motogenさんへのコメント一覧(4ページ)全319件
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お疲れさまでした~(*^^*)
1話1話、物語を読むかのように、全17話とっても楽しみにしていました。
車のドアを開けて寝てたり、まさかの野宿には驚きましたが、夫婦の仲の良さも伝わってきて、何歳になってもこんな冒険をしてみたいなと本当に思います。
motogenさんのように歴史に詳しいと、旅もより面白くなるだろうな~と思いながら読んでました。私は本当に歴史に疎いし覚えられない(^^;
昨今の大雨などによる土砂崩れで通行止めになってる場所も山の方は多いですよね。ナビに反映されないと困りますね(^^;無駄な往復ばかりしちゃいますよね。
私は浜松市に住んでいます。よく磐田も遊びに行きますよ♪
1週間の車中泊ドライブルート、参考になりました。ありがとうございました。
*ちょこ*
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こんばんは
2年くらい前にこの天竜峡のライン下り、乗りにいきました。
しかも真冬に。冬はこたつ舟になってました。時期外れでもお客さんは3組いましたよ。
浜松の天竜川下りは無くなってしまいましたもんね…(; ;)さみしいですが。
私、浜松の天竜川と長野の天竜峡が同じ川っていう認識がなくて(笑)
2年前に来てみて、初めて知りました。
つつじ橋の方まで歩いたんですね。
結構距離ありましたよね。
私はすぐ諦めました(^^;
三遠南信道の橋も私が行った時より工事が進んでる感じ。
早く繋がってくれると長野県が近くなるのになぁ~。
*ちょこ*
RE: こんばんは
コメント、ありがとうございます。
私たちとは同じ遠州地域にお住いのようですね。
4トラ投稿をしている方が近くにいると思うと、心強く励みになります。
この旅行をする前に、天竜峡の旅行記を拝読させていただきました。
途中から飯田線に乗り換えたんですね。
これも楽しそう。
三遠南信道路ですが、蓬莱からは東にくねって水窪方面に進み、遠回りする予定なので、完成したとしてもそれほどの時間短縮にはならないようです。
難所も多く、トンネルを掘りかけてみたものの断念した所もあるようで、いつ完成するのか未定で、もしかしたら部分開通で終わるのかも・・
政治がらみのずさんな計画だった?
8月には福井、能登半島に車中泊旅行をする予定です。
ちょこさんの福井旅行記を読んで、大仏もいいかなぁ・・
なんて、初めの予定を変更するかも。
よろしくお願いします。2018年07月31日09時16分 返信する -
いい旅ですねぇ~(*´∀`)
夕日もサイコー!日の出も最高!
きれいな写真ですね!
車中泊旅は、いつも本当にわくわくしながら読ませていただいてます♪
あ、遅ればせながらフォローもさせていただきました。
よろしくお願いします。
私も18年前、和歌山県を4泊5日、車中泊と国民宿舎を織り混ぜながら旅をしました。
大阪経由で和歌山へ下り海沿いをぐるっと回って三重県へ。
今は道の駅が増えて、より良い車中泊旅ができそうですね。
懐かしい那智の滝や、橋杭岩。
写真がとてもきれいで、泊まるなら橋杭岩の道の駅にしよう!と心に決めました。
いつになるのかわかりませんが、また和歌山には行きたいので、参考になります。
古座の一枚岩も私の行きたいリストに入ってます。
たぶん同じ番組を見たんじゃないかな?
日本列島(和歌山)に1つの県と同じくらいの大きさの岩が埋まってるとかいう話だったような。
壮大な話で、驚きと感動で、古座の一枚岩を見に行きたいんです~。
車の後ろの吊り下げ式テーブル?いいですね(*^^*)私も車改造しようかしら。。。
美味しいコーヒー飲みたい♪
*ちょこ*
RE: いい旅ですねぇ?(*´∀`)
ありがとうございます。
資産もたいした収入もない私たち夫婦は、ぜいたくな慰安旅行はできませんので、安上がりな東南アジアの旅を続けていました。
国内旅行は宿泊費や交通費がばか高で、二の足を踏んでいましたが、隣に軽トラのキャンピングカーを持った人がやってきて、これならできそうだと、衝動でエブリイの中古車を買ってしまいました。
車中泊専用車です。
買った以上、旅行に出かけなくてはなりません。
国内にも良い場所がたくさんあるようで、エブリイに荷物を詰め込んで出かける貧乏旅行は、海外に劣らない冒険の場所となっています。
良い場所があったらアドバイスをお願いします。
これからもよろしくお願いします。
2018年06月01日12時55分 返信する -
道の駅飯高駅
温泉つきとは!良いですネエ。いつか自転車で寄ってみたくなりました。珍布峠も良いですネエ。三重県は当方の地元ですのでヒマさえあればサイクリングしてみたい!
ありがとう、グッドニュース。RE: 道の駅飯高駅
ありがとうございます。
アリヤンさんの熊野古道の旅行記を見て、熊野古道に憧れて、今回の車中泊旅行を思いつきました。
熊野古道の何たるかを知らないで、3日目に馬越峠を歩き、道の駅で頂いたパンフレットと照らし合わせて、多少理解できました。
そう言えば私の住む地域には東海道がありますが、鎌倉時代の道、江戸初期の道、明治の道、昭和の道、そして平成の新しい道と、道というものは次々に変わっていくんですね。
昔の道は、所々にその残骸が残っています。
熊野古道もそういう道なのか・・と理解できましたが、今回歩いた道はほんのわずかで、アリヤンさんには遠くおよびません。
これからもよろしくお願いします。2018年05月24日12時32分 返信する -
ほぼ「探検」ですね~(笑)
motogenさん、こんにちは~♪
「道の駅・飯高駅」を検索していまして来ました。
実は、ワタクシ、松阪市民でして~^^。
確かに「山奥」です(笑)。
茶倉や小津安二郎監督のお話もご紹介いただきありがとうございます。
地元の人もあまり行かない「珍布峠」まで~~~♪
いや~松阪市長になりかわりまして(汗)、一般人のワタクシからもお礼申し上げます。
巨岩・奇岩の紀伊半島で車中泊二編、楽しく拝見させていただきました^^。
車中泊の旅、新鮮で面白かったです!
これからも、お邪魔したいのでフォローさせていただきますね。
ではでは~
多良RE: ほぼ「探検」ですね?(笑)
ありがとうございます。
紀伊地方、特に三重県には深い思い入れがありまして、きざな言い方ですが、ほろ苦くもあり甘酸っぱくもあり、宝物ではあるが恥ずかしさもある、青春時代の秘めた物語のある土地なのです。
ですから紀伊半島を車を走ったり、歩いたりしていると、当時の思い出が湧き出してきて
切なくなってしまいました。
あれから40年以上、いや50年近くになっています。
あの娘も、今ではおばあさんになっているはずですが、音信不通。
元気で暮らしているのかな・・なんて考えながらの旅でした。
よろしくお願いします。
2018年05月24日12時23分 返信する「旅の重さ」という古い映画を思い出しました(^_^;)
そうだったのですか〜♪
ほろ苦く、甘酸っぱい、恥ずかしい、青春・・・。。。
この言葉から想像できる事は、たった一つ・・・アレ(笑)
いや〜〜ワタクシにも同じような思い出がありますので、激しく同意です!(^_^;)
正直、言葉じゃ言い切れない感じで、胸がキュン!となりますね〜^^。
しか〜し、音信不通は残念ですね。。。
地元に近い、飯高町・・・探しましょうか?←オイオイ!!!
多良2018年05月24日13時14分 返信するRE: 「旅の重さ」という古い映画を思い出しました(^_^;)
ありがとうございます。
学生時代の同級生ですので、聞き回れば分るかとも思うのですが、このままにしておいた方が良いのかと・・・
このこと、誰にも話してません。
当時は今と違って純情な時代だったものですから、淡い恋心と友情と仲間意識が混ざったまま、一緒に寝泊りしても何もなく・・・
そんな時代でした。、
整理整頓ができてないものですから、手紙も写真もなくなってしまって、手がかりなし。
尾鷲だったと思っていましたが、手紙を出す時に、確か「海山」と書いた記憶があるような気がして・・・
当時は「うみやま」と読んでいたような気もします。
今回、道の駅海山に泊まって、
「あれっ・・もうかしたら・・・」
「しかし、ここ尾鷲ではないような・・・」
思い出は思い出として、そっとあの世まで持って行きましょう。
2018年05月25日08時03分 返信する当時の環境
いや〜ナカナカ深いお話をしていただき恐縮です。
想像ですが、motogenさんとワタクシはそんなに年齢に差は無さそうな感じで。。。
なので、この淡い恋物語、よ〜くわかります!
昔は、相手に電話したくても、まず家の人が電話口に出られシドロモドロになっちゃいましたし、手紙を出せば、誰から来たか家の人にバレル(苦)。
アノ時代にPCやスマホがあれば、どれだけ助かった?でしょうか〜(笑)。
しか〜し!あの時代はあの時代で、今と違ってロマンが百倍ありました^^。
そんな時代だったから、余計思い出は大事ですね^^。
「海山」へ又お出かけになって、マンボウ料理でも召しあがっていただき、当時の思い出を懐かしむのも悪くありませんね〜♪
ではでは〜
多良2018年05月25日11時11分 返信する -
東南アジア探訪に勝るとも劣らない!
確か奥さんは腰を痛めていたと記憶してるけど完治されたのかしら。
ご夫婦健脚が車中泊自在旅行を+200%に拡げてるネ!
大昔の金嬉老事件で寸又峡のイメージは持っていたけど、まさに秘境ですね静岡市中心部から数時間で行けるなんて!RE: 東南アジア探訪に勝るとも劣らない!
ありがとうございます。
金嬉老の事件の記憶は、薄ら薄らありますが、
「どんな事件だったの?」
「銃や日本刀を持って、誰かを人質にして、温泉にたてこもったんじゃない?」
そんな会話を車の中でしましたが、良く分っていませんでした。
いつの頃だったのか、最後どうなったのかも記憶が薄れてしまっていて、
「もしかしたらこの寸又峡ではなく、別の場所だったのかな・・」
なんてことも考えてしまいました。
脊椎を圧迫骨折した女房は、特性のコルセットをして生活していましたが、やっと回復したようで、普通の生活が出来るようなりました。
健康はありがたいものです。2018年05月08日22時59分 返信する



