2023/04/08 - 2023/04/08
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ちふゆさん
2023年4月8日(土)午後の3時、若戸渡船で若松渡場に到着。渡場は若戸大橋の若松側の袂、北九州市若松区の中心市街地の東南端にある。
若松区は北九州市を構成する7区の行政区の一つ。北九州市の北西部、洞海湾と響灘に囲まれた若松半島にあり、概ね旧若松市に相当する地区。東部に古墳が散在するなど歴史は古く、自然に恵まれている。北海岸の一部を除いて、臨海部は工場が立地する埋立地で、北九州工業地帯を構成している。
今回は行かなかったが、小学校の修学旅行で若戸大橋を渡った後、若松地区の西側にある高塔山の展望台に行ったことがある。
「若松」という地名は、神話時代(1世紀後半頃)の大和王朝の熊襲(九州南部で王朝に抵抗した人々)征伐の際、洞海湾通行中に霊石を見つけ、神体として祀り、その海辺に小松を植えた。その時、お供が青々とした松と海を前にして、「我が心も若し(私の心も若やぐ)」と詠んだことが由来になったとされる。また、単に若い松が多い所だったからという説もある。
古くは地方の一村落でしかなかったが、江戸時代に石炭産業が発展し、遠賀川上流一帯で産出される石炭の積出で、洞海湾が重要な航路となった。明治になると石炭はますます重要性を増し、若松が最終積出港として発展し、帆船回漕問屋、汽船会社の支店、出張所が次々と設立された。
1889年(明治22年)の明治の大合併により、現在の区域に若松村、石峰村、洞北村、江川村の4村が誕生。2年後に若松村は町制施行して若松町になり、1906年(明治41年)に石峰村と合併、さらに1914年(大正3年)に市制施行する。1931年(昭和6年)に、洞北村と江川村が合併(1908年)して出来ていた島郷村を編入、ほぼ現在の区域となる。1963年に小倉市・八幡市・門司市・戸畑市と合併し、北九州市若松区となる。
面積約72平方mは北九州市7区で真ん中の4番目。半島付け根で八幡西区に接し、洞海湾を西に挟んで戸畑区と、遠賀川・曲川を挟んで水巻町、芦屋町と接する。人口約7万5千人は北九州市7区で5番目で、1965年には10万人を越えていたが、数万人規模の新興住宅地が開発されているにも関わらず減少傾向が続いている。
俳優の天本英世(26年生れ、03年没)は旧制若松中学校(現若松高校)を卒業し、鹿児島の旧制第七高等学校に進学した。元サッカー日本代表の本田泰人(69年生れ)は響南中学卒業後東京の帝京高校に進学した。同じく元代表の本山雅志(79年生れ)は二島小学校、二島中学から福岡市の東福岡高校に進んだ。芸人の吉住(89年生れ)は高須中学、東筑高校から熊本県立大学に進んだ。
若松渡場の待合室の中に火野葦平文学散歩のポスターがある(下の写真1)。小説家の火野葦平も1907年1月若松生れで、旧制小倉中学校(現小倉高校)卒業後、早稲田大学英文科に進んだ。中退後に日中戦争に応召され、応召中の1938年に「糞尿譚」で芥川賞を受賞。
1940年から、行ってないが現在火野葦平旧居として公開されている区内の河伯洞(かはくどう)に住み、戦後に再び流行作家となるが、1960年に河伯洞で睡眠薬自殺した。「麦と兵隊」など兵隊小説作家として知られるが、河童の登場する作品が多く残り、その数は、小説、随筆、童話などで100点を超えるという。
待合室を出ると道路の向かいの洲の口公園の北側に洲口番所跡の碑がある。この辺りは江戸中期の1711年に、福岡藩(黒田藩)が洞海湾を通行する船舶から通行料を徴収したり荷揚げの品物を検査する番所を設置したところ。1877年(明治10年)に廃止された。
洲の口公園の西側は市営駐輪場になっているが、その南側の壁の前に「潮風」の彫刻(下の写真2)。北九州市が1980年から取り組んでいる「彫刻のあるまちづくり」事業の一環として1986年に設置されたもの。作者の大貝滝雄氏は1948年生れ、若松出身の彫刻家。
若松渡場から洞海湾の北岸沿いに走る若松南海岸通りは若松バンドと呼ばれ、この地域が石炭積出港として栄えた大正期の建物群が立ち並んでいる。バンド(bund)とは、東洋の港町の海岸通りや埠頭のこと。港湾機能を持ちながら独自の景観を残す景色は日本唯一で、映画の撮影スポットとしても知られる。
市営駐輪場のすぐ西にある上野ビルは1913年に三菱合資会社若松支店として建てられたもので、国の登録有形文化財。1969年に上野海運の所有となり、現在は貸事務所として使用されている。2025年に上野海運は特別清算を開始したとのニュースあり、現在のオーナーは不明。
三菱合資会社は1893年(明治26年)に設立された三菱財閥の本社。1937年(昭和12年)に三菱社に改組され、1943年に三菱本社と改称したが、戦後の1946年の財閥解体により解散した。
登録有形文化財に指定されてるのは本館だけでなく倉庫棟、旧分析室と門柱及び塀も。本館は煉瓦造の3階建てで、外壁には鉱滓煉瓦が使用されている。倉庫棟は煉瓦造2階建てで、屋根は切妻屋根。旧分析室は木造平屋建ての建物。この建物では、石炭の性質に関する化学分析が行われていた。門柱及び塀は煉瓦造で、正門門柱の高さは2.3m、敷地を囲む塀の長さは115m。
若松バンドを歩き出すと洞海湾の向こう側にこの後行こうと思ってる皿倉山などの帆柱山系の山並みが美しく見える。左側の一番高い山が皿倉山で、右に権現山、帆柱山、花尾山が続く。
旧古河鉱業若松ビルは1919年(大正8年)に建設されたレンガ造り2階建ての建物で、通りを象徴する建築物になっている。建物は前面道路の形状に合わせて平面が鋭角となり、道路が交差する隅の部分に3階建の塔屋を配置。正面玄関を設け、外観は縦長の窓、均等に配された付柱で垂直線を強調している。
建物の腰廻り、2階床部分、軒廻りの装飾は華やか。特に、玄関の庇、塔屋入り口などの細部にはルネサンス様式の意匠が散りばめられ、華麗な外観を形作っている。近代化産業遺産・国有形文化財に指定されており、現在は多目的ホールや会議室などとして利用されている。
さらに先に進むと石炭会館。1905年(明治38年)に若松石炭商同業組合の事務所として建てられたもので、若松区内に現存する洋風建築としては最も古い。その後、1944年(昭和19年)に社団法人若松石炭協会となり、1973年から株式会社石炭会館として、今も事務所に使用されている。
建物の構造は木造2階建で、外装はモルタル塗。壁面には目地を入れ、石造り風の印象を受ける。様式建築の特徴をよく表していて、小さなポーチを持つ玄関が真ん中に位置する左右対称の形をしている。正方形の台座にのせたドリス式に仕立てられた対の円柱があることで、より対称に見える。
その先洞海湾側に旧ごんぞう小屋。「ごんぞう」とは、海上で石炭運搬の本船へ艀に積んだ石炭の積み込む荷役を行う沖仲士のこと。その名の由来には、「ごんず」と云う布で編んだ草鞋を履いていたからとか、「ごんぞう」と云う名の腕力の強い人気者がいたからなどの説がある。
この小屋は、かつて当地にあった彼らの詰め所を模して1896年に復元されたレトロな休憩所。小屋の中には、当時の若松の姿を紹介したパネルなどが展示されており、若松の歴史に触れることができる。
小屋の前には北九州の版画家片山正信氏(1915~2011)の作品で、背後に若松バンドと若戸大橋が美しい。
反対側には弁財天上陸場。「ごんぞう」を始め、当時洞海湾で活躍した人々の乗降や、荷受け作業の場だった。石段式護岸は、1917年(大正6年)頃、当時の若松市が海陸連絡施設として建設した。常夜灯は1921年(大正10年)に地元の商店等によって設立された。
弁財天上陸場からさらに洞海湾沿いに西に進み、メイン道路を道なりに北西に少し進むとJR九州筑豊本線(若松線)の起点の若松駅。筑豊興業鉄道(後に筑豊鉄道に改名)により、1891年(明治24年)に石炭の積み出しを主な目的として開設された。当時の構内は広大で、ほぼ常時日本で一番貨物取り扱いの多い駅だった。
1897年(明治30年)に筑豊鉄道は九州鉄道に買収され、1907年(明治40年)に国有化され、筑豊本線の駅となる。1982年に貨物輸送廃止。1987年の国鉄分割民営化に伴い、JR九州の駅となった。
現在の駅舎は1984年に完成したもの。駅は頭端式ホーム1面2線を有する地上駅(下の写真3)で、南側に1本の側線が存在する。かつては南側に石炭の積出港として広大なヤードを備えていたが、現在は駅前広場等公共施設用地として整備されたり、久岐の浜シーサイドとして数多くのマンションや市営住宅が建設されている。
駅舎南側の久岐の浜広場には若松駅操車場跡碑があり、その前には国鉄9600形蒸気機関車。国鉄の前身である鉄道院が1913年(大正2年)から製造した日本で初めての本格的な貨物列車牽引用のテンダー式蒸気機関車。
誕生当時の正式名が「鉄道院第九六00號形式機関車」だったので、「キューロク」、「クンロク」あるいは「山親爺」と愛称され、四国を除く日本全国で長く使用された。1926年まで製造され、1976年まで使用された。最後の号機は室蘭本線追分駅近くにあった追分機関区の入換用に使われていた。静態保存機は多く、全国各地にある。京都の鉄道博物館にも。
展示されていた19633号機は、1917年(大正6年)に川崎車両で製造され、中部地方で活躍後、戦後若松機関区に配属され、主に筑豊本線の石炭輸送に従事した。1973年の廃車後、駅北側にあった白山公園に保存されていたが、駅周辺再開発によって久岐の浜広場に移動された。
ほぼ放置に近い状態だったそうで、かなり酷い状態だった。実は2020年に食品メーカーの山口油屋福太郎への譲渡が発表され、同社の福岡県添田町の工場内に移設される予定だったが、新型コロナウイルスの影響で中止となり、ここに残っていた。その後、この翌年の2024年に撤去・解体され、前面や動輪などの一部のみ山口油屋福太郎へ譲渡されたそうだ。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.32599845522992060&type=1&l=223fe1adec
駅横のコンビニでお茶を買ってから、若松駅15時26分発の筑豊本線(若松線)折尾行に乗車する。筑豊本線はこの若松駅から筑紫野市の原田(はるだ)駅に至る、25駅66.1kmの路線。1067㎜の狭軌で、若松-中間・鞍手-飯塚間のみ複線であとは単線、折尾・桂川間のみ電化。若松から折尾までの間は若松線、桂川から終点の原田までの間は原田線、折尾・桂川間は鹿児島本線と篠栗線を含めて黒崎・博多間に福北ゆたか線の愛称が付けられている。
1891年(明治24年)に筑豊興業鉄道が若松・直方間を開業。その後、延伸を重ね全線開通は1929年(昭和4年)で、その際に筑豊本線となった。それまでに筑豊興業鉄道は筑豊鉄道に社名変更され、九州鉄道に合併され、国有化され官設鉄道になった。1987年にJR九州に移管。
この若松線は非電化だが、乗るのは電車。初めて乗ったが、蓄電池から供給される電力で走る蓄電池電車のBEC819系電車、愛称「DENCHA(デンチャ)]」(下の写真4)。
蓄電池電車は非電化路線で利用される電車で、近年の技術革新により蓄電池やパワーエレクトロニクスの性能が向上したため、徐々に世界的に増えている。日本ではJR東が2014年に栃木県の烏山線で営業運転を開始した。2017年からは秋田県の男鹿線でも使われている。
BEC819系は鉄道総合技術研究所とJR九州が共同で開発したもので、2016年から若松線で、さらに2019年から香椎線で使用されている。篠栗線(福北ゆたか線)にも走っているが、817系と併結され、蓄電池を使用せずにパンタグラフを上げて架線集電で走行している。
全車日立製作所笠戸事業所で製造されており、2両編成、トイレ付で運用される。車体は「人と地球の未来にやさしい」をコンセプトとし、押しボタン式開閉ドア(スマートドア)や大型液晶ディスプレイの「マルチサポートビジョン」が導入されている。車端部のヴィジョンでは、次駅等の案内と合わせて架線・蓄電池・主電動機等の間のエネルギーの流れが表示される(下の写真5)。2017年に鉄道友の会「第60回ブルーリボン賞」を受賞。
皿倉山に向かうが、続く
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