somtamさんへのコメント一覧(34ページ)全388件
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投票をありがとうございました
初めまして、Somtamさん。
今日初めて旅行記を書かせていただき、1票を頂戴しました。
まだ、何が何やらわかりませんが、皆さんの紀行文を参考に
頑張りたいと思っています。
これからもどうぞよろしくお願い致します。
また、お邪魔させていただき、じっくりと読ませて下さいね。2013年10月25日23時32分返信する -
お子さんも、お席のお値段一緒?かしら??
こんばんは〜somtamさん
まあ!F1は、トント???でございます。
車の爆音が、頭の中で鳴り響くようなイメージかしらw
綺麗どころのレースクイーンは、いらっしゃらないのかしら?
それにしてもチケット代は、お高いですわ〜
この写真にお子様が写っていて、この子が未来のF1ドライバーになるかもしれませんね!
では、またおじゃまします(@^^)/~~~ -
北陸
somtamさん、こんにちは。
北陸は夫が富山出身なのでよく行きます。
北陸本線の記念号、糸魚川まで走るんですね。
結構な距離!
糸魚川は昨年、富山に行った際にレンターカーで親不知に行っていました。
国道8号線?を走ったのですが列車が走っているのが見えて、特急は普通で面白くないのですが、普通列車がなんとものどかで、ビールとお弁当を買って電車旅も趣があっていいな・・と思って眺めていたんです。
ところで、somtamさんは「鉄ちゃん」なんですか?
鈴鹿サーキット・・・いろいろと趣味をお持ちですね。素敵です!
レモングラス -
国内でも
somtamさん。
お早うございます。
国内に置いてもご自身の趣味を満喫されているご様子ですね。
羨ましい限りです。
私は少ない稼ぎでタイでバイクを買い部屋を通年借りしてますので
日本ではひたすら仕事のみです。
過去の旅行記を読み返しますとsomtamさんも西日本の方とお見受けします。
先の私の書き込みで国鉄に関する蘊蓄を垂れてしまいました。
ローカルなネタでしたが「釈迦に説法」でしたね。
Om KoiRE: 国内でも
Om Koi様
こんばんは。
タイで通年、部屋を借りているのですか。
よいですね。
最近、Om Koi様の影響で、旅行者だった頃を思い出し、
シャン州の昨今の事情をネットで調べたりするようになりました。
クンサーはすでに過去の人となりましたが、今でも少し危なそうな所が
あるようですね。
メーホンソンとの境へ行き、山の人々にも興味がありますが、
タイヤイと、どこまで通じるか、タイ標準語で話したいです。
Om Koi様も、ガキ鉄だったとは驚きです。
阪和線のEF15・・・
阪和線の103系に注目してますが、いつでも行ける所で、
まだ、行っていません。
今日もレイル・マガジン誌12月号を買って来ましたよ。
阪和線の103系の特集もありました。
話は変わりますが、4travelの「川岸町子」様の
4travel.jp/traveler/moayuta/album/10808322/ を
よければ御覧下さい。タイ化した私が登場します。
ちなみに「川岸町子」様は30年前からの知り合いで、
かなりのタイ好きです!
somtam
2013年10月23日23時54分 返信する -
すばらしい〜
まさに、当時の私がいちばん行きたかった場所に、いちばん行きたかった行き方で旅行されていますね!
写真もすばらしい!
列車に乗る前のあのカオス、喧騒、阿鼻叫喚が浮かんできます(笑) -
はじめまして
はじめましてsomtamさん。
「マダガスカル大自然紀行」に投票して頂き、ありがとうございました。ankhと申します。
返事が遅くなって申し訳ありませんでした。拙い写真ばっかりで投票して頂いた方に感謝するばかりです。
たまたま3年位前にこのサイトを知り、カメラを買い換えたのを切欠に投稿するようになりました。私は勤め人なので、年1、2回海外旅行に出かけたら、投稿するくらいなんですが。
また、これに懲りずこれからも宜しくお願い致します。
ではでは。2013年10月21日21時17分返信するマダガスカル
ankh様
マダガスカルは憧れの地です。
マダガスカルはアジアとアフリカの融合の地で、
地域によりますが、インドの人力車が引かれていたり、
また、ラーメンの屋台があるということを聞きました。
毎月1回、博物館の講演会へ行っていますが、何回か前、
マダガスカルでした。おもしろかったです。
しかし、遠いですね。
でも、いつかは行きます。
こちらこそよろしくお願いします。
somtam2013年10月22日22時58分 返信するこんばんは。
somtamさん、ankhです。
不確かな情報なんですが、現地ガイド氏の話を思い出しました。
大昔、インドからマダガスカルに移民として渡って来た事が有り、少数部族としてでも構わないので、マダガスカル人として受け入れてくれるよう要請したそうですが、当時の首長が、それを断ったという歴史があるそうです。
その流れで、マダガスカル人にはなれなかったものの、そこに残った末裔たち、こういった人々が居て、アジアとアフリカの融合の地と言えるのかもしれません。
somtamさんの文章を読んで、急に思い出したのでメールしてみました。
ではでは。2013年10月23日00時01分 返信する



