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柳川の川下りを終えた私たちシニア夫婦は、柳川ならではの「鰻のせいろ蒸し」を戴きに。<br /><br />ココの「うなぎのせいろ蒸し」は、うなぎの蒲焼とご飯を一緒に蒸し上げることを二度行うという独特の調理法で作られる伝統的な郷土料理です。<br /><br />そして永年に渡り柳川城の城主だった立花家の末裔が経営する旅館料亭である「御花」へ。<br /><br />江戸時代中期5代藩主立花貞俶の時、柳川城の二の丸から側室や子息たちの住まいを柳川城近くに建築しました。<br />それが今の「御花」がある所です。<br /><br />明治維新になり伯爵となった14代立花家当主だった立花寛治は、東京から柳川に戻って農業試験場を建設します。<br />その際、立花家の古い屋敷を壊して新邸を建設し明治43年に完成します。<br />それが今の建物です。<br />戦後は財産税と農地改革で困窮を極めた立花家ですが、先祖から残された土地や財産、伝来品を護って行かなくてはならず、16代当主の時に柳川立花邸の屋敷を利用して、昭和25年に料亭「御花」を始めました。<br /><br />江戸時代の建物は残ってはいませんが、お庭は当時の者に近いそうです。<br />季節の花々で彩られるようになったことから、「御花畠」と呼ばれるようになり、今の「御花」になっていったのですね。。。

8日間で福岡県を巡ってみました。22 柳川の鰻~御花

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2025/06/13 - 2025/06/20

58位(同エリア424件中)

nichi

nichiさん

柳川の川下りを終えた私たちシニア夫婦は、柳川ならではの「鰻のせいろ蒸し」を戴きに。

ココの「うなぎのせいろ蒸し」は、うなぎの蒲焼とご飯を一緒に蒸し上げることを二度行うという独特の調理法で作られる伝統的な郷土料理です。

そして永年に渡り柳川城の城主だった立花家の末裔が経営する旅館料亭である「御花」へ。

江戸時代中期5代藩主立花貞俶の時、柳川城の二の丸から側室や子息たちの住まいを柳川城近くに建築しました。
それが今の「御花」がある所です。

明治維新になり伯爵となった14代立花家当主だった立花寛治は、東京から柳川に戻って農業試験場を建設します。
その際、立花家の古い屋敷を壊して新邸を建設し明治43年に完成します。
それが今の建物です。
戦後は財産税と農地改革で困窮を極めた立花家ですが、先祖から残された土地や財産、伝来品を護って行かなくてはならず、16代当主の時に柳川立花邸の屋敷を利用して、昭和25年に料亭「御花」を始めました。

江戸時代の建物は残ってはいませんが、お庭は当時の者に近いそうです。
季節の花々で彩られるようになったことから、「御花畠」と呼ばれるようになり、今の「御花」になっていったのですね。。。

  • 約1時間の川下りを楽しんだ私達は、鰻のランチ。<br />下船したところにあった楠川さん。。<br /><br />相方が事前にネットで調べていましたが、鰻屋さんが多い柳川の中で、比較的にリーズナブルにランチで鰻を戴けるお店です。

    約1時間の川下りを楽しんだ私達は、鰻のランチ。
    下船したところにあった楠川さん。。

    相方が事前にネットで調べていましたが、鰻屋さんが多い柳川の中で、比較的にリーズナブルにランチで鰻を戴けるお店です。

  • 座敷席とテーブル席があって、座席席はインバウンドの方々でほぼ満席。<br />窓際のテーブル席に案内されました。<br />窓の外には川下りの船が見える席です。

    座敷席とテーブル席があって、座席席はインバウンドの方々でほぼ満席。
    窓際のテーブル席に案内されました。
    窓の外には川下りの船が見える席です。

  • うなぎせいろむし 上<br />を2つオーダーしました。

    うなぎせいろむし 上
    を2つオーダーしました。

  • 15分ほど待ってやってきました!<br />蓋を取ると、

    15分ほど待ってやってきました!
    蓋を取ると、

  • せいろにも「楠川」の名前入り。

    せいろにも「楠川」の名前入り。

  • おお~~~<br />金糸玉子が載ってるね~<br /><br />蒲焼のタレをまぶしたご飯に、うなぎの蒲焼と錦糸卵をのせて蒸したお料理です。

    おお~~~
    金糸玉子が載ってるね~

    蒲焼のタレをまぶしたご飯に、うなぎの蒲焼と錦糸卵をのせて蒸したお料理です。

  • 肝吸いのいい香り・・・・<br /><br />うなぎはふっくら。<br />お米一粒一粒までにたれがしみ込んでます。<br />美味しかった~~

    肝吸いのいい香り・・・・

    うなぎはふっくら。
    お米一粒一粒までにたれがしみ込んでます。
    美味しかった~~

  • ランチ後、お隣の御花西洋館へ。<br />鰻屋さんからまっすぐ来たら、横から入っちゃった。

    ランチ後、お隣の御花西洋館へ。
    鰻屋さんからまっすぐ来たら、横から入っちゃった。

  • 内側から正門を撮影。<br />大邸宅だ!

    内側から正門を撮影。
    大邸宅だ!

  • ココは、柳川藩主の末裔、立花家が経営している料亭旅館です。<br />私たちシニア夫婦は、泊るわけでもなく、お食事を戴くわけではありませんが、資料館と庭園を拝見することができます。

    ココは、柳川藩主の末裔、立花家が経営している料亭旅館です。
    私たちシニア夫婦は、泊るわけでもなく、お食事を戴くわけではありませんが、資料館と庭園を拝見することができます。

  • 立花家の資料館から拝見します。

    立花家の資料館から拝見します。

  • チケット購入。<br />藩主の末裔が営むお屋敷とお庭を拝見します。

    チケット購入。
    藩主の末裔が営むお屋敷とお庭を拝見します。

  • 豊臣秀吉の九州征伐際。秀吉の家来だった立花宗茂は、秀吉の家来として活躍し、柳川城の城主となります。<br />関ケ原の戦いで西軍に付いた立花宗茂ですが、徳川幕府の信頼を得て、加藤清正の後押しもあり、再度柳川城主となります。<br />家康からは領地を没収されたものの、二代将軍の秀忠、三代将軍の家光は宗成のことが大好きだったようです。<br />関ケ原の戦いで、西軍に味方しながら敗戦後に10万石を超える所領を拝したのは、丹羽長重と立花宗茂の2人だけんなですね。

    豊臣秀吉の九州征伐際。秀吉の家来だった立花宗茂は、秀吉の家来として活躍し、柳川城の城主となります。
    関ケ原の戦いで西軍に付いた立花宗茂ですが、徳川幕府の信頼を得て、加藤清正の後押しもあり、再度柳川城主となります。
    家康からは領地を没収されたものの、二代将軍の秀忠、三代将軍の家光は宗成のことが大好きだったようです。
    関ケ原の戦いで、西軍に味方しながら敗戦後に10万石を超える所領を拝したのは、丹羽長重と立花宗茂の2人だけんなですね。

  • この相関図、判りやすい!<br />シニア夫婦は、しばらくこの図をじっくり拝見しました。

    この相関図、判りやすい!
    シニア夫婦は、しばらくこの図をじっくり拝見しました。

  • 立花宗成と誾千代の夫婦に関する説明書きです。<br /><br />宗成は、豊臣秀吉から、東の本多忠勝、西の立花宗成と評されたほどの武将で、宗成は柳川の大名となります。<br />関ケ原では西軍に付きましたが、その人望と実力を高く買われ、徳川秀忠から奥州棚倉(今の福島県)を与えられ手大名復帰。<br />その後再び柳川の大名として復帰しました。<br /><br />大友宗麟の重鎮で、鬼と呼ばれた猛症であった戸次道雪の娘として生まれた誾千代。<br />7歳で父から立花山城の城主の座を譲られます。<br /><br />彼女に対する伝説が2つ残ってます。<br />・秀吉に言い寄られた際、鉄砲を持たせ武装した女中と共に名古屋城に乗り込む。<br />・加藤清正が柳川攻めの際、彼女が指揮する軍との衝突を避けて迂回した。

    立花宗成と誾千代の夫婦に関する説明書きです。

    宗成は、豊臣秀吉から、東の本多忠勝、西の立花宗成と評されたほどの武将で、宗成は柳川の大名となります。
    関ケ原では西軍に付きましたが、その人望と実力を高く買われ、徳川秀忠から奥州棚倉(今の福島県)を与えられ手大名復帰。
    その後再び柳川の大名として復帰しました。

    大友宗麟の重鎮で、鬼と呼ばれた猛症であった戸次道雪の娘として生まれた誾千代。
    7歳で父から立花山城の城主の座を譲られます。

    彼女に対する伝説が2つ残ってます。
    ・秀吉に言い寄られた際、鉄砲を持たせ武装した女中と共に名古屋城に乗り込む。
    ・加藤清正が柳川攻めの際、彼女が指揮する軍との衝突を避けて迂回した。

  • 立花宗成の兜や刀、その他、多くの武具の展示。

    立花宗成の兜や刀、その他、多くの武具の展示。

  • 立花宗成の鎧兜が展示されています。<br />本物です。<br />

    立花宗成の鎧兜が展示されています。
    本物です。

  • 他にも立花家に伝わる鎧兜が展示されています。

    他にも立花家に伝わる鎧兜が展示されています。

  • ここにはお能の道具。<br /><br />江戸時代、能は必須の教養の一つであり、各大名は屋敷の中に能舞台を設け、立花家も例外ではありませんでした。

    ここにはお能の道具。

    江戸時代、能は必須の教養の一つであり、各大名は屋敷の中に能舞台を設け、立花家も例外ではありませんでした。

  • 立花家伝来の、能・狂言の面が37面あり、その一部が展示されています。

    立花家伝来の、能・狂言の面が37面あり、その一部が展示されています。

  • これ、貝合わせですね。

    これ、貝合わせですね。

  • 私は実物を初めて拝見しました。

    私は実物を初めて拝見しました。

  • 裏返して貝に描いてある絵を合わせる「貝合わせ」。<br />トランプの神経衰弱のゲームですね。

    裏返して貝に描いてある絵を合わせる「貝合わせ」。
    トランプの神経衰弱のゲームですね。

  • 絵が細かくて綺麗ですね。

    絵が細かくて綺麗ですね。

  • これなんか美しいですね。

    これなんか美しいですね。

  • 立花伯爵家のディナーセットです。

    立花伯爵家のディナーセットです。

  • 立花家の西洋館が完成した明治43年(1910年)に揃えた、香蘭社製の高級セットです。<br />

    立花家の西洋館が完成した明治43年(1910年)に揃えた、香蘭社製の高級セットです。

  • 雛人形と雛調度。<br />江戸時代後期に流行った「芥子雛」という小さな小さなお雛様です。

    雛人形と雛調度。
    江戸時代後期に流行った「芥子雛」という小さな小さなお雛様です。

  • 雛調という、ミニチュアのお道具です。

    雛調という、ミニチュアのお道具です。

  • これは可愛くて素敵です。

    これは可愛くて素敵です。

  • ドールハウスが好きな相方はかなりじっくり眺めています。

    ドールハウスが好きな相方はかなりじっくり眺めています。

  • ドイツのマッチ箱入りミニハウスを思い出します。

    ドイツのマッチ箱入りミニハウスを思い出します。

  • これ、碁盤ですね。

    これ、碁盤ですね。

  • お琴と三味線<br /><br />見事だ~

    お琴と三味線

    見事だ~

  • これは婚礼調達。

    これは婚礼調達。

  • ココに並ぶのは、立花家最後の藩主だった12代藩主、立花鑑寛の妻となった純姫の婚礼調達です。<br />純姫は徳川御三家の一つである田安徳川家のお姫様で、御輿入れの道具に大きな葵の御紋が付いてますね。

    ココに並ぶのは、立花家最後の藩主だった12代藩主、立花鑑寛の妻となった純姫の婚礼調達です。
    純姫は徳川御三家の一つである田安徳川家のお姫様で、御輿入れの道具に大きな葵の御紋が付いてますね。

  • 駕籠の装飾も華麗ですね。

    駕籠の装飾も華麗ですね。

  • 立花家に長く伝わる加茂人形。<br />小さな木目込み人形です。<br />小さくてかわいい。<br />

    立花家に長く伝わる加茂人形。
    小さな木目込み人形です。
    小さくてかわいい。

  • こちらは生活用具のミニチュアですね。

    こちらは生活用具のミニチュアですね。

  • 細かいな~

    細かいな~

  • この竃、2㎝ぐらいです。

    この竃、2㎝ぐらいです。

  • 資料館を出て洋館へ。<br />この木、なななんと、樹齢800年~900年。<br />幹回りは5m50㎝。<br />でかっ!

    資料館を出て洋館へ。
    この木、なななんと、樹齢800年~900年。
    幹回りは5m50㎝。
    でかっ!

  • 西洋館に入りました。

    西洋館に入りました。

  • 最初が明治時代に造られたトイレ。<br />昔のまんま・・・<br /><br />勿論、使用禁止。

    最初が明治時代に造られたトイレ。
    昔のまんま・・・

    勿論、使用禁止。

  • 階段ホール。

    階段ホール。

  • 素敵な洋間ですね~

    素敵な洋間ですね~

  • 明治時代の洋間って素敵ですね~

    明治時代の洋間って素敵ですね~

  • 家具調度品も昔のまんまです。

    家具調度品も昔のまんまです。

  • 大広間に向かいます。

    大広間に向かいます。

  • 吊るし雛?

    吊るし雛?

  • これ、ひな祭りの際に飾られる、「さげもん」という吊るし雛なんですね。<br />柳川地方ならではの雛飾りなんですね。

    これ、ひな祭りの際に飾られる、「さげもん」という吊るし雛なんですね。
    柳川地方ならではの雛飾りなんですね。

  • そして、

    そして、

  • 大広間へ!

    大広間へ!

  • 大広間は木造平屋建て、18畳、18畳、12畳の和室が並んでいて、襖を外すと広い空間が広がっています。

    大広間は木造平屋建て、18畳、18畳、12畳の和室が並んでいて、襖を外すと広い空間が広がっています。

  • 端っこの端っこに床の間。

    端っこの端っこに床の間。

  • 書院づくりですね。

    書院づくりですね。

  • ここは畳の廊下です。

    ここは畳の廊下です。

  • 窓の園には先ほど訪れた洋館が見えます。

    窓の園には先ほど訪れた洋館が見えます。

  • お庭は江戸時代とあまり変わっていないそうです。<br />池が美しい。。。

    お庭は江戸時代とあまり変わっていないそうです。
    池が美しい。。。

  • 素敵なお庭ですね。<br />手入れが大変そうですね~

    素敵なお庭ですね。
    手入れが大変そうですね~

  • 鴨居の上に大きの兜??<br />それも西洋甲冑?<br /><br />安土桃山時代、立花宗茂が西洋甲冑の影響を受けて作らせた兜です。<br />一隊全員に揃って着用させたようですが、今でも200以上残っているそうです。

    鴨居の上に大きの兜??
    それも西洋甲冑?

    安土桃山時代、立花宗茂が西洋甲冑の影響を受けて作らせた兜です。
    一隊全員に揃って着用させたようですが、今でも200以上残っているそうです。

  • 豪華な御花をあとにします。

    豪華な御花をあとにします。

  • なかなか素敵な玄関。<br />これもとは個人の持ち物ですからね~<br /><br />さすがお殿様。

    なかなか素敵な玄関。
    これもとは個人の持ち物ですからね~

    さすがお殿様。

  • 入る時、横から入っちゃったので、正面玄関から出て撮影。<br /><br />さあ引き続き柳川の街を歩きましょう。<br /><br />つづく

    入る時、横から入っちゃったので、正面玄関から出て撮影。

    さあ引き続き柳川の街を歩きましょう。

    つづく

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