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忠烈祠の衛兵交代儀式を見学した後、世界の四大博物館(美術館)に数えられる故宮博物院を見学しました。残念ながら、しばらく前から展示品の写真撮影は出来ません。

2012早春、台湾旅行記7(17/25):2月11日(2):台北、忠烈祠の衛兵交代儀式、見学の後・故宮博物院へ

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2012/02/09 - 2012/02/12

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旅人のくまさん

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忠烈祠の衛兵交代儀式を見学した後、世界の四大博物館(美術館)に数えられる故宮博物院を見学しました。残念ながら、しばらく前から展示品の写真撮影は出来ません。

  • 大門の警備の任務を終えた二人の衛兵を待ち受ける5人の儀仗兵です。この内の2人が、この後大門の衛兵任務に就くことになり、その交代儀式が始まります。

    大門の警備の任務を終えた二人の衛兵を待ち受ける5人の儀仗兵です。この内の2人が、この後大門の衛兵任務に就くことになり、その交代儀式が始まります。

  • 大門での衛兵任務を終えた2人が合流し、合計で7名となりました。衛兵交代儀式の始まりです。中間の列の4名が、引き継ぎを行うようです。

    イチオシ

    大門での衛兵任務を終えた2人が合流し、合計で7名となりました。衛兵交代儀式の始まりです。中間の列の4名が、引き継ぎを行うようです。

  • 5人とも、銃剣の底を地面に当てて、一瞬の静寂です。銃剣の底に当たる肩当て部分には金具が付いていますから、銃を下ろした瞬間は、大きな音がします。

    5人とも、銃剣の底を地面に当てて、一瞬の静寂です。銃剣の底に当たる肩当て部分には金具が付いていますから、銃を下ろした瞬間は、大きな音がします。

  • 任務の引き継ぎを行うと思われる、中間の列の4名が銃を腰の位置まで引き上げ、右手を斜め下に伸ばしました。手前の列の2人は静止したままです。

    任務の引き継ぎを行うと思われる、中間の列の4名が銃を腰の位置まで引き上げ、右手を斜め下に伸ばしました。手前の列の2人は静止したままです。

  • 任務の引き継ぎを行うと思われる、中間の列の4名の交代儀式が続きます。先導役とほかの2名は、これを見守る姿勢に見えます。

    任務の引き継ぎを行うと思われる、中間の列の4名の交代儀式が続きます。先導役とほかの2名は、これを見守る姿勢に見えます。

  • 同じく、任務の引き継ぎを行うと思われる、中間の列の4名の交代儀式の続きです。

    同じく、任務の引き継ぎを行うと思われる、中間の列の4名の交代儀式の続きです。

  • 3人ずつに分かれて、向かい合った形で一直線になった光景です。銃剣は水平にして支えられています。先導の人は、後ろ向きの姿のままです。

    3人ずつに分かれて、向かい合った形で一直線になった光景です。銃剣は水平にして支えられています。先導の人は、後ろ向きの姿のままです。

  • 衛兵交代儀式の最終場面です。横1列だった6名が位置をずらすところです。左右の一番外に位置した人2人が、大門の衛兵任務に就くようです。

    衛兵交代儀式の最終場面です。横1列だった6名が位置をずらすところです。左右の一番外に位置した人2人が、大門の衛兵任務に就くようです。

  • 大門へ向かっての行進です。ここまでで30分ほどが経過しました。通常の交代儀式は20分ほどのようです。

    大門へ向かっての行進です。ここまでで30分ほどが経過しました。通常の交代儀式は20分ほどのようです。

  • これで忠烈祠の衛兵交代儀式の紹介はおしまいです。大門を守る2人の衛兵を残して、5名が立ち去って行きます。この内の2名が、1時間の衛兵任務を終えた兵士達です。

    これで忠烈祠の衛兵交代儀式の紹介はおしまいです。大門を守る2人の衛兵を残して、5名が立ち去って行きます。この内の2名が、1時間の衛兵任務を終えた兵士達です。

  • 木陰から眺めた忠烈祠の光景です。オレンジ屋根の大殿と山門の手前に見える緑色の2階建ての楼閣は、右が鐘楼、左が鼓楼です。

    木陰から眺めた忠烈祠の光景です。オレンジ屋根の大殿と山門の手前に見える緑色の2階建ての楼閣は、右が鐘楼、左が鼓楼です。

  • 同じく、木陰から眺めた忠烈祠の光景です。目の前に沢山の気根が垂れ下がっていました。気根は、地上の茎から空気中に出る根のことです。ガジュマル当たりの気根でしょうか。

    同じく、木陰から眺めた忠烈祠の光景です。目の前に沢山の気根が垂れ下がっていました。気根は、地上の茎から空気中に出る根のことです。ガジュマル当たりの気根でしょうか。

  • 忠烈祠の花壇で咲いていた濃いピンク色の花です。ニチニチソウ(日々草)のようです。キョウチクトウ科ニチニチソウ属の一年草です。

    忠烈祠の花壇で咲いていた濃いピンク色の花です。ニチニチソウ(日々草)のようです。キョウチクトウ科ニチニチソウ属の一年草です。

  • 『国民革命忠烈祠平面図』のタイトルがあった案内図です。図の左側が、大殿がある北の方角に当たり、右側が、大門がある南方向になります。

    『国民革命忠烈祠平面図』のタイトルがあった案内図です。図の左側が、大殿がある北の方角に当たり、右側が、大門がある南方向になります。

  • 衛兵交代儀式終了のあとは、暫く記念写真の撮影タイムとなりました。体に触れなければ、衛兵と並んでの写真が撮影できます。

    衛兵交代儀式終了のあとは、暫く記念写真の撮影タイムとなりました。体に触れなければ、衛兵と並んでの写真が撮影できます。

  • 暫くは、衛兵交代儀式の興奮が冷めやらぬといった、大門付近の光景です。普段は20分ほどの衛兵交代儀式ですが、朝1番の儀式は30分強かかりました。

    暫くは、衛兵交代儀式の興奮が冷めやらぬといった、大門付近の光景です。普段は20分ほどの衛兵交代儀式ですが、朝1番の儀式は30分強かかりました。

  • 本館ロビーの紹介が続きます。ここは1階です。右手に2階に上る階段とエスカレータが見えています。2001年から大規模な耐震・改装工事が行われました。この工事は2006年12月末に完了し、2007年2月から全館が一般公開されました。

    本館ロビーの紹介が続きます。ここは1階です。右手に2階に上る階段とエスカレータが見えています。2001年から大規模な耐震・改装工事が行われました。この工事は2006年12月末に完了し、2007年2月から全館が一般公開されました。

  • 大混雑のロビー光景です。中国大陸から運ばれた故宮博物院の文物は、皇帝などが使用していた超1級品が多いとされ、その数も60万点を超えることから、世界の四大博物館(美術館)に数えられています。この混雑もその人気によるものです。

    大混雑のロビー光景です。中国大陸から運ばれた故宮博物院の文物は、皇帝などが使用していた超1級品が多いとされ、その数も60万点を超えることから、世界の四大博物館(美術館)に数えられています。この混雑もその人気によるものです。

  • 忠烈祠の見学のあと、次に向かったのは故宮博物院です。何台もの観光バスが同じ経路で故宮博物院に向かっていました。10時少し前に到着しました。

    イチオシ

    忠烈祠の見学のあと、次に向かったのは故宮博物院です。何台もの観光バスが同じ経路で故宮博物院に向かっていました。10時少し前に到着しました。

  • 展示品の撮影ができませんので、もっぱら建物の撮影です。本館正面は記念撮影のスポットですから、ひっきりなしに団体さんが集まっていました。

    展示品の撮影ができませんので、もっぱら建物の撮影です。本館正面は記念撮影のスポットですから、ひっきりなしに団体さんが集まっていました。

  • 本館に向かって、右手方面の建物光景です。1930年代のことです。満州に駐留していた日本軍が華北地方に軍を派遣したため、当時の蒋介石の国民政府は、故宮博物院の重要文物を南方に疎開させ、故宮博物院南京分院を設立しました。

    本館に向かって、右手方面の建物光景です。1930年代のことです。満州に駐留していた日本軍が華北地方に軍を派遣したため、当時の蒋介石の国民政府は、故宮博物院の重要文物を南方に疎開させ、故宮博物院南京分院を設立しました。

  • 本館に向かって、右手方面の建物光景です。1930年代のことです。満州に駐留していた日本軍が華北地方に軍を派遣したため、当時の蒋介石の国民政府は、故宮博物院の重要文物を南方に疎開させ、故宮博物院南京分院を設立しました。

    本館に向かって、右手方面の建物光景です。1930年代のことです。満州に駐留していた日本軍が華北地方に軍を派遣したため、当時の蒋介石の国民政府は、故宮博物院の重要文物を南方に疎開させ、故宮博物院南京分院を設立しました。

  • 斜め前から眺めた本館の光景です。疎開された故宮博物院の重要文物は、その後も幾多の試練に会いました。国共内戦で苦戦に陥った蒋介石の軍により台湾に運ばれたのは、1948年のことです。その数60万点以上とされます。

    斜め前から眺めた本館の光景です。疎開された故宮博物院の重要文物は、その後も幾多の試練に会いました。国共内戦で苦戦に陥った蒋介石の軍により台湾に運ばれたのは、1948年のことです。その数60万点以上とされます。

  • 故宮博物院の建物正面の光景です。緑とオレンジ色の屋根瓦が美しい建物です。中国本土の紫禁城をイメージした建物とされます。記念撮影のスポットです。

    故宮博物院の建物正面の光景です。緑とオレンジ色の屋根瓦が美しい建物です。中国本土の紫禁城をイメージした建物とされます。記念撮影のスポットです。

  • ここまでは博物院の見学前に撮影した光景です。時刻は現地時間で10時過ぎです。初めての見学の方は、現地ガイドさんが引率しての見学でしたが、断った上で1時間程の自由時間にさせて戴きました。

    ここまでは博物院の見学前に撮影した光景です。時刻は現地時間で10時過ぎです。初めての見学の方は、現地ガイドさんが引率しての見学でしたが、断った上で1時間程の自由時間にさせて戴きました。

  • ここからは、再集合のあとでの撮影です。故宮博物院の1階にある坐像です。国父と慕われる孫文像です。孫文(1866〜1925年)は、中国の政治家で革命家です。初代中華民国の臨時大総統を務めました。中国と台湾の双方で、今も尊敬を集める希有な存在です。

    イチオシ

    ここからは、再集合のあとでの撮影です。故宮博物院の1階にある坐像です。国父と慕われる孫文像です。孫文(1866〜1925年)は、中国の政治家で革命家です。初代中華民国の臨時大総統を務めました。中国と台湾の双方で、今も尊敬を集める希有な存在です。

  • 孫文像のアップ光景です。像の後ろに博愛の金文字があります。孫文の思想としては、三民主義が知られます。生前、16回の講演で考えを述べたとされます。三民主義とは、民族主義、民権主義と民生主義を内容とします。彼の死後、講演内容が『三民主義』として公刊されました。

    孫文像のアップ光景です。像の後ろに博愛の金文字があります。孫文の思想としては、三民主義が知られます。生前、16回の講演で考えを述べたとされます。三民主義とは、民族主義、民権主義と民生主義を内容とします。彼の死後、講演内容が『三民主義』として公刊されました。

  • 2階ロビーから1階に降りるエスカレータが左手に見えています。正面に透けて見える明かり採りは、記念撮影スポットの背後に見えていた物です。落書きにも見える文字が見えています。

    2階ロビーから1階に降りるエスカレータが左手に見えています。正面に透けて見える明かり採りは、記念撮影スポットの背後に見えていた物です。落書きにも見える文字が見えています。

  • 今の現地時刻は、11時半を回りました。全員が再集合するのには、少し時間がかかりました。出口を通過したロビーの光景です。

    今の現地時刻は、11時半を回りました。全員が再集合するのには、少し時間がかかりました。出口を通過したロビーの光景です。

  • これで故宮博物院の紹介はお終いです。ところで、元々は北京の紫禁城にあった文物の現状です。3箇所に分散しました。その中の最重要品が台北の故宮博物院、その他の文物が北京の故宮博物院と、南京博物院です。南京には、台湾に運ばれなかった故宮文物が大量に残され、その大部分が北京故宮に戻されましたが、一部は南京博物院に留まったままとなっています。

    これで故宮博物院の紹介はお終いです。ところで、元々は北京の紫禁城にあった文物の現状です。3箇所に分散しました。その中の最重要品が台北の故宮博物院、その他の文物が北京の故宮博物院と、南京博物院です。南京には、台湾に運ばれなかった故宮文物が大量に残され、その大部分が北京故宮に戻されましたが、一部は南京博物院に留まったままとなっています。

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