戸畑・八幡・黒崎旅行記(ブログ) 一覧に戻る
2023年4月8日(土)午後の3時半前、若松駅から次の目的地の皿倉山へ向かう。ここからJR筑豊本線若松線で折尾に出て、鹿児島本線に乗り換え、八幡駅から皿倉山ケーブルカーの無料シャトルバスでケーブルカー乗場に向かおうとしていたのだが、馬鹿なミスをしてしまう。<br /><br />折尾駅はこれまで電車で通ったことはあっても乗り換えるのは初めてと云うことが理由になるかどうかは分からないが、乗り換え先の鹿児島本線のホームをなぜか間違えてしまい、気が付いて正しいホームに駆け付けたのだが、乗ろうと思ってた電車にわずかに間に合わなかった。2年半過ぎても、未だに情けないと思うミス。<br /><br />皿倉山の後のスケジュールの都合で、4時20分のケーブルに乗りたかったのだが、次の電車では無理。約30分あるので、タクシーでケーブル乗場に直行すれば間に合うかもしれないと、この2度目のタクシー利用を決断する。<br /><br />駅前でタクシーはすぐに乗れて、皿倉山のケーブル乗場を目指す。運転手さん、無理はしないように頼んだが、頑張って間に合うように運転してくれた。しかし、結果はほんとうにわずかだが、間に合わず。ちょうど出て行ったところだった。信号待ち1つだったと思う。<br /><br />結局乗りたかった便の1本後の4時40分発に乗ったのだが、後で調べてみると、それなら折尾から次の電車でも40分発に間に合うシャトルバスに乗れたので、無駄な3570円だった。ああ、悔しい~<br /><br />皿倉山は北九州市の真ん中辺りの西側、洞海湾の南岸の八幡地区の南に連なる帆柱山系の山。標高622m。その名は、この山に登った神功皇后が下山するときには日が暮れていて「更に暮れたり」と云ったことから、この一帯が更暮山または更暗山と呼ばれ、それが更倉山、皿倉山に転じたと云う。<br /><br />権現山、帆柱山、花尾山などとともに帆柱山系を形成し、北九州国定公園の一部を成している。「帆柱」の名も神功皇后由来で、朝鮮出兵の際に、この山から船の帆柱を切り出したことに由来すると伝えられている。<br /><br />皿倉山は八幡東区に属する。北九州市を構成する7区の行政区の一つ。門司区以外の他の5つの区に囲まれている。ただし、若松区とは地続きでなく洞海湾を挟んでいる。概ね旧八幡市の東半分を占める。1901年(明治34年)の官営八幡製鉄所の創業以来、製鉄業で栄えた街。電車で通過した以外で来るのは初めて。<br /><br />「八幡」の名は、1889年(明治22年)の尾倉村・大蔵村・枝光村の3村合併の際に、3村ともに産土神様の八幡神社を祭っていたので、新村の名にしたと云われる。京都に今もある八幡市は「やわた」だが、北九州は「やはた」。<br /><br />1900年(明治33年)に町制施行、1917年(大正6年)に市制施行。その後黒崎町や折尾町などの周辺町村を編入。1963年(昭和38年)に小倉市・門司市・戸畑市・若松市との合併により北九州市となり、八幡市は八幡区となる。1974年(昭和49年)に桃園公園西側の道路を境に八幡東区と八幡西区に分区された。<br /><br />面積約36平方mは北九州市7区で戸畑区に次いで小さい。人口約6万人も戸畑区に次いで少ない。分区直後の1975年には12万人を越えていたが、少子高齢化が顕著で50年で半減している。<br /><br />政治家の舛添要一(48年生れ)は区内の祝町小学校、大蔵中学、八幡高校を卒業して東京大学に進んだ。「キャッツ・アイ」や「シティーハンター」で有名な漫画家の北条司(59年早生れ)は小倉出身だが、中学校は区内の高見中学で、小倉北区の九州工業高校へ進んだ。ブレーブスやホークスなどで史上最高のスイッチヒッターと称されて活躍した松永浩美(60年生れ)は槻田中学から小倉北区の小倉工業高校に進んだ。<br /><br />サッカー元日本代表の永井謙佑(89年生れ)は広島県福山生れだが、3歳からブラジルで暮らし、8歳で帰国し八幡西区に住み、区内の九州国際大学付属高校を卒業後、福岡大学に進んだ。俳優から演出家など多才な松尾スズキ(62年生れ)、俳優の板谷由夏(75年生れ)、バドミントンの潮田玲子(83年生れ)に松山奈未(98年生れ)も同じ高校。<br /><br />20分発のケーブルに乗れなかったので、けっこう待って40分発のケーブルに乗る。皿倉山ケーブルカー、正式には皿倉登山鉄道帆柱ケーブル線はこの山麓駅と9合目付近の山上駅との1.1kmを結んでいる。1067㎜の狭軌で、高低差は約440mで、最高勾配は528‰。開業は1957年。山頂までの往復で920円。<br /><br />運営している皿倉登山鉄道は1957年に八幡製鉄や西日本鉄道などの地元に関連する民間企業と八幡市が共同で帆柱ケーブル(株)として設立された。1982年に北九州市の100%出資となり、2015年に現社名に変更した。<br /><br />乗車したケーブカーは、2001年に投入されたスイスCWA社製の車両で、天井が全面サンルーフとなっている(下の写真1)。定員は112名。乗ったのは青色塗装された「かなた」で、黄色塗装の「はるか」と途中ですれ違った。この車両は照明等の電源を蓄電池から得るため、架線・架線柱が撤去され、眺望が改善されたそうで、確かに洞海湾や若戸大橋、若松半島がきれいに見えた。<br /><br />約6分で山上駅に到着、すぐに山頂の展望台駅までを結ぶ皿倉山スロープカーに乗り換える。2007年にそれまであった帆柱スカイラインリフトの後継として開業したもので、鉄道ではなく斜行エレベーター。走行速度は50m/分で、定員が40名。<br /><br />頂上までの159m、傾斜22度、標高差50mを約3分で移動。このエレベーターは1機のみで、途中離合はない。スロープカーからも下界の景色がきれいに見える。ケーブカーからは洞海湾方向しか見えなかったが、スロープカーからは東の関門海峡や西の若松半島の付け根方向も見通せる。<br /><br />4時50分過ぎに山頂の展望台駅に到着。ここには南北朝時代には多良倉城があり、北朝と南朝の壮絶な戦いが繰り広げられた。現在は全く痕跡はなく、多くのテレビ塔が立ち並ぶ。その他、64年の東京オリンピックの時に作られた聖火台や2015年に建てられた天空ドームもある。なお、この後の2025年に絶景の遊び場としてブランコとすべり台が設置されたそうだ。<br /><br />展望台駅のすぐ横には市街地が一望できる展望テラスやレストランとラウンジを持つパノラマ展望台がある。パノラマ展望台から視野角200度に広がる北九州市の夜景は「100億ドルの夜景」とされ、夜景愛好家らに「新日本三大夜景」の一つに選定されている(下の写真2)。<br /><br />計画ではもう1本早く着く予定だったので、そこまでは行く予定だったが、凡ミスで時間が無くなったので、展望台駅から同じような3方向の写真だけ取ってすぐに引き返す。視界が広くなったので、見通せる範囲が広がった。<br /><br />2分足らずの滞在で引き返し、山上駅でケーブルに乗り換えて(下の写真3)、山麓駅に戻る。5分の連絡で八幡駅行の無料シャトルバスに乗車。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.32647488191561126&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />5時半前、10分足らずで八幡駅に到着(下の写真4)。JR九州鹿児島本線の駅。駅名は開設当時の村名。1902年(明治35年)に九州鉄道の駅として開設され、1907年(明治40年)に国有化される。この時点では現在位置より約1km東にあった。1955年に現在地に移転。1987年の国鉄分割民営化によりJR九州の駅となった。<br /><br />島式ホーム2面4線を有する築堤上の高架駅。線路・ホームと駅舎が同じ高さにあり、それらをつなぐ通路と、北口への自由通路(東田方面連絡通路)が築堤の下を通っている。南口の駅舎は2008年にオープンしたもの。地上5階建で、2階から5階は立体駐車場となっている。<br /><br /><br />八幡製鉄所跡に向かうが、続く

福岡 北九州 八幡 皿倉山(Sarakura mountain,Yahata,Kitakyusyu,Fukuoka,Japan)

4いいね!

2023/04/08 - 2023/04/08

172位(同エリア234件中)

旅行記グループ 小倉・吉野ケ里・博多

0

4

ちふゆ

ちふゆさん

2023年4月8日(土)午後の3時半前、若松駅から次の目的地の皿倉山へ向かう。ここからJR筑豊本線若松線で折尾に出て、鹿児島本線に乗り換え、八幡駅から皿倉山ケーブルカーの無料シャトルバスでケーブルカー乗場に向かおうとしていたのだが、馬鹿なミスをしてしまう。

折尾駅はこれまで電車で通ったことはあっても乗り換えるのは初めてと云うことが理由になるかどうかは分からないが、乗り換え先の鹿児島本線のホームをなぜか間違えてしまい、気が付いて正しいホームに駆け付けたのだが、乗ろうと思ってた電車にわずかに間に合わなかった。2年半過ぎても、未だに情けないと思うミス。

皿倉山の後のスケジュールの都合で、4時20分のケーブルに乗りたかったのだが、次の電車では無理。約30分あるので、タクシーでケーブル乗場に直行すれば間に合うかもしれないと、この2度目のタクシー利用を決断する。

駅前でタクシーはすぐに乗れて、皿倉山のケーブル乗場を目指す。運転手さん、無理はしないように頼んだが、頑張って間に合うように運転してくれた。しかし、結果はほんとうにわずかだが、間に合わず。ちょうど出て行ったところだった。信号待ち1つだったと思う。

結局乗りたかった便の1本後の4時40分発に乗ったのだが、後で調べてみると、それなら折尾から次の電車でも40分発に間に合うシャトルバスに乗れたので、無駄な3570円だった。ああ、悔しい~

皿倉山は北九州市の真ん中辺りの西側、洞海湾の南岸の八幡地区の南に連なる帆柱山系の山。標高622m。その名は、この山に登った神功皇后が下山するときには日が暮れていて「更に暮れたり」と云ったことから、この一帯が更暮山または更暗山と呼ばれ、それが更倉山、皿倉山に転じたと云う。

権現山、帆柱山、花尾山などとともに帆柱山系を形成し、北九州国定公園の一部を成している。「帆柱」の名も神功皇后由来で、朝鮮出兵の際に、この山から船の帆柱を切り出したことに由来すると伝えられている。

皿倉山は八幡東区に属する。北九州市を構成する7区の行政区の一つ。門司区以外の他の5つの区に囲まれている。ただし、若松区とは地続きでなく洞海湾を挟んでいる。概ね旧八幡市の東半分を占める。1901年(明治34年)の官営八幡製鉄所の創業以来、製鉄業で栄えた街。電車で通過した以外で来るのは初めて。

「八幡」の名は、1889年(明治22年)の尾倉村・大蔵村・枝光村の3村合併の際に、3村ともに産土神様の八幡神社を祭っていたので、新村の名にしたと云われる。京都に今もある八幡市は「やわた」だが、北九州は「やはた」。

1900年(明治33年)に町制施行、1917年(大正6年)に市制施行。その後黒崎町や折尾町などの周辺町村を編入。1963年(昭和38年)に小倉市・門司市・戸畑市・若松市との合併により北九州市となり、八幡市は八幡区となる。1974年(昭和49年)に桃園公園西側の道路を境に八幡東区と八幡西区に分区された。

面積約36平方mは北九州市7区で戸畑区に次いで小さい。人口約6万人も戸畑区に次いで少ない。分区直後の1975年には12万人を越えていたが、少子高齢化が顕著で50年で半減している。

政治家の舛添要一(48年生れ)は区内の祝町小学校、大蔵中学、八幡高校を卒業して東京大学に進んだ。「キャッツ・アイ」や「シティーハンター」で有名な漫画家の北条司(59年早生れ)は小倉出身だが、中学校は区内の高見中学で、小倉北区の九州工業高校へ進んだ。ブレーブスやホークスなどで史上最高のスイッチヒッターと称されて活躍した松永浩美(60年生れ)は槻田中学から小倉北区の小倉工業高校に進んだ。

サッカー元日本代表の永井謙佑(89年生れ)は広島県福山生れだが、3歳からブラジルで暮らし、8歳で帰国し八幡西区に住み、区内の九州国際大学付属高校を卒業後、福岡大学に進んだ。俳優から演出家など多才な松尾スズキ(62年生れ)、俳優の板谷由夏(75年生れ)、バドミントンの潮田玲子(83年生れ)に松山奈未(98年生れ)も同じ高校。

20分発のケーブルに乗れなかったので、けっこう待って40分発のケーブルに乗る。皿倉山ケーブルカー、正式には皿倉登山鉄道帆柱ケーブル線はこの山麓駅と9合目付近の山上駅との1.1kmを結んでいる。1067㎜の狭軌で、高低差は約440mで、最高勾配は528‰。開業は1957年。山頂までの往復で920円。

運営している皿倉登山鉄道は1957年に八幡製鉄や西日本鉄道などの地元に関連する民間企業と八幡市が共同で帆柱ケーブル(株)として設立された。1982年に北九州市の100%出資となり、2015年に現社名に変更した。

乗車したケーブカーは、2001年に投入されたスイスCWA社製の車両で、天井が全面サンルーフとなっている(下の写真1)。定員は112名。乗ったのは青色塗装された「かなた」で、黄色塗装の「はるか」と途中ですれ違った。この車両は照明等の電源を蓄電池から得るため、架線・架線柱が撤去され、眺望が改善されたそうで、確かに洞海湾や若戸大橋、若松半島がきれいに見えた。

約6分で山上駅に到着、すぐに山頂の展望台駅までを結ぶ皿倉山スロープカーに乗り換える。2007年にそれまであった帆柱スカイラインリフトの後継として開業したもので、鉄道ではなく斜行エレベーター。走行速度は50m/分で、定員が40名。

頂上までの159m、傾斜22度、標高差50mを約3分で移動。このエレベーターは1機のみで、途中離合はない。スロープカーからも下界の景色がきれいに見える。ケーブカーからは洞海湾方向しか見えなかったが、スロープカーからは東の関門海峡や西の若松半島の付け根方向も見通せる。

4時50分過ぎに山頂の展望台駅に到着。ここには南北朝時代には多良倉城があり、北朝と南朝の壮絶な戦いが繰り広げられた。現在は全く痕跡はなく、多くのテレビ塔が立ち並ぶ。その他、64年の東京オリンピックの時に作られた聖火台や2015年に建てられた天空ドームもある。なお、この後の2025年に絶景の遊び場としてブランコとすべり台が設置されたそうだ。

展望台駅のすぐ横には市街地が一望できる展望テラスやレストランとラウンジを持つパノラマ展望台がある。パノラマ展望台から視野角200度に広がる北九州市の夜景は「100億ドルの夜景」とされ、夜景愛好家らに「新日本三大夜景」の一つに選定されている(下の写真2)。

計画ではもう1本早く着く予定だったので、そこまでは行く予定だったが、凡ミスで時間が無くなったので、展望台駅から同じような3方向の写真だけ取ってすぐに引き返す。視界が広くなったので、見通せる範囲が広がった。

2分足らずの滞在で引き返し、山上駅でケーブルに乗り換えて(下の写真3)、山麓駅に戻る。5分の連絡で八幡駅行の無料シャトルバスに乗車。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.32647488191561126&type=1&l=223fe1adec

5時半前、10分足らずで八幡駅に到着(下の写真4)。JR九州鹿児島本線の駅。駅名は開設当時の村名。1902年(明治35年)に九州鉄道の駅として開設され、1907年(明治40年)に国有化される。この時点では現在位置より約1km東にあった。1955年に現在地に移転。1987年の国鉄分割民営化によりJR九州の駅となった。

島式ホーム2面4線を有する築堤上の高架駅。線路・ホームと駅舎が同じ高さにあり、それらをつなぐ通路と、北口への自由通路(東田方面連絡通路)が築堤の下を通っている。南口の駅舎は2008年にオープンしたもの。地上5階建で、2階から5階は立体駐車場となっている。


八幡製鉄所跡に向かうが、続く

  • 写真1 全面サンルーフのケーブルカー

    写真1 全面サンルーフのケーブルカー

  • 写真2 新日本三大夜景

    写真2 新日本三大夜景

  • 写真3 皿倉山ケーブルカー山上駅ホーム

    写真3 皿倉山ケーブルカー山上駅ホーム

  • 写真4 八幡駅

    写真4 八幡駅

4いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

小倉・吉野ケ里・博多

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP