2011/04/11 - 2011/04/16
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kojikojiさん
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ブダペストの1週間の滞在中に2度「市民公園」と周辺の観光をしました。それくらい見どころの多いエリアですが、その1つに「ブダペスト動物園」があります。世界最古ともいえる「ブダペスト動物園」と「植物園」は150年近くの歴史を持ちます。最初の計画は1820年から30年代にさかのぼりますが、1848年から49年にかけてのハンガリー革命と続く独立戦争、そして抑圧の時代はハンガリーに動物園を設立するという計画は支持されませんでした。 動物園の計画は1866年に成立し、ハンガリー最初の動物園は同年8月9日に正午の鐘の音と共に門を開きました。 創設者には地質学者のヨゼフ・ザボー、国立博物館の館長であるイゴストン・クビニ、ブダペスト植物園の館長であるヨゼフ・ジェレンディ、そして最も重要なのは動物学者で民族学者でブダペスト動物園の初代館長であるヤノス・ザントゥスでした。動物園にはハンガリーにいる種に加えて、サルやキツネザル、オウムやラクダ、カンガルーなどの当時としては珍しい動物もいましたが、ライオンもトラも象もいませんでした。 最初のキリンは1868年のオープンから2年後に皇后エリザベートの要望もあり、フランツ・ヨーゼフ1世の持つ動物園からハンガリー動物園に寄付されました。1876年にはライオンとトラのいる厩舎がオープンし、象やカバやサイが後に加わります。そののちにハンガリー当局は動物園を収入源と見なし始め、税金を多く課すようになり、1896年の1000年祭の後で運営会社は倒産しました。しかし動物園の運営を中止することは無く、1907年にブダペスト市に運営は引き継がれました。さらに当時の市長の都市開発計画のおかげで予算も確保され、動物園が閉鎖された1909年から1912年の間に再建計画が行われました。 1912年5月20日に動物学者であるアドルフ・レンドルという新しい園長が再オープンさせましたが、この園長は再建の専門的な監理も担当していました。園内の歴史的建造物のほとんどはこの時期に建てられ、ヨーロッパで最も美しく近代的な動物園と言われました。しかし開発計画は第1次世界大戦とその後の一連の経済危機によって中断されました。1930年代にハーバート・ナドラーの監理下でいくつかの主要な改良が行われましたが、動物園は第2次世界大戦でほぼ完全に破壊されました。ブダペストの包囲のちに園内の動物2000頭で生き残った動物が15頭だけで、残った動物舎はありませんでした。動物園は1945年5月1日に数十頭の動物と老朽化した建物で再開されました。戦争による被害は段階的に回復し、1950年代と1960年代には大きな近代化と発展がありました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 徒歩
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ブダペストの1週間の滞在中に2度「市民公園」と周辺の観光をしました。それくらい見どころの多いエリアですが、その1つに「ブダペスト動物園」があります。世界最古ともいえる「ブダペスト動物園」と「植物園」は150年近くの歴史を持ちます。
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最初の計画は1820年から30年代にさかのぼりますが、1848年から49年にかけてのハンガリー革命と続く独立戦争、そして抑圧の時代はハンガリーに動物園を設立するという計画は支持されませんでした。
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動物園の計画は1866年に成立し、ハンガリー最初の動物園は同年8月9日に正午の鐘の音と共に門を開きました。 創設者には地質学者のヨゼフ・ザボー、国立博物館の館長であるイゴストン・クビニ、ブダペスト植物園の館長であるヨゼフ・ジェレンディ、そして最も重要なのは動物学者で民族学者でブダペスト動物園の初代館長であるヤノス・ザントゥスでした。
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動物園にはハンガリーにいる種に加えて、サルやキツネザル、オウムやラクダ、カンガルーなどの当時としては珍しい動物もいましたが、ライオンもトラも象もいませんでした。 最初のキリンは1868年のオープンから2年後に皇后エリザベートの要望もあり、フランツ・ヨーゼフ1世の持つの動物園からハンガリー動物園に寄付されました。
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1876年にはライオンとトラのいる厩舎がオープンし、象やカバやサイが後に加わります。そののちにハンガリー当局は動物園を収入源と見なし始め、税金を多く課すようになり、1896年の1000年祭の後で運営会社は倒産しました。
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しかし動物園の運営を中止することは無く、1907年にブダペスト市に運営は引き継がれました。さらに当時の市長の都市開発計画のおかげで予算も確保され、動物園が閉鎖された1909年から1912年の間に再建計画が行われました。
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1912年5月20日に動物学者であるアドルフ・レンドルという新しい園長が再オープンさせましたが、この園長は再建の専門的な監理も担当していました。園内の歴史的建造物のほとんどはこの時期に建てられ、ヨーロッパで最も美しく近代的な動物園と言われました。
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しかし開発計画は第1次世界大戦とその後の一連の経済危機によって中断されました。1930年代にハーバート・ナドラーの監理下でいくつかの主要な改良が行われましたが、動物園は第2次世界大戦でほぼ完全に破壊されました。ブダペストの包囲のちに園内の動物2000頭で生き残った動物が15頭だけで、残った動物舎はありませんでした。動物園は1945年5月1日に数十頭の動物と老朽化した建物で再開されました。
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1912年のオープン時の建築は学業を終えたばかりのコーシュ・カーロイとズルメツキ・デジューに依頼されました。彼らはヨーロッパの近代的な動物園をくまなく調査し、個性的な建築構想を具現化しました。残念ながらその建築複合体は現在はほとんど残されていません。
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ただ一つ残されているのはノイシュロス・クヌシュリ・コルネールの設計による動物園正門と象のパビリオンなど一部だけのようです。正門から反時計回りに園内を歩いてみることにします。
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最初のパビリオンの入口の扉のハンドルはこんなデザインでした。ここは霊長類のパビリオンで、2008年に新しく直されたようで、内部はとてもきれいです。
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中にはゴリラの家族がいました。
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子供のゴリラは一人で遊んでいます。
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巨大なオスがガラス1枚向こう側にいると思うと興奮します。
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オスゴリラの動きは固定化されているようで、動きも人間に似ているのでかわいそうな気もします。
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このゴリラたちはアフリカの森を知っているのでしょうか?
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赤ちゃんゴリラは少し目を離すと全く違う場所にいます。気が付いたらじっとこちらを見ていました。
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この子にシッカロールの白い粉を叩いたら下の弟に似ているなと思いました。もう45年も前のことですが、妹が欲しかったのにまた弟が出来てがっかりしたことまで思い出しました。
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大人たちは退屈で暇を持て余しているようです。面白いポーズを取ってくれました。
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子供はひょこひょこ歩きで母親の所に行きますが相手にしてもらえません。
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そんな事にはめげずに1人で遊んでいます。
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次の建物はシマウマのパビリオンです。先日見学してきたカルヴァン派教会のような造りです。ハンガリーのほかフィンランドやイギリスのナショナル・ロマンティシズムの影響も感じられます。そしてレヒネル・エデンのお菓子の家のような、竈の焚口のようなファサードが印象的です。
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塔の形や腰壁の石組がフィンランド建築の影響を感じます。白い建物なので曇った空はちょっと残念です。
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併設された運動場ではシマウマが遊んでいました。
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普通の動物園ではアフリカのサバンナ風の展示を考えそうですが、トランシルヴァニアの農家のような雰囲気を感じてしまいます。
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各パビリオンへの分かれ道にはこんな銅像が置かれてあるので次にどんな動物がいるのかがすぐに分かります。
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見えてきたのが象のパビリオンです。特徴的な青いドームを持った不思議なデザインです。この建物を見るためにこの動物園に来たと言っても過言ではありません。
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ここにミナレット(尖塔)が建っていたら完全にイスラム教のモスクのようです。
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ノイシュロス・クヌシュリ・コルネールはチューリッヒ工科大学で建築学の学位を取得し、後にブダペスト大学で人文科学と美術史の博士号を取得しました。ジュラ・パスタイナーに師事し、パリに移ってからはネオゴシック様式のデザイナーのエミール・ボスウィルヴァルトの事務所で働き、フランスの城の修復にも携わっていました。 1893年からはペスト・ピリス・ソルト・キスクン郡の国家建築事務所で国家に雇用され、1897年には自分の事務所を開設しました。
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第1次世界大戦後にルドビカ・アカデミーで構造工学の教師を務め、 1924年以降はラホス・ギネスと共同事務所を構え考古学者としても活躍しました。ハンガリー建築家協会の会長やブダペスト救助協会の理事、そして改革派教区の主任も務めました。
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ファサードの上部にはジョルナイ工房で造られた巨大な緑色の象のレリーフが掲げられてあります。その下には開口部の縁取りとして同じくジョルナイ工房のタイルが嵌め込まれてあります。
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このパビリオンは象とカバが住んでいますが、トリケラトプス同士の戦いやサイとエンジンの戦いの場面が見えます。
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玉虫色の釉薬はエオシン釉と呼ばれるジョルナイ独特のもので、名前の由来はギリシャ語で「暁」という意味にあたるエオシンと名付けられています。
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このファサードを見ていたら、ドンドコドコドコとドラムの音が頭に浮かんできました。サイやカバの頭部は映画の「ジュマンジ」の駒に似ていると思いました。
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この象舎が出来た年に動物園の横にハンガリー有数の高級レストランの「グンデル」が開業しました。それにちなんでグンデルのマークは象なのだそうです。レストランの床のカーペットのデザインも象でした。
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何度見ても「ジュマンジ」が思い出されます。
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入口の扉の押手のデザインが素晴らしいです。木工と真鍮のプレートのデザインも同じになっています。ガラスには先ほど見学したパビリオンが写り込んでいます。
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この建物自体も第2次世界大戦で被害を受けているので、どこまでがオリジナルか分かりませんが、図面などは残っていたであろうから忠実に再現しているのかもしれません。
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象舎の中にはヒンズー教の神であるガネーシャの像が鎮座していました。これはどう考えても建設当時のものではないと思います。
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このガネーシャは新しいもののようですが、周辺は建築時のデザインのままです。
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入口を入ったホールがドームの真下に当たります。防寒のためだと思われますが、風除室が設けられ2重扉になっています。外部はシンプルなデザインでしたが、内側は重厚なピログラニット及ばれる陶器で組み合わされた造形です。
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これらのピログラニットもジョルナイ工房の得意とする製品です。
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壁のエオシン釉の鈍い輝きと開口部の縁取りのタイルの美しさに息をのみます。
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エオシン釉から一度シンプルなオレンジ色に変わる天井ドームの色遣いが何とも言えません。そしてその内側には円形が方形に変わっていく、バザルリーを思い出させるようなグラフィックデザインが施されています。中央に吊られたシャンデリアはウィーン分離派の影響を感じます。
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平日の午後ですが地元の家族連れの姿もぽつぽつ見受けられました。やっぱり動物園は家族連れがに会います。
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ドームのホールの隣には象の檻があり不思議な感じがします。こんな豪華な空間に動物がいるのですから。
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強化ガラスは後から設けられたのだと思いますが、鉄柵はつまらなくて見通しの悪い子薄でないのが好感をもてます。
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象はどこの国でも子供たちの人気者のようです。
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この数年後にタイ北部の山の中で何度も象に乗り、スリランカへ野生の象を探しにも行きました。結婚前も後も妻と動物園に行ったのはこれが初めてでした。
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大きなドームに続く部屋はクリムトの描くデザインされた壁が広がっています。
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アクセントとなる疑似柱はジョルナイのピログラニットで出来ています。焼成されたタイルなので劣化はしないと思いますが、同じデザインで造り直されたような新しさがありました。
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アーチのレリーフはイスラム風の草花で構成されたデザインです。
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これはこの建物を出たところにある彫刻です。
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そう、このプールの住人はカバでした。象とカバは同じパビリオンで住んでいました。イスラム風の窓とトップライトの天井から太陽光線が入るので、かなり明るいです。
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セーチェニ温泉の有名な温泉プールは見られませんでしたがカバのプールを見る事は出来ました。なんて書くと悲しい話ですが。
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じつはこのカバのプールにはセーチェニ温泉からお湯と地熱が供給されていて、暖房と保温に使われています。
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象の厩舎は世界一美しいですが、同様にカバの厩舎も世界一美しいです。
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何故ここまでイスラム風のデザインにこだわったのでしょうか?アルハンブラ宮殿の鍾乳石飾りを思い出すような壁のニッチ(壁龕)です。
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象舎側に比べると少しシンプルなデザインです。
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置いてあった象舎の模型を見ると全体のデザインが俯瞰できます。横に置かれたキャプションを見るとここへ来た1年前の2010年に修復されたばかりのようです。
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動物園の正面入り口とこの象舎を見る事が出来たので、ほぼ目的は達成されていますが、せっかくなので妻との動物園デートを続けることにしました。何しろ最初で最後の動物園ですから。
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建物を出ようと思っても細かい扉や腰壁のデザインに目が留まってしまいます。
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正面入り口とほぼ同じデザインの石のゲートがありました。この辺りのデザインの木部と石のゲートの組み合わせはフィンランドのヘルシンキにあるポホヨラ(Pohjola)という火災保険会社のビルを設計した建築家サーリネン(Gesellius Lindgren Saarinen)に通じるものがあります。
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ブダペストを旅する前にいろいろな本を読んでハンガリーの世紀末の建築について学び、宗教上の共通点から建築様式にも影響があるとは知りましたが、実際に両方を見てみないと分からないものがあるのだと思いました。
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宗教上の共通性は2つの国共にクリスチャンに続いてカルヴァン派の信徒が多いということだそうです。
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円形の小窓の庇にもジョルナイのエオシン釉が美しい装飾タイルが貼られています。
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出入り口の扉やこの辺の庇のデザインは、トランシルヴァニアの建築家と思いましたが、ヘルシンキで見た建築にもよく似ています。
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象舎からだとイスラム風のドームですが、カバ舎側の塔はミナレットには似ていませんでした。庇の形と楕円の建物はトランシルヴァニアのブコヴィナ地方の「5つの修道院」のヴォロネツ修道院などと共通点を感じました。塔の上部の造りも同じ由来のように思えます。
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スペード形の窓の意匠も面白いです。上部の明り取り窓は完全に円形です。
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ラジエターグリルのような窓のフレームも美しいタイルが嵌め込まれています。
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ドームのタイルはもちろんジョルナイ工房の屋根タイルです。ウィーンの聖シュテファン大聖堂の屋根瓦も同じです。
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ハンガリーの国の盛衰と版図を考えるとクロアチアも含まれたことがあるので、ザグレブの聖マルコ教会の屋根瓦もそうではないかと思いました。帰国後に調べてみると19世紀にジョルナイ工房で造られたものでした。
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象舎に併設された象の運動場です。
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器用にオレンジを持って散歩中です。
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アフリカのゾーンを示すトーテムのようなものもありました。子供の頃に行った狭山のユネスコ村か横浜や奈良にあったドリームランドを思い出します。
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フラミンゴは池の中にいるのかと思ったら普通の地べたでした。フラミンゴの存在を初めて知ったのはテレビで見た「ジャングル大帝」のアニメのオープニングだったのだろうかと思いました。
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シロサイをSquare-lipped Rhinoceros(四角唇のサイ)と呼びますが、白くないのに白サイと呼ぶのは、口の幅が広いことからオランダ語の「Wijde」、英語で「Wide」と言っていたのが、英語の「White」に聞き間違えられたことからシロサイと呼ばれるようになったそうです。サイの種類の5種の中では最大でオスは2000kgをゆうに超えるそうです。
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アフリカ館というと昔豊島園にあったアフリカ館を思い出します。現在はトリザラスになっている場所にあったのですが、その豊島園自体が閉園して「ハリー・ポッター」のテーマパークになるそうです。
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アフリカの雰囲気が強いですがオーストラリアの爬虫類や両生類も充実していました。
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これは世界一巨大なゴキブリのヨロイモグラゴキブリではないでしょうか。
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おばあちゃんが孫を連れて遊びに来ていました。
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その視線の先にはガゼルの仲間がいました。
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草原を走り回るガゼルを飼うにはあまりにも狭い運動場です。
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その中央には円形のキリンのゲージがありました。
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首を振りながらキリンが歩いていますが、こちらも夕方なので表に出してもらえないようです。頭の位置に干し草が用意されています。
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我々を見つけるとキリンは思いっきり顔を近づけてきます。首の細さに対して大きな頭です。
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円形のキリン舎の天井ドームはハニカムのような構造で強度を支えているようです。
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最後にキリンを見たのは何十年前なのか思い出せませんが、何とも言えない不思議な関節の動きで歩いています。
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妻と2人で動物園に来たのは結婚前も含めて初めてのことでした。2人共パンダを肉眼で見たことも無いので、いつか四川省までパンダを見に行こうと新たな約束もしました。
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左側の円形の建物がキリン舎で、その横には有蹄類の厩舎が並び、手内には広い運動スペースがあります。
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これを見て妻は建物から離れて行きましたので、蛇のパビリオンは1人で見学しました。
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何故かインドネシアのバリ島のバロンの仮面が飾られています。きっと誰かがバリ島で仕入れてきたのでしょう。象舎のガネーシャも同じ時に買ってきたのかもしれません。
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かなり大きなガラスケースにニシキヘビがとぐろを巻いていました。それぞれ暖房設備があるようで、暖かい場所で休んでいるようです。
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コモドドラゴンも電熱線の下で暖を取っています。
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コブラの1種でしょうか?何とも言えない光沢をしています。
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毒ヘビに関しては東ヨーロッパで最大の展示がされているそうです。ハンガリーで最も危険な種や最も絶滅の危機に瀕している脊椎動物まで、希少で非常に毒の少ないダヌビア草原の毒蛇まで網羅されています。
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子供の頃家族で軽井沢から浅間山を旅していて、下山途中に弟と一緒に蛇を捕まえた事がありました。キャラメルコーンの袋に入れて遊んでいました。バスに乗って小諸まで戻って懐古園の中を散策中にその蛇に噛まれてしまいました。
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蛇に噛まれたなんて父に行ったら叱られるので黙っていましたが、みるみる指が腫れあがってきます。仕方ないので父に話していると、通りがかった方が「それマムシですよ。」と教えてくれて大騒ぎになりました。懐古園の方に救急車を呼んでもらいすぐに手術になりました。
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噛まれてだいぶ時間が経っていたので麻酔が効くまで待てずにメスで指を何か所も切ったそうです。何日かの入院で済みましたが、山中で噛まれていたら間に合わなかっただろうし、通りがかった方がマムシと教えてくれなかったらそのまま東京に帰っていただろうし、小諸だったので血清もあったのだと思います。
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後年父は信濃日報に事の経緯を書いて、懐古園でマムシだと教えてくれた方を探しました。すると覚えていてくれた方が連絡がついて、小諸まで出向いてお礼することができました。
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毒蛇を見るとその時の事を思い出します。
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最後に並んでいた蛇の骨格標本は、アントニオ・ガウディがカサ・ミラの最上階の天井を支えるアーチを設計する際にインスピレーションを得たことを思い出させました。
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パビリオンの中には歴代の研究者の写真と研究室も見る事が出来ました。
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巨大なクマも強化ガラス1枚隔てた向こうを悠々と歩いています。ハンガリーに熊はいないそうですが、バルカン半島の森林には生息しているそうです。
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園内用に貸し出されるベビーカーはこんな台車でした。先日スーパーで見た買い物籠にも似ています。
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虎の運動場は仕切りがガラス張りになっているのでちょっと怖い気がします。面白いのはレンジャー用のジープがガラスの仕切りの中に半分食い込んでいます。
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虎は夜行性なので昼間はお昼寝でしょうか。
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1頭が歩き回っていますが、ライオンよりカッコいいです。
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ガラス1枚で仕切られただけなので、ちょっとドキドキします。
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子供2人乗っても楽々動かせるので扱いやすそうですし、子供にとっても楽しそうです。
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豹にもいくつもの種類がりますが、この動物園で買われているのはペルシャヒョウです。
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2007年に3頭の赤ちゃんが生まれているのでベラ(Bella)かバラ(Bara)かバハール(Bahar)のいずれかで4歳になっています。
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足の太さが何とも愛らしいです。大きな肉球で音を消して獲物にchかづくのではないでしょうか。
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アフリカン動物と言えばハイエナも忘れられません。ハイエナにあまり良い印象が無いのは「ジャングル大帝」のイメージのせいかもしれません。
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上野動物園でも展示している動物の種類は400種だそうですが、この動物園は単純に数の比較でいえば866種もあるそうです。
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平日の夕方は訪れる人も少なく貸切のように散策出来ますが、あまりに少なすぎるのでちょっと寂しい感じもします。ここまで来るのに親子連れ2組くらいしか出会っていません。
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手を洗っていたら上からライオンに襲われそうです。
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ライオンのゲージには数頭が飼われていますが、自然界の通りにオスライオンは狩りもしないのでじっと昼寝しています。
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メスライオンはずっと歩き続けていますが、虎や豹の方がかっこいいと思えました。
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ここには大きなプールがありアシカを見る事が出来ます。
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アシカのプールにだけ人が集中していて、ほぼ園内のお客の全員がいたと言っても過言ではないでしょう。園内の放送で集まったのでしょうが、我々はハンガリー語は分からないので偶然出くわしたわけです。
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プールの左右に係員がいて、ショーを見せてくれます。
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2000年代になったデジタルカメラの性能が進歩して、なおかつその場でちゃんと写っているか確認できるようになりましたが、フィルムカメラの頃は何度も悲しい思いをしたものです。
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1991年にイタリアを旅していた時に立ち寄ったリミニの海岸にあった水族館で、イルカのジャンプを数枚写真に撮ったのですが、2か月後にドキドキしながら現像したら全部ミスショットだったことを思い出しました。
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絵に描いたようなアシカの曲芸です。
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係員の投げたゴムボールもうまい具合に運んできます。
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たいへんよくできました。
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ご褒美にたくさんお魚を貰っていました。
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アシカのプールの奥は白熊のエリアです。
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白熊は芸をしないので観客はいません。雄のヴィタスかパートナーの雌のターニャという白熊です。ヴィスタは翌年亡くなってターニャも2013年に亡くなっています。
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アザラシの水槽は水中から動きが見えるので子供に大人気でした。
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狭いエリアで子供が大はしゃぎなので、声が反響してすごいことになっています。
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子供の動きに合わせてアザラシが動くので楽しそうです。一緒に台の上に昇りたかったけど大人げないのでやめました。
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アザラシは自然界でも背泳ぎするのでしょうか。
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園内には大きな池があり、ハンガリーの伝統的な建物も再現されています。ドーム状の建物は植物園で、竣工時はエッフェルが設計したそうですがオリジナルかどうかまでは分かりません。
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このタランチュラの彫刻はかっこよかったです。銅製のミニチュアが売っていたらほしいところです。
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池のほとりには鯉の頭部があり、頭を入れて覗くと魚眼で見た風景が広がります。内陸国のハンガリーではパプリカで煮込んだ鯉などの魚のスープ「ハラースレー」が伝統料理です。
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ハンガリーの地方から移築された建物は池の周りにいくつも建っていました。ブダペスト郊外にはオープンエアーミュージアムがあるのでいつの機会かに行ってみたいと思います。
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かなり大掛かりな岩山や滝まで造られています。
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最後になって来るとこのベビーカーに妻が乗りたがって大変でした。
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ハンガリー国内のいろいろな地方の農家の建物の屋根の形が面白いです。日本でいう茅葺屋根のようですが、その分形をいろいろ造れるようで、日本人には無い発想だと思いました。
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池の畔にはアクアリューム(水族館)と温室があります。ブダペスト西駅と同じく温室の鉄骨建築はエッフェルによるものです。
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入り口の上はカフェレストランになっていますが、お客の姿は見えません。だいぶ時間も押してきたので先を急ぎます。
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エントランスの床のモザイクは星座かと思ったらエビやクラゲでした。
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建物の中もアール・ヌーヴォーのデザインでまとめられています。
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地理的なハンデもあって大型の海洋生物は運搬できないのか小型の魚が多かったです。
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入り口を入ると巨大なマグロがお出迎えです。
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この辺りのモザイクタイルもジョルナイのタイルが使われていると思います。アーチ部分尾モザイクはビザンチン様式のようでもあります。
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地下に降りると水族館らしい設えの水槽が並んでいますが、美しいモザイクがあしらわれています。
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海に囲まれた日本人にはちょっと物足りない水槽です。
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水族館は人気が無いのか、お客さんは誰もいません。動物園の規模に比べると小さい水族館です。
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ミノカサゴを見てもハンガリーの人は食べたいなんて思わないでしょうね。日本人だと唐揚げが頭に浮かんでしまいます。
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水族館の見学はあっという間に終わりました。
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水族館からは植物園へと建物が続いています。
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かなり背の高い温室があり、大きく育ったシンボルツリーもあります。この温室のオリジナルの設計はブダペスト西駅を設計したギュスターヴ・エッフェルと言われます。
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ウィーンのパルメンハウスとは規模も違いますが、何となく新宿御苑にあった温室の雰囲気を思い出します。現在工事中で新しい建物になるようですが、日本は古いものを壊し過ぎに思えます。
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日本だと保健所の問題で作れないでしょうが、温室の中のレストランなんて素敵だと思うのですが。
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植物園に併設して鳥の展示室もあります。
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真っ赤なショウジョウトキが飼われていました。名前の由来は赤い衣装を全身に纏った演者が舞い踊る能の演目「猩々(しょうじょう)」から来ています。体が赤くなるのは食べる餌に含まれる色素なのはフラミンゴと一緒です。
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この温室の中には恐竜もいるようです。足跡だけで姿は見えませんでしたが、他に見学者がいないのでちょっと不気味に感じます。
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サンショクキムネオオハシはメキシコからグアテマラ、コロンビアからベネズエラに分布している鳥だそうです。
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表に出ていて動かないので剥製かと思ったら、急に動き出したので驚きました。
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かなりのスペースを割いてラクダが飼われていました。
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トランシルバニア地方の農家が再現されていて中に入る事が出来ます。
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ここからはハンガリーの各地方の農家の厩舎のような展示が続きます。
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牛舎にはそのまま牛が繋がれています。働いている人間がいない不思議な感じがします。
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本当に良く出来ていると言うか、地方の農家をそのまま持って来たような感じです。
働いている人はお昼休みに行ってしまっただけのように見えます。 -
柵で囲まれた広場があり、梯子を登って自由に中に入れます。なるほど人間だけが出入りできるわけです。ところが、疲れた日本人2人には非常に昇り降りが難しかったです。
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中に入ると可愛らしい子ヤギがたくさんいました。ちょうど出産のピークだったのでしょう。しゃがんで写真を撮っていたらハーフコートの裾をハグハグ咬まれていました。
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ここではヤギや羊と触れ合えるエリアになっています。
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ところがヤギの大人と赤ちゃんが戦っていました。
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これは生まれながらの本能なのでしょうね。頭突きはヤギ同士でとるコミュニケーションの方法の1つといわれますが、頭蓋骨と頭蓋骨が当たる鈍い音がします。
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そしてたくさんの赤ちゃんたち。吉永小百合の「奈良の春日野」という歌を思い出しました。「俺たちひょうきん族」で明石家さんまが歌ったことから知りましたが、「♪奈良の春日野 青芝に 腰をおろせば 鹿のフン フンフンフフーン 黒豆や…」
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ここも黒豆がたくさん落ちているので気を付けないといけません。
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そしてまたゴツッと鈍い音をさせて雄ヤギと頭突きでご挨拶。
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夕方遅くなってきたので、詳しく建ても尾を見る事が出来なかったのが残念です。
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オーストラリアゾーンもあります。
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ウォンバットやワラビーなどが広場でニンジンを食べていました。
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子供がいたら1日遊んでいられると思います。大人2人はそろそろ出発の時間です。
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楽しい動物園デートでしたが動物園の池で時間調整して「グンデル」でディナーをとるというのも洒落ていると思いました。グンデルの食事はまた別の旅行記で紹介します。
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中欧3都市周遊の旅ブダペスト(7)ケンピンスキーホテル周辺のジェルボーとヴァーツィ通りのアールヌーヴォー建築...
2011/04/11~
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中欧3都市周遊の旅ブダペスト(8)カフェニューヨークで朝食を食べてからシナゴーグとアンドラーシ通りのアールヌ...
2011/04/11~
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中欧3都市周遊の旅ブダペスト(9)ハンガリー国立西洋美術館でエル・グレコのコレクションの質の高さに驚き、レン...
2011/04/11~
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中欧3都市周遊の旅ブダペスト(10)英雄広場で献花式を見てヴァイダフニャド城の農業博物館からセーチェニ温泉の...
2011/04/11~
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中欧3都市周遊の旅ブダペスト(11)妻と初めての動物園デートはハンガリー世紀末の美しい建築巡りだった。
2011/04/11~
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中欧3都市周遊の旅ブダペスト(12)レヒネル・エデンの設計したお菓子の家のようなシペキ邸(盲人協会)の美しさ...
2011/04/11~
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中欧3都市周遊の旅ブダペスト(13)レヒネル・エデンの設計した地質学研究所と工芸美術館にハンガリーのアールヌ...
2011/04/11~
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中欧3都市周遊の旅ブダペスト(14)中央市場でフォアグラとトカイワインを買い求め、自由橋を渡ってゲッレールト...
2011/04/11~
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中欧3都市周遊の旅ブダペスト(15)世界一美しい廃墟だったパーリジ・ウドヴァルは「裏切りのサーカス」の後にホ...
2011/04/11~
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中欧3都市周遊の旅ブダペスト(16)聖イシュトヴァーン大聖堂に参拝して、3都市の旅の無事を感謝し祈りをささげ...
2011/04/11~
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中央3都市周遊の旅ブダペスト(17)旅の締めくくりは少しおしゃれをして夜景の美しいドナウ川のディナークルーズ...
2011/04/11~
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中欧3都市周遊の旅ブダペスト(19)ハンガリーのNo,1レストランであるグンデルと隣接する姉妹店のバゴイヴァ...
2011/04/11~
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中欧3都市周遊の旅ブダペスト(18)フォーシーズンホテルのグレシャムパレスのバーでくつろぐもその安さに驚く。
2011/04/11~
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