二条・烏丸・河原町旅行記(ブログ) 一覧に戻る
今月の月一京町散歩は、富小路通と堺町通の間の通りで、秀吉の洛中改造によって出来た「柳馬場通」(やなぎのばんばどおり)を歩きます。丸太町通から五条通まで直進約3kmの通りですが、ちょうど梅の開花が始まり、京都御苑内の散策から始めたので、約4kmのウォーキングになりました。<br />京都らしい名前の「柳馬場通」は、元々平安京の「万里小路」(までのこうじ)にあたり、歴史的な遺構はあまりないですが、二条通の辺りに秀吉の肝いりで「二条柳町」という日本初の遊郭が設けられ、その周りに柳の並木があり、遊郭が二条城造営に伴い移転した跡地で、豊国祭の馬揃えが行われたことから今の通り名が残されており、平安時代には現在の京都地方裁判所の辺りに平安宮を守護する役所があり、鎌倉・室町時代には足利将軍家や公家・高官の屋敷、江戸時代には有馬藩や上杉藩などの京屋敷があり、木地屋や漆屋、扇屋などの商家もあって、今でも継承されている老舗も散見されます。<br />相変わらずインバウンドの多い京都ですが、最近特に目につくのは、古い町並みに新しい店舗やホテルなどが増えていることで、これも代々の仕事を受け継ぐものや、新規に加えるもの、全く業態を変えるもの、海外や東京などから進出するものなど、さまざまな形態があって、刻々と変わる変化を見て歩くのは楽しみで、なかなかやめられません。<br />まだまだ変わりそうな京都の町を見届けていきたいと思います。

月一京町散歩2026(2月)「梅の京都御苑」と「柳馬場通」

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2026/02/17 - 2026/02/17

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Bach

Bachさん

今月の月一京町散歩は、富小路通と堺町通の間の通りで、秀吉の洛中改造によって出来た「柳馬場通」(やなぎのばんばどおり)を歩きます。丸太町通から五条通まで直進約3kmの通りですが、ちょうど梅の開花が始まり、京都御苑内の散策から始めたので、約4kmのウォーキングになりました。
京都らしい名前の「柳馬場通」は、元々平安京の「万里小路」(までのこうじ)にあたり、歴史的な遺構はあまりないですが、二条通の辺りに秀吉の肝いりで「二条柳町」という日本初の遊郭が設けられ、その周りに柳の並木があり、遊郭が二条城造営に伴い移転した跡地で、豊国祭の馬揃えが行われたことから今の通り名が残されており、平安時代には現在の京都地方裁判所の辺りに平安宮を守護する役所があり、鎌倉・室町時代には足利将軍家や公家・高官の屋敷、江戸時代には有馬藩や上杉藩などの京屋敷があり、木地屋や漆屋、扇屋などの商家もあって、今でも継承されている老舗も散見されます。
相変わらずインバウンドの多い京都ですが、最近特に目につくのは、古い町並みに新しい店舗やホテルなどが増えていることで、これも代々の仕事を受け継ぐものや、新規に加えるもの、全く業態を変えるもの、海外や東京などから進出するものなど、さまざまな形態があって、刻々と変わる変化を見て歩くのは楽しみで、なかなかやめられません。
まだまだ変わりそうな京都の町を見届けていきたいと思います。

  • 平安京の万里小路(までのこうじ)にあたり、丸太町通から五条通までで、応仁の乱(1467-1477)で荒廃した後、1589年秀吉の洛中改造で整備され、二条通付近に日本で最初の公許遊郭「二条柳町」が設置され、1602年に二条城造営に伴い「六条三筋町」に移転し(さらに現在の「島原」の地に移った)、現在の南北の通りとなった。その後1708年の宝永大火で御所の整備拡張があり、御苑内椹木町通辺りまであった通りは消滅し、丸太町通からになり、鴨川畔に新柳馬場通として移転した。平安時代には紀貫之邸や源融の河原院の広大な邸宅があり、中世には錦小路に二代将軍義詮、三条通に三代将軍義光、六角通に四代将軍義持が邸宅を構え、江戸時代には、有馬藩、小笠原藩、上杉藩、佐竹藩の京屋敷があった。

    平安京の万里小路(までのこうじ)にあたり、丸太町通から五条通までで、応仁の乱(1467-1477)で荒廃した後、1589年秀吉の洛中改造で整備され、二条通付近に日本で最初の公許遊郭「二条柳町」が設置され、1602年に二条城造営に伴い「六条三筋町」に移転し(さらに現在の「島原」の地に移った)、現在の南北の通りとなった。その後1708年の宝永大火で御所の整備拡張があり、御苑内椹木町通辺りまであった通りは消滅し、丸太町通からになり、鴨川畔に新柳馬場通として移転した。平安時代には紀貫之邸や源融の河原院の広大な邸宅があり、中世には錦小路に二代将軍義詮、三条通に三代将軍義光、六角通に四代将軍義持が邸宅を構え、江戸時代には、有馬藩、小笠原藩、上杉藩、佐竹藩の京屋敷があった。

  • 11:00地下鉄烏丸丸太町駅~0.2km京都御苑・九條邸跡~0.3km12:00京都地方裁判所~0.1km(竹屋町通)御所南小学校~マルケーオガワ、コンブ金物店~0.1km(夷川通)豆政~ハリスト正教会~富小路殿公園~0.1km(二条通)~(押小路通)~御池中学校、見真大師遷化旧跡(親鸞聖人入滅の地)、御池創生館、堀川高校夜間部跡~0.3km(御池通)~(姉小路通)~0.2km(1.3km)12:30ランチ「石臼蕎麦わたつね」~(三条通)寺内宝飾店(日生旧ビル)、京都バスケットボール発祥地、京都YMCA~坂本龍馬の妻お龍の実家跡~(六角通)~綿善旅館~菜根譚~阿似波~(蛸薬師通)~(錦小路通)近江牛品川亭~ぎぼし~0.6km(四条通)田中彌(人形店)~京都信用金庫本店~(綾小路通)~たかはし提灯店、奥川提灯店~延命地蔵~(仏光寺通)~松楳園~仏光寺おてらハウス~0.4km(高辻通)さくらうるし邸~(松原通)~(万寿寺通)有隣公園~井助商店(漆)~0.5km(1.5km)(五条通)大野扇舗~16:00お茶休憩アロウネノ(合計3.0km)

    11:00地下鉄烏丸丸太町駅~0.2km京都御苑・九條邸跡~0.3km12:00京都地方裁判所~0.1km(竹屋町通)御所南小学校~マルケーオガワ、コンブ金物店~0.1km(夷川通)豆政~ハリスト正教会~富小路殿公園~0.1km(二条通)~(押小路通)~御池中学校、見真大師遷化旧跡(親鸞聖人入滅の地)、御池創生館、堀川高校夜間部跡~0.3km(御池通)~(姉小路通)~0.2km(1.3km)12:30ランチ「石臼蕎麦わたつね」~(三条通)寺内宝飾店(日生旧ビル)、京都バスケットボール発祥地、京都YMCA~坂本龍馬の妻お龍の実家跡~(六角通)~綿善旅館~菜根譚~阿似波~(蛸薬師通)~(錦小路通)近江牛品川亭~ぎぼし~0.6km(四条通)田中彌(人形店)~京都信用金庫本店~(綾小路通)~たかはし提灯店、奥川提灯店~延命地蔵~(仏光寺通)~松楳園~仏光寺おてらハウス~0.4km(高辻通)さくらうるし邸~(松原通)~(万寿寺通)有隣公園~井助商店(漆)~0.5km(1.5km)(五条通)大野扇舗~16:00お茶休憩アロウネノ(合計3.0km)

  • 11:00 地下鉄・烏丸丸太町駅から「京都御苑」へ

    11:00 地下鉄・烏丸丸太町駅から「京都御苑」へ

  • 「間之町口」(あいのまちぐち)入り口<br />「京都御苑の梅」の見所は、苑内西側の120本の「梅林」と、九条家邸宅にあった「黒木の梅」

    「間之町口」(あいのまちぐち)入り口
    「京都御苑の梅」の見所は、苑内西側の120本の「梅林」と、九条家邸宅にあった「黒木の梅」

  • 「宗像神社」の梅と赤い実の南天<br />平安京の万里小路(までのこうじ)は、当初この辺りまであったが、御所拡張で丸太町通から始まる「柳馬場通」となった

    「宗像神社」の梅と赤い実の南天
    平安京の万里小路(までのこうじ)は、当初この辺りまであったが、御所拡張で丸太町通から始まる「柳馬場通」となった

  • 「宗像神社」(むなかたじんじゃ)<br />京都御苑に3つある神社(西園寺邸跡の白雲神社、九条邸跡の厳島神社)の一つで、平安遷都翌年の795年に、北家藤原氏の祖・藤原冬嗣が桓武天皇の命により平安京の守護神として筑前国の宗像神社を勧請し自分の邸宅に創建、その後花山院家が相続し、明治になって花山院(かざんいん)が廃された後も現在地に残されている

    「宗像神社」(むなかたじんじゃ)
    京都御苑に3つある神社(西園寺邸跡の白雲神社、九条邸跡の厳島神社)の一つで、平安遷都翌年の795年に、北家藤原氏の祖・藤原冬嗣が桓武天皇の命により平安京の守護神として筑前国の宗像神社を勧請し自分の邸宅に創建、その後花山院家が相続し、明治になって花山院(かざんいん)が廃された後も現在地に残されている

  • 「出水の小川」(でみずのおがわ)の蝋梅<br />琵琶湖疎水を分水した「御所水道」から導水して作った(現在は井戸からの地下水を循環している)

    「出水の小川」(でみずのおがわ)の蝋梅
    琵琶湖疎水を分水した「御所水道」から導水して作った(現在は井戸からの地下水を循環している)

  • 「出水の小川」から「梅林」、「桃林」、「桜苑」と続き、春になると、蝋梅(ロウバイ)から梅、桃、桜が順番に見れる

    「出水の小川」から「梅林」、「桃林」、「桜苑」と続き、春になると、蝋梅(ロウバイ)から梅、桃、桜が順番に見れる

  • 注目は、1本の木から白や薄いピンク、濃いピンクが混ざり合って咲く「思いのまま」

    注目は、1本の木から白や薄いピンク、濃いピンクが混ざり合って咲く「思いのまま」

  • 「思いのまま」は、1本の木や1本の枝の中に異なる色(紅、白、絞り)の花が咲き、毎年花の配分も、枝の配分も、幹の配分も違い、人間の思った通りにならず、木の思うままに咲くということからの命名で、これは、突然変異で赤い色素を作る酵素が働かなくなり、一部が白い花になるという原理らしい

    「思いのまま」は、1本の木や1本の枝の中に異なる色(紅、白、絞り)の花が咲き、毎年花の配分も、枝の配分も、幹の配分も違い、人間の思った通りにならず、木の思うままに咲くということからの命名で、これは、突然変異で赤い色素を作る酵素が働かなくなり、一部が白い花になるという原理らしい

  • もう一つの注目は、3月上旬から中旬頃に見頃を迎えるので今は目立たないが、桜のような古木の「黒木の梅」 *「黒木」は皮がついたままの丸太のこと<br />

    もう一つの注目は、3月上旬から中旬頃に見頃を迎えるので今は目立たないが、桜のような古木の「黒木の梅」 *「黒木」は皮がついたままの丸太のこと

  • 「黒木の梅」は、五摂家の一つ九条家邸宅に植えられていたが、大正天皇即位の大礼に際し現在の場所に移され、一度枯れた後に接木(つぎき)で復活したもので、梅は寿命が百年前後のため、桜のように古い大木は殆ど存在せず、これ程立派な梅は珍しい

    「黒木の梅」は、五摂家の一つ九条家邸宅に植えられていたが、大正天皇即位の大礼に際し現在の場所に移され、一度枯れた後に接木(つぎき)で復活したもので、梅は寿命が百年前後のため、桜のように古い大木は殆ど存在せず、これ程立派な梅は珍しい

  • 「九條邸跡」(くじょうていあと)<br />(駒札)九條家は、近衛家と並ぶ五摂家の一つで、鎌倉時代前期から摂政や関白を数多く輩出しました。また、子女が天皇と結婚することも多く、大正天皇の皇后、貞明皇后(ていめいこうごう)は九條家の出身です。かつての九條家は敷地が一万坪を超え、水をたたえた九條池の中島には宗像三女神を祀る厳島神社があります。また1878年に九條池に架けられた高倉橋は、橋脚に豊臣秀吉が建造した三条大橋や五条大橋の石材が転用されています。茶室の拾翠亭(しゅうすいてい)は禁門の変の火災を逃れた数少ない公家屋敷の遺構です。<br />

    「九條邸跡」(くじょうていあと)
    (駒札)九條家は、近衛家と並ぶ五摂家の一つで、鎌倉時代前期から摂政や関白を数多く輩出しました。また、子女が天皇と結婚することも多く、大正天皇の皇后、貞明皇后(ていめいこうごう)は九條家の出身です。かつての九條家は敷地が一万坪を超え、水をたたえた九條池の中島には宗像三女神を祀る厳島神社があります。また1878年に九條池に架けられた高倉橋は、橋脚に豊臣秀吉が建造した三条大橋や五条大橋の石材が転用されています。茶室の拾翠亭(しゅうすいてい)は禁門の変の火災を逃れた数少ない公家屋敷の遺構です。

  • 「高倉橋」(たかくらばし)から「拾翠亭」(しゅうすいてい)<br />九條家の江戸時代の御屋敷の主要な建物は、明治になって東京赤坂に移築され、鎮守社の「厳島神社」と、茶室の「拾翠亭」と「九條池」を中心とした庭園が残る

    「高倉橋」(たかくらばし)から「拾翠亭」(しゅうすいてい)
    九條家の江戸時代の御屋敷の主要な建物は、明治になって東京赤坂に移築され、鎮守社の「厳島神社」と、茶室の「拾翠亭」と「九條池」を中心とした庭園が残る

  • 夏は、百日紅(サルスベリ)の名所だが、今は茶室の腰掛待合として使われていた「四阿」(しあ・あずまや)の前の梅が存在感を放つ *「阿」は軒の意味で、壁がなく柱と屋根だけの簡素な建物

    夏は、百日紅(サルスベリ)の名所だが、今は茶室の腰掛待合として使われていた「四阿」(しあ・あずまや)の前の梅が存在感を放つ *「阿」は軒の意味で、壁がなく柱と屋根だけの簡素な建物

  • (2009/9/8撮影)「拾翠亭」2階座敷から「サルスベリ」越しの「高倉橋」

    (2009/9/8撮影)「拾翠亭」2階座敷から「サルスベリ」越しの「高倉橋」

  • 「厳島神社」は、京都御苑に3つある神社(宗像神社、白雲神社)の一つ

    「厳島神社」は、京都御苑に3つある神社(宗像神社、白雲神社)の一つ

  • 「厳島神社」からの「拾翠亭」と梅<br />「拾翠亭」は、九條家の現存する唯一の建物で、江戸後期に建てられ、茶会や歌会など社交・遊興の場として利用され、現在もお茶会等に利用可能で、春秋には金土のみ一般公開されている

    「厳島神社」からの「拾翠亭」と梅
    「拾翠亭」は、九條家の現存する唯一の建物で、江戸後期に建てられ、茶会や歌会など社交・遊興の場として利用され、現在もお茶会等に利用可能で、春秋には金土のみ一般公開されている

  • 「厳島神社」は、平安後期に平清盛が母「祇園女御」(ぎおんにょうご)の供養塔として、安芸の厳島神社を勧請して祇園堂を造営し、その後、江戸中期に九条家の鎮守としてこの地に移された *「祇園女御」は、白河院の寵愛を受け、清盛はその隠し子ともいわれ、そのために異例の出世を遂げたとされる

    「厳島神社」は、平安後期に平清盛が母「祇園女御」(ぎおんにょうご)の供養塔として、安芸の厳島神社を勧請して祇園堂を造営し、その後、江戸中期に九条家の鎮守としてこの地に移された *「祇園女御」は、白河院の寵愛を受け、清盛はその隠し子ともいわれ、そのために異例の出世を遂げたとされる

  • 平清盛建立「唐破風鳥居」(からはふうとりい)<br />鳥居は、唐破風を持つ珍しい石鳥居で「京都三珍鳥居」の一つとして有名 *嵐山の蚕ノ社(かいこのやしろ)、北野天満宮の伴氏社(ともうじしゃ)の鳥居

    平清盛建立「唐破風鳥居」(からはふうとりい)
    鳥居は、唐破風を持つ珍しい石鳥居で「京都三珍鳥居」の一つとして有名 *嵐山の蚕ノ社(かいこのやしろ)、北野天満宮の伴氏社(ともうじしゃ)の鳥居

  • 「高倉橋」から「堺町御門」へ<br />「高倉橋」は、京都御所の正門である建礼門からほぼ直線の場所に位置し、丸太町通りに至る天皇行幸道路として1878年に架けられたが、その後計画は中止になり、1882年に現在の橋が架けられた、橋脚は1589年豊臣秀吉が建造した旧三条大橋と五条大橋の石造橋脚を転用している

    「高倉橋」から「堺町御門」へ
    「高倉橋」は、京都御所の正門である建礼門からほぼ直線の場所に位置し、丸太町通りに至る天皇行幸道路として1878年に架けられたが、その後計画は中止になり、1882年に現在の橋が架けられた、橋脚は1589年豊臣秀吉が建造した旧三条大橋と五条大橋の石造橋脚を転用している

  • 「堺町御門」は、建礼門からスタートする時代祭、葵祭の出入口となる

    「堺町御門」は、建礼門からスタートする時代祭、葵祭の出入口となる

  • 丸太町通を渡ったところから「柳馬場通」(やなぎのばんばどおり)が始まる<br />横並びの他の通りと同様、当初は京都御苑内の椹木町通辺りまであったが、1708年の「宝永の大火」後の御所拡張で丸太町通からになり、御苑内の建物は鴨川畔仁王門通周辺に「新柳馬場通」として移転した

    丸太町通を渡ったところから「柳馬場通」(やなぎのばんばどおり)が始まる
    横並びの他の通りと同様、当初は京都御苑内の椹木町通辺りまであったが、1708年の「宝永の大火」後の御所拡張で丸太町通からになり、御苑内の建物は鴨川畔仁王門通周辺に「新柳馬場通」として移転した

  • 「京都地方裁判所」<br />平安時代には平安宮を守護する役所「衛門府」(えもんふ)があり、鎌倉・室町時代には公家や高官の屋敷跡地に建ち、京都府内裁判所を管轄している *裁判所は、1つの最高裁判所と4つの下級裁判所(高等・地方・家庭・簡易)の5種類で、第一審は地裁・家裁・簡裁、控訴審は高裁、上告審は最高裁が担当する、高等裁判所は本庁8、支部6の14、地裁・家裁は各50本庁と203支部、77出張所、簡易裁判所は438

    「京都地方裁判所」
    平安時代には平安宮を守護する役所「衛門府」(えもんふ)があり、鎌倉・室町時代には公家や高官の屋敷跡地に建ち、京都府内裁判所を管轄している *裁判所は、1つの最高裁判所と4つの下級裁判所(高等・地方・家庭・簡易)の5種類で、第一審は地裁・家裁・簡裁、控訴審は高裁、上告審は最高裁が担当する、高等裁判所は本庁8、支部6の14、地裁・家裁は各50本庁と203支部、77出張所、簡易裁判所は438

  • 「柳馬場通」は、丸太町通から五条通まで、平安京の万里小路(までのこうじ)にあたるが、1589年秀吉により「二条柳町」という遊郭が設けられ、その周りに奇麗な柳の並木があり、遊郭が移転した跡地で馬揃え(武家の軍事パレード)が行われたことが通り名の由来

    「柳馬場通」は、丸太町通から五条通まで、平安京の万里小路(までのこうじ)にあたるが、1589年秀吉により「二条柳町」という遊郭が設けられ、その周りに奇麗な柳の並木があり、遊郭が移転した跡地で馬揃え(武家の軍事パレード)が行われたことが通り名の由来

  • 柳並木かと思ったが、桜並木の通りに、法律関係の事務所が建ち並ぶ

    柳並木かと思ったが、桜並木の通りに、法律関係の事務所が建ち並ぶ

  • 「御所南小学校」<br />明治維新後の1869年(明治2年)に創設した5つの「番組小学校」が統合し、1995年(平成7年)に開校、現在は御池中学校と連携した小・中一貫校のモデル校として注目される

    「御所南小学校」
    明治維新後の1869年(明治2年)に創設した5つの「番組小学校」が統合し、1995年(平成7年)に開校、現在は御池中学校と連携した小・中一貫校のモデル校として注目される

  • 「京都司法書士会館」<br />京都府内の司法書士の拠点で、不動産登記、相続、遺言、成年後見などの無料法律相談会や司法書士の指導・連絡を行う<br />

    「京都司法書士会館」
    京都府内の司法書士の拠点で、不動産登記、相続、遺言、成年後見などの無料法律相談会や司法書士の指導・連絡を行う

  • 「マルケーオガワ」は、江戸時代の1857年創業の呉服卸商で、現在も着物の帯芯やゆかた、手ぬぐいなどを取り扱う和装もめん製品の問屋、手前の「コンブ金物店」も歴史ありそうだが、昆布屋ではなく、金物製作の看板がある

    「マルケーオガワ」は、江戸時代の1857年創業の呉服卸商で、現在も着物の帯芯やゆかた、手ぬぐいなどを取り扱う和装もめん製品の問屋、手前の「コンブ金物店」も歴史ありそうだが、昆布屋ではなく、金物製作の看板がある

  • (夷川通)「豆政本店」は、明治17年(1884)創業で、京名物の夷川五色豆をはじめとした豆菓子や京銘菓など、豆にこだわった商品を販売

    (夷川通)「豆政本店」は、明治17年(1884)創業で、京名物の夷川五色豆をはじめとした豆菓子や京銘菓など、豆にこだわった商品を販売

  • 「京都ハリスト正教会」<br />日本におけるロシア・ビザンチン建築様式、最古の大型木造聖堂で、京都府庁技官、松室重光の実施設計・施工、日本に正教会を布教したニコライが成聖祈祷を行った唯一現存する聖堂で、帝政ロシア後期のイコノスタス(聖障)、イコン(聖像)、シャンデリア、凱旋旗、木製燈台、装飾品等は精妙であり、神秘的、清楚な美しさを今も伝えている

    「京都ハリスト正教会」
    日本におけるロシア・ビザンチン建築様式、最古の大型木造聖堂で、京都府庁技官、松室重光の実施設計・施工、日本に正教会を布教したニコライが成聖祈祷を行った唯一現存する聖堂で、帝政ロシア後期のイコノスタス(聖障)、イコン(聖像)、シャンデリア、凱旋旗、木製燈台、装飾品等は精妙であり、神秘的、清楚な美しさを今も伝えている

  • 国指定重要文化財「京都生神女福音聖堂」(しょうしんじょふくいんせいどう)1903年(明治36)聖堂成聖式、1986年(昭和61)京都市指定有形文化財、2022年(令和4)国指定重要文化財

    国指定重要文化財「京都生神女福音聖堂」(しょうしんじょふくいんせいどう)1903年(明治36)聖堂成聖式、1986年(昭和61)京都市指定有形文化財、2022年(令和4)国指定重要文化財

  • 「富小路殿公園」(とみのこうじでんこうえん)は、鎌倉時代の公卿・歌人西園寺実氏(さいおんじさねうじ)の邸宅・冷泉富小路殿跡地

    「富小路殿公園」(とみのこうじでんこうえん)は、鎌倉時代の公卿・歌人西園寺実氏(さいおんじさねうじ)の邸宅・冷泉富小路殿跡地

  • (二条通)1589年この辺りに「二条柳町」という日本一の遊郭が、秀吉の肝いりで設けられたが、その後1602年二条城造営に伴い「六条三筋町」に移転し、さらに現在の「島原」の地に移った

    (二条通)1589年この辺りに「二条柳町」という日本一の遊郭が、秀吉の肝いりで設けられたが、その後1602年二条城造営に伴い「六条三筋町」に移転し、さらに現在の「島原」の地に移った

  • カフェ「チェリッシュ」は、アフタヌーンティーもある少しラグジュアリーなカフェらしい<br />

    カフェ「チェリッシュ」は、アフタヌーンティーもある少しラグジュアリーなカフェらしい

  • 京都のマンションやホテルは、こういう町家風のファザードで、町並みに溶け込んでいる

    京都のマンションやホテルは、こういう町家風のファザードで、町並みに溶け込んでいる

  • フランス料理店前にあった「ハヤトウリ」の露天販売、炒める、煮る、酢の物、漬物、キンピラなどレシピ付き

    フランス料理店前にあった「ハヤトウリ」の露天販売、炒める、煮る、酢の物、漬物、キンピラなどレシピ付き

  • 「押小路通」(おしこうじどおり)は、木屋町通から千本通までで、二条通のすぐ南にあり「押しつ押されつ」の狭い小路であったことに由来

    「押小路通」(おしこうじどおり)は、木屋町通から千本通までで、二条通のすぐ南にあり「押しつ押されつ」の狭い小路であったことに由来

  • 「御所の社ほいくえん」は、0から2歳児までの京都市認可小規模保育園

    「御所の社ほいくえん」は、0から2歳児までの京都市認可小規模保育園

  • 「おいけあした保育園」は、京都市認可保育園、その前の「見真大師遷化の旧跡」石碑は、浄土真宗開祖親鸞・見真大師(1173-1262)が、1207年越後に配流された後、1231年京都に戻り、その後1262年この地で没したところ

    「おいけあした保育園」は、京都市認可保育園、その前の「見真大師遷化の旧跡」石碑は、浄土真宗開祖親鸞・見真大師(1173-1262)が、1207年越後に配流された後、1231年京都に戻り、その後1262年この地で没したところ

  • 「京都御池中学校」御所東小学校・御所南小学校・高倉小学校<br />平成15年に3つの中学校を統合した都市型の学校で、二つの特長があり、一つは学校と高齢者施設、保育園、地域コミュニティ施設が一体となった「複合型施設」、もう一つは、近くの3つの小学校の六年生は御池中と同じ校舎内で学習し平成19年より「6・3制」から「5・4制」になっている「小中一貫教育モデル校」

    「京都御池中学校」御所東小学校・御所南小学校・高倉小学校
    平成15年に3つの中学校を統合した都市型の学校で、二つの特長があり、一つは学校と高齢者施設、保育園、地域コミュニティ施設が一体となった「複合型施設」、もう一つは、近くの3つの小学校の六年生は御池中と同じ校舎内で学習し平成19年より「6・3制」から「5・4制」になっている「小中一貫教育モデル校」

  • 「日本最初小学校・御池校」石碑<br />京都は室町時代から引き継がれる町組織「町組」が明治から「番組」に変わり、明治政府が小中学校を作る3年前の明治2年(1869)に、町衆の力でその年の12月までに64の番組小学校を作った、その最初に出来たのが上京第二十七番小学校で、後に柳池(りゅうち)小学校と名を変え、昭和22年に柳池中学校になり、平成15年に京都御池中学校となった<br />

    「日本最初小学校・御池校」石碑
    京都は室町時代から引き継がれる町組織「町組」が明治から「番組」に変わり、明治政府が小中学校を作る3年前の明治2年(1869)に、町衆の力でその年の12月までに64の番組小学校を作った、その最初に出来たのが上京第二十七番小学校で、後に柳池(りゅうち)小学校と名を変え、昭和22年に柳池中学校になり、平成15年に京都御池中学校となった

  • 「御池創生館」<br />御池中学校と、おいけあした保育園、デイサービス、地域包括支援センター、地域のにぎわい施設、物資備蓄倉庫、観光トイレ、カフェやレストランなどが一体となった複合施設で、異世代交流や地域コミュニティの拠点として2006年に建設された

    「御池創生館」
    御池中学校と、おいけあした保育園、デイサービス、地域包括支援センター、地域のにぎわい施設、物資備蓄倉庫、観光トイレ、カフェやレストランなどが一体となった複合施設で、異世代交流や地域コミュニティの拠点として2006年に建設された

  • 「柳池幼稚園記念碑」(りゅうちようちえん)石碑は、日本で最初の幼児教育として、明治8年(1875)上京第二十七番柳池小学校で校舎の一隅を充当し開設したが、平成8年に閉園となった、隣の石碑「京都市立堀川高等学校夜間部跡」は、明治45年市立商工補習(夜)学校・市立商工専修学校から昭和10年市立専修高等学校、昭和23年市立堀川高等学校を経て、その夜間部が昭和54年までこの地にあった

    「柳池幼稚園記念碑」(りゅうちようちえん)石碑は、日本で最初の幼児教育として、明治8年(1875)上京第二十七番柳池小学校で校舎の一隅を充当し開設したが、平成8年に閉園となった、隣の石碑「京都市立堀川高等学校夜間部跡」は、明治45年市立商工補習(夜)学校・市立商工専修学校から昭和10年市立専修高等学校、昭和23年市立堀川高等学校を経て、その夜間部が昭和54年までこの地にあった

  • 「御池柳馬場郵便局」(おいけやなぎのばんば)<br />町家の郵便局も京都らしいが、左手に「市田商店」の暖簾と看板が見える

    「御池柳馬場郵便局」(おいけやなぎのばんば)
    町家の郵便局も京都らしいが、左手に「市田商店」の暖簾と看板が見える

  • 「市田商店」(眠りにまつわるお品もの専門店)<br />1874年創業の老舗呉服問屋で、4代目が「着飾るモノの美しさ」から健康や美容など「内面の美しさ」を支える仕事をしたいと、2012年に開店し、寝具やアロマ&バスグッズなどを、百貨店や専門店、ネットで販売している

    「市田商店」(眠りにまつわるお品もの専門店)
    1874年創業の老舗呉服問屋で、4代目が「着飾るモノの美しさ」から健康や美容など「内面の美しさ」を支える仕事をしたいと、2012年に開店し、寝具やアロマ&バスグッズなどを、百貨店や専門店、ネットで販売している

  • 「御池桜」<br />フダンザクラに属する桜で、11月~4月頃まで次々と咲く、2006年京都御池創生館が出来た時に植えられた

    「御池桜」
    フダンザクラに属する桜で、11月~4月頃まで次々と咲く、2006年京都御池創生館が出来た時に植えられた

  • 御池通の「四季の花ストリート・御池通スポンサー花壇」<br />京都市は平成21年(2009)から、御池通の御池大橋~堀川通間1,700mに花壇を設置し、企業と市民サポーターが街を花と緑で美しくするという「四季の花ストリート」事業を始めた、現在スポンサー企業34社、サポーター139名、花壇34か所102基あるという

    御池通の「四季の花ストリート・御池通スポンサー花壇」
    京都市は平成21年(2009)から、御池通の御池大橋~堀川通間1,700mに花壇を設置し、企業と市民サポーターが街を花と緑で美しくするという「四季の花ストリート」事業を始めた、現在スポンサー企業34社、サポーター139名、花壇34か所102基あるという

  • (御池通)を横断<br />「御池通」は京都市のシンボルロードとして、平成10年代に大規模な再整備が行われ、道幅50m、歩道幅12mに花や街路樹、照明、辻標(つじしるべ歴史標識)など充実して奇麗になった

    (御池通)を横断
    「御池通」は京都市のシンボルロードとして、平成10年代に大規模な再整備が行われ、道幅50m、歩道幅12mに花や街路樹、照明、辻標(つじしるべ歴史標識)など充実して奇麗になった

  • だし巻の「ほんだ亭」<br />以前ランチを頂いた、味の確かな創業50年以上の和食の店

    だし巻の「ほんだ亭」
    以前ランチを頂いた、味の確かな創業50年以上の和食の店

  • ウナギの「梅乃井」<br />今度行ってみたい、創業90年以上の江戸焼き鰻の店

    ウナギの「梅乃井」
    今度行ってみたい、創業90年以上の江戸焼き鰻の店

  • パエリアレストラン「バラッカ」<br />今度行ってみたいスペインと和風が融合するスペイン料理店

    パエリアレストラン「バラッカ」
    今度行ってみたいスペインと和風が融合するスペイン料理店

  • フランス料理「コム・シェ・ミッシェル」(シェは家)<br />今度行ってみたい、ランチから3,000円でリーズナブルなフランス料理コースを食べられる上品な店

    フランス料理「コム・シェ・ミッシェル」(シェは家)
    今度行ってみたい、ランチから3,000円でリーズナブルなフランス料理コースを食べられる上品な店

  • (姉小路通)何か違和感のある町商家「松島屋本店」

    (姉小路通)何か違和感のある町商家「松島屋本店」

  • 急ごしらえのような張り紙を見ると、「松島屋本店」は、江戸時代1708年創業の乾物屋で、料亭、ホテルなどにかつお節や昆布、椎茸など和食食材を卸しているが、店は全然そういう気配はない

    急ごしらえのような張り紙を見ると、「松島屋本店」は、江戸時代1708年創業の乾物屋で、料亭、ホテルなどにかつお節や昆布、椎茸など和食食材を卸しているが、店は全然そういう気配はない

  • 店頭にある荷物は、佐川急便の荷物で、中継所として使っているらしい、老舗の生き残り努力が見える

    店頭にある荷物は、佐川急便の荷物で、中継所として使っているらしい、老舗の生き残り努力が見える

  • アンティーク雑貨店「古裂とよ」<br />掘り出し物がありそうな、古裂(こぎれ)、古布、着物、雑貨の店<br /><br />

    アンティーク雑貨店「古裂とよ」
    掘り出し物がありそうな、古裂(こぎれ)、古布、着物、雑貨の店

  • 隣には古そうな豪邸町家があり、調べると江戸時代から170年以上の京町家らしい

    隣には古そうな豪邸町家があり、調べると江戸時代から170年以上の京町家らしい

  • 玄関を見ると、「翁樹庵」(おうじゅあん)の表札<br />三条寺町にある創業明治6年(1873)50年以上のすき焼き専門店「三嶋亭」が、 築170年以上の町家を改装して、2018年にオープンしたお忍び料理屋らしい、コースは25,000円以上もするから、接待されるまで待つしかないか、、

    玄関を見ると、「翁樹庵」(おうじゅあん)の表札
    三条寺町にある創業明治6年(1873)50年以上のすき焼き専門店「三嶋亭」が、 築170年以上の町家を改装して、2018年にオープンしたお忍び料理屋らしい、コースは25,000円以上もするから、接待されるまで待つしかないか、、

  • 婦人服店・ブティック「コテラック」京都店<br />高級そうな、フランスのアパレルブランドらしい

    婦人服店・ブティック「コテラック」京都店
    高級そうな、フランスのアパレルブランドらしい

  • アイスクリーム店「ななや」京都三条店<br />明治40年(1907)創業の静岡「丸七製茶」が、2018年京都進出した店

    アイスクリーム店「ななや」京都三条店
    明治40年(1907)創業の静岡「丸七製茶」が、2018年京都進出した店

  • 12:30 ランチ「石臼蕎麦・わたつね」<br />向かいの「馳走いなせや」に来て、偶然見つけた店だったが、季節限定の「カキご飯」があったので、早速訪問

    12:30 ランチ「石臼蕎麦・わたつね」
    向かいの「馳走いなせや」に来て、偶然見つけた店だったが、季節限定の「カキご飯」があったので、早速訪問

  • メニューには手打ちそばや丼ぶりなどしかないが、ここの売りは「季節限定メニュー」で、「張り紙をご覧ください」とある

    メニューには手打ちそばや丼ぶりなどしかないが、ここの売りは「季節限定メニュー」で、「張り紙をご覧ください」とある

  • 張り紙には、海鮮丼やサバ定食、ホッケ定食、にしん定食、鉄火丼など、どれも美味しそうで、この季節には、全ての定食のご飯を「カキご飯」に代えれる

    張り紙には、海鮮丼やサバ定食、ホッケ定食、にしん定食、鉄火丼など、どれも美味しそうで、この季節には、全ての定食のご飯を「カキご飯」に代えれる

  • カキ好きとしては、やはり「カキフライ」は外せない、ご飯はカキの炊き込みご飯ではなく、まさにカキをのせただけの「カキご飯」!

    カキ好きとしては、やはり「カキフライ」は外せない、ご飯はカキの炊き込みご飯ではなく、まさにカキをのせただけの「カキご飯」!

  • 連れは、キツネうどんに「カキご飯」

    連れは、キツネうどんに「カキご飯」

  • 物足りず「カキフライ」1個を追加

    物足りず「カキフライ」1個を追加

  • 「カキフライ定食」1,700円にカキご飯630円で、カキを合計11個堪能して満足!

    「カキフライ定食」1,700円にカキご飯630円で、カキを合計11個堪能して満足!

  • 呉服店「響庵」(ひびきあん)<br />兎優染房(とうせんぼう)のブランドで、現代の染織界を代表する名匠・巨匠の着物を販売

    呉服店「響庵」(ひびきあん)
    兎優染房(とうせんぼう)のブランドで、現代の染織界を代表する名匠・巨匠の着物を販売

  • 「日本生命京都三条ビル旧棟」(旧日本生命京都支店)<br />三条通に建つ花崗岩貼り洋風の建物は、近代建築が多く立ち並ぶ「三条通り近代建築群」の一つで、第一次世界大戦勃発の大正3年(1914)に日本生命京都支店として建てれ、昭和58年(1983)尖塔をもつ外観ファザードを残して改築された部分保存の先駆的な一例で、1997年登録有形文化財に登録された

    「日本生命京都三条ビル旧棟」(旧日本生命京都支店)
    三条通に建つ花崗岩貼り洋風の建物は、近代建築が多く立ち並ぶ「三条通り近代建築群」の一つで、第一次世界大戦勃発の大正3年(1914)に日本生命京都支店として建てれ、昭和58年(1983)尖塔をもつ外観ファザードを残して改築された部分保存の先駆的な一例で、1997年登録有形文化財に登録された

  • 設計は、東京駅などの設計で知られる辰野金吾(たつのきんご)と片岡安(かたおかやすし)で、同時期に、日本生命保険九州支店(現・福岡市赤煉瓦文化館)、大阪市中央公会堂、その前1906年には同じ三条通に日本銀行京都支店(現・京都文化博物館別館)と第一銀行京都支店(現・みずほ銀行京都中央支店)も設計している。三条通りに洋風近代建築が多く立ち並ぶ理由は、明治時代のメインストリートとして発展し、通信・金融の中心になり、近代的な銀行、保険会社、電話局、新聞社などがこのエリアに集中し、東京遷都もあって京都を元気にするために、洋風の新しい建築を積極的に取り入れ、京都の近代化と文明開化の象徴となったが、これが京都市の道路拡張では支障となり、路面電車のルートからも外れ、取り壊しを免れ、 これらの建物は「歴史的界隈景観地区」に指定され、店舗やレストランなどに再活用されながらレトロな街並みを形成する結果となっている

    設計は、東京駅などの設計で知られる辰野金吾(たつのきんご)と片岡安(かたおかやすし)で、同時期に、日本生命保険九州支店(現・福岡市赤煉瓦文化館)、大阪市中央公会堂、その前1906年には同じ三条通に日本銀行京都支店(現・京都文化博物館別館)と第一銀行京都支店(現・みずほ銀行京都中央支店)も設計している。三条通りに洋風近代建築が多く立ち並ぶ理由は、明治時代のメインストリートとして発展し、通信・金融の中心になり、近代的な銀行、保険会社、電話局、新聞社などがこのエリアに集中し、東京遷都もあって京都を元気にするために、洋風の新しい建築を積極的に取り入れ、京都の近代化と文明開化の象徴となったが、これが京都市の道路拡張では支障となり、路面電車のルートからも外れ、取り壊しを免れ、 これらの建物は「歴史的界隈景観地区」に指定され、店舗やレストランなどに再活用されながらレトロな街並みを形成する結果となっている

  • 昭和58年(1983)に角地の塔屋と右側の一部だけを残して取り壊され、建物の左側で新築部分と繋がっており、現在は、「寺内宝飾店」とホテル「TSUGU」が使用している、「寺内宝飾店」は明治28年(1895年)創業の京都の老舗で、2021年に移転している

    昭和58年(1983)に角地の塔屋と右側の一部だけを残して取り壊され、建物の左側で新築部分と繋がっており、現在は、「寺内宝飾店」とホテル「TSUGU」が使用している、「寺内宝飾店」は明治28年(1895年)創業の京都の老舗で、2021年に移転している

  • ホテル「TSUGU 京都三条」2019年開業、東京本社のホテルの6号店(金沢、東京、函館、京都、奈良、広島に展開)

    ホテル「TSUGU 京都三条」2019年開業、東京本社のホテルの6号店(金沢、東京、函館、京都、奈良、広島に展開)

  • (三条通)「石黒香舗」(いしぐろこうほ)<br />江戸時代幕末の1855年に創業した日本唯一の「にほひ袋」専門店で、現在は5代目の老舗

    (三条通)「石黒香舗」(いしぐろこうほ)
    江戸時代幕末の1855年に創業した日本唯一の「にほひ袋」専門店で、現在は5代目の老舗

  • 「イノダコーヒ三条店」<br />昭和15年(1940)創業の本店は近くの堺町通にあるが、二条店、四条店に次ぎ、1970年に三条店を開店し、2024年に当時の外観はそのままにリニューアル(イノダは京都に6店、全国9店)

    「イノダコーヒ三条店」
    昭和15年(1940)創業の本店は近くの堺町通にあるが、二条店、四条店に次ぎ、1970年に三条店を開店し、2024年に当時の外観はそのままにリニューアル(イノダは京都に6店、全国9店)

  • 「バスケットボール発祥地」(京都YMCA)<br />大正4年(1915)旧制京都一中(現・洛北高校)の教師が、来日米国人の指導のもと、この地で日本初のバスケットボールチームを結成し、1917年には、極東選手権大会に日本代表として初の国際ゲームを行った *バスケットボールは1891年にアメリカ・マサチューセッツ州の国際YMCAトレーニングスクール(現在のスプリングフィールド大学)で誕生した

    「バスケットボール発祥地」(京都YMCA)
    大正4年(1915)旧制京都一中(現・洛北高校)の教師が、来日米国人の指導のもと、この地で日本初のバスケットボールチームを結成し、1917年には、極東選手権大会に日本代表として初の国際ゲームを行った *バスケットボールは1891年にアメリカ・マサチューセッツ州の国際YMCAトレーニングスクール(現在のスプリングフィールド大学)で誕生した

  • カクテル バー「Apéro Kyoto」(アペロ)<br />お洒落な立ち飲み屋で、Apéro はフランス語で食前酒を意味する(リンゴみたいだがアップルとは無関係)

    カクテル バー「Apéro Kyoto」(アペロ)
    お洒落な立ち飲み屋で、Apéro はフランス語で食前酒を意味する(リンゴみたいだがアップルとは無関係)

  • チョコレートショップ「マリベル京都本店」<br />NYに本店を構えるチョコレート専門店「マリベル」の海外一号店で、築100年以上の京町家を、独特のシンボルカラーのコバルトブルーでリノベーションした店舗が意外とマッチして際立つ

    チョコレートショップ「マリベル京都本店」
    NYに本店を構えるチョコレート専門店「マリベル」の海外一号店で、築100年以上の京町家を、独特のシンボルカラーのコバルトブルーでリノベーションした店舗が意外とマッチして際立つ

  • 京都らしい、狭い入り口から路地に入って奥まったところだが、思わず入りたくなるような店構えにしている、しかしながら男二人だけでは入る勇気もないので、あらためて来訪したい

    京都らしい、狭い入り口から路地に入って奥まったところだが、思わず入りたくなるような店構えにしている、しかしながら男二人だけでは入る勇気もないので、あらためて来訪したい

  • 奥には、町家らしく庭を眺めながらのカフェスペースもあるようで、日常を離れて人気のホットチョコレート1,300円を飲みながら、贅沢なひと時を過ごす機会があるかどうか、乞うご期待!

    奥には、町家らしく庭を眺めながらのカフェスペースもあるようで、日常を離れて人気のホットチョコレート1,300円を飲みながら、贅沢なひと時を過ごす機会があるかどうか、乞うご期待!

  • パワーストーンの店「クロージョーアイズ」<br />Crow(カラス)のような鋭い知恵とEyes(目)で、自分に合った石を見つけるという店名らしい

    パワーストーンの店「クロージョーアイズ」
    Crow(カラス)のような鋭い知恵とEyes(目)で、自分に合った石を見つけるという店名らしい

  • 「坂本龍馬の妻・お龍の実家跡」石碑<br />イタリア料理店「サンドリアンビス」の店頭に「お龍の実家跡」がある。お龍(おりょう1841-1906)の父は、京都の町医師・楢崎将作(ならさき しょうさく)で、青蓮院宮の侍医を務め裕福だったが、幕末の志士たちを匿ったり資金援助したりしていたため、安政の大獄(1858-1860)に連座して1862年に亡くなった

    「坂本龍馬の妻・お龍の実家跡」石碑
    イタリア料理店「サンドリアンビス」の店頭に「お龍の実家跡」がある。お龍(おりょう1841-1906)の父は、京都の町医師・楢崎将作(ならさき しょうさく)で、青蓮院宮の侍医を務め裕福だったが、幕末の志士たちを匿ったり資金援助したりしていたため、安政の大獄(1858-1860)に連座して1862年に亡くなった

  • (2023/05/18撮影)三条商店街の「武信稲荷神社」(たけのぶいなりじんじゃ)<br />境内にある樹齢850年の榎(えのき)は、お龍の父が勤皇の志士を支援した罪で隣の「六角獄舎」に囚われた時に、坂本龍馬(1836-1867)とお龍がこの榎に登って父の安否を気遣っていて、後に二人が別れ離れになった時に、お龍がこの想い出の地を訪ねたら、榎に独特の字で「龍」の字が彫っているのを見つけ、再会を果たしたという、坂本龍馬とお龍の逸話から縁結び、恋愛のご神木になっている

    (2023/05/18撮影)三条商店街の「武信稲荷神社」(たけのぶいなりじんじゃ)
    境内にある樹齢850年の榎(えのき)は、お龍の父が勤皇の志士を支援した罪で隣の「六角獄舎」に囚われた時に、坂本龍馬(1836-1867)とお龍がこの榎に登って父の安否を気遣っていて、後に二人が別れ離れになった時に、お龍がこの想い出の地を訪ねたら、榎に独特の字で「龍」の字が彫っているのを見つけ、再会を果たしたという、坂本龍馬とお龍の逸話から縁結び、恋愛のご神木になっている

  • みたらし団子「み mitarashi-dango by kolme kyoto」<br />ショーケースには団子とメガネが並んでいる、奇妙な団子屋さんで、2013年開業のメガネ店「kolme kyoto」が2022年3月にリニューアルオープンした時に、気軽にメガネ屋さんに入ってもらいたいという狙いで、和菓子店とコラボして併設したという、町家とメガネと団子という新業態が面白い

    みたらし団子「み mitarashi-dango by kolme kyoto」
    ショーケースには団子とメガネが並んでいる、奇妙な団子屋さんで、2013年開業のメガネ店「kolme kyoto」が2022年3月にリニューアルオープンした時に、気軽にメガネ屋さんに入ってもらいたいという狙いで、和菓子店とコラボして併設したという、町家とメガネと団子という新業態が面白い

  • 「ISSEY MIYAKE KYOTO」(イッセイミヤケ京都)<br />「一」のロゴの暖簾は、明治時代の築130年の京町家をリノベーションし2018年3月に開店した「イッセイミヤケ」のショップで、なかなか入りにくいが、「おにわさん」情報によると、奥には蔵を活用したギャラリーと、観智院庭園や新風館庭園も手掛けた「山田造園」さん作庭の庭園があるそうなので、また機会があったら入ってみたい

    「ISSEY MIYAKE KYOTO」(イッセイミヤケ京都)
    「一」のロゴの暖簾は、明治時代の築130年の京町家をリノベーションし2018年3月に開店した「イッセイミヤケ」のショップで、なかなか入りにくいが、「おにわさん」情報によると、奥には蔵を活用したギャラリーと、観智院庭園や新風館庭園も手掛けた「山田造園」さん作庭の庭園があるそうなので、また機会があったら入ってみたい

  • 「燦祿館」(さんろくかん)<br />よく見ると、賃貸マンションで、1階には「EnseShop(アンサ)京都店」というカバン屋さんが入居している

    「燦祿館」(さんろくかん)
    よく見ると、賃貸マンションで、1階には「EnseShop(アンサ)京都店」というカバン屋さんが入居している

  • 「マヤ ホテル」<br />お洒落な女性専用カプセルホテル、1泊3,300円

    「マヤ ホテル」
    お洒落な女性専用カプセルホテル、1泊3,300円

  • 「サンワコーヒーワークス京都店」<br />大阪天満で1959年創業、豆の仕入れから焙煎までこだわりのコーヒーを提供する人気のコーヒー専門店が、3店舗目を2025年11月にオープン、カフェラテ770円と少々お高め

    「サンワコーヒーワークス京都店」
    大阪天満で1959年創業、豆の仕入れから焙煎までこだわりのコーヒーを提供する人気のコーヒー専門店が、3店舗目を2025年11月にオープン、カフェラテ770円と少々お高め

  • 宝石店「奈良甚」(ならじん)<br />江戸期より京都に店舗を構える宝石・貴金属の老舗で、現在七代目

    宝石店「奈良甚」(ならじん)
    江戸期より京都に店舗を構える宝石・貴金属の老舗で、現在七代目

  • (六角通)和鉄板「ぞろんぱ」<br />和食と鉄板焼きの居酒屋

    (六角通)和鉄板「ぞろんぱ」
    和食と鉄板焼きの居酒屋

  • バッグ販売店「フライターグストア」<br />トラックの幌やシートベルトなど使用済みの素材からバッグやアクセサリーなど1点物を制作するスイスのブランドで、日本には銀座、渋谷、京都、大阪の4店舗しかない

    バッグ販売店「フライターグストア」
    トラックの幌やシートベルトなど使用済みの素材からバッグやアクセサリーなど1点物を制作するスイスのブランドで、日本には銀座、渋谷、京都、大阪の4店舗しかない

  • ラーメン店「むらじ」<br />祇園の巽橋近くにあった2015年創業の人気のラーメン店が、2023年にこの地の築100年の京町家をリノベーションして移転、坪庭もあって外国人客に人気

    ラーメン店「むらじ」
    祇園の巽橋近くにあった2015年創業の人気のラーメン店が、2023年にこの地の築100年の京町家をリノベーションして移転、坪庭もあって外国人客に人気

  • (2025/02/21撮影)「檸檬ラーメン」(れもんらーめん)<br />以前行ったことがあり、人気の「檸檬ラーメン」を食べたが、コラーゲンたっぷりの「鶏白湯(とりぱいたん)ラーメン」で、輪切りのレモンの下に鶏肉チャーシューがある、味はしっかりしているが、二度目はないかな、という感じ

    (2025/02/21撮影)「檸檬ラーメン」(れもんらーめん)
    以前行ったことがあり、人気の「檸檬ラーメン」を食べたが、コラーゲンたっぷりの「鶏白湯(とりぱいたん)ラーメン」で、輪切りのレモンの下に鶏肉チャーシューがある、味はしっかりしているが、二度目はないかな、という感じ

  • 旅館「松井本館」(まついほんかん)<br />昭和8年(1933)創業で、2013年にリニューアルされた4つ星の老舗旅館

    旅館「松井本館」(まついほんかん)
    昭和8年(1933)創業で、2013年にリニューアルされた4つ星の老舗旅館

  • カジュアル服「PUBLIC TOKYO」(パブリックトウキョウ)<br />2021年創業でスウェットやニット、デニムなど日本製にこだわったカジュアルウェアの販売を、東京、横浜、名古屋、大阪などに展開し、つい最近の2025年10月に京都店をオープンした

    カジュアル服「PUBLIC TOKYO」(パブリックトウキョウ)
    2021年創業でスウェットやニット、デニムなど日本製にこだわったカジュアルウェアの販売を、東京、横浜、名古屋、大阪などに展開し、つい最近の2025年10月に京都店をオープンした

  • 「綿善旅館」(わたぜんりょかん)<br />江戸時代1830年創業の3つ星の老舗旅館

    「綿善旅館」(わたぜんりょかん)
    江戸時代1830年創業の3つ星の老舗旅館

  • マンション「ローレルコ-ト」<br />近鉄不動産株式会社が手掛ける高級そうな分譲マンション

    マンション「ローレルコ-ト」
    近鉄不動産株式会社が手掛ける高級そうな分譲マンション

  • 「雪梅花・菜根譚」(さいこんたん)<br />鉄鍋餃子などで知られる「紅虎餃子房」を全国に70店舗展開する「際(きわ)コーポレーション」が運営する、薬膳を取り入れた点心や中華の店で、築100年の町家をリニューアルして2004年にオープン、薬膳火鍋や四川麻婆豆腐が名物で、旬の京野菜、根菜を使った中国家庭料理 *「際コーポレーション」は、幅広い事業展開をしており、昨年五島列島に旅して泊まった「リゾートホテル MARGHERITA 奈良尾 海?空◯?星」も運営していた

    「雪梅花・菜根譚」(さいこんたん)
    鉄鍋餃子などで知られる「紅虎餃子房」を全国に70店舗展開する「際(きわ)コーポレーション」が運営する、薬膳を取り入れた点心や中華の店で、築100年の町家をリニューアルして2004年にオープン、薬膳火鍋や四川麻婆豆腐が名物で、旬の京野菜、根菜を使った中国家庭料理 *「際コーポレーション」は、幅広い事業展開をしており、昨年五島列島に旅して泊まった「リゾートホテル MARGHERITA 奈良尾 海?空◯?星」も運営していた

  • パブ「クラウドテン」<br />お洒落なブリティッシュパブ

    パブ「クラウドテン」
    お洒落なブリティッシュパブ

  • フランス料理「レ・シャンドール」(Les champs d&#39;or)<br />1983年創業の京都フレンチの名店、昼12時からオープンしているが、ランチ7,000円~、ディナー20,000円~

    フランス料理「レ・シャンドール」(Les champs d'or)
    1983年創業の京都フレンチの名店、昼12時からオープンしているが、ランチ7,000円~、ディナー20,000円~

  • イタリア料理「イルベヴィトーレ」(IL Bevitore)<br />2017年創業のイタリアンの名店、京町家をリニューアルした店内でソムリエ厳選のワインを嗜みたい

    イタリア料理「イルベヴィトーレ」(IL Bevitore)
    2017年創業のイタリアンの名店、京町家をリニューアルした店内でソムリエ厳選のワインを嗜みたい

  • 京うちわ「阿以波」(あいば)<br />江戸時代1689年創業、近江国高島の「饗庭」(あいば)から出てきて、330年以上の歴史を持つ京うちわの老舗で、宮廷の御所うちわから、禁裏や社寺仏閣の御用を務め、現在も「京うちわ」を作り続ける

    京うちわ「阿以波」(あいば)
    江戸時代1689年創業、近江国高島の「饗庭」(あいば)から出てきて、330年以上の歴史を持つ京うちわの老舗で、宮廷の御所うちわから、禁裏や社寺仏閣の御用を務め、現在も「京うちわ」を作り続ける

  • メンズファッション「MINOTAUR INST」(ミノトール インスト)<br />日本のメンズファッションブランドで、2023年出店

    メンズファッション「MINOTAUR INST」(ミノトール インスト)
    日本のメンズファッションブランドで、2023年出店

  • (蛸薬師通)「ひつじ食堂」は、ジンギスカン専門店、ジンギスカン料理店は少ないので今度行ってみたい、右隣は「金網屋」さん

    (蛸薬師通)「ひつじ食堂」は、ジンギスカン専門店、ジンギスカン料理店は少ないので今度行ってみたい、右隣は「金網屋」さん

  • 料亭「一の傳」(いちのでん)<br />昭和2年(1927)創業の京都の老舗で、秘伝の西京味噌に魚を漬け込んだ「蔵みそ漬」が名物、本店で西京漬けをメインとした懐石料理があったが、2026年1月から高島屋に移転したらしい

    料亭「一の傳」(いちのでん)
    昭和2年(1927)創業の京都の老舗で、秘伝の西京味噌に魚を漬け込んだ「蔵みそ漬」が名物、本店で西京漬けをメインとした懐石料理があったが、2026年1月から高島屋に移転したらしい

  • 和紙店「洛趣庵」(らくしゅあん)<br />「洛趣庵」は、昭和58年(1983)創業で、友禅紙や金封、懐紙、お祝儀袋、ポチ袋、折り紙等の紙製品を販売し、「和紙ちぎり絵教室」もやっている

    和紙店「洛趣庵」(らくしゅあん)
    「洛趣庵」は、昭和58年(1983)創業で、友禅紙や金封、懐紙、お祝儀袋、ポチ袋、折り紙等の紙製品を販売し、「和紙ちぎり絵教室」もやっている

  • テナントビル「SOZOクロスビル」<br />セレクトショップ「エレファンツ(elephants)」などが入るテナントビルで、1階の「MARUMARU雲の茶」は、京都に17店舗を展開する日本茶やスイーツのカフェ

    テナントビル「SOZOクロスビル」
    セレクトショップ「エレファンツ(elephants)」などが入るテナントビルで、1階の「MARUMARU雲の茶」は、京都に17店舗を展開する日本茶やスイーツのカフェ

  • 京都らしい町家病院「俵診療所」(内科・小児科)

    京都らしい町家病院「俵診療所」(内科・小児科)

  • マンション「イーグルコート京都錦小路」、1階は美容院「Creww KYOTO」

    マンション「イーグルコート京都錦小路」、1階は美容院「Creww KYOTO」

  • カバン店「PORTER CLASSIC KYOTO」 (ポータークラシック京都)<br /> 「PORTER CLASSIC」は、1935年創業の老舗鞄メーカー「吉田カバン」の自社ブランドで、2020年に関西旗艦店としてオープン

    カバン店「PORTER CLASSIC KYOTO」 (ポータークラシック京都)
    「PORTER CLASSIC」は、1935年創業の老舗鞄メーカー「吉田カバン」の自社ブランドで、2020年に関西旗艦店としてオープン

  • 二階建町家をリノベーションし、1階がショップ、2階がミュージアム・ライブラリー・アトリエ

    二階建町家をリノベーションし、1階がショップ、2階がミュージアム・ライブラリー・アトリエ

  • 体験教室「錦 折鶴屋」(にしきおりづるや)<br />着物・茶道・書道・スタジオ撮影などの体験が出来る施設として2024年にオープン、(HPによると)この家屋は、明治37年(1904)祇園の芸妓だったモルガンお雪がアメリカの富豪に見初められ過ごした旧モルガン邸だという

    体験教室「錦 折鶴屋」(にしきおりづるや)
    着物・茶道・書道・スタジオ撮影などの体験が出来る施設として2024年にオープン、(HPによると)この家屋は、明治37年(1904)祇園の芸妓だったモルガンお雪がアメリカの富豪に見初められ過ごした旧モルガン邸だという

  • (HPによると)茶道、書道体験 13,200円(120分)、茶道体験 7,700円(90分)、書道体験 7,700円(90分)、舞妓ディナーコース 49,500円(180分)、錦ツアーコース 13,200円(150分)、撮影(2カットフォォトフレーム付)11,000円、オリジナルTシャツ 3,300円~

    (HPによると)茶道、書道体験 13,200円(120分)、茶道体験 7,700円(90分)、書道体験 7,700円(90分)、舞妓ディナーコース 49,500円(180分)、錦ツアーコース 13,200円(150分)、撮影(2カットフォォトフレーム付)11,000円、オリジナルTシャツ 3,300円~

  • 肉屋「甲」(きのえ)<br />何ともミステリアスな焼肉屋さん、1日4組限定、完全個室、コースのみで、1万円~は安いか、高いか?

    肉屋「甲」(きのえ)
    何ともミステリアスな焼肉屋さん、1日4組限定、完全個室、コースのみで、1万円~は安いか、高いか?

  • まもなく「錦市場」

    まもなく「錦市場」

  • 手前に若い女の子で溢れている店があった

    手前に若い女の子で溢れている店があった

  • 香専門店「ジョンズブレンド 京都錦市場店」<br />2024年に、東京本社の香水専門店が関西初出店した店で、10種類以上ある中から3種類をブレンドして、自分だけのオリジナル匂い袋を作れるのが人気らしい

    香専門店「ジョンズブレンド 京都錦市場店」
    2024年に、東京本社の香水専門店が関西初出店した店で、10種類以上ある中から3種類をブレンドして、自分だけのオリジナル匂い袋を作れるのが人気らしい

  • (錦小路通)錦市場もたまに来ると、相変わらず外国人が多く、新しい店も出来ている

    (錦小路通)錦市場もたまに来ると、相変わらず外国人が多く、新しい店も出来ている

  • 「伊藤若冲」(いとうじゃくちゅう)の蛸<br />江戸時代の天才絵師「伊藤若冲」(1716-1800)は、「錦市場」の青物問屋の長男として生まれ育ったので、錦市場には若冲の絵のタペストリーやシャッターなどが数多く見られる

    「伊藤若冲」(いとうじゃくちゅう)の蛸
    江戸時代の天才絵師「伊藤若冲」(1716-1800)は、「錦市場」の青物問屋の長男として生まれ育ったので、錦市場には若冲の絵のタペストリーやシャッターなどが数多く見られる

  • 家族連れや、ベビーカー連れの観光客も良く見かける、許可を得てカシャッ!

    家族連れや、ベビーカー連れの観光客も良く見かける、許可を得てカシャッ!

  • この壁の絵は、今は閉店しているが、過去に「箸や万作」という箸の店と「猫まっしぐら」という猫の雑貨店があり、その名残り

    この壁の絵は、今は閉店しているが、過去に「箸や万作」という箸の店と「猫まっしぐら」という猫の雑貨店があり、その名残り

  • 「近江牛品川亭 京都店」<br />大正時代に五条東洞院で品川亭を開業した創業家が、大津市で近江牛の専門店として「近江牛品川亭」を営業し、2022年からこの地で「近江牛品川亭京都店」を開店した、すき焼き定食4,300円~

    「近江牛品川亭 京都店」
    大正時代に五条東洞院で品川亭を開業した創業家が、大津市で近江牛の専門店として「近江牛品川亭」を営業し、2022年からこの地で「近江牛品川亭京都店」を開店した、すき焼き定食4,300円~

  • 「黒カフェ京都」<br />ジャズが流れる昔ながらの喫茶店という感じで、今度ぜひ入って見たい

    「黒カフェ京都」
    ジャズが流れる昔ながらの喫茶店という感じで、今度ぜひ入って見たい

  • 旅館「金波楼」(きんぱろう)<br />1919年(大正8年)に創業した3つ星老舗旅館で2015年にリニューアル

    旅館「金波楼」(きんぱろう)
    1919年(大正8年)に創業した3つ星老舗旅館で2015年にリニューアル

  • 点心「モトイギョーザ」<br />2020年オープンの、富小路二条にあるフレンチレストラン「MOTOI」がプロデュースした餃子専門店で、フレンチの技術を活かした独創的な餃子が人気

    点心「モトイギョーザ」
    2020年オープンの、富小路二条にあるフレンチレストラン「MOTOI」がプロデュースした餃子専門店で、フレンチの技術を活かした独創的な餃子が人気

  • 「THE POCKET HOTEL」(ザ・ポケットホテル BY 相鉄)<br />横浜相鉄グループのホテル

    「THE POCKET HOTEL」(ザ・ポケットホテル BY 相鉄)
    横浜相鉄グループのホテル

  • 食料品製造販売「ぎぼし」<br />明治初年創業の昆布専門店で、とろろ昆布、おぼろ昆布、出し昆布、塩昆布、細工昆布等、昆布全般を取り扱う、また、高級お好あられ「吹よせ」も有名<br />

    食料品製造販売「ぎぼし」
    明治初年創業の昆布専門店で、とろろ昆布、おぼろ昆布、出し昆布、塩昆布、細工昆布等、昆布全般を取り扱う、また、高級お好あられ「吹よせ」も有名

  • (四条通)京都市内には喫茶店が多いが、いつの間にかスタバが40店舗にも増え、この河原町近辺には10店舗もあるらしい

    (四条通)京都市内には喫茶店が多いが、いつの間にかスタバが40店舗にも増え、この河原町近辺には10店舗もあるらしい

  • 「スウォッチストア京都」<br />スイスの時計ブランドが2023年開業、1本隣の(富小路通)には「グランドセイコーブティック」が2025年開業している、時計は圧倒的にスイスが強いが、セイコーのクォーツ時計が台頭し、現在は、スウォッチがラグジュアリーからカジュアルまで、セイコーは技術力で高級機から普及機までを競っている *2024年時点の世界シェアは、1位ロレックス、2位スウォッチ、3位リシュモン(カルティエやダンヒル、モンブランなど)ここまでスイス、4位セイコー、5位シチズン、6位カシオ

    「スウォッチストア京都」
    スイスの時計ブランドが2023年開業、1本隣の(富小路通)には「グランドセイコーブティック」が2025年開業している、時計は圧倒的にスイスが強いが、セイコーのクォーツ時計が台頭し、現在は、スウォッチがラグジュアリーからカジュアルまで、セイコーは技術力で高級機から普及機までを競っている *2024年時点の世界シェアは、1位ロレックス、2位スウォッチ、3位リシュモン(カルティエやダンヒル、モンブランなど)ここまでスイス、4位セイコー、5位シチズン、6位カシオ

  • 人形店「田中彌」(たなかや)<br />江戸時代1808年創業の老舗人形店で、雛人形や御所人形など伝統的な京人形を制作、販売している

    人形店「田中彌」(たなかや)
    江戸時代1808年創業の老舗人形店で、雛人形や御所人形など伝統的な京人形を制作、販売している

  • 左から、ドンキホーテ(創業1978年)、田中彌(1808年)、ダイソー(1972年)が並んでいて面白い!

    左から、ドンキホーテ(創業1978年)、田中彌(1808年)、ダイソー(1972年)が並んでいて面白い!

  • 「コミュニティ・バンク京信」本店<br />京都信用金庫のブランド名で、京都では京都銀行、京都中央信用金庫に次ぐ規模

    「コミュニティ・バンク京信」本店
    京都信用金庫のブランド名で、京都では京都銀行、京都中央信用金庫に次ぐ規模

  • ヘアーサロン「モリタ」<br />現在4代目というから、相当古い散髪屋さん

    ヘアーサロン「モリタ」
    現在4代目というから、相当古い散髪屋さん

  • 「四条柳馬場郵便局」

    「四条柳馬場郵便局」

  • イタリア料理「京のカフェ&バル ベーグル君とぱすたちゃん」<br />2025年7月オープンのベーグル(ユダヤ系の米粉パン)とパスタの店

    イタリア料理「京のカフェ&バル ベーグル君とぱすたちゃん」
    2025年7月オープンのベーグル(ユダヤ系の米粉パン)とパスタの店

  • メキシコ料理「ケパサダウンタウン」<br />2020年開店の「ブリト―」専門店、小麦粉の薄焼きパン「トルティーヤ」で肉や豆、チーズ、ご飯、野菜などの具材を巻いたメキシコの料理で、「ブリト―」(Burrito)は見た目がロバの耳に似ている「小さなロバ」のスペイン語

    メキシコ料理「ケパサダウンタウン」
    2020年開店の「ブリト―」専門店、小麦粉の薄焼きパン「トルティーヤ」で肉や豆、チーズ、ご飯、野菜などの具材を巻いたメキシコの料理で、「ブリト―」(Burrito)は見た目がロバの耳に似ている「小さなロバ」のスペイン語

  • 「ブリトーとタコス」は、共にメキシコ発祥の国民的料理だが、その違いは、「トルティーヤ」という生地の材料と大きさと包み方にあり、「ブリトー」は小麦粉生地で具材をすべて巻き込みボリュームがあり、「タコス」はトウモロコシ生地で具材を半分に折って挟み軽食感覚、また「トルティーヤ」は、スペイン料理の「トルティージャ」というジャガイモ入りオムレツと見た目が似ていたことに由来しているという

    「ブリトーとタコス」は、共にメキシコ発祥の国民的料理だが、その違いは、「トルティーヤ」という生地の材料と大きさと包み方にあり、「ブリトー」は小麦粉生地で具材をすべて巻き込みボリュームがあり、「タコス」はトウモロコシ生地で具材を半分に折って挟み軽食感覚、また「トルティーヤ」は、スペイン料理の「トルティージャ」というジャガイモ入りオムレツと見た目が似ていたことに由来しているという

  • (綾小路通)新潟カツ丼「タレカツ」<br />2018年オープンのカツ丼店で、初めて見たが、新潟のソウルフードらしい、玉子とじではなく、甘辛醤油ダレで、キャベツなどは一切ない、福井に「ソースカツ丼」があるから、これもありだが、やはり卵とじの方が食欲をそそる

    (綾小路通)新潟カツ丼「タレカツ」
    2018年オープンのカツ丼店で、初めて見たが、新潟のソウルフードらしい、玉子とじではなく、甘辛醤油ダレで、キャベツなどは一切ない、福井に「ソースカツ丼」があるから、これもありだが、やはり卵とじの方が食欲をそそる

  • ベーカリー「2/7 kitchen BAKERY」(ななぶんのにキッチン)<br />1 週間に2 度食べたくなるという意味らしい

    ベーカリー「2/7 kitchen BAKERY」(ななぶんのにキッチン)
    1 週間に2 度食べたくなるという意味らしい

  • おばんざい居酒屋「京家きよみず」<br />2013年オープンのおばんざい店で、祇園、木屋町などに7店舗展開している<br />

    おばんざい居酒屋「京家きよみず」
    2013年オープンのおばんざい店で、祇園、木屋町などに7店舗展開している

  • 「高橋提灯店」隣の「奥川提灯店」と並び、京都を代表する提灯店<br />江戸時代中期の1730年創業の老舗提灯屋で現在13代目、神社仏閣の提灯から、お祭り、看板提灯、イベント提灯まで様々な提灯を制作、松下幸之助依頼により浅草寺雷門の大提灯も手掛けた

    「高橋提灯店」隣の「奥川提灯店」と並び、京都を代表する提灯店
    江戸時代中期の1730年創業の老舗提灯屋で現在13代目、神社仏閣の提灯から、お祭り、看板提灯、イベント提灯まで様々な提灯を制作、松下幸之助依頼により浅草寺雷門の大提灯も手掛けた

  • 「奥川提灯店」<br />江戸末期創業の老舗提灯屋で現在8代目、八坂神社、知恩院などの神社仏閣の提灯から祇園祭の山鉾用提灯などを制作し、看板用や映画ドラマの小道具も手掛ける

    「奥川提灯店」
    江戸末期創業の老舗提灯屋で現在8代目、八坂神社、知恩院などの神社仏閣の提灯から祇園祭の山鉾用提灯などを制作し、看板用や映画ドラマの小道具も手掛ける

  • 割烹「キはる」(きはる)<br />提灯看板のビル奥の古民家をリノベーションした京町家割烹料理店

    割烹「キはる」(きはる)
    提灯看板のビル奥の古民家をリノベーションした京町家割烹料理店

  • 「葦島珈琲」(Ashijima Coffee Stand)<br />入ったことのある三条と四条にある「喫茶葦島」の系列によるテイクアウト専門のコーヒースタンド、京都は路地裏で入りにくい店が多い

    「葦島珈琲」(Ashijima Coffee Stand)
    入ったことのある三条と四条にある「喫茶葦島」の系列によるテイクアウト専門のコーヒースタンド、京都は路地裏で入りにくい店が多い

  • 「延命地蔵・天昇大日如来」(てんしょうだいにちにょらい)<br />京都ではお地蔵さんが地域を守る、子供たちを守るという信仰があるので、至るところに「お地蔵さん」があり、どこも奇麗に手入れされているが、いろんな呼び方があり、ここでは「延命地蔵」と「天昇大日如来」が併存していて理解が難しい、そこで少し調べてみると、「地蔵菩薩」は本来、お釈迦様が入滅してから弥勒菩薩が現れるまで、修行僧の姿になって六道に苦しむ人々を救う菩薩で、特に「子どもを守る」という民間信仰から、赤いよだれ掛けの「子安地蔵」「子育て地蔵」や、中世以降には、長寿の「延命地蔵」や安産の「腹帯地蔵」、目疾(めやみ)の「目疾地蔵」、とげを抜く「とげぬき地蔵」や本人に代って災厄を受けてくれる「身代わり地蔵」まで、多彩な「お地蔵さん」が現われた。また「天昇大日如来」と「地蔵菩薩」は人々を迷いや苦しみから救う「光(大日)」と「大地(地蔵)」として、古くから厚く信仰されてきた、ということで、少しは納得!

    「延命地蔵・天昇大日如来」(てんしょうだいにちにょらい)
    京都ではお地蔵さんが地域を守る、子供たちを守るという信仰があるので、至るところに「お地蔵さん」があり、どこも奇麗に手入れされているが、いろんな呼び方があり、ここでは「延命地蔵」と「天昇大日如来」が併存していて理解が難しい、そこで少し調べてみると、「地蔵菩薩」は本来、お釈迦様が入滅してから弥勒菩薩が現れるまで、修行僧の姿になって六道に苦しむ人々を救う菩薩で、特に「子どもを守る」という民間信仰から、赤いよだれ掛けの「子安地蔵」「子育て地蔵」や、中世以降には、長寿の「延命地蔵」や安産の「腹帯地蔵」、目疾(めやみ)の「目疾地蔵」、とげを抜く「とげぬき地蔵」や本人に代って災厄を受けてくれる「身代わり地蔵」まで、多彩な「お地蔵さん」が現われた。また「天昇大日如来」と「地蔵菩薩」は人々を迷いや苦しみから救う「光(大日)」と「大地(地蔵)」として、古くから厚く信仰されてきた、ということで、少しは納得!

  • (仏光寺通)セブンイレブン3月5日オープン<br />「仏光寺通」(ぶっこうじどおり)は、鴨川右岸から壬生寺を経由して佐井西通まで、仏光寺に面することに由来

    (仏光寺通)セブンイレブン3月5日オープン
    「仏光寺通」(ぶっこうじどおり)は、鴨川右岸から壬生寺を経由して佐井西通まで、仏光寺に面することに由来

  • コインランドリー「洗たく館」万里小路店(までのこうじてん)

    コインランドリー「洗たく館」万里小路店(までのこうじてん)

  • マンション「万里小路アベニュー」<br />この辺りは「万里小路町」(までのこうじちょう)という地名で、かつての平安京の通り名「万里小路」(現在の柳馬場通)に由来し、公家の「万里小路家」の邸宅もあった

    マンション「万里小路アベニュー」
    この辺りは「万里小路町」(までのこうじちょう)という地名で、かつての平安京の通り名「万里小路」(現在の柳馬場通)に由来し、公家の「万里小路家」の邸宅もあった

  • 書道用具のお店「松楳園」(しょうばいえん)<br />筆の看板が歴史ありそうな、書道用具の製造、卸、販売の店<br />

    書道用具のお店「松楳園」(しょうばいえん)
    筆の看板が歴史ありそうな、書道用具の製造、卸、販売の店

  • 正面「仏光寺」への参道が、(柳馬場通)から(高倉通)間に100m続き、両側に8つの塔頭寺院が並ぶ

    正面「仏光寺」への参道が、(柳馬場通)から(高倉通)間に100m続き、両側に8つの塔頭寺院が並ぶ

  • 「仏光寺」(ぶっこうじ)「大師堂門」(御影堂門)<br />「仏光寺」は、鎌倉初期1207年、親鸞(1173-1263)が越後へ配流され、1212年赦免され京都山科の地に草案を開いたのが起源で、その後1320年に了源(1295-1336)が山科から現在の京都国立博物館付近へ移し「仏光寺」と改めて中興、その後1586年に秀吉が方広寺を建立するにあたり、代替地として現在地に移転した

    「仏光寺」(ぶっこうじ)「大師堂門」(御影堂門)
    「仏光寺」は、鎌倉初期1207年、親鸞(1173-1263)が越後へ配流され、1212年赦免され京都山科の地に草案を開いたのが起源で、その後1320年に了源(1295-1336)が山科から現在の京都国立博物館付近へ移し「仏光寺」と改めて中興、その後1586年に秀吉が方広寺を建立するにあたり、代替地として現在地に移転した

  • 「仏光寺の塔頭」は、了源が「仏光寺」と改めて以降、浄土真宗本願寺を上回る程の隆盛を極め周囲には多くの僧坊が形成されたが、その後は延暦寺による弾圧や応仁の乱での焼失により寺勢は次第に衰え、本願寺に取り込まれようとした際に、当時48坊あった中で6つの寺院だけは従わず、秀吉の命による現在地への移転ではこの仏光寺を支えた塔頭寺院として整備再建された *6つの寺院は、大善院、光薗院、長性院、久遠院、教音院、昌蔵院

    「仏光寺の塔頭」は、了源が「仏光寺」と改めて以降、浄土真宗本願寺を上回る程の隆盛を極め周囲には多くの僧坊が形成されたが、その後は延暦寺による弾圧や応仁の乱での焼失により寺勢は次第に衰え、本願寺に取り込まれようとした際に、当時48坊あった中で6つの寺院だけは従わず、秀吉の命による現在地への移転ではこの仏光寺を支えた塔頭寺院として整備再建された *6つの寺院は、大善院、光薗院、長性院、久遠院、教音院、昌蔵院

  • 「仏光寺」塔頭「久遠院」(くおんいん)<br />本願寺に取り込まれようとした際、仏光寺に忠誠を誓って支えた「仏光寺六院」の一つ

    「仏光寺」塔頭「久遠院」(くおんいん)
    本願寺に取り込まれようとした際、仏光寺に忠誠を誓って支えた「仏光寺六院」の一つ

  • 「光薗院」(こうえんいん)

    「光薗院」(こうえんいん)

  • 「昌蔵院」(しょうぞういん)<br />「面会に 行けば冷たい 手やなあと 摩ってくれる 九十五歳の手が」「母の背と 肩をさすってニ十分 てのひらに温み つつんで帰る」 

    「昌蔵院」(しょうぞういん)
    「面会に 行けば冷たい 手やなあと 摩ってくれる 九十五歳の手が」「母の背と 肩をさすってニ十分 てのひらに温み つつんで帰る」 

  • 「大善院」(だいぜんいん)

    「大善院」(だいぜんいん)

  • おてらハウス「精進カフェ和香」(わか)<br />店先にある石像は「戦争孤児像」で、台座に「いのち つなげて」と刻まれている。太平洋戦争後の戦災孤児8人の遺骨・遺髪を、隣の「大善院」が保管してきたもの

    おてらハウス「精進カフェ和香」(わか)
    店先にある石像は「戦争孤児像」で、台座に「いのち つなげて」と刻まれている。太平洋戦争後の戦災孤児8人の遺骨・遺髪を、隣の「大善院」が保管してきたもの

  • (高辻通)「京町家旅館さくらうるし邸」<br />「高辻通」(たかつじどおり)は、鴨川右岸から仏光寺通と並行して佐井西通まで、堀川通手前の醒ヶ井通との交差点付近が洛中で一番高い所であったことに由来する、仏光寺が現在の地に移転してから近世までは、この通りを仏光寺通と呼び、現在の仏光寺通を五条坊門通と呼んでいた

    (高辻通)「京町家旅館さくらうるし邸」
    「高辻通」(たかつじどおり)は、鴨川右岸から仏光寺通と並行して佐井西通まで、堀川通手前の醒ヶ井通との交差点付近が洛中で一番高い所であったことに由来する、仏光寺が現在の地に移転してから近世までは、この通りを仏光寺通と呼び、現在の仏光寺通を五条坊門通と呼んでいた

  • 「京町家旅館さくらうるし邸」<br />江戸時代1792年創業の漆芸老舗「初瀬川柳庵」家(はつせがわりゅうあん)の跡地で、京町家旅館さくらの別邸として、2015年に開業した *「初瀬川柳庵」は、本願寺の用度品(道具)制作をルーツとし、特に表千家との親交が深く、好みの茶道具を多く手掛けた名工

    「京町家旅館さくらうるし邸」
    江戸時代1792年創業の漆芸老舗「初瀬川柳庵」家(はつせがわりゅうあん)の跡地で、京町家旅館さくらの別邸として、2015年に開業した *「初瀬川柳庵」は、本願寺の用度品(道具)制作をルーツとし、特に表千家との親交が深く、好みの茶道具を多く手掛けた名工

  • 陶磁器専門店「川上漆宝堂」(かわかみしっぽうどう)<br />江戸時代1856年創業の老舗漆器店で、本漆(ほんうるし)の器や文箱、お盆など、山中塗りなど高品質な漆器を手掛け高い評価を受けている

    陶磁器専門店「川上漆宝堂」(かわかみしっぽうどう)
    江戸時代1856年創業の老舗漆器店で、本漆(ほんうるし)の器や文箱、お盆など、山中塗りなど高品質な漆器を手掛け高い評価を受けている

  • 和風照明器具「和田卯」(わだう)<br />明治初期創業の指物工芸の老舗で、京指物工芸の真髄を追求し、露地行灯や和風照明を一つ一つ手作りで製作し、和のあかりを創造してきた

    和風照明器具「和田卯」(わだう)
    明治初期創業の指物工芸の老舗で、京指物工芸の真髄を追求し、露地行灯や和風照明を一つ一つ手作りで製作し、和のあかりを創造してきた

  • 食品関連商品「今井嘉兵衛商店」(いまいかへいしょうてん)<br />大正元年創業の食品加工原料製造販売店で、江戸末期より染料商を営み、大正期から食品素材一筋に製造販売を続け、醤油や食酢、酒などの調味料や食品添加物を提供する

    食品関連商品「今井嘉兵衛商店」(いまいかへいしょうてん)
    大正元年創業の食品加工原料製造販売店で、江戸末期より染料商を営み、大正期から食品素材一筋に製造販売を続け、醤油や食酢、酒などの調味料や食品添加物を提供する

  • 「浄土真宗親鸞会京都会館」<br />(HPによると)「浄土真宗親鸞会」が、「人はなぜ生きるのか、死んだらどうなるのか」など本当の親鸞聖人の教えを伝える場所、とあり、東西本願寺とは別物らしい、更に調べると、以前は西本願寺と対立していたこともあり、新興宗教的な面もあるらしい、が深い内容は分からない

    「浄土真宗親鸞会京都会館」
    (HPによると)「浄土真宗親鸞会」が、「人はなぜ生きるのか、死んだらどうなるのか」など本当の親鸞聖人の教えを伝える場所、とあり、東西本願寺とは別物らしい、更に調べると、以前は西本願寺と対立していたこともあり、新興宗教的な面もあるらしい、が深い内容は分からない

  • 京念珠「美藤」(みとう)」<br />昭和19年(1944)創業の京念珠専門店

    京念珠「美藤」(みとう)」
    昭和19年(1944)創業の京念珠専門店

  • (松原通)「柳馬場松原郵便局」<br />「松原通」は、平安時代の五条大路で、清水寺から壬生寺を経由して佐井西通まで、清水寺の参詣道で松並木が美しかったことからの命名、秀吉により伏見城と直結する六条坊門通が五条通になり、旧五条通が後に松原通となった

    (松原通)「柳馬場松原郵便局」
    「松原通」は、平安時代の五条大路で、清水寺から壬生寺を経由して佐井西通まで、清水寺の参詣道で松並木が美しかったことからの命名、秀吉により伏見城と直結する六条坊門通が五条通になり、旧五条通が後に松原通となった

  • 製菓原料商「伊藤重老舗」<br />袖看板が歴史の深さを物語るが、創業時期は不明<br />

    製菓原料商「伊藤重老舗」
    袖看板が歴史の深さを物語るが、創業時期は不明

  • 「左右田商店喫茶室」(そうだしょうてん)<br />名前が面白かったので入ろうと思ったが、満席でスルー、次、名前の由来を聞いてみたい

    「左右田商店喫茶室」(そうだしょうてん)
    名前が面白かったので入ろうと思ったが、満席でスルー、次、名前の由来を聞いてみたい

  • (万寿寺通)「有隣公園」<br />「万寿寺通」(まんじゅじどおり)は、寺町通と河原町通の交差点から葛野西通までで、かつて東洞院通交差点にあった「万寿寺」に由来する、現在は東福寺塔頭として東福寺駅近くにある

    (万寿寺通)「有隣公園」
    「万寿寺通」(まんじゅじどおり)は、寺町通と河原町通の交差点から葛野西通までで、かつて東洞院通交差点にあった「万寿寺」に由来する、現在は東福寺塔頭として東福寺駅近くにある

  • 「有隣消防分団」<br />元有隣小学校跡地に、公園と共に、2017年にリニューアルされた

    「有隣消防分団」
    元有隣小学校跡地に、公園と共に、2017年にリニューアルされた

  • 「有隣小学校跡地」活用<br />明治2年(1869)に設立された日本初の小学校「番組小学校」の一つ「有隣小学校」が1992年に統廃合になり、跡地に平成29年(2017)、公園と消防分団と、「京都国際フランス学園」というフランス語のインターナショナル・スクールが開校した

    「有隣小学校跡地」活用
    明治2年(1869)に設立された日本初の小学校「番組小学校」の一つ「有隣小学校」が1992年に統廃合になり、跡地に平成29年(2017)、公園と消防分団と、「京都国際フランス学園」というフランス語のインターナショナル・スクールが開校した

  • 「ANDO」(アンドウ)<br />大正12年(1923)安藤商店として創業し、京鹿の子絞を中心とした絞り染めから始まり和装小物に展開し、現在は履物、浴衣や甚平など和装小物全般の製造、卸を行い、絞り染めのワークショップも開催している

    「ANDO」(アンドウ)
    大正12年(1923)安藤商店として創業し、京鹿の子絞を中心とした絞り染めから始まり和装小物に展開し、現在は履物、浴衣や甚平など和装小物全般の製造、卸を行い、絞り染めのワークショップも開催している

  • 「井助商店」(本社)<br />江戸末期の文政年間(1820年頃)井筒屋助七郎が漆商として創業、その後、漆を中心に塗料や染織関連の資材や漆器の販売も手がけて発展してきた

    「井助商店」(本社)
    江戸末期の文政年間(1820年頃)井筒屋助七郎が漆商として創業、その後、漆を中心に塗料や染織関連の資材や漆器の販売も手がけて発展してきた

  • 「漆器の井助」(店舗)<br />漆・漆器の専門店として、漆などの材料と、製品の漆器の両方を取り扱う店は全国的にも珍しく、漆器は日常生活で使えるシンプル・モダンな「isuke」ブランドを販売する

    「漆器の井助」(店舗)
    漆・漆器の専門店として、漆などの材料と、製品の漆器の両方を取り扱う店は全国的にも珍しく、漆器は日常生活で使えるシンプル・モダンな「isuke」ブランドを販売する

  • 懐石料理店「杦-SEN」(せん)<br />店名に目が留まったので、調べると、「杦」は「杉」の異体字で「すぎ」とも読む、(HPでは)店主の杉澤さんの「杉」と、修行した和久傳さんの「久」から「杦」と命名したという、菊乃井でも修行した腕は確かで、店構えも老舗扇子店の日本家屋をリノベーションし2018年にオープンした店で、ミシュラン一つ星の店でもあり、いつか行って見たいと思うが、ランチで12,000円~、ディナーで24,000円~はちと勇気がいる<br />

    懐石料理店「杦-SEN」(せん)
    店名に目が留まったので、調べると、「杦」は「杉」の異体字で「すぎ」とも読む、(HPでは)店主の杉澤さんの「杉」と、修行した和久傳さんの「久」から「杦」と命名したという、菊乃井でも修行した腕は確かで、店構えも老舗扇子店の日本家屋をリノベーションし2018年にオープンした店で、ミシュラン一つ星の店でもあり、いつか行って見たいと思うが、ランチで12,000円~、ディナーで24,000円~はちと勇気がいる

  • 「大野扇舗」(おおのせんぽ)<br />懐石料理店がリノベーションした老舗扇子店の日本家屋と、関係がありそうだが、詳細不明

    「大野扇舗」(おおのせんぽ)
    懐石料理店がリノベーションした老舗扇子店の日本家屋と、関係がありそうだが、詳細不明

  • (五条通)3 つ星ホテル「MONday京都五条ホテル」2025年開業<br />最近(五条通)がホテルラッシュになっているが、四条よりも土地が安いかららしい

    (五条通)3 つ星ホテル「MONday京都五条ホテル」2025年開業
    最近(五条通)がホテルラッシュになっているが、四条よりも土地が安いかららしい

  • 3 つ星ホテル「相鉄フレッサイン京都清水五条」2022年開業<br />最近2年間の新規ホテルを調べると、ホリデイ・イン京都五条(2025年1月)、変なホテルプレミア京都五条烏丸(2024年12月)、MONday京都五条(2025年5月)、トラディモ京都五条ヒルトングランドバケーションズクラブ(ヒルトングループのタイムシェア・リゾート2026年春)、不思議な宿(2025年リニューアル)

    3 つ星ホテル「相鉄フレッサイン京都清水五条」2022年開業
    最近2年間の新規ホテルを調べると、ホリデイ・イン京都五条(2025年1月)、変なホテルプレミア京都五条烏丸(2024年12月)、MONday京都五条(2025年5月)、トラディモ京都五条ヒルトングランドバケーションズクラブ(ヒルトングループのタイムシェア・リゾート2026年春)、不思議な宿(2025年リニューアル)

  • 16:00 カフェ休憩「アロウネノ」(ALLOUNENO)<br />1本隣の(富小路通)になるが、気になっていた、明治36年創業の老舗だし店「うね乃」(釆野)が2021年に開業した惣菜専門店で、だし巻きや鮭などが入った弁当は昼頃には売り切れるという人気、当初こんな所で商売が成り立つのかと思ったが、近隣にはホテルがたくさんあるので、インバウンド客が多くて、もう5年も続いている

    16:00 カフェ休憩「アロウネノ」(ALLOUNENO)
    1本隣の(富小路通)になるが、気になっていた、明治36年創業の老舗だし店「うね乃」(釆野)が2021年に開業した惣菜専門店で、だし巻きや鮭などが入った弁当は昼頃には売り切れるという人気、当初こんな所で商売が成り立つのかと思ったが、近隣にはホテルがたくさんあるので、インバウンド客が多くて、もう5年も続いている

  • 店内は、飲食も出来て、美味しいお茶も出してくれるのでお客さんも多い、店名の「アロウネノ」の「ウネノ」は分かるが、「アロ」はallocate(共存する、分かち合う)という意味があるそうで、客とスタッフと社会との「ALLO」を大切にするとHPに書いてある、京都には最近特に新しい店舗が出来て、それも若手の経営者が多く、起業の理念とか目的などしっかり考えているのはいいが、どうも日本語離れして分かり難く、いちいち理解するのが面倒くさい

    店内は、飲食も出来て、美味しいお茶も出してくれるのでお客さんも多い、店名の「アロウネノ」の「ウネノ」は分かるが、「アロ」はallocate(共存する、分かち合う)という意味があるそうで、客とスタッフと社会との「ALLO」を大切にするとHPに書いてある、京都には最近特に新しい店舗が出来て、それも若手の経営者が多く、起業の理念とか目的などしっかり考えているのはいいが、どうも日本語離れして分かり難く、いちいち理解するのが面倒くさい

  • 弁当も美味しそうだったが、コーヒーもあったので、源融(みなもとのとおる)が平安京に造営した邸宅「河原院」(かわらのいん)の跡地に建つ「本覚寺」(ほんかくじ)を眺めながら、甘いものを食べて疲れを癒した

    弁当も美味しそうだったが、コーヒーもあったので、源融(みなもとのとおる)が平安京に造営した邸宅「河原院」(かわらのいん)の跡地に建つ「本覚寺」(ほんかくじ)を眺めながら、甘いものを食べて疲れを癒した

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