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17箇所の古都・京都の世界遺産の一つ、宇治上神社紹介の締め括りです。宇治上神社見学の後、直ぐ近くの宇治神社にも立寄りました。

2010秋、宇治上神社(4:完):11月20(4):宇治上神社、社務所、拝殿、宇治神社、桐原殿、参道の紅葉、アオサギ

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2010/11/20 - 2010/11/20

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旅行記グループ 2010年秋、京都散策

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旅人のくまさん

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17箇所の古都・京都の世界遺産の一つ、宇治上神社紹介の締め括りです。宇治上神社見学の後、直ぐ近くの宇治神社にも立寄りました。

交通手段
新幹線 JRローカル

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  • 本殿の見学を終わって、拝殿に戻っての撮影です。スノコの手摺りのアップです。

    本殿の見学を終わって、拝殿に戻っての撮影です。スノコの手摺りのアップです。

  • 蔀戸(しとみど)と呼ばれる、跳ね上げ式の戸のアップです。神殿建築は、貴族の館としても使用されました。

    蔀戸(しとみど)と呼ばれる、跳ね上げ式の戸のアップです。神殿建築は、貴族の館としても使用されました。

  • 拝殿のそゆ面付近の横から眺めた光景です。木の階段は、階(きざはし)と呼ばれています。

    イチオシ

    拝殿のそゆ面付近の横から眺めた光景です。木の階段は、階(きざはし)と呼ばれています。

  • 宇治上神社の境内光景です。質素な造りの社務所がありました。

    宇治上神社の境内光景です。質素な造りの社務所がありました。

  • 最初にも撮影した、立砂(たてずな)の光景です。上賀茂神社の案内では、祭神が最初に降臨した場所が円錐形の山であったため、その形をまねて盛り砂をするようになったとされます。それが時代を経て、辺りを清める印となったようです。

    最初にも撮影した、立砂(たてずな)の光景です。上賀茂神社の案内では、祭神が最初に降臨した場所が円錐形の山であったため、その形をまねて盛り砂をするようになったとされます。それが時代を経て、辺りを清める印となったようです。

  • 宇治上神社の境内の光景です。人形等が置かれた台がありました。神社のささやかな商売のようです。

    宇治上神社の境内の光景です。人形等が置かれた台がありました。神社のささやかな商売のようです。

  • 宇治上神社の正面出入口です。世界遺産とは思えない質素な造りです。

    宇治上神社の正面出入口です。世界遺産とは思えない質素な造りです。

  • これで、宇治上神社の見学はお終いです。これから観光する人達の姿と、紅白の着物を着た巫女さんの姿がありました。

    これで、宇治上神社の見学はお終いです。これから観光する人達の姿と、紅白の着物を着た巫女さんの姿がありました。

  • 巫女さん達は、そのまま宇治上神社に入って行かれました。その後ろ姿です。

    イチオシ

    巫女さん達は、そのまま宇治上神社に入って行かれました。その後ろ姿です。

  • 真赤に熟れた木の実の光景です。正面出入り口の横にありました。

    真赤に熟れた木の実の光景です。正面出入り口の横にありました。

  • 東海自然歩道の案内標識です。仏徳山まで1.2キロ、宇治神社鳥居までは200mの距離です。

    東海自然歩道の案内標識です。仏徳山まで1.2キロ、宇治神社鳥居までは200mの距離です。

  • 仏徳山方面の東海自然歩道の光景です。

    仏徳山方面の東海自然歩道の光景です。

  • 振り返って撮影した宇治上神社の光景です。山懐に抱かれた檜皮葺の屋根が見えます。

    振り返って撮影した宇治上神社の光景です。山懐に抱かれた檜皮葺の屋根が見えます。

  • 宇治上神社の赤い鳥居のアップです。消えかかった文字ですが、『雅宮』らしい文字があります。

    宇治上神社の赤い鳥居のアップです。消えかかった文字ですが、『雅宮』らしい文字があります。

  • 一重咲の白色の山茶花の花です。

    一重咲の白色の山茶花の花です。

  • 同じく、山茶花の花です。こちらはピンクの花です。

    同じく、山茶花の花です。こちらはピンクの花です。

  • 宇治神社の赤い鳥居です。宇治神社の祭神は、応神天皇の王子、菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)です。生年は分かりませんが、没年は壬申年(312年)です。異母兄の大鷦鷯尊(おおさざきのみこと:後の仁徳天皇)に皇位を譲るべく自殺したという話が伝わります。宇治十帖の八宮(はちのみや)のモデルとも言われています。

    宇治神社の赤い鳥居です。宇治神社の祭神は、応神天皇の王子、菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)です。生年は分かりませんが、没年は壬申年(312年)です。異母兄の大鷦鷯尊(おおさざきのみこと:後の仁徳天皇)に皇位を譲るべく自殺したという話が伝わります。宇治十帖の八宮(はちのみや)のモデルとも言われています。

  • 宇治神社の縁起を記した説明看板です。透明ビニルで包んでありました。

    宇治神社の縁起を記した説明看板です。透明ビニルで包んでありました。

  • 宇治神社の狛犬です。

    宇治神社の狛犬です。

  • 同じく、一致になった宇治神社の狛犬の1体です

    同じく、一致になった宇治神社の狛犬の1体です

  • 宇治市の文化財に指定されている木造狛犬の説明看板です。現物は鎌倉時代に製作され、現在は歴史博物館に展示してあります。開口した阿形の獅子と、1本角のウン形の獅子の一対です。

    宇治市の文化財に指定されている木造狛犬の説明看板です。現物は鎌倉時代に製作され、現在は歴史博物館に展示してあります。開口した阿形の獅子と、1本角のウン形の獅子の一対です。

  • 喜撰法師の歌碑です。刻まれている文字は、小倉百人一首の8、『わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり』のようです。喜撰法師は、生没年不詳の平安時代初期の歌人で僧です。<br />

    喜撰法師の歌碑です。刻まれている文字は、小倉百人一首の8、『わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり』のようです。喜撰法師は、生没年不詳の平安時代初期の歌人で僧です。

  • 縄を結ったような丸い輪には、『学問祖神・知恵の輪』と立札に説明書きがありました。そのためでしょうか、受験生らしいお参りの姿が多くありました。

    イチオシ

    縄を結ったような丸い輪には、『学問祖神・知恵の輪』と立札に説明書きがありました。そのためでしょうか、受験生らしいお参りの姿が多くありました。

  • 宇治神社の社務所の建物光景です。

    宇治神社の社務所の建物光景です。

  • 宇治神社の拝殿の屋根のアップです。

    宇治神社の拝殿の屋根のアップです。

  • 桐原殿の文字が記された額です。揮毫されたのは、北野天満の宮司の香西氏です。

    桐原殿の文字が記された額です。揮毫されたのは、北野天満の宮司の香西氏です。

  • 見下ろした参道の石段です。その先には赤い鳥居、そのさらに先には宇治川が見えています。鳥居の先の道は、宇治上神社の見学の時に通りました。

    見下ろした参道の石段です。その先には赤い鳥居、そのさらに先には宇治川が見えています。鳥居の先の道は、宇治上神社の見学の時に通りました。

  • 参道の石段の上に枝を張り出した紅葉の樹のアップです。オレンジ色から、更に赤くなっていくようです。

    参道の石段の上に枝を張り出した紅葉の樹のアップです。オレンジ色から、更に赤くなっていくようです。

  • 苔生した石灯篭のアップです。

    苔生した石灯篭のアップです。

  • 宇治川に架かる橋に戻ってきました。往きに見かけたアオサギさんの姿がまだありました。少し大きく写りましたから、橋に近い位置になったようです。

    宇治川に架かる橋に戻ってきました。往きに見かけたアオサギさんの姿がまだありました。少し大きく写りましたから、橋に近い位置になったようです。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • 潮来メジロさん 2011/02/17 11:08:35
    応神天皇の王子・・・。ヾ(^o^)
    旅人のくまさんさん、こんにちは! ヾ(^o^)

    > 宇治神社の赤い鳥居です。宇治神社の祭神は、応神天皇の王子、菟道稚郎
    > 子(うじのわきいらつこ)です。生年は分かりませんが、没年は壬申年(312
    > 年)です。異母兄の大鷦鷯尊(おおさざきのみこと:後の仁徳天皇)に皇位を
    > 譲るべく自殺したという話が伝わります。宇治十帖の八宮(はちのみや)の
    > モデルとも言われています。

    後の仁徳天皇)に皇位を譲るべく自殺したという話が伝わります。⇒知りませんでした。王子といえども、権力闘争に巻き込まれたりして、優雅に人生をまっとうできるとは限らないのですね。(T-T)

    ではまた・・・。(^o^)/~~~
            (潮来メジロ)

    旅人のくまさん

    旅人のくまさんさん からの返信 2011/02/17 12:40:46
    RE: 応神天皇の王子・・・。ヾ(^o^)
    潮来メジロさん こんにちは。
    いつもコメントありがとうございます。

    25年以上前に読んだ本で、印象が強く残っている本が今も手元にあります。日本で勉強され、韓国に戻られても、万葉集等の研究を続けられ、数々の著作がある、イ・ヨンヒさんの著作です。

    その中の『甦る万葉集・天智(天皇)暗殺の歌』の一節には驚かされました。
    万葉集巻二・148の倭大后の和歌です。表が大和言葉、裏が古代韓国語で読まれたと言う和歌の1首です。

    従来の大和言葉での表向きの解釈です。

    *青旗の木旗の上を通うとは目には見れどもただに逢はぬかも

    イ・ヨンヒさんによる古代韓国語での裏の意味の解釈です

    『青』がそいつだ!
    言い残すお上を拝し
    駕輿引き留めて
    担がせたらすぐ亡くなられた
    誠に不憫である

    『青』とは、後の天武天皇のことです。
    何と、暗殺に遭った天智天皇の最期を詠んだ現地レポートです。

    その当時、日本人の若い人達も万葉集の枕詞の研究成果を刊行する等、
    万葉集ブームがありました。(藤村由香)
    イ・ヨンヒ先生は、母国の古代韓国語の研究を駆使しての、
    万葉集の本格的な新解釈でした。
    当時、伝統的な解釈をされた、日本の学者達からは、
    強い反発があったことを記憶しています。

    ではまた。(旅人のくまさん)

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