はちのすけさんのクチコミ(10ページ)全3,631件
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- 基本情報
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投稿日 2024年12月26日
総合評価:4.0
琵琶湖の東西は発展の素質が違う。外部から見れば京都に近い西側の方が発達が早いような気がするが、実際は名古屋など中部地方に近い東岸の方が経済的には発達した。観光資源は比叡山を望む西側に集中しているが、名神、新名神高速が走る東側にアウトレットなどアミューズメント系が集まる。そうした琵琶湖の東西を結ぶのが、琵琶湖大橋。当初は対面交通だったが、需要の高まりを受けてもう1本、新橋が架かったほどだ。走行距離は短いが、走るたびに特別な時間を感じる。湖面をすっと持ち上げたような橋のフォルムが美しい。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2024年12月25日
総合評価:3.5
他の重要伝統的建造物群保存地区(伝建群)と少し異なる気がする。商業施設が少ないのだ。他の伝建群では土産物、資料館、飲食店など伝建群の雰囲気を生かして商業施設が軒を連ねているが、金堂地区ではあまり見かけない。もともと商家の町並みと言いつつ、店舗は別に構え、本店をこの地に構えた。このため、商家だが商業機能がない建物が多く、それ故に雰囲気が違うのだと思う。にぎにぎしくない空気はこのエリアの美点でもある。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2024年12月25日
総合評価:3.0
重要伝統的建造物群保存地区(伝建群)である金堂地区の中心をなすかのようなお寺さんだ。山門、本堂、庫裡など伽藍が堂々とひときわ高くそびえ立つ。浄土真宗大谷派の古刹だが、開創したのは源平合戦でおなじみの那須与一の孫だという。現在の本堂は江戸時代中期に建てられたもので、国の重文。門前の水路には鯉が泳いでおり、ある意味ここが金堂地区のメインストリートだ。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2024年12月24日
総合評価:3.0
戦前に満州、中国、朝鮮に百貨店を展開した三中井(みなかい)百貨店の中江富十郎の邸宅。江戸時代に建設され、明治6年に2階などを増築した。三中井百貨店は戦後に没落し、この屋敷は紆余曲折を経てスーパーマーケットを営んでいたが、廃業。平成20年にまちなみ保存交流館として復活した。運営は地元の有志。今でも屋敷構えや庭園は健在で、二階から一階がのぞき込めるなど商家ならではの造りが見学できる。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2024年12月24日
総合評価:3.0
JR草津駅のすぐ後背、西口にある高層のホテルだ。この日は草津駅東口側からマイカーで向かったが、なぜかナビゲーションが東口にあると誤認して案内するので、少し迷った。外国車製のナビだからかもしれないが、最初から西口を目指せば、駅近のとてもわかりやすい場所にある。このホテルの特徴はロビーなど共用部分が豪華なことだ。結婚式が宿泊と並ぶ収益の柱と見え、その辺りにはゴージャス。古き良き米国テイストだ。部屋は普通。駐車場はホテル近くに二棟ある。コンビニがホテル一階のテナントにあり、これはとても便利だ。近くにスーパーもあり、ちょっとした買い物環境は整っている。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 1人1泊予算
- 10,000円未満
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 客室:
- 3.0
- 接客対応:
- 3.0
-
投稿日 2024年12月23日
総合評価:3.0
水田風景の中に商人屋敷軒を連ねる町並みが重要伝統的建造物群保存地区として選定されている五個荘。まちなかには鈴鹿山脈の伏流水を利用した水路が縦横に走っており、1988(昭和63)ごろから観光向けに鯉を放流し始めた。一帯には派手派手しいショップなどはないので、鯉の泳ぎは落ち着きのある彩りを町並みに添えているという感じだ。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2024年12月23日
総合評価:3.0
百済寺と書いて「くだらじ」ではなく「ひゃくさいじ」、石馬寺と書いて「いしうまじ」ではなく「いしばじ」。このあたりの聖徳太子ゆかりのお寺の寺名は、少し意表を突く読み方が多い。伝統的建造物群保存地区の五個荘から少し車を走らせた山中にあり、駐車場から石段を10分弱歩いた先に境内が広がる。見どころは重文の仏像群だ。お堂ではなく、専用の
宝物庫に収納されており、じっくりと鑑賞できる。ただ、写真撮影は不可なので必然的にお堂の写真がこの「クチコミ」のメインになるが、あいにくお堂は改修中であり、絵にならなかった。- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2024年12月22日
総合評価:4.0
紅葉の名所として有名な庭園だ。本坊に隣接した池泉回遊式で、飛び石をたどってじっくりと回ることができる。高台にある遠望台からは安土城跡、観音寺城跡、さらには比叡山まで展望することができることから天下遠望の庭園と呼ばれる。いわば織豊時代の舞台が一堂に視野に収まる展望と言えるかもしれない。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2024年12月22日
総合評価:3.5
寺名は「くだら」ではなく、「ひゃくさい」と読む。聖徳太子が創建した近江国で最古級の寺院だ。紅葉の名所として有名で、11月上旬に訪れたときは紅葉狩りの観客に備えて駐車場が増設されていた。赤門と呼ばれる山門から本堂までは相当距離があるが、途中の本坊近くまで自動車で行ける。本堂は庭園を経てかなり上がったところにあるが、足を運ぶことを強くお勧めしたい。緑の陰に囲まれた石段、直射日光のスポットを浴びたように建つ仁王門、唐破風が印象的な本堂。見どころ満載だ。仁王門には3メートルある巨大なわらじが懸かっている。急坂にあることから参拝客が健脚の願を掛けるようになり、わらじの大きさとご利益が比例するとの思いから、どんどん巨大化した。参拝客はこの坂道を踏破することで自身の脚力を確認しているのかもしれない。全部を回るならば1時間はかかるお寺だ。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2024年12月21日
総合評価:4.5
山中にある静かな寺だ。推古天皇の命で聖徳太子は近江に48の寺院を建てると誓い、48番目がこの寺だったという。奈良や京都、大阪ではなく聖徳太子はなぜ滋賀の地を見込んだのだろうか。山門のすぐそばから五輪塔や石仏が並ぶ。参道の脇にも、境内の奥深くにも並んでいる。石段を登った先の高台にある阿育王塔。石造三重塔だが、何とも不思議な造形だ。形の単純さゆえか見飽きない。渡来人が建立したとの説がもっぱらだ。まるで聖徳太子の先見性と移住した人々の文化がここで化学反応を起こして誕生したかのような塔だ。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2024年12月21日
総合評価:5.0
たった三日滞在しただけだが、琵琶湖は想像よりも素晴らしい場所だった。延々と続く水辺の景観、それも太鼓橋と松林がセットになったような歴史的な景観、ヨットが水面を滑る現代的な風景、レジャー施設やキャンプ場が整備された野趣あふれる光景、そのままの自然など多種多様だからすごい。さらに湖岸の周辺には琵琶湖が影響を及ぼした歴史や産業、人々の営みのようなものが積み重なっているような感じだ。滋賀県をじっくりと訪れたのは初めてだが、琵琶湖がつくり上げた滋賀という観光地をもっと楽しんでみたいと思っている。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 5.0
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投稿日 2024年12月21日
総合評価:3.5
広大な寺院だ。それだけに参拝する前に準備が必要だった。中院、唐院、北院とあるが、駐車場から一般的な入場口から入って漫然と歩いていると中院と唐院の一部にしか足を運ばず、あとから北院など行っていない場所がたくさんあることに気づいた。とはいえ、HPの「おすすめ参拝コース」は十分になぞっている。壬申の乱で敗れた大友皇子を慰霊するために建立されたお寺で、その後も延暦寺との抗争、信長、秀吉からの圧迫などの荒波を乗り越えた寺院だけに、境内のそこここに歴史が残っており、ゆっくりと調べながら巡ってみたい気がする。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2024年12月18日
総合評価:3.5
1940(昭和15)年の創建と、神宮にしては新しい神社だ。祭神は天智天皇。中大兄皇子として日本歴史に登場し、大化改新を成し遂げた後、天智天皇としてこの国を治める。創建の地は天皇ゆかりの近江大津京の跡と推定される場所だ。とにかく社殿がダイナミックだ。朱塗りの楼門、割拝殿風の外拝殿、大ぶりな内拝殿と神宮らしい豪快さがある。参拝以外もにぎやか。天智天皇が水時計をつくったことで時計の宝物館や専門学校があるほか、参拝を呼びかける仕掛けがにぎにぎしい。訪れたときは七五三のお参りの最盛期で、多くの参拝客でにぎわっていた。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2024年12月15日
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投稿日 2024年12月15日
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投稿日 2024年12月15日
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投稿日 2024年12月15日
総合評価:3.5
現地を訪れて、満月寺の一部であることを初めて知った。琵琶湖に突き出るように建築されたお堂だ。1934年の室戸台風で崩壊し、現在のお堂は1937年に再建されたものだ。建築の歴史はさておき、何よりいにしえから多くの著名人がこの地に足を運び、その風景絶佳をたたえた経験を共有できるのが、この地の最大の魅力かも知れない。ここから見る琵琶湖は見飽きない。ずっとたたずんでしまいそうだ。
- 旅行時期
- 2024年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2024年12月15日
総合評価:3.5
屋根のラインのまっすぐさがとても印象的な建築だ。園城寺の中心をなす建物で、豊臣秀吉の妻である北政所ねねが寄進した。原因は不明だが、1595(文禄4)年、秀吉は園城寺に闕所の命を下し、事実上、廃寺とした。北政所の働きかけで、闕所は秀吉が亡くなる前日に撤回されたが、金堂はすでに延暦寺に移築されていたという。北政所は有力武将に働きかけて伽藍を寄進させるとともに、自身も金堂を建築した。晩年の秀吉がおかしくなっていたエピソードの一端を担うような場所だ。
- 旅行時期
- 2024年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2024年11月19日
総合評価:3.5
松江城を中心とする公園だ。公園内にお城のほか、興雲閣、松江神社、松江護国神社、城山稲荷神社があるほか、武家屋敷群、堀川遊覧船、小泉八雲関連の史跡などに隣接しており、観光のハブ的な存在だ。さらにサクラ、ツツジ、椿の名所で市民にも親しまれている。天守閣は有料なのでそうそう入城しないが、公園の雰囲気はとてもいい。街のど真ん中にこうした空間があるのはうらやましい限りだ。
- 旅行時期
- 2024年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 景観:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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投稿日 2024年12月14日
総合評価:3.0
勾当内侍は律令制における女官の一つであり、その職にあった人物は多数いる。が、特に南北朝期の武将である新田義貞の妻は有名だ。「道の駅びわ湖大橋米プラザ」のすぐ近くの野神神社には、その勾当内侍の墓がある。義貞は北陸を転戦中に戦死するが、その報をこの地で聞いた勾当内侍は悲しみのあまり琵琶湖に入水したという。哀れんだ村人たちがこの神社に祭り、現代でも命日に祭りを行う。地域の産土神らしく、境内はこぢんまりとした感じだ。ただ、太平記では勾当内侍は京で最晩年を過ごした記述があるほか、墓はここのほか、嵯峨野や義貞の故郷である群馬県、福島県など多数ある。
- 旅行時期
- 2024年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0













































