永平寺・丸岡旅行記(ブログ) 一覧に戻る
芭蕉が永平寺参拝を終えて、漸く大夢和尚とゆっくり語り合ったであろう松岡天龍寺に我々も向かった。<br /><br />天龍寺は曹洞宗の寺院で、承応2(1653)年松岡藩主松平昌勝が祖母清涼院の菩提のため建立し、後に福井藩から分藩した松岡藩5万石の松平家の菩提寺となった。<br /><br />そお云えば、永平寺回遊中浴室の手前から垣間見た境内の景色に、”松平公廟所”へ登る石段が見えていたのを思い出した。<br /><br />天龍寺は永平寺とは単なる”末寺”以上の緊密な関連があり、大夢和尚が永平寺を訪れる機会も多かったに違いない。<br /><br /><br />旧堂宇は1948年の福井地震で倒壊したとかで、まだ新しい本堂の正面に、「天龍寺」の下に「清涼山」の掲額も架けられている。<br /><br />松岡天龍寺の門前に芭蕉塚が有り、その脇に立つ案内板には、「元禄二年(1689年)8月11日、芭蕉は北枝と供に天龍寺を旅立ち、町外れの茶屋で休まれた・・」とある。<br /><br />芭蕉が丸岡を発ち、松岡に着いたのが8月9日、その日の内に永平寺参詣を済ましたとすれば、出発までに丸1日時間があったことになり、芭蕉は大夢和尚とゆっくり旧交を温める事が出来たろう。<br /><br />境内に入ると芭蕉と北枝の別れの場を刻んだ”余波(なごり)の碑”が直ぐに目に付く。<br /><br />近づいて見ると、北枝の腕には芭蕉が別れの句を書いて贈った扇子を差し抱えている。<br /><br />また少し離れた木陰に、その句を刻んだ碑も置かれている。<br /><br />  物書きて 扇ひきさく名残哉  芭蕉<br /><br />しかし門脇の案内板は、この別れの場面は実際は松岡天龍寺では無く、”町外れの茶屋”だと云う。<br /><br />そこが金沢から17日間供をしてくれた北枝との別れの場で、芭蕉の福井に向けての”一人旅”のスタート地点でもあった。<br /><br />&quot;夕飯したゝめ”たのはこの茶屋でなのだろうか。<br /><br />ちなみに芭蕉の石造の右手の杖は、まだ新しい真木杖なのも一興。<br /><br />このブログをアップし終って、何気なく”NHK発行・趣味悠々「おくのほそ道を歩こう」”の松岡天龍寺の項を見ていたら、「(句碑の)文字が黒いのは「黒直し」という碑に墨を入れる俳人の行事」とある。<br /><br />改めて句碑の写真を見ると、確かに真っ黒の文字だ。<br /><br />それで思い出したのは、最初に見た天龍寺の門の脇にあった芭蕉塚の文字が異常に黒いと感じた事だ。<br /><br />これも「黒直し」のお陰なのだろう。<br /><br />

奥の細道を訪ねて第15回38金沢から同行した北枝との別れの場所・松岡天龍寺

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2012/09/16 - 2012/09/16

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WT信

WT信さん

芭蕉が永平寺参拝を終えて、漸く大夢和尚とゆっくり語り合ったであろう松岡天龍寺に我々も向かった。

天龍寺は曹洞宗の寺院で、承応2(1653)年松岡藩主松平昌勝が祖母清涼院の菩提のため建立し、後に福井藩から分藩した松岡藩5万石の松平家の菩提寺となった。

そお云えば、永平寺回遊中浴室の手前から垣間見た境内の景色に、”松平公廟所”へ登る石段が見えていたのを思い出した。

天龍寺は永平寺とは単なる”末寺”以上の緊密な関連があり、大夢和尚が永平寺を訪れる機会も多かったに違いない。


旧堂宇は1948年の福井地震で倒壊したとかで、まだ新しい本堂の正面に、「天龍寺」の下に「清涼山」の掲額も架けられている。

松岡天龍寺の門前に芭蕉塚が有り、その脇に立つ案内板には、「元禄二年(1689年)8月11日、芭蕉は北枝と供に天龍寺を旅立ち、町外れの茶屋で休まれた・・」とある。

芭蕉が丸岡を発ち、松岡に着いたのが8月9日、その日の内に永平寺参詣を済ましたとすれば、出発までに丸1日時間があったことになり、芭蕉は大夢和尚とゆっくり旧交を温める事が出来たろう。

境内に入ると芭蕉と北枝の別れの場を刻んだ”余波(なごり)の碑”が直ぐに目に付く。

近づいて見ると、北枝の腕には芭蕉が別れの句を書いて贈った扇子を差し抱えている。

また少し離れた木陰に、その句を刻んだ碑も置かれている。

  物書きて 扇ひきさく名残哉  芭蕉

しかし門脇の案内板は、この別れの場面は実際は松岡天龍寺では無く、”町外れの茶屋”だと云う。

そこが金沢から17日間供をしてくれた北枝との別れの場で、芭蕉の福井に向けての”一人旅”のスタート地点でもあった。

"夕飯したゝめ”たのはこの茶屋でなのだろうか。

ちなみに芭蕉の石造の右手の杖は、まだ新しい真木杖なのも一興。

このブログをアップし終って、何気なく”NHK発行・趣味悠々「おくのほそ道を歩こう」”の松岡天龍寺の項を見ていたら、「(句碑の)文字が黒いのは「黒直し」という碑に墨を入れる俳人の行事」とある。

改めて句碑の写真を見ると、確かに真っ黒の文字だ。

それで思い出したのは、最初に見た天龍寺の門の脇にあった芭蕉塚の文字が異常に黒いと感じた事だ。

これも「黒直し」のお陰なのだろう。

同行者
一人旅
交通手段
観光バス JALグループ ANAグループ JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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