2011/04/11 - 2011/04/16
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kojikojiさん
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ブダペスト到着の翌日は朝8時に宿泊しているケンピンスキーホテルを出ながら、隣のジェルボーでのんびり朝ごはんを摂っていたら「国会議事堂」の10時の英語のガイドツアーが満員になってしまいました。結果は次の回の正午のツアーに参加しました。お昼時と言う事もあって定員にはなっておらず、少人数で巨大で豪華な宮殿の様な議事堂の中にいると場違いな集団に思えました。ちょうどトルコから賓客が着ていたようで、ツアーの開始が10分ほど遅れました。ツアーが始まり模型で全体の説明を受けた後に細い通路から巨大なホールの階段室に出るとその豪華さに脅かされ、続くドームの空間の広さに驚かされ、中央に置かれた国宝の王冠に目を奪われ、談話室ではハンガリー国民の力を感じさせられました。最後の議事室で本当にこの国の国会議事堂は世界一美しいであろうと感じさせられました。残念ながらハンガリーの政治についての詳しい知識はありませんが、国民の心の奥底に流れるマジャール人の歴史は充分に感じ取る事が出来ました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 徒歩
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ブダペスト到着の翌日は朝一番で国家議事堂の見学に行きました。ここはガイドツアーでしか見学は出来ず、英語ツアーの開催は朝10時からでした。
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周辺はロープが張られているので勝手には入れず、ドナウ川に向かって右側のコーナーに係員のところに向かいました。見学に来た旨を伝えると中に入れてくれます。Xと書かれたプレートの扉の中でチケットを購入しますが、9時過ぎでは初回の10時の見学は満員になっていて、仕方ないので次の回の12時のツアーを予約しました。
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予定外の時間が出来てしまったので、国会議事堂の北側にあるアンティークショップがたくさんある通りを見て歩き、「国立民族博物館」の見学をしました。
国会議事堂を指差す銅像はコシュート・ラヨシュです。パリの二月革命に呼応して封建的特権や農奴制の廃止やウィーンからの独立を議会演説で主張し、多くのマジャル人の支持を集めます。1848年3月のペシュト蜂起は皇帝フェルディナントの譲歩を引き出し、コシュートも初代のハンガリー内閣のもとで財務大臣に就任し、近代的諸改革が実施されます。しかし革命の中心地であったフランスで六月蜂起が失敗に終わるなど各地の自由主義運動が衰退へ向かうと再びオーストリア政府は強硬策へ転じてハンガリーを圧迫しますが、1849年正式にハンガリーの独立を宣言します。ハプスブルク家のハンガリー王位を否定して、自らも執政官に就任した。軍勢の巻き返しにも成功し、ブダペシュトの奪回に成功する。 -
その後ハプスブルグ家の軍勢が押し寄せ、ロシア帝国がオーストリアを支持することにより、亡命を余儀なくされて最後はトリノで亡くなります。遺体はハンガリーに戻され、盛大な葬儀ののちにブダペストのケレペシ墓地に埋葬されています。
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時間前に国会議事堂に戻ると正面入口に赤い絨毯が敷かれています。何か申し訳ないなと思いましたが、トルコからの賓客のための物で、我々とは関係ありませんでした。トルコの一団が黒塗りの車に便乗してパトカーの先導で走り去ると絨毯は撤去されました。おかげでツアーのスタートが10分ほど遅れました。
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国会議事堂に入るセキュリティはほとんど空港と同じくらい厳重でした。全員が揃うまでツアーは出発しないのでここでしばらく待たされます。横には国会議事堂の模型が置かれていました。全員揃ったところでツアーは出発しましたが、お昼時で人数が少ないようで30人のツアーでした。ヨーロッパの英語ツアーの場合、イギリス英語を話されることが多くて聞き取りにくいのですが、ここのガイドさんの英語は分かりやすくて助かりました。
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最初に星通路を抜けて大ホールへの階段を上がりますが、この時点でその豪勢な内装と巨大な空間に圧倒されます。
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階段や廊下に敷かれた絨毯は全部を繋ぎ合わせると20キロの長さになるそうです。
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絨毯は大理石に貼り込まれているのではなく、1段ずつが真鍮のパイプでズレないように押さえてあります。
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1867年にハプスブルク帝国の支配下にあったハンガリー王国は協定により、オーストリア・ハンガリー帝国としてオーストリアから自治を獲得します。ハンガリー王国政府は1873年ブダとオーブダとペシュトの3地区を合併してブダペスト市を造りここを首都と定めます。
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7年後の1880年に国民議会は「国の独立を示す新しくて国を代表するような国会議事堂の建設」を決議し、コンペティションが公布されてシュタインドル・イムレに設計が任されることとなります。
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1885年に建設が始まり、1896年には建国1000年祭が開始されて1904年に国会議事堂は完成します。シュタインドルは完成を見ることなく、1902年に亡くなっています。国会議事堂の建設にはおよそ1000人が従事し、4000万個のレンガと50万の宝石と40kgの金が使われたそうです。
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更にハンガリー独自の建築様式も取り入れています。天井には照明は無く柱と豪勢なブロンズのスタンドが印象的です。
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建物長268メートル建物幅123メートル、内部には10の中庭と691の部屋があるそうです。建物の高さは96メートルで、「聖イシュトヴァーン大聖堂」とともに、ブダペストで最も高い建物です。この「96」という数字は1896年の建国1000年目と、アールパード朝初代の君主アールパードのパンノニア征服の年の896年にも因んでいます。
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ブダペスト市内にはこの96メートルの高さを越える建築物は立ててはいけない決まりがあるそうです。
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天井のフレスコはドイツ生まれの画家ロッツ・カーロイの作品です。カーロイの作品は先ほど見てきた「国立民族博物館(旧最高裁判所)」のエントランスホールの天井や「国立博物館」の階段の間や「オペラ座」で見る事が出来ます。
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設計者のシュタインドルはさまざまな建築様式を組み合わせましたが、全体的に極めて釣り合いのとれたデザインと感じられます。内装にはネオビザンチン様式が強く感じられ、大階段の吹き抜けはコリント式の柱で支えられています。
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この大階段の空間だけでも世界一美しいと言われる国会議事堂だと感じさせます。
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階段を昇りきった先には円形の壮麗な空間があります。ここは表から見える議事堂の中心にあるドームの真下に当たります。
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まるで大聖堂の堂内を想像させるような空間に息をのみます。ここにはハンガリーの歴代の王や16人の英雄の像が立ち、訪れる人々を上から見下ろしています。これらの彫像からは自信や誇りが感じられ、独立性を強めていたハンガリーの姿をよく表現しています。
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天井には何重にも重なった星型の意匠が見えます。数えてみるとこのドームは16角形になっているのだと分かります。
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中央にはシャンデリアが輝き、細かい天井の意匠は西洋と言うよりは東洋的な色使いが感じられます。
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教会堂であればゴシック様式の尖塔の下には聖人の像が並ぶところですが、美しく彩色が施された木像が見学者を見下ろしています。実際は為政者を見下ろして諭す姿なのだと思います。
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驚いたのはハプスブルグ家の女帝マリア・テレジアの像もあります。確かに彼女はハンガリー王女でもありました。オーストリアからの独立を考えると不思議に思えました。
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初代国王イシュトヴァーン1世の彫像もあります。イシュトヴァーン1世はマジャル人の大首長でハンガリー大公ゲーザの息子として、969年または975年に生まれています。985年にプラハの聖アダルバートから洗礼を受けてイシュトヴァーン(ドイツ語:シュテファン )の洗礼名を授けられます。997年に父ゲーザの死を受けて大首長となり、各地へ軍事遠征を行ってハンガリーの統一を進め、1000年12月25日にローマ教皇のシルウェステル2世から授かった冠を用いて、エステルゴムで戴冠式を行ない、正式にハンガリー王国が成立します。
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何とも不思議なドーム空間で、ビザンチンのフレスコなどを見て思う東洋的な感覚とは違った、西洋的ではない何かを感じます。
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この先には議場があり、その間には議員たちの談話室があります。談話室の円形のソファがドームの部屋からも見えました。
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ホールには「王笏」「宝珠」「王冠」といったハンガリー王の宝器があります。この王冠が最初のハンガリー王であるイシュトヴァーン1世が戴いたものと言われています。
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王冠の上部は1000年に行われたイシュトヴァーン1世の戴冠式のため、教皇シルウェステル2世が授与したもので、王冠の下部は11世紀のビザンチン様式と考えられています。最後の王カール4世が退位する1948年まで、代々の王によって受け継がれてきました。
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傾いた王冠の十字架は可愛らしささえ感じられるのですが、最初は真っすぐだったものが、17世紀ごろから曲がったような形になってしまったとのことです。王冠をしまう鉄の箱に入れる際にきちんと仕舞わないまま蓋を閉めてしまったせいだと考えられています。
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それ以外にも上部の十字が曲がっているのは政争で曲がったしまったという逸話や、最初にローマから運んでくる途中に曲がってしまったが、十字架を知らなかったイシュトヴァーン1世は到着を喜んでそのまま被ったという話が残っています。いずれにせよそれ以来十字架は曲がったままで、国章の王冠も曲がったままです。
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王冠はこれまで数多くの出来事をくぐり抜け、何度も盗難にあい、王冠を巡っていくつもの戦いが繰り広げられてきました。第2次世界大戦後はソ連の手に渡らないよう米国フォートノックスにある金塊保管所に収蔵されていました。これらの宝器がジミー・カーター米大統領によりハンガリーに返還されたのは1978年のことでした。
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その割には警備員もいなく、ロープパーテーションで仕切られただけの展示です。この当時は見学者も少なく、自由に見学して写真も撮れましたが、現在はそれもできなくなったようです。
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巨大なホールの周りには外廊下が設けられ、議事堂内の部屋へアクセスできるようになっています。その廊下もいくつもの仕切りが設けられています。防寒のための物なのか政党ごとの仕切りなのか…。
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個人的に一番落ち着いたのはこの廊下のインテリアかもしれません。これでも十分に豪華ですが、大階段とドームを見てきた後ではホッとします。
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この空間もいろいろな様式が折衷していますが、その色彩や金の使い方にこれまで見てきた西洋的な建築には無い美しさを感じます。
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大ホールと議場の間には長い談話室が設けられています。巨大な照明を組み合わせた円形のベンチが2台置かれています。
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建築当時上院と下院の2院制であったため議場も2つあり、談話室も2つあるのだそうです。見学ルートに入っているのは現在は使っていない方の談話室だと思いました。
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見学できるのは1つですが、談話室には合わせて200人のいろいろな職業の人々の彫像が置かれてあります。つまり議員はそれらの市井の人々の代表だということだと分かります。
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ガイドさんの説明でも「国を支えているのは様々な仕事に携わる一般市民で、議員はその代表であると言うことを忘れさせないため。」とのことでした。
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糸巻を持つ女性などどんな職業か分かりやすいものもあります。
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この旅の前が3月11日の東日本大震災があったときでした。国難とも言える状況下で当時の民主党政権や野党だった自民党の姿を見て来たばかりだったので、この国会議事堂の見学は重く感じました。その後自民党の時代に戻っても国会議員は国民のことをないがしろにしていると思えることばかりです。
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小学校の社会科見学で国会議事堂に行ったことがありますが、何の感動も感慨も無かったことを思い出しました。威圧的なだけで国会議員だけの建物に国民性など感じることはありませんでした。
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ハンガリーの国会や議員について知識はありませんが、日本も国民として誇りに思える素晴らしい国になってほしいと思います。
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働く女性の姿が多いのにも驚きました。男女平等に誇りを持った表情でたたずんでいます。
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猟犬を連れてホルンを持つ勢子(せこ)も1つの職業でしたが、現在では無くなってしまった職業も多いと思います。
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左手に鷹をとまらせ、右手に仕留めた鴨を持つ鷹匠も職業として残っていくのでしょうか。
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陶器職人の代表としてジョルナイ氏の像が見たかったのですが、もう1つの部屋だったのかもしれません。またこの彫像はジョルナイ工房が開発した焼成花崗岩で出来ているそうです。
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設計者のシュタインドル・イムレ自身も設計図を持って部屋のすみにいるそうです。
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この辺りの女性像を見ていて宮崎駿のアニメに出てくる脇役の女性キャラクターに似ているなと感じました。
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物語の登場人物としてそのキャラクターが生き生きとしていたのと、この議事堂の彫像が市井の人々のありのままの生活を写し取っていることに共通点を感じたからかもしれません。
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教会に安置されている像であればアトリビュートを見れば誰だか分ったりしますが、100年以上前のハンガリーの人々の職業は読み解く事が難しいです。
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これは分かりやすい大工の棟梁でしょうか。一人一人のキャラが強いので、それぞれモデルがいたのかもしれません。規模は違いますが、秦の始皇帝の兵馬俑の人形を思い出します。
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この女性の姿が宮崎駿のアニメのキャラクターに一番近いと感じました。
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この人は下を向いていますがどんな職業なのでしょうか?骸骨を持つのは医者かもしれません。
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鎌や鋤を持った農家の女性やハンマーを持った鍛冶屋など全部見ていきたかったのですが、見学時間は1時間ほどなので先に進まなければなりません。
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絨毯の色もこの部屋だけはブルーに変わります。ブルーは忠誠の色で、議員は一般庶民の赤い血ではなく青い血を持って仕事を行うという意味だそうです。また花を織り込んだこの絨毯は1枚で出来ているそうです。日本の議事堂の絨毯も群青色に変えたらよいのではないでしょうか。
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談話室から廊下を挟んだ先に議場があります。議長席と閣僚と議員の席が並んでいます。見学者はプレス席から見学することになりますが、その上階には市民の傍聴席があります。
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この国会議事堂を建てるときにハンガリー商業銀行の頭取で倹約家だった首相のティサ・カールマーンは「倹約は無用」と言い切ったそうです。なるほどと頷けるほど内装は豪華絢爛です。
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元々定数が386議席だったハンガリー議会ですが、定数削減を行い2014年から199議席になったそうです。日本も二院制でもよいのですが同じくらいに議員を削減できないものでしょうか。与党に文句だけしか言えない野党なんていらない気がします。
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議席はセントラルヒーティングになっていて、足元から冬は暖房、夏は冷房と議員が眠くならない温度が保たれるそうです。日本の議席も同じようにならないのでしょうか?テレビの国会中継で寝ている議員を見るだけで不愉快な気持ちになります。
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議長席の後ろには聖イシュトヴァーンの王冠諸邦の国章が掲げられています。中央にはハンガリーの国章を置き、外側には左上から時計回りにクロアチア、トランシルヴァニア、フィウメ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、スラヴォニア・ダルマチアの国章が配置されています。
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今回の旅ではウィーンの国会議事堂の中の見学はしませんでしたが、外観を比べてみてもブダペストの国会議事堂のほうがはるかに豪華で荘厳な建物だと思いました。
悲願だった内政権を得たハンガリーの人々の気迫と執念を感じます。 -
朝から歩きっぱなしなので少々疲れました。廊下の椅子は座ることが出来るので議員になったつもりで記念写真を1枚。
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議場の見学が終るとガイドツアーも終わりになります。最後の木製の扉も彫刻と象嵌美しいデザインです。
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この後もいくつもの国で国会議事堂を見学させていただきましたが、ハンガリーを超える国はまだありません。
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非常に印象に残る体験ができた1時間の議事堂見学でした。この当時は当日にフラッと言って見学することが出来ましたが、現在は予約などが必要なようです。
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国会議事堂の前のコシュート・ラヨシュ広場では春の花の植え替えが行われていました。
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この後も1週間のブダペストの観光が続きます。
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