ultimo comboioさんへのコメント一覧(16ページ)全216件
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待っていました!
お久しぶりです。
待ちに待ったultimo commboioさんの新旅行記。
まずタイトルにぐっときました。
啄木、一握の砂、本当にultimoさんの旅行記は
遠い青春時代を思い出させてくれるような、
何か大事な忘れ物を見つけたような気分にさせてくれます。
海もなんてきれいなんでしょう!
表紙の写真はultimoさんらしい雰囲気のある素敵な一枚ですね。
啄木ファンとしては
青柳町、立待岬、いつかぜひ行ってみたいものです。 パンジーRE: 待っていました!
大変ご無沙汰しております。
早速のメッセージありがとうございます。うれしいです。
パンジーさんの春の旅行記は拝見させていただいておりました。
隅田川からの風景はいいですよね。
小生は桜の写真をついにアップせず春も終わってしまいました。
天気にはいつもめぐまれます。
今回も素人写真家としては天に感謝です。
大森浜の啄木小公園には行きませんでしたが、昔のアルバムには
長髪の貧乏学生が啄木像の脇に立っているはずです。
そしてそのバッグの奥には啄木詩集も、、、、。
パンジーさんが以前書かれていたようにあの頃の我々には、
お金はなかったけど多くの自由な時間がありましたね。
では また
ultimo comboio
2010年07月08日20時38分 返信する -
リスボン特急と中世に戻ったかの様な街並み…
ultimo comboioさん、こんにちは^^
リスボン、マドリードの旅行記にお邪魔させていただいております^^
地中海のそれとはまたちょっと違って見える、ポルトガルの青い空と青い海…。かつてその海の果てに航路を求めて冒険?旅?に出かけた先人の思いが伝わったてきた様な気がしました…
中世にタイムスリップしたかのような街…、地元の人々…、そしてリスボン特急での旅…
私の頭の中では、あのテレビ番組の音楽が流れてきました…♭♯〜♪
素敵な旅行記をありがとうございました…
心が、豊かになった気がします…
kuritchi
RE: リスボン特急と中世に戻ったかの様な街並み…
kuritchiさん
こんばんは
メッセージありがとうございます。
ポルトガル、スペインの旅もちょうど1年前になります。
また行きたいものだと、あの青い空とさわやかな風を懐かしく想いだしている今日この頃です。
確かに世界○○○○街歩きの音楽をHPで聞いていると旅にでたくなりますね。
kuritchiさんがこの夏良い旅と出会いをされますように!2010年07月06日20時46分 返信する -
旅情をそそられますネ
ultimo comboioさん、こんばんは!
殆どが写真のみで、1枚1枚がポエム感があって 見ている者に1枚の写真
を見て これが美瑛 説明(解説)なんて要らない、感じた事をultimo comboioさんの写真を見て 各自でコメントをどうぞ!って、そんな感じの旅行記って黒鯛釣師は、未だ未踏の彼の地に思いをこめて、かってに1枚1枚の写真にコメントをつけさせて頂きながら、いつかは訪れて見たい彼の地の
ultimo comboioさんの旅行記を、ほろ酔いかげんで楽しませてもらいました。
黒鯛釣師RE: 旅情をそそられますネ
黒鯛釣師さん
お久しぶりです。
メッセージありがとうございます。
旅行ガイドに書いてあることを書いても
仕方ないかと判断して余計なコメントは入れないのです。
とカッコイイことを書きたいところですが自分も
楽しようとしているのであります。
これからもフルーティーな酒の肴にぴったりな大物を釣り上げてください。
返信が大変遅くなりまして申し訳ありませんでした。
2010年07月06日20時36分 返信する -
屋久島帰還兵事件
ultinmo comboioさま、こんにちは。
昭和21年(1946年)フィリピンからカヌーで脱走同然にして日本領土に帰還した兵の事件は、我が国ではすっかり忘れ去られております。
ご存じの様にフィリピンは国家として唯一首都が市街戦を受けた街で、陸軍が山下大将以下がオープンシテイにすべきとの見解で作戦を進行していたにも拘らず、海軍兵学校第43期卒業で偏狭でしられた海軍少将が現実をわきまえず、山下大将の命令を無視して市街戦を展開した為にマニラは大混乱となり、フィリピン人にも多数の死者を生じました。
また、外交的には、それまでフランコ将軍率いるファシスタ政府は日本とも友好的態度に終始し大東亜戦争中も外交関係が継続していたにも拘らず、日本軍医依る在マニラ公使館焼棄を理由に国交断絶され外交関係が終了してしまい、スペイン政府経由で行っていた連合国との交渉が暗礁に乗り上げてしまいました。
それらもあって、終戦と同時にフィリピン人は日本兵に対し暴虐の限りを尽くし、或る日本軍将校は両腕を切り落とされた揚句、傷口に塩を塗りこめられ、悶絶して殺されるなど混乱が続きました。
けだし、彼ら日本兵が狂乱状態だったフィリピンからの脱出を考えたとしても当然の成り行きだったと思われます。
横浜臨海公園RE: 屋久島帰還兵事件
横浜臨海公園さま
こんばんは
終戦直後の外地に関するメッセージ頂戴いたしましてありがとうございます。
返信が大変遅れてしまいました事、お詫びいたします。
ultimo comboio2010年07月06日20時27分 返信する -
ヨーロッパの旅 すばらしい
ultimo comboioさんヨーロッパの景色拝見しました。実は2008年頃に自分もスペインに行きまして懐かしくなりました。 ところで電車をポンポンと渡り乗るなんてすごいですね 私は以前イギリスで窓口まで数回行って断念した経験ありの為(恥ずかしい) これからもよろしくお願いします。
yasuRE: ヨーロッパの旅 すばらしい
Yasuさん こんばんは
メッセージありがとうございます。
季節が夏に向かうとヨーロッパが懐かしく思い出され
また行きたくなります。
計画は多く持っておりますが、残念ながら
資金も暇も現在持ち合わせておりません。(笑)
小生にとって海外を鉄道で移動するに必要なのは勇気、度胸のみ。
言葉ではありません。(大笑)
これからもよろしくです。
ultimo comboio
> ultimo comboioさんヨーロッパの景色拝見しました。実は2008年頃に自分もスペインに行きまして懐かしくなりました。 ところで電車をポンポンと渡り乗るなんてすごいですね 私は以前イギリスで窓口まで数回行って断念した経験ありの為(恥ずかしい) これからもよろしくお願いします。
> yasu2010年05月25日19時46分 返信する -
日本と関わり深いポルトガル
はじめまして、ultimo comboioさん
くまのみホヌ子といいます。
昔、日本から船に乗って海外へ行くという事は
現代人が想像する以上に決死の覚悟だったんでしょうね。
なぜか、船で海外へ渡った日本人に興味がわきます。
遠藤周作の本は全部読んでいますが、
こうして写真を見るとよりいっそう物語の光景がふくらみますね。
ただ漠然と日本人と関わりがあった国くらいにしかポルトガルのことは考えていませんでした。
でもこれを読んで、いつかは訪れて天正遣欧少年使節団の足跡を辿るのもいいと思いました。
ではまた
のみホRE: 日本と関わり深いポルトガル
くまのみホヌ子さん
こんばんは メッセージありがとうございます。
返信が大変遅れてしまい申し訳ありません。
ポルトガルへの想いが少し広がったとのことで
いくらかお役にたてたのでしょうか???
今ギリシャの経済危機が報道される中、スペイン、ポルトガルも
話題になっています。
訪れた国だけに少し気になります。
これからも良い旅をしてください。
では
> はじめまして、ultimo comboioさん
> くまのみホヌ子といいます。
>
> 昔、日本から船に乗って海外へ行くという事は
> 現代人が想像する以上に決死の覚悟だったんでしょうね。
> なぜか、船で海外へ渡った日本人に興味がわきます。
>
> 遠藤周作の本は全部読んでいますが、
> こうして写真を見るとよりいっそう物語の光景がふくらみますね。
>
> ただ漠然と日本人と関わりがあった国くらいにしかポルトガルのことは考えていませんでした。
> でもこれを読んで、いつかは訪れて天正遣欧少年使節団の足跡を辿るのもいいと思いました。
>
> ではまた
>
> のみホ2010年05月09日20時00分 返信する -
自力で帰ってきた人がいたとは!
ultimo comboioさん
おはようございます。
太平洋戦争から自力で帰ってきた人がいたとは知りませんでした。
戦争終結を知り、敵に投降することなく帰還するということをやってのけたということは、なんとすごいことなのでしょうか。今だったらば当然新聞のトップ記事ですが、その当時の扱いはどうだったのか?ちょっと興味があります。戦争終結した事実を認識し、帰還する方法を考え、実行するという、もしかしたら小野田さんよりも判断能力や実行力に長けた人たちだったのではないでしょうか。
「沖縄や他の島ではなく、屋久島にたどり着いたというのも屋久杉の霊力か何かに呼び寄せられたのかも。」などと思います。
一度行ってみたいなあ、とも思いますが、ちょっと遠い島です。RE: 自力で帰ってきた人がいたとは!
チャンツンさん
こんばんは
返信遅れました。すみません。
数年前この事実を偶然知って興味を持ちました。
屋久島にたどり着いたというのはチャンツンさんの
言うように屋久杉の霊力なのかもしれませんね。
> ultimo comboioさん
> おはようございます。
> 太平洋戦争から自力で帰ってきた人がいたとは知りませんでした。
> 戦争終結を知り、敵に投降することなく帰還するということをやってのけたということは、なんとすごいことなのでしょうか。今だったらば当然新聞のトップ記事ですが、その当時の扱いはどうだったのか?ちょっと興味があります。戦争終結した事実を認識し、帰還する方法を考え、実行するという、もしかしたら小野田さんよりも判断能力や実行力に長けた人たちだったのではないでしょうか。
> 「沖縄や他の島ではなく、屋久島にたどり着いたというのもか何かに呼び寄せられたのかも。」などと思います。
> 一度行ってみたいなあ、とも思いますが、ちょっと遠い島です。2010年05月09日20時08分 返信する -
屋久島、一度は行きたい場所ですね
家内も、屋久島へ行きたいというのですが、疲れるとか、汚いとかが嫌いな性で、屋久島って、その点は、どのような場所かなと、毎年、行きそびれています。
いろいろな方の屋久島の旅行記を拝見しますが、やっぱ、屋久杉と海ののんびりが売りなんでしょうね。 宿でゆっくりするだけでも、楽しめるとは思うのですが、どうなんでしょう。RE: 屋久島、一度は行きたい場所ですね
sadchanさん
メッセージありがとうございます。
返信遅くなり申し訳なく思います。すみません。
屋久島はいいところですが自然が売りの島なので
はっきりいって田舎です。何もありません。
歩くことが嫌いなひとには辛いかもしれません。
> 家内も、屋久島へ行きたいというのですが、疲れるとか、汚いとかが嫌いな性で、屋久島って、その点は、どのような場所かなと、毎年、行きそびれています。
>
> いろいろな方の屋久島の旅行記を拝見しますが、やっぱ、屋久杉と海ののんびりが売りなんでしょうね。 宿でゆっくりするだけでも、楽しめるとは思うのですが、どうなんでしょう。2010年05月09日20時14分 返信する -
屋久島にもう一度。
ultimo comboioさん
屋久島の旅行記を懐かしく見せていただき
私も10年ほど前に写真の仲間5人で屋久島の原生林を
歩いたことを思い出しました。
全紙サイズに延ばした写真は屋久島の古代杉から甦る
鮮やかな新緑の枝に
「生命」いのちと題をつけて写真にしました。
いつ見ても爽やかさと生命力を感じています。
此の島にも終戦直後の歴史事件が有ったのですね。
命を感じるお写真の屋久杉に出会えて
宮之浦岳にいつか挑戦をと夢を見たいと思います。
私のブログにお訪ねを頂きありがとうございます。kyo-ko
RE: 屋久島にもう一度。
kyo-koさん
メッセージありがとうございます。
屋久島の原生林を歩かれたとのこと。いい想い出ですね。
宮之浦岳は九州で最も高い山ですよね。実現してください。
山はいいですよね!
小生も機会があれば挑戦したいです。
ultimo comboio
> ultimo comboioさん
> 屋久島の旅行記を懐かしく見せていただき
> 私も10年ほど前に写真の仲間5人で屋久島の原生林を
> 歩いたことを思い出しました。
>
> 全紙サイズに延ばした写真は屋久島の古代杉から甦る
> 鮮やかな新緑の枝に
> 「生命」いのちと題をつけて写真にしました。
> いつ見ても爽やかさと生命力を感じています。
> 此の島にも終戦直後の歴史事件が有ったのですね。
>
> 命を感じるお写真の屋久杉に出会えて
> 宮之浦岳にいつか挑戦をと夢を見たいと思います。
>
> 私のブログにお訪ねを頂きありがとうございます。kyo-ko
>2010年04月13日19時15分 返信する



