2001/08 - 2001/08
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世界遺産屋久島
昭和21年6月11日九人の日本兵が1隻のカヌーに乗ってフィリピンのポリリョ島から屋久島まで2,600キロを自力生還した事件をご存知だろうか?
横井さんや小野田さん帰国の報道は比較的新しい感じもあるが戦後すぐの混乱期であったこともこの事実を風化させているのかもしれない。
興味ある方は足立倫行「アジア海道紀行」に波濤二千六百キロ、日本兵の漂流として紹介されているのでお読みください。
すでに絶版になっていますので古本か図書館でどうぞ。
- 交通手段
- レンタカー JALグループ
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見よこのたくましさ。エネルギーをもらえます。
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緑の濃さが違います。屋久島から帰ってくると生きている本物の樹がどんなものなのか再認識するのです。
都会の樹も汚れた環境で元気に生きていますが、、。 -
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千尋の滝
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山、川、ときたら今度は海です。
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檀一雄はエッセイの中で「五月、六月頃になると屋久島のホトトギスは トビウオトレタカ トビウオトレタカと啼くのだそうである」と書いている。
その頃大量にやって来るトビウオを漁師のオカミサンがすり潰して作ったさつまあげはこの地上であんなうまいものを食べたことがないとまで言わせている。
種屋久地方は昔からトビウオが名物。今はどうかわからない。 -
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杉の八重岳雲間に晴れて 呼べば答える薩摩富士
寄せる親潮 情けの澪も 光る熊毛の海と島
という唄があります。
ちなみに熊毛地方ではトビウオの事をトッピーと言うんですね。ジェットフォイルの名前もそうなのかな? -
昭和二十一年六月、西田定一軍曹以下九人の日本兵はこの海に一隻のカヌーでフィリピンから帰還した。
命懸けの祖国を目指す旅であった。
大航海時代以上に危険な航海だったろう。
江戸時代以前は別にして明治、大正生まれの日本人はすごいなと思う。
半藤一利氏の日本史によればポリリョ島での日本軍戦死者10,650人捕虜150人。 -
もう少し海を見ていきましょう。
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さらに古い話ではあるが1708年屋久島に一人潜入を果たしたイタリア人宣教師がいた。
ジョバンニ・バッティスタ・シドッティである。江戸で尋問した新井白石が「西洋紀聞」を著すきっかけとなった人。
唯一の遺品として残る東京国立博物館所蔵の「親指のマリア」と呼ばれる聖母像は17世紀半ばにフィレンツェで活躍した宗教画家カルロ・ドルチの作とされる。
シドッティ関連の著作は多いので興味ある方はどうぞ。 -
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屋久島の動物も見ておきましょう。
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迫力ある屋久杉をもう一度
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最後は山です。1日で1周しましたが次の日は丸1日
眠り続けた暑い夏の思い出。 -
無理のないスケジュールであれば間違いなく屋久島パワーをもらって元気になれます。
しかし無理をすれば逆に屋久島にパワーを吸い取られてしまうのでご注意! -
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佐多岬
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この旅行記へのコメント (25)
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- 甲斐駒岳さん 2016/09/26 15:48:55
- 凄いです、
- 私も、趣味が自然、遺跡、一人旅なもので、あの自然の写真
を、とても感激して、拝見いたいました。
私も、一人で、世界5大陸へ行って来ましたが、楽しいものですね。
拍手です・・・
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- わんぱく大将さん 2016/09/26 06:48:38
- 一度は行きたい自然の屋久島
- ultimo comboioさん
ゲルニカの旅行記を見ていただいたようで。
それにしても屋久島、いいですね。一度は行ってみたいものです。
フィリピンから戻った、って凄いことですよ。今、同じような環境でやってみろって、できることではない。
大将
- ultimo comboioさん からの返信 2016/10/09 16:23:27
- RE: 一度は行きたい自然の屋久島
- 大将さん
こんにちは。返信遅れました。
バスク地方というとフランシスコ・ザビエルの故郷ですね。
貴族の子にしてあの時代苦労して日本までやって来た事を
思うとバスク人の気質を感じます。
また楽しい旅行記をお願いします。
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- 潮来メジロさん 2011/10/30 22:31:23
- 私も訪れてみたいです。ヾ(^o^)
- ultimo comboioさん、こんばんは! ヾ(^o^)
訪問ありがとうございました。
> 昭和二十一年六月、西田定一軍曹以下九人の日本兵はこの海に一隻のカヌ
> ーでフィリピンから帰還した。
>
> 命懸けの祖国を目指す旅であった。
> 大航海時代以上に危険な航海だったろう。
>
> 江戸時代以前は別にして明治、大正生まれの日本人はすごいなと思う。
>
> 半藤一利氏の日本史によればポリリョ島での日本軍戦死者10,650人捕虜150
> 人。
知りませんでした。フィリピンからカヌーで帰還したんですか。驚きました。
私も図書館で本を探してみます。
屋久島は私も一度は訪れてみたい場所です。
野鳥も固有種がいるので、ぜひバードウォッチングを兼ねて訪れてみたいと
思いました。
ではまた・・・・。(^o^)/~~~
(潮来メジロ)
- ultimo comboioさん からの返信 2011/11/02 07:11:42
- RE: 私も訪れてみたいです。ヾ(^o^)
- > 潮来メジロさん、こんばんは!
コメントありがとうございます。
いつもめずらしい野鳥の写真感心しながら拝見しております。
> 屋久島は私も一度は訪れてみたい場所です。
> 野鳥も固有種がいるので、ぜひバードウォッチングを兼ねて訪れてみたいと
> 思いました。
屋久島は美しい島で圧倒的な自然と屋久杉に魅了されましたが
鳥は観察していませんので是非潮来メジロさんに訪問していただき
めずらしい鳥達を紹介いただければありがたいです。
楽しみにまっております。
では
ultimo comboio
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- norinoriさん 2011/05/24 18:11:51
- お写真で“パワー”をいただきました v(^-^)v
- ultimo comboioさん、こんにちは♪
濃い緑と青く澄んだ海、ここは全く空気が違うのでしょうね!?
以前から屋久島には、一度、訪れたいな〜と思っていました。
樹齢数千年の縄文杉、すごい迫力ですね!
この圧倒的な存在感の屋久杉の前に立ち、是非、パワーを分けて欲しいものです。
でも海と違い陸は、特に山登りは体重が邪魔してるようで、ちょっと苦手です。
ワンコと一緒だと、いくらでも歩けるのに、、。
せめて白谷雲水峡で“モノノケ”の雰囲気だけでも味わいたいな〜!
5〜6月のディスカウントマイルの間に、海中もすばらしい“屋久島”へと思っていたのです。
ところが例年になく早く、南九州は梅雨に突入!?
やっぱり今年もお預けになりました、残念 (>_<)
では、また。
norinori
- ultimo comboioさん からの返信 2011/05/25 06:19:32
- RE: お写真で“パワー”をいただきました v(^-^)v
- norinoriさん
お久しぶりです。
屋久島は価値ある世界自然遺産だと思います。
パワーがもらえること間違いなしです。
スペインを一緒に旅された娘さんが御結婚
されるんですね。
おめでとうございます。
スペイン旅行記楽しく読ませていただきました。
海外はとまどいながら訪ね歩く個人旅行が楽しいですね。
では失礼します。
ultimo comboio
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- ももねねここさん 2010/11/27 18:59:11
- はじめまして。
- ultimo comboioさん、こんばんは。
歴史的事件が気になってお邪魔しました。
「昭和21年6月11日九人の日本兵が1隻のカヌーに乗ってフィリピンのポリリョ島から屋久島まで2,600キロを自力生還した事件」
全く知りませんでした。
この九人の人達がどんな思いで実行し、生還した後はどうなったのか気になります。
絶版になってるなんて残念ですね。足立倫行「アジア海道紀行」ですか。
古本屋が近くにあるので見てみようかな!
実は百田尚樹さんの「永遠の0」という零戦の特攻パイロットの小説を読み終えたばかりで終戦とか太平洋戦争などの活字に敏感になってまして・・
戦争など何も知らない時代に生まれ育ってますが、十代の頃からなぜか戦時中を題材にしたノンフィクションや小説、特攻隊員の手紙等よく読んでました。
この時代の人達の精神力の強さや勇気に鳥肌がたちます。
フィリピンから生還した人達の決断力、その過程を想像しただけで何ともいえない気持ちになると同時に、今の自分の平穏な生活を本当にありがたく思います。
ももねねここ
- ultimo comboioさん からの返信 2010/12/01 20:04:38
- RE: はじめまして。
- ももねねここ様
はじめまして
コメントありがとうございます。
返信遅れてすみません。
小生も足立倫行の作品を読みすすんでいるうちにこの事件
を知り驚きました。
古本で手に入ると思います。amazonなら確実に。図書館にも
あると思います。
太平洋戦争の時代は日本人が何もかも失った不幸な時代ですが生き残った
日本人と国土つまり田畑のおかげで飢え死にすることなく何とか
我々も育ってきました。
あの時代に大きな犠牲をはらったのに最近の政治屋どもは困ったものだ
と思う今日この頃です。
ultimo comboio
これからも良い旅と出会いをされますように!!
-
- 横浜臨海公園さん 2010/06/29 15:40:05
- 屋久島帰還兵事件
- ultinmo comboioさま、こんにちは。
昭和21年(1946年)フィリピンからカヌーで脱走同然にして日本領土に帰還した兵の事件は、我が国ではすっかり忘れ去られております。
ご存じの様にフィリピンは国家として唯一首都が市街戦を受けた街で、陸軍が山下大将以下がオープンシテイにすべきとの見解で作戦を進行していたにも拘らず、海軍兵学校第43期卒業で偏狭でしられた海軍少将が現実をわきまえず、山下大将の命令を無視して市街戦を展開した為にマニラは大混乱となり、フィリピン人にも多数の死者を生じました。
また、外交的には、それまでフランコ将軍率いるファシスタ政府は日本とも友好的態度に終始し大東亜戦争中も外交関係が継続していたにも拘らず、日本軍医依る在マニラ公使館焼棄を理由に国交断絶され外交関係が終了してしまい、スペイン政府経由で行っていた連合国との交渉が暗礁に乗り上げてしまいました。
それらもあって、終戦と同時にフィリピン人は日本兵に対し暴虐の限りを尽くし、或る日本軍将校は両腕を切り落とされた揚句、傷口に塩を塗りこめられ、悶絶して殺されるなど混乱が続きました。
けだし、彼ら日本兵が狂乱状態だったフィリピンからの脱出を考えたとしても当然の成り行きだったと思われます。
横浜臨海公園
- ultimo comboioさん からの返信 2010/07/06 20:27:29
- RE: 屋久島帰還兵事件
横浜臨海公園さま
こんばんは
終戦直後の外地に関するメッセージ頂戴いたしましてありがとうございます。
返信が大変遅れてしまいました事、お詫びいたします。
ultimo comboio
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- チャンツンさん 2010/04/28 05:43:06
- 自力で帰ってきた人がいたとは!
- ultimo comboioさん
おはようございます。
太平洋戦争から自力で帰ってきた人がいたとは知りませんでした。
戦争終結を知り、敵に投降することなく帰還するということをやってのけたということは、なんとすごいことなのでしょうか。今だったらば当然新聞のトップ記事ですが、その当時の扱いはどうだったのか?ちょっと興味があります。戦争終結した事実を認識し、帰還する方法を考え、実行するという、もしかしたら小野田さんよりも判断能力や実行力に長けた人たちだったのではないでしょうか。
「沖縄や他の島ではなく、屋久島にたどり着いたというのも屋久杉の霊力か何かに呼び寄せられたのかも。」などと思います。
一度行ってみたいなあ、とも思いますが、ちょっと遠い島です。
- ultimo comboioさん からの返信 2010/05/09 20:08:07
- RE: 自力で帰ってきた人がいたとは!
- チャンツンさん
こんばんは
返信遅れました。すみません。
数年前この事実を偶然知って興味を持ちました。
屋久島にたどり着いたというのはチャンツンさんの
言うように屋久杉の霊力なのかもしれませんね。
> ultimo comboioさん
> おはようございます。
> 太平洋戦争から自力で帰ってきた人がいたとは知りませんでした。
> 戦争終結を知り、敵に投降することなく帰還するということをやってのけたということは、なんとすごいことなのでしょうか。今だったらば当然新聞のトップ記事ですが、その当時の扱いはどうだったのか?ちょっと興味があります。戦争終結した事実を認識し、帰還する方法を考え、実行するという、もしかしたら小野田さんよりも判断能力や実行力に長けた人たちだったのではないでしょうか。
> 「沖縄や他の島ではなく、屋久島にたどり着いたというのもか何かに呼び寄せられたのかも。」などと思います。
> 一度行ってみたいなあ、とも思いますが、ちょっと遠い島です。
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- sadchanさん 2010/04/17 20:49:49
- 屋久島、一度は行きたい場所ですね
- 家内も、屋久島へ行きたいというのですが、疲れるとか、汚いとかが嫌いな性で、屋久島って、その点は、どのような場所かなと、毎年、行きそびれています。
いろいろな方の屋久島の旅行記を拝見しますが、やっぱ、屋久杉と海ののんびりが売りなんでしょうね。 宿でゆっくりするだけでも、楽しめるとは思うのですが、どうなんでしょう。
- ultimo comboioさん からの返信 2010/05/09 20:14:15
- RE: 屋久島、一度は行きたい場所ですね
- sadchanさん
メッセージありがとうございます。
返信遅くなり申し訳なく思います。すみません。
屋久島はいいところですが自然が売りの島なので
はっきりいって田舎です。何もありません。
歩くことが嫌いなひとには辛いかもしれません。
> 家内も、屋久島へ行きたいというのですが、疲れるとか、汚いとかが嫌いな性で、屋久島って、その点は、どのような場所かなと、毎年、行きそびれています。
>
> いろいろな方の屋久島の旅行記を拝見しますが、やっぱ、屋久杉と海ののんびりが売りなんでしょうね。 宿でゆっくりするだけでも、楽しめるとは思うのですが、どうなんでしょう。
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- kyokosa-nさん 2010/04/12 16:16:02
- 屋久島にもう一度。
- ultimo comboioさん
屋久島の旅行記を懐かしく見せていただき
私も10年ほど前に写真の仲間5人で屋久島の原生林を
歩いたことを思い出しました。
全紙サイズに延ばした写真は屋久島の古代杉から甦る
鮮やかな新緑の枝に
「生命」いのちと題をつけて写真にしました。
いつ見ても爽やかさと生命力を感じています。
此の島にも終戦直後の歴史事件が有ったのですね。
命を感じるお写真の屋久杉に出会えて
宮之浦岳にいつか挑戦をと夢を見たいと思います。
私のブログにお訪ねを頂きありがとうございます。kyo-ko
- ultimo comboioさん からの返信 2010/04/13 19:15:48
- RE: 屋久島にもう一度。
- kyo-koさん
メッセージありがとうございます。
屋久島の原生林を歩かれたとのこと。いい想い出ですね。
宮之浦岳は九州で最も高い山ですよね。実現してください。
山はいいですよね!
小生も機会があれば挑戦したいです。
ultimo comboio
> ultimo comboioさん
> 屋久島の旅行記を懐かしく見せていただき
> 私も10年ほど前に写真の仲間5人で屋久島の原生林を
> 歩いたことを思い出しました。
>
> 全紙サイズに延ばした写真は屋久島の古代杉から甦る
> 鮮やかな新緑の枝に
> 「生命」いのちと題をつけて写真にしました。
> いつ見ても爽やかさと生命力を感じています。
> 此の島にも終戦直後の歴史事件が有ったのですね。
>
> 命を感じるお写真の屋久杉に出会えて
> 宮之浦岳にいつか挑戦をと夢を見たいと思います。
>
> 私のブログにお訪ねを頂きありがとうございます。kyo-ko
>
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- zzr-cさん 2010/03/12 11:44:51
- 弥生杉
- ultimo comboioさま こんにちは
屋久島見させていただきました。
力強いですね〜
弥生杉っていうんですか?
海もすごくきれい。日本じゃないみたいです。
zzr-cは先週箱根に行って雨と霧とまさかの積雪にあいました。
zzr-c
- ultimo comboioさん からの返信 2010/03/27 20:26:16
- RE: 弥生杉
- zzr-cさん
こんばんは
返信いつも遅くなりすみません。
屋久杉には弥生杉、縄文杉、紀元杉などそれぞれに
名前がついます。
元気がもらえるパワースポットです。
海も山も美しく夏がいいですね。
ultimo comboio
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- spumamiさん 2009/10/10 22:22:30
- エネルギーもらいました♪
- ご訪問有難うございます
屋久杉は迫力ありますねぇ〜
エネルギーもらいましたよ^^
spumami
- ultimo comboioさん からの返信 2009/10/11 19:16:21
- RE: エネルギーもらいました♪
- こちらこそ
ありがとうございます。
エネルギーを蓄えてまた良い旅をしてください!
ultimo comboio
> ご訪問有難うございます
>
> 屋久杉は迫力ありますねぇ〜
> エネルギーもらいましたよ^^
>
> spumami
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- beijing-fanさん 2009/09/13 23:03:07
- 40年前に行きました。
- ultimo comboioさん
今日は!
beijing-fanと申します。
僕のとこに訪問頂き、その上投票まで有難うございました。
丁度40年前に、友人と屋久島に行きました。そんなに騒がれていたこともなく、静かなものでした。海岸沿いを少しと、少し山の中に入って樹齢1000年程の杉を見ただけです。
僕としては、ガジュマルの木を初めて目にして、奇異な姿に驚いたのが一番強い印象でした。ところが、ultimo combioさんの写真にはガジュマルの木は1本も写っていませんでした。
そこいら中に生えていましたが、今は様変わりしたのでしょうか?
なぁ、なんせ40年まえのことですから。
- ultimo comboioさん からの返信 2009/09/13 23:44:10
- RE: 40年前に行きました。
- beijing-fanさん
こちらこそ有難うございます。
そうですか1969年ですねー。当時は騒がれるどころか世界遺産でもないし
九州で一番高い山と言う程度だったのかもしれませんね。
大自然はそのままにただの離島としてしか存在していなかった時代です。
beijing-fanさんは先駆者ですね!
安房港は昭和40年前まで客船が接岸できず艀だったようです。
それからガジュマルの樹は見ましたが種子島、屋久島、奄美には結構多いらしいので写真撮っていません。
ではこれからも 楽しい旅を 奥様とお続けください。
> ultimo comboioさん
>
> 今日は!
> beijing-fanと申します。
> 僕のとこに訪問頂き、その上投票まで有難うございました。
>
> 丁度40年前に、友人と屋久島に行きました。そんなに騒がれていたこともなく、静かなものでした。海岸沿いを少しと、少し山の中に入って樹齢1000年程の杉を見ただけです。
>
> 僕としては、ガジュマルの木を初めて目にして、奇異な姿に驚いたのが一番強い印象でした。ところが、ultimo combioさんの写真にはガジュマルの木は1本も写っていませんでした。
> そこいら中に生えていましたが、今は様変わりしたのでしょうか?
>
> なぁ、なんせ40年まえのことですから。
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- sweetbasilさん 2009/08/28 08:55:09
- こんにちは!
- 屋久島、いいですね〜
私も20年前に行きました♪
当時は縄文杉の根元まで行けて、木肌に触れることが出来ました。
山にいる間ずっと雨で、大変でしたが良い経験させていただきました。
森の密度を感じますよね!
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- romanさん 2009/08/24 21:18:10
- 屋久杉!
- ultimo comboioさん こんばんは。
屋久島の濃い緑に癒されました。
やはり、生き生きしている樹木は
パワーが違いますよね!
屋久杉の素晴らしさに1票です。
いつか屋久島に行ってみたいな〜!
ろまん
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