2011/04/11 - 2011/04/16
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kojikojiさん
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ブダペストの市内地図を見ていた妻が市民公園の東側にある「シペキ邸」に行くのに一番簡単な方法を探してくれました。「聖イシュトヴァーン大聖堂」の北側からトロリーバスの72番に乗れば西駅から市民公園の中を通り抜けて目的地まで到着出来ました。だんだん街歩きが慣れてきた頃にはもう旅も終りになってしまいます。「シペキ邸」はレヒネル・エデンが設計したユダヤ人のシペキ・バラージュ博士の邸宅です。何とも言えない優雅なアール・ヌーヴォーの建築ですが、現在は盲人協会として使われています。普通で考えれば見学など出来ないように思えますが、恐る恐る入り口の扉の窓から覗いてみると受付のお兄さんは入っておいでと手招きしてくれました。挨拶だけすると後は自由に見学させてもらえますが、さすがに扉の閉まった部屋までは入れないと思いますので、1階のテラスルームとエントランスホール、階段廻りと2階の廊下までが見学できる範囲です。帰りにマントルピースの上にあった募金箱に1,000円くらいのお金を寄付してきました。
シペキ・バラージュ博士は建築家のレヒネル・エデンに「市民公園」に建設される邸宅の設計を委託しました。レヒネル・エデンはハンガリーの正式な建築様式を目指して努力し、民芸と自然に目を向けてアール・ヌーヴァー様式による革命を始めました。シペキのための建物は彼の最も美しいアールヌーボーの作品と考えられています。この建物では表面を覆う漆喰と装飾要素が初めて登場します。建築主のシペキは1863年にペストで生まれ、裕福なブラチスラバの地主の息子で才能も有ったので法律の学位を取得しました。彼は1917年までザラ群の知事で、その後司法省で弁護士として働きました。彼は後に慈善団体でも働き、盲人協会の会長でもありました。彼は1944年にバラトンフュレドで亡くなりました。彼の妻のユージニア・デゲンは1944年のブダペスト包囲の前に亡くなっています。シペキ夫婦はブダペストのケレペシウト墓地に埋葬されています。彼らには子供がいませんでしたので遺言により邸宅はブダペスト盲人協会に引き渡されました。
シペキ博士はレヒネル・エデンと共にこの別荘の計画を進め、建物が完成したのは1905年5月1日でした。それ以来は毎年この別荘から夏のシーズンが始まりました。夏には重要な文化的イベントがあり、室内楽コンサートや演劇などが開催されました。この時代の有名なミュージシャンや歌手や俳優がゲストとして出演することがよくありました。かつての別荘には広大な土地があり、ハンガリア大通りまで到達し、美しいマロニエと紫のアカシアの木や手入れの行き届いた庭園や遊歩道を囲んでいました。ヘルミナ通りからは素晴らしく美しい庭園から石畳の道を通って建物に入ることができました。ヴィラの1階にはシペキ氏の寝室があり、隣には妻の部屋がありました。夫婦が収蔵する図書室や多くの貴重な絵画の部屋もあったようです。ホールや部屋には高価な家具や調度品がありました。家の道具などは第2次世界大戦でほとんど破壊されました。また残ったものも戦後のどさくさで散逸してしまいました。戦時中に建物の裏側はほぼ完全に破壊されましたが、別荘の1階の残りの部分と2階にトイレとサービスルームがありました。1階の中央の部屋にはダイニングルームがあり、ホールにはベーゼンドルファーのピアノが置かれ、それは戦後彼の盲学校に移されました。家の地下にはキッチンなどの部屋があり、住み込みのスタッフルームもここにありました。シペキ邸は1947年にブダペスト盲人協会の手に渡り、建物は元の形に復元されています。建物のファサードは1973年に側溝と屋根雨漏りやひび割れが生じたため修復工事が行われました。さらなる修復は2014年にも行われブロンズのシャンデリアや壁の絵画、ホールの階段の絵画はMVGYOSZの寄付者の支援を受けて2015年に改修されています。2018年の100周年にあたり、人事省は建物の屋根構造や雨どい、外部の漆喰とドアと窓の改修に対して150,000,000 HUFの助成金を授与し、修復作業は2019年に開始されています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 徒歩
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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聖イシュトヴァーン大聖堂の北側のトロリーバス乗り場から72番のバスで「市民公園」の先まで行くことが出来ました。3数間の旅で疲れ切った妻は、極力歩きたくないのでバスの路線図が載った地図を眺めてこの72番のバスを見つけ出しました。
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バスを降りた「市民公園」には「ブダペスト交通博物館」がありました。中に入るつもりはありませんが、ちょっと興味はあったので覗いてみます。残念ながらこの博物館は現在は解体されてしまっているようです。
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1896年にブダペストで開催された建国1000年祭の輸送関連のパビリオンとしてスタートして、1899年に鉄道運送などの展示されたコレクションに基づき「ハンガリー王立交通博物館」として開館しています。
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隣には東欧を感じさせるデザインのディーゼル機関車が鎮座しています。こちらはノルウェー&アメリカ製のM61型ディーゼル機関車で1960年代に登場した大型機です。
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M61ディーゼル機関車は愛称NOHAB(ノハブ)と呼ばれ、旅客や貨物運搬では退いていますが、工事現場への運搬ではまだ現役だそうです。
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ブダペストの博物館はどこも面白かったので交通博物館にも入ってみたくなりましたが、時間があまりないのと妻が怒りそうなので先を急ぎます。
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ここまで乗ってきたトロリーバスだけで我慢することにします。
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イチオシ
バス道を少し戻ると目的のシペキ邸があります。周辺も敷地の広い緑豊かな邸宅が並んでいます。建築当時は別荘地として開発されたエリアです。
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シペキ・バラージュ博士は建築家のレヒネル・エデンに「市民公園」に建設される別荘の設計を委託しました。レヒネル・エデンはハンガリーの正式な建築様式を目指して努力し、民芸と自然に目を向けてアール・ヌーヴァー様式による革命を始めました。シペキのための建物は彼の最も美しいアールヌーボーの作品と考えられています。この建物では表面を覆う漆喰と装飾要素が初めて登場します。
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建築主のシペキは1863年にペストで生まれ、裕福なブラチスラバの地主の息子で才能も有ったので法律の学位を取得しました。彼は1917年までザラ群の知事で、その後司法省で弁護士として働きました。彼は後に慈善団体でも働き、盲人協会の会長でもありました。
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シペキ博士はレヒネル・エデンと共にこの別荘の計画を進め、建物が完成したのは1905年5月1日でした。それ以来は毎年この別荘から夏のシーズンが始まりました。夏には重要な文化的イベントがあり、室内楽コンサートや演劇などが開催されました。この時代の有名なミュージシャンや歌手や俳優がゲストとして出演することがよくありました。
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かつての別荘には広大な土地があり、ハンガリア大通りまで到達し、美しいマロニエと紫のアカシアの木や手入れの行き届いた庭園や遊歩道を囲んでいました。ヘルミナ通りからは素晴らしく美しい庭園から石畳の道を通って建物に入ることができました。
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「フレグランスの庭」と書かれた看板とロクシタン社のロゴが見えました。2010年6月に開催された「盲人協会のためのフレグランスマジック」というタイトルのチャリティでした。看板に点字が設けられているのが盲人協会らしいですし、植栽のにおいであれば目が見えなくても分かるので、なるほどなと思えました。
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ゲートを潜って中庭から「シペキ邸」の外観をしばらく眺めてみます。煉瓦造りの構造に漆喰で外観を覆った建物で、左官による仕上げなので建物としての一体感というか角の無い柔らかさを感じます。
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まるでデコレーションケーキのように仕上げられた外観から「お菓子の家」と表現されるのだろうと感じました。
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この当時は「市民公園」の東側はブダペストの市内からは離れ、別荘地としての位置づけだったようです。計画は頓挫していますがバルセロナでいうグエル公園周辺のような感じでしょうか。
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立体的な漆喰仕上げはハンガリー国立民族博物館でも見た伝統工芸のフェルト衣装に用にも見えます。
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入口の左側には曲線の美しいベンチが設けられていました。ガウディの設計したグエル公園のベンチに例える方もいますが、同じガウディでもベリェスグアルド邸のタイルが貼られたベンチに似ています。同じように館の手前に設けられていたので、何かルールのようなものがあるのかもしれません。
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美しいキャノピーの入口は絵に描いたようなアール・ヌーヴォーのデザインです。100年前のままの姿が残っているとも思えないのですが、レヒネルのイメージスケッチにも描かれていたのでオリジナルのデザインです。
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優雅なフォルムの出窓は近未来的な印象も受けます。ギュスターヴ・エッフェルの設計したブダペスト西駅やジュラ・ロッホリッツとヤーノシュ・フェケテェハージの設計した東駅のトレイン・シェッドからインスピレーションを得ているのではないかと思いました。
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出窓は2重ガラスになっているので冬の防寒を考えた設計のようです。部分的に開閉も可能なようです。
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民族博物館や農業博物館などでハンガリーについての知識が積み重なるとデザインがどこから来ているのかが分かる様な気がします。中央のハート形は「郵便貯金局」のラジエターカバーのモチーフになっていたハートとスカラップと球体のようです。
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窓の外側にはシャッターが組み込まれていますが、この外壁を被せたような手法も郵便貯金局と同じです。
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建物に組み込まれた展望台のような東屋のような塔は屋根飾りから屋根瓦、雨樋までがジョルナイの陶器で出来ていて、雨樋を留める金物も花のようなデザインが施されています。漆喰仕上げの角や柱をバンド状に巻いたタイルもジョルナイの特注品でしょう。アーチはイスラム風の設えが感じられます。
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ドアを開けて中に入ってみるとここも防寒のためなのか2重扉の玄関ホールになっていました。
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現在は盲人教会の建物なのでいろいろな連絡事項や案内などが張られていますが優雅な窓は昔のままです。
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階段の踏み面は本物の大理石で、滑り止めの加工が施され、絨毯を留める真鍮の金物も残っています。壁面の一番下はジョルナイ工房のピログラニットという外装用のセラミックで、その上はエオシン釉のような虹色の仕上げが施されています。
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階段を上がった正面の扉から中を覗いてみると受付が見えました。受付の男性と目が合うと横を指差します。正面ではなく横の扉から入りなさいと受け取れたので中に入りました。
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内部を見学したい旨を伝えると「どうぞご自由に。」とにっこり笑って遣り掛けのクロスワードパズルに目を戻します。治安が良いと言われる日本から来た我々でも本当に良いの?と思えるほどのセキュリティです。
と言うことで迷惑にならないように見学させていただきます。先ほどのガラスドームの裏はサンルームになった部屋で、現在は会議室になっていました。 -
外部の出窓の曲線に合わせたアーチには角が無いので、外構が柔らかなグラデーションを見せてくれます。左手にはローマ時代の邸宅にあったような噴水装置のようなものがあります。
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ホールには優雅な暖炉が設えてありますが、これもピログラニットで出来ています。自然石には無い不思議な柔らかさが感じられます。2本の円柱の台座はエオシン釉が鈍く輝いています。青い局面も屋根瓦のようなタイルが貼られています。
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角が全くないデザインが非常に面白いです。
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この青いタイルも見る角度によって色がさまざまに変わります。ウィーンの聖シュテファン大聖堂の大屋根のタイルもこれと同じ工法で設置されています。
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入口と同じ大理石を使った優雅な階段は、郵便貯金局の階段とも同じ素材の石のようです。この家のホールに合わせた階段の勾配は通常よりもなだらかな感じがしました。
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左側に受付カウンターがあります。人が大勢いるような感じはしなかったので、あまり忙しくは無いのでしょう。
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シンプルなホールの中で意匠が施された暖炉はとても目立ちます。暖炉に火が入れられると暖炉自体が暖かくなったのではないでしょうか。
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暖かくなった暖炉の脇に座っていたら体全体が暖まって気持ちよさそうです。
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階段を昇って2階に上がってみます。壁には Horvath Attilaという方のレリーフがありましたが由来は分かりませんでした。
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階段から立ち上がる支柱はピログラニット製で、メダルのようなジョルナイのエオシンタイルが嵌め込まれています。プランターなど置かない方が良いのにと思いました。
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腰壁も漆喰仕上げの上にエオシン釉のような塗装を施したのでしょうか?動物園の象舎の壁を見た時も思いましたが、どのような工程で出来上がるのか分かりません。
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この階段にもシペキ夫婦の別荘だった時代には赤い絨毯が敷かれていたのだと思わせる真鍮の留め金具が残っていました。
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シンプルな階段に比べて手摺は重厚です。「郵便貯金局」や「地質学研究所」などの大きな建物の階段の手摺に準じた大きさなので、個人住宅にしては重たいイメージもあります。
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ホールをグルリと廻る優雅な階段と手摺です。
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階段から2階の手摺まで同じデザインが廻っています。
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この別荘では夜な夜なパーティーが開かれたということなので、このようなコーナーで歌手が歌を歌ったり、楽器を演奏したりしたのではないでしょうか。そんなことを想像してしまう優雅さがあります。
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踊り場から2階への階段はさらに緩やかになっている気がします。
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手摺の支柱に外光が当たるところでじっくり見てみます。
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ロマネスク教会の回廊の柱みたいですが、エオシン釉の不思議な輝きにはいろいろな種類があるのだと知りました。
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上の踊り場のニッチにはイムレ・ウンガルというハンガリーのピアニストの頭像がありました。一瞬何故と思いましたが、彼は3歳の時から盲目でした。彼はフランツ・リスト・アカデミーの学生時代にコンサートのキャリアを積み、フレデリック・ショパン・コンペティションで2位になっています。盲人協会ならではの頭像だと思えました。
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壁に組み込まれた絵画につては詳しくは分かりませんでした。
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ようやく2階のフロアまで上がってきました。階高があるとはいえ1フロアあがるのに何段の階段があるのだろうかと思ってしまいます。
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昇りきった所にベンチが置かれていましたが、これは後から設けられたもののように思えました。ただアール・ヌーヴォーの優雅なデザインで、古いものではあります。
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妻は2階まで上がってくるつもりは無さそうです。受付のおじさんはまだクロスワートパズルに集中しています。
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ホールには東側に1面しか窓がありませんが、不思議なくらいに明るいのが驚きでした。
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腰壁の不思議な仕上げを見ていたら上野の旧岩崎邸の彩色をほどこした金唐革紙の雰囲気を思い出しました。
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2階の廊下のニッチは消火器置き場になっていました。使い方を間違っていると思いますが、「世界一贅沢な消火器置き場かもしれない。」と思いました。
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さすがに閉まった扉を開けて中まで覗くことはしませんでした。
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シペキ邸の見学はここまでになります。
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受付のお兄さんにお礼を伝えます。
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暖炉の上に募金箱があったので2人で1,000円ほどの寄付をしてきました。
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「地質学研究所」や「工芸博物館」も素晴らしいですが、個人住宅という規模の建物では1番素晴らしい建物でした。後で知る事になりましたが、近くには同じ時代に建てられたアール・ヌーヴォー建物がたくさんあるようです。
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