2026/08/13 - 2026/08/13
44位(同エリア1069件中)
+mo2さん
メキシコシティを訪れて、ここに行かないのは「メキシコを半分も見ずに帰る」ようなものともいわれる国立人類学博物館。 チャプルテペック公園の緑の中に佇む国立人類学博物館は、単に古い遺物を並べた施設ではありません。メキシコ国内に点在するユネスコ世界遺産の数々から、最も価値が高く、歴史を象徴する「本物の至宝」が集結した、いわばメキシコ文明の心臓部です。2012年8月にも訪れていますが、是非再訪したいと思っていた博物館です。また、2023年(令和5年)に東京国立博物館で特別展「古代メキシコ ーマヤ、アステカ、テオティワカン」が開催されていますが、国立人類学博物館から多くのコレクションが出展されています。今回90分という限られた時間ですが、全室を周りたっぷり写真を撮ってしまったので旅行記を分割します。メキシコ国立人類学博物館(2)は、メヒカ(アステカ)、オアハカです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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メソアメリカ地域では、球技が盛んに行われていました。サッカーボール大の硬いゴムボールを、手や足を使わずに壁の高い位置に設置された穴にくぐらせるという競技で、チームは1人~7人くらい。ボールが硬いので防具を付けていたと考えられています。
メキシコ国立人類学博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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球技の目的は、神に生贄を捧げる儀式、あるいは、部族間の代理戦争として行われたという説がありますが、本当のことはわかっていません。面白いのは、球技に勝ったチームは太陽神の生贄として捧げられるということ。
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第7室 メヒカ(アステカ)
「アステカ文明」は、1428年頃から1521年までメキシコ中央部に栄えた文明。 -
12世紀中頃、この地で覇権を握っていたトルテカが衰退すると、メキシコ中央高原はいくつかの都市国家が群雄割拠する時代となります。そんな折、1345年にこの地にやってきたのが、メキシコ中央高原で流浪の狩猟生活をしていた「メシカ」という人々。彼らは、メキシコ盆地にある「テスココ湖」の湖畔に定住し、湖の小島に首都「テノチティトラン」を築きました。これが「アステカ帝国」の起源です。
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これは「クアウシカリ」と呼ばれ、生贄の心臓を入れるために使われたものとのことです。背中に穴が有ります。
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イチオシ
「死の神の司祭の像」アステカ文明(1325‐1521年)、メキシコシティ
死の神ミクトランテクトリの象徴として独特の衣装をまとっているです。ち〇こドリル? -
「シワテテオ像」アステカ文明(1325‐1521年)、メキシコシティ
アステカでは将来戦士となる男子を出産する際に命を落とした女性はみなシワテテオという神になるとされました。お産で死ぬことは戦死と同様の名誉ある死だったのです。彼女らは戦場で死んだ戦士の魂を運ぶ役割をしたと言われ、骸骨の頭と鉤爪を持ちます。 -
こちらも何かの神像でしょうか?
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「石板」アステカ文明 (1325‐1521年)出土等不明
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「石板」アステカ文明 (1325‐1521年)出土等不明
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お猿の顔の石像
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レリーフ
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皿や壺など
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7代目の王ティソクの勝利を記念したレリーフ
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戦闘シーンが彫られています
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たくさん置かれた石像も、どれも特徴のある造形ばかり。
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左の像はコアトリクエ。右の像は火と光の神シュウテクトリ。
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イチオシ
「コヨルシャウキ頭像」アステカ文明(1325‐1521年)、メキシコシティ
アステカの月の女神で「黄金の鈴」を意味し、頬や帽子に鈴の模様が彫られています。 -
イチオシ
第7室メヒカ(アステカ)の目玉は、この太陽の石「アステカ・カレンダー」直径3.6mの円盤状の巨石で、これはアステカの暦を図形化したものと言われています。アステカでは、この宇宙は今まで4つの時代を経てきており、現在は5番目の「太陽トナティウ」の時代であると考えられていました(中央にある顔がトナティウ)。
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イチオシ
「コアトリクエ像」アステカ文明(1325‐1521年)、メキシコシティ
コアトリクエとは、「蛇の腰衣を纏った女性」という意味で、大地と生と死の女神です。中央に切り落とした首を付け、そこから流れる落ちる血潮を二匹のヘビで表しています。 -
イチオシ
「チョチピリ像」アステカ文明(1325‐1521年)、トラルマナルコ
花、音楽、舞踏の神です。頭にアオサギの羽飾りの帽子を、顔には役者の仮面を被っています。 -
「テポナシュトレ」アステカ文明(1325‐1521年)、不詳
石で表現された「横型太鼓」です。神殿の装飾品として使用しました。優れた彫刻技術を示す逸品と評価されています。 -
アステカ文明は、トルテカ文明と衰退していった一部のマヤ文明を引き継いで、ユカタン半島に栄えた最後の文明となり、後にスペイン人に滅ぼされるまでこの地で繁栄した。
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メキシコと言う言葉もアステカ人たちがかつて自分たちを呼んだメヒコと言う言葉から来ています。ちなみにメキシコはスペイン語で今でもメヒコです。
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ユニークな造形の像が続きます。これは亀男?
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このくちばしを付けたサルのような奇妙な像はケツァルコアトル神です。
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これもケツァルコアトル神かな?
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何かを担いでいます
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「エエカトル神像」アステカ文明 (1521~1325年)、 メキシコシティ
特別展「古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティワカン」に出展されていました。 -
ユニークな造形の遺物が続きます。
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おさかな咥えた猫
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これも何かの神?
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蛇のようですが真ん中に可愛い犬の顔。
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戦士かな?
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イチオシ
「チコメコアトル神の火鉢」アステカ文明 (1521~1325年) メキシコシティ
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ユニークな造形の多いアステカの遺物ですが、こんな精巧なものもあります。
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アステカ文明の遺物は、ほんとうに面白く間抜けな顔の像もたくさんありますが、生け贄の文化だけに使用方法や云われがいちいち恐ろしい。
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これも美しい!!
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しゃちほこ?
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「男性像」アステカ文明(1325‐1521年) 出土地等不明
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「男性像」アステカ文明(1325‐1521年) 出土地等不明
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「男性像」アステカ文明(1325‐1521年) 出土地等不明
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アステカ文明のジオラマ。当時の生活の様子が伺えるメルカド(市場)です。
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テノチティトランの出土品
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犬
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鷲かな?
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第8室オアハカでは、オアハカ州の「モンテ・アルバン」や「ミトラ」を中心に栄えた「サポテカ文明」「ミシュテカ文明」の出土品が展示されています。
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オアハカ州のモンテ=アルバンを中心に紀元前1000年頃~16世紀初頭まで栄えてたサポテカ文明とミステカ文明の出土品が展示されています。ちなみにモンテ=アルバンには『オアハカ歴史地区とモンテ・アルバンの古代遺跡』と言う世界遺産があります。
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イチオシ
「モンテ・アルバン」は、サポテカ人によって紀元前500年頃から建設が始まった中央アメリカ最古の遺跡。
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「モンテ・アルバン」は、最盛期の500~750年頃には人口が約2万5000人にまで増加し、当時は中央アメリカで最も高度な文化水準を誇っていたそうです。
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その後、サポテカ人は理由は不明ながら「モンテ・アルバン」を放棄。新たな祭祀センターとして、「ミトラ」を建設しました。
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放棄された「モンテ・アルバン」は、その後紀元1000年頃、ミシュテカ人の埋葬の場として再利用されたのだそうです。
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踊る人のレリーフ。捕虜の拷問や死体が描かれてると言われています。
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「ジャガー像」サポテカ文明(400-600年)モンテ・アルバン
モンテ・アルバンのゴミ捨て場から発見された土製品の破片を修復したもの。 -
「ジャガー像」サポテカ文明(400-700年)モンテ・アルバン
オアハカでは450~700年の最盛期に多様なジャガー像が数多く作られました。 -
「ジャガーの仮面」サポテカ文明(400-700年)モンテ・アルバン
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「ジャガー像」サポテカ文明(400-700年)モンテ・アルバン
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「ジャガー像」サポテカ文明(400-700年)モンテ・アルバン
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サポテカ人の隣人として暮らしていたミシュテカ人は芸術家集団として古くから有名だったようです。
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美しい壺
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これは何でしょう?
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様々な土器(人形)が並びます。
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芸術的ですね。
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これも何かわかりません。
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ジャガー?犬?
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龍のあたまのようです。
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