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古都・京都の世界文化遺産の一つ、石庭で有名な龍安寺紹介の続きです。石庭がある方丈や庫裏の見学のあと、パゴダや納骨堂がある西側方面を散策しました。

2010秋、石庭の龍安寺(4/5):木漏れ日の参道、句碑、築地塀、竹垣、弁財天、鏡容池

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2010/10/01 - 2010/10/01

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旅行記グループ 2010年秋、京都散策

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

古都・京都の世界文化遺産の一つ、石庭で有名な龍安寺紹介の続きです。石庭がある方丈や庫裏の見学のあと、パゴダや納骨堂がある西側方面を散策しました。

交通手段
高速・路線バス 新幹線
  • 龍安寺境内の中の、石畳の参道光景です。両側に樹木が生い茂り、その石畳の上に木漏れ日の模様ができていました。

    イチオシ

    龍安寺境内の中の、石畳の参道光景です。両側に樹木が生い茂り、その石畳の上に木漏れ日の模様ができていました。

  • 鬱蒼と樹々が生い茂る龍安寺の境内光景です。散策にはもってこいの季節と、この日の天候でした。

    鬱蒼と樹々が生い茂る龍安寺の境内光景です。散策にはもってこいの季節と、この日の天候でした。

  • 青葉の楓と土塀の光景です。楓が塀にシルエットを造っていました。左端に見える灌木は『シャクナゲ(石楠花)』のようです。花期は春から初夏頃です。一度紹介した光景ですが、石庭の謎の話だけで終わりましたので、再度登場です。

    青葉の楓と土塀の光景です。楓が塀にシルエットを造っていました。左端に見える灌木は『シャクナゲ(石楠花)』のようです。花期は春から初夏頃です。一度紹介した光景ですが、石庭の謎の話だけで終わりましたので、再度登場です。

  • この辺りでは、格式が高そうな、五本の線が引かれた築地塀でした。同じく、再度登場の築地塀光景です。勅使門に近い場所だったようです。

    この辺りでは、格式が高そうな、五本の線が引かれた築地塀でした。同じく、再度登場の築地塀光景です。勅使門に近い場所だったようです。

  • 参道脇の竹垣の光景です。龍安寺では、参道の両脇に設えられた低い竹垣が『龍安寺垣』と呼ばれ有名です。

    参道脇の竹垣の光景です。龍安寺では、参道の両脇に設えられた低い竹垣が『龍安寺垣』と呼ばれ有名です。

  • 木漏れ日が明暗の模様を付け、読み辛くなってしまった石碑の光景です。『雪(雲)とけて 知足のつくばい みたしけり 照』らしい文字が読み取れました。句碑でした。

    木漏れ日が明暗の模様を付け、読み辛くなってしまった石碑の光景です。『雪(雲)とけて 知足のつくばい みたしけり 照』らしい文字が読み取れました。句碑でした。

  • 『パゴダ』のタイトルがあった石碑の光景です。少し拾い読みしますと、ビルマ戦線で亡くなった戦友を慰霊するために、無事に帰国できた戦友達が建てたパゴダと紹介されていました。

    『パゴダ』のタイトルがあった石碑の光景です。少し拾い読みしますと、ビルマ戦線で亡くなった戦友を慰霊するために、無事に帰国できた戦友達が建てたパゴダと紹介されていました。

  • 右側に見える石碑には、『ビルマ派遣軍自動平蔽戦没者英霊之碑』の文字が刻まれていました。左には、パゴダへの方角が記されていました。

    右側に見える石碑には、『ビルマ派遣軍自動平蔽戦没者英霊之碑』の文字が刻まれていました。左には、パゴダへの方角が記されていました。

  • パゴダの光景です。パゴダ (pagoda) は、仏塔(ストゥーパ)を意味する英語です。日本では、もっぱら、ミャンマー様式の仏塔のことを意味します。パゴダは、日本の仏塔と同様、仏舎利(釈迦仏の遺骨等)または法舎利(仏舎利の代用としての経文)を安置するための施設です。

    イチオシ

    パゴダの光景です。パゴダ (pagoda) は、仏塔(ストゥーパ)を意味する英語です。日本では、もっぱら、ミャンマー様式の仏塔のことを意味します。パゴダは、日本の仏塔と同様、仏舎利(釈迦仏の遺骨等)または法舎利(仏舎利の代用としての経文)を安置するための施設です。

  • パゴダに設けられた祭壇の光景です。ミャンマーでは、パゴダは『釈迦の住む家』と考えられ、パゴダを建てることは、『人生最大の功徳』とされます。そうすることにより、幸福な輪廻転生が得られると信じられています。

    パゴダに設けられた祭壇の光景です。ミャンマーでは、パゴダは『釈迦の住む家』と考えられ、パゴダを建てることは、『人生最大の功徳』とされます。そうすることにより、幸福な輪廻転生が得られると信じられています。

  • 同じくパゴダの光景です。周りを庭木に囲まれた中に建っていました。

    同じくパゴダの光景です。周りを庭木に囲まれた中に建っていました。

  • 石段を登った先に見えていた納骨堂の光景です。納骨堂の周りは、秋の紅葉の見所になるようです。

    石段を登った先に見えていた納骨堂の光景です。納骨堂の周りは、秋の紅葉の見所になるようです。

  • 納骨堂の建物のズームアップ光景です。屋根の中央に大きな飾りがありました。

    納骨堂の建物のズームアップ光景です。屋根の中央に大きな飾りがありました。

  • 斜め前から眺めた、納骨堂の建物光景です。1メートルほどの高さの基壇の上に建てられていました。

    斜め前から眺めた、納骨堂の建物光景です。1メートルほどの高さの基壇の上に建てられていました。

  • 境内の中の石段光景です。石段部分を含めて、通路の両脇に器具意が建てられ、ロープが張られていました。

    境内の中の石段光景です。石段部分を含めて、通路の両脇に器具意が建てられ、ロープが張られていました。

  • 葉裏から眺めた緑の楓の光景です。11月下旬から12月上旬と思われる紅葉までは、あと2カ月ほどかかりそうです。

    葉裏から眺めた緑の楓の光景です。11月下旬から12月上旬と思われる紅葉までは、あと2カ月ほどかかりそうです。

  • 『開運・大弁財尊天』の文字の扁額があった赤い鳥居の光景です。『鏡容池』に向かって、南に張り出した『弁天島』に祀られていました。豊臣秀吉が鏡容池には霊力があると礼拝した弁財天が祀られています。

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    『開運・大弁財尊天』の文字の扁額があった赤い鳥居の光景です。『鏡容池』に向かって、南に張り出した『弁天島』に祀られていました。豊臣秀吉が鏡容池には霊力があると礼拝した弁財天が祀られています。

  • 『鏡容池』に向かって、南に張り出した『弁天島』の先端部分の光景です。島から更に南に向かって伸びた巨木の光景がありました。

    『鏡容池』に向かって、南に張り出した『弁天島』の先端部分の光景です。島から更に南に向かって伸びた巨木の光景がありました。

  • 同じく、『鏡容池』に向かって、南に張り出した『弁天島』の光景です。一段低くなった場所にも鳥居が建っていました。

    同じく、『鏡容池』に向かって、南に張り出した『弁天島』の光景です。一段低くなった場所にも鳥居が建っていました。

  • 横から眺めた弁天島の弁財天の社の光景です。開運の大きな赤提灯が中央にありました。赤鳥居の扁額と同じ、『『開運・大弁財尊天』の文字が記されているようでした。

    横から眺めた弁天島の弁財天の社の光景です。開運の大きな赤提灯が中央にありました。赤鳥居の扁額と同じ、『『開運・大弁財尊天』の文字が記されているようでした。

  • 弁天島で見かけた地蔵尊の光景です。写真に写っているのは4体ですが、六地蔵だったかもしれません。建物の中に祀られていました。

    弁天島で見かけた地蔵尊の光景です。写真に写っているのは4体ですが、六地蔵だったかもしれません。建物の中に祀られていました。

  • ズームアップした赤い萩の花の光景です。背景に見えている甍は、龍安寺に三つ残ったとされる塔頭の一つ、『大珠院』のようです。龍安寺の塔頭寺院のあとの二つは、西源院と霊行院です。

    ズームアップした赤い萩の花の光景です。背景に見えている甍は、龍安寺に三つ残ったとされる塔頭の一つ、『大珠院』のようです。龍安寺の塔頭寺院のあとの二つは、西源院と霊行院です。

  • 同じく、三つ残ったとされる塔頭の一つ、『大珠院』の甍を背景にした萩の光景です。『ハギ(萩)』は、マメ科ハギ属の落葉低木です。花が主体の秋の七草の一つです。荒れ地に最初に生えるパイオニア植物でもあります。

    同じく、三つ残ったとされる塔頭の一つ、『大珠院』の甍を背景にした萩の光景です。『ハギ(萩)』は、マメ科ハギ属の落葉低木です。花が主体の秋の七草の一つです。荒れ地に最初に生えるパイオニア植物でもあります。

  • 石段の上に見えていた、格式が高そうな門の光景です。ぴったりと閉じられていました。扉には、『丸に二つ引』の紋所がありました。室町幕府を開いた足利氏使用の『丸に二つ引(足利二つ引)』は将軍家の権威の象徴ともなりました。

    石段の上に見えていた、格式が高そうな門の光景です。ぴったりと閉じられていました。扉には、『丸に二つ引』の紋所がありました。室町幕府を開いた足利氏使用の『丸に二つ引(足利二つ引)』は将軍家の権威の象徴ともなりました。

  • 龍安寺の境内にある、『西源院(せいげんいん)』の出入口門の光景です。かつては、塔頭の一つだったらしく、山門のような光景でした。現在は、精進料理、豆腐料理の専門店です。右の柱に『西源院』の名札、左の柱に『拝観謝絶』の表示札がありました。

    龍安寺の境内にある、『西源院(せいげんいん)』の出入口門の光景です。かつては、塔頭の一つだったらしく、山門のような光景でした。現在は、精進料理、豆腐料理の専門店です。右の柱に『西源院』の名札、左の柱に『拝観謝絶』の表示札がありました。

  • 『西源院(せいげんいん)』の板塀と板戸のようです。大規模な施設ですから、龍安寺の境内の周りの囲いだったかも知れません。

    『西源院(せいげんいん)』の板塀と板戸のようです。大規模な施設ですから、龍安寺の境内の周りの囲いだったかも知れません。

  • 樹木越しに眺めた、『鏡容池』方面の光景です。江戸時代に出版された名所図会には、石庭ではなく、『鏡容池』を主体に紹介されていたようです。

    樹木越しに眺めた、『鏡容池』方面の光景です。江戸時代に出版された名所図会には、石庭ではなく、『鏡容池』を主体に紹介されていたようです。

  • 見下ろして眺めた、『鏡容池』で咲く『スイレン(睡蓮)』の光景です。赤色系の八重咲種でした。

    見下ろして眺めた、『鏡容池』で咲く『スイレン(睡蓮)』の光景です。赤色系の八重咲種でした。

  • 龍安寺境内にあった、精進料理と湯豆腐の専門店の暖簾の光景です。覗いただけですが、門から玄関まで長い石畳の通り道がありました。『西源院(せいげんいん)』の敷地のようでした。

    龍安寺境内にあった、精進料理と湯豆腐の専門店の暖簾の光景です。覗いただけですが、門から玄関まで長い石畳の通り道がありました。『西源院(せいげんいん)』の敷地のようでした。

  • 『龍安寺名物・七草湯どうふ』の御品書きです。龍安寺境内にあった、精進料理と湯どうふの専門店です。

    『龍安寺名物・七草湯どうふ』の御品書きです。龍安寺境内にあった、精進料理と湯どうふの専門店です。

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