Berg Heilさんへのコメント一覧(2ページ)全232件
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ウィーン軍事史博物館
Berg Heilさん、こんにちは。
いつも拙い旅行記を見に来てくださってありがとうございます。
今回は、ウィーンに参りましていろいろ歴史的な場所を見てまいりました。
その中で軍事史博物館にもいきましたが、写真はとったものの、これをどう旅行記に生かせばいいものか?、説明書もなく途方にくれていました。
そうだこういう時は!、
やっぱりBerg Heilさんは訪れていらっしゃいましたね。
しかも2度も。
早速拝見させていただきました。
歴史のこと、戦闘機のこと、とても詳しくて参考になります。
ありがとうございました。
困ったときの、Berg Heilさん頼み・・!
今後ともよろしくお願いいたします。
himmel
2014年12月13日15時24分返信するRE: ウィーン軍事史博物館
> Madam frau himmel
連日寒い日が続きます。ウイーン軍事史博物館の件、小生を紹介して頂き恐縮です。小学校3年で敗戦をお迎え、当時は何もわからないいっぱしの「軍国少年」すなわち「少国民」でした。従ってこの年になっても戦闘機や駆逐艦に憧れた記憶は残っていますので Wien Budapest Praha を訪れた時には真っ先に軍事博物館を訪ねました。それにヨーロッパの歴史はまさに「戦争の歴史」と云っても良いのではないでしょうか? 歴史大好きのこの老野次馬にはこの手の博物館は欠かせません。
2009年に初めてプラハをカミサンと訪問した時、国立博物館での企画展で、 英・仏・伊・独の4か国がミュンヘン協定を結んび、ナチスのチェコ合併を承認した議定書が展示してあって、これぞヒトラーをつけあがらせた文章だと、不思議な感慨を持って見た事が記憶に残っています。
軍事史博物館の見学記、ご婦人の視点で、男の目で見ると違ってどの様な感想があるのか楽しみにしています。 Berg Heil 拝2014年12月14日10時20分 返信する -
マネッセ写本
Berg Heilさん こんにちは。
ご無沙汰しています。
ハイデルベルク大学図書館のことを調べていましたら、Berg Heilさんにお会いしました。
肖像画はマネッセ写本の吟遊詩人「ワルター・フォン・デア・フォーゲルワイデ」からおとりになったものなのですね。
今回はヴュルツブルクでもかの吟遊詩人の墓参りをしてまいりました。
思わぬところでBerg Heilさんにお会いしてうれしくなり書き込みさせていただきました。
今作成しておりますハイデルベルク編にお名前を使わせていただいています。
himmel
2014年07月09日14時55分返信するRE: マネッセ写本
> > Madame frau himmel
お便り深謝します。いつも博識できめ細やかな旅行記、全て拝見しています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
> 肖像画はマネッセ写本の吟遊詩人「ワルター・フォン・デア・フォーゲルワイデ」からおとりになったものなのですね。
> 今回はヴュルツブルクでもかの吟遊詩人の墓参りをしてまいりました。
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小生の旅行ブログの表紙に使っている”Walther von der Vogelweide”
これは1997年初めて訪独した時、いくつかの" Minnesaenger" の絵葉書を土産物屋(或いはミュウジアムショップ??)で見つけ、珍しいものがあるものと何枚か購入して悪友達に独逸便りをだしたものの一つです。この図柄がなんとなく気に入って 4トラに参加してから使っています。
>またヴルツブルクに墓がある事を「地球の歩き方」で知り、2012年に墓参りをしました。
>
ハイデルベルク, 旅行記で少し触れましたが Wilhelm Meyer-Foerster
の「Alt Heidelberg」既ににお読みでしょうか? この小説は昨今あまり顧みられなくなりましたが、独逸第二帝国時代(明治時代)の 庶民の貴族に対する扱い、学生生活や日本で言えば「県人会」 町や鉄道の雰囲気 いうなれば「古き良き時代」がとても感じられる作品だと思います。
基になった小説は「Karl Heinrich」 翌年戯曲にしたものが「Alt Heidelberg」 日本訳は両方読了済、独逸語版はアマゾンで戯曲の方は独逸から本物を入手、小説はやはりアマゾンで米国で発行されたリプリントを入手、ぼつぼつと和訳と対比しながら読んでいます。あまりややこしい独逸語ではありませんのでそんなに苦労しませんが、活字が昔の独逸文字、いわゆる”亀の子文字”或いは”髭文字”で読みにくいところがありますが、その昔 大学での独逸語の授業はこの文字を覚える事から始めましたので何とか読めていけます。私見ですがハイデルベルクを訪問される方には是非読んでから出かけてほしいものだと思っています。おそらく当地の印象がより鮮明になるのではないかと思っています。
先日、当地の独逸語講座で独逸人の先生がリルケの詩「秋の日」の訳読の時、いきなりその場で「独逸語で俳句を作って提出せよ」と云われました。
何とか 5・7・5 の単語を並べて提出したのですが、翌週 皆の俳句を添削し、プリントして返してくれたのですが大幅に単語をカットされ、なんだか「種田山頭火」の俳句の独逸語版になってしまい、いささか皆不満の様でした。これも日本人と独逸人の感性の違いではないのかと云うのが受講生の大多数の感想でした。
「つれずれなるままに、ひねもすのたりのたり」していては耄碌しますのでこの講座だけは熱心に受講しています。最年長は米寿の医者で昨年「独検3級」に全国最年長で合格、独逸大使館から表彰されました。
これからもMadame frau himmelの旅日記楽しみにしています。今年は訪独の予定はありませんが、まだまだ一人歩きは出来そうです。
>2014年07月10日14時05分 返信する -
素敵な旅行記を楽しみました。
いつも、旅の参考にしています。
ありがとうございます。
又、ドイツの旅を5/31−6/16です。
どこのお城に行こうかと迷っていました。
駅からのアクセスや観光案内所は、どこにありますか?
ここのお城の庭は、素敵なのがわかりました。
騎士の間もなかなか素敵ですね。
中の展示、どのようなのですか?
例えば、陶器やガラス製の皿や壺や人形やポットや花瓶とかありますか?
椅子やテーブルなどの家具はありますか?
シャンデリアや暖房の設備とかはありますか?
お忙しい時にすみません。
よろしくお願いします。
RE: 素敵な旅行記を楽しみました。
> いつも、旅の参考にしています。
> ありがとうございます。
> 又、ドイツの旅を5/31−6/16です。
> どこのお城に行こうかと迷っていました。
> 駅からのアクセスや観光案内所は、どこにありますか?
> ここのお城の庭は、素敵なのがわかりました。
>
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お便り深謝します。いつもの様にニュルンベルク(3泊)をベースキャンプにあちこち。Weikersheimへはヴルツブルク乗り換えでバードメルゲントハイムと共に訪問。小さな町ですので迷う事はありません。城は庭のみで、城内見学はしておりません。(2都市訪問で時間不足)観光案内所は Marktplatzにありますが 私はあらかじめ当地の観光案内所に手紙を出し(国際返信用切手を6枚同封:郵便局にあり)パンフレットと市街地図を送付してもらい、駅を下りたら直ちに行動に移せるようにしています。すなわち十分に予習して出かけます。「歩き方」に載っていない都市は市のHPかWikipediaで観光局の住所を調べます。
パンフレットの熟読=予習
現地訪問=なるべく歩き回り、パンフレットは集めまくる。 アルバム作り=復習(なるべく集めた紙屑を持ち帰り、旅の記憶の確認)
一番便利なのはヴルツブルク宿泊がベターかも。ロマンチック街道のバスもマルクト広場に停車します。城はす近くですから迷う事はありません。
私も独逸への物見遊山は14回(他に 墺太利、洪牙利 チェコ スロバキア等中欧諸国、すなわち歴史的に独逸及び、独逸人の影響のある所) 自分のフィーリングに合う国だとはまってしまった次第です。
5〜6月は日も長く一番良い季節、Gute Reise!!
私はあと2年で傘寿、はたして何時まで歩けますやら??2014年04月23日17時16分 返信するお答えありがとうございます。
ニュルンベルク(3泊)で、宿泊されているとの事、そこへも再度訪問予定です。Weikersheimへの行き方、アドバイスありがとうございます。
城は庭のみで、城内見学はしてないのですね。
観光案内所に手紙を出して、予習して出かけるなんて、良い方法ですね。
>
アルバム作り=復習(なるべく集めた紙屑を持ち帰り、旅の記憶の確認)
>参考になります。
6月は、日も長いので、たくさん見れて、明るいから、夜遅くまで遊んで疲れます。
>
> 私はあと2年で傘寿、はたして何時まで歩けますやら??
あら〜、そんなお年でも、旅を楽しんでいるなんて、素敵です。
私も頑張ります。
これからもよろしくお願いします。2014年04月25日13時21分 返信する -
訪問頂き有り難うございました
Berg Heilさん、お立ち寄り頂き有り難うございます。5月に多くの街に行かれたのですね。今度、ゆっくりと、拝見させて頂きます。
そのうち、オフ会でお会いできる機会があればと思います。
ココア2013年08月23日23時24分返信するRE: 訪問頂き有り難うございました
> 猛暑お見舞い申し上げます。
プラハは2回目の訪問ですが、歴史的にチェコの人達は独逸 露西亜 墺太利などの大国に囲まれその圧力を受け、小国としての生きる道を探し求めて来た結果、今日のチェコの存在があるのでしょう。それも自分達民族の誇りを忘れず、血を流すことを避けて来ました。そして美しい町が残りました。
ほんのチェコの表面を眺めて来ただけですが、その穏やかな人達に接して
チェコ・ファンになりました。 プラハの旅日記は9回に分けて投稿しますのでよろしかったら覗いて下さい。 厚さはまだまだ去りそうにありません。
御身ご自愛を!! Berg Heil 拝2013年08月24日12時44分 返信する -
いつも訪問ありがとうございます
Berg Heilさん こんにちは。
いつも訪問ありがとうございます。
なかなかドイツに行く機会がありません。。。
こちらで楽しませていただくことにしましょう^^
これからもよろしくお願いします。
sat2013年08月18日12時30分返信するRE: いつも訪問ありがとうございます
Herrn sat
猛暑お見舞い申し上げます。連日の暑さ、日本のみではなさそうです。なるべくエアコンを掛けないで、汗だくだくで過ごしています。
5月の旅行記、やっとプラハを書き始めました。5日毎に、9編にまとめ終了の予定ですのでよろしかったら覗いて下さい。なるべく説明は丁寧にをこころがけてはいますが、くどくならないように注意しています。あまり文章が長いとPCでは読みにくいし、あまり短くてもそっけないし、適当にまとめるのも難しいものです。
今後ともよろしく!! Berg Heil 拝2013年08月20日14時36分 返信する -
ふ、ふ、いいですね
Berg Heilさんへ
ふ、ふ、戦争と平和を感じます。
都内では、靖国神社の就遊館でしょうか。
歴史認識には、必要と思います。
まあ、無差別攻撃の現代で、
戦国の我こそは!といった、戦いの文明とはかけ離れていますが。
ふ、ふ、身に着ける鎧は、男の美学だと思います。
そして、名乗るのも。
まあ、いい悪いといった善悪の世界もあり、ここまでかしらね。
ありがとうございました、
失礼しま〜す♪
RE: ふ、ふ、いいですね
書き込み深謝します。貴殿のプロフィールからして小生と同年代かと想像します。
中欧の国々の軍事博物館に興味のあるのは、正に欧州の歴史は戦争の歴史そのものと思い見学、独逸を中心とした中欧史関係の書籍を日頃身を入れて読んでいます。(決して学者ではありません、単なる歴史好きな素人です)
いつか「家康」のシンポジュウムがあって聴講した時、オランダの歴史学者が「家康は欧州の歴史研究者の中では最も尊敬されている。なんといっても260年の戦争の無い世の中を作ったのだから」と。
戦争と平和を語るにしても、70歳以上の戦争を体験した人間(小学3年の時、空襲で火の中を逃げ回った)と、教科書で習っただけの人達とは基本的に戦争と平和に関する考え方が違ってくるのは致し方が無いと思っています。数年前逝去した岳父は支那事変の南支南寧作戦から、大東亜戦争勃発の時は香港攻略戦に参加、更にバダビア(インドネシア)へ転戦、連続8年が戦場、終戦をラバウルで迎えた陸軍砲兵大尉でした。しかし表面的な戦争を語っても決して「負」の部分は語ろうとしませんでした。最晩年「私は砲兵」という半自伝的な本を自費出版しましたが、「語りたくない、語る事の出来ない事があまりのも多くある」と言っていました。
>
それにしても鉄砲玉の下をかいくぐって来た人達は肝が据わっています。その典型的な女性が「新島八重」さんかも知れません。
1959年大学卒業ですが、当時は自家用車を持つ事と海外旅行が簡単に出来る事など思いもよりませんでした。現今の平和の有難さを感謝しています。、「平和 平和」と念仏のように唱えていれば平和がくると思っている人達を「念仏平和主義」と云うと何処かの雑誌で読んだ記憶があります。体験と観念の違いでしょう。
今後、はたして何回欧州に一人旅出来ますかわかりませんが、ボケ防止のためにも旅への憧れは持ち続けるつもりです。
これから独逸を4編、チェコを5〜7編週2回のペースで投稿しますので、よろしかったら覗いて下さい。
Berg Heil 拝2013年07月12日15時32分 返信する -
このパンは本物ですか?
Berg Heil様
美味しそうなパンですね!!
このパンの由来を読み、また挿絵を見て大笑いしてしまいました!
勇敢な市長夫人ですね!
でも、そういう役職夫人だったからこそ、わが身を投げ出したとも思えますが…。
確かに、上からパンが降ってきて、美味しそうなベーコン(!)の塊を見せられたら、兵糧攻めの意味はないと考えるでしょう。
流石に理詰めのドイツ人らしい考え方があるものだと感心しました。
ちょんた
RE: このパンは本物ですか?
>
> 美味しそうなパンですね!!
> このパンの由来を読み、また挿絵を見て大笑いしてしまいました!
> ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここは旅の計画中 ミュンヘンからニュルンベルクへの移動日、時間が十分あるのでどこか立ち寄る面白そうな町が無いかと調べているうちに見つけた次第です。さっそくいつもの様に観光案内所に手紙を書き、市街地図とパンフレットを送って頂いた中に「ホラッフェン」のパンフレットがあり、面白そうなのでさらに Wikipedia で調べて出かけました。ただ Schuloss があの様な状態でがっかりしました。 なんでもかっては近郊に独逸空軍基地があって大変な連合軍の空爆があったそうです。
ホラッフェンはパン屋に寄らなかったので通常販売されているか否かはわかりません。パンフレットには ”Horaffen = Horn offen ”としてありました。
>
今後、独逸は5〜6編(一週間・2編のペース)旅行記を投稿して、チェコに移る予定ですので又よろしかったら覗いて下さい。2013年06月29日07時23分 返信する -
ご無沙汰しています。
ミュンヘン郊外の風景、いいですね。
お城ものんびりしていていいし花嫁花婿さんが民族衣装というのもいいですね。
一つ質問なのですが・・・・
なぜ写真がみんな小さいのですか?
なんだかせっかくの写真が・・・もったいない。RE: ご無沙汰しています。
> >一つ質問なのですが・・・・
> なぜ写真がみんな小さいのですか?
> なんだかせっかくの写真が・・・もったいない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ご指摘深謝、当方の写真の編集違いです。さっそく修正しておきました。
あと、独逸を6〜7編ほど4〜5日おきに投稿してからチェコに移る予定ですので又覗いて下さい。2013年06月25日13時29分 返信するRE: RE: ご無沙汰しています。
> > >一つ質問なのですが・・・・
> > なぜ写真がみんな小さいのですか?
> > なんだかせっかくの写真が・・・もったいない。
> ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>
P.S. この城の写真はもう少し撮影したと記憶していたのですが、思ってより少なく記憶なんていい加減なものです。これも老化現象か???
又背後のルストハイム城の方へは行っていませんので、その関係か???
しかし、とても広々とした緑いっぱいの空間、うらやましい環境です。
独逸に限らず ヨーロッパのお城ではよく結婚式にであいます。小生の結婚式は遥か49年前、よくカミサンが逃げて行かなかったものと感心しています。とは言っても今更行く所もないし、こちらも出て行かれればただオロオロするだけです。 在京のレディーの皆様によろしく。2013年06月25日13時40分 返信する -
あの棺は・・・
Berg Heilさん こんにちは。
わあー、この後にミュンヘン旅行記を投稿するのはちょっと勇気がいりますね。
アルテ・ピナコテークでは私の名前を出していただいて恐縮です。
ところで、ミヒャエル教会のヴィッテルスバッハ家の墓所の下に載せていらっしゃる
『メモがないので・・誰の棺だか不明だが・・・』
としていらっしゃるお写真、たぶんフラウエン教会にあったものでは?
たしかヴィッテルスバッハ家から出た神聖ローマ皇帝「 ルートヴィッヒ4世」のものではないかと思います。
間違っていたらごめんなさい。
私もこの後、ミュンヘン編です。やりにくいなー(笑)。RE: あの棺は・・・
>
> 『メモがないので・・誰の棺だか不明だが・・・』
> としていらっしゃるお写真、たぶんフラウエン教会にあったものでは?
> たしかヴィッテルスバッハ家から出た神聖ローマ皇帝「 ルートヴィッヒ4世」のものではないかと思います
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ご指摘深謝します。とにかくいつもカメラ2台で、場所や被写体に対応して、1000枚以上の写真を撮ってくるので、全くわからない写真が出てきます。ご指摘の様に神聖ローマ帝国の双頭の鷲の紋章がついていますので皇帝の棺桶だとは判別できるのですが、それが誰のものかはわからなかったわけです。特に教会を連続訪問すると、内陣や祭壇が似たようなものですので、はたしてどちらのものであったか迷う事がしばしばです。
>
又 日付を必ず、ヨーロッパ時間に合わせて設定しても街並や建物がどこであったか、あるいはかすかな建物に書かれてある文字を虫眼鏡で覗き込んで判別する事もあります。
欧州の旅行記を書くには、西洋史辞典 外国人名辞典 年表 そしてWikipedia (和文・独文)は欠かせませんし、現地のパンフレットと西暦年号が違っている事もあり、おそらく思い込みで間違って書く事もるかもしれません。
ミュンヘンは4回目の訪問ですので今回は簡単に1編のみです。
今後はほぼ5日おきぐらいで投稿の予定です。
「独逸ファンの常連テーブル」のコミュにお入りにならない事はとても残念、Madam frau hinmmel の旅日記は独逸ファンに殊の外、非常に参考になるのですが!!
2013年06月13日07時24分 返信する -
おかえりなさい。
おひさしぶりです。
おかえりなさい。
ご無事にご帰国何よりです。
先日帰省した時に父からお葉書を拝見しておりました。
父から旅行記始まったとの電話がありまして早速見にきました。
ビジネスクラスでの誕生日フライト長距離路線で最高ですね。
いつか体験してみたいですが子供が独立してからかしら。
ひき続き旅行記楽しく読ませていただきます。
KURITAの娘TOMOKOより。2013年06月08日22時35分返信するRE: おかえりなさい。
> Frau TOMOKO
書き込みありがとう。おかげで喜寿を迎えても元気に未だ放浪の旅ができそうです。これも大学時代 勉強もせず 父上と共に夏冬問わず北アルプスを縦横無尽に歩きまわっていた賜物と思っています。
ご存じの様に、今回は一週間ずれたらプラハの洪水でひどい目にあっていたところでした。 旅行中はミュンヘンで軽い夕立、最終日に一日プラハを歩き回った日は朝のうち小雨、昼間は降ったりやんだり日が照ったりで傘を濡らしたのはこの日だけでした。今迄の旅を振り返った時、案外「晴れ男」だと感じました。又気温も例年より少々低めで快適な旅でした。
1100枚にわたる写真の整理もやっと終わり、取捨選択して週2回くらいのペースで旅日記投稿していく予定です。よろしかったら覗いてください。なんでも韓国語がかなりおできの由、少しでも訪問国の言葉が出来ると旅の楽しさが倍増します。 最後になりましたがお美しかった叔母様の御逝去お悔み申し上げます。2013年06月09日09時39分 返信する



