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3月に入ってもなかなか春の気候にはなりませんが、せめて早春感を味わいたいと思い、「早春の草花展」をやってる「京都植物園」に行き、ついでに焼肉の「天壇」に立ち寄り、午後からは以前から行きたいと思っていた吉田山のカフェ「茂庵」まで足を延ばし、ちょっとした山ハイキングをしてきました。<br />「京都植物園」は久しぶりの遠足気分でしたが、上賀茂神社の末社「半木(なからぎ)神社」の鎮守の森だった広大な敷地を歩いて、結局約2kmのウォーキング、今の時期は最も華やかでない季節ですが、ガイドさんの説明付きで珍しい草木をいろいろ知る機会になりました。<br />「天壇北山店」は、これも久しぶりの焼肉ランチになりましたが、お高めの焼肉を廉価な価格で頂けて満足、満腹状態で午後からのハイキングに向かいました。<br />カフェ「茂庵」(もあん)は、行きたいと思ってる内に閉店になって、残念がっていたところ、昨年からまた再開したと聞いたので、是非行きたかった所ですが、吉田山山頂にあって歩いてしか行けないので、わざわざ時間をとって山歩きをしてまで、お茶を飲む価値があるのか、賛否のあるところですが、大正時代に数奇者(すきしゃ)と言われた実業家が残した素晴らしい茶苑で、心身ともに洗われる時を過ごせる至福の空間です。<br />ところがここでも、古い建物を維持管理していくのは大変らしく、「八清」(はちせ)という再生のプロに相談して、再スタートしたという話を聞いて、京都の町の再生プロの活躍が更に活発になることを期待せずにはおれません。京都は寺院だけでは税収にはならないので、町家の活性化を益々盛り上げていって欲しいものです。

早春の「京都植物園」と「天壇」の焼肉と「茂庵」のアールグレー

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2025/03/05 - 2025/03/05

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旅行記グループ 月一平安京散歩(2)

1

69

Bach

Bachさん

3月に入ってもなかなか春の気候にはなりませんが、せめて早春感を味わいたいと思い、「早春の草花展」をやってる「京都植物園」に行き、ついでに焼肉の「天壇」に立ち寄り、午後からは以前から行きたいと思っていた吉田山のカフェ「茂庵」まで足を延ばし、ちょっとした山ハイキングをしてきました。
「京都植物園」は久しぶりの遠足気分でしたが、上賀茂神社の末社「半木(なからぎ)神社」の鎮守の森だった広大な敷地を歩いて、結局約2kmのウォーキング、今の時期は最も華やかでない季節ですが、ガイドさんの説明付きで珍しい草木をいろいろ知る機会になりました。
「天壇北山店」は、これも久しぶりの焼肉ランチになりましたが、お高めの焼肉を廉価な価格で頂けて満足、満腹状態で午後からのハイキングに向かいました。
カフェ「茂庵」(もあん)は、行きたいと思ってる内に閉店になって、残念がっていたところ、昨年からまた再開したと聞いたので、是非行きたかった所ですが、吉田山山頂にあって歩いてしか行けないので、わざわざ時間をとって山歩きをしてまで、お茶を飲む価値があるのか、賛否のあるところですが、大正時代に数奇者(すきしゃ)と言われた実業家が残した素晴らしい茶苑で、心身ともに洗われる時を過ごせる至福の空間です。
ところがここでも、古い建物を維持管理していくのは大変らしく、「八清」(はちせ)という再生のプロに相談して、再スタートしたという話を聞いて、京都の町の再生プロの活躍が更に活発になることを期待せずにはおれません。京都は寺院だけでは税収にはならないので、町家の活性化を益々盛り上げていって欲しいものです。

  • (ルート)10:30地下鉄北山~80m植物園北山門~300m12:30天壇~13:30地下鉄北山~今出川~14:00バス北白川バス停~800m徒歩20分14:30「茂庵」~16:00バス出町柳駅

    (ルート)10:30地下鉄北山~80m植物園北山門~300m12:30天壇~13:30地下鉄北山~今出川~14:00バス北白川バス停~800m徒歩20分14:30「茂庵」~16:00バス出町柳駅

  • 10:30「京都府立植物園」<br />京都の植物園は京都府の運営で(動物園は京都市運営)、大正13年(1924)公立の植物園としては日本最古の開園 *もともとこの地は、明治時代までは上賀茂神社の境外末社である半木(なからぎ)神社と鎮守の森(半木の森)を中心とした田園地帯で、大正天皇の即位を記念して企画された「京都大博覧会」の開催用地として大正2年(1913)に京都府により購入されたが、博覧会は岡崎公園を中心に開催されたたため実際は使われず、その代案として植物園が計画され、三井家の資金援助があって開園に到った

    10:30「京都府立植物園」
    京都の植物園は京都府の運営で(動物園は京都市運営)、大正13年(1924)公立の植物園としては日本最古の開園 *もともとこの地は、明治時代までは上賀茂神社の境外末社である半木(なからぎ)神社と鎮守の森(半木の森)を中心とした田園地帯で、大正天皇の即位を記念して企画された「京都大博覧会」の開催用地として大正2年(1913)に京都府により購入されたが、博覧会は岡崎公園を中心に開催されたたため実際は使われず、その代案として植物園が計画され、三井家の資金援助があって開園に到った

  • 甲子園球場6個分の広大な敷地に約1万2,000種類、12万本の植物が植えられており、日本最大級の「観覧温室」や、日本各地の山野植物、絶滅危惧種などの貴重な植物、開園当初からの「くすのき並木」などがあり、春の桜や秋のモミジ、イチョウなどは隠れた京都の名所でもある

    甲子園球場6個分の広大な敷地に約1万2,000種類、12万本の植物が植えられており、日本最大級の「観覧温室」や、日本各地の山野植物、絶滅危惧種などの貴重な植物、開園当初からの「くすのき並木」などがあり、春の桜や秋のモミジ、イチョウなどは隠れた京都の名所でもある

  • 「ワイルドガーデン」<br />北山門を入ってすぐの所にあり、石組や樹木の間に、サルビアやトケイソウ、ハボタン、クリスマスローズなど一年草や宿根草のある庭園

    「ワイルドガーデン」
    北山門を入ってすぐの所にあり、石組や樹木の間に、サルビアやトケイソウ、ハボタン、クリスマスローズなど一年草や宿根草のある庭園

  • 一際目立つ「シマモミジ」(ユサン)<br />日本では珍しい、台湾・中国に自生するマツ科の常緑樹大木で、台湾から移植し樹齢70年、別名「アブラスギ」とも呼ばれ、油分が多く、根は精油、種は薬用として利用する

    一際目立つ「シマモミジ」(ユサン)
    日本では珍しい、台湾・中国に自生するマツ科の常緑樹大木で、台湾から移植し樹齢70年、別名「アブラスギ」とも呼ばれ、油分が多く、根は精油、種は薬用として利用する

  • 「クリスマスローズ」<br />ヨーロッパでは花の少ないクリスマスの時期に、バラのような花が咲くことから命名されたが、日本では2月下旬から咲き始める

    「クリスマスローズ」
    ヨーロッパでは花の少ないクリスマスの時期に、バラのような花が咲くことから命名されたが、日本では2月下旬から咲き始める

  • 「ナルキッスス カンタブリクス」<br />ナルキッススはスイセンで、これはスイセンの原種

    「ナルキッスス カンタブリクス」
    ナルキッススはスイセンで、これはスイセンの原種

  • 「サクラ品種見本園」<br />園内には180品種500本のサクラの木があり、早咲きから遅咲き迄、いろんな種類の桜が楽しめる

    「サクラ品種見本園」
    園内には180品種500本のサクラの木があり、早咲きから遅咲き迄、いろんな種類の桜が楽しめる

  • 「つばき園」<br />古典品種から現代の品種まで250品種600本が一堂に見れる

    「つばき園」
    古典品種から現代の品種まで250品種600本が一堂に見れる

  • 「菊冬至」(きくとうじ)菊が咲き終わる頃に咲き始める椿<br />椿の名前は、寒椿、藪椿、侘助などはポピュラーなところで分かるが、数寄屋、有楽、雪月花、光源氏、白羽衣、絵日傘、細雪など、名前を見るだけでも楽しい

    「菊冬至」(きくとうじ)菊が咲き終わる頃に咲き始める椿
    椿の名前は、寒椿、藪椿、侘助などはポピュラーなところで分かるが、数寄屋、有楽、雪月花、光源氏、白羽衣、絵日傘、細雪など、名前を見るだけでも楽しい

  • 「桃色雪中花」(モモイロセッチュウカ)雪の中に鮮やかな桃色の早咲き椿

    「桃色雪中花」(モモイロセッチュウカ)雪の中に鮮やかな桃色の早咲き椿

  • 「広葉樹・針葉樹林」<br />キササゲやカツラ、スギやマツなど、開園当初からの高木の自然林

    「広葉樹・針葉樹林」
    キササゲやカツラ、スギやマツなど、開園当初からの高木の自然林

  • 「なからぎの池」<br />もともとこの地は、神木が流れついたということから「流木(ながれぎ)神社」の森と言われたが、洪水で流されるのを嫌って「流木」(ながれぎ)を「半木」(なからぎ)に変えたという「半木神社」と「半木の森」があった所で、今でも園内の鎮守社として上賀茂神社末社の「半木神社」が鎮座し、神社を取り囲む池の周りは紅葉の時期になると真っ赤に染まる

    「なからぎの池」
    もともとこの地は、神木が流れついたということから「流木(ながれぎ)神社」の森と言われたが、洪水で流されるのを嫌って「流木」(ながれぎ)を「半木」(なからぎ)に変えたという「半木神社」と「半木の森」があった所で、今でも園内の鎮守社として上賀茂神社末社の「半木神社」が鎮座し、神社を取り囲む池の周りは紅葉の時期になると真っ赤に染まる

  • 「四季彩の丘」(しきいろどりのおか)<br />英国風庭園や水生植物、有用植物など変化に富んだ自然環境を再現し、四季折々の植物を楽しめる

    「四季彩の丘」(しきいろどりのおか)
    英国風庭園や水生植物、有用植物など変化に富んだ自然環境を再現し、四季折々の植物を楽しめる

  • 「絶滅危惧種園」や「中国植物園」<br />日本の貴重な植物や中国原産のハンカチの木など「中国植物園」もある

    「絶滅危惧種園」や「中国植物園」
    日本の貴重な植物や中国原産のハンカチの木など「中国植物園」もある

  • 「ロウバイ」(蝋梅)<br />咲遅れの梅の代わりに、存在感を示しているのは「ロウバイ」、蝋細工のような花が美しい *「ロウバイ」はウメ、ツバキ、スイセンとともに「雪中四花」と呼ばれ冬の花の代表

    「ロウバイ」(蝋梅)
    咲遅れの梅の代わりに、存在感を示しているのは「ロウバイ」、蝋細工のような花が美しい *「ロウバイ」はウメ、ツバキ、スイセンとともに「雪中四花」と呼ばれ冬の花の代表

  • 「コサルスベリ」(小百日紅)<br />紅い「サルスベリ」と白い「シマサルスベリ」の交雑種で、別名「ムラサキサルスベリ」

    「コサルスベリ」(小百日紅)
    紅い「サルスベリ」と白い「シマサルスベリ」の交雑種で、別名「ムラサキサルスベリ」

  • 「桜林」<br />10種の野生種と、数百の栽培種がある桜の中で、200種類500本を植えており、3月上旬の寒緋桜から4月上旬のソメイヨシノ、八重紅しだれ、4月下旬の菊桜まで、長期にわたり花見を楽しむことができる

    「桜林」
    10種の野生種と、数百の栽培種がある桜の中で、200種類500本を植えており、3月上旬の寒緋桜から4月上旬のソメイヨシノ、八重紅しだれ、4月下旬の菊桜まで、長期にわたり花見を楽しむことができる

  • 「正門」方面<br />正門を出た賀茂川沿いの「半木(なからぎ)の道」沿いの桜も見ごたえがある<br />

    「正門」方面
    正門を出た賀茂川沿いの「半木(なからぎ)の道」沿いの桜も見ごたえがある

  • 「サンシュユ」(山茱萸)<br />ロウバイにも似た黄色い花を早春に咲かせ、「ハルコガネバナ」(春黄金花)とか、秋に熟する果実を珊瑚に見立てて「アキサンゴ」(秋珊瑚)とも呼ばれる

    「サンシュユ」(山茱萸)
    ロウバイにも似た黄色い花を早春に咲かせ、「ハルコガネバナ」(春黄金花)とか、秋に熟する果実を珊瑚に見立てて「アキサンゴ」(秋珊瑚)とも呼ばれる

  • 「梅林」<br />開花時期が遅れているが、60品種100本の梅の木がある

    「梅林」
    開花時期が遅れているが、60品種100本の梅の木がある

  • 「植物生態園」<br />樹木林の中に湿地や砂地などを設け、日本各地の山野に自生する絶滅危惧種を含めた1,000種類の樹木や草本類を自然に近い状態で植栽している<br /><br /><br />

    「植物生態園」
    樹木林の中に湿地や砂地などを設け、日本各地の山野に自生する絶滅危惧種を含めた1,000種類の樹木や草本類を自然に近い状態で植栽している


  • 「セツブンソウ」(節分草)<br />節分のころに花が咲く、日本固有種で京都市域では絶滅寸前の貴重な植物

    「セツブンソウ」(節分草)
    節分のころに花が咲く、日本固有種で京都市域では絶滅寸前の貴重な植物

  • 早春のセツブンソウ、フクジュソウ、春のクリンソウ、ミズバショウ、初夏のヤマユリ、ハンゲショウ、夏のキキョウ、カワラナデシコ、秋のフジバカマ、オミナエシなど、何でもあるので四季を通じて楽しめる

    早春のセツブンソウ、フクジュソウ、春のクリンソウ、ミズバショウ、初夏のヤマユリ、ハンゲショウ、夏のキキョウ、カワラナデシコ、秋のフジバカマ、オミナエシなど、何でもあるので四季を通じて楽しめる

  • 手軽に尾瀬のミズバショウを見に行った気分が味わえる

    手軽に尾瀬のミズバショウを見に行った気分が味わえる

  • 「早春の草花展」<br />2月7日~3月9日まで開催

    「早春の草花展」
    2月7日~3月9日まで開催

  • パンジー、ビオラ、ストック、菜の花など早春の草花100種10,000株を展示している

    パンジー、ビオラ、ストック、菜の花など早春の草花100種10,000株を展示している

  • 「十二支の日時計」で終了、歩行距離約2km、2時間<br />ステンレスのワイヤーアートで、2022年京都洛北ロータリー倶楽部40周年寄贈<br />

    「十二支の日時計」で終了、歩行距離約2km、2時間
    ステンレスのワイヤーアートで、2022年京都洛北ロータリー倶楽部40周年寄贈

  • 12:30「天壇」<br />近くの「北山キャピタル東洋亭本店」のハンバーグか、「天壇」の焼肉か、迷ったが、「天壇」のランチは河原町の祇園本店ではやってないので、「天壇」に決定

    12:30「天壇」
    近くの「北山キャピタル東洋亭本店」のハンバーグか、「天壇」の焼肉か、迷ったが、「天壇」のランチは河原町の祇園本店ではやってないので、「天壇」に決定

  • 「天壇」は1965年創業の京都焼肉名門店で、祇園本店、桂五条店、山科店、草津店の他、東京にも「叙々苑」に対抗して銀座店、赤坂店を展開、「北山店」は2018年出店でまだ新しく、夏になると屋上4階で、植物園の森林をを見ながらバーベキューも楽しめる

    「天壇」は1965年創業の京都焼肉名門店で、祇園本店、桂五条店、山科店、草津店の他、東京にも「叙々苑」に対抗して銀座店、赤坂店を展開、「北山店」は2018年出店でまだ新しく、夏になると屋上4階で、植物園の森林をを見ながらバーベキューも楽しめる

  • 「天壇」の売りは、「お出汁で食べる焼肉」で、天壇秘伝のつけタレで味付けした肉を、「洗いダレ」と呼ばれるお出汁で食べるスタイル、このお出汁が、牛肉を煮込んで旨みを抽出し、少し酸味のあるさっぱりした黄金色のタレになっていて美味しい

    「天壇」の売りは、「お出汁で食べる焼肉」で、天壇秘伝のつけタレで味付けした肉を、「洗いダレ」と呼ばれるお出汁で食べるスタイル、このお出汁が、牛肉を煮込んで旨みを抽出し、少し酸味のあるさっぱりした黄金色のタレになっていて美味しい

  • 店舗内は、煙の匂いが残らない設備で、焼肉屋らしくない清潔な高級感が漂う

    店舗内は、煙の匂いが残らない設備で、焼肉屋らしくない清潔な高級感が漂う

  • 「赤身肉のランチ」を注文<br />ワカメスープ、キムチ、ナムル、しぐれ煮、サラダも美味しく、お代り自由のご飯を思わず要求

    「赤身肉のランチ」を注文
    ワカメスープ、キムチ、ナムル、しぐれ煮、サラダも美味しく、お代り自由のご飯を思わず要求

  • 「吉田山緑地」(都市公園)<br />13:30地下鉄で北山~今出川から、市バスで北白川バス停へ移動

    「吉田山緑地」(都市公園)
    13:30地下鉄で北山~今出川から、市バスで北白川バス停へ移動

  • 「茂庵」へのルートは4通り、吉田神社表参道コース、真如堂コース、銀閣寺コースとあり、いずれも15分くらいかかるが、今回は北白川・北参道コースを選択

    「茂庵」へのルートは4通り、吉田神社表参道コース、真如堂コース、銀閣寺コースとあり、いずれも15分くらいかかるが、今回は北白川・北参道コースを選択

  • 14:00 北白川バス停前「吉田神社北参道口」鳥居から「吉田山」へ<br />「吉田山」は標高105mの丘陵で、東山三十六峰に数えられ、平安京の中心線となる朱雀大路の北の基準点となった「船岡山」(112m)と、東西に結んだ線上に平安京大極殿が配置された「双ヶ岡」(116m)と並び、平安京「葛野三山」(かどのさんざん)として京都のランドマークともなっている

    14:00 北白川バス停前「吉田神社北参道口」鳥居から「吉田山」へ
    「吉田山」は標高105mの丘陵で、東山三十六峰に数えられ、平安京の中心線となる朱雀大路の北の基準点となった「船岡山」(112m)と、東西に結んだ線上に平安京大極殿が配置された「双ヶ岡」(116m)と並び、平安京「葛野三山」(かどのさんざん)として京都のランドマークともなっている

  • 「吉田山山頂」へ約20分歩く<br />「吉田山」は、神が集いし岡で「神楽岡」(かぐらおか)と呼ばれた聖地で、歴史的には京の都の鬼門にあたる東北の地で王城鎮護と崇められ、平安時代に鎮守神として藤原氏の氏神である奈良春日大社から勧請し創建された「吉田神社」が鎮座しているので、皇室の崇敬が極めて厚く、室町時代に神主・吉田兼倶(よしだかねとも)が吉田神道を創設してからは、神道界に絶大なる権威を得て隆盛を極め、山地の大半が吉田神社の神苑だったが、明治になって縮小され、大文字を眺めることができる東側斜面は高級住宅街となり、西側は京都大学学生街となった

    「吉田山山頂」へ約20分歩く
    「吉田山」は、神が集いし岡で「神楽岡」(かぐらおか)と呼ばれた聖地で、歴史的には京の都の鬼門にあたる東北の地で王城鎮護と崇められ、平安時代に鎮守神として藤原氏の氏神である奈良春日大社から勧請し創建された「吉田神社」が鎮座しているので、皇室の崇敬が極めて厚く、室町時代に神主・吉田兼倶(よしだかねとも)が吉田神道を創設してからは、神道界に絶大なる権威を得て隆盛を極め、山地の大半が吉田神社の神苑だったが、明治になって縮小され、大文字を眺めることができる東側斜面は高級住宅街となり、西側は京都大学学生街となった

  • 途中で休憩して、京都市街展望<br />吉田山山麓には、明治27年(1894)に旧制第三高等学校が開校され、1897年に京都帝国大学に、1947年京都大学に改称 *学生数は22,000人(立命館 35,000人、同志社 29,000人、龍谷 20,000人)

    途中で休憩して、京都市街展望
    吉田山山麓には、明治27年(1894)に旧制第三高等学校が開校され、1897年に京都帝国大学に、1947年京都大学に改称 *学生数は22,000人(立命館 35,000人、同志社 29,000人、龍谷 20,000人)

  • 右手方面「吉田神社」<br />「吉田神社」は朱塗の4棟が並ぶ春日造りの「本宮」と、吉田神道の根元殿堂として造営された「斎場所太元宮」(さいじょうしょだいげんぐう)の他、吉田兼倶を祀った「神竜社」(かむたつしゃ)や、この地域の氏神である神楽岡社(かぐらおかしゃ)、伊勢の内外宮を祀った伊勢二宮まで、様々な神が祀られ、まさに神集う「神楽岡」となっている

    右手方面「吉田神社」
    「吉田神社」は朱塗の4棟が並ぶ春日造りの「本宮」と、吉田神道の根元殿堂として造営された「斎場所太元宮」(さいじょうしょだいげんぐう)の他、吉田兼倶を祀った「神竜社」(かむたつしゃ)や、この地域の氏神である神楽岡社(かぐらおかしゃ)、伊勢の内外宮を祀った伊勢二宮まで、様々な神が祀られ、まさに神集う「神楽岡」となっている

  • 「茂庵」の標識<br />「吉田山」は、平安時代には桓武天皇が猟をしていたが、吉田神社が出来てからは大半が「神苑」だったところに、明治になって「茶苑」が出来た

    「茂庵」の標識
    「吉田山」は、平安時代には桓武天皇が猟をしていたが、吉田神社が出来てからは大半が「神苑」だったところに、明治になって「茶苑」が出来た

  • 「茂庵」入り口、左手直進すると「吉田山山頂」<br />山頂は「五山の送り火」の絶好の観賞スポット

    「茂庵」入り口、左手直進すると「吉田山山頂」
    山頂は「五山の送り火」の絶好の観賞スポット

  • 木立の間に見える山荘のような建物が「茂庵」<br />吉田山は大正11年(1922)から住居開発が進み財界人の山荘や茶室が設けられたが、その中で実業家で茶人の「谷川茂次郎」が、北東部斜面一帯を買い取り大正15年までに広大な敷地に茶席の場としての建物を造営した

    木立の間に見える山荘のような建物が「茂庵」
    吉田山は大正11年(1922)から住居開発が進み財界人の山荘や茶室が設けられたが、その中で実業家で茶人の「谷川茂次郎」が、北東部斜面一帯を買い取り大正15年までに広大な敷地に茶席の場としての建物を造営した

  • 大正期に建てられた建物は、「国登録有形文化財」(建造物)<br />「茂庵」は、当時 8棟の茶室と月見台や楼閣もあって、大規模な茶会が開かれたが、現在は母屋(おもや)と2棟の茶室と待合のみが残っており、その内の母屋をカフェとして活用し、茶室もレンタルスペースとしてお茶会や結婚式パーティ会場などに開放されている

    大正期に建てられた建物は、「国登録有形文化財」(建造物)
    「茂庵」は、当時 8棟の茶室と月見台や楼閣もあって、大規模な茶会が開かれたが、現在は母屋(おもや)と2棟の茶室と待合のみが残っており、その内の母屋をカフェとして活用し、茶室もレンタルスペースとしてお茶会や結婚式パーティ会場などに開放されている

  • 「茂庵」は、創建者の「谷川茂次郎」からの命名<br />「谷川茂次郎」(1862-1940)は、八瀬大原出身で明治34年(1901)大阪で新聞用紙を扱う運輸業を興し、新聞業界の発展と共に新聞社と製紙会社の間で絶大な信頼を得て成長し、現在の「谷川運輸倉庫株式会社」(本社中之島)を立ち上げ、事業に成功した後に取引先の勧めで茶道を始め、裏千家に入門して強力に支援し発展に貢献したことから「今日庵」の老分(長老)として遇され、数奇者(すきしゃ:風流を好む者)としても造詣を深め、大正15年(64歳)までに吉田山の敷地を買取り広大な森の茶苑を築き、たびたびお茶会を催して多くの人と交流を深めた

    「茂庵」は、創建者の「谷川茂次郎」からの命名
    「谷川茂次郎」(1862-1940)は、八瀬大原出身で明治34年(1901)大阪で新聞用紙を扱う運輸業を興し、新聞業界の発展と共に新聞社と製紙会社の間で絶大な信頼を得て成長し、現在の「谷川運輸倉庫株式会社」(本社中之島)を立ち上げ、事業に成功した後に取引先の勧めで茶道を始め、裏千家に入門して強力に支援し発展に貢献したことから「今日庵」の老分(長老)として遇され、数奇者(すきしゃ:風流を好む者)としても造詣を深め、大正15年(64歳)までに吉田山の敷地を買取り広大な森の茶苑を築き、たびたびお茶会を催して多くの人と交流を深めた

  • カフェ「茂庵」は、お孫さんが開設<br />創建者の死後は数十年間閉鎖されていたが、孫にあたる「谷川次郎」さんが、この広大な茶苑を後世に繋ぎたいという思いで、当時食堂として使われていた「母屋」を、カフェとしてオープンさせ、しばらく人気店になっていたが 2022年に閉店、惜しまれていたところ、半年後の2023年に予約制で再開し、2024年5月からは母屋のカフェと他の2つの茶室も含めてレンタルスペースとする新しい業態で復活した

    カフェ「茂庵」は、お孫さんが開設
    創建者の死後は数十年間閉鎖されていたが、孫にあたる「谷川次郎」さんが、この広大な茶苑を後世に繋ぎたいという思いで、当時食堂として使われていた「母屋」を、カフェとしてオープンさせ、しばらく人気店になっていたが 2022年に閉店、惜しまれていたところ、半年後の2023年に予約制で再開し、2024年5月からは母屋のカフェと他の2つの茶室も含めてレンタルスペースとする新しい業態で復活した

  • 復活のキーマンは京都の不動産業者「八清」(はちせ)<br />カフェ「茂庵」の運営は創建者の孫にあたる谷川次郎氏が経営する「ヤマチカ」だが、コロナの影響もあって経営困難になり、この魅力的な立地と登録有形文化財にも指定されている建物を維持管理するための方策について、町家の再生をしている「八清」に相談し、カフェを含め、空いている茶室2棟も活用することを考え、これを協業で進めることにしたという

    復活のキーマンは京都の不動産業者「八清」(はちせ)
    カフェ「茂庵」の運営は創建者の孫にあたる谷川次郎氏が経営する「ヤマチカ」だが、コロナの影響もあって経営困難になり、この魅力的な立地と登録有形文化財にも指定されている建物を維持管理するための方策について、町家の再生をしている「八清」に相談し、カフェを含め、空いている茶室2棟も活用することを考え、これを協業で進めることにしたという

  • 「株式会社 八清」(本社:東洞院通高辻)<br />昭和31年(1956)創立の不動産業者で、最近は京町家の再生販売に力を注ぎ、京町家の販売件数は600軒を超えるという、HPには「1956年から不動産業者として京都のまちの移り変わりを見つめてきて、現在は京町家をはじめとする中古建物の古きよき魅力を大切にし、リノベーションによる古家・空き家の再生販売を中心に事業展開し、単に再生・流通させるだけでなく、地域やまち並みになじむ活用を模索し、この先も受け継がれる京都のまちづくりの一角を担います」とあり、今後の発展に期待したい

    「株式会社 八清」(本社:東洞院通高辻)
    昭和31年(1956)創立の不動産業者で、最近は京町家の再生販売に力を注ぎ、京町家の販売件数は600軒を超えるという、HPには「1956年から不動産業者として京都のまちの移り変わりを見つめてきて、現在は京町家をはじめとする中古建物の古きよき魅力を大切にし、リノベーションによる古家・空き家の再生販売を中心に事業展開し、単に再生・流通させるだけでなく、地域やまち並みになじむ活用を模索し、この先も受け継がれる京都のまちづくりの一角を担います」とあり、今後の発展に期待したい

  • 「1階待合室」<br />カフェとしているのは、お茶会のときに食事(点心)を味わってもらうために建てたという「点心席」で、1階は厨房で入り口には待合室もあるが、幸い待ち時間なしで、階段を上がって2階のカフェスペースへ行く

    「1階待合室」
    カフェとしているのは、お茶会のときに食事(点心)を味わってもらうために建てたという「点心席」で、1階は厨房で入り口には待合室もあるが、幸い待ち時間なしで、階段を上がって2階のカフェスペースへ行く

  • 階段を上がったところには時節柄「ひな飾り」があり、レトロモダンな照明も絵になる

    階段を上がったところには時節柄「ひな飾り」があり、レトロモダンな照明も絵になる

  • 肩を並べて座れる2人掛けソファもあり、昔に戻りたい気分になる<br />窓ガラスは全てゆらぎのある「大正ガラス」で、大正建築の味わいを出している

    肩を並べて座れる2人掛けソファもあり、昔に戻りたい気分になる
    窓ガラスは全てゆらぎのある「大正ガラス」で、大正建築の味わいを出している

  • 母屋2階は、山小屋風の広々としたスペースで、天井も高く、全面大きな窓になっていて開放感たっぷり、外の新緑を眺めながらゆったりと寛げる

    母屋2階は、山小屋風の広々としたスペースで、天井も高く、全面大きな窓になっていて開放感たっぷり、外の新緑を眺めながらゆったりと寛げる

  • 西側のカウンター席からは、木立の間から、東側には大文字山、西側には京都御苑や京都市街、晴れた日には遠く愛宕山まで一望できて、インバウンドで賑わう街の喧騒からは信じられない、静寂感あふれる至福の一時を味わえる

    西側のカウンター席からは、木立の間から、東側には大文字山、西側には京都御苑や京都市街、晴れた日には遠く愛宕山まで一望できて、インバウンドで賑わう街の喧騒からは信じられない、静寂感あふれる至福の一時を味わえる

  • 窓に映る緑の景色や、青い空に浮かぶ白い雲を眺めているだけで、眼の癒し効果になるし、身心のヒーリング効果にもなる

    窓に映る緑の景色や、青い空に浮かぶ白い雲を眺めているだけで、眼の癒し効果になるし、身心のヒーリング効果にもなる

  • アールグレーの紅茶・季節の御干菓子付きを注文

    アールグレーの紅茶・季節の御干菓子付きを注文

  • 2階カフェから東側茶席側

    2階カフェから東側茶席側

  • 2階カフェから玄関正面側

    2階カフェから玄関正面側

  • 外に出て北側トイレ側

    外に出て北側トイレ側

  • 母屋建物東側<br />2階建、寄棟造、銅板葺で全体が丸太で構成され、東側1階は清水寺の舞台のような懸崖造りになっている

    母屋建物東側
    2階建、寄棟造、銅板葺で全体が丸太で構成され、東側1階は清水寺の舞台のような懸崖造りになっている

  • 東側に降りると茶席が見える

    東側に降りると茶席が見える

  • 敷地内にはもともと茶席が8席あったが、現在残っているのは2席のみで、「田舎席」(いなかせき)と「静閑亭」(せいかんてい)

    敷地内にはもともと茶席が8席あったが、現在残っているのは2席のみで、「田舎席」(いなかせき)と「静閑亭」(せいかんてい)

  • 「待合」<br />現在残る2つの茶室のものではなく、山頂にあった「本席」に付属する待合らしい、これも登録有形文化財(建造物)

    「待合」
    現在残る2つの茶室のものではなく、山頂にあった「本席」に付属する待合らしい、これも登録有形文化財(建造物)

  • 「静閑亭」(せいかんてい)<br />8畳の主室に水屋が接続する茶室<br />

    「静閑亭」(せいかんてい)
    8畳の主室に水屋が接続する茶室

  • 内部には入れないが、解説によると、8畳の主室は曲木を組み合わせた梁組で、大床と平書院風の窓があり、レトロなタイルが貼られた地下室があるのが特徴で、ワインセラーとして使ったといわれる

    内部には入れないが、解説によると、8畳の主室は曲木を組み合わせた梁組で、大床と平書院風の窓があり、レトロなタイルが貼られた地下室があるのが特徴で、ワインセラーとして使ったといわれる

  • 少し離れたところに「田舎席」

    少し離れたところに「田舎席」

  • 途中に何故か「凌雲寺」というお寺がある(詳細不明)

    途中に何故か「凌雲寺」というお寺がある(詳細不明)

  • 「田舎席」(いなかせき)<br />6畳と4畳半間からなる茶室で、崖造りのウッドデッキからは大文字山(如意ヶ岳)を望む

    「田舎席」(いなかせき)
    6畳と4畳半間からなる茶室で、崖造りのウッドデッキからは大文字山(如意ヶ岳)を望む

  • (文化遺産解説によると)6畳の茶席を中心に、4畳半の前室、水屋、台所、風呂場からなり、躙口(にじりぐち)を構えた東面北端の壁に織部板の床の間、東端半間を垂れ壁で区切り、北半間を網代天井、南1間を化粧屋根裏とする

    (文化遺産解説によると)6畳の茶席を中心に、4畳半の前室、水屋、台所、風呂場からなり、躙口(にじりぐち)を構えた東面北端の壁に織部板の床の間、東端半間を垂れ壁で区切り、北半間を網代天井、南1間を化粧屋根裏とする

  • レンタル料金は、(平日1日)母屋 10万円(収容人数20人)、田舎席 5万円(10人)、静閑亭 3万円(8人)

    レンタル料金は、(平日1日)母屋 10万円(収容人数20人)、田舎席 5万円(10人)、静閑亭 3万円(8人)

  • 東側銀閣寺バス停方面に下ると、茂二郎が高級借家住宅街として開発した銅ぶき屋根の「谷川住宅群」があり、同時期に東伏見宮邸跡に建設された「吉田山荘」(料理旅館)もある

    東側銀閣寺バス停方面に下ると、茂二郎が高級借家住宅街として開発した銅ぶき屋根の「谷川住宅群」があり、同時期に東伏見宮邸跡に建設された「吉田山荘」(料理旅館)もある

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この旅行記へのコメント (1)

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  • たらよろさん 2025/03/25 20:46:50
    天壇♪
    こんばんは、Bachさん

    その昔は、京都で高級焼肉といえば天壇だったなぁ~。
    と思いながら、旅行記を拝見しました。
    最近食べてないなぁーと。
    あの何ともいえない出汁風味のタレ。
    だんだんと付けているうちにドロっとしてくるのがまた美味しいんだよなぁ。
    久しぶりに食べたくなりました!!

    たらよろ

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