2012/10/09 - 2012/10/14
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旅人のくまさんさん
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リトアニアの首都のヴィリニュスで最初に見学したのは、昨晩、ライトアップされた建物を目にした、聖ペトロ&聖パウロ教会です。この教会は、カトリック教会で、かつてのラテラノ修道会の中心でした。(ウィキペディア、るるぶ・バルト三国)
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ヴィリニュスで2泊したホテルの2日目の朝の光景です。荷物を纏める必要もなく、午前中は、ヴィリニュスの観光名所の見学、午後が自由時間でしたが、カウナスとトラカイ城見学のオプショナルツアーがありましたので、こちらを申し込んでいました。杉原千畝さん所縁の記念館(元領事館)を見学しなくては、リトアニアに来た意味がなくなります。(同上)
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左端に見えているのが、今回の旅行で使用したスーツケースです。荷物は増えていませんので、小さ目のスーツケースにすべて収まりました。荷造りの必要がない今朝の出発ですが、自然体で纏まってしまいました。(同上)
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泊まったホテルでの朝食の紹介です。ヴァイキング方式でした。これだけ食べれば、後はお変わりは要りません。パンも3種類、野菜やハムのほかに、デザートの果物も最初に揃えました。飲物は、コーヒーにトマトジュースです。(同上)
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泊まった部屋から眺めた、ヴィリニュスの街の朝の光景です。交通ラッシュとは形容できない、朝の交通状況です。軽く霞が懸かった今朝の光景でした。念のために雨具は傘だけを用意しておきました。(同上)
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眼下に見えていた、赤いバスの光景です。屋根から集電器が伸びトロリーバスでした。手元のガイドブックには、『キヨスクで切符が購入でき、バスと共通』と紹介されていました。(同上)
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イチオシ
定時にホテルを出発し、昨晩は歩いて向かった『聖ペトロ&聖パウロ教会』にバスで到着しました。英文案内が和訳されたものからの紹介です。『この地における最初の教会の創設については、分かっていません。木造の教会が1594年に燃え落ちて、新しい教会が1609~1616年に再建されました。新しい教会を含むラテラノ修道会は、1638年に正式に開館しました。その後、ラテラノ修道会と教会は、ロシア・ポーランド戦争の間、1655~1661年に破壊されました。』(同上)
*写真は、『聖ペトロ&聖パウロ教会』の正面光景です。 -
『新しい教会の建設は、大リトアニアのヘトマン(軍司令官)でありヴィリニュスのヴォイヴォダ(軍司令官)のパツァスにより委託されました。建設は、1668年6月29日(聖ペトロおよび聖パウロの祭礼の日)に始まり、1676年に完成しました。パツァスは、内装の装飾のためにイタリアの巨匠を連れてきました。聖ペトロおよび聖パウロ教会は1701年に奉献されましたが、最終的な装飾は1704年に完成しました。』(同上)
*写真は、『聖ペトロ&聖パウロ教会』のファサードのズームアップ光景です。 -
『一方、パツァスは、1682年に亡くなり、遺言に従い、ラテン語で「ここに罪人眠る」と刻まれた墓石とともに、入口の戸口の上がり段の下に埋葬されました。18世紀の終わりに、雷が聖ペトロおよび聖パウロ教会を撃ち、倒れた彫像がパツァスの墓石を割りました。この出来事は、パツァスと彼の罪について多くの噂を呼びました。パツァスの墓石は、今も入口の右の壁に展示されています。』(同上)
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『聖ペトロおよび聖パウロ教会の内装は、当時から少しだけ変わりました。木製の主祭壇は、ダウガイのカトリック教会へ1766年に移され、現在は、「聖ペトロと聖パウロの別れ」を表した1805年に置かれた大きな絵画が、主祭壇を占めています。また、1801~1804年に内装が修復された際、新しい説教壇になりました。』(同上)
*写真は、十字架飾りがあった入口門の光景です。 -
『聖ペトロおよび聖パウロ教会を含む修道院の建物は、失敗に終わった1月蜂起の報復として、兵舎に転用されました。聖ペトロおよび聖パウロ教会を正教会に転じる計画がありましたが、実現はしませんでした。』
『聖ペトロおよび聖パウロ教会は、1901~1905年に内装が再び修復された際に、小舟を模したシャンデリアと新しいパイプオルガンを得ました。』(同上)
*写真は、境内の褐葉と黄葉の光景です。 -
『ソビエト時代の宗教への迫害にもかかわらず、聖ペトロおよび聖パウロ教会の広範囲にわたる内装の修復が、1976~1987年に行われたことは、本当に興味深いことです。』
『聖ペトロおよび聖パウロ教会の内装は、2000ほどの漆喰の彫像や装飾の見事な集合体です。装飾は、地域のものからイタリアの聖人、特定の聖人から道徳の寓話まで、非常に多彩です。』(同上) -
『花(ハアザミ、ヒマワリ、ヘンルーダ、果物)、様々な物品(武器、家事道具、礼拝用の器具、貝殻、リボン)、像(子供の天使、天使、兵士)、空想上の生物(悪魔、ドラゴン、ケンタウルス)などの、たくさんの装飾の要素がありますが、それらは全て個別のものです(同じものがない)。聖ペトロおよび聖パウロ教会は、ポーランド・リトアニア共和国のバロックの傑作と考えられています。』(同上)
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『入口には、2体の対照的な彫像が並んでいます。一つは聖クリストファー、もう一つは外套を羽織り大鎌を持った残忍な死神である骸骨です。聖クリストファーは、赤ん坊のイエスを運んでいます。一方、骸骨は、王冠や他の権力の象徴の上に立っています。』(同上)
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『聖クリストファーは守護者ですが、それでも全ての者を死の舞踏は、死の普遍性を忘れさせないための意匠なのです。等しく待ち受ける死にクリスチャンは備えるべきと、これらは表しています。』
『玄関ホールには、また、様々な怪物と悪魔と共に「最後の審判」の場面があります。玄関ホールの左側には、洗礼堂として使われる小部屋があります。一方、右側の部屋は、通夜のための部屋です。後者には、「十字架の道行き」の始まりである「ピラトの中庭」の場面があります。多彩な場面が、中央の身廊にかけられており、「キリストの5聖痕の祭壇」へ続きます。』(同上) -
『中央の身廊は、均等に配置された十二使徒の彫像によって飾られています。中央の身廊には、ローマ帝国におけるキリスト教徒の迫害から数多くの拷問の場面もあります。また、中央の身廊から4つの礼拝堂それぞれの入口のアーチの上に、2人の寓話の女性の像があります。』(同上)
*写真は、再び正面から眺めた光景です。 -
『これらの像は、山上の垂訓でキリストが説いた八福を表しています。これらの入口のアーチの上』(同上)への設置は、サンタ・マリア・デル・ポポロ教会に類似しています。』(同上)
*写真は、『聖ペテロ・パウロ教会』のタイトルがあった説明パネルの光景です。下半分が英文の説明文でした。 -
『ドームの四隅には、4人の福音書記者が描かれています。ドームの基礎を囲むラテン語の碑文「あなたはペトロ(岩)である。私はあの岩の上に私の教会を建てよう。地獄の門がそれに打ち勝つことはない」は、「聖ペトロの告白」からのもので、バチカンのサン・ピエトロ聖堂と同じです。』(同上)
*写真は、入口の上を飾るパツァス家の紋章のレリーフです。 -
『碑文の上には、4人の教会博士の彫像があります。すなわち、エウセビウス・ヒエロニムス、ヒッポのアウグスティヌス(入口から見える)、ラテン教父のアンブロジウス、グレゴリウス1世教皇(大聖グレゴリウス)です。さらに上には、多くの天使がいます。この構成は、神は全てを見ておられるかのようにドームの中心に父なる神へ結ばれています。』(同上)
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『真鍮とガラスビーズで作られた船の形のシャンデリアが、ドームの中間から吊るされており、聖ペトロが漁師であったことを思い出させます。このシャンデリアは、1905年に設置され、7枝に分かれた8本のろうそく立てがありました。』
『元々あった木製の美しい主祭壇はダウガイのカトリック教会へ1766年に移され、4体の預言者(ダニエル、エレミヤ、イザヤ、エリヤ)の像と「聖ペトロと聖パウロの別れ」を表した大きな中央の絵画が、主祭壇の代わりに置かれました。』(同上) -
イチオシ
『また、4枚の絵画、大天使ミカエル、パッツィのマリア・マッダレーナ、教会の創設者パツァス、磔の闇を象徴する日食を表した磔にされたイエスがあります。イエスの一部(荊の冠、4つの鋲、腰布)は、金属で覆われています。』
『後陣の壁には、聖ヤコブ、洗礼者ヨハネ、復活したキリストなどの4体の彫像があります。後陣の天井には、十二使徒聖パウロの改宗、聖ペトロの天命、キリストによる聖ペトロへの天国の鍵(および教皇の三重冠)の引渡しを表した3つの漆喰のレリーフで飾られています。この場面は、聖ペトロと続く教皇の権力が神から直接由来することを強調しています。これらの上には、鳩として表されている聖霊のレリーフがあります。』(同上) -
『天井は、リトアニアでは2番目に大きな天井フレスコである約15平方メートルをカバーする5つのフレスコ画によって飾られています。オルガンの上の3つの小さい方のフレスコ画は、聖ペトロの人生から三枚続き、すなわち、身体障害者を癒す、牢獄からの脱出、動物達と敷布の幻影が描かれています。他の2つのフレスコは、「どこに行くのか」および聖ペトロとシモンマグス(魔術師シモン)の対決が描かれています。これらのフレスコ画は、比較的簡素ですが意味深長です。』(同上)
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『翼廊とクワイアの左の角には、「アンタカルニスのイエス」として知られている等身大(185センチメートル)のイエスの彫像があります。この彫像は、硬い木で作られており、白い絹と紫のベルベットの衣と天然の黒髪のかつらを着ています。彫像の頭の中には、聖遺物が封印されているようです。反対側の角には、20世紀前半に作られたアッシジの聖フランチェスコの漆喰の彫像があります。』(同上)
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『翼廊には、この教会で活動していた2修道士団、「慈悲深い神の母」と「キリストの5聖痕」の祭壇があります。』(同上)
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『側廊は、お互いにつながっている礼拝堂になっていて、4つの礼拝堂、すなわち、聖ウルスラの礼拝堂、兵士(または騎士)の礼拝堂、女性(または女王)の礼拝堂、ヒッポのアウグスティヌスの礼拝堂があります。聖ウルスラの礼拝堂には、潔白を強調する初期殉教者の多くの像があります。』(同上)
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イチオシ
『兵士(または騎士)の礼拝堂は、聖ペトロを牢獄から逃すために助けた聖マルティニアンを含む初期キリスト教の殉教者となった兵士の4体の像があります。この礼拝堂には、また、聖カジミエルがポラツク包囲戦においてリトアニアを奇跡的にも救った場面や聖ヴァーツラフが弟である無慈悲のボレスラフと戦う場面があります。この礼拝堂は、明らかに教会の創設者のご意向を反映しています。』(同上)
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『女性(または女王)の礼拝堂は、元々は伝統的に聖ペトロの娘とされている聖ペトラに献堂されました。この礼拝堂には、女性の美徳を表す4体の像があります。すなわち、敬虔、寛大、潔白、勤勉です。』(同上)
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『ある芸術史家は、これらの像をポーランドの女王たちと関連付けようと試みています。礼拝堂には、ヒッポのアウグスティヌスの母である聖モニカの絵がかけられています。天井には、初期キリスト教の殉教者たちの処刑や拷問の場面があります。』
『ヒッポのアウグスティヌスの礼拝堂は、分けることのできない聖三位一体についての彼の教えを強調しています。』(同上) -
*見所その1):聖ペテロ・パウロ教会は、ロシア・ポーランド戦争終結後、当時リトアニア大公国の総督だったミハウ・カジミエラス・パツァスの資金提供により、後期バロック様式で建設されました。伝説によると、ネリス川のほとりに位置するこの場所には、リトアニアがキリスト教化される前には異教の女神ミルダの神殿があったとされています。バルコニーと円柱が印象な宮殿のような優美なクリーム色のファサードは、両側の2つの鐘楼の上部の赤いドームがアクセントとなっています。ペディメントには、大砲の上に立つマリアの彫刻が施されており、その下にはラテン語で「平和の女王、平和の中で私たちをお守りください」という文字が刻まれています。これは、創設者のバツァス自身が彼の名前に因んで記したもの。入口の上には、パツァス家の紋章の彫刻があります。また、パツァスの意向により、彼はこの教会に埋葬され、入口の横の壁には「罪人ここに眠る」と書かれた彼の墓石が置かれています。(同上)
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*見所(その2):何と言っても2000以上もの漆喰装飾が施されたインテリアです。教会に一歩足を踏み入れると、真っ白の彫刻装飾に覆われた壁と天井にまず目を奪われます。これらの漆喰の彫刻装飾は、イタリアから招かれた有名なバロック彫刻家ジョヴァンニ・ピエトロ・ペルティとジョヴァンニ・マリア・ガッリ、さらに数百人もの地元の職人の協力により制作されました。彫刻のモチーフは、天使や聖人、死神、兵士、動物、想像上の生き物、植物など多岐に渡り、聖書や神話の場面、リトアニアの戦史など様々なテーマが表現されています。一体一体異なる人物の表情はもちろん、指先や衣装のドレープなど細部に至るまで、細かく表現されており、今にも動き出しそうな躍動感に溢れています。これほどまで多くの彫刻装飾に覆われていても白に統一されているためか、バロック特有のゴテゴテ感は抑えられ、優美な雰囲気が感じられます。教会そのものが、壮大な芸術作品となっていて、内装に30年以上の歳月が費やされたというのも納得です。(同上)
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*見所(その3):入口の内側の両サイドには、 幼子イエスを肩に乗せた聖クリストファー像と王冠やその他の権力を象徴の上に立つ死神像の対照的な2つの像があります。聖クリストファーは、幼子イエスを背負い川を渡ったことから川や海の守護聖人であるとともに、現代では交通安全や旅の守護聖人として広く信仰の対象となっています。一方で死神には、死は権力や富に関係なく誰もに平等に訪れるもので、キリスト教徒はそれに備えなければならないという戒めの意味が込められています。中央の身廊には、十二使徒の彫刻が等間隔に飾られており、ローマ帝国のキリスト教徒の迫害による拷問の場面を表現した彫刻も見られます。身廊の天井には、聖ペテロの生涯と聖書のかれたフレスコ画があります。フレスコ画の周りは真っ白の漆喰彫刻に覆われているため、より存在感が強調されています。(同上)
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