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ヴィリニュスで見学した琥珀専門の博物館、アンバー・ギャラリーの紹介です。古代、リトアニアの人々は琥珀を装飾品やジュエリーとしてだけではなく、薬としても活用されていました。(ウィキペディア、るるぶ・バルト三国)

2012秋、バルト三国旅行記(29/40):10月12日(6):リトアニア、ヴィリニュス、琥珀専門店、ゲディミナス塔

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2012/10/09 - 2012/10/14

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旅人のくまさん

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ヴィリニュスで見学した琥珀専門の博物館、アンバー・ギャラリーの紹介です。古代、リトアニアの人々は琥珀を装飾品やジュエリーとしてだけではなく、薬としても活用されていました。(ウィキペディア、るるぶ・バルト三国)

  • 目的地のヴィリニュス琥珀博物館の付近にやってきたようです。ガイドさんに案内されての見学ですから、地理が分かりませんでした。ガイドブックによれば、ビリニュス大学から、聖アンナ教会とベルナルディン教会へ行く途中の「Mykolo通」にある琥珀展示の無料博物館です。(同上)

    目的地のヴィリニュス琥珀博物館の付近にやってきたようです。ガイドさんに案内されての見学ですから、地理が分かりませんでした。ガイドブックによれば、ビリニュス大学から、聖アンナ教会とベルナルディン教会へ行く途中の「Mykolo通」にある琥珀展示の無料博物館です。(同上)

  • バルト海沿岸で産出される琥珀が『バルチックアンバー(Baltic amber)』です。針葉樹の樹脂からできているバルチックアンバーは、他の地域で採れる琥珀と比べ硬いという特徴があるようです。リトアニアでは琥珀のことを『gintaras(ジンタラス)』と呼びます。古代、リトアニアの人々は琥珀を装飾品やジュエリーだけではなく、薬としても活用していました。バルチックアンバーには、『コハク酸』が含まれています。この物質が治療において重要で、ストレスを和らげる効果や解毒作用があると考えられていました。また、腸や腎臓にも良いと考えられていたようです。(同上)

    バルト海沿岸で産出される琥珀が『バルチックアンバー(Baltic amber)』です。針葉樹の樹脂からできているバルチックアンバーは、他の地域で採れる琥珀と比べ硬いという特徴があるようです。リトアニアでは琥珀のことを『gintaras(ジンタラス)』と呼びます。古代、リトアニアの人々は琥珀を装飾品やジュエリーだけではなく、薬としても活用していました。バルチックアンバーには、『コハク酸』が含まれています。この物質が治療において重要で、ストレスを和らげる効果や解毒作用があると考えられていました。また、腸や腎臓にも良いと考えられていたようです。(同上)

  • バルト海の琥珀についての紹介です。琥珀は、木の樹液が化石化してできます。バルト海地域には5500万年ほど針葉樹の森があり,ブナやヤシといった木々が育っていました、また、現存しない『amberrich pine』という木もありました。それらの木の松脂が地面に落ち林床に堆積、化石化し長い年月をかけて琥珀となりました。琥珀は密度が軽いので,川の流れや洪水で海や湖へと流されました。その際、盆地だったバルト海へ流れ込んだとされます。また、氷河期が終わったことで氷が溶け、森であった場所が海となったために琥珀が海底に沈んだとも言われています。以上が、琥珀の前段での説明です。(同上)

    バルト海の琥珀についての紹介です。琥珀は、木の樹液が化石化してできます。バルト海地域には5500万年ほど針葉樹の森があり,ブナやヤシといった木々が育っていました、また、現存しない『amberrich pine』という木もありました。それらの木の松脂が地面に落ち林床に堆積、化石化し長い年月をかけて琥珀となりました。琥珀は密度が軽いので,川の流れや洪水で海や湖へと流されました。その際、盆地だったバルト海へ流れ込んだとされます。また、氷河期が終わったことで氷が溶け、森であった場所が海となったために琥珀が海底に沈んだとも言われています。以上が、琥珀の前段での説明です。(同上)

  • リトアニアの首都、ヴィリニュス旧市街の紹介が続きます。ヴィリニュスはヨーロッパの中でも旧市街が最大級の規模で残っていることで知られ、『ヴィリニュス歴史地区』として世界遺産にも登録されています。路上に置かれていた、用途が分からなかった車輪付きのコンクリートの塊です。ヴィリニュス琥珀博物館の前になるようでした。(同上)

    リトアニアの首都、ヴィリニュス旧市街の紹介が続きます。ヴィリニュスはヨーロッパの中でも旧市街が最大級の規模で残っていることで知られ、『ヴィリニュス歴史地区』として世界遺産にも登録されています。路上に置かれていた、用途が分からなかった車輪付きのコンクリートの塊です。ヴィリニュス琥珀博物館の前になるようでした。(同上)

  • ここからは、ヴィリニュス琥珀博物館に入場しての見学です。最初に『琥珀(こはく:アンバー(英))』についての説明です。『琥珀』は、天然樹脂の化石であり、宝石です。半化石の琥珀は『コーパル(英: Copal)』、加熱圧縮成形した再生コハクは『アンブロイド(英: ambroid)』と呼ばれます。西洋でも東洋でも宝飾品として珍重されてきました。(同上)

    ここからは、ヴィリニュス琥珀博物館に入場しての見学です。最初に『琥珀(こはく:アンバー(英))』についての説明です。『琥珀』は、天然樹脂の化石であり、宝石です。半化石の琥珀は『コーパル(英: Copal)』、加熱圧縮成形した再生コハクは『アンブロイド(英: ambroid)』と呼ばれます。西洋でも東洋でも宝飾品として珍重されてきました。(同上)

  • 琥珀の紹介が続きます。琥珀は、鉱物に匹敵する硬度を持ち、色は飴色、黄色を帯びた茶色ないし黄金色に近い色などです。具体例を原石の展示品で紹介します。琥珀は純物質ではありませんが、主成分は高分子のイソプレノイドです。これは、樹液に含まれるテルペンが主材料とされる天然樹脂です。(同上)<br />*写真は、博物館の巨大で多様な琥珀の原石です。薄い黄色系統の原石です。

    琥珀の紹介が続きます。琥珀は、鉱物に匹敵する硬度を持ち、色は飴色、黄色を帯びた茶色ないし黄金色に近い色などです。具体例を原石の展示品で紹介します。琥珀は純物質ではありませんが、主成分は高分子のイソプレノイドです。これは、樹液に含まれるテルペンが主材料とされる天然樹脂です。(同上)
    *写真は、博物館の巨大で多様な琥珀の原石です。薄い黄色系統の原石です。

  • 天然樹脂やその化石となる過程の物質が、地球環境による、高温・高圧の下で、酸化、蒸発、重合などの化学変化を起こし、その結果として生じた重合体が『琥珀』です。琥珀の主体は有機化合物です。したがって、大型の樹脂塊でなければ、琥珀として残ることはなかったようです。(同上)<br />*写真は、飴色と呼ばれる琥珀のようです。

    天然樹脂やその化石となる過程の物質が、地球環境による、高温・高圧の下で、酸化、蒸発、重合などの化学変化を起こし、その結果として生じた重合体が『琥珀』です。琥珀の主体は有機化合物です。したがって、大型の樹脂塊でなければ、琥珀として残ることはなかったようです。(同上)
    *写真は、飴色と呼ばれる琥珀のようです。

  • 樹木は、テルペンを主体とする樹脂を産生しますが、特に針葉樹は大型の樹脂道を持つ上に、鳥、昆虫、風雨などによって物理的傷害を受けると傷害樹脂道が形成されて多量の樹脂を産生、分泌します。分泌された樹脂は、酸化重合とともに乾燥して傷害部を覆うようになります。これは傷害部を保護するための防御反応と考えられています。(同上)<br />*写真は、飴色を渋くしたような色合いの琥珀です。超大型でした。

    樹木は、テルペンを主体とする樹脂を産生しますが、特に針葉樹は大型の樹脂道を持つ上に、鳥、昆虫、風雨などによって物理的傷害を受けると傷害樹脂道が形成されて多量の樹脂を産生、分泌します。分泌された樹脂は、酸化重合とともに乾燥して傷害部を覆うようになります。これは傷害部を保護するための防御反応と考えられています。(同上)
    *写真は、飴色を渋くしたような色合いの琥珀です。超大型でした。

  • 琥珀が生成されるには、針葉樹林が大量に生育した地域、樹脂形成(特に傷害樹脂道形成)が盛んとなる条件、その遺体が地殻変動で琥珀形成に適した条件に置かれていた、地殻変動で形成された琥珀が地上付近まで移動してきた、など偶然に左右される要素が強く働いて琥珀産地が決まってくるようです。他の化石にくらべて「琥珀が珍しい」のは、材料となる大型樹脂塊の個体数が、他の生物遺体数に比べて圧倒的に少ないためでしょう。加えて、宝石としての品質を問題とすれば、そのような琥珀形成の条件は、さらに厳しくなりますから、一層希少となります。(同上)<br />*写真は、艶のある濃い黄色の琥珀です。複雑な形をしていました。

    琥珀が生成されるには、針葉樹林が大量に生育した地域、樹脂形成(特に傷害樹脂道形成)が盛んとなる条件、その遺体が地殻変動で琥珀形成に適した条件に置かれていた、地殻変動で形成された琥珀が地上付近まで移動してきた、など偶然に左右される要素が強く働いて琥珀産地が決まってくるようです。他の化石にくらべて「琥珀が珍しい」のは、材料となる大型樹脂塊の個体数が、他の生物遺体数に比べて圧倒的に少ないためでしょう。加えて、宝石としての品質を問題とすれば、そのような琥珀形成の条件は、さらに厳しくなりますから、一層希少となります。(同上)
    *写真は、艶のある濃い黄色の琥珀です。複雑な形をしていました。

  • 『琥珀』の『琥』の文字は、中国においては、虎が死後に石になったものだと信じられていたことに由来します。日本の琥珀の産地である岩手県久慈市の方言では、『くんのこ(薫陸香)』と呼ばれます。英名の『amber』 は、アラビア語の『anbar(龍涎香のような香りがするもの)』に由来します。(同上)

    『琥珀』の『琥』の文字は、中国においては、虎が死後に石になったものだと信じられていたことに由来します。日本の琥珀の産地である岩手県久慈市の方言では、『くんのこ(薫陸香)』と呼ばれます。英名の『amber』 は、アラビア語の『anbar(龍涎香のような香りがするもの)』に由来します。(同上)

  • 古代ギリシャでは、琥珀は『エーレクトロン』と呼ばれました。その意味は『太陽の輝き』という意味とされます。英語で電気を意味する『electricity(エレクトリシティ)』は、琥珀を擦ると静電気を生じることに由来しています。現代の電気や電子につながる、言葉の上での不思議さがあります。(同上)

    古代ギリシャでは、琥珀は『エーレクトロン』と呼ばれました。その意味は『太陽の輝き』という意味とされます。英語で電気を意味する『electricity(エレクトリシティ)』は、琥珀を擦ると静電気を生じることに由来しています。現代の電気や電子につながる、言葉の上での不思議さがあります。(同上)

  • ドイツ語の『ベルンシュタイン: Bernstein』は、『燃える石』の意で、琥珀を指します。これは可燃性である石であることから名づけられました。琥珀を200℃以上に加熱すると、油状の琥珀油に分解され、さらに加熱を続けると黒色の残留物である『琥珀ヤニ、琥珀ピッチ』という液体になります。(同上)<br />*写真は、似たような大きさの黄色の琥珀の展示光景です。

    ドイツ語の『ベルンシュタイン: Bernstein』は、『燃える石』の意で、琥珀を指します。これは可燃性である石であることから名づけられました。琥珀を200℃以上に加熱すると、油状の琥珀油に分解され、さらに加熱を続けると黒色の残留物である『琥珀ヤニ、琥珀ピッチ』という液体になります。(同上)
    *写真は、似たような大きさの黄色の琥珀の展示光景です。

  • 日本における琥珀の利用は、旧石器時代にまで遡り、北海道の『湯の里4遺跡』、『柏台1遺跡』出土の琥珀玉があります。それは、加工され、穴があります。いずれも2万年前の遺物とされ、アジア最古の出土例です。したがって琥珀は、真珠や翡翠(ひすい)と並び、『人類が最初に使用した宝石』とも言われます。(同上)

    日本における琥珀の利用は、旧石器時代にまで遡り、北海道の『湯の里4遺跡』、『柏台1遺跡』出土の琥珀玉があります。それは、加工され、穴があります。いずれも2万年前の遺物とされ、アジア最古の出土例です。したがって琥珀は、真珠や翡翠(ひすい)と並び、『人類が最初に使用した宝石』とも言われます。(同上)

  • 琥珀の利用法として、漢方医学で用いられることがあったようです。南北朝時代の医学者陶弘景は、著書『名医別録』の中で、琥珀の効能について「一に去驚定神、二に活血散淤、三に利尿通淋」(精神を安定させ、滞る血液を流し、排尿障害を改善するとの意)と著しています。(同上)<br />*写真は、透明度が高い部分をたくさん持つ琥珀の光景です。 

    琥珀の利用法として、漢方医学で用いられることがあったようです。南北朝時代の医学者陶弘景は、著書『名医別録』の中で、琥珀の効能について「一に去驚定神、二に活血散淤、三に利尿通淋」(精神を安定させ、滞る血液を流し、排尿障害を改善するとの意)と著しています。(同上)
    *写真は、透明度が高い部分をたくさん持つ琥珀の光景です。 

  • 琥珀の産地だけなら、世界中にありますが、質と量が充実しているのはバルト海沿岸地域とドミニカ共和国とされます。日本では岩手県久慈市です。質は良いものの、残念ながら、量は世界スケールで見れば少ない部類です。バルト海沿岸のプロイセンに相当する地域の、ポーランドのポモージェ県グダニスク沿岸とロシア連邦のカリーニングラード州が世界一の産地です。(同上)

    琥珀の産地だけなら、世界中にありますが、質と量が充実しているのはバルト海沿岸地域とドミニカ共和国とされます。日本では岩手県久慈市です。質は良いものの、残念ながら、量は世界スケールで見れば少ない部類です。バルト海沿岸のプロイセンに相当する地域の、ポーランドのポモージェ県グダニスク沿岸とロシア連邦のカリーニングラード州が世界一の産地です。(同上)

  • ヴィリニュス琥珀博物館の見学を終えました。その博物館が位置する、ヴィリニュス旧市街の光景です。ヴィリニュスは、リトアニア共和国の首都で、同国最大の都市です。人口は約58万人、かつてポーランド領だったこともあります。バルト三国で唯一海に面していない首都で、バルト海に面したリトアニア主要港のクライペダからは 312 km離れています。(同上)

    ヴィリニュス琥珀博物館の見学を終えました。その博物館が位置する、ヴィリニュス旧市街の光景です。ヴィリニュスは、リトアニア共和国の首都で、同国最大の都市です。人口は約58万人、かつてポーランド領だったこともあります。バルト三国で唯一海に面していない首都で、バルト海に面したリトアニア主要港のクライペダからは 312 km離れています。(同上)

  • ゲディミナス城の遠謀です。14世紀に丘の上に建設されたゲディミナス城は、15世紀初頭に火災で焼失し、レンガ造りで再建されました。17世紀以降は次第に政治的重要性を失い、戦争や火災の後も修復されず荒廃していきました。19世紀のロシア帝国時代には、城の一部の遺跡と西側の監視塔を残し、要塞の大部分が撤去されました。第2次世界大戦で西塔は大きな被害を受けましたが、戦後修復が行われ、現在は歴史博物館として内部が一般公開されています。(同上)

    ゲディミナス城の遠謀です。14世紀に丘の上に建設されたゲディミナス城は、15世紀初頭に火災で焼失し、レンガ造りで再建されました。17世紀以降は次第に政治的重要性を失い、戦争や火災の後も修復されず荒廃していきました。19世紀のロシア帝国時代には、城の一部の遺跡と西側の監視塔を残し、要塞の大部分が撤去されました。第2次世界大戦で西塔は大きな被害を受けましたが、戦後修復が行われ、現在は歴史博物館として内部が一般公開されています。(同上)

  • 入口上部に『NATARY・NAMAI』の文字が記された建物光景です。2階と3階にバルコニーがあり、2階のバルコニーにはリトアニア国旗らしいものが掲げられていました。リトアニア政府の公的施設かも知れません。バルト海に面したバルト三国のうち、最も南に位置するのがリトアニア共和国です。国の南は、ポーランドと一部国境を接しています。(同上)

    入口上部に『NATARY・NAMAI』の文字が記された建物光景です。2階と3階にバルコニーがあり、2階のバルコニーにはリトアニア国旗らしいものが掲げられていました。リトアニア政府の公的施設かも知れません。バルト海に面したバルト三国のうち、最も南に位置するのがリトアニア共和国です。国の南は、ポーランドと一部国境を接しています。(同上)

  • お洒落で、格式が高そうな建物が軒を並べる世界遺産の旧市街光景です。この建物には、上から黄色、翠色、赤色の三色旗が掲げられていました。同じバルト三国のリトアニア共和国の国旗のようです。建物の手前側には、欧州旗がありました。長方形の青地に、円環状に配置された12個の金色の星で構成される旗であり、ヨーロッパのシンボルです。リトアニアは、今回の旅行で最初に見学した国で、バルト三国の一番北に位置します。中間の国が、ラトビアです。(同上)

    お洒落で、格式が高そうな建物が軒を並べる世界遺産の旧市街光景です。この建物には、上から黄色、翠色、赤色の三色旗が掲げられていました。同じバルト三国のリトアニア共和国の国旗のようです。建物の手前側には、欧州旗がありました。長方形の青地に、円環状に配置された12個の金色の星で構成される旗であり、ヨーロッパのシンボルです。リトアニアは、今回の旅行で最初に見学した国で、バルト三国の一番北に位置します。中間の国が、ラトビアです。(同上)

  • 4~5階以上の高い建物が道の両側に立ち並ぶためでしょうか、ライトを灯して、ゆっくりと走っていた車です。前を照らす目的より、歩行者への注意喚起の意味合いの方が大きいように見えました。(同上)

    4~5階以上の高い建物が道の両側に立ち並ぶためでしょうか、ライトを灯して、ゆっくりと走っていた車です。前を照らす目的より、歩行者への注意喚起の意味合いの方が大きいように見えました。(同上)

  • 両手を高く掲げて、踊る姿か、喜びを表す男性像です。いろいろと検索文字を変えてみましたが、この像がヒットするネット情報はありませんでした。あまり有名な像ではなかったようです。ヒットしたのは、自由の女神像、シヴァ神などでした。(同上)

    両手を高く掲げて、踊る姿か、喜びを表す男性像です。いろいろと検索文字を変えてみましたが、この像がヒットするネット情報はありませんでした。あまり有名な像ではなかったようです。ヒットしたのは、自由の女神像、シヴァ神などでした。(同上)

  • 紅白の二色の旗と、青色のEUの旗か掲げられた通りの光景です。上が白、下が赤の国旗は、隣国のポーランド共和国の国旗のようです。大使館か、領事館の建物の可能性が高いようです。この辺りは、官庁街や、外国公館が立ち並ぶ一角かも知れません。(同上)

    紅白の二色の旗と、青色のEUの旗か掲げられた通りの光景です。上が白、下が赤の国旗は、隣国のポーランド共和国の国旗のようです。大使館か、領事館の建物の可能性が高いようです。この辺りは、官庁街や、外国公館が立ち並ぶ一角かも知れません。(同上)

  • 落ち着いて、お洒落な色合いの街かど光景です。リトアニアの世界遺産の『ヴィリニュスの歴史地区』の一部になるようです。リトアニアには、そのほかに『クルシュー砂州』、『ケルナヴェの考古遺跡(ケルナヴェ文化保護区)』と『シュトルーヴェの測地弧』の、合わせて4件の世界遺産があります。(同上)

    落ち着いて、お洒落な色合いの街かど光景です。リトアニアの世界遺産の『ヴィリニュスの歴史地区』の一部になるようです。リトアニアには、そのほかに『クルシュー砂州』、『ケルナヴェの考古遺跡(ケルナヴェ文化保護区)』と『シュトルーヴェの測地弧』の、合わせて4件の世界遺産があります。(同上)

  • 続いて紹介する、ヴィリニュス大学に続く並木道でしょうか、歴史を感じさせる大木が立ち並んでいました。なぜか歩道には、交通規制のチェーンが張られていました。街路樹の大木は、黄葉が始まっていました。(同上)

    続いて紹介する、ヴィリニュス大学に続く並木道でしょうか、歴史を感じさせる大木が立ち並んでいました。なぜか歩道には、交通規制のチェーンが張られていました。街路樹の大木は、黄葉が始まっていました。(同上)

  • ここからは、ヴィリニュス大学の建物の紹介になります。リトアニア共和国ヴィリニュス郡ヴィリニュス市に本部を置くリトアニアの国立大学です。1570年に創立され、1579年に大学が設置されました。この地方ではクラクフのヤギェウォ大学(1364)年)、ケーニヒスベルクの大学(1544年)に次いで創立された、歴史の古い大学の一つです。(同上)

    ここからは、ヴィリニュス大学の建物の紹介になります。リトアニア共和国ヴィリニュス郡ヴィリニュス市に本部を置くリトアニアの国立大学です。1570年に創立され、1579年に大学が設置されました。この地方ではクラクフのヤギェウォ大学(1364)年)、ケーニヒスベルクの大学(1544年)に次いで創立された、歴史の古い大学の一つです。(同上)

  • 大学構内にあった、台座に『Donelaitis(ドネライティス)』の表示があった坐像です。『クリスティジョナス・ドネライティス(ラテン語:クリスチャン・ドナリチウス:1714年1月~1780年2月)』は、リトアニアの詩人でルーテル牧師だった人です。彼はプロイセン王国の領土であるリトアニアマイナーに住み、働いていました。彼はリトアニア語の詩の主要な作品の一つとなった最初の古典的なリトアニア語の詩、『季節(リトアニア:メティ)』を書きました。リトアニア文学の古典的な作品であるこの詩は、リトアニアの主要な作品の一つとなりました。リトアニア文学の古典的作品であるこの詩は、リトアニアの農民の日常生活、農奴制との闘い、そして毎年の生活サイクルを描いています。(同上)<br />*写真は、女性のようなシルエットの髪形ですが、詩人のドネライティス本人です。

    大学構内にあった、台座に『Donelaitis(ドネライティス)』の表示があった坐像です。『クリスティジョナス・ドネライティス(ラテン語:クリスチャン・ドナリチウス:1714年1月~1780年2月)』は、リトアニアの詩人でルーテル牧師だった人です。彼はプロイセン王国の領土であるリトアニアマイナーに住み、働いていました。彼はリトアニア語の詩の主要な作品の一つとなった最初の古典的なリトアニア語の詩、『季節(リトアニア:メティ)』を書きました。リトアニア文学の古典的な作品であるこの詩は、リトアニアの主要な作品の一つとなりました。リトアニア文学の古典的作品であるこの詩は、リトアニアの農民の日常生活、農奴制との闘い、そして毎年の生活サイクルを描いています。(同上)
    *写真は、女性のようなシルエットの髪形ですが、詩人のドネライティス本人です。

  • ヴィリニュス大学の略史の紹介です。現在の校名は、『ヴィリニュス大学』であり、リトアニア語では 『Vilniaus universitetas 』と表記され、ラテン語では『Universitas Vilnensis』 と表記されます。時代により以下のような名称が用いられていました。<br />〇『イエズス会ヴィルノ・アカデミー大学(ラテン語: Academia et Universitas Vilnensis Societatis Jesu)』: 創設期<br />〇『リトアニア大公国中央学校(ラテン語: Schola Princeps Magni Ducatus Lithuaniae)』:ポーランド分割前(1783年から1795年まで)、続く。(同上)

    ヴィリニュス大学の略史の紹介です。現在の校名は、『ヴィリニュス大学』であり、リトアニア語では 『Vilniaus universitetas 』と表記され、ラテン語では『Universitas Vilnensis』 と表記されます。時代により以下のような名称が用いられていました。
    〇『イエズス会ヴィルノ・アカデミー大学(ラテン語: Academia et Universitas Vilnensis Societatis Jesu)』: 創設期
    〇『リトアニア大公国中央学校(ラテン語: Schola Princeps Magni Ducatus Lithuaniae)』:ポーランド分割前(1783年から1795年まで)、続く。(同上)

  • 〇『ヴィリニュス中央学校(ラテン語: Schola Princeps Vilnensis)』:ポーランド分割後(1795年から1803年まで)<br />〇『ヴィリナ帝国大学(ロシア語: Императорскiй Виленскiй Университетъ)』:ロシア帝国時代(1803年から1833年まで)、続く。(同上)

    〇『ヴィリニュス中央学校(ラテン語: Schola Princeps Vilnensis)』:ポーランド分割後(1795年から1803年まで)
    〇『ヴィリナ帝国大学(ロシア語: Императорскiй Виленскiй Университетъ)』:ロシア帝国時代(1803年から1833年まで)、続く。(同上)

  • 〇『ステファン・バトルィ大学(ポーランド語: Uniwersytet Stefana Batorego)』: ポーランド第二共和国時代<br />〇『ヴィリニュス国立ヴィンツァス・カプスカス記念大学(リトアニア語: Vilniaus valstybinis Vinco Kapsuko universitetas)』:ソヴィエト連邦時代(1955年以降)、続く。(同上)

    〇『ステファン・バトルィ大学(ポーランド語: Uniwersytet Stefana Batorego)』: ポーランド第二共和国時代
    〇『ヴィリニュス国立ヴィンツァス・カプスカス記念大学(リトアニア語: Vilniaus valstybinis Vinco Kapsuko universitetas)』:ソヴィエト連邦時代(1955年以降)、続く。(同上)

  • 〇『ヴィリニュス労働赤旗勲章および民族友好勲章授与国立ヴィンツァス・カプスカス記念大学(リトアニア語: Vilniaus Raudonos darbo vėliavos ordino ir Tautų draugystės ordino valstybinis Vinco Kapsuko universitetas):ソヴィエト連邦時代(1979年以降)<br />*校名の変遷を追うだけでも、この国の苦難の歴史が偲ばれます(以上)。(同上)<br />

    〇『ヴィリニュス労働赤旗勲章および民族友好勲章授与国立ヴィンツァス・カプスカス記念大学(リトアニア語: Vilniaus Raudonos darbo vėliavos ordino ir Tautų draugystės ordino valstybinis Vinco Kapsuko universitetas):ソヴィエト連邦時代(1979年以降)
    *校名の変遷を追うだけでも、この国の苦難の歴史が偲ばれます(以上)。(同上)

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