2026/03/24 - 2026/03/24
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jijidarumaさん
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【春きたる!3年失敗した、枝垂れ桜巡りのリベンジにようやく成功した。】
春は花と共にやってくる。
庭先の椿(つばき)、黄色の福寿草、レンギョ、真っ白なユキヤナギが先行して咲きだすと、海棠(かいどう)が赤い蕾を膨らませてくる。
寒い冬から、少し暖かくなると、ちょっと車を郊外に走らせたくなる。
本日の走行距離は70~80kmだろうか!
写真:山武市長光寺(さんむし・ちょうこうじ)本堂前の枝垂れ桜
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
酒々井町の「甲子(きのえね)酒蔵・飯沼本家」は、山武市に向く途中にあり、
トイレタイムをここで取った。
幸先良いことに、枝垂れ桜が咲きだしていた。
帰りも立寄って、御茶所に入り、日本酒など土産に購入した。
【千葉県酒々井町:甲子(きのえね)酒蔵・飯沼本家】
〒285-0914千葉県印旛郡酒々井町馬橋106
Tel:043-496-1111
酒々井町の飯沼本家の創業は江戸・元禄年間(1688年~1703年)で、創業当時から300年の歴史を誇る酒蔵である。
銘酒「甲子正宗(きのえね まさむね)」の醸造元である飯沼本家は、酒に因んだ縁起の良い町、酒々井の地で酒造りに適した、豊富な水源に恵まれ自然環境、閑静な森に囲まれている。
飯沼本家 (iinumahonke.co.jp)
写真:「甲子(きのえね)酒蔵・飯沼本家」の駐車場で。酒蔵 甲子 専門店
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写真:山武市長光寺(さんむし・ちょうこうじ)門前の隣家の庭先に咲く桜
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【枝垂れ桜便り】
千葉県山武市(さんむし)に小ぢんまりとした寺がある。
その寺は春になると美しい枝垂れ桜が咲き始める。
春の小旅行に、ドライブには丁度良い距離にある寺なので、毎年のように枝垂れ桜を目的に出かけた。
3月下旬から4月上旬に、千葉の北総(ほくそう:主に千葉県北部地域)を走り、各地の春の花を見物している。
この日も八街(やちまた)市の先、山武(さんむ)市の長光寺(ちょうこうじ)と妙宣寺(みょうせんじ)にある枝垂れ桜を見に行った。
長年、山武市観光協会の桜情報は当たらずで、寂しい枝垂れ桜をみてきて、ガッカリしたものだった。
写真:長光寺(ちょうこうじ)山門前の枝垂れ桜・・・見物人はまずここから撮り始める。 -
千葉は朝晩の冷えこみが続いていたが、この二、三日、暖かな日が続き、今年こそチャンスだと出かけたのだ。
道すがら、個人の庭先にある枝垂れ桜の咲き具合も良さそうに見えて、これはちょうどよい時期に来たと思った。
さらに、この山門前の枝垂れ桜を見ると、今日は心配ないようだと確信した。
写真:長光寺山門前の枝垂れ桜長光寺 寺・神社・教会
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この日も前回同様、長光寺(ちょうこうじ)と妙宣寺(みょうせんじ)の順に訪れた。
国道から山門前の駐車場に行くと、数十台の車が停まっていたので、今日は正解だったと思った。
山武市の長光寺(ちょうこうじ)の枝垂れ桜は、近くの妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜と、その美しさは甲乙つけがたいと云う。
写真:山武市長光寺(さんむし・ちょうこうじ)山門前の枝垂れ桜 -
<昌谷山長光寺(しょうこくざん ちょうこうじ)>
〒289-1223 千葉県 山武市 埴谷(はにや)1175
0475-89-1046
昌谷山長光寺(しょうこくざん ちょうこうじ)は永正11年(1514年)千葉市中田町に創立されたが、江戸時代に入りと、寛文9年(1669年)第9代住職・守玄院日禅上人の時に、埴谷(はにや)領主、*井上筑後守政清(まさきよ)の寄進により現在の地(埴谷はにや)に移されました。
*井上筑後守政清(いのうえ ちくごのかみ まさきよ)は、下総国高岡藩1万1500石の第2代藩主である。寛永5年(1628年)、初代藩主・井上政重の長男・井上政次の長男として生まれる。父が慶安3年(1650年)8月に早世したため、祖父・政重から世子に指名され、万治3年(1660年)7月9日に政重の隠居にともない家督を継いだ。
写真:長光寺の山門を入ってすぐの参道右に墓碑が立つ。 -
イチオシ
長光寺本堂前の枝垂れ桜(ウバヒガンシダレザクラ)は、樹齢300年を超えると云われ、高さ約15m、幹の太さ約5mで、枝の広がりは約800平方メートル、大変樹形の美しい枝垂れ桜です。
毎年3月下旬から4月上旬にかけて見事な薄紅色の小さな花を咲かせる。
今年は幸いにも咲き始めの枝垂れ桜を見ることができた。
つまりリベンジができたわけだ。
写真:長光寺(ちょうこうじ)本堂前の枝垂れ桜・・・左手に2代目がある。 -
この枝垂れ桜は、昭和50年(1975年)6月1日に山武市の天然記念物に指定されている。花見時は多くの花見客が訪れる。本堂横裏手にトイレ設備あり。
写真:長光寺枝垂れ桜の説明板 -
写真:長光寺の日禅上人坐像説明板
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イチオシ
今日は火曜日であったので、思っていたほどには見物人も少ない。
千葉でも知られた枝垂れ桜見物には、このくらいが丁度良い。
写真:長光寺(ちょうこうじ)本堂前の枝垂れ桜初代 -
写真:長光寺の枝垂れ桜初代と2世
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写真:長光寺の枝垂れ桜2世
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【日蓮大聖人尊像にかける綿帽子はどういう意味があるか】
(布教研究所所員・岡崎 妙国寺住職 西川泰裕氏の説明引用)
日蓮大聖人が遭われた法難の一つに「小松原の法難」があります。大聖人は現千葉県小湊のお生まれですが、立教開宗後は布教の拠点を鎌倉に構えておられました。
鎌倉の地で辻説法をされているときに、故郷にいる母の病の報を聞き、小湊に向かわれたのですが、大聖人を恨んでいた地頭の東条景信が、小松原という地で一行を待ち伏せ、襲撃しました。
その時大聖人を護ろうとして弟子の鏡忍房は討ち死にし、九死に一生を得た大聖人も、額に傷を負われました。
晩年大聖人は身延山に住まわれますが、
五尺の雪ふりて本よりかよわぬ山道ふさがり、といくる人もなし。衣もうすく、かん(寒)ふせぎがたし。食たえて命すでに終りなんとす。(上野殿御返事一七二一) とあるように、身延山の冬は厳しく、大聖人の額の傷も病まれました。
そのお姿を見たお弟子たちが自分の衣の袖をちぎり、大聖人がその袖を頭巾代わりにしたという故事にのっとり、大聖人の尊像には秋のお会式から春の彼岸まで*綿帽子をお掛けするのです。
また、千葉県小湊(旧安房郡小湊町・・・現在の鴨川市の一部)に日蓮宗の日蓮寺という寺(小松原の法難後、額に傷した大聖人が一夜を過ごされた厳谷の寺)があり、こちらにも綿帽子の由来の話があります。
日蓮寺では、綿は三層になっており、額から順に、赤・黄・白の染めた綿を使っておられ、これは大聖人の額の傷の血の色を表すそうです。
・・・・・
写真:長光寺の日蓮大聖人尊像にかける綿帽子(どこの寺院でもこの姿を見ることができる) -
写真:長光寺の枝垂れ桜・・・本堂側から参道と桜を写す。
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写真:長光寺の枝垂れ桜・・・逆光となるが、本堂側から写す。
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写真:長光寺の枝垂れ桜初代・・・本堂側から写す姿は幹の根元も太く、歴史を感じさせる。咲き始めらしく、櫻花は全く落ちていない。
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写真:長光寺の枝垂れ桜・・・本堂側から初代、二代の姿を写す。撮り方によって、枝垂れ桜の色合いも、濃淡も変わって興味深い。
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写真:長光寺の枝垂れ桜・・・左右に初代、二代の姿を写す。
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写真:長光寺の枝垂れ桜の3代目になるのか?!女性画家が何やら描いている。
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写真:長光寺の枝垂れ桜に接近して写す。櫻花は風があってなかなか静止してくれない。
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写真:長光寺の枝垂れ桜・・・本堂をバックに初代
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写真:長光寺の枝垂れ桜・・・本堂傍の初代
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イチオシ
長光寺本堂前の枝垂れ桜は2本(本堂前の老木の樹齢は300年以上)、2本は相対するようにある。
こちらの枝垂れ桜は本堂前の老樹から昭和40年(1965年)に、接ぎ木によりつくられた第二世の枝垂れ桜だ。
長光寺の枝垂れ桜の開花期間は市観光協会によると、例年3月下旬~4月上旬とあった。近くの妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜も同じだった。
長光寺の枝垂れ桜「ウバヒガンシダレザクラ」は見事な薄紅色の小さな花を咲かせる。
写真:長光寺の第二世の枝垂れ桜・・・枝垂れ桜の2代目も樹形は美しい。 -
写真:こちらは2代目の傍に咲く、長光寺の枝垂れ桜の3代目になるのか?!女性画家が何やら描いている。
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写真:長光寺の枝垂れ桜の2代目も樹形は美しい。・・・樹の左手に2代目の看板が立っている。
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イチオシ
枝垂れ桜の老樹の右奥にソメイヨシノが例年満開であったが、今年はいまだに蕾のままだった。
写真:次の妙宣寺(みょうせんじ)に向かう前に、名残惜しい長光寺本堂と初代枝垂れ桜を撮る。 -
写真:長光寺の枝垂れ桜初代(2024年4月4日)
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写真:長光寺の枝垂れ桜初代(2024年4月4日)
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写真:長光寺の枝垂れ桜2代(2024年4月4日)
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写真:長光寺本堂前の枝垂れ桜初代と右横のソメイヨシノ(2023年3月27日)。
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写真:長光寺枝垂れ桜の初代、二代(2023年3月27日)。
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写真:長光寺枝垂れ桜の初代(2023年3月27日)。
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写真:長光寺本堂前の枝垂れ桜初代・・・樹齢約300年(2023年3月27日)。
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写真:長光寺枝垂れ桜初代(2023年3月27日)
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長光寺の駐車場で、一息入れてから、国道に出て、ほんの少し走る(300mの距離で、徒歩約5 分)と、門前の向かい側に10台位の駐車場があり、車を停めた。
駐車場には数台が停まっていたが、入口の山門を入ると、以前のようにあまり人気(ひとけ)がない。
写真:山武市妙宣寺(さんむし・みょうせんじ)・・・参道から撮る妙宣寺 寺・神社・教会
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以前、参道入口脇に日蓮宗宗門史跡の大きな石碑を覆うように枝垂れ桜が咲いていたが、無残にも伐採されていた。
樹形も色も美しい!ものでしたので誠に残念!
参道や境内の杉の木なども大きく育っていたが、なぜかそれらも伐採されてしまっていた。
写真:山武市妙宣寺の山門 -
<大丞山 妙宣寺(だいじょうさん みょうせんじ)>
〒289-1223 千葉県 山武市 埴谷(はにや)1396
無料駐車場は写真の門の反対側に普通車で台数10台OK 。トイレ在り。
山武市観光協会の案内によると、
妙宣寺(みょうせんじ)は室町時代、康安元年(1361年)に埴谷城主、埴谷備前守重義公(はにやびぜんのかみしげよし)の建立で、その子、日英上人により開山され、大丞山妙宣寺(だいじょうさんみょうせんじ)と称した。
<通称「なべかんむり日親」>
また、日親上人は埴谷大丞左近将監重継(はにやだいじょうさこんしょうげんしげつぐ)の次男である。幼少期に父重継の実弟にあたる日英上人の教えを受けた日親上人は、後に「立正治国論(りっしょうちこくろん)」を時の将軍足利義教(あしかが よしのり)に進言したため、怒りにふれて、焼け鍋をかぶらされるという刑罰を受けたと云う。
それでも信念を貫き通した日親上人(通称「なべかんむり日親」)だったと云う。妙宣寺は日親上人が誕生した寺として、「鍋冠(なべかんむり)日親」の霊跡として知られている。
日親上人が鉄鍋をかぶせられた模様を描いた絵を見ることができるとか。
・・・・・
写真:妙宣寺の史跡説明板 -
写真:妙宣寺の枝垂れ桜・・・山門傍の桜を撮る。
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イチオシ
写真:妙宣寺の枝垂れ桜・・・親師堂から渡り廊下をバックにに撮る。樹形が美しい
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜と山門
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写真:妙宣寺の山門方向の枝垂れ桜を撮る。
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜・・・親師堂から山門方向の枝垂れ桜を撮る。
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜・・・親師堂から本堂を背景に、枝垂れ桜を撮る。
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜・・・・・・親師堂から本堂を背景に、枝垂れ桜を撮る。樹形が美しい
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜・・・親師堂から本堂を背景に、枝垂れ桜を撮る。
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イチオシ
写真:妙宣寺の枝垂れ桜・・・親師堂から渡り廊下を左に見て、本堂、枝垂れ桜を撮る。桜の樹形が実に美しい。
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜と山門方向を撮る。
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜の拡大
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜と銀杏木
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜と満開のユキヤナギ親師堂から本堂を背景に、渡り廊下を左に見て、枝垂れ桜を撮る。
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜・・・親師堂から本堂を背景に、渡り廊下を左に見て、枝垂れ桜を撮る。
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜と鐘楼
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜(2024年4月4日)
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜(2024年4月4日)
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜・・・本堂を背景に、渡り廊下を左に見て、遅かりし枝垂れ桜を撮る。実に見事な樹形だ。(2023年3月27日)
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜:親師堂から本堂を背景に、渡り廊下を左に見て、遅かりし枝垂れ桜を撮る。実に見事な樹形だ。(2023年3月27日)
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写真:妙宣寺の枝垂れ桜(2023年3月27日)
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イチオシ
車を公民館の駐車場に入れた。
<公津(こうづ)公民館>
成田市宗吾1-839-1
0476-26-9610 (電車だと京成・宗吾参道駅出口2から徒歩約17分)
火曜日の夕方でしたが、公民館関係の方の車や、乙姫紅枝垂れ桜を目当てにやって来た見物人の車が2、3台停まっていた。
写真:宗吾・公津(こうづ)公民館前にある「乙姫紅枝垂れ桜」・・・こちらの樹形も美しい。 -
公民館前にある乙姫紅枝垂れ桜は昭和39年(1964年)、私共が21歳、丁度東京オリンピックが開催された年を記念して植えられたものだと云うから、もう60年以上が経ち、大きく育っている。
また、昭和39年は公津公民館が市内初の公民館として開館した年で、この乙姫桜は公民館と共に歳を取ったわけだ。
満開の時期(通常3月下旬)には、「公津しだれ桜ふれあいまつり」が開催されて混み合うと云う。この咲き方を見ると満開だろう。
写真:宗吾・公津(こうづ)公民館前にある「乙姫紅枝垂れ桜」 -
見事な枝垂れ桜は濃いピンク色で花弁が美しく、比類のない濃艶な桜のため「乙姫桜」と呼ばれているそうだ。
納得の、満足した景観でした。
写真:宗吾・公津(こうづ)公民館前にある「乙姫紅枝垂れ桜」 -
写真:宗吾・公津(こうづ)公民館前にある「乙姫紅枝垂れ桜」(2024年3月31日)
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写真:宗吾・公津(こうづ)公民館前にある「乙姫紅枝垂れ桜」(2023年3月20日)
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<2025年4月9日、千葉県多古町(たこまち)唐竹にある竹林山 妙光寺(ちくりんざん みょうこうじ)の枝垂れ桜はツイテいないことに早々と散っていた。>
千葉はこのところ天気予報がちっとも当たらず、寒い日が続いていたので、まだまだと思って久しぶりにお出かけしたのだが、このところの厳しい雷雨と風で、近隣に美しさで知られた妙光寺の枝垂れ桜は、残念にも散ってしまっていた。
千葉の多古の地は江戸時代から明治維新までの150年間、多古藩松平家(1万2千石)が治めてきた、小さな城下町である。
多古町には思っている以上に、歴史的な見所があるので時々訪れている。
【竹林山(ちくりんざん) 妙光寺(みょうこうじ)】
〒289-2257 千葉県香取郡多古町南中163
妙光寺は貞治3年 (1364年) 常在院日朝上人(藻原の城主齊藤遠江守兼綱)の開基である。多古と島の妙光寺も同じ上人による開基で、あわせて三妙光寺と呼ばれていた。(現在は多古とここ南中の二ヶ寺)
この寺は題目板碑の多いことで知られ、全部で14基存在する。
下総型の題目板碑14基は、応安四年(1371年)から永享十年(1438年)にいたる六十七年の間に造立された下総型題目板碑の典型を示すものである。
また、南中五軒堂といわれた郷士の平山藤右衛門の弟で、鏑木(現旭市)に移住した平山忠兵衛家の菩提寺になっている。
山号:竹林山
宗旨:日蓮宗
創建:貞治3年 (1364年)
開基:常在院日朝上人(齊藤遠江守兼綱)
正式名:竹林山 妙光寺
別名:唐竹の妙光寺
文化財:竹林山妙光寺板碑群(多古町指定有形文化財)
さて、多古町には妙光寺が三つあると云う。
これらを「下総三妙寺」と称し、多古町・居射(いざ)の台地裾にたつ「妙印山 妙光寺」、唐竹の「竹林山 妙光寺」、そして現存していないが島の「本覚山 妙光寺」である。
いずれも常在院 日朝(にっちょう)上人(藻原の齊藤遠江守兼綱・・・茂原市 茂原)の開基によるものと伝えられている。
三つの内、居射(いざ)の「妙印山 妙光寺」は2年前、2023年4月8日に訪れた。「妙印山 妙光寺」は多古音頭にも歌われる町最大の寺院で、この寺の祖師像(日蓮像)は「ひげの祖師」として信仰されている。
また、島の「本覚山 妙光寺」(約700年前に日朝により開山された)を買い受けて、新たに「成等山 正覚寺」として発足したので、「下総三妙寺」も今は二つになってしまった。
写真は竹林山妙光寺(みょうこうじ)の寂しい枝垂れ桜の様子(2025年4月9日) -
【「中村檀林(なかむらだんりん)「日本寺(にちほんじ)」】
〒289-2257千葉県香取郡多古町南中1820-1
Tel:0479-76-3745
竹林山 妙光寺からの帰り道に、「中村檀林(なかむらだんりん)・「日本寺(にちほんじ)」に立寄った。
日蓮宗の本山(由緒寺院)であり、山号は正東山(しょうとうざん)と称した。
元来は元応元年(1319年)、千葉胤貞(ちば たねさだ:鎌倉幕府末期から南北朝時代の武将。千葉氏の第九代当主千葉宗胤の長男)より土地の寄進を受けた、中山法華経寺(なかやまほけきょうじ:千葉県市川市にある日蓮宗大本山の寺院である。鎌倉時代の文応元年(1260年)創立。山号は正中山)の3代目住職であった日祐(にちゅう:胤貞の子)上人が「高祐山東福寺」として建立した。
そして建立された「高祐山東福寺」を日祐の師・日常(にちじょう)上人に譲り、日常上人が開基・一世とされたのである。
約270年後の天正十九年(1591年)に「高祐山東福寺」を「正東山日本寺」に改めて現在の日本寺となった。
日本寺の十世を継いだ広才博学の僧日円(にちえん)により、「中村檀林(なかむらだんりん)が開かれたのは慶長4年(1599年)のことである。
千人近くの学僧が学ぶという全国有数の学問所となった。
開壇の慶長4年(1599年)から、学制発布によって廃檀となる明治8年(1875年)まで、僧侶の養成機関であった中村檀林では、270余年の間に延べ10万人もの僧侶を輩出したと云う。
中村檀林は小西檀林(現・大網白里市正法寺)、飯高檀林(現・匝瑳市飯高寺)と並んで関東三大壇林と称された。
「日本寺」というと、鋸山(のこぎりやま)にある「日本寺」だと思う方が多い。鋸山は「にほんじ」であるから、日本語は難しく、面倒だ。
アジサイ寺で有名であるが、今日は午後5時近いので車が3台だけ。
ここには3本の枝垂れ桜があった。まだ樹齢が若いせいか、竹林山妙光寺(みょうこうじ)の寂しい枝垂れ桜と比べてもまずまずであった。
写真:日本寺の枝垂れ桜の様子(2025年4月9日)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
櫻だよりを枝垂れ桜だけに絞って、2023年、2024年、2025年、それぞれ訪れる度に、咲き始めの良い時期に当たることがなかった。
今年はリベンジとは大げさだが、幸いなことに、満足する枝垂れ桜見物ができた。
(2026年03月28日Wiki/HP参考、編集追記)正東山日本寺 寺・神社・教会
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