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17ある京都の世界文化遺産の建物の一つ、宇治平等院鳳凰堂紹介の続きです。9世紀末頃、光源氏のモデルと言われる左大臣で嵯峨源氏、源融が営んだ別荘がその前身の地とされます。

2010秋、平等院(2):11月20(2):庭園の阿字池、鳳凰堂の伽藍光景、池に映った鳳凰堂

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2010/11/20 - 2010/11/20

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

17ある京都の世界文化遺産の建物の一つ、宇治平等院鳳凰堂紹介の続きです。9世紀末頃、光源氏のモデルと言われる左大臣で嵯峨源氏、源融が営んだ別荘がその前身の地とされます。

交通手段
新幹線 JRローカル 私鉄

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  • 平等院の庭園は、阿字池を中心とした浄土式庭園です。その中島に鳳凰堂が建ちます。阿字池に姿を映した平等院です。平成2年(1990年)からの発掘調査により、平安時代築造の州浜が見付かりました。これを受けて、現在は創建当初の姿に復元整備されています。

    平等院の庭園は、阿字池を中心とした浄土式庭園です。その中島に鳳凰堂が建ちます。阿字池に姿を映した平等院です。平成2年(1990年)からの発掘調査により、平安時代築造の州浜が見付かりました。これを受けて、現在は創建当初の姿に復元整備されています。

  • 阿字池の周りの光景です。この池を中心とした、浄土式庭園は、1922年(大正11年)に史跡・名勝に指定されました。<br />

    阿字池の周りの光景です。この池を中心とした、浄土式庭園は、1922年(大正11年)に史跡・名勝に指定されました。

  • 阿字池の周りの庭木のアップです。手入れをされた庭木が、ほんのりと紅葉を迎え始めていました。松などの常緑樹モアあり、変化に富んだ色彩です。

    阿字池の周りの庭木のアップです。手入れをされた庭木が、ほんのりと紅葉を迎え始めていました。松などの常緑樹モアあり、変化に富んだ色彩です。

  • 黄葉と紅葉を迎えた庭木のアップです。紅葉の方は、楓の木でしょうか。黄葉の樹の方は半ば落葉していました。

    黄葉と紅葉を迎えた庭木のアップです。紅葉の方は、楓の木でしょうか。黄葉の樹の方は半ば落葉していました。

  • 松の木の根元の光景です。太い根が露出していました。周りを保護しないと、根元が踏み固められて、大木が弱ってしまいそうです。

    松の木の根元の光景です。太い根が露出していました。周りを保護しないと、根元が踏み固められて、大木が弱ってしまいそうです。

  • 平等院の境内の隅の方の光景です。木の間に小さな建物が見えました。その周りを紅葉が彩っていました。

    平等院の境内の隅の方の光景です。木の間に小さな建物が見えました。その周りを紅葉が彩っていました。

  • 紅葉のアップです。平等院は建武3年(1336年)の楠木正成と足利氏の軍勢の戦いの兵火をはじめ、度重なる戦火を受け、堂塔は焼失しました。その中で、鳳凰堂だけは奇跡的に災害を免れて存続しました。

    イチオシ

    紅葉のアップです。平等院は建武3年(1336年)の楠木正成と足利氏の軍勢の戦いの兵火をはじめ、度重なる戦火を受け、堂塔は焼失しました。その中で、鳳凰堂だけは奇跡的に災害を免れて存続しました。

  • 鳳凰堂の中央に位置する中堂のアップです。現在の平等院は、天台宗の最勝院と、浄土宗の浄土院という2つの寺院が共同で管理しています。この2つのお寺は、共に鳳凰堂の西側にあります。中堂は、入母屋造、裳階付きの建築です。

    鳳凰堂の中央に位置する中堂のアップです。現在の平等院は、天台宗の最勝院と、浄土宗の浄土院という2つの寺院が共同で管理しています。この2つのお寺は、共に鳳凰堂の西側にあります。中堂は、入母屋造、裳階付きの建築です。

  • 平等院が天台宗と浄土宗の同時管理となったのは、江戸時代の天和元年(1681年)、寺社奉行の裁定によるものとされます。平等院の左手の建物の光景です。阿字池の片隅を、睡蓮の葉が覆っていました。

    平等院が天台宗と浄土宗の同時管理となったのは、江戸時代の天和元年(1681年)、寺社奉行の裁定によるものとされます。平等院の左手の建物の光景です。阿字池の片隅を、睡蓮の葉が覆っていました。

  • 鳳凰堂の中堂の光景です。入場しての見学はしませんでたが、ご本尊の阿弥陀如来像が安置されている建物です。『鳳凰堂』の呼称は江戸時代からとされます。当初は『阿弥陀堂』あるいは『御堂』と呼ばれていたようです。

    鳳凰堂の中堂の光景です。入場しての見学はしませんでたが、ご本尊の阿弥陀如来像が安置されている建物です。『鳳凰堂』の呼称は江戸時代からとされます。当初は『阿弥陀堂』あるいは『御堂』と呼ばれていたようです。

  • 背の高い2本の松に挟まれた、楓の紅葉です。公孫樹の黄葉にはまだ屋は過ぎましたが、楓の紅葉は見頃でした。

    背の高い2本の松に挟まれた、楓の紅葉です。公孫樹の黄葉にはまだ屋は過ぎましたが、楓の紅葉は見頃でした。

  • 見頃になった楓の紅葉のアップです。赤色の陰影が重なり合いました。楓はカエデ科の植物の総称です。日本の代表的な楓は、イロハモミジとされます。

    見頃になった楓の紅葉のアップです。赤色の陰影が重なり合いました。楓はカエデ科の植物の総称です。日本の代表的な楓は、イロハモミジとされます。

  • 同じく、楓の紅葉のアップです。カエデの名前の由来は、葉がカエルの手に似ていることから『カエルデ』と呼ばれ、それが転訛したものとされる説が有力です。

    同じく、楓の紅葉のアップです。カエデの名前の由来は、葉がカエルの手に似ていることから『カエルデ』と呼ばれ、それが転訛したものとされる説が有力です。

  • 阿字池に大きく張り出した松の光景です。今年5月、阿字池に堆積した940年(平安時代中期)頃の地層からサルスベリの花粉が発見されたことが発表されました。通説では江戸時代初期に中国から日本に伝わったとされますから、通説より600年以上も前から植栽されていたことになります。

    阿字池に大きく張り出した松の光景です。今年5月、阿字池に堆積した940年(平安時代中期)頃の地層からサルスベリの花粉が発見されたことが発表されました。通説では江戸時代初期に中国から日本に伝わったとされますから、通説より600年以上も前から植栽されていたことになります。

  • 鳳凰堂の中堂の光景です。平等院にはこの鳳凰堂のほか、法華堂(1056年創建)、多宝塔(1061年創建)、五大堂(1066年創建)と不動堂(1073年創建)が立ち並んでいたとされます。

    イチオシ

    鳳凰堂の中堂の光景です。平等院にはこの鳳凰堂のほか、法華堂(1056年創建)、多宝塔(1061年創建)、五大堂(1066年創建)と不動堂(1073年創建)が立ち並んでいたとされます。

  • 風のない穏やかな日でしたから、鳳凰堂の姿が、奇麗に阿字池に映し出されていました。この池の堆積層から見付かった百日紅の花粉は、藤原道長、頼通親子が愛でていたのではないかとのロマンも掻き立てます。

    風のない穏やかな日でしたから、鳳凰堂の姿が、奇麗に阿字池に映し出されていました。この池の堆積層から見付かった百日紅の花粉は、藤原道長、頼通親子が愛でていたのではないかとのロマンも掻き立てます。

  • 同じく、阿字池に映し出された鳳凰堂の建物光景です。サルスベリの花粉の飛散距離は、数百メートル以内であることが確認されています。このため、阿字池の南側に植栽されているサルスベリが、日本最古の系統になる可能性もあります。

    イチオシ

    同じく、阿字池に映し出された鳳凰堂の建物光景です。サルスベリの花粉の飛散距離は、数百メートル以内であることが確認されています。このため、阿字池の南側に植栽されているサルスベリが、日本最古の系統になる可能性もあります。

  • 鳳凰堂の建物と、その姿が写った阿字池の光景です。『阿字』之語源は、梵語に由来するようですが、詳しいことは分かりません。

    鳳凰堂の建物と、その姿が写った阿字池の光景です。『阿字』之語源は、梵語に由来するようですが、詳しいことは分かりません。

  • 阿字池と、その奥見見える三角屋根の建物光景です。後ほど紹介しますが、重要文化財の観音堂です。鳳凰堂は国宝に指定された建物です。

    阿字池と、その奥見見える三角屋根の建物光景です。後ほど紹介しますが、重要文化財の観音堂です。鳳凰堂は国宝に指定された建物です。

  • 国宝の鳳凰堂・中堂の軒先部分のアップです。優雅な曲線が描かれていました。天喜元年(1053年)の建立です。

    国宝の鳳凰堂・中堂の軒先部分のアップです。優雅な曲線が描かれていました。天喜元年(1053年)の建立です。

  • 同じく中堂の破風部分のアップです。破風(はふ)は、切妻や入母屋等に出来る、妻側の三角形部分の造形です。寺院や城郭建築等で発展したとされます。

    同じく中堂の破風部分のアップです。破風(はふ)は、切妻や入母屋等に出来る、妻側の三角形部分の造形です。寺院や城郭建築等で発展したとされます。

  • 赤胴の破風の上部、屋根の端に位置する鬼瓦部分のアップです。ブロンズ製の鳳凰が重なって見えました。

    赤胴の破風の上部、屋根の端に位置する鬼瓦部分のアップです。ブロンズ製の鳳凰が重なって見えました。

  • 平等院に向かって左手の建物は、一番近くからの撮影が出来ました。その建物細部のアップを紹介します。望楼が付いた二階部分のアップです。

    平等院に向かって左手の建物は、一番近くからの撮影が出来ました。その建物細部のアップを紹介します。望楼が付いた二階部分のアップです。

  • カメラアングルを横にしての望楼部分のアップです。望楼は、城郭建築でも良く見られる構造です。五重塔のような楼閣にも設けられたものがあります。

    カメラアングルを横にしての望楼部分のアップです。望楼は、城郭建築でも良く見られる構造です。五重塔のような楼閣にも設けられたものがあります。

  • 望楼を支える部分の木組みのアップです。白い彩色がされていたような痕跡があります。痛みが進んでいるような木の断面も見えます。

    望楼を支える部分の木組みのアップです。白い彩色がされていたような痕跡があります。痛みが進んでいるような木の断面も見えます。

  • 瓦屋根の端の方のアップです。細かな紋様を施した鬼瓦です。修復工事の際に新しく焼かれた瓦でしょうか。

    瓦屋根の端の方のアップです。細かな紋様を施した鬼瓦です。修復工事の際に新しく焼かれた瓦でしょうか。

  • 横から眺めた瓦屋根の光景です。端から少し離れた場所に、年代物と見える大きな屋根飾りがありました。

    横から眺めた瓦屋根の光景です。端から少し離れた場所に、年代物と見える大きな屋根飾りがありました。

  • 白い壁に設えられた唐風の窓です。白壁に影が写り、古を偲ぶに相応しい雰囲気のある光景となっていました。

    白い壁に設えられた唐風の窓です。白壁に影が写り、古を偲ぶに相応しい雰囲気のある光景となっていました。

  • 同じ方面の光景が続きます。鳳凰堂の左手の建物の奥方面です。

    同じ方面の光景が続きます。鳳凰堂の左手の建物の奥方面です。

  • 同じ場所の光景ですが、今度はその上部です。高いマンションが出来て、景観が損なわれたことから無地氏の景観条例が制定され、目隠しのために樹木が植えられたようです。この樹等かどうかは、よく分かりません。

    同じ場所の光景ですが、今度はその上部です。高いマンションが出来て、景観が損なわれたことから無地氏の景観条例が制定され、目隠しのために樹木が植えられたようです。この樹等かどうかは、よく分かりません。

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