて、下を通れば、破片が落ちてきそうな雰囲気でした。(同上)

  • 壊れた出入口門といったイメージより、『壊された出入口門』の状態の門でした。表面が木製の扉の全面に、落書きがありました。白い文字の『Pound Punch』の文字は、英語表記とすれば、『Pound(ポンド)』は『イギリス通貨の単位』、 『Punch(パンチ)』は、『打撃』になります。経済がらみのトラブルがあったのかも知れません。恨みが籠ったような、落書きでした。(同上)

    壊れた出入口門といったイメージより、『壊された出入口門』の状態の門でした。表面が木製の扉の全面に、落書きがありました。白い文字の『Pound Punch』の文字は、英語表記とすれば、『Pound(ポンド)』は『イギリス通貨の単位』、 『Punch(パンチ)』は、『打撃』になります。経済がらみのトラブルがあったのかも知れません。恨みが籠ったような、落書きでした。(同上)

  • 窓際にあった、鳩さん達の休憩場所の光景です。13羽の鳩さんが、羽根を休めていました。リラックスしていても、ネコさんなどに襲われる恐れがない場所のようでした。日本でもよく見かける灰色の鳩が中心で、茶色の羽根の姿もありました。(同上)

    窓際にあった、鳩さん達の休憩場所の光景です。13羽の鳩さんが、羽根を休めていました。リラックスしていても、ネコさんなどに襲われる恐れがない場所のようでした。日本でもよく見かける灰色の鳩が中心で、茶色の羽根の姿もありました。(同上)

  • こちらは、5羽の鳩さんの休憩場所です。それぞれの場所が決められているらしく、等間隔を保った五羽の鳩さんです。リラックスした姿は、羽根の膨らみ具合で見当が付きました。(同上)

    こちらは、5羽の鳩さんの休憩場所です。それぞれの場所が決められているらしく、等間隔を保った五羽の鳩さんです。リラックスした姿は、羽根の膨らみ具合で見当が付きました。(同上)

  • 現地ガイドさんが電話で連絡を取って、観光バスと合流する場所になった、市場前の広場です。観光バスの乗降があっても、交通に支障をきたさない場所のようでした。中央に見えているのは、公衆電話でしょうか、携帯電話が普及して、日本ではかなり数が減ってきました。(同上)

    現地ガイドさんが電話で連絡を取って、観光バスと合流する場所になった、市場前の広場です。観光バスの乗降があっても、交通に支障をきたさない場所のようでした。中央に見えているのは、公衆電話でしょうか、携帯電話が普及して、日本ではかなり数が減ってきました。(同上)

  • 頑丈な金網で仕切ってあった、市場の中の光景です。中の売り物が見えるようにし、出入口は別の箇所に設けてあるようでした。目の粗い金網は、開閉するのではなく、常設らしく、品物がその金網に接する場所まで並んでいました。(同上)

    頑丈な金網で仕切ってあった、市場の中の光景です。中の売り物が見えるようにし、出入口は別の箇所に設けてあるようでした。目の粗い金網は、開閉するのではなく、常設らしく、品物がその金網に接する場所まで並んでいました。(同上)

  • ガイドさんが場所を電話で伝えたらしく、出迎えに来てくれた観光バスに乗車しました。次に向かったのは昼食のレストランです。バスの中からの光景は、手前が緑の絨毯、その奥が建物群でした。(同上)

    ガイドさんが場所を電話で伝えたらしく、出迎えに来てくれた観光バスに乗車しました。次に向かったのは昼食のレストランです。バスの中からの光景は、手前が緑の絨毯、その奥が建物群でした。(同上)

  • 昼食のレストランに向かう、バスの中からの光景が続きます。この建物は、城壁の一部か、石塀を利用したような造りでした。ネット情報を少しだけ調べましたが、名前までは特定できませんでした。右奥は、集合住宅のような造りでした。(同上)

    昼食のレストランに向かう、バスの中からの光景が続きます。この建物は、城壁の一部か、石塀を利用したような造りでした。ネット情報を少しだけ調べましたが、名前までは特定できませんでした。右奥は、集合住宅のような造りでした。(同上)

  • バスの中からの光景が続きます。手前に見えているのは、広々としたスペースの広場のようですが、詳細は分かりませんでした。その背後に大きな看板と、低い造りの建物がありました。(同上)

    バスの中からの光景が続きます。手前に見えているのは、広々としたスペースの広場のようですが、詳細は分かりませんでした。その背後に大きな看板と、低い造りの建物がありました。(同上)

  • この近くでバスを降りたようですが、詳細は覚えていません。左手に見える2階建てのオレンジ屋根の建物は、由緒ありそうな雰囲気を持っていました。名前は分かりませんでしたが、公共施設のようです。(同上)

    この近くでバスを降りたようですが、詳細は覚えていません。左手に見える2階建てのオレンジ屋根の建物は、由緒ありそうな雰囲気を持っていました。名前は分かりませんでしたが、公共施設のようです。(同上)

  • お土産屋さんの店先光景です。観光客目当ての品々が並んでいるようでした。大きな店構えではなく、いつでも移動できるような簡易な造りのお店でした。アクセサリーや、家に飾る絵皿などのようです。(同上)

    お土産屋さんの店先光景です。観光客目当ての品々が並んでいるようでした。大きな店構えではなく、いつでも移動できるような簡易な造りのお店でした。アクセサリーや、家に飾る絵皿などのようです。(同上)

  • 昼食のレストランの周りは、大型車の乗り入れは規制されているらしく、少し離れた場所で下車し、歩いて昼食のレストランに向かいました。大型車が乗り入れを規制されているらしい商店街の通りの光景です。普通車も乗り入れを規制されている遊歩道かも知れません。(同上)

    昼食のレストランの周りは、大型車の乗り入れは規制されているらしく、少し離れた場所で下車し、歩いて昼食のレストランに向かいました。大型車が乗り入れを規制されているらしい商店街の通りの光景です。普通車も乗り入れを規制されている遊歩道かも知れません。(同上)

  • 昼食のレストランの店先光景です。安くておいしいワインを飲むことが出来たことで、記憶に残っています。改装されたのかもしれませんが、まだ新しい造りの外観のレストランでした。現地ガイドさんが手続きをされている間、ほんの少しだけ入り口で待ちました。(同上)

    昼食のレストランの店先光景です。安くておいしいワインを飲むことが出来たことで、記憶に残っています。改装されたのかもしれませんが、まだ新しい造りの外観のレストランでした。現地ガイドさんが手続きをされている間、ほんの少しだけ入り口で待ちました。(同上)

  • 食事の前にさっそくワインを注文しました。グラスワインの白と赤です。地元産かどうか不明のハウスワインです。『琥珀の採れる港町』の縁で、岩手県久慈市と、リトアニア・クライペダ市は姉妹都市を締結しています。その関係でのワインを紹介します。リトアニア名産のベリーやチェリーを使用したワインや、さわやかな味わいのスパークリングワインが、ネット販売の紹介をされていました。(同上)

    イチオシ

    食事の前にさっそくワインを注文しました。グラスワインの白と赤です。地元産かどうか不明のハウスワインです。『琥珀の採れる港町』の縁で、岩手県久慈市と、リトアニア・クライペダ市は姉妹都市を締結しています。その関係でのワインを紹介します。リトアニア名産のベリーやチェリーを使用したワインや、さわやかな味わいのスパークリングワインが、ネット販売の紹介をされていました。(同上)

  • 食事の最後に提供されたデザートです。このデザートは措いておいて、ワインの話の続きです。北半球では北緯30~50度、南半球では南緯20~40度にワイン産地が多く存在し、この緯度帯はワインベルトと呼ばれます。北緯55度のリトアニアは、このベルトを北に外れていますので、ブドウ以外の果実等を使ったワインが多いようです。ハウスワインも国産・地元産ではないようでした。(同上)

    食事の最後に提供されたデザートです。このデザートは措いておいて、ワインの話の続きです。北半球では北緯30~50度、南半球では南緯20~40度にワイン産地が多く存在し、この緯度帯はワインベルトと呼ばれます。北緯55度のリトアニアは、このベルトを北に外れていますので、ブドウ以外の果実等を使ったワインが多いようです。ハウスワインも国産・地元産ではないようでした。(同上)

  • 食事を終えた後で眺めた、レストランの前の通りの光景です。薄曇りの空でしたが、青空も見えていました。暑くも寒くもない、旅行者にとっては、願ってもない天候でした。昼食の時のワインが、ほろ酔い気分にもさせてくれました。(同上)

    食事を終えた後で眺めた、レストランの前の通りの光景です。薄曇りの空でしたが、青空も見えていました。暑くも寒くもない、旅行者にとっては、願ってもない天候でした。昼食の時のワインが、ほろ酔い気分にもさせてくれました。(同上)

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