2026/08/09 - 2026/08/09
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+mo2さん
この旅行記のスケジュール
2026/08/09
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ペルーの首都リマにある、モチェ文化、ナスカ文化などの遺物を紹介する「ラファエル・ラルコ・エレラ博物館」。ラファエル・ラルコ氏が個人で収集した黄金の装飾品、土器など、約4万点を超える収蔵品が展示されています。また昨年、森アーツセンターギャラリーで開催された「マチュピチュ展」では、「ラルコ博物館」が所蔵する貴重な文化財約130点が披露されました。是非、来たかった博物館ですが、今回念願かなって訪れることができました。写真たくさん撮ってしまったので旅行記を分割します。また作品については、博物館のHPを参照しましたが、わからないものもたくさんあります。(2)はワリ文化、リマ文化、ナスカ文化等の土器です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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「ワリ文化・北部海岸地方の土器」ペルー北海岸、紀元後8世紀-13世紀
現在のペルー南部地域を起源とするワリ文化の芸術様式が北部に伝播し、多彩色や橋型双注口等の南部土器の特徴が北部土器に現れました。ラファエル ラルコ エレーラ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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「ワリ文化・北部海岸地方の土器」ペルー北海岸、紀元後8世紀-13世紀
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「ワリ文化・北部海岸地方の土器」ペルー北海岸、紀元後8世紀-13世紀
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「チムー・インカ(インカ支配下のチムー)の土器」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
スペインの征服者達がペルー北海岸に到着した当時、インカ帝国の支配下にあったチムーではこれらの土器が作られていました。 -
「チムー・インカ(インカ支配下のチムー)の土器」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
チムー・インカ土器は北部土器及び南部土器双方の特徴を有しています。象形土器は北部の特徴であり、柄と注口の間に据えられた小像はチムー土器の特徴です。 -
「チムー・インカ(インカ支配下のチムー)の土器」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
橋型双注口・双胴土器はチムー・インカ土器の特徴です。ネコ科動物が最高神格として表現されています。 -
「ランバイエケ(シカン)文化の土器」ペルー北海岸、紀元後8世紀-13世紀
ランバイエケ(シカン)文化の土器には、北部土器の特徴である象形的な表現に、南部土器の特徴である橋型双注口の双方が融合しています。 -
「ランバイエケ(シカン)文化の土器」ペルー北海岸、紀元後8世紀-13世紀
土器に表現される人物は、跳ね上がった形の目、大きな耳飾、半月型の頭飾り等が特徴的です。 -
「ランバイエケ(シカン)文化の土器」ペルー北海岸、紀元後8世紀-13世紀
部下を従えたこの人物は、シカン王国を創設し後に神格化された「ナイランプ」であるとも考えられています。 -
「ランバイエケ(シカン)文化の土器」ペルー北海岸、紀元後8世紀-13世紀
シカン王国の権力者達は「ナイランプ」の顔の特徴を備えたデスマスクと共に埋葬されました。 -
「チムー文化の土器」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
チムー文化では、300年間続いた南部(ワリ)の影響を排した、北部伝統の鐙型象形土器が復活しました。 -
「チムー文化の土器」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
チムーの権力者たちは黒色の土器を採用し、南部の特徴である多彩色や橋付双注口の土器生産を取り止めました。 -
「チムー文化の土器」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
チムー文化土器は型を使って大量生産されました。 -
「チムー文化の土器」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
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「チムー文化の土器」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
今から2千年前の土器では、権威を象徴するネコ科動物が鹿を打ち負かす様子が表現されたが、チムー土器では人間が鹿を背負っており、権力が動物から人間に移行したことを示しています。 -
「チムー文化の土器」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
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「インカ文化の土器」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
インカ土器の特徴は、ウルプ或いはアリーバロと呼ばれ、脇に持ち手を備え膨らんだ形状の尖底土器です。注ぎ口は幅広で平らな形状をしているほか、土器の正面にネコ科動物の頭部が表現されているのも特徴的です。 -
「スペインによる征服」ペルー北海岸、1532年
スペイン征服者の到着によって、アンデス芸術にヨーロッパの文化要素が取り込まれました。 -
「スペインによる征服」ペルー北海岸、1532年
征服初期にはインカ土器の要素が強く残る橋型双注口・双胴土器が生産されていたが、ヨーロッパから鉛の上薬を使用し高温焼成する技法が伝わったことから、黄色や茶色、緑の光沢を持つ土器が作られるようになりました。また、ヨーロッパの金属製の鍋を模倣した土器も作成されました。 -
「スペインによる征服」ペルー北海岸、1532年
先コロンブス期芸術には、権威の象徴であるネコ科動物が鹿を襲う様子や、人間が捕らえた鹿を背負う様子が描写されていました。しかし、スペインによる征服後は、人間がネコ科動物を背負う様子が表現されています。 -
「スペインによる征服」ペルー北海岸、1532年
アンデスの芸術において、それまで神格化されていたネコ科動物が鹿と同様に征服・捕獲された姿で表現されており、スペインによる偶像崇拝の禁止政策が進んでいたことが伺えます。 -
「リマ文化・ニエベリア様式の土器」ペルー中央海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
ペルー中央海岸で作成されたリマ文化の土器は、北部及び南部海岸双方の特徴を有しています。 -
「リマ文化・ニエベリア様式の土器」ペルー中央海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
橋型双注口及び多色彩は南部の影響である。特に濃いオレンジ色がリマ文化土器の特徴です。 -
「リマ文化・ニエベリア様式の土器」ペルー中央海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
象形土器は北部土器の特徴です。 -
「リマ文化・ニエベリア様式の土器」ペルー中央海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
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「リマ文化・ニエベリア様式の土器」ペルー中央海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
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「ワリ文化・中央海岸地方様式の土器」ペルー中央海岸、紀元後8世紀-13世紀
ウマヤ様式は、ワリ文化及びリマ文化・ニエベリア様式の融合であり、ワリ土器の幾何学模様、リマ土器の濃いオレンジ色の双方を受け継いでいます。 -
「ワリ文化・中央海岸地方様式の土器」ペルー中央海岸、紀元後8世紀-13世紀
ワリ期から地方王国期における中央海岸の土器は、ワリの影響を受けていますが、ワリ土器本来の光沢や洗練された仕上がりは見られません。初期に作成された多色彩の優れた土器は、次第に色・質共に衰えていきました。 -
「チャンカイ文化の土器」ペルー中央海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
表面に磨きをかけないチャンカイの土器は概ね白い色をしており、黒又は茶色の幾何学装飾が施されています。 -
「チャンカイ文化の土器」ペルー中央海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
両腕を挙げて静止した姿の男女像は「クチミルコ」と呼ばれています。チャンカイの墓には、布製の衣装を着せた巨大なクチミルコが男女ペアで納められていました。 -
「パチャカマックの土器」ペルー中央海岸、紀元後8世紀-13世紀
ルリン谷に位置するパチャカマック遺跡は、中央海岸部で最も重要な祭祀センターでした。パチャカマックからは、ワリ期-地方王国期の質の高い土器が出土しています。 -
「パチャカマックの土器」ペルー中央海岸、紀元後8世紀-13世紀
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「パチャカマックの土器」ペルー中央海岸、紀元後8世紀-13世紀
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「チンチャ文化の木像」ペルー南海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
儀礼用の器を持つ重要人物の木像。 -
「ナスカ文化の土器」ペルー南海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
ナスカA或いはナスカ記念碑型土器は自然主義的かつ多色彩であり、土器全体が彩色されています。橋型双注口式の土器が最も多く、象形土器は少ない。 -
「ナスカ文化の土器」ペルー南海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
ナスカ土器には周囲の動植物や果実が巧みな描写力と技術をもって表現されています。 -
「ナスカ文化の土器」ペルー南海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
絵付けの題材は、漁師や農民のほか、狩猟や戦闘の場面等です。
また断頭された神々が表現されているほか、首級(頭のトロフィー)は頻繁に扱われたテーマです。 -
「ナスカ文化の土器」ペルー南海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
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「ナスカ文化の土器」ペルー南海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
ナスカB或いはナスカ文様反復型土器の特徴は、人間や動物、超自然的存在等の複雑な文様を反復させて、隙間や余白を埋め尽くす「空間恐怖(Horror Vacui)」の表現様式です。 -
「ナスカ文化の土器」ペルー南海岸、紀元前1世紀-紀元後8世紀
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「南部ワリ文化の陶器」ペルー南海岸、紀元後8世紀-13世紀
ワリ文化は、現在のペルー南部山岳地帯のアヤクチョ県で発生した。ワリ文化では、彩色された象形土器が作られ、文様は黒い色で縁取りされた。ワリ様式は地方王国期のアンデス土器に大きな影響を及ぼしました。 -
「南部ワリ文化の陶器と石」ペルー南海岸、紀元後8世紀-13世紀
ワリ文化のピキリャクタ遺跡で出土したトルコ石の彫刻。地位権力の象徴である洗練された頭飾りやチュニックを身に着けていることから、高位の人物であると考えられます。 -
「南部ワリ文化の陶器」ペルー南海岸、紀元後8世紀-13世紀
ワリ文化の影響を受けた、南部海岸地方の土器。橋型双注口壺はナスカ文化土器の名残です。 -
「チンチャ文化の陶器」ペルー南海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
南部海岸地帯に発達したチンチャ王国は、航海術や商業、染織に優れていました。
主に鉢状の土器が作られ、帯状の織物に美しい幾何学文様を組み合わせたかのような彩色が施されています。 -
「チンチャ・インカ(インカ支配下のチンチャ)の陶器」ペルー南海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
インカによる征服を受けた後のチンチャ王国では、双方の色彩や様式が融合した土器が作られました。アリバロ(尖底土器)の様式はインカの影響の現れであり、土器の頸部につながる柄はチンチャの特徴を受け継いでいます。 -
「チンチャ・インカ(インカ支配下のチンチャ)の陶器」ペルー南海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
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「ケロの陶器」ペルー南部の山々、紀元後13世紀-16世紀前半
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「チンチャ・インカ(インカ支配下のチンチャ)の陶器」ペルー南海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
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「アリバロ(尖底土器)」ペルー南部の山々、紀元後13世紀- 16世紀前半
ウルプ或いはアリバロと呼ばれる尖底壺はインカの象徴的な土器であり、その名は類似した形を持つギリシア土器に由来します。インカ帝国の領域全土に存在していたアリバロは、儀礼用の飲料だったトウモロコシの発酵酒チチャや、祭儀用食料の生産や保存、輸送に用いられていました。 -
「アリバロ(尖底土器)」ペルー南部の山々、紀元後13世紀- 16世紀前半
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「アリバロ(尖底土器)」ペルー南部の山々、紀元後13世紀- 16世紀前半
インカを代表するもう一つの器は、儀礼に用いられたケロであり、ティワク文化に由来を持とます。 -
「アリバロ(尖底土器)」ペルー南部の山々、紀元後13世紀- 16世紀前半
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