2025/02/13 - 2025/02/13
3104位(同エリア6963件中)
Bachさん
「京の冬の旅」の特別公開で、建仁寺塔頭の「西来院」に新しく整備された庭園があると聞いたので、久しぶりに祇園界隈に行きましたが、ついでに近くの、これも昨年耐震工事が完成して7年ぶりに披露された「祇園甲部歌舞練場」にある庭園もリニューアルされていたので、立ち寄りました。そしてお昼は、かねてからマークしていた「城南宮」近くの「おだしのテーマパーク」として人気の「京都離宮」という店で「だし巻き御膳」をいただき、初物尽くしの充実した1日となりました。
「西来院」は江戸時代から400年も経過し、「祇園甲部歌舞練場」は大正時代から100年以上も経過した建物や庭園が、相当な技術と期間と費用をかけて見事に蘇り、しかも古いものを残しながら新しいものも加えるという、素晴らしい事例をいくつも見せられて、歴史の奥深い京都の各所で、埋もれた歴史がさらに進化しているのが分かって、ますますインバウンドが増える中を歩きながら、これからもどんどん拍車をかけて進めていって欲しいものだと思いました。
最近は地元の、近場の旅ばかりですが、新しく発見されたり、再生されたりするものがどんどん増えて、時空を超えた歴史を遡る旅をしてるという気分になって、当分旅のネタは尽きそうにもありません。
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(行程)
地下鉄・竹田~12:00(城南宮)ランチ「京都離宮」~京阪電車・丹波橋~祇園四条~13:30「西来院」~14:30「祇園花街芸術資料館」~16:00祇園四条 -
ランチのため「城南宮」に到着
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ランチ「京都離宮」
「城南宮」駐車場隣に、「おだしのテーマパーク」として、古民家を利用した京都らしい店舗が2022年オープンした -
「京都離宮」~おだしとだしまき~
天然出汁の魅力を堪能できる専門店として、おだしパックの販売や、だし巻き弁当の実演販売と、古民家の庭園を見ながらの飲食が出来る -
古民家の露地風の玄関入り口
この先を進むと1号線で、昔からあるレストラン「美ね寅」と共有の駐車場がある、「創業47年の料理店がオープンした」と発表されているから、おそらく「美ね寅」系列の店と推測 -
店内に入ると、「おだしの香り」が拡がり、オープンキッチンでだし巻きを作っている様子が見える、ショーケースには美しい美味しそうな「だし巻き弁当」を陳列販売しているので、予約なしでも購入できる
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古民家の雰囲気に溢れていおり、特に杉天井と「鳥羽離宮」を表現していると思われる「欄間」が素晴らしい
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古民家に付属の「庭園」を見ながら食事が出来る
なかなか予約のとれない店だが、当日受付枠があるらしく、12:00受付で13:30になるとのことだったが、幸運にも途中でキャンセルが出て、12:15には食事が出来たのでラッキー! -
「だし巻き御膳と釜たきごはん」2,480円
メニューは1種類のみで、釜たきごはんとだし巻き御膳に出汁茶漬け -
特徴は「利きだし」
最初に4種類の利きだし(離宮のお出汁、さわら出汁、あご出汁、かつお出汁)から好みの出汁と、5種類の薬味(大根おろし、ゆかり大根おろし、九条ネギ醤油、かつおマヨネーズ、鶏せせりの味噌あえ)から3種類選び、選んだ出汁で作った「だしまき」と「薬味」を出してくれて、最後はだし茶漬けにして食べる -
「さわら出汁」
さわら、うるめいわし、かたくちいわし、昆布で、旨味が強く上品な味、おだしの味を活かした味噌汁やお鍋に適する、小型のさわらを有効活用し、高級魚のあごや鯛にも匹敵する旨味がある -
「あご出汁」
とびうお、さば、うるめいわし、いわし、昆布で、上品な味とコクが深く、麺料理に適する、とびうおは運動量が多いので脂肪が少なく高たんぱく質 -
「かつお出汁」
本枯節、いわしの節、昆布で、香り豊かな味、おだしの香りを楽しむ吸い物や茶わん蒸しに適する、最高級の本枯節を贅沢に使って高級料亭のような味になる -
「かつお出汁」と「さわら出汁」を選び、だしまきと前菜、煮物、小鉢の御膳をいただく、食べ比べると確かに味の違いが分かる
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(上段)「前菜」鰻の離宮ロール、ふぐの煮凍り、黒豆の黄身寄せ、合鴨チーズ、錦糸絹田巻、くるみゆべし (下段)「おだし料理」小蕪煮の柚子味噌添、梅ごぼう、蟹なます、小松菜と揚げのお浸し
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最後は選んだ出汁で「出汁茶漬け」をして〆る
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城南宮を出て、京阪「祇園四条」へ移動
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13:30「祇園四条」から「建仁寺」へ
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目的は、「建仁寺」塔頭の「西来院」(せいらいいん)
「京の冬の旅」特別公開は2025年1月10日~3月18日 -
「建仁寺」の塔頭寺院
山内に12、山外に3塔頭がある、「西来院」は北門に最も近く、隣に半夏生が咲く「両足院」や、南側には甘茶で知られる「霊源院」があり、小野篁の井戸がある「六道珍皇寺」も建仁寺塔頭 -
「西来院」は、長らく非公開だったが、令和10年に開基「蘭渓道隆」の没後750年を迎えるにあたり、境内の整備が進められ、昨年の2024年3月23日より公開されるにことになった
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「西来院」(せいらいいん)
中国の禅僧「蘭渓道隆」(らんけいどうりゅう)が創建した建仁寺の塔頭寺院で、鎌倉時代に来日して、本格的な禅を日本に広め、鎌倉で「建長寺」を創建し、後に建仁寺の住職も務められ、「蘭溪道隆の寺」として知られた -
「蘭渓道隆」(らんけいどうりゅう 1213-78)
鎌倉時代に宋から来日して京都と鎌倉で禅を広め、当時の執権北条時頼の帰依を受けて鎌倉に招かれ、1253年鎌倉「建長寺」を創建し、後に建仁寺の住職も務め「清本院」を創建し、その後応永年間(1394-1428)に道隆4世法孫大宗が清本院を再建し「西来院」と改めた -
「甘露門」(かんろもん)
山門を入ると苔庭が広がり、正面には玄関にあたる「甘露門」がある *「甘露門」とは不死、悟りへの入り口という意で、悟りの境界に入る門とか経典のこと -
「受付」は入って左手の本堂
応仁の乱(1467-1477)後荒廃したが、慶長年間(1596-1615)に再興され、本堂は江戸時代初期1677年に再建されたもの -
「双獅図屏風」
受付を入って直ぐのところに、「霊源院」と同じ中国の現代アーティスト「陳漫」(チェンマン)さんによる六曲一双の屏風「双獅図屏風」が展示されている、「霊源院」と同様「とらや寄進」となっている、「獅子」はライオンだと思うが、何故か「とらや」さん -
迫力のある「阿」の獅子像と、どことなく愛嬌のある「吽」の獅子像
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(2023.6,15撮影)「霊源院」(れいげんいん)の「甘茶の庭」も、2020年に出来た新しい庭で、今回初めて特別公開2023.5.13~7.17 →https://4travel.jp/travelogue/11837663
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「達磨図」(だるまず)
禅宗の祖師「達磨大師」の名言には、「七転八起」や「氣心腹人己」(気は長く、心は丸く、腹立てず、人は大きく、己は小さく)など分かりやすいものもあるが、この「不識」(ふしき)と思われる言葉は、「ほんとうの自分」などどこにもない、ということらしいが、禅問答を理解するには、まだまだ修行が足りない -
「西来院」には、江戸時代から苔と紅葉が美しい庭園があったが、玄関前の「九華青蓮」と、本堂前の「峨眉乗雲」、中庭の「天地」という三つの庭園にリニューアルされた
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玄関前庭園「九華青蓮」(きゅうかしょうれん)
ゆるやかな築山の中に、9つの徳島の阿波青石を配し、苔の中に「蓮の花」が開いている様子を表しており、中央の石を釈迦如来に見立てた三尊石組になっている -
「蘭の寺」
「蘭渓」という名前に因んで、境内全体には1200株の「蘭」が新たに植栽され、4月中頃から5月にかけていろんな種類の蘭の花が咲く、立札にはプラントハンターとしてTVなどで有名な「そら植物園」協力とある -
座布団に座って一望できるが、ここには珍しくゆったり椅子の「特等席」があって、季節や時間の移り変わりを感じながら、瞑想も出来る
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「中根庭園研究所」
作庭は、霊源院の「甘茶の庭」と同じ「中根庭園研究所」の「中根金作」の孫にあたる中根行宏、中根直紀兄弟の作で、「中根庭園研究所」は、「足立美術館庭園」や「退蔵院余香苑」「城南宮楽水苑」などを作庭し「昭和の小堀遠州」と称えられた「中根金作」が設立した *日本の著名な作庭家は、鎌倉時代の「夢窓疎石」(1275-1351)から江戸時代の「小堀遠州」(1579-1647)、明治時代の「7代目小川治兵衛」(1860-1933)「重森三玲」(1896-1975)、大正昭和の「中根金作」(1917-1995)と続く -
中庭「天地」
白砂に竹を植えた空間に、四角形の井戸と、円形の石器「円相」が置かれて、蘭の花もたくさんあって、今の時期には水盤に浮かべられている蘭の花が美しい -
石器「円相」(えんそう)
「円相」とは、禅宗の書画で円形を一筆で描いたもので、悟りや真理、仏性、宇宙全体などを表現したもの、「樂焼」で有名な15代楽吉左衞門の次男「楽雅臣」さんの作で、この石器によってモダンな庭に表現され、建仁寺の「「○△□乃庭」にも通ずるものがある * 禅宗の四大思想「地水火風」を庭の中に表現し、シカクの井戸は「地」、マルの水盤は「水」、サンカクの白砂は「火」 -
「亀甲竹」(きっこうちく)
モウソウチクの突然変異で非常に珍しく、根元付近が亀の甲羅のような形状になっていることから、別名「水戸黄門の杖」とも言われる -
本堂前庭園「峨眉乗雲」 (がびじょううん)
中国の仏教の聖地で世界遺産にも登録されている「峨眉山」(がびさん)と雲海を表現したもので、庭園に配置された3つの庭石は実際に中国・四川省の「峨眉山」から運ばれたもの -
「中根庭園研究所」の中根さんは構想を練るにあたり、ご住職と一緒に「蘭渓道隆」が生まれた中国四川省へ行き、峨眉山をイメージし、「峨眉山」で産出された巨石も運んだという力の入れようで、以前からあった苔ともみじの木も生かしながら、見事な枯山水庭園に仕上げている
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この本堂前庭園は、本堂に祀られている「蘭渓道隆坐像」から故郷の景色を眺められるように「峨眉山」を表現しており、苔が描く曲線と、白砂が描く曲線の対比が素晴らしい
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東側にも、苔と白砂の曲線が続いていて、奥への広がりを見せている
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「本堂」
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本堂の天井画「白龍図」と「俳句涅槃図」「登龍門絵図屏風」
本堂内の天井には、2匹の龍が描かれた「白龍図」と、壁画絵師「木村秀輝」さん作の「登竜門」と「黛まどか」さん合作の「俳句涅槃図」がある、「登竜門」は「鯉が滝を登って龍になる」という故事に因んで、阿吽の「龍」を描いた二曲一双の金屏風 -
「俳句涅槃図」(はいくねはんず)
「涅槃図」は、臨終を迎えた釈迦を弟子や動物たちが取り囲む仏画だが、これはゴリラやライオン、ワニなどはともかく、ジョンレノンとオノヨーコ、オードリーヘプバーン、アインシュタイン、マリリンモンロー、聖徳太子、清少納言などが取り囲み、俳人「黛まどか」さんの俳句36句が短冊で配されている、この全く類のない「涅槃図」が出来たのは、「黛まどか」さんが2020年父親を亡くし喪失感に包まれていた時に、本法寺で「長谷川等伯」が亡き息子のために描いた「佛涅槃図」を見て、自らの姿に重なり、父の追悼のために涅槃図を作れないかと、友人の壁画絵師「木村英輝」さんに依頼したのがきっかけだという、こういう絵図が伝統ある禅寺に飾られるというのが凄い! -
天井の「白龍図」
「霊源院」と同じ、中国人アーティストの「陳漫」(チェンマン)さんによるもので、2匹の白龍が描かれている -
眼光はするどいが、幻想的で、妖艶な感じがする、建仁寺の日本画家・小泉淳作の「双龍図」とは又違う味がある
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「須弥壇」
本尊は地蔵菩薩さまだが、開祖の「蘭溪道隆坐像」が安置されている -
奥の部屋に人だかりが出来ていたので覗いて見ると、テレビのロケをやっていた
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後で聞くと、三田村邦彦さんの旅番組の収録らしく、お茶を飲みながら、住職にいろいろ質問していた *西来院の重職は、「雲林院宗碩」(そうせき)という方で、ここで出家して30年ぶりに帰ってきて、「霊源院」と「西来院」を兼務されているというので、「霊源院」との類似性に納得
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ロケも終わったらしいので、我々も一緒に退出
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「建仁寺」から「花見小路」に出ると、観光客で賑わっていた
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14:30「祇園甲部歌舞練場」(ぎおんこうぶかぶれんじょう)
京都の「五花街」の中でも最大の規模を誇る「祇園甲部」が拠点としている歌舞練場で、芸妓・舞妓たちが歌や舞踊、楽器などの稽古をする練習場であると同時に、春の「都をどり」、秋の「温習会」という舞踊公演を行う会場となっており、お茶屋や料亭などでのお座敷以外の主要な活動の一つとなっている *「五花街」は、祇園甲部、先斗町(ぽんとちょう)、宮川町(みやがわちょう)、上七軒(かみしちけん)、祇園東(ぎおんひがし)で、それぞれが専用の歌舞練場を持っている -
「祇園甲部歌舞練場」正門
昭和11年(1936)建設の鉄筋コンクリート造、銅板瓦葺の建物で、花見小路に面して建つ、大正2年(1913)建設の「祇園甲部歌舞練場」「八坂倶楽部」と共に、国登録有形文化財に指定された -
「祇園花街芸術資料館」入り口
築後100年が経ち、耐震工事が必要になり、2016年~2023年にかけ工事が実施され、2023年「歌舞練場」が完成し、隣接する「八坂倶楽部」も新たに「祇園花街芸術資料館」として、2024年5月にオープンした -
「祇園甲部歌舞練場」玄関
堂々とした唐破風の外観で、公演開催時の入場口して使われたが、2016年から工事が実施され、2022年秋完成し2023年春から「都をどり」が再開された、現在は隣の「弥栄会館」の建替え工事が進んでいる -
「本館」の南側には「別館」と「祇園花街芸術資料館」として生まれ変わった「八坂倶楽部」がある
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「祇園甲部歌舞練場」敷地
一帯は建仁寺の境内だったが、祇園を盛り上げようとしていた一力亭の九代当主らの尽力で、明治5年(1872)芸娼妓を支援するためとして京都府から払い下げられ、同じ年には日本初の博覧会で芸妓・舞妓の舞を披露する「都をどり」が井上八千代によって創始され、その専用劇場として「祇園甲部歌舞練場」が、建仁寺塔頭「清住院」(大和大路側)に開設された、その後明治14年、今の「女紅場学園」(にょこうば)につながる「八坂女紅場」が設立され、歌舞練場は大正2年 (1913)に現在地に移転し「八坂倶楽部」と共に純和風建築の劇場が建設され、昭和11年(1936)には新たに大衆娯楽に対応して「弥栄会館」を建築し、戦後の昭和28年(1953)には「昭和の大改修」、令和4年(2022)には「令和の大改修」を実施している *「女紅場」(にょこうば)とは、明治初年に女子の中等教育を目的としたものや、学校に行けない女子の補完教育や、芸娼妓の自立を目的としたものが在った、殆ど女学校として改制をされているが、祇園では「八坂女紅場学園」という名が残り、今でも舞妓・芸妓が芸事全般や華道・書道・茶道など幅広く学んでおり、一力の女将が理事長をして歌舞練場一帯を管理している *「祇園甲部」は寛永年間に祇園社(八坂神社)の門前で営業した水茶屋が始まりで、明治になって発展し、明治14年に四条通りから北側が「祇園乙部」として分離し、戦後になって祇園東となった、祇園東は吉本祇園花月も入っている「祇園会館」で「祇園をどり」を行っている -
「祇園甲部歌舞練場別館」と「八坂倶楽部」
「歌舞練場」は、「東側本館」と「南側別館」と北側の「弥栄会館」に囲まれた位置に建ち、さらに別館の南側に「八坂倶楽部」が建てられた *「歌舞練場」は、祇園甲部歌舞練場と先斗町歌舞練場が、明治5年(1872)の京都博覧会で初演された「都をどり」と「鴨川をどり」の仮設劇場として開設し、翌年に常設劇場を開設したのが始まりで、以降、他の五花街にも開設されていった -
「祇園甲部歌舞練場」本館
「歌舞練場」は、大正2年(1913)年建築の木造2階建て和風の大劇場建築で国の登録有形文化財指定、100年以上にわたり「都をどり」が上演されてきたが、耐震補強のため2016年から休館し、2023年7年ぶりに開場した。工事は本館劇場、玄関棟を耐震改修し、隣接する女紅場学園を解体・新築し、文化財としての価値を維持しながら耐震基準をクリアするという難易度の高い工事で、建物の外観や舞台・客席も大正・昭和の趣を残した姿のまま再現されている、総事業費約62億円で設計・施工は「昭和の大改修」の時と同じ大成建設、旧歌舞練場は、総工費56万円との記録が残り観覧席494席(現在は928席) -
「祇園甲部歌舞練場」別館
本館南側に接する細長い建物で、正面は車寄の唐破風、玄関は千鳥破風、入母屋造の外観で、1階は70畳敷の点茶席、2階は休憩室・待合室であったが、今回の改修で本館劇場と一体となる技芸学校・小劇場を新築し、解体中の「弥栄会館」にあった「ギオンコーナー」を移転して、舞妓による京舞や、狂言、舞楽、茶道、華道、箏曲、文楽、能など見ることが出来る、本館と同じく大正2年(1913)の建造で、国の登録有形文化財指定 -
「弥栄会館」(やさかかいかん)
昭和11年(1936年)鉄骨鉄筋コンクリート造、地上5階地下1階建の建物だったが、これも耐震補強が必要になり、令和3年(2021)帝国ホテルが2026年春に開業することになった、これも国登録有形文化財で、どうやってホテルに生まれ変わるのか、非常に興味深い *帝国ホテルブランドのホテルは、東京、上高地、大阪に次ぐ4軒目で、地上7階、地下2階で客室55室、総事業費124億円程度 -
「弥栄会館」の天守閣
祇園のランドマーク的存在となっている外観は、姫路城の天守閣を模しており、この歴史的価値の高い外観は保存しながら、現行の建築基準法にのっとった構造でホテルに生まれ変わらせるという、京都市でも初めての工事らしいが、設計施工は昔の「弥栄会館」も手がけた大林組が担い、過去の建築と新たな建築が融合したカタチになっている -
(2024.8.30 大林組 HP より)
「高さ」に厳しい京都では、新たに建物を建てる場合は「12m以下」という制約があるので、従来の高さ31.5mは残したままというのは京都市にとっても初めての工事で、何度も協議した結果、花見小路から見える南面、西面の外壁および構造体を残し、北面、東面は弥栄会館のカタチは守りながら解体し、ホテルは元の高さを維持することが特例で京都市に許可されたが、既存建物の崩壊を防ぎながらの解体は、解体ステップごとに補強しながら解体を進めるので、一般的な同規模の建物解体と比較すると倍以上の期間と労力がかかる、さらに基本的な問題は、観光客が常に混雑する花見小路で工事を進めるので、通行可能な道路や車両を限定したり、重機は人通りが少ない早朝に搬出入するなど、地域との連携を密にしながら大変なご苦労があるらしい -
(2024.8.30 大林組 HP より)
歴史的建物のファザードを残すためには、外装タイルやレリーフのテラコッタ(素焼きの焼き物)の再利用が重要で、図のオレンジ部分はタイルを再利用し、水色部分は既存タイルを残したまま樹脂を注入して補強しながら、1万6387枚のタイルを再利用し、テラコッタも剥落防止措置をし破損していたものは修復され、建具、内装材も再塗装などしてできる限り残し、屋根も元の弥栄会館と同じ銅板でふき、正面中央の城の天守のような造形もそのまま残している -
「八坂倶楽部」(祇園花街芸術資料館)
「八坂倶楽部」は、「祇園甲部歌舞練場」と同じ大正2年(1913)年建築で、木造2階建、入母屋造・瓦葺の大屋根を架けた建物で、唐破風の玄関を設け、1階は特等客向けの待合・点茶などに用いられ、2階は広大な132畳敷の客席と舞台からなる広壮な舞台座敷で、大正2年造園の日本庭園もあり、「歌舞練場」に合わせて、2024年5月に「祇園花街芸術資料館」としてリニューアルされた -
歴史的な建築はそのまま活かしながら、祇園の芸妓さん・舞妓さんや花街文化を、わかりやすく紹介している
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玄関正面には、「都をどり」で実際に使われたと思われる着物が飾られている、祇園の舞妓さん・芸妓さんが着る着物は、手描き友禅や西陣の帯など高価なものだと思うが、奇麗・華麗としか出てこない
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舞妓さん・芸妓さんの化粧道具や季節ごとに変わる簪(かんざし)なども多数展示している
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「舞の手ぬぐい」
「手ぬぐい」は、心情や場面を表す舞踊の重要な小道具の一つで、祇園甲部では、舞妓は白地に赤、芸妓は紫の、芸名が入った手ぬぐいを用いるという -
大広間にも三味線や鼓などが置かれている、舞妓さんの芸事は、舞踊、三味線、笛・太鼓・小鼓(こつづみ)などの囃子(はやし)、長唄・常磐津(ときわず)・清元(きよもと)・小唄などの唄に加え、茶道や書道などもあり、かなり厳しそう
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窓際にはズラリ現役の舞妓さん・芸妓さんの写真が飾られている
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大広間からは、お目当ての庭園を眺めることが出来る
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「祇園甲部歌舞練場日本庭園」
「歌舞練場別館」と「八坂倶楽部」の背後には、同時期の大正2年に造られた「日本庭園」があり、「祇園花街芸術資料館」のオープンに合わせて奇麗に修復された -
庭園修復は「京都芸大日本庭園研究センター」と「植藤造園」さん
「植藤造園」は天保3年(1832)創業で代々御室仁和寺の造園工事に携わった植木屋で、滅び行く桜を憂い日本各地の名桜の保存に努め、現在約200種を保存し、海外でも桜の育成に努めてきた、京都では「都ホテル葵殿庭園、佳水園庭園」「京都御苑閑院宮」「鶴屋吉信本店」など、また「京都芸術大学日本庭園研究研究センター」は、歴史的庭園の保全や活用に関する調査で、「平等院庭園」「旧島津家玉里邸庭園」「彦根城玄宮楽々園」「会津松平氏庭園」など携わっている -
「光と奥行きの感じられる庭を目指して」
先日訪問した「對龍山荘庭園」のように、昔の荒れた「庭園」を修復する事例は増えているが、植藤造園さんは「肥大化して行く手を阻んでいた既存樹について、剪定・伐採・植え直しを行い、光が差し込み、奥行きの感じられる庭となるよう整備した」と言っており、さらに隠れた名庭を蘇さすような名所を増やして欲しい -
東山を借景とした「池泉回遊式庭園」で、部屋から見た後、外に出て庭園を回遊することが出来る
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庭園から見た「八坂倶楽部」
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渡り廊下で「歌舞練場別館」と繋がる
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「歌舞練場別館」前の「台杉」(だいすぎ)が素晴らしい
「台杉」は、途中から多数の幹が株分かれした杉の木で、京都の北山杉から発展して、室町時代から茶室建築に台杉丸太が使われたことで広く普及し、現在でも茶室や数奇屋建築で利用されているが、特異な樹形から庭木としても多く使われる -
「四足石灯籠」
様々な種類の「石灯篭」も各所に配置され、歴史の重みを感じる -
「灯籠と五輪塔」
庭園では庭の通路を照らしたり、和風庭園の雰囲気を演出するために「灯篭や五輪塔」などがよく使われるが、元来「灯篭」は仏に灯明を献ずるもので奈良時代から寺院で、後に神社でも使われ、照明用にも使われるようになったが、「五輪塔」は供養して極楽浄土に行くというお墓の種類のひとつで平安時代から使われ、浄土真宗では死後すぐに極楽浄土へ行くとされているのであまり使わないなど、宗派によって様々なお墓が混在するという -
「踏込石」(ふみこみいし)
庭園に残されていた巨石で、当時の写真から離れ建屋の「沓脱石」だった石と推定される -
「踏込石」から歌舞練場への渡り廊下
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庭園奥正面からの「八坂倶楽部」
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丹波鞍馬石の「大石橋」と「京太閤芝」
「八坂倶楽部」前の池に架かる石橋は「丹波鞍馬石」、芝生は「京太閤芝」で、豊国廟跡で1200年にわたり自生し続けてきた数少ない京都固有のノシバが採用されている -
祇園のシンボル「弥栄会館」の天守閣が見える、よくぞ残してくれた!と思う
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「園路を縁どる瓦の意匠」
園路の整備段階で、園路を縁どっていた大正時代の瓦が見つかったという -
「滝」
日本庭園には、やはり滝が似合う、滝石組は造園家の腕の見せ所で、自然な景観を見ると心が安らぐ -
茶室「如庵」(じょあん)
奥に進むと、「織田有楽斎」(うらくさい)の旧宅があったことに因んで建てられた茶室がある、周りを取り囲む露地風の庭は、台杉が神秘的な雰囲気を醸し出している *「織田有楽斎」は、「織田信長」の末弟で、 武将として知勇に優れ能力を発揮したが、京都に隠棲後茶の湯に専念し、茶道「有楽流」を創始した、「如庵」のオリジナルは現在愛知県の「有楽苑」(うらくえん)に移築されている -
「次の出番まで一休み」
ここにある石は、改修時に掘り出された白川石や太閤石など京都の庭園史において由緒ある名石ばかりで、今回の工事で外壁周囲の石積みに利用したが、まだたくさん残って次に備えて保管されている -
「八坂倶楽部」南側庭園
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「八坂倶楽部」2階に上がる
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東側窓際廊下から、今まで回遊してきた池泉庭園を、上から俯瞰して見ると全景が良くわかる
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座敷に座って見ると、池が隠れて、滝が真正面に見えて、また趣きの異なる庭園が見える、桜や紅葉の時期を想像すると、また来たくなる
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2階は広大な132畳敷の舞台座敷で、この衝立奥に舞台がある
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「芸妓さん・舞妓さん京舞披露」
芸妓さんと舞妓さん1名ずつと地方(じかた)1名が、井上流の京舞を2曲(15分)披露する、「都をどり」やお茶屋さんのお座敷でしか見られない舞を間近で見るのも、たまには目の保養になる、芸妓さん・舞妓さんと一緒に記念撮影するサービスもある -
本日の出演者は、穂乃佳さん、佳つ笑さん、まほ璃さん
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隣の別館に進むと、弥栄会館内にあった「ギオンコーナー」で行われていた京舞や狂言などが上映されている
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昨年の「都をどり」を上映していた
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更に進むと、ここでしか買えない舞妓さん・芸妓さんグッズのあるミュージアムショップや、カフェもある
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生姜の効いた「甘酒」で終了
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16:00 花見小路から祇園四条へ
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旅行記グループ
月一平安京散歩
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月一京町散歩(1月)~岡崎神社(うさぎ神社)と琵琶湖疎水
2023/01/19~
下鴨・宝ヶ池・平安神宮
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月一京町散歩(2月)~知恩院から円山公園
2023/02/16~
二条・烏丸・河原町
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月一京町散歩(3月)平安京散歩「一条大路」
2023/03/09~
今出川・北大路・北野
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月一京町散歩(4月)平安京散歩「二条大路」
2023/04/20~
二条・烏丸・河原町
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月一京町散歩(5月)平安京散歩「三条大路」
2023/05/18~
東山・祇園・北白川
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月一京都散歩(6月)旬の甘茶と沙羅双樹を特別公開「霊源院」~「東林院」
2023/06/15~
東山・祇園・北白川
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月一京町散歩(7月)平安京散歩「四条大路」
2023/07/12~
東山・祇園・北白川
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月一京町散歩(8月)平安京散歩「五条大路」
2023/08/17~
東山・祇園・北白川
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月一京町散歩(9月)平安京散歩「六条大路」
2023/09/13~
東山・祇園・北白川
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月一京都散歩(9月)ウェスティン都ホテル「葵殿庭園・佳水園庭園」~東寺「弘法市」
2023/09/21~
下鴨・宝ヶ池・平安神宮
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月一京町散歩(10月)平安京散歩「七条大路」
2023/10/19~
東山・祇園・北白川
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月一京町散歩(11月)平安京散歩「八条大路」
2023/11/05~
京都駅周辺
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月一京町散歩(12月)平安京散歩「九条大路」
2023/12/02~
京都駅周辺
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月一京町散歩(1月)は龍年初詣で開運アップ・東大路通「瀧尾神社」
2024/01/18~
東山・祇園・北白川
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月一京町散歩(2月)平安京南北散歩「寺町通」
2024/02/24~
今出川・北大路・北野
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月一京町散歩(3月)平安京南北散歩「室町通」
2024/03/16~
今出川・北大路・北野
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月一京町散歩(4月)平安京南北散歩「大宮通」
2024/04/12~
今出川・北大路・北野
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月一京町散歩(5月)平安京南北散歩「千本通」前半
2024/05/04~
今出川・北大路・北野
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月一京町散歩(6月)平安京南北散歩「千本通」後半・鳥羽街道
2024/06/05~
伏見
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月一京町散歩(7月)平安京南北散歩「新町通」
2024/07/03~
二条・烏丸・河原町
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夏の京都「川床料理」と「みたらし祭」で暑気払い
2024/07/26~
二条・烏丸・河原町
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月一京町散歩(8月)平安京南北散歩「麩屋町通」
2024/08/24~
二条・烏丸・河原町
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月一京町散歩(9月)平安京南北散歩「高倉小路」
2024/09/12~
二条・烏丸・河原町
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月一京町散歩(9月)京の夏の終わり旅「祇園閣」と「長楽館」
2024/09/19~
東山・祇園・北白川
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月一京町散歩(10月)平安京南北散歩「油小路」(油小路通)
2024/10/11~
今出川・北大路・北野
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月一京町散歩(11月)平安京南北散歩「小川通」と「天使突抜通」(東中筋通)
2024/11/03~
二条・烏丸・河原町
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月一京町散歩(11月)紅葉の嵐山を人力車散歩
2024/11/20~
嵐山・嵯峨野・太秦・桂
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月一京町散歩(12月~1月)平安京南北散歩「御前通」で紅葉と初詣
2024/12/05~
今出川・北大路・北野
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新年蛇年の京都「初詣」と初庭園「對龍山荘」に初喰いの「わらじや」
2025/01/16~
東山・祇園・北白川
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「京の冬の旅」特別公開・「西来院」と「祇園甲部歌舞練場」の庭園
2025/02/13~
東山・祇園・北白川
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