1989/08/11 - 1989/08/12
10位(同エリア156件中)
がおちんさん
連日の少数民族めぐりで体は疲労気味。そこで今日は昼前には帰れるように、モンフンから割と近いプーラン族の村に行くことにしました。
ところが途中でトラクターに乗せてもらったのが大失敗。私の勘違いが元で、全然違う場所に運ばれてしまいました。
炎天下の中で水も食料も持たず、山道で迷子になるという最悪の状況に。
途中の村々で世話になりながら山道を歩き、翌日モンフンに疲労困憊で帰り着いたという、情けない迷子トレッキングとなりました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- ヒッチハイク
-
1989年8月11日(金)
今朝、起きると昨日の疲れが残っていた。暑い中を長時間歩いたからだろう。
しかし、モンフンにいる間に他の少数民族の村にも行ってみたい。
ノンヤンというプーラン族の村なら近いそうだ。「朝出れば昼前にはモンフンに帰って来れる」と宿の人が言う。
よし、今日はそこに行き、午後は宿でゆっくりしよう。
孔雀踊りをしてくれた姉さんのミーカンを食べ、7時半頃フェニックスホテルを出発した。 -
深いモヤの中を40分ほど歩き、山道への分岐点を曲がる。
昨日降った雨のせいで道がグチャグチャ。粘土質のため、靴に赤土がくっついて歩くのに苦労する。転ばないようにゆっくり歩くため、相当時間をロスしてしまった。
山道からプーラン族の村へ至る小道があるはずなのだが、よく分からない。誰にも会わないので、道が合っているか少々不安になる。
しばらく歩くと水牛を2頭連れた少年に会ったので、「ノンヤンはこっちか?」と聞くと、「そうだ」と言う。
ホッとしてそのまま歩き続ける。 -
しばらくして後ろからトラクターがやって来た。
「プーラン族の村へ行きますか?」と聞くと運転手が頷いたので、乗せてもらうことにする。
悪路のため、しっかりつかまっていないと振り落とされそうだ。また振動が激しくて長いこと座ってられない。何度もぬかるみにはまり、なかなか進むことができなかった。
しかし、40分以上走ってもまだ着かない。おかしいと思って「ノンヤンはまだですか?」と聞くと、乗客全員が驚いて後方を指差した。はるか彼方の山の頂上に森が茂っているのが見えた。そこがノンヤンだという。
運転手が言うプーラン族の村は、モンカンという別の地域であることが判明。しかも、トラクターはモンカンへ行くわけではなく、モンカンへの分岐点だという場所で私は降ろされてしまった。
なんてこった! -
トラクターは去ってしまい、しばらく、その場にボーっと立ちつくす。
あのグチャグチャ道を歩いて引き返すのは至難の業だし、道だってよくわからない。
トラクターで1時間も走ったのだから、相当な距離を来てしまったことになる。
もう先に進むしかないぞ。どうするんだ、俺!
仕方なく歩き始めたものの、誰にも会わない。本当にこの道を行けばモンカンに着くのか不安になる。大体モンカンがどこにあるのかもわからないのだ。
太陽が高くなるにつれ暑さが厳しくなってきた。ほんの軽い気持ちで出てきたので水も食料も無い。そのくせ重い三脚は持ってきて馬鹿みたいだ。 -
途中の風景はきれいだったが、本当にピンチだったので写真なんか撮る余裕が無かった。
3時間ほど歩くと、コロッコロッと木のカウベルの音が聴こえてきた。そして犬の吠える声。遠くに見える小川で、ハニ族の女性が牛を放していた。
そこにたどり着くまで25分。ズブズブのダート道で靴が泥まみれだ。太陽が照りつけ、暑くてたまらない。
彼女は編み物をしていた。「モンカンはまだ遠いですか?」と聞くと「すぐだ」と言う。あと1時間歩けば着くそうだ。
のどがカラカラだったので、小川の水は飲めるか聞くと、彼女は水筒を差し出してくれた。
水筒は30年ぐらい使っていそうなほどボコボコで塗料はすっかり剥げていた。しかし中には冷たいお茶が入っていて、本当に生き返る気持ちだった。
ネムー(ありがとう)と言って、先へ進む。 -
さらに1時間歩いたが、モンカンには着かない。
ようやく山の尾根から小さな集落が見えた。家が5軒ほど建っている。道が正しいか聞きに行こう。
疲れて暑くてフラフラしてきた。小道を下りる際に草を踏み倒すのを忘れ、手と足に棘が刺さって出血する。なんてことだ。
家の下で声をかけると返事があり、ハニ族の女性が出てきた。モンカンまでは1時間かかるという。
そんな。
1時間前に会った人も「1時間で着く」って言っていたのに、そんなに遠いなんて。
ショックで気落ちする私。
家に入れと言われ、少し休ませてもらうことにする。 -
家には女性が2人。すぐにお茶を出してくれた。
瓶は手あかと油で汚れているが、味は美味しかった。
部屋の中は真っ暗で、目が慣れるまで何も見えないのは昨日行ったハニ族の村と同じだ。
何か食べるかとジェスチャーで聞かれたので、「メイアロー」(食べる)と答えたら、なぜか大笑いされた。
おばさんは囲炉裏の火を吹いて火力を強くし、料理を作り始めた。
犬や鶏がおこぼれを狙って部屋に入ってきたが、あまり近づくとおばさんに回し蹴りを食らっていた。 -
おばさんは炒め物を鍋ごと置くと、「さあ、食べなさい」と言った。
嬉しい。本当に嬉しい。今日はミーカンしか食べていない。
「マノ」は瓜と唐辛子を炒めたもの。
「クマロー」は赤米。今で言う古代米だけど、この時はそんなの知らないから不思議な感じがした。
マノはちょうどいい塩加減でピリッと辛い。時たま石が入っていて、ガリッとやってしまった。
私が「アウッ」と言うと、おばさんは笑ってお茶を入れてくれた。
こんなに美味しく感じたご飯は滅多に無い。
ただ、感謝するのみ。 -
ハニ族の帽子(ンホー)を被った子供。
目がくりくりして可愛い。(表紙の写真)
お母さんのおっぱいをせがむが、縫い物をしていたので断られてしまった。
すると、彼女は泣くのではなく、ブツブツと独り言を言ったのだ。
日本人からすると、その仕草がちょっと子供離れしているというか、悟っているというか、とにかく異文化を感じた瞬間だった。 -
食事をしたらすぐに出発するつもりだったのだが、疲れが全然取れないのでベランダでもう少し休むことにした。
隣の家の人もやって来て、興味深そうに私を見ている。
「インナ・ノ・ガマチョ・モンカン」(今日はモンカンに行きます)と言うと「オウ!」と笑った。
彼女は小さな赤ちゃんにおっぱいを飲ませ、おんぶされた兄はそれを泣きながら見ていた。もう我慢することを覚えさせられている。
胸がジーンと来た。
疲労はあまり回復しないが、もう1時間半ほどここにいるので出発することにする。
「ネムー・オマデ!」(ありがとう、さよなら)
「オウ、オマデ!」(さよなら) -
山道は蛇行しているので、遠くの山に道が続いているのを見るとゲンナリする。
やはり1時間経ってもモンカンには着かないが、にわかに風景が変わってきた。
出会った地元の人に言われるまま急な坂道を下っていくと、水田が広がっているのが見えた。
水牛が歩いているし、豚もブーブー歩いているのでモンカンは近いようだ。 -
ついにモンカンに到着。
水田で働いている女性は間違いなくプーラン族だ。
本来ならゆっくり写真を撮りたいところだが、疲れきっていたので余裕が無かった。
泊まる場所を探さなければならない。旅社でもあればいいのだが、未開放の僻地に宿があるはずもなかった。
もう空が暗くなり始めていた。ある建物の敷地内で洗濯をしている人(漢族)がいたので、事情を話して泊まらせてもらえることになった。
体調は依然悪く、熱まで出てきたようだが、野宿しなくて済んだのは幸いだ。感謝するのみ。
長い一日だった。 -
1989年8月12日(土)
ゆうべは熱が出て苦しく、ほとんど眠れなかった。また、ダニにやられたようで体のあちこちが痒い。
7時頃、お礼を言って出発する。
ちょうど漢族のお姉さんが歯を磨いてる最中だった。
さようなら、お世話になりました。 -
念願のと言うべきか、来るつもりじゃなかったのにと言うべきか、予定とは別のプーラン族の村に到着した。
せっかく苦労してたどり着いたのに、体調が悪くてやる気が出ない。
眺めも良いし、空気もきれいなのに、なんてこった。
どうにか元気を振り絞って村を訪れた。 -
後ろから、女の子が笑いながら私を追い越して行った。
また、前を歩いていたおばあさんが急に立ち止まり、その場で立ったまま小便をした。
追い越すのも悪いと思い、私も立ち止まる。
おばあさんは立小便が終わると、再び歩き始めた。
神業だ。 -
プーラン族の村は規模が大きく、家の造りも立派だ。
高床式だけど、竹製の塀で囲まれているので外からは中の様子が見えにくい。
朝が早いせいか、外に出ている人はいなかった。
一匹の豚が、「ブーッ、ブーッ」と鳴きながら歩いている。
とても静かな朝だ。 -
一人の女性が歩いてきた。
プーラン族の民族衣装は素敵だ。モンフンに来るときはターバン(ガウ)や布を被っているので、プーラン族女性の髪型を見たのは初めてだ。
「バ・ペンバ」(こんにちは)と言うと、彼女は笑ってうなづいた。 -
手に持っているのは糯米(エオウパイ)。
彼女はこのあと、再び戻ってきて私にも糯米をくれた。
「ホウイアウ」(ありがとう)と言うと、「エッアオ」(食べて)と笑った。プーラン族は明るくてにこやかな人が多い。
「アンガイエ・アウ・ブイン・モンフン」(今日はモンフンに行きます)と伝えると、小道を歩けば1時間半で着くと言う。
でも、それは彼らの足で歩けばの話だ。
きっと、その3倍はかかるんだろうなー。 -
小さい子供は、私の姿を見ると怖がって泣き出してしまう。
考えてみると、よそ者が勝手に村に入って来てカメラを構えるなんて失礼なことだ。
なんだか申し訳なくなってしまった。
この日以来、初めて少数民族の村に行く時はカメラを持って行かないようになった。 -
こちらは黒いタイプの民族衣装。
静かな村の中を歩く姿が、とても魅力的だ。
ああ、元気だったらもう少し村に居たいのになー。 -
モンカンの村を出て歩いていたら、昨夜世話になった施設(単位)のハニ族青年から声をかけられた。
彼によると、大きな道は迂回して相当時間がかかるので、モンフンへは小道を歩いていくべきだという。
私が道に迷わないよう、隣の村まで一緒に来てくれるそうだ。
なんて親切な人だ。
ありがとう。 -
モンフンへの近道は小道というよりはケモノ道に近かった。
急な斜面を下るが、道ではなく溝(みぞ)だ。
こんな道、彼がいなかったら絶対に歩けない。
近道とはいえ、上ったり下ったりと忙しい。体調の悪い私にはけっこう堪えるが、ハニ族青年は「それでも近道を行くべきだ」と言った。
地元の人が言うのだから、間違いないだろう。
しかし、なんでこんな山奥を歩いているんだか。昨日は気楽にモンフンを出たのに、こんな2日がかりの山歩きになってしまうなんて。
トホホ。 -
こんなケモノ道みたいなとこだが、歩いている人はいる。
モンカンのプーラン族は、野菜やホウキなどの売り物を背負い、この道を歩いてモンフンの市までやって来るのだ。
自分で歩いてみると、その大変さを実感する。なんだか彼らの作ったホウキがありがたく感じてきた。
一本買って日本に持って帰ろうかな。 -
モンカンから1時間ほど下ったところで、ラオチャイという村が見えた。森林の中に家が建っている。
凄い光景だ。
ラオチャイはラフ族の村。「ここまで来れば大丈夫。では、また会いましょう」とハニ族青年に言われた。
「ありがとう」。
握手を交わし、青年はビーチサンダルで再び山道を登って行った。
しかし、こんな山奥から本当にモンフンに帰れるのかなー。
やっぱりちょっと心配だ。 -
ラオチャイの村に入ると、女の子がいた。
「ノーダ」(こんにちは)と挨拶。
「ノーダ」はありがとうの意味にも使えるので、ラフ族と話すときは便利だ。 -
子供にとったら、よそ者は怖い存在だろう。
やっぱり一言でも、その民族の言葉で話したほうが警戒されない。
私も子供の頃、英語で話す西洋人が怖かったもんな−。
この娘、恥ずかしがって横を向いたままだ。
私が「アイエチャオ」(さようなら)と言うと、黙ったまま困ったようにしていたが、少し歩いて離れると、後ろから「アイエチャオ」と声をかけてくれた。 -
私を送ってくれたハニ族青年は、「ラオチャイからは電話線をたどって行けば大丈夫」と教えてくれたが、実際は電話線から道が外れたり、分岐があったりして悩んでしまう。
その場に留まり、出会った人に道を確認してから先へ進むようにした。こんなとこで遭難でもしたら笑い話にもならない。
モンフンから伸びて来た電話線はラオチャイを通り越してモンカン方面に伸びていた。
もちろん、この村にもモンカンのプーラン族の村にも電話どころか、電気も来ていない。 -
平地が少ないので、牛小屋も狭い。
水牛さんも窮屈そう。 -
ラオチャイから近い「ロンタン村」が見えてきた。
しかし、この辺の風景はモンフンにいるときは想像も出来なかった。
少数民族といっても、平地に住むダイ族と山岳民族とでは全然違う。
そして、そのどちらも中国人ということになっているのだから驚きだ。 -
ロンタンの近くまで歩くと、一人の男性が立ち止まって私を見ていた。
ロンタンに住むラフ族だという。
水を所望すると、彼は「着いてきなさい」と言った。 -
ロンタンの村に入ると、村人は驚いたような顔で私をジーッと見つめる。
子供が2人遊んでいたので「ノーダ」と声をかけると、彼らは泣きそうな顔になって家に駆け込んでしまった。
村には家が10軒ほど建っている。 -
男性の家に入る。
暗い部屋の中には5人の男たちがいた。
みんな寡黙で、時たま老人がブツブツ言う。静寂の中、薪がはねるパチッという音と、水パイプのゴボゴボいう音だけが目立つ。
「茶は?」と聞かれたのでお願いすると、男性は新しい薪をくべ、茶葉をやかんに直接入れて火にかけた。
湯が沸くまで10分ぐらい。みんな黙っている。 -
私も入って記念撮影。
外から帰ってきたおばあさんは、私を見てキョトンとしている。ストロボの光に驚いて声を上げ、奥の部屋に行ってしまった。
悪かったかなと思って「ソーホァドマガ」(ごめんなさい)と謝ると、大丈夫だと男性に言われた。
お茶のお礼と挨拶代わりにタバコを渡す。昨日、モンフンで「春城」という両切りタバコを10箱買っておいたのだが、途中で世話になった人たちに渡してきたので最後の一箱になってしまった。
彼らとのコミュニケーションにタバコは必需品である。
おばあさんは奥の部屋で、私を観察しながら水パイプを吸っていた。 -
存在感のある、ラフ族のおじいさん。
彼は若い頃、どんな光景を見てきたのだろう。
若者は老人を尊敬しているのが見ていてわかる。
ラフ族はハニ族やプーラン族の明るい気質とは全く違うが、親切で控え目な素晴らしい民族だ。 -
「食事をしていけ」と言われた。
体調が悪いので食欲が無かったが、好意を無駄にしては失礼と思い、いただくことに。
ハニ族にご馳走になった赤い米ではなく、白米だ。これは香ばしくて美味しかったのだが、おかずは食えたものじゃなかった。そこらの野草を煮ただけじゃないかと思われるほど不味い。
きっと彼らも同じ気持ちだと思うが、黙々と食べている。味がどうこういうのは贅沢な証拠だ。食えるだけマシじゃないか。自分にそう言い聞かせておかずを食べると小石をガリッと噛んでしまった。
彼らはペッと上手に石を吐き出していた。
慣れたものだ。 -
お礼を言って、家を出る。
モンフンまでは1時間で着くという。
しかし、実際にはここから2時間半以上かかった。 -
ラフ族はどう見たって貧しい生活をしているけど、彼らの思いやりや、もてなしの心は素晴らしい。
人間的なレベルが高い人達だ。
モンフンのマーケットを見るだけだったら、こんなこと考えもしなかっただろう。
それに気づいただけでも、山に来て良かった。 -
静寂に包まれたロンタン村を去る。
-
ロンタンから尾根沿いにつながったチョンチャイ村。
こちらには子供達が集って遊んでいた。 -
「ノーダ」と挨拶すると、子供達は興味津津の様子で寄って来た。
ところがカメラを構えた途端、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
右の2人は幼いので状況を把握していないみたい。
皆、驚かせてごめんね。
ちょっとバツの悪いまま出発する。 -
やっぱり1時間以上歩いても、まだ山の中だ。
何度も少数民族の人に追い抜かされていく。彼らは重い荷物を持って裸足で歩いているのに、私がどんなに頑張ってもついていけない。
中には天秤の両側に山菜を積んで、走るように山を下りていくおじさんもいた。へこへこしながらあっという間に消え去った。まるで異次元の動きだ。
体調が悪いとはいえ体力にはそこそこ自信があったのに、少数民族ロードではオバサンにすら追い抜かれてしまう。
ああ、情けない。 -
手前の娘さんに道を尋ねたら、途中まで一緒に歩いてくれた。
ところが知り合いと出くわし、長々と話しこんでしまう。
でも、おかげで15分ぐらい休むことが出来た。
二人ともハニ族だった。 -
ようやく視界が開け、モンフンの盆地が見えてきた。
しかし、まだこんなに高いところを歩いていたのかと驚いてしまう。
一体、自分は2日間どこを歩いていたんだか。
とにかくモンフンに無事帰れると思って嬉しくなったが、安心するのはまだ早かった。
ここから急な下り坂(溝)になり、ヌルヌル滑るし、一見平らな所でも泥沼みたいになっていたりするのだ。これを見分けながら下りて行くだけでも疲れてしまう。
足元ばかり気になって前を見ることができない。なんとか麓の近くまで下りて来たが、あとちょっとでモンフンというところで、電線を支える柱のワイヤーに顔をぶつけてしまった。
痛みで思わずしゃがみ込む。 -
ようやくモンフンに到着。
明日は日曜日で市が開かれるため、今日は人出が多いようだ。
不思議なもので、今までモンフンは雲南の僻地だと思っていたけど、こうして山から帰ってくると都会にでも来たような気分だ。
フェニックスホテルに戻ると宿の人達から、「帰ってこないから心配したぞ。一体どこに行っていたんだ」と言われた。
もうフラフラで、詳しく話す気力も無い。
部屋に入ると、すぐにベッドに倒れこんだ。安心して気が緩むと、今度は熱が出てしまった。
全く情けない結末だが、思わぬ「迷子トレッキング」で得た収穫は大きかったと思う。
雲南の旅 1989 (9) さらばモンフン〜3度目の日曜市とプーラン族の村 へ続く
http://4travel.jp/travelogue/10430225
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この旅行記へのコメント (4)
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- Halonさん 2011/03/23 09:50:29
- 時間を遡りたくなる
- がおちんさん、おはようございます。
モンフンとその周辺の旅行記、読ませてもらってます。
時々出てくる、おばさんの「オウ!」っていう相槌ち、いいですね。
こう言われると、意思が伝わっている以上に、仲間に入れてもらっているような気がします。
それにしてもいい時代に、いい所に行かれましたね。
今となってはタイムマシンがない限り、この風景には辿り着けません。
がおちんさんの旅行記は、時間を経るごとに輝き増していくことでしょう。
ロンタン村で立ち寄られた民家の中は、僕がサパで見た光景とも少し重なります。
昔の雲南には会えないけれど、それに近い風景を求めて、雲南やベトナムやラオスの奥地を探索してみたくなりました。
- がおちんさん からの返信 2011/03/29 19:22:13
- RE: 時間を遡りたくなる
- Halonさん
お久しぶりです。返事が遅くなって申し訳ありません。コメントをありがとうございました。
モンフンと周辺の村を歩き、それまで自分の持っていた価値観がひっくり返りました。少数民族の人たちは生活は貧しくても、明るい笑顔を持ち、他人にも優しい。豊かさとは何だろうと考えさせられました。これまでで最も印象に残る旅のひとつでもあります。
つい、こないだのような気がするのですが、もう22年も過ぎてしまいました。記憶よりも現実世界の変わり方がはやく、ちょっととまどってしまいます。
Halonさんの新しい旅行記も、ゆっくり読ませてもらいますね。
がおちん
-
- captainfutureさん 2010/02/14 15:46:05
- 20代ならではのタフな旅ですね!
- こんにちは!
お気に入りリストに申請頂き、有難うございました。
喜んでお受けします。
また再度自分の旅行記を読んで頂き、有難うございます。
20代ならではの非常にタフな旅、今回も一気に拝見しました。
やはり語学ができるっていうのは強いですね〜。
ハプニングに遭い、一瞬先が見えなくなりクタクタな上に不安になり大変だったと思いますが、もう今となっては二度とできない素晴らしい体験であり、思い出ですね。
行く先々でいろいろと親切にしてくれる少数民族の人達も素晴らしいです。
自分もこの春か夏にでもこんな素晴らしい村々に行ってみたいと思ってしまうのですが、20年という歳月を経てしまい、もうすっかり変わってしまっているのでしょうね〜。
自分は今年はまたウイグルへ、ノルズという春分の日の祭りか11月頃の犠牲祭に合わせて行けたらなあと考えています。でもどちらも寒い時期であり、寒いのが苦手な自分としては、多分また9月の断食明け祭の頃になってしまうのかなと思っています。
>そこに行くことが目的ではなく、そこの文化と融合するのがcaptainfutureさんの旅ですね。
せっかく行くのなら、できるだけ地元の人と同じようなことをしたいと考えてしまうのです。せいぜい格好程度になってしまうのですが。
過去の旅行記もUPしたいのですが、まだスキャナーがないため、もう少し先になりそうです。手に入ったらUPしますね。
これからも宜しくお願い致します。<m(__)m>
- がおちんさん からの返信 2010/02/14 16:37:22
- RE: 20代ならではのタフな旅ですね!
- captainfutureさん
お気に入り、承認いただきありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
> 20代ならではの非常にタフな旅、今回も一気に拝見しました。
昔の旅行記、読んでいただきありがとうございます。
確かに若かったので、ちょっと無鉄砲でした(笑)。
> やはり語学ができるっていうのは強いですね〜。
いえ、89年の頃はほとんど話せませんでした。中国語を主に活用するのは翌年留学してからです。この頃は、教わった言葉をノートに書きまくって暗記するようにしていました。
でも中国語が話せるようになると、便利なのでついそちらで話してしまうため、少数民族の言葉を忘れてしまうんです。だから私の場合、初めて西双版納に行った1ヶ月間が、最も少数民族の言葉を活用しました(笑)。
> 行く先々でいろいろと親切にしてくれる少数民族の人達も素晴らしいです。
本当にそう思います。そういう経験をしたから雲南に魅了されたのでしょうし、彼らと交流したいから言葉もよく覚えたのでしょうね。ハニ族でもプーラン族でも、相手が何を言いたいのか察してくれるので、あまり困った記憶が無いんです。優しい人たちでした。
> 自分は今年はまたウイグルへ、ノルズという春分の日の祭りか11月頃の犠牲祭に合わせて行けたらなあと考えています。でもどちらも寒い時期であり、寒いのが苦手な自分としては、多分また9月の断食明け祭の頃になってしまうのかなと思っています。
それはとても楽しみにしています! 新疆の冬は厳しいですからね・・・。
> 過去の旅行記もUPしたいのですが、まだスキャナーがないため、もう少し先になりそうです。手に入ったらUPしますね。
スキャン作業は面倒くさいですが、デジタルじゃなかった頃の記録はとても貴重です。こちらも楽しみにしております。
ではまた。
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