2011/04/11 - 2011/04/16
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kojikojiさん
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ブダペストの宿泊は市内中心部のデアーク広場の南側のケンピンスキーホテルでした。そのため「イシュトヴァーン大聖堂」はとても近く、何度も近くを通りがかりました。1週間の滞在でしたのでそのうちと思っているうちに最終日になり慌てて見学に行きました。するとドームへのエレベーターは故障していて昇れない上に誰かを偲ぶ会か何かで聖堂の中も途中から奥に入れませんでした。残念ながらイシュトヴァーンの手のミイラも見られませんでした。それでもネッサンスの大聖堂は印象に残るものでした。また夜景も美しく夕食の後に何度か通りがかりました。ただ一番美しかったのは7年後のクリスマスマーケットの時のイルミネーションでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 徒歩
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ブダペストに到着してデアーク広場から郵便貯金局や国会議事堂方面へ散歩に出ると最初に現れたモニュメントが「聖イシュトヴァーン大聖堂」でした。ブダペストでも有数の観光地にも関わらず観光客はまばらです。
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ハンガリー国会議事堂と並んでブダペストで最も高い建造物でもあります。建物の高さは96メートル、幅55メートルで奥行きは87.4メートルです。 高さの96メートルは国会議事堂と同じ高さで、この「96」という数字は1896年の建国1000年目とアルパード朝初代の君主アルパードのパンノニア征服の年の896年にも因んでいます。 ブダペスト市内ではこれより高い建物を建ててはいけないということになっています。
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大聖堂は1851年に着工して54年後の1905年に完成しています。この遅滞の大半は一度完成したにもかかわらず手がつけられないほど崩壊してしまって、一から造り直すことになった1868年の中央ドームの倒壊が起因しています。
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今日の大聖堂は18世紀に形成された新街区のリポタバラの裕福な市民の1人であるヤノス・ジッターバルトによりここに小さな一時的な教会が建てられたことから始まります。 1817年にリポトヴァーロスの教区は約1,000人の信者を越え、これに伴いリポトヴァーロスに教区教会を持つ必要が生じました。大聖堂の建設は1838年の大洪水によって本格化します。
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1845年にヨーゼフ・ヒルドが建築家として計画を立てるように依頼され、基礎工事は1846年に始まりましたが、途中の独立戦争を挟んで工事は遅延します。基礎石は1851年10月4日に敷設され、ヨーゼフ・ヒルドが1867年に死去するまで指揮をとりますが、その後に建築資材と建設の工法に欠陥があることが明らかになりました。 1868年1月22日に片側の荷重と柱の不均一な沈下のために、すでに壁に囲まれていたた中央ドームが崩壊しました。
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瓦礫の撤去と建物の不完全に建てられた部分の解体は1871年まで続きました。後任のミクロス・イブルは建設計画を作り直して工事を主導するように求められました。彼はネオルネサンス様式で計画を作り直し、職長を務めますが1891年に死去しました。装飾的な作品と建物の内部の最終的なデザインは、1905年にヨーゼフ・カウザー主導で完成しました。
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完成した教会は1905年11月9日に奉献され、1906年12月8日にハンガリーの皇帝であるフランツ・ヨーゼフ1世の在下にその基石が置かれました。新しい教会は元々はオーストリアの守護聖人である聖レオポルドの名前を冠することを目的としていましたが、1000年祭りの祝祭として1897年に大司教は聖イシュトヴァーンの名前で奉献されました。
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第2次世界大戦の爆撃中の1944年から1945年にかけて、壁や塔や屋根がひどく損傷し、屋根構造の完全な交換が必要になりました。その工事中の1947年にドームは再び焼落ちてしまい、修復に必要な費用は国からの寄付によって得られました。
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2003年8月に大聖堂の改修工事が完成したようで、その際に建物が修復されただけでなく、内陣の工芸品やモザイク、絵画や彫刻やステンドグラスの窓もすべて修復されたようです。
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観光の後や食事の後に何度もこの大聖堂の前を通りましたが、夕方に戻ってくると聖堂の扉は閉まっていて観光客の姿もほとんどありませんでした。通りを1本ドナウ川の方へ進むだけでレストランの並ぶ繁華街なのですが、2011年のブダペストは町自体が沈んだ感じでした。
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周辺にも幾つかのカフェやレストランがありますが、どこも閑古鳥が鳴いています。ハンガリーは1年前の2010年に国際通貨基金(IMF)からの融資を返済し、経済再建を目指していた真っ最中でした。
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この通りもクリスマスマーケット時期は多くのスタンドが建って賑やかですが、イースターを目前にしていても閑散としています。
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後日、ドナウ川のディナークルーズの後にフォー沈んホテル(グレシャムパレス)のバーで1杯飲んでからの帰り道にも通りがかる機会がありました。
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夜になって大聖堂全体が浮かび上がる方が美しいと思いました。ドナウ川のクルーズ船からでは川に面していないのでこの姿を見る事は出来ません。
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建物の規模の違いなのかもしれませんが、「聖イシュトヴァーン大聖堂」より巨大な「国会議事堂」のほうが建物の高さが高いように思えます。
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3週間前に到着したプラハはまだ寒さを感じ、ウィーンでは初夏のような暑さとスギ花粉に悩まされ、最後のブダペストでは夜になるとまた肌寒さが残っていました。
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2つの塔に挟まれた西向きのファサードには、コリント様式の柱上の破風には聖母子を中心にハンガリーの聖人と聖レオポルドの礼拝と題された彫像が飾られています。日中に見るより夜のライトアップの方が彫刻たちは雄弁に見えます。
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景気も良くないブダペストでしたが、出会う人はみな親切だったので夜遅くに町中を歩いていても危険な感じは全くしませんでした。
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「聖イシュトヴァーン大聖堂」はなかなかタイミングが合わず、見学するのは滞在の最終日になってしまいました。
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ヨーゼフ・ヒルドによって設計された古典主義の元の計画によると、大聖堂は今日よりも閉鎖されてコンパクトな建物だったようです。最終的には西側のファサードの正面にコリント様式の柱を持った新古典主義様式で、平面的にはギリシャ十字を模しています。
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大きな半円形のアーチを持ったホワイエから大聖堂の中に入ることができます。2つの塔に囲まれたメインの西向きのファサードには、コリント式の柱が支えるペディメントには聖母子とハンガリーの聖人と聖レオポルドの礼拝と題されたレオ・フェスラーの彫像が見えます。ペディメントの下には聖書から引用されたキリスト教の文があります。「EGOSUM VIA VERITAS ET VITA」は「私は道、真実、そして人生である」という意味です。
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2つの塔と巨大なドームの彫刻はレオ・フェスラーとベラブ・レスティンスキー、エーデ・マイヤーの作品です。塔のニッチ(壁龕)には聖アンブルスと聖オーガスティン、聖グレゴリーと聖ジェローム(ヒエロニムス)の像を見ることができ、ドームには4人の伝道者の像を確認できます。東側には十二使徒とその上にキリストの姿があります。
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正面の扉は閉ざされているので左側から堂内に入ります。円形のレリーフは十二使徒の姿のようです。
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右にある塔へ昇るエレベーターは故障のため修理中で、階段もありましたが妻が階段で塔に登る訳も無いので諦めました。左側の入口では係員が立っていて、半強制的に200フォリントの寄付を求められました。無料の教会を見せていただく時は小額でも寄付するようにしていますが、強制されるとあまり良い気分はしません。
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堂内では何かのセレモニーが催されていて、祭壇の方へ近づくことが出来ませんでした。ただ、2003年に全面改修が終わっているので最近できたような美しさです。
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ドームの周りにはロッツ・カーロイの華やかなモザイクや彫刻で覆われています。大聖堂は芸術作品が非常に豊富で、正面入口のホワイエにはカロリー・セニェイの聖イシュトヴァーンのレリーフやベルタラン・セーケリーとモールタンのモザイクを見る事も出来ました。
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ドームから射し込む光が非常に明るい印象を受け、ドームの中には主神を中心にタンブールの表面にはチャールズ・ロッツの手によるキリストと預言者と伝道者がフレスコ画で描かれています。
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聖イシュトヴァーンの生涯はエデ・マイヤーのブロンズのレリーフで表現され、ヨーゼフ・カウザーが設計した四柱式の祭壇には、アラホス・ストロブルの聖イシュトヴァーン像が飾られています。
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説教壇はヨゼフ・カウザーの作品で、ステンドガラスはミクサ・ロートによって造られ、教会のオルガンはペーチにあるヨーゼフ・アングスターの工場の作品です。室内装飾の塗装と金箔はロバート・ショルツによって行われました。
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父なる神と6枚の翼をもったセラフィム、そしてキリストとその周囲に大天使と十二使徒が明るく輝いています。
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聖レオポルドを描いたステンドグラスが見えました。レオポルト3世はバーベンベルク家のオーストリア辺境伯で、オーストリア辺境伯レオポルト2世の子としてメルクに生まれています。事績はあまり多く知られていない人物とされる一方で、貴賎や聖俗問わず声望は高かかったので後に列聖されてレオポルト聖伯とも呼ばれる人物で、ウィーンの守護聖人でもあります。
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これより中に入れないのが残念です。
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奥に聖イシュトヴァーンの右手のミイラが納められていますが、そこも入れませんでした。ハンガリー建国の父で初代国王であったイシュトヴァーン1世は、ハンガリーをキリスト教カトリックに導いたとして1083年に聖人となり、彼のミイラ化した右手は聖遺物として祀られています。
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イシュトヴァーン1世の遺体から失われていた右手はトランシルヴァニア地方で発券されますが、幾人もの商人や旅人達の手に渡りながらも最終的にオーストリアのマリア・テレジア女帝の命によってブダペストに返還されました。
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高校生たちが美術の授業で写生に来ていました。ただ見るのと絵を描くために注視するのとでは後に残る記憶が全く違います。1人旅をしていた頃は時間もあるのでスケッチしながら旅をしました。実際に描いたイタリアやギリシャの遺跡や教会は今でも鮮明にディティールまでよく覚えています。さすがに妻との2人旅になってからはスケッチも出来なくなりました。
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