2012/10/09 - 2012/10/14
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旅人のくまさんさん
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リトアニアの首都、ヴィリニュスにある大統領官邸などの紹介です。黄葉の時期の、丘の上からの旧市街の眺望は見応えがありました。(ウィキペディア、るるぶ・バルト三国)
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ウニヴェルシタス通りにある、ヴィリニュス大学のキャンパスの配置図です。現地ガイドさんが概要を説明してくれました。バルト三国の中でも屈指の歴史を持つ大学とされます。この地方では、クラクフのヤギェウォ大学(1364年)、ケーニヒスベルクの大学(1544年)に次いで創立された、最も古い大学の一つとされます。(同上)
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ヴィリニュス大学は、リトアニア共和国ヴィリニュス郡ヴィリニュス市に本部を置くリトアニアの国立大学です。現在の校名は『ヴィリニュス大学』ですが、時代の変遷の影響を受けて、めまぐるしく替った校名は、先にその一覧を紹介しておきました。(同上)
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1990年3月11日、リトアニアが独立回復を宣言しますと、ヴィリニュス大学は自治権を取り戻しました。1991年からは大学大憲章にも調印しています。また現在は欧州大学協会や、バルト地域大学学長協議会の正会員でもあります。(同上)
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ヴィリニュス大学に隣接する、リトアニアの大統領官の建物光景です。リトアニア共和国憲法では、大統領について、『大統領は国民の直接選挙により、5年の任期で選出される(第78条第2項)。3期連続して選挙されることは禁止されている(第78条第3項)。大統領選挙に立候補するためには、少なくとも2万人の有権者の署名が必要とされる(第79条第1項)』等と定めています。(同上)
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ズームアップした大統領官邸の光景です。大統領に選出されるには、投票者の過半数の票を獲得するか、それができなかった場合には、最多数の票で、かつ、投票者の3分の1以上の票を獲得する必要があります。投票者の3分の1以上の票を獲得した候補者がいなかった場合には、決選投票が行われます。決選投票に立候補できるのは、第1回目の投票で得票数の多かった上位2名です。(同上)
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イチオシ
リトアニアの大統領官邸の建物正面光景です。ヴィリニュス大学に隣接する場所に位置します。リトアニア共和国憲法は、1992年に制定されたリトアニア憲法は、北欧やドイツの憲法をモデルにし、戦間期のリトアニアが独立国家であった時代の憲法の伝統も受け継いでいるといわれます。また、国際的な人権条約を参照し、社会主義時代の福祉国家の遺産も継受しているところに特色があります。(同上)
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リトアニアの大統領官邸の建物中央に掲げられた国章のズームアップ光景です。赤い盾の中心に、銀色(白色)で右手で剣を振り上げた馬に乗った騎士が描かれています。騎士の持つ盾は青地に金(黄)の総主教十字、拍車と剣の柄は金(黄)で、馬具は青と金(黄)です。この騎士は通称をヴィーティス(追跡者)と言います。ヨーロッパで最も古い起源を持つ国章の一つです。(同上)
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黄葉というより、紅葉の範疇に入る褐葉の木々の光景です。道路の緑樹帯に植栽されているようでした。すでに散り始めていました。散った落ち葉が、緑の芝生を黄色に染めていました。(同上)
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ヴィリニュス市街を眺望できる、お名の上に向かう途中の光景です。ツアーメンバーを現地ガイドさんが案内してくれました。黄葉の落葉樹だけでなく、深い緑の常緑樹の姿もありました(同上)
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中央奥に見えているのは、一度お別れした大聖堂広場の鐘楼です。歩いての移動途中に目にしました。ヴィリニュスの大聖堂前に立つ、高さ53メートルのこの鐘楼は、ヴィリニュスのランドマークといったところです。このあとは、丘の上からのヴィリニュスの町の見学ですが、川を挟んだ未承認国の『ウジュピス共和国』の紹介をします。芸術家が多く住み、ヴィリニュスのモンマルトルとも呼ばれます。(同上)
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丘の中腹に差し掛かったようです。未承認国家の『ウジュピス共和国』は、1997年、ウジュピス地区の住人たちが独立を宣言し、現在7,000人ほどが住んでいます。ユニークな『ウジュピス共和国』のユニークな41箇条の憲法をいくつか紹介します。ウジュピス大統領は詩人であり、音楽家であり、映画監督です。
〇第5条:誰でも自分らしく生きる権利がある(続く)。(同上) -
〇第10条:誰でも猫を愛し、世話をする権利がある。
〇第11条:誰にも犬か人間のどちらかが死ぬまで、犬の世話をする権利がある。
〇第12条:犬には、犬である権利がある。
〇第13条:猫には飼い主を愛する義務はないが、必要とされたら飼い主を助けなければならない(続く)。(同上) -
〇第20条:誰にも暴力をふるう権利はない。
〇第25条:誰にもどの民族でいる権利がある。
〇第27条:誰もが自分の名前を覚える義務がある。
〇第31条:誰もが自由である権利がある。
〇第39条~第41条:勝つな。やり返すな。でも降参するな。(以上) -
『ウジュピス共和国』とはいっても、正式に国家として認められているわけではなく、あくまでもリトアニアの一部です。『ウジュピス共和国』の独立記念日である毎年4月1日には、検問が実施され、パスポートがないと「入国」できないようです。独立記念日がエイプリルフールというところが、ジョークの感じがします。人だけでなく動物も含めた、平和主義で、自由主義で、平等主義です。(同上)
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左端に見えている建物は、『ゲディミナス塔』です。かつては、この場所を中心に『ゲディミナス城』が築かれていました。中央手前に見えている、黒いドーム屋根の建物は、まだ名前を特定していません。(同上)
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イチオシ
左端付近に見えているのは、またまたお目に掛かった大聖堂広場の鐘楼光景です。間違いなく、ランドマーク的な役割を果たしていました。その右手に、オレンジのとんがり防止の屋根の教会がありました。(同上)
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はっきりとした教会名は名は分かりませんでしたが、18世紀に建てられた、ローマ・カトリック教会です。二つの尖塔と、内装が綺麗な教会と紹介されていました。円形と楕円形の窓の造りが印象的でした。ネットで教会を特定する時の、写真の目印にしました。(同上)
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高台からの眺望を説明したパネルの光景です。主な建造物などの名前が記されているようでした。撮影しておけば、後で調べる時の参考になると思いましたが、文字が小さくて、読み取れませんでしたから、残念ながらあまり役に立ちませんでした。しかし、丘の上の見晴らし台のイメージの写真としては、役立ちました。(同上)
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靄がかかってしまいましたが、黄葉が始まっていた木々の光景です。林ではなく、森と形容したいほどのスケールでした。岡を下りる前に、『ウジュピス共和国』について、補足説明しておきます。『ウジュピス』は、リトアニア語で『川の反対側』の意味です。旧ソ連時代には、ウジュピスの住民のほとんどを構成していたユダヤ人住民が殺害されたようです。(同上)
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その後リトアニアが独立する1990年までは、ヴィリニュスの中でも治安が悪い場所だったようです。現在の『ウジュピス共和国』にはアーティストが多く在住します。ヴィリニュス市街と『ウジュピス共和国』との間を流れるのは、喉かな『ヴィリニャ川』です。旧ソ連時代に荒廃した家屋や、町の随所に見られるアートが特徴の町です。(同上)
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アジアの国をはじめ、世界各地で目にするようになった鉤で閉じられた錠前の光景です。若いカップルの願い事が込められているようでした。この範囲に見えるのは、10個足らずですから、少し寂しい感じがしました。一時期、ブームになったような記憶もあります。『ウジュピス共和国』の写真を眺めましたら、もっと数多くの錠前の光景がありました。(同上)
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丘の上から眺めた、少し離れた場所の建物光景です。建物の名前の特定はできていませんが、大型のホテルのような外観をしていました。屋根瓦の落ち着いたオレンジ色と、白壁の二色に統一された建物でした。(同上)
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丘の上の黄葉の木々の光景です。黄葉を始めていましたが、まだ緑の葉が多く残っていました。樹種は分かりませんでしたが、楓に似たような歯をしていました。日本でも街路樹として見かける、アメリカフウやカナダフウの仲間のような樹木でした。『フウ』には『楓(かえで)』の文字が充てられている樹木です。(同上)
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丘の上の黄葉の木々のズームアップ光景です。黄葉とも紅葉とも形容しきれない、オレンジ色の褐葉が綺麗でした。ヨーロッパでは日本の楓のような紅葉を見ることが出来るのは、滅多にありませんが、韓国や中国などでは紅葉も綺麗な場所があります。例えば、韓国のソラクサンなどです。(同上)
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丘の斜面の黄葉光景です。これでヴィリニュスの『モンマルトルの丘』からの眺望の紹介はお終いです。『ウジュピス共和国』の場所を、写真の中で特定して紹介することはできませんでしたが、木々が多い場所など、『ウジュピス共和国』のエリアの写真も交じっていたようです。(同上)
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写真は変わって、ヴィリニュス市街光景です。町中で見かけた、敷地面積の大きな建物光景です。ヴィリニュスの街路写真の中から探してみましたが、特定はできませんでした。公共施設のような感じもしましたが、大規模なアパートメントのような造りにも見えます。(同上)
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『夜明けの門』の紹介です。1993年9月4日、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が夜明けの門の中にあるチャペルでロザリオの祈りを捧げました。『ヨハネ・パウロ2世(1920~2005年)は、455年ぶりの非イタリア人教皇にして、史上初のポーランド人教皇でした。同時に20世紀中、最年少で着座した教皇です。カトリック教会の聖人教皇ヨハネ23世とともに列聖されました。(同上)
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ヴィリニュス旧市街では、『夜明けの門』を見学しました。数世紀にわたってこの門のマリア肖像は街のシンボルの一つであり続け、カトリック教徒と正教徒の双方から崇敬されてきました。神への贈り物が数千個壁に飾られていて、海外からも多くの巡礼者が祈りに来るようです。またミサは、リトアニア語とポーランド語で行われているようです。(同上)
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イチオシ
『夜明けの門』の上部の光景です。16世紀初頭に城壁と同時に造られた五つの城門の内の一つとされます。1503年から1522年にかけてリトアニア大公国の首都ヴィリニュスに作られた、城壁の一部です。元々は、ヴィリニュスの南にあるクレヴァ城(現・ベラルーシ領)およびメディニンカイ城に続く門だったことから『クレヴァ門』や『メディニンカイ門』と呼ばれていました。(同上)
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同じく、『夜明けの門』の光景です。『夜明けの門』と呼ばれるようになったのは、20世紀になってからとされます。街に九つあった門のうち現存しているのはこの門だけです。他の八つの門は、すべて18世紀末に当局の指示によって壊されました。16世紀、攻撃から街を守り旅行者を祝福することを目的に、宗教的なモニュメントが門の内部に作られました。門の中のチャペル(礼拝堂)には、聖母マリアの肖像があります。(同上)
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