2026/08/13 - 2026/08/13
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+mo2さん
この旅行記スケジュールを元に
メキシコシティを訪れて、ここに行かないのは「メキシコを半分も見ずに帰る」ようなものともいわれる国立人類学博物館。 チャプルテペック公園の緑の中に佇む国立人類学博物館は、単に古い遺物を並べた施設ではありません。メキシコ国内に点在するユネスコ世界遺産の数々から、最も価値が高く、歴史を象徴する「本物の至宝」が集結した、いわばメキシコ文明の心臓部です。2012年8月にも訪れていますが、是非再訪したいと思っていた博物館です。また、2023年(令和5年)に東京国立博物館で特別展「古代メキシコ ーマヤ、アステカ、テオティワカン」が開催されていますが、国立人類学博物館から多くのコレクションが出展されています。今回90分という限られた時間ですが、全室を周りたっぷり写真を撮ってしまったので旅行記を分割します。また作品については、博物館のHPを参照しましたが、わからないものもたくさんあります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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国立人類学博物館。1964年に建築家ペドロ・ラミレス・バスケスによって設計されたこの建物は「現代の神殿」とも言える秀逸な構造をしています。
メキシコ国立人類学博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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中庭の象徴である巨大な噴水、通称「エル・パラグアス(傘)」。一本の柱で支えられたこの巨大な屋根は、メキシコの近代化の象徴であると同時に、柱に刻まれた彫刻は古代の物語を継承しています。この建築の秀逸さは、訪れる者を自然と「神々の時代」へと誘う装置となっている点にあります。
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第1~3室 人類学への導入・アメリカ大陸への定住
ルーシーは、1974年にアメリカ人科学者ドナルド・ジョハンソンがエチオピア連邦民主共和国のアファール谷底で発見したアウストラロピテクス・アファレンシスの化石標本であり、約320万年前のものとされます。この標本は約40%の骨格完全性を保ち、47個の骨格化石を組み合わせて復元されており、ヒト族に分類されます。 -
メキシコの歴史の起源をジオラマで紹介。先住民の主食だったトウモロコシは、特別な食糧だったことがわかる展示になっています。
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第4室 先古文明
先古典期は、紀元前1500年前~後250年くらいまでの事で、後に出てくるテオティワカン文明以前にあった文明です。 -
「男性像」先古典期(紀元前1500年前~後250年)
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「男性像」先古典期(紀元前1500年前~後250年)
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「男性像」先古典期(紀元前1500年前~後250年)
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「女性像」先古典期(紀元前1500年前~後250年)
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「女性像」先古典期(紀元前1500年前~後250年)
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ユニークな姿の人物像
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可愛らしい姿の人物像
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仮面などの先古典期時代の土器
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先古典期時代の仮面など
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これは何かの動物かな?
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アヒルの土器
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これは魚デザインの土器。
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これは何でしょう?ネズミかな?
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動物の土器など
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このカメかスッポンにしか見えない壷はアルマジロの水差しだそうです。とても紀元前1500ごろに作られたとは思えないほどしっかりとした作りで、芸術的です。
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ユニークな姿の道化師(?)の像
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横から見たところ。
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第5室 テオティワカン
「死のディスク石彫」テオティワカン文明 年550~300、太陽のピラミッド、テオティワカン太陽の広場出土 メキシコ国立人類学博物館
メキシコ先住民の世界観では太陽は沈んだ(死んだ)のち、夜明けとともに東から再生すると信じられていました。この作品は地平線に沈んだ夜の太陽を表わすと考えられています。復元すると直径1.5mにもなる大型の石彫です。
特別展「古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティワカン」にも出展されていました。 -
午前中に訪問しましたが、「テオティワカン文明」は、メキシコシティの北東約50kmのところにあるテオティワカンを中心に栄えた文明です。紀元前2世紀から6世紀にかけて繁栄し、最盛期の450年頃にはテオティワカンの人口は20万人を超えたそうです。これは当時としては世界有数です。
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しかし、7世紀中頃、テオティワカン文明は突如として滅亡してしまいます。相は謎です。12世紀頃、この地にやってきたアステカ人が、密林の中で廃墟となっていた都市を発見します。アステカ人は、この都市を彼らの言葉で「神々の都市(テオティワカン)」と名付けました。そして、この都市を後々まで崇拝の対象としたのです。
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博物館の最初の見せ場。実物大の再現されたケツァルコアトル神殿
現地にある本物と違って、このレプリカは建造当初の極彩色の色合いが再現されています。ケツァルコアトルの神殿 建造物
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神殿の壁面には、「ケツァルコアトル(羽毛のある蛇神)」の彫像があります。実際にテオティワカン遺跡を歩いた後にこの展示を見ると、「遺跡で見たものが博物館の中でもつながっている」という感覚がありました。
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球技のゴール・マーカーとして利用された「ラ・ベンティアの石標」
メソ・アメリカ共通の文化として球技がありますが、マヤ世界では球技場の壁に丸い輪を付けてゴールとしていたのに対し、テオティワカンでは、このような石標が使われていました。 -
神殿背後に回ると、後ろ手に縛られ生け贄となった神官たちの骨も展示されています。
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「香炉」テオティワカン文明 年550~350 ベンティージャ出土・ラ、テオティワカン
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「香炉」テオティワカン文明 年550~350 ベンティージャ出土・ラ、テオティワカン
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「香炉」テオティワカン文明 年550~350 ベンティージャ出土・ラ、テオティワカン
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「小像、土偶など」テオティワカン文明 年550~450 出土地不明
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「小像、土偶など」テオティワカン文明 年550~450 出土地不明
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「小像、土偶など」テオティワカン文明 年550~450 出土地不明
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「小像、土偶など」テオティワカン文明 年550~450 出土地不明
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「石像」テオティワカン文明
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テオティワカンのテパンティトラ神殿の復元
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美しい壁画も復元されています。
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「香炉」テオティワカン文明 年550~350 宮殿B出土、ベンティージャ・ラ、テオティワカン
くびれた胴部をもつ本体と装飾片で覆われた蓋からなる土製の香炉台セット。住居での発見が多く、親族や先祖、神を崇拝する儀式用具と考えられます。こちらも特別展「古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティワカン」に出展されていました。 -
雨神チャルティトゥリクエ像。テオティワカンの月のピラミッドの前に建っていたオリジナルです。
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「三足土器」年代・出土不明
三足土器はテオティワカン土器で最も多くみられる器形です。 -
「香炉、土偶など」テオティワカン文明 年550~450 出土地不明
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「嵐の神の屋根飾り」テオティワカン文明 年550~250 サクアラ出土、テオティワカン テオティワカン考古学ゾーン
特別展「古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティワカン」に出展されていました。 -
「人形骨壺」サポテカ文明 年550~450 オアハカ地区出土、テオティワカン
こちらも特別展「古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティワカン」に出展されていた作品。 -
「神の壁画」 テオティワカン文明 年550~350 サクアラ出土、テオティワカン
テオティワカンでは、集合式住居群や公共建造物、あるいは儀礼施設に色彩豊かな壁画が数多く描かれ、都市空間を彩っていました。 -
「神の壁画」 テオティワカン文明 年550~350 サクアラ出土、テオティワカン
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「立像」テオティワカン文明 年250~200、羽毛の蛇ピラミッド、テオティワカン
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「マスク」テオティワカン文明 年550~350 ベンティージャ出土・ラ、テオティワカン
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「マスク」テオティワカン文明 年550~350 ベンティージャ出土・ラ、テオティワカン
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「マスク」テオティワカン文明 年550~350 ベンティージャ出土・ラ、テオティワカン
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「マスク」テオティワカン文明 年550~350 ベンティージャ出土・ラ、テオティワカン
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「マスク」テオティワカン文明 年550~350 ベンティージャ出土・ラ、テオティワカン
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「神の屋根飾り」テオティワカン文明
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「シベ・トテック像」テオティワカン文明
腰にマストラルという帯を巻いて、右手にはコップ(良く見ると猛獣の鉤爪がついています)を持ち、左手には小さな楯を持っています。この神は「春の神」とか「食料・豊作の神」と言われていて、それだけ聞くとのどかな優しい神様のような気がしますが、実はこの神様の着物は人間の皮なんだそうです。 -
こちらもおどろおどろしい像です。
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第6室 トルテカ
「トルテカ文明」は、テオティワカンが滅びた後の7世紀頃から12世紀頃までの間に、メキシコ中央高原で繁栄した文明です。 -
「トルテカ文明」の中心地は、「トゥーラ」という都市。メキシコシティの北約65㎞の場所にあり、10世紀後半から11世紀前半に最盛期を迎えました。
トゥーラ遺跡 史跡・遺跡
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「カカシュトラ遺跡の壁画」900-1200年
青色の塗料を使うのはマヤ文明の特徴らしく、トルテカ、マヤ両文明の間で交流があったことが伺えます。カカシュトラ 史跡・遺跡
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「巻き貝」トルテカ文明(7世紀頃 - 12世紀頃)
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コンゴウインコの顔の石像です。
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生け贄の心臓を捧げるチャックモール。これはアステカ神殿遺跡、テンプロ・マヨールにもありました。また、マヤ文明にもチャックモールはあるようで同世代の文明として同じような風習があったようです。
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「石柱」トルテカ文明(7世紀頃 - 12世紀頃)
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「戦士像」900-1200年、トゥーラ
神殿入口の屋根を支えていた石柱の一体。 -
「戦士像」(横から)900-1200年、トゥーラ
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「トルテカ文明」の担い手については、まだ詳しいことは判明していないそうですが、「トゥーラ遺跡」にある「ピラミッドB」の壁画や列柱構造、生贄の心臓を太陽に捧げる台を持った人物像「チャック・モール(Chacmool)」の存在など、遠く離れたユカタン半島にあるマヤ遺跡「チチェン・イッツァ」とそっくりです。
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「石像」トルテカ文明(7世紀頃 - 12世紀頃)
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「石像」トルテカ文明(7世紀頃 - 12世紀頃)
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「石像」トルテカ文明(7世紀頃 - 12世紀頃)
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「石棺」トルテカ文明(7世紀頃 - 12世紀頃)
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これは何でしょう?
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「石像の足」トルテカ文明(7世紀頃 - 12世紀頃)
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