2026/08/17 - 2026/08/17
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kojikojiさん
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フリーツアーにもかかわらず予定をたくさん詰め込み過ぎて3日にしてへとへとになってしまいました。4日目は東京へ帰るのですが、この日もいろいろ予定を組み入れてしまいました。ホテルが阪急京都線の沿線ということもあり、長年の夢だった「サントリー山崎蒸留所」に行くことにしていました。以前に「大山崎山荘美術館」へ行った際も組み込もうと思ったのですが、すでに予約がいっぱいで見学することが出来ませんでした。今回は3,000円の有料試飲付きのツアーを申し込んで、何とか抽選にも当選していました。ホテルに荷物を預けて大阪の友人にダメ出しされたので「道楽うどん 本店」に行き、肉うどんとカスうどんを食べ比べることも出来ました。大山崎駅で下車した後は「サントリー山崎蒸留所」に歩いて向かいましたが、これが結構な距離があり、妻はもうへとへとになってしみました。なんとかたどり着いて手続きを済ませましたが、無料の見学には外国人の観光客の姿が多いのに驚きました。蒸留所やワイナリーの見学は好きで、海外でも可能な限り参加するようにしています。このサントリーの見学はこれまで参加したツアーの中では最高に素晴らしかったと思います。特に最後の試飲はとても勉強になり、テイスティンググラスもお土産にいただけました。最後のショップでは登録も含めると1人2本のノンエイジの「山崎」を購入することが出来ました。2人で4本になってしまったので宅急便で自宅に送り、1本は大阪でお昼をご馳走になってしまった友人にお礼としました。かなりの量を試飲して良い気分で大山崎駅まで戻り、お昼を予約している長岡天神駅まで移動になります。今回も友人が嫁いでいる山崎駅前の「妙喜庵」へ行くことは出来ませんでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 新幹線 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
午前8時にホテルをチェックアウトして、フロントに荷物を預けて出発します。身軽になったところで怒涛の4日目の旅はまだまだ続きます。
ホテルコンソルト新大阪 宿・ホテル
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最終日の朝は再び「道楽うどん 本店」で朝ご飯を頂きます。何しろ大阪の友人にダメ出しされましたからね。
道楽うどん 本店 グルメ・レストラン
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妻は「かすうどん」を注文しました。「かす」とは牛のホルモン(腸)を脂分が抜けるまで低温でカリカリに揚げたものです。カリカリの油かすにたっぷりのかけダシをかけると、かすの旨みがダシに溶け込み、かすもダシを吸って外はカリカリのまま、中はプルプルで食感もたまりません。
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こちらは「肉うどん」です。うどんに甘辛く煮た牛肉をのせています。こちらの方がさっぱりしていますが、どちらも美味しかったです。「大阪の夏は暑くていやや。」と言ってキャンピングカーをフェリーに乗せて北海道を1カ月旅している友人夫婦にもう一度写真を送りました。
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この日も「南方駅」から電車に乗ります。長年前を通過しながら一度も来ることが出来なかった「サントリー山崎蒸留所」を予約していました。
南方駅 駅
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以前に「大山崎山荘美術館」へ行った際も予定に組み込もうと思ったのですが、すでに予約がいっぱいで申込すら出来ませんでした。今回は3,000円の有料試飲付きのツアーを申し込んで、何とか抽選にも当選していました。
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「大山崎駅」で降り、京都方面へ向かう電車を見送ります。
大山崎駅 駅
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「大山崎山荘美術館」へ行った際はここから送迎バスに乗りましたが、妻はそれすら覚えていませんでした。JR「山崎駅」前のお寺には従妹の高校時代の同級生で叔母にお茶を習っていた友人が嫁いでいるのですが、今回もそのお寺の見学には行けませんでした。
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貞観元年の859年に清和天皇は神託により国家鎮護のために宇佐八幡宮から八幡神を勧請し、平安京の守護神として奉安しようと考えました。そして奈良の大安寺の僧である行教が豊前国に使わされ、八幡神とともに淀川山崎の津に戻ってくると神降山に霊光を見、その麓にある西国街道に面しているこへ行くと岩の間から清水が湧いているのを見ます。帰京後に清和天皇にその出来事を奏上したところ勅命によりその地に社が建立され、「石清水八幡宮」と名付けられました。しかし、翌貞観2年にその社から淀川の対岸にある男山に向かって一筋の光が放たれると男山に八幡神を遷宮させて、新たに「石清水八幡宮」を建立することとなります。
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この通りが西国街道だということは知りませんでした。このまま西へ行けば京都から下関、あるいは九州の太宰府まで行くことが出来ると思うと3日前に「大阪天満宮」へ行った意味もあるかもしれません。菅原道真もこの街道を通ったのかもしれません。
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JRの広い踏切を渡ります。次回は「妙喜庵」を予約して「待庵」を妻に見せなければと思います。「気を付けてください。」と言われながら鴨井に思いっきり頭をぶつけたことが思い出されます。
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踏切を渡ると長年の夢だった「サントリー山崎蒸留所」があります。
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サントリー山崎蒸溜所は大正12年の1923年に鳥井信治郎が建設に着手した日本初のモルトウイスキー蒸溜所です。
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蒸溜所の建設後の昭和4年の1929年に国産ウイスキー第1号の白札が発売されました。その後、昭和12年の1937年に角瓶が登場し、日本のウイスキー文化が広がっていきました。
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山崎蒸溜所は他社原酒に頼りにくい日本の環境の中で、蒸溜器の形や発酵条件を変えながら多彩な原酒をつくる方向へ発展しました。
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平成15年の2003年に山崎12年がISCで日本初の金賞を受賞し、山崎は世界的に注目される存在になりました。ヨーロッパを旅すると「山崎」の姿はラトビアの田舎のドライブインだったり、各地のバーでも見掛けるようになりました。日本で手に入りにくくなってもアラビア海のクルーズで寄港したバーレーン港の免税店で買ってみたり何とか手に入れていました。
サントリー山崎蒸溜所 名所・史跡
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「ウイスキー館」の中で受付を行います。この建物は大正12年の1923年に建てられた歴史的洋風建築で重要文化財に指定されています。
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受付は2カ所あり、我々が予約した3,000円の有料試飲付きのコースとウイスキー館の見学と有料試飲のコースで分かれていました。こちらはほとんどは予約した外国人観光客の方で占められていました。
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京都の祖父母や叔母はサントリーオールドを「寿屋」とよく呼んでいたことを思い出しました。ラベルにも赤い「寿」の文字がありますが、ずっと何でだろうと思っていたことがありました。1923年の創業時は「寿屋」だったと知ったのはしばらくしてからのとこでした。
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工場見学が始まるまでしばらく「ウイスキー館」の展示を見学しました。先程駅からの道を「西国街道」を知ったり、京都と大阪を結ぶ要衝であったことは歴史が物語っています。いちばん有名なのは1582年7月2日の「山崎の戦い」で、これは「本能寺の変」の直後に明智光秀と羽柴秀吉が戦った合戦です。山崎は地形がせまく、防御しやすいため決戦の地に選ばれました。特に天王山を押さえることが勝敗を左右したとされ、ここから今でも「天王山」という言葉が勝負の分かれ目という意味で使われます。
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母が育ち祖父の生まれた「二条陣屋」と「妙喜庵」の建設が同じころで、「妙喜庵」を修復する際に土壁の下地などを調べるなどしたご縁で祖父母や叔母は懇意にさせていただいていました。何度か伺ったり「桂離宮」を一緒に見学したこともありました。
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「テイスティングラウンジ」では限定ウイスキーや原酒などここでしか味わえないウイスキーも試飲できるようです。ここは外国人の見学者がここで試飲しまくっていました。1ショット結構な値段でしたがさすがインバウンドです。我々はここへたどり着く前にコースの試飲で出来上がってしまいました。
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説明がスタートする前に保冷剤とサントリー天然水が配られました。この後は外を通って工場内も熱気のあるところを通過するのでの心配りです。
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工場見学に進みます。線路側の茶色いレンガタイルの建物は新幹線やJR在来線、阪急の高架からも見えますが、奥に建つ建物も同じような茶色に塗られていました。
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ガイドさんは説明されませんでしたが、1923年の操業開始当時に実際に使用されていた初溜釜(再溜釜)である銅製のポットスチルが緑青を帯びた状態で展示されています。
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その横にはサントリー創業者である鳥井信治郎と2代目社長である佐治敬三の銅像が並んでいます。さすがにNHK連続テレビ小説「マッサン」の主人公のモデルとなった初代の蒸留所長を任じられた竹鶴政孝の像はありませんね。
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竹鶴は勤めていた摂津酒造に籍を置きつつスコットランドに留学し、グラスゴー大学で有機化学と応用化学を学び、現地のウイスキー蒸留所で修業しました。しかし帰国後は第1次世界大戦後の大恐慌の影響で会社の業績が悪化して、本格ウイスキー造りの夢は頓挫して退職します。
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そこに声を掛けたのが鳥井でしたが、工場開設から6年後の1929年に発売された国産ウイスキー第1号「サントリー白札」(サントリーホワイト)は予想に反して売れなかったようです。スコッチウイスキー独特のスモーキーな香りが当時の日本人には不評だったようです。
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その後も試行錯誤を重ね、1930年に「サントリー赤札」(サントリーレッド)、1937年に「サントリーウイスキー12年」(サントリー角瓶)などが生み出され、サントリーは国産ウイスキーメーカーとしての地位を確立していき、竹鶴は10年契約を終えて1934年に退社し、後にニッカウヰスキーを創業していきます。
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発売当初は不評だった「白札」も売れなかったのが幸いして、「売れないから、仕込んだ酒がどんどん倉庫にたまった」ことで熟成が進んで香りが日本人好みに変化していき、戦後はサントリーの定番銘柄として親しまれるようになります。
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ウイスキー好きの父がサントリーレッドをよく飲んでいたのを思い出します。そしてたまにオールドを飲んだり、ジョニーウォーカーの赤もちびちび飲んでいました。
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コロナ禍の際に「ニッカウヰスキー 余市蒸溜所」へ行った時のことも思い出されます。案内の女性が「マッサンのお陰でウイスキーが売れすぎて原酒が足りなくなる勢いです。ウイスキーは急には増産できないので、NHKさんにはせめて6年か7年前にテレビ放映を教えていただきたかったです。」というのが納得できました。
ニッカウヰスキー 余市蒸溜所:https://4travel.jp/travelogue/11764972 -
このポットスチル(蒸溜釜)が並ぶ部屋の中での写真撮影は出来ませんでしたが、それ以外の写真撮影は可能でした。この中はかなりの高温だったのですぐに通り抜けしました。
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ワイナリーや蒸留所を巡るのは旅の楽しみでもあり、とくにヨーロッパの旅ではいろいろな所に行き、試飲やショッピングを楽しみました。その多くは個人旅行なので買ったお酒がずっしり重たくなるので、なるべく旅の終わりに予定を組みました。
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シェリー酒のヘレス・デ・ラ・フロンテーラで行った「ティオペペ」、ポルトでは「サンデマン」「カーメル」、ドウロ川を遡った数々のワイナリーなどたくさんのバレルを眺めるとそんな旅の事が思い出されます。
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昨年の英国周遊クルーズでは寄港した北アイルランドのベルファストからジャイアンツ・コーズウェーへのエクスカーションで「オールド・ブッシュミルズ蒸留所」の脇を通りながら見学できなかったのは残念でなりません。
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大正13年の1924年に日本で初めて生まれたモルトウイスキーの樽が展示してありました。翌100年以上も残されていたと感動します。
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工場の建物を抜けると裏側にきれいな竹林と庭園がありました。そう、この辺りは竹が名産で特に筍の美味しい所でもあります。この後行く長岡では有名な筍料理の店を予約しています。
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脇にあった案内板には「山崎の水」
「ウイスキーづくりの生命は、水です。山崎峡のあたり一帯は、万葉の昔から水生野(みなせの)と呼ばれた名水の里で、「その清流の美しさは歌に詠みつがれてきました。「見渡せば 山もと霞む 水無瀬川 夕ベは秋と 何思いけむ」 新古今集・後鳥羽上皇
天正十年、千利休もここ山崎の地に庵を結び、天王山の戦を平定した秀吉のために茶を点てています。JR山崎駅脇の妙喜庵に今ものころ茶室「侍庵(国宝)」がそれです。水無瀬川流域、後鳥羽上皇の離宮跡に今も守られる「離宮の水」は、昭和六十年環境庁による全国名水百選」に選ばれました。日本の文化を育んできた山本明の地、山崎。その水は、北山素がら天王山にかけた森林で涵養され、乙女の滝、水無瀬の滝など、水無瀬川流域の美しい景観を生み出し、あるいは地下深くを流れて、素晴らしい天然水に磨かれていきます。ミネラルを程よく含み、ウイスキーの作込みに理想的。 山崎のこの本で、日本のウイスキーは生命を吹き込まれ、 この山崎でサントリーウイスキーへと熟成していくのです。」とありました。 -
ここも案内はありませんでしたがお国は奈良時代から続く長い歴史をもつ「椎尾神社」があります。この神社と山崎蒸溜所は操業開始当時から深い縁で結ばれています。創業者の鳥井信治郎が山崎をウイスキーづくりの地に選んだ当時、手入れが行き届かず荒れた状態だったそうです。そこで地域の方々と力を合わせ、神社の復興に尽力しました。1924年に山崎蒸溜所が完成し、蒸溜施設が稼働を始めた記念日である11月11日には、毎年祭礼を主催するそうです。
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お楽しみの試飲の時間になりました。ずいぶん立派な講習室のようなテーブルは一になっています。最後に試験など無ければよいのですが。
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スタートする前に写真を撮っておきます。
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2人横並びになって説明を聞くのですが、テーブルの上に並んだものに気が行ってしまいます。
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ダイヤモンド・プリンセスのニュージーランドクルーズではオーストラリアからニュージー蘭のまで1週間近くかかるので暇つぶしにワインのテイスティングに参加しました。日本周遊でも同じソムリエの女性が担当されていました。底でも同じようなペーパーの上にグラスが並んでいました。
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おつまみのお菓子とチョコレートも立派なもので、これは最後に行くショップでも売っていました。この日はPASTA SNACKソルト味と樽燻スモークミックスナッツとピュアチョコレートでした。
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さあテイスティングが始まります。スクリーンに投影された画像を使いながら担当の女性が説明してくれます。
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①ホワイトオーク樽原酒
「ホワイトオーク樽原酒」は、サントリー山崎の香味を形づくる重要な原酒の1つです。山崎12年はホワイトオーク樽熟成原酒由来の甘いバニラ香と熟した果実香が特長と案内されています。 -
②ワイン樽原酒
いちごのような香りは「ワイン樽」熟成モルト原酒によるものとされています。 -
③ミズナラ樽原酒
「ミズナラ樽」由来の香りは白檀や伽羅を思わせる東洋的で奥行きのある香りとされています。 -
④山崎
これらの原酒がブレンドされて山崎が出来上がっていきます。 -
⑤お好みでいただける山崎ノンエイジ
これは最後にハイボールにしていただきます。 -
テイスティングの仕方が説明されます。まずはグラスの持ち方から教えてもらいます。次は香りの嗅ぎ方と進みます。
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ウイスキーの代表的な香りについても説明があります。ワインでも同じような表現がありますがウイスキーでも同じですね。普段そこまで味わっていないなと反省します。
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ストレートで飲むとした先がピリピリしますが、加水すると途端に深い味わいを感じます。
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ホワイトオーク樽原酒のイメージが表示されます。そう言われるとなるほどそんな気がしてきます。
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続いてワイン樽原酒もストレートで飲んで香りを嗅いで加水と順を踏んでいきます。
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ワイン樽原酒は確かにフルーツの香りがします。一番分かりやすいですね。ザ・マッカランの蒸留所はシェリー酒樽が入手できなくなることを見越して、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラにあるシェリー酒のボデガ(醸造所)と直接交渉を行い、「蒸留所で製造した樽をボデガに貸し出し、熟成に使った後の樽を返してもらう」という方法でシェリー酒樽による熟成を可能としているという話を思い出しました。
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いちいち乾杯しながらテイスティングしていきます。
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長年の夢が叶って大満足です。そして美味しいウイスキーも楽しめています。
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ミズナラ樽のイメージが映されます。保有樽全体の中でも「ミズナラ樽」はごく一部で、育成にも長い年月がかかるので希少だそうです。釧路湿原の「キラコタン岬」を散策した際はカラマツ人工林を伐採し、かつてのミズナラ主体の森林生態系を再生する事業が進められている話を聞きました。寄って来た頭の中にその時の風景が蘇ってきます。
キラコタン岬:https://4travel.jp/travelogue/11988455 -
3つの樽の原酒をブレンドしてできたのが山崎です。その特徴の説明がありました。
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そのタイミングでアイスペールとソーダ水とグラスが配られます。ソーダ水も山崎の水で作られたものです。
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⑤の山崎に至るころにはかなり酔っ払ってきています。グラスに氷を入れてテイスティンググラスから山崎を注ぎステアして、小さい凝りを隙間に詰めてソーダ水を注ぎます。
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全員で乾杯しました。案内の女性によるとこの時期の関西は鱧が美味しいのでぜひサントリーの山崎のハイボールと合わせて食べてみてくださいとのことでした。この後1時間後にはそれを実践していました。
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妻はこのテイスティングがとても気に入ったようで大喜びでした。
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最後にショップでのウイスキーの購入についての説明がありました。出口で引換券が配られ、1人1本の山崎のノンエイジが購入できます。それ以外に静脈を登録するともう1本追加で購入が出来ます。
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残念ながら10年18年25年なども山崎は購入することが出来ません。
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ここで初めて知ったのが「山崎」の「﨑」の字が「奇」ではなく「寿」になっているということでした。なるほど知らなかったことがいっぱいあります。
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確かに「寿」です。
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さらに驚いたのが「響」のラベルが越前和紙で、手掛けているのが堀木エリ子さんという方で妻が懇意にしていて何度も仕事をしたことのある方でした。妻がリタイアする最後の仕事が「心斎橋そごう」の1階の吹き抜けに堀木さんの巨大な作品を設置するというものでした。
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都合4本のウイスキーを購入して宅急便で自宅に送りました。一瞬持って行こうかと思いましたがやめて良かったです。トランクにはすでに淡路島のタマネギが3キロ入っています。1本は初日にお昼ご飯をご馳走になった友人へのお礼としました。
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さすがにほろ酔い気分で「テイスティングラウンジ」は利用しませんでした。ここでは山崎、山崎12年、山崎18年や数万円払えば山崎25年も飲めるようです。
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「大山崎駅」へ戻る途中の「西国街道」沿いに「関大明神社」がありました。この土地は古くは交通の要衝として関所「山崎関」が設置されており、非常のときは警固の兵が守りについたそうで、この関が「関大明神社」の名前の由来だそうです。
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ここより東側は京都府になります。しばし大阪府とはお別れです。
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「大山崎駅」まで戻って阪急で「長岡天神駅」へ向かいます。
大山崎駅 駅
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