嵐山・嵯峨野・太秦・桂旅行記(ブログ) 一覧に戻る
京都には記憶にない年も含めて65年通っていて、祖父母が隠居した嵐山の家は嵐電の駅の近くにありましたが、嵐電宇多野駅を使うのは初めての事でした。やってきた電車に乗って帷子ノ辻駅で乗り換えると嵐山駅もまもなくです。さすがにお盆の嵐山は人で溢れかえり、インバウンドの外国人観光客もたくさんいます。妻を見失ったと思ったら隠れてキュウリの1本漬けを買って食べています。「天龍寺」の塔頭には祖父母のお墓もあるので立ち寄ってお線香だけあげて一応お盆も済ませ、閉店に何とか間に合った「琴きき茶屋」で道明寺だけの桜餅もお土産に買い求めます。嵐山の商店街は昔は夕方5時になるとほとんどの店が閉まってしまい、空いているのはスペイン料理屋が1軒くらいでしたがだいぶ様変わりしたと思います。「嵐山グルメ横丁」という縁日のような、外国人が喜びそうな店に入って小腹を満たした後は渡月橋の方に向かいます。夕方からは「旅プラスワン」で予約した「「鵜飼」と「五山送り火」を楽しむ屋形船遊覧」に参加します。子供の頃は夏休みの1カ月ほどは京都の祖父母の家に預けられていて、嵐山の鵜飼はそんな夏のイベントの1つでもありました。午後7時頃になるとようやく日も暮れてきていい雰囲気に変わり、船に乗り込みます。ツアー代金は11,500円とかなりお高めですが、ビールなどが2本とお菓子が付いているだけです。隣の舟ではテーブルが中央に置かれて料理も並んでいます。さらに「嵐山吉兆」の舟には板前さんと仲居さんが乗り込んでのお食事も始まりそうです。30年前にお付き合いしていた女性と夏に「嵐山吉兆」で食事して、デザートだけお舟でいかがですか?と尋ねられたことがありました。その当時で舟の代金が3万円でしたから、舟を出して料理を頂いたら一体いくらになるのでしょう。久し振りの鵜飼は子供の頃と変わりなく、手漕ぎの舟が2艘で川を下ってきます。かがり火の灯りの中で鵜匠の古式漁法を鑑賞する夏の風物詩です。「嵐山の鵜飼」は鵜匠が風折烏帽子(かざおれえぼし)に腰みのという昔ながらの装いで船上から手綱を引き、数羽の海鵜を飼いならして鮎などの川魚をとる伝統的な漁法で、その歴史は古く嵐山の鵜飼は千年の昔から行われていました。在原業平の詠んだ「大堰川うかべる舟のかがり火にをぐらの山も名のみなりけり」の歌にもあるように、平安時代にはすでに行われていたようです。鵜飼の舟は一往復していったん終わります。午後8時になると渡月橋の向こうに左大文字の火が灯り始めます。それを屋形船の上から眺めるのですから風流なものです。「大」の字が終わり始めると舟は「嵐山通船 南乗り場」に停泊します。ここからは角度が緩いですが「鳥居」に火が灯り始めます。ここで下船する人がほとんどで、2回目の鵜飼を見るのは割れられと千葉からの母娘さんだけでした。貸し切り舟になったところで観る2回目の鵜飼はより風情が感じられて良かったです。この母娘さんは京都好きが高じて六地蔵に団地の1部屋を借りて毎月のように来られているということでした。一時マンションを買おうと考えたこともありましたが、これもいいアイディアかなと思えます。午後9時過ぎに舟を降りた後は渡月橋を渡り、阪急嵐山駅から桂駅、と淡路駅で乗り換えて南方駅まで戻りました。鵜飼を最後まで見たことでかえって電車は空いていたと思います。

トラピックス 「徳島阿波おどり2026」で心躍る大阪旅 4日間(6)屋形船の上から「嵐山鵜飼」と「五山送り火」楽しむ。

4いいね!

2026/08/16 - 2026/08/16

3741位(同エリア4725件中)

旅行記グループ 2026大阪の旅

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kojikoji

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京都には記憶にない年も含めて65年通っていて、祖父母が隠居した嵐山の家は嵐電の駅の近くにありましたが、嵐電宇多野駅を使うのは初めての事でした。やってきた電車に乗って帷子ノ辻駅で乗り換えると嵐山駅もまもなくです。さすがにお盆の嵐山は人で溢れかえり、インバウンドの外国人観光客もたくさんいます。妻を見失ったと思ったら隠れてキュウリの1本漬けを買って食べています。「天龍寺」の塔頭には祖父母のお墓もあるので立ち寄ってお線香だけあげて一応お盆も済ませ、閉店に何とか間に合った「琴きき茶屋」で道明寺だけの桜餅もお土産に買い求めます。嵐山の商店街は昔は夕方5時になるとほとんどの店が閉まってしまい、空いているのはスペイン料理屋が1軒くらいでしたがだいぶ様変わりしたと思います。「嵐山グルメ横丁」という縁日のような、外国人が喜びそうな店に入って小腹を満たした後は渡月橋の方に向かいます。夕方からは「旅プラスワン」で予約した「「鵜飼」と「五山送り火」を楽しむ屋形船遊覧」に参加します。子供の頃は夏休みの1カ月ほどは京都の祖父母の家に預けられていて、嵐山の鵜飼はそんな夏のイベントの1つでもありました。午後7時頃になるとようやく日も暮れてきていい雰囲気に変わり、船に乗り込みます。ツアー代金は11,500円とかなりお高めですが、ビールなどが2本とお菓子が付いているだけです。隣の舟ではテーブルが中央に置かれて料理も並んでいます。さらに「嵐山吉兆」の舟には板前さんと仲居さんが乗り込んでのお食事も始まりそうです。30年前にお付き合いしていた女性と夏に「嵐山吉兆」で食事して、デザートだけお舟でいかがですか?と尋ねられたことがありました。その当時で舟の代金が3万円でしたから、舟を出して料理を頂いたら一体いくらになるのでしょう。久し振りの鵜飼は子供の頃と変わりなく、手漕ぎの舟が2艘で川を下ってきます。かがり火の灯りの中で鵜匠の古式漁法を鑑賞する夏の風物詩です。「嵐山の鵜飼」は鵜匠が風折烏帽子(かざおれえぼし)に腰みのという昔ながらの装いで船上から手綱を引き、数羽の海鵜を飼いならして鮎などの川魚をとる伝統的な漁法で、その歴史は古く嵐山の鵜飼は千年の昔から行われていました。在原業平の詠んだ「大堰川うかべる舟のかがり火にをぐらの山も名のみなりけり」の歌にもあるように、平安時代にはすでに行われていたようです。鵜飼の舟は一往復していったん終わります。午後8時になると渡月橋の向こうに左大文字の火が灯り始めます。それを屋形船の上から眺めるのですから風流なものです。「大」の字が終わり始めると舟は「嵐山通船 南乗り場」に停泊します。ここからは角度が緩いですが「鳥居」に火が灯り始めます。ここで下船する人がほとんどで、2回目の鵜飼を見るのは割れられと千葉からの母娘さんだけでした。貸し切り舟になったところで観る2回目の鵜飼はより風情が感じられて良かったです。この母娘さんは京都好きが高じて六地蔵に団地の1部屋を借りて毎月のように来られているということでした。一時マンションを買おうと考えたこともありましたが、これもいいアイディアかなと思えます。午後9時過ぎに舟を降りた後は渡月橋を渡り、阪急嵐山駅から桂駅、と淡路駅で乗り換えて南方駅まで戻りました。鵜飼を最後まで見たことでかえって電車は空いていたと思います。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.0
グルメ
4.0
ショッピング
4.0
交通
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 新幹線 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
  • 高雄から山を降りてきて「嵐電宇多野駅」に向かいます。

    高雄から山を降りてきて「嵐電宇多野駅」に向かいます。

    宇多野駅 駅

  • 祖父母の隠居した後の家が嵐山にあるので嵐電には55年は乗っていると思いますが、「宇多野駅」を使うのは初めてですし、パープルの車体も初めて見たような気がします。

    祖父母の隠居した後の家が嵐山にあるので嵐電には55年は乗っていると思いますが、「宇多野駅」を使うのは初めてですし、パープルの車体も初めて見たような気がします。

  • 「帷子ノ辻駅」で電車を乗り換えます。嵐電は元々の家である「二条陣屋」と隠居宅のある「有栖川」の間を行き来することが多かったのでこの駅で乗り換えるというこは無かったです。

    「帷子ノ辻駅」で電車を乗り換えます。嵐電は元々の家である「二条陣屋」と隠居宅のある「有栖川」の間を行き来することが多かったのでこの駅で乗り換えるというこは無かったです。

    帷子ノ辻駅 駅

  • 「嵐電嵐山駅」まで来ると物凄い人の数に圧倒されます。

    「嵐電嵐山駅」まで来ると物凄い人の数に圧倒されます。

  • 妻を見失ったと思ったら隠れてキュウリを買って食べていました。

    妻を見失ったと思ったら隠れてキュウリを買って食べていました。

    嵐山駅 (京福電気鉄道) 駅

  • 喉も乾いていたので「嵐山グルメ横丁」に入りました。缶チューハイとタコ焼きで一休みです。

    喉も乾いていたので「嵐山グルメ横丁」に入りました。缶チューハイとタコ焼きで一休みです。

    琴きき茶屋 グルメ・レストラン

  • 屋台村のような設えは外国人観光客の人気のようで、お客のほとんどがそんな人たちでした。その多くの人が浴衣を着ているのにも驚きました。

    屋台村のような設えは外国人観光客の人気のようで、お客のほとんどがそんな人たちでした。その多くの人が浴衣を着ているのにも驚きました。

    嵐山グルメ横丁 グルメ・レストラン

  • ちょうどお盆ということもあるので「天竜市」の塔頭の中にある祖父母と伯母の墓参りもしておきます。

    ちょうどお盆ということもあるので「天竜市」の塔頭の中にある祖父母と伯母の墓参りもしておきます。

    天龍寺 寺・神社・教会

  • 東京にある両親お墓参りは旅行に来ているので行けていないのが申し訳なく思います。閉店ギリギリで「琴きき茶屋」の道明寺だけの桜餅は買うことが出来ました。

    東京にある両親お墓参りは旅行に来ているので行けていないのが申し訳なく思います。閉店ギリギリで「琴きき茶屋」の道明寺だけの桜餅は買うことが出来ました。

  • この後は屋形船に乗りますが飲み物付きなのでコンビニで氷を買っておくことにします。少し歩いたところにしかコンビニが無いので少し戻ることになります。この車のキャプションには「日本の経済的なロールスロイス」「排気量は1/10。全長は半分以下。グリルは純正。コーチラインは手描き。京都の狭い路地を走れるように、日本最小のダイハツ・ミゼットをカスタマイズしました。目立つのが好きで、魅力的な外観の唯一無二のロールスロイスを作りました。」とありました。

    この後は屋形船に乗りますが飲み物付きなのでコンビニで氷を買っておくことにします。少し歩いたところにしかコンビニが無いので少し戻ることになります。この車のキャプションには「日本の経済的なロールスロイス」「排気量は1/10。全長は半分以下。グリルは純正。コーチラインは手描き。京都の狭い路地を走れるように、日本最小のダイハツ・ミゼットをカスタマイズしました。目立つのが好きで、魅力的な外観の唯一無二のロールスロイスを作りました。」とありました。

  • 嵐山「鵜飼」と「五山送り火」を楽しむ屋形船遊覧というツアーを旅プラスワンというサイトで予約してありました。<br />

    嵐山「鵜飼」と「五山送り火」を楽しむ屋形船遊覧というツアーを旅プラスワンというサイトで予約してありました。

    渡月橋 名所・史跡

  • 「渡月橋」の上はすごい人出のようです。それにしてもインバウンドにおける京都に観光客の数には驚かされます。もっとも我々もそんな中の2人ですが。

    「渡月橋」の上はすごい人出のようです。それにしてもインバウンドにおける京都に観光客の数には驚かされます。もっとも我々もそんな中の2人ですが。

  • 子供頃はこの山頂にある「嵐山モンキーパークいわたやま」にも行きましたが、ある時自分以外誰も観光客がいない時があり、サルたちに囲まれて怖い思いをしたのでそれ以来50年以上登っていません。

    子供頃はこの山頂にある「嵐山モンキーパークいわたやま」にも行きましたが、ある時自分以外誰も観光客がいない時があり、サルたちに囲まれて怖い思いをしたのでそれ以来50年以上登っていません。

  • 「渡月橋」を離れて料理屋の並ぶ堤側に入ると少しは人の数も減った気がします。

    「渡月橋」を離れて料理屋の並ぶ堤側に入ると少しは人の数も減った気がします。

  • 川辺には大きなシロサギの姿もありました。近くで見るとかなり大きいことが分かります。熊本の「水前寺公園」でこいつがペタペタ近づいて来た時はちょっと怖かったです。

    川辺には大きなシロサギの姿もありました。近くで見るとかなり大きいことが分かります。熊本の「水前寺公園」でこいつがペタペタ近づいて来た時はちょっと怖かったです。

  • 「嵐山吉兆本店」も40年くらい通っています。最初に行ったのは24歳の時のその当時の夏のボーナスを持って祖母と伯母たちを連れて行きました。お昼食べただけでボーナスが飛んで、それはそれは恐ろしい思いをしました。嵐山おそるべし。

    「嵐山吉兆本店」も40年くらい通っています。最初に行ったのは24歳の時のその当時の夏のボーナスを持って祖母と伯母たちを連れて行きました。お昼食べただけでボーナスが飛んで、それはそれは恐ろしい思いをしました。嵐山おそるべし。

    京都 吉兆 嵐山本店 グルメ・レストラン

  • 鵜飼の乗合船の小屋は新しくはなっていますが昔と同じ場所にあります。子供の頃は祖父母の家から罧原堤をぶらぶら歩いて鵜飼を見に来ました。

    鵜飼の乗合船の小屋は新しくはなっていますが昔と同じ場所にあります。子供の頃は祖父母の家から罧原堤をぶらぶら歩いて鵜飼を見に来ました。

    嵐山の鵜飼 祭り・イベント

  • 河原の中ほどで受付をすると1人2本づつのビールか缶チューハイとお菓子の入った袋が渡されます。飲み物は持ってきた氷を入れたクーラーボックスの中に入れておきます。

    河原の中ほどで受付をすると1人2本づつのビールか缶チューハイとお菓子の入った袋が渡されます。飲み物は持ってきた氷を入れたクーラーボックスの中に入れておきます。

  • 川を渡る風に提灯が揺れています。真っ黒の鵜が染め抜かれた提灯は記憶がある限りずっと同じデザインです。小学生から中学2年までは毎年夏休みの1か月くらいは京都の祖父母の家に預けられていました。そして、必ず鵜飼を観に来ていました。

    川を渡る風に提灯が揺れています。真っ黒の鵜が染め抜かれた提灯は記憶がある限りずっと同じデザインです。小学生から中学2年までは毎年夏休みの1か月くらいは京都の祖父母の家に預けられていました。そして、必ず鵜飼を観に来ていました。

  • 妻と嵐山の鵜飼に来るのは3回目になります。それ以外にも木曽川の鵜飼を犬山で観たのもいい思い出です。犬山では鵜飼の前に遼についての杭州みたいなものがあり、とても勉強になりました。<br />木曽川鵜飼:https://4travel.jp/travelogue/11704931

    妻と嵐山の鵜飼に来るのは3回目になります。それ以外にも木曽川の鵜飼を犬山で観たのもいい思い出です。犬山では鵜飼の前に遼についての杭州みたいなものがあり、とても勉強になりました。
    木曽川鵜飼:https://4travel.jp/travelogue/11704931

  • 午後6時になって船に乗り込みました。最後尾の右側に席を取りました。船尾だと妻が後ろに盛られることが出来ますから。右舷にしたのは上流に船首を向けて数珠つなぎになり、鵜飼の舟はその右舷側を通過します。

    午後6時になって船に乗り込みました。最後尾の右側に席を取りました。船尾だと妻が後ろに盛られることが出来ますから。右舷にしたのは上流に船首を向けて数珠つなぎになり、鵜飼の舟はその右舷側を通過します。

  • 「嵐山吉兆本店」の屋形船も出ていました。こちらは提灯も吉兆のもので、船尾では板前さんが鮎を焼いているようです。仲居さんもスタンバイして皆さん着物を着ていらっしゃいます。

    「嵐山吉兆本店」の屋形船も出ていました。こちらは提灯も吉兆のもので、船尾では板前さんが鮎を焼いているようです。仲居さんもスタンバイして皆さん着物を着ていらっしゃいます。

  • 昔、ガールフレンドを連れて「嵐山吉兆本店」へ行ったことがありました。食事の終わりに「デザートはお舟でいかがですか?」と言われたのですが、お座敷から見える萩の花が奇麗だったのでそのまま部屋でいただきました。ちなみに舟代を尋ねるとその当時で3万円でした。

    昔、ガールフレンドを連れて「嵐山吉兆本店」へ行ったことがありました。食事の終わりに「デザートはお舟でいかがですか?」と言われたのですが、お座敷から見える萩の花が奇麗だったのでそのまま部屋でいただきました。ちなみに舟代を尋ねるとその当時で3万円でした。

  • 妻はそのガールフレンドとも会ったことがあり、その人といったところは後に妻を連れて行って記憶を上書きしました。イタリアとスイスまで行っていたのでこれは大変でした。その最後に残っていたのが「嵐山吉兆本店」でした。

    妻はそのガールフレンドとも会ったことがあり、その人といったところは後に妻を連れて行って記憶を上書きしました。イタリアとスイスまで行っていたのでこれは大変でした。その最後に残っていたのが「嵐山吉兆本店」でした。

  • 嵐山でも渡月橋の辺りの喧騒は大堰川の中までは伝わってきません。

    嵐山でも渡月橋の辺りの喧騒は大堰川の中までは伝わってきません。

  • 刻一刻と空の色が変化してきます。昨日の阿波踊りの喧騒も日本の夏を感じましたが、この日の屋形船にもそんな風情を感じます。

    刻一刻と空の色が変化してきます。昨日の阿波踊りの喧騒も日本の夏を感じましたが、この日の屋形船にもそんな風情を感じます。

  • 出港した屋形船は上流を目指して並び始めます。

    出港した屋形船は上流を目指して並び始めます。

  • 舟は上流に舳先を向けてロープをかけて繋がります。これでお客側の準備は完了します。

    舟は上流に舳先を向けてロープをかけて繋がります。これでお客側の準備は完了します。

  • 頃合いを見て2艘の鵜飼舟が上流から下ってきます。これが舟の右舷に坐った理由です。鵜飼舟は上流から下流へ下り、もう一度上流に登りながら魚を捕ります

    頃合いを見て2艘の鵜飼舟が上流から下ってきます。これが舟の右舷に坐った理由です。鵜飼舟は上流から下流へ下り、もう一度上流に登りながら魚を捕ります

  • 鵜匠の衣装は昔ながらの古風な衣装で、頭には風折烏帽子をかぶり、漁服と胸あてを着て、腰蓑をつけ足半をはいています。服の色は黒か紺色が決りで、これは鵜が自分と反対の色を警戒心をもつと言われているからです。鵜匠と鵜が一体となって夜の暗闇にまぎれて鵜飼は行われるのです。

    鵜匠の衣装は昔ながらの古風な衣装で、頭には風折烏帽子をかぶり、漁服と胸あてを着て、腰蓑をつけ足半をはいています。服の色は黒か紺色が決りで、これは鵜が自分と反対の色を警戒心をもつと言われているからです。鵜匠と鵜が一体となって夜の暗闇にまぎれて鵜飼は行われるのです。

  • 「首結い」の麻紐を結ばれた状態で鵜が登場します。鵜飼いに連れて行く鵜は空腹のまま漁に臨みます。鵜の食事は1日1回で、木曽川では主に冷凍のホッケなどが与えられました。鵜飼いシーズン中は餌の量を少なくして、漁に行く前にはいつも空腹の状態にしています。

    「首結い」の麻紐を結ばれた状態で鵜が登場します。鵜飼いに連れて行く鵜は空腹のまま漁に臨みます。鵜の食事は1日1回で、木曽川では主に冷凍のホッケなどが与えられました。鵜飼いシーズン中は餌の量を少なくして、漁に行く前にはいつも空腹の状態にしています。

  • 鵜飼いは由緒ある漁で日本でも1200年前の奈良時代から行われ、発祥の地と言われている中国でも日本同様に現在も行われています。ただ首結するのは日本だけの技術です。

    鵜飼いは由緒ある漁で日本でも1200年前の奈良時代から行われ、発祥の地と言われている中国でも日本同様に現在も行われています。ただ首結するのは日本だけの技術です。

  • 鵜はペリカンの仲間で世界中に分布し、合計39種類ほどの鵜が知られています。鵜飼いに使われるのは主にウミウという種類で、ウミウはアジアにしか生息しておらず、鵜飼いが行われているのは世界中でも中国や日本だけです。

    鵜はペリカンの仲間で世界中に分布し、合計39種類ほどの鵜が知られています。鵜飼いに使われるのは主にウミウという種類で、ウミウはアジアにしか生息しておらず、鵜飼いが行われているのは世界中でも中国や日本だけです。

  • 鵜飼いに使われるウミウは養殖されたものではなく、全て茨城県鵜の岬で捕らえられてきた野生の鵜です。ウミウは渡り鳥のため北からやってきて、鵜の岬で羽休めをします。日本で唯一鵜捕獲の免許を持つ名人が鈎のついた鵜捕り棒で鵜を捕獲します。一度人間に飼われた鵜は卵を産まないので繁殖が出来ないそうです。

    鵜飼いに使われるウミウは養殖されたものではなく、全て茨城県鵜の岬で捕らえられてきた野生の鵜です。ウミウは渡り鳥のため北からやってきて、鵜の岬で羽休めをします。日本で唯一鵜捕獲の免許を持つ名人が鈎のついた鵜捕り棒で鵜を捕獲します。一度人間に飼われた鵜は卵を産まないので繁殖が出来ないそうです。

  • 捕らえられた鵜は鵜飼いの技術を教え込まれますが、早い鵜で半年かかり、中には使いものにならない者もいるそうです。10年以上鵜飼いで使えますが、魚をよく獲るのは3年から5年くらいで、それを過ぎるとさぼったり、魚を獲る振りだけして鵜飼いが終わった後に餌をもらうだけのものもいるそうです。一度飼った鵜は死ぬまで世話を続けるそうです。

    捕らえられた鵜は鵜飼いの技術を教え込まれますが、早い鵜で半年かかり、中には使いものにならない者もいるそうです。10年以上鵜飼いで使えますが、魚をよく獲るのは3年から5年くらいで、それを過ぎるとさぼったり、魚を獲る振りだけして鵜飼いが終わった後に餌をもらうだけのものもいるそうです。一度飼った鵜は死ぬまで世話を続けるそうです。

  • 下流まで行った鵜飼舟は再び上流に向かって遡ってきます。実はこの辺りは水深が浅く、本来は鵜飼には向いていません。

    下流まで行った鵜飼舟は再び上流に向かって遡ってきます。実はこの辺りは水深が浅く、本来は鵜飼には向いていません。

  • 鵜は体重が3キロくらいあるそうですが、その半分くらいの魚が飲み込めるそうです。首結が無いと足の付け根くらいにまで魚が入るそうです。

    鵜は体重が3キロくらいあるそうですが、その半分くらいの魚が飲み込めるそうです。首結が無いと足の付け根くらいにまで魚が入るそうです。

  • 宇正の衣装の風折烏帽子(かざおれえぼし)は雷避けの意味があるそうです。鵜飼いの季節は雷の季節でもあります。そして足に履く草鞋の足半(あしなか)は名前の通りかかとまでの長さがありません。舟の上では滑らないように、万が一川に落ちた時は泳ぐ邪魔にならないそうです。

    宇正の衣装の風折烏帽子(かざおれえぼし)は雷避けの意味があるそうです。鵜飼いの季節は雷の季節でもあります。そして足に履く草鞋の足半(あしなか)は名前の通りかかとまでの長さがありません。舟の上では滑らないように、万が一川に落ちた時は泳ぐ邪魔にならないそうです。

  • 嵐山大堰川の屋形船は西暦805年頃から貴族の遊興の1つとされており、「三舟の才」の逸話で有名な藤原道長も船上での詩、歌、管弦等を堪能したといわれています。

    嵐山大堰川の屋形船は西暦805年頃から貴族の遊興の1つとされており、「三舟の才」の逸話で有名な藤原道長も船上での詩、歌、管弦等を堪能したといわれています。

  • 現在は嵐山の夏の風物詩として多くの方に親しまれている嵐山鵜飼も、当時は公家の遊びとして行われていました。

    現在は嵐山の夏の風物詩として多くの方に親しまれている嵐山鵜飼も、当時は公家の遊びとして行われていました。

  • 平安時代に公家の遊びとして運航されていた屋形船も次第に一般に親しまれるようになり、明治45年の1912年には、当時の船頭が嵐山通船を立ち上げました。

    平安時代に公家の遊びとして運航されていた屋形船も次第に一般に親しまれるようになり、明治45年の1912年には、当時の船頭が嵐山通船を立ち上げました。

  • 在原業平の詠んだ「大堰川うかべる舟のかがり火にをぐらの山も名のみなりけり」の歌にもあるように、平安時代にはすでに鵜飼が行われていたことがわかります。

    在原業平の詠んだ「大堰川うかべる舟のかがり火にをぐらの山も名のみなりけり」の歌にもあるように、平安時代にはすでに鵜飼が行われていたことがわかります。

  • 織田信長は長良川の鵜飼を見物し、鵜飼それぞれに鵜匠の名称をさずけ鷹匠と同様に遇し、1戸に禄米10俵あて給与し、徳川家康は鵜飼いを見物した際、石焼きの鮎に感賞して毎年鮎を献上するのが例となり、鵜匠21戸に戸ごとに10両の扶持を給せられました。

    織田信長は長良川の鵜飼を見物し、鵜飼それぞれに鵜匠の名称をさずけ鷹匠と同様に遇し、1戸に禄米10俵あて給与し、徳川家康は鵜飼いを見物した際、石焼きの鮎に感賞して毎年鮎を献上するのが例となり、鵜匠21戸に戸ごとに10両の扶持を給せられました。

  • 鵜飼漁で獲れる魚には傷がつかず、鵜の食道で一瞬にして気絶させるために鮮度を保つことができます。このため、鵜飼鮎は献上品として殊のほか珍重され、安土桃山時代以降は幕府および各地の大名によって鵜飼は保護されていきました。

    鵜飼漁で獲れる魚には傷がつかず、鵜の食道で一瞬にして気絶させるために鮮度を保つことができます。このため、鵜飼鮎は献上品として殊のほか珍重され、安土桃山時代以降は幕府および各地の大名によって鵜飼は保護されていきました。

  • その一方で、鵜飼は漁獲効率のよい漁法ではないため、明治維新後に大名等の後援を失った鵜飼は減少していき、現在は数えるまでにその規模を縮小しています。現在の鵜飼は漁による直接的な生計の維持というよりは観光事業として行われています

    その一方で、鵜飼は漁獲効率のよい漁法ではないため、明治維新後に大名等の後援を失った鵜飼は減少していき、現在は数えるまでにその規模を縮小しています。現在の鵜飼は漁による直接的な生計の維持というよりは観光事業として行われています

  • 鵜匠の手につながれた6羽の鵜は、舵子のかいの音に反応して身を翻し水面の上と下を行ったり来たりして、水中に潜って鮎など川魚を捕まえます。鵜匠は鵜が口に魚をくわえたところで手綱を引き寄せ、喉をつまみ白く光る魚を次々吐き出させます。

    鵜匠の手につながれた6羽の鵜は、舵子のかいの音に反応して身を翻し水面の上と下を行ったり来たりして、水中に潜って鮎など川魚を捕まえます。鵜匠は鵜が口に魚をくわえたところで手綱を引き寄せ、喉をつまみ白く光る魚を次々吐き出させます。

  • 鵜飼いでは、平底の小船の舳先で焚かれるかがり火が照明のほかに魚を驚かせる役割を担っています。かがり火の光に驚き動きが活発になった魚は、鱗がかがり火の光に反射することで鵜に捕えられます。

    鵜飼いでは、平底の小船の舳先で焚かれるかがり火が照明のほかに魚を驚かせる役割を担っています。かがり火の光に驚き動きが活発になった魚は、鱗がかがり火の光に反射することで鵜に捕えられます。

  • 鵜の喉には「首結い」と呼ばれる紐が巻かれていて、ある大きさ以上の魚は完全に飲み込むことができなくなっていて、鵜匠はそれを吐き出させて漁獲します。

    鵜の喉には「首結い」と呼ばれる紐が巻かれていて、ある大きさ以上の魚は完全に飲み込むことができなくなっていて、鵜匠はそれを吐き出させて漁獲します。

  • 鵜飼舟が船べりをたたくトントンという音と鵜匠が鵜を励ます 「ホウホウ」という掛け声や船頭の声の「おらんか、おらんか」 が消えてしまうと再び周囲は静寂に包まれます。

    鵜飼舟が船べりをたたくトントンという音と鵜匠が鵜を励ます 「ホウホウ」という掛け声や船頭の声の「おらんか、おらんか」 が消えてしまうと再び周囲は静寂に包まれます。

  • 舟はもやい結びを解いて各々下流に向かって船首を向けます。

    舟はもやい結びを解いて各々下流に向かって船首を向けます。

  • 船首が川下に向く際に小さく「大」の文字が見えてきます。

    船首が川下に向く際に小さく「大」の文字が見えてきます。

  • 長年京都で五山の送り火を見ていますが、屋形船の上から眺めるのは初めてです。

    長年京都で五山の送り火を見ていますが、屋形船の上から眺めるのは初めてです。

  • 「渡月橋」の向こうの「大北山(だいきたやま)」に灯る「大」の字が「左大文字」と呼ばれます。

    「渡月橋」の向こうの「大北山(だいきたやま)」に灯る「大」の字が「左大文字」と呼ばれます。

  • 送り火を観るのは何年振りの事でしょうか。最後は清水の叔母のマンションの屋上だったと思います。その伯母も昨年亡くなってしまいました。

    送り火を観るのは何年振りの事でしょうか。最後は清水の叔母のマンションの屋上だったと思います。その伯母も昨年亡くなってしまいました。

  • 大文字送り火は、お盆に迎えた先祖の霊をあの世へ送るための火です。京都の五山送り火の中でも、東山「如意ヶ嶽」に灯される「大」の字を特にこう呼ぶことが多いです。

    大文字送り火は、お盆に迎えた先祖の霊をあの世へ送るための火です。京都の五山送り火の中でも、東山「如意ヶ嶽」に灯される「大」の字を特にこう呼ぶことが多いです。

  • 可愛がってくれた母方の祖父母や両親、母の兄や姉もみんな亡くなってしまい、京都に来ても寂しくなりました。

    可愛がってくれた母方の祖父母や両親、母の兄や姉もみんな亡くなってしまい、京都に来ても寂しくなりました。

  • 屋形船とライトアップされた山の緑が美しいです。

    屋形船とライトアップされた山の緑が美しいです。

  • 揺れる船の上柄からなので写真を撮るのに難儀しました。

    揺れる船の上柄からなので写真を撮るのに難儀しました。

  • 「大」の字が終わり始めると舟は「嵐山通船 南乗り場」に停泊します。ここからは角度が緩いですが「鳥居」に火が灯り始めます。

    「大」の字が終わり始めると舟は「嵐山通船 南乗り場」に停泊します。ここからは角度が緩いですが「鳥居」に火が灯り始めます。

  • 嵯峨鳥居本の「曼荼羅山」に灯される火文字が「鳥居形」です。五山の中でも西側に位置し、市街地中心部からは建物や山並みで見えにくいのですがここからきれいに見えるのは知りませんでした。

    嵯峨鳥居本の「曼荼羅山」に灯される火文字が「鳥居形」です。五山の中でも西側に位置し、市街地中心部からは建物や山並みで見えにくいのですがここからきれいに見えるのは知りませんでした。

  • 見えませんがこの周りにはたくさんの人がスタンバイしています。1筒は小さい点ですが、近くまで行くとかなりの大きさがあります。40年くらい前に1度だけ銀閣寺から「如意ヶ嶽」を登ったことがあります。

    見えませんがこの周りにはたくさんの人がスタンバイしています。1筒は小さい点ですが、近くまで行くとかなりの大きさがあります。40年くらい前に1度だけ銀閣寺から「如意ヶ嶽」を登ったことがあります。

  • 「吉兆」の屋形船の上から鼓の音が聞こえました。どなたか分かりませんが、風流な方がいらっしゃいます。

    「吉兆」の屋形船の上から鼓の音が聞こえました。どなたか分かりませんが、風流な方がいらっしゃいます。

  • 「嵐山通船 南乗り場」で「鳥居方」を観た後は16人中12人の方が下船してしまいました。残ったのは我々と千葉から来られた母娘さんだけになりました。

    「嵐山通船 南乗り場」で「鳥居方」を観た後は16人中12人の方が下船してしまいました。残ったのは我々と千葉から来られた母娘さんだけになりました。

  • 屋形船は再び上流に向かい、再び数珠つなぎになり鵜飼が始まります。これを見ないで帰るのはちょっともったいないと思います。

    屋形船は再び上流に向かい、再び数珠つなぎになり鵜飼が始まります。これを見ないで帰るのはちょっともったいないと思います。

  • 2回目の方が鵜が元気なようで、水しぶきを上げて魚を追っています。

    2回目の方が鵜が元気なようで、水しぶきを上げて魚を追っています。

  • 魚を?み込んだ鵜は鵜匠に手繰り寄せられて船縁に引き上げられます。

    魚を?み込んだ鵜は鵜匠に手繰り寄せられて船縁に引き上げられます。

  • 今回は鵜に集中して写真を撮ってみます。

    今回は鵜に集中して写真を撮ってみます。

  • 首をつままれた鵜が船縁にあげられました。

    首をつままれた鵜が船縁にあげられました。

  • 魚を吐き出すと周囲の舟からは拍手と歓声が沸きます。

    魚を吐き出すと周囲の舟からは拍手と歓声が沸きます。

  • 鵜飼はインバウンドの外国人には人気が無いのか姿は見えませんでした。

    鵜飼はインバウンドの外国人には人気が無いのか姿は見えませんでした。

  • かがり火の熱気がこちらまで伝わってきそうな距離で鵜飼いが見られました。

    かがり火の熱気がこちらまで伝わってきそうな距離で鵜飼いが見られました。

  • 鵜飼舟が上流へ行ってしまうとそろそろお開きになります。千葉からの母娘さんは京都が好きで毎月のように来られているそうで、好きが高じて六地蔵の公団のアパートを借りてしまったそうです。確かにホテル代など考えると安く上がりそうです。

    鵜飼舟が上流へ行ってしまうとそろそろお開きになります。千葉からの母娘さんは京都が好きで毎月のように来られているそうで、好きが高じて六地蔵の公団のアパートを借りてしまったそうです。確かにホテル代など考えると安く上がりそうです。

  • 楽しい時間は終わりましたが、今回は大阪のホテルなので電車の駅が混んでいないかが気になります。

    楽しい時間は終わりましたが、今回は大阪のホテルなので電車の駅が混んでいないかが気になります。

  • 岩田山のサルたちも五山の送り火を観たのでしょうか。この日は「中之島公園」で灯籠流しも行われていました。その場所は子供の頃に遊んだ川の中のプールだった場所でした。

    岩田山のサルたちも五山の送り火を観たのでしょうか。この日は「中之島公園」で灯籠流しも行われていました。その場所は子供の頃に遊んだ川の中のプールだった場所でした。

  • 「阪急嵐山駅」はピークを過ぎたようで、それほど混雑はしておらず座ることが出来ました。それでも「桂駅」「淡路駅」と乗り換えて「南方駅」まで戻るとどっと疲れが出ました。

    「阪急嵐山駅」はピークを過ぎたようで、それほど混雑はしておらず座ることが出来ました。それでも「桂駅」「淡路駅」と乗り換えて「南方駅」まで戻るとどっと疲れが出ました。

    嵐山駅 (阪急) 駅

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