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世界文化遺産の下鴨神社紹介の締め括りです。本殿には、右に賀茂別雷命(上賀茂神社祭神)の母の玉依姫命、左に玉依姫命の父の賀茂建角身命を祀るため、『賀茂御祖神社』と呼ばれます。

2010秋、下鴨神社(5/5):河合神社、神門、六社、鴨長明の方丈レプリカ、御白石、三井社

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2010/10/01 - 2010/10/01

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旅行記グループ 2010年秋、京都散策

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旅人のくまさん

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世界文化遺産の下鴨神社紹介の締め括りです。本殿には、右に賀茂別雷命(上賀茂神社祭神)の母の玉依姫命、左に玉依姫命の父の賀茂建角身命を祀るため、『賀茂御祖神社』と呼ばれます。

交通手段
高速・路線バス 新幹線
  • 表参道から右に折れ、西側方面に向かう河合神社がある方面に向かいました。その通りにあった赤い鳥居の光景です。

    表参道から右に折れ、西側方面に向かう河合神社がある方面に向かいました。その通りにあった赤い鳥居の光景です。

  • 下鴨神社の境内摂社の河合神社の正面入口の光景です。延喜式神名帳の式内社、名神大社(みょうじんたいしゃ)です。

    下鴨神社の境内摂社の河合神社の正面入口の光景です。延喜式神名帳の式内社、名神大社(みょうじんたいしゃ)です。

  • 同じく、苔生した檜皮葺の屋根を持つ、河合神社の正面入口の光景です。神門とも呼ばれているようです。

    同じく、苔生した檜皮葺の屋根を持つ、河合神社の正面入口の光景です。神門とも呼ばれているようです。

  • 『河合神社』の縁起が記された案内看板です。ご祭神は、神武天皇の母とされる『玉依姫命(たまよりひめのみこと)』です。方丈記で後世に名を残した鴨長明の父が、この神社の禰宜でした。

    『河合神社』の縁起が記された案内看板です。ご祭神は、神武天皇の母とされる『玉依姫命(たまよりひめのみこと)』です。方丈記で後世に名を残した鴨長明の父が、この神社の禰宜でした。

  • 下鴨神社の摂社では一番大きく、第一摂社と呼ばれている河合神社の神門の光景です。鴨の長明の随筆、『方丈記』の冒頭部分の紹介です。李白の『夫レ天地ハ万物ノ逆旅ニシテ、光陰ハ百代ノ過客ナリ』を下敷きにした芭蕉の『奥の細道』の冒頭部分とともに、青春時代に、『無常』を考えさせてくれた一節です。<br />『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。』<br />

    イチオシ

    下鴨神社の摂社では一番大きく、第一摂社と呼ばれている河合神社の神門の光景です。鴨の長明の随筆、『方丈記』の冒頭部分の紹介です。李白の『夫レ天地ハ万物ノ逆旅ニシテ、光陰ハ百代ノ過客ナリ』を下敷きにした芭蕉の『奥の細道』の冒頭部分とともに、青春時代に、『無常』を考えさせてくれた一節です。
    『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。』

  • 河合神社の神門の破風部分のズームアップ光景です。六角形の金具が、雪の結晶のようにも見えました。

    河合神社の神門の破風部分のズームアップ光景です。六角形の金具が、雪の結晶のようにも見えました。

  • 河合神社の境内側から眺めた神門の光景です。この写真には写っていませんが、通りを挟んだ南側には、『三塚社』とも呼ばれている、『三井社』があります。

    河合神社の境内側から眺めた神門の光景です。この写真には写っていませんが、通りを挟んだ南側には、『三塚社』とも呼ばれている、『三井社』があります。

  • 河合神社の前の参道の東端にある赤鳥居の光景です。鳥居の脇を通り抜けないよう赤い柵がありました。

    河合神社の前の参道の東端にある赤鳥居の光景です。鳥居の脇を通り抜けないよう赤い柵がありました。

  • 鴨長明(1155〜1216年)は、賀茂御祖神社の神事を統率する禰宜の鴨長継の次男として京都で生まれた、歌人で随筆家です。鴨長明は、50歳の時、すべての公職から身をひき大原に隠とんしました。その後、世の無常と人生のはかなさを随筆として著したのが『方丈記』です。

    鴨長明(1155〜1216年)は、賀茂御祖神社の神事を統率する禰宜の鴨長継の次男として京都で生まれた、歌人で随筆家です。鴨長明は、50歳の時、すべての公職から身をひき大原に隠とんしました。その後、世の無常と人生のはかなさを随筆として著したのが『方丈記』です。

  • 鴨長明とその住まいだった方丈についての説明看板があった建物です。移動に便利な組立式で、広さが一丈(約三メ−トル)四方であることから『方丈』の名があります。これは、そのレプリカです。『方丈』を覆う鞘の中に納まっていました。

    イチオシ

    鴨長明とその住まいだった方丈についての説明看板があった建物です。移動に便利な組立式で、広さが一丈(約三メ−トル)四方であることから『方丈』の名があります。これは、そのレプリカです。『方丈』を覆う鞘の中に納まっていました。

  • 河合神社の社務所の光景です。女性向けの河合神社の絵馬は、日本古来の柄鏡の形をしている珍しい『鏡絵馬』です。顔の描かれた表面は、自分の顔と見立てて、メイク道具で願いを込めて化粧します。

    河合神社の社務所の光景です。女性向けの河合神社の絵馬は、日本古来の柄鏡の形をしている珍しい『鏡絵馬』です。顔の描かれた表面は、自分の顔と見立てて、メイク道具で願いを込めて化粧します。

  • 『方丈記』は、鎌倉時代に鴨長明が著した随筆で、兼好法師とも呼ばれる吉田兼好(1283頃〜1352年頃)の(『徒然草』、清少納言(966頃〜1025年頃)の『枕草子』とあわせ、『日本三大随筆』とも呼ばれます。

    『方丈記』は、鎌倉時代に鴨長明が著した随筆で、兼好法師とも呼ばれる吉田兼好(1283頃〜1352年頃)の(『徒然草』、清少納言(966頃〜1025年頃)の『枕草子』とあわせ、『日本三大随筆』とも呼ばれます。

  • 河合神社の境内から眺めた赤鳥居の光景です。この鳥居は、神社の東南側に位置するものです。

    河合神社の境内から眺めた赤鳥居の光景です。この鳥居は、神社の東南側に位置するものです。

  • 日本古来の柄鏡の形をしている珍しい『鏡絵馬』が有名な河合神社ですから、お神籤の方は、あまり人気がないようでした。

    日本古来の柄鏡の形をしている珍しい『鏡絵馬』が有名な河合神社ですから、お神籤の方は、あまり人気がないようでした。

  • 『六社(むつのやしろ)』の光景です。『鴨社古図』には、河合神社の境内に別々に祀られていましたが、江戸時代の式年遷宮の時、各社が一棟となったようです。いずれも、衣食住の守護神です。

    『六社(むつのやしろ)』の光景です。『鴨社古図』には、河合神社の境内に別々に祀られていましたが、江戸時代の式年遷宮の時、各社が一棟となったようです。いずれも、衣食住の守護神です。

  • 高麗門のような造りの門の光景です。高麗門は、秀吉による文禄・慶長の役が行われた1592年から1598年の間に造られ始めた城門とされます。屋根を小振りにして、守備側の死角を減らす工夫が施された門です。

    高麗門のような造りの門の光景です。高麗門は、秀吉による文禄・慶長の役が行われた1592年から1598年の間に造られ始めた城門とされます。屋根を小振りにして、守備側の死角を減らす工夫が施された門です。

  • 高麗門のような造りの門のズームアップ光景です。江戸時代以降、城郭に限らず、神社仏閣や町の出入口などに多く用いられました。

    高麗門のような造りの門のズームアップ光景です。江戸時代以降、城郭に限らず、神社仏閣や町の出入口などに多く用いられました。

  • 自然石をくり抜いた手水谷の光景です。シンプルな造りの建屋の中に納まっていました。

    自然石をくり抜いた手水谷の光景です。シンプルな造りの建屋の中に納まっていました。

  • 正面出入口の先に見えていた吹き抜け構造の社殿です。大きくはありませんが、精緻な細工が施されていました。舞殿のようです。

    イチオシ

    正面出入口の先に見えていた吹き抜け構造の社殿です。大きくはありませんが、精緻な細工が施されていました。舞殿のようです。

  • 背後に控える鎮守の杜と、社殿の檜皮葺の屋根の光景です。

    背後に控える鎮守の杜と、社殿の檜皮葺の屋根の光景です。

  • 菊の御紋が入った提灯の光景です。皇室で使われる『菊の御紋』と呼ばれている、八重菊を図案化した『十六八重表菊』と同じデザインのようです。現在においては制限がないようですが、過去のしきたりに従い、この紋を使うのは伊勢神宮と両賀茂神社、八幡宮の一部だけのようです。

    菊の御紋が入った提灯の光景です。皇室で使われる『菊の御紋』と呼ばれている、八重菊を図案化した『十六八重表菊』と同じデザインのようです。現在においては制限がないようですが、過去のしきたりに従い、この紋を使うのは伊勢神宮と両賀茂神社、八幡宮の一部だけのようです。

  • 軒下から眺めた社殿の破風の光景です、下鴨神社の鬼瓦とよく似た鬼瓦が乗っていました。しかし細部のデザインは異なっていました。

    軒下から眺めた社殿の破風の光景です、下鴨神社の鬼瓦とよく似た鬼瓦が乗っていました。しかし細部のデザインは異なっていました。

  • 唐風の屋根を持った、河合神社本殿の拝殿の光景です。天安2年(858年)に明神大社に列した、由緒ある神社です。

    唐風の屋根を持った、河合神社本殿の拝殿の光景です。天安2年(858年)に明神大社に列した、由緒ある神社です。

  • 河合神社本殿の拝殿の唐風の屋根のズームアップ光景です。当初は下鴨神社の式年遷宮に合わせて、この神社もすべて社殿の造り替えが行われていましたが、現在の社殿は延宝7年(1679年)に式年遷宮の時に造替された社殿が修理されたものです。

    河合神社本殿の拝殿の唐風の屋根のズームアップ光景です。当初は下鴨神社の式年遷宮に合わせて、この神社もすべて社殿の造り替えが行われていましたが、現在の社殿は延宝7年(1679年)に式年遷宮の時に造替された社殿が修理されたものです。

  • 河合神社の拝殿に置かれている、『御白石(おしらいし)』と呼ばれる白い石です。『美麗の神様』と呼ばれ、女性の守護神として信仰を集める玉依姫命にあやかる石です。

    河合神社の拝殿に置かれている、『御白石(おしらいし)』と呼ばれる白い石です。『美麗の神様』と呼ばれ、女性の守護神として信仰を集める玉依姫命にあやかる石です。

  • 河合神社の拝殿の上部部分の装飾と、吊灯篭の光景です。吊灯篭には、フタバアオイ(二葉葵)の透かし彫がありました。

    河合神社の拝殿の上部部分の装飾と、吊灯篭の光景です。吊灯篭には、フタバアオイ(二葉葵)の透かし彫がありました。

  • 河合神社の南側に相対する神社、『三井社(みついしゃ)』の正面光景です。

    河合神社の南側に相対する神社、『三井社(みついしゃ)』の正面光景です。

  • 重要文化財に申請中らしい、『三井社(みついしゃ)』の説明立札です。中社、西社、東社それぞれのご祭神等が記されていました。

    重要文化財に申請中らしい、『三井社(みついしゃ)』の説明立札です。中社、西社、東社それぞれのご祭神等が記されていました。

  • 河合神社の白壁の光景です。石壁らしい上には、本瓦が乗った立派な造りです。

    河合神社の白壁の光景です。石壁らしい上には、本瓦が乗った立派な造りです。

  • これで、世界文化遺産の下鴨神社と糺の森などの紹介はおしまいです。最初に潜った東側の鳥居を潜って、表参道から帰途につきました。

    これで、世界文化遺産の下鴨神社と糺の森などの紹介はおしまいです。最初に潜った東側の鳥居を潜って、表参道から帰途につきました。

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