2026/08/09 - 2026/08/09
671位(同エリア707件中)
+mo2さん
ペルー・メキシコの旅の初日は、ナスカ観光が中止となったため、リマ観光になりました。午前中は、高級住宅街として知られるミラフローレス地区の公園などを周り、古代遺跡「ワカ・プクヤーナ」も見ました。ランチ後、ラルコ美術館へ。ペルーの首都リマにある、モチェ文化、ナスカ文化などの遺物を紹介する「ラファエル・ラルコ・エレラ博物館」。ラファエル・ラルコ氏が個人で収集した黄金の装飾品、土器など、約4万点を超える収蔵品が展示されています。また昨年、森アーツセンターギャラリーで開催された「マチュピチュ展」では、「ラルコ博物館」が所蔵する貴重な文化財約130点が披露されました。是非、来たかった博物館ですが、今回念願かなって訪れることができました。旅行記(4)ではハイライトを紹介します。ラルコ博物館の旅行記はラルコ博物館(1)~(6)でたっぷり写真を紹介しています。なお、作品については、博物館のHPを参照しましたが、わからないものもたくさんあります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ショッピング
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
リマ市プエブロ・リブレ区の閑静な住宅街にあるラルコ博物館は、純白の壁が美しいコロニアル様式の瀟洒な建物です。
ラファエル ラルコ エレーラ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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赤やオレンジ色のブーゲンビリアがその枝を美しく伸ばし、博物館全体を優しく取り囲んでいます。
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早速建物に入ります。
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1926年、25歳の時にラファエル・ラルコ・ホイルはラルコ博物館を設立しました。父の助けを借りて、北海岸でいくつかの考古学的コレクションを収集し、約5万点の遺物を集めました。1920年代の考古学的情報の不足に直面し、ラファエル・ラルコ・ホイルは古代ペルーの研究に専念しました。彼は北海岸の考古学遺跡を科学的に調査・発掘しており、このためペルー考古学の父の一人と見なされています。
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「パコパンパの女神」紀元前13世紀半 -紀元後1世紀
鳥(天上世界)、ネコ科動物(地上世界)、蛇(地下世界)の特徴を持つ力強い神の石像。口からは蜘蛛の巣のようなものが流れ出ています。CREVIA マチュピチュ展にも出展されていました。 -
「サリナール文化の土器」紀元前1250年頃-紀元前後
サリナールは1941年、ラ・ベルタ県チカマ谷でラファエル・ラルコ・ホイレによって発見された文化です。土器は窯焼きされる過程で粘土が酸化され、レンガ色のような赤みをおびています。 -
「クピスニケ文化の土器」ペルー北海岸、紀元前13世紀半-紀元後1世紀
クピスニケは1930年にラファエル=ラルコ・ホイレによって発見された文化で、約3千年前の形成期に発達しました。この時期に神殿の建設が開始されたことから、職人たちは儀礼や副葬用に宗教色の濃い土器を作成しました。 -
「クピスニケ文化の神聖な動物」ペルー北海岸、紀元前13世紀半-紀元後1世紀
クピスニケの人々が土器を成形し窯で焼成する際に使用した燃料の木材から多くの煙が発生したことで、土器は暗色を帯びている。主に刻線による装飾が施されました。最大の特徴は鐙型の持ち手です。動物や果実、人間の頭、家等を表現した象形土器が作成されました。 -
「クピスニク文化のフクロウ」ペルー北海岸、紀元前13世紀半-紀元後1世紀
夜の鳥フクロウや、ネコ科動物の牙を持つ様式化されたコンドル、蛇等が表されています。 -
「ビルー文化の土器」ペルー北海岸、紀元前13世紀半-紀元後1世紀
ネコ科動物の頭を持つ蛇の上に、鳥が止まっている様子/ 胸部分にふくろうの顔を持つネコ科動物/ 4本足の鳥。これら全て鳥、ネコ科動物、蛇の融合した姿です。 -
「モチェ文化土器・細線絵付け」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
モチェ文化では高品質の洗練された象形土器が作成され、造形的な表現で自然世界が描写されました。 -
「モチェ文化土器・細線絵付け」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
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「モチェ司祭のワコ肖像」西暦1年 - 800年頃
ボトルネックハンドルの鐙の彫刻的なワコ像で、鳥の頭飾りと筒状のイヤーマフを身に着けたキャラクターの肖像。 -
「モチェの肖像土器」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800世紀
驚くべきリアリズムで表現された肖像土器。死者の顔は地下や死者の世界を、額飾りを身に着けた男性は地上や人間の世界を、ネコ科動物の牙を持つ人物は天上や神々の世界を象徴しています。 -
「ワリ文化・北部海岸地方の土器」ペルー北海岸、紀元後8世紀-13世紀
現在のペルー南部地域を起源とするワリ文化の芸術様式が北部に伝播し、多彩色や橋型双注口等の南部土器の特徴が北部土器に現れました。 -
「チムー・インカ(インカ支配下のチムー)の土器」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
橋型双注口・双胴土器はチムー・インカ土器の特徴です。ネコ科動物が最高神格として表現されています。 -
「ランバイエケ(シカン)文化の土器」ペルー北海岸、紀元後8世紀-13世紀
ランバイエケ(シカン)文化の土器には、北部土器の特徴である象形的な表現に、南部土器の特徴である橋型双注口の双方が融合しています。 -
「インカ文化の土器」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
インカ土器の特徴は、ウルプ或いはアリーバロと呼ばれ、脇に持ち手を備え膨らんだ形状の尖底土器です。注ぎ口は幅広で平らな形状をしているほか、土器の正面にネコ科動物の頭部が表現されているのも特徴的です。 -
「スペインによる征服」ペルー北海岸、1532年
先コロンブス期芸術には、権威の象徴であるネコ科動物が鹿を襲う様子や、人間が捕らえた鹿を背負う様子が描写されていました。しかし、スペインによる征服後は、人間がネコ科動物を背負う様子が表現されています。 -
「リマ文化・ニエベリア様式の土器」ペルー中央海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
橋型双注口及び多色彩は南部の影響です。特に濃いオレンジ色がリマ文化土器の特徴です。 -
「ワリ文化・中央海岸地方様式の土器」ペルー中央海岸、紀元後8世紀-13世紀
ワリ期から地方王国期における中央海岸の土器は、ワリの影響を受けていますが、ワリ土器本来の光沢や洗練された仕上がりは見られません。初期に作成された多色彩の優れた土器は、次第に色・質共に衰えていきました。 -
「チャンカイ文化の土器」ペルー中央海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
表面に磨きをかけないチャンカイの土器は概ね白い色をしており、黒又は茶色の幾何学装飾が施されています。 -
「パチャカマックの土器」ペルー中央海岸、紀元後8世紀-13世紀
ルリン谷に位置するパチャカマック遺跡は、中央海岸部で最も重要な祭祀センターでした。パチャカマックからは、ワリ期-地方王国期の質の高い土器が出土しています。 -
「チンチャ文化の木像」ペルー南海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
儀礼用の器を持つ重要人物の木像。 -
「ナスカ文化の土器」ペルー南海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
ナスカ土器には周囲の動植物や果実が巧みな描写力と技術をもって表現されています。 -
「チンチャ文化の陶器」ペルー南海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
南部海岸地帯に発達したチンチャ王国は、航海術や商業、染織に優れていました。主に鉢状の土器が作られ、帯状の織物に美しい幾何学文様を組み合わせたかのような彩色が施されています。 -
「チャンカイ文化の布製の人形」ペルー中央海岸、紀元後13世紀- 16世紀前半
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「モチェ文化・ワリ文化の綴織」ペルー北海岸、紀元後8世紀-13世紀
素材は、平織部分は木綿、装飾部分は染色されたラクダ科動物の獣毛。技法は、平織、文様部分は縫取。一部綴織。横を向き、権力者のシンボルである杖を持つ人物が表現されています。ペルー中部海岸地方のカスティーリョ・デ・ワルメイに由来すると考えられています。 -
「キプ・インカ」シエラ・スール、西暦1300年-1532年
綿繊維のクイプ。このロープは119本のハンギングロープと2本のトップロープを備えた一次コットンロープを特徴としています。 -
「火縄銃の天使」クスコ派、18世紀
17世紀末以降のクスコ派の絵画では、ヨーロッパの宗教芸術に由来しない「火縄銃の天使」が描かれるようになりました。インディアス(新大陸)の年代記作者らによれば、初期の征服者らが使用していた火縄銃の銃声を聞いた先住民達は、金属の軍装を身に付けたスペイン人らは天から降りてきた(先住民自身の)神であると考えました。 -
「モチェの戦士」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
儀礼の戦いに備える戦士の様子。社会的身分の高さを表す頭飾りや羽根飾り、耳輪、胸当て、首飾り、腕輪、装飾付上着、腰当て等を身に着けたほか、顔に化粧を施しガラガラ等の楽器を携えました。さらに、盾やポーラ(棍棒)、槍、投槍器等で武装しました。 -
「モチェ文化、その他の生贄」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
モチェに見られる敗者の生贄の様子。山における儀式では生贄は断崖から突き落とされました。 -
「モチェ文化、斬首の神々」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
モチェの芸術では、神々が他の神や超自然の存在、人間と戦う様子が表わされています。戦いの最後には、敗者の斬首が行われました。 -
「モチェ文化、トゥミ」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
神々は半月状の刃を持つナイフ「トゥミ」と共に表現されています。 -
「ネコ科動物として象徴された勝者が敗者を打ち負かす様子」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
モチェ文化 -
「敗者となった戦士」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「戦いの終わりと敗者の行列」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
勝負では、相手の兜を取り髪を掴んだ側が勝者となりました。敗者は装身具を奪われ、武器や衣装と共に縛られました。 -
「チムー文化の偶像」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
チムー文化の重要人物を表した木像。デスマスクを着け、儀式用の器を手にしています。チムー文化の都市における主な広場にはこのような木像が設置され、木像に表される重要人物がチムー社会の主要儀礼を司る意味合いが持たせられていました。 -
「シカン文化、儀式用容器」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
ネコ科動物の牙とつり上がった目を持つ神の顔が、容器の上下と逆向きに表現されています。 -
「ワリ文化のミイラ」ペルー南部の山々、紀元後9世紀-13世紀
古代アンデスでは、古代エジプト等の他社会と同様、死者の身体の支度は、死者が死後の世界への旅を開始し、先祖或いは超自然的な存在に変化する為の重要なプロセスでした。これは、ワリ期・地方王国期に死亡した4、5歳程度の子供のミイラ包みです。子供は、この包みの中に、腕や足を交差して座った状態で納められています。ミイラ包みには、階段や渦巻文様のチュニックが着せてあるほか、頭飾りから垂れた三つ編みが、人間の髪で作られているのが興味深い。 -
「穿孔頭蓋骨/ 変形頭蓋骨」ペルー北部沿岸、紀元前1250年-西暦1532年
頭蓋骨の穿孔手術は、古代アンデスの様々な社会において行われていました。頭蓋骨穿孔は、儀礼の戦いや、戦闘の際に起こった内出血、骨折した頭蓋骨の破損部分を取り除くための外科手術だったほか、頭痛を和らげるために行われることもありました。穿孔部が再生しつつある頭蓋骨は、本人が出術後も生存していたことを示しています。 -
「葬儀用の仮面」ペルー北海岸、紀元後1世紀-13世紀
葬儀用の仮面は、古代アンデス社会の指導者の埋葬において重要な役目を担っていました。仮面は、死者のアイデンティティの重要な象徴であり、死者は仮面に表現された人物に変化しました。 -
「銀の首飾り、ベルト、腕輪、指輪」北海岸 、紀元後1世紀- 16世紀初頭
古代アンデスの指導者らの衣装は、金、銀、銅やこれらの合金を素材とする様々な金属装飾を伴っていました。 現在、金は銀よりも価値ある金属だが、古代アンデスでは双方とも同じように重要でした。 -
「モチカ司祭のワコ肖像」北海岸 、西暦1年 - 800年
ボトルネックハンドルの鐙の彫刻的なワコ像で、鳥の頭飾りと筒状のイヤーマフを身に着けたキャラクターの肖像。 -
「黄金の頭飾り」ペルー北海岸、紀元後1世紀- 8世紀
金及び、金・銀・銅の合金製頭飾りは、モチェ文化社会における最重要人物らによって使用されました。 頭飾りには、ネコ科動物の特徴的な顔や牙を持つ表現がされています。 これらの顔と共に、コンドル或いは羽状の文様等によって鳥の存在が表現されています。 一方、ドラゴンやネコ科動物、鳥、蛇等の特徴を持つ神話的な動物が立ち上がった姿が表現されています。 -
「銀の王冠と装飾」ペルー北海岸、紀元後14世紀-16世紀初頭
古代アンデスの指導者らの衣装は、金、銀、銅或いはこれらの合金を素材とする様々な金属装飾を伴っていました。 銀は、自然界で純粋な金属の状態として存在していないことから、銀の精錬や加工にはより多くの技術と知識が必要とされます。古代アンデスにおける銀の加工は紀元前10世紀に始まりましたが、大規模な採掘と洗練された技術が極められたのはチムー帝国(紀元後12世紀- 15世紀)最盛期のことです。? -
「先スペイン期の天然石首飾り」北海岸 、紀元前13世紀半-紀元後8世紀
長い歴史の中で、人類は他者との区別を図るため、またコミュニティへの帰属や 社会的地位などを示すために装身具を身に着けてきました。 -
「チムー・ゴールドの装飾品」
金銀銅合金胸前装飾は、半月型の冠と羽、そして猫の頭の尾を持つ擬人化された人物を描き、球形の物体を抱えています。羽飾りやスカート、口に物をくわえたキャラクター。鳥の表現。下縁には24本の金色の羽根があしらわれています。これは衣装(チム・トルソー)の一部です。 -
こちらの博物館は、収蔵庫も入場可能です。
床から天井近くの棚までぎっしりと土器が陳列されています。 -
ラルコの名を一躍有名にしたのが、「エロティック・ギャラリー(官能の間)」と呼ばれる展示室。ここには生や死をテーマにした芸術作品が並べられています。
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宇宙人のような土偶
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「サリナール夫妻」ペルー北海岸、紀元前1250年-西暦1年
彫刻的な鐙柄の取っ手ネックボトルは、男性と女性の間の膣性交や生殖的な性的結合の行為を表現しています。男性キャラクターは女性キャラクターの上に乗っており、片手は女性キャラクターの頭に、もう片方の手は腰に置かれています。女性キャラクターは男性の腰を抱えています。男性キャラクターは右を見、女性は上を見ます。 -
「サリナール夫妻」ペルー北海岸、紀元前1250年-西暦1年
彫刻的な鐙柄の首のボトルは、女性が男性を自慰する様子を描いています。女性は右手で男性のペニスに触れます。男性は左腕で女性を抱きしめます。両者とも顔に刻み込まれた装飾があります。女性は男性より大きい。 -
「モチカ女性性器」ペルー北海岸、西暦1年-800年
女性器(外陰部)を表す彫刻的な鐙の取っ手が付いた首の瓶。 -
「モチカ男性性器」ペルー北海岸、西暦1年-800年
割礼された陰茎が弛緩状態のものを表現した彫刻的な花瓶。 -
「モチカ受賞女性」ペルー北海岸、西暦1年-800年
女性が横たわる姿を描いた彫刻的な壺で、開いた唇の大きな外陰部とクリトリスが見える様子が描かれています。女性は編み込み、顔や体のペイント、胸筋やペイントを施しています。この作品は儀式で液体を飲むための彫刻的な器です。液体は女性の外陰部から飲むべきです。 -
「オスエミッター・モチカ」ペルー北海岸、西暦1年-800年
座った男性が過度に勃起した陰茎で自慰行為を描いた彫刻的な壺。 -
「オスエミッター・モチカ」ペルー北海岸、西暦1年-800年
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「モチカ性愛の結びつき」ペルー北海岸、西暦1年-800年
男女の挿入前の瞬間を表す彫刻のような鐙の取っ手を持つ首のボトル。その男性はターバンを着け、顔にペイントを施しています。女性は顔にペイントをしています。二人とも横向きに寝て、枕にもたれかかり、幾何学模様の毛布にかけられている。現実的です。 -
「男性性器」ペルー北海岸、紀元前1250年-西暦1年
ボトルネックブリッジハンドル、テープでプロトマの笛を吹き、勃起したペニスを水平線のデザインで表現しています。面白い。 -
「男性性器」ペルー北海岸、紀元前1250年-西暦1年
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「モチカ性愛の結びつき」ペルー北海岸、西暦1年-800年
首のボトルには彫刻的な鐙の取っ手があり、男女間の肛門挿入の直前の瞬間を表しています。女性は尺骨背側の位置で脚を開き、顔にペイント、胸筋に四角形の模様、リストバンドをしています。男は女の足を掴んでいます。 -
「モチカオ ママ」ペルー北海岸、西暦1年-800年
彫刻的な鐙柄の首のボトルは、ココア色の体と人間の顔を持つ女性の擬人化されたキャラクター、イヤーマフをつけた授乳中の乳児を表現しています。 -
「モチカ性愛の結びつき」ペルー北海岸、西暦1年-800年
正常位です -
「モチカ性愛の結びつき」ペルー北海岸、西暦1年-800年
騎乗位はあおむけになった男性の上に女性がまたがって挿入する体位です。 -
「モチカ性愛の結びつき」ペルー北海岸、西暦1年-800年
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「モチカ性愛の結びつき」ペルー北海岸、西暦1年-800年
後背位は、女性が四つん這いになり、その背後から男性が挿入する体位です。挿入後は男性は女性の腰を持ってピストンします。 -
「モチカ出産シーン」ペルー北海岸、西暦1年-800年
首の瓶、取っ手、鐙、彫刻、座った女性が出産する様子を描き、二人の女性に付き添われている様子が描かれています。そのうちの一人は編み込みでチュニックを着て座っている。もう一人は三つ編みで、ひざまずいて子どもの避難を手伝っています。 -
「モチカフェラチオ」ペルー北海岸、西暦1年-800年
男女間のフェラチオを表現した彫刻的な鐙柄のネックボトル。女性は三つ編みをしており、円模様のチュニックを着てひざまずいています。その男性はしわがあり、帽子をかぶり、過剰なペニスを持っています。 -
「動物たちの交尾」ペルー北海岸、西暦1年-800年
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「動物たちの交尾」ペルー北海岸、西暦1年-800年
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「動物たちの交尾」ペルー北海岸、西暦1年-800年
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「モチカの祖先」ペルー北海岸、西暦1年-800年
巨大な勃起したペニスが自慰行為をしている死体を描いた彫刻的な花瓶。グラスの縁には穴があり、上の縁から飲むと液体が穴からこぼれ、使用者はキャラクターのペニスから飲まざるを得なくなります。 -
「モチカの祖先への自慰行為」ペルー北海岸、西暦1年-800年
彫刻的な鐙柄の首のボトルは、女性が死者に陰茎を触れる様子を描いています。女性は三つ編み、胸元、チュニックを着ています。死んだ男はマントを着ている。二人のキャラクターは座って抱き合い、キスをしています。道徳的教訓です。 -
「モチカ受賞女性」ペルー北海岸、西暦1年-800年
彫刻的な取っ手(カンチェロ)を持つ容器は、頭にターバンをかぶった女性を表し、その性器が容器の穴の周りに過剰に表現されています。 -
ミュージアムショップも充実しており、日本語の図録もありました。
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こんな土器もたくさん売っていました。
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この旅行記へのコメント (1)
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- Decoさん 2026/08/27 20:19:26
- ラルコ博物館
- +mo2さん、はじめまして。
ラルコ博物館の旅行記シリーズ、興味深く拝見しています。
実は、今を去ること37年間、五か月ほどペルーに滞在していました。日系人のペンション(下宿)にいたのですが、そのお宅というのがプエブロ・リブレだったのです。ラルコ・エレーラから徒歩5分ほどの場所でした…というか、最寄りのバス停はラルコ・エレーラの斜め前だったので毎日のように前を歩いていましたし、すぐ近くには行きつけの中華料理の町食堂もありました。
しかし、あまりに近すぎたせいか、行きたいと思いつつ、結局最後まで行きませんでした。一つには、あのエロチックな展示物があって、なんとなく行くのが恥ずかしかったのです。今思えば、それも文化の重要な一部であり、見に行くべきだったのですが…当時は若かったですから。
でも、ペンションのオーナーの日系人のおばちゃんや、ペルー人の友人も、天野博物館や同じ地区にあった国立人類考古学博物館(多分、今は移転していると思います)に行くように勧めましたが、ラルコ・エレーラには行けとは言われませんでした…あの展示があるので、勧めたくても恥ずかしくて言えなかったのかも知れません。
プエブロ・リブレはミラフローレスやサンイシドロのような高級住宅街ではありませんが、落ち着いたほど良い感じの住宅街でした。ラルコ・エレーラの高い白い壁は今も懐かしく思い出します。
続きも楽しみにしています。
Deco
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