2025/06/10 - 2025/07/07
30位(同エリア251件中)
マリアンヌさん
- マリアンヌさんTOP
- 旅行記372冊
- クチコミ25件
- Q&A回答1件
- 348,422アクセス
- フォロワー141人
ニームから同じくローマの遺構が残るアルルを再訪しました。ツアーで2回訪れたことがありましたが、今まで行けなかったアリスカンなどアルルの街を満喫しました。またB&Bのオーナーがとても親切でホスピタリティーに溢れた方で素晴らしい滞在となりました。
6/10 羽田発イスタンブール経由
6/11 トゥールーズ着
6/12 モワサック修道院、モンパズィエ
6/13 ミランド城、マルケイサック、べナック=エ=カズナック、
サルラ=ラ=カネダ、
6/14 ヴィトラック、スイヤック、ロカマドゥール、ドンム、
ラ・ロック=ガジャック
6/15 コロンジュ=ラ=ルージュ、カルンナック、コンク
6/16 コルド=シュル=シェル
6/17 アルビ、トゥールーズ
6/18 カルカッソンヌ
6/19 コリウール、ペルピニャン
6/20 サン=マルタン・デュ・カニグー修道院、カブスタニー
6/21 サン=ギレム=ル=デゼール、モンペリエ
6/22 モンペリエ
6/23 ニーム
6/24 アルル
6/25 サント=マリー=ド=ラ=メール、カマルグ
6/26 アヴィニョン
6/27 ユゼス、アヴィニョン
6/28,29リル=シュル=ラ=ソルギュ
6/30 ルシヨン
7/1 エクサン・プロヴァンス
7/2 ヴァロンソル、ムスティエ=サント=マリー、サン=クロワ湖
7/3 ルールマラン、ゴルド、ルシヨン、フォンテーヌ=ド=ボークリューズ
7/4 シルヴァカンヌ、エクサン・プロバンス
7/5 マルセイユ
7/6,7マルセイユ発イスタンブール経由羽田着
*参考図書「フランス・ロマネスクへの旅」
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ニームの朝、まずは朝食へ。
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シンプルだけど私には十分な朝食だった。
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エレベーター脇のコーナーもちょっとお洒落。
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お気に入りの吹き抜けを見納めて出発。
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キャッシュで乗れそうだったので、バスで駅まで行った。
ニーム発9:02
アヴィニヨン着9:40
アヴィニヨン発9:52
アルル着10:09 -
オーナーのギルバードさんがなんとアルル駅まで車で迎えに来て下さった。
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ここが本日のお宿。
ZEN ARENA -
1階はご夫妻の居間空間、素敵です。
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こちらはダイニングテーブル。
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キッチン、そして奥には・・・
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小さなガーデンがあって飼い猫のニーナちゃん。おフランスな猫ちゃんだね。
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そして3階の私の部屋、重い荷物を運んで下さった。
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ZENというアジアなイメージなのかな。
日本には来たことはないとおっしゃっていた。
広いスペースでゆったり出来た2泊の滞在だった。 -
バスタブもあり、部屋の窓からはアレーナが見える。
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それでは、街歩きに出かけましょ。
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ルリマツリがきれい。
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宿のすぐ近くにあるアレーナ。
アルルの円形闘技場 史跡・遺跡
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アルルはツアーで2度来たことがあり、夕食をキャンセルして郊外のホテルからタクシーでここまで来て闘牛をみたことがある。
絵に書いたようなマタドールの動きが印象的だった。 -
街の中心へ。
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イチオシ
横道に素敵な路地。
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少しオテル・ドゥ・ヴィル通りを少し散歩。
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夏の暑さの中、フラワーショップの緑が爽やか。
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色とりどりのマリア様、入ってみなかったけどきれい。
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こんな映えるお店や鎧戸もあった。
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引き返して街の中心へ。
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ゴッホみたいな絵と「明日はバールで始まる」、ググったらイベントのようだった。
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サン・トロフィーム教会。
アルルのサン・トロフィーム大聖堂と回廊は、「アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群」として、ユネスコ世界遺産に登録されている。
最初のステファノを祀ったバシリカは、4世紀初め建てられたとされる。教会堂は6世紀に現在の場所にて再建されるが、8世紀のサラセン人やフランク人による動乱により教会堂は破壊され、カロリング朝時代、同世紀の間に再建されたよう。
教会堂は新たに1078-1152年の間に再建され、1152年、トロフィムスの聖遺骨が、アリスカンから移送される。この時代に、教会堂の称号はサン・トロフィームに変更され、アルルは巡礼地となった。
15世紀半ば、内陣が再建され、周歩廊が新たに造られた。サン トロフィーム教会/回廊 寺院・教会
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左から、ステファノ(サン・テティエンヌ)の殉教場面、小ヤコブ、使徒フィリポ。
祈る恰好をした姿で描かれたステファノは、石を投げつけようとする2人の人に囲まれている。ステファノの口から、赤ん坊の姿をした彼の魂が飛び出し、その魂は2人の天使に引き上げられ、天国へと向かう。
上には、裸で鎖で繋がれ、前の者の肩に手を置いた地獄に落ちた者達が、行列をなし、キリストに背を向け、地獄に向かって行っている。
2層目のフリーズは、キリストの幼少期を描いている。左から天使に起こされるマギ達、右は羊飼いへのお告げ。
3本の柱の左下の彫刻は、2頭のライオンに挟まれ瞑想しているダニエル。 -
右からトロフィムス、大ヤコブ、使徒バルトロマイ(バルテルミー)。
司教杖を手にしたトロフィムスに、2人の天使がミトラを被せている。
上には、衣服を纏った選ばれし者達がキリストに向かって進んでいる。
2層目のフリーズは、キリストの幼少期を描いている。右から、馬に乗ったマギ達、幼児虐殺、エジプト逃避。
3本の柱の右下の彫刻は、サムソンとデリラ。 -
右から、右に鍵を手にした使徒ペトロ、左に使徒ヨハネ。
25年前に2回もここに来た時はロマネスクに沼ってなかったから、ポルタのすごさがわからなかった。 -
右手の柱頭に物思いにふけるヨセフと、受胎告知。
その横の2層目のフリーズはキリストの幼少期、ヘロデの背後の4人の鎧を纏い剣を抜いた兵士やベツレヘムに向かうマギ達。 -
左に使徒パウロ、右にアンデレ。
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左手の柱頭にはキリスト降誕と幼子イエスの湯あみ、キリスト降誕の場面では、マリアはベッドに横たわり、その枕元でヨセフは腰を掛け、物思いに耽っている。
その横の2層目のフリーズは、マギの礼拝が描かれていて、3頭の馬がマギを待っている。 -
タンパンは、マンドルラの中にキリストの降臨。
四福音記者のシンボル(ヨハネの鷲、ルカの牛、マルコのライオン、マタイの天使)に囲まれている。
ラントーには、膝に本を載せた12使徒。 -
タンパンの周りをたくさんの天使たちが取り囲む。
アーキヴォールトの頂点、キリストの真上に角笛を吹く3人の天使の姿。
彼らは最後の審判の時が来たことを告げている。
たくさんの天使たちの下のラントー脇に、天使が赤ん坊の姿をした選ばれし者の魂をアブラハム、イサク、ヤコブに差し出している場面。 -
たくさんの天使たちの下のラントー脇に、一番上のフリーズは、天国への扉の前で、剣を手にした大天使ミカエルが、神に見捨てられた人達を追い返している。2人の高位聖職者は絶望し、顔に手を当てている。
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一番上にアダムとイヴ。
その下の上部では、大天使ミカエルが魂の計量をしている。
下部には、フリジア帽を被った大きな裸の人物が、2人の耳を塞いだ小さな人物を腕にぶら下げ、地獄に向かう様子が描かれている。小さな人物は、ヘラクレスに盗みで罰せられ、神の言葉が聞こえないCrecopeと呼ばれる小人とされる。 -
側面には、悪魔が地獄に堕ちた2人の人物を、頭を下にして抱えている。悪魔の下にいるモンスターのようなものに馬乗りになった裸の女性は、色欲を象徴している。
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高さのある身廊。
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狭い側廊。
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中央祭壇は修復中だった。
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周歩廊へ。
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放射状祭室。
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放射状祭室。
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ステンドグラス。
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放射状祭室。
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光る床面、歴史を感じる。
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以前2回ツアーでアルルに来た時は、入れなかった回廊へ。
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わぁ良く保存されている。
キオストロやロマネスクオタクなので、ご興味のない方は飛ばしてくださいね。 -
アルルの初代司教で、12世紀より修道院教会の第一の守護聖人となったトロフィムス。
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左側面には、左から使徒ペトロ、キリスト復活の場面が刻まれている。ペトロとヨハネは、キリスト復活を目撃した人物。
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右側面には、3人の聖マリア(上)、香油の商人(下)使徒ヨハネが右に立っている。
キリストの身体を拭くために、3人のマリアが香油を買う。その下で、2人の商人が硬貨を数えている。 -
上は、グリフィンとマーメイド、そしてシャルルマーニュとターピン。
下は、男爵の絞首刑。 -
上は、死刑囚となった男爵たち。
下は、シャルルマーニュ。 -
上の右角に聖母子像。
下は、アリスカンプスの祝福。 -
この角は、幾何学装飾と物語。
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浮き彫りの物語は、
上:キリストの奉献。
下:キリストの洗礼。 -
アトラスがホタテ貝の形をした受水盤を支えている。
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上部にユダの接吻、下部に最後の晩餐、足洗い。
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そして隣に立つガマリエル。
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南ギャラリーのゴシックなオジーヴ・ヴォールト(交差ヴォールトの交差線を補強するアーチ)で覆われたアーチ。
回廊の建設は北ギャラリーから、12世紀後半に始まったが、エクス・アン・プロヴァンスとアヴィニョンの台頭によりアルルの力が凋落した影響で、完成は14世紀末になった。
その結果、回廊のギャラリーは異なる様相を見せることとなり、北と東ギャラリーはロマネスク、南と西ギャラリーはゴシック・スタイルになったそう。 -
散り散りになる使徒たち。
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上は、騎手コンスタンティヌス。
下は、東方三博士の礼拝。 -
柱の上には、神なる子羊。
シバの女王。 -
旅行の全体の行程チェックに気を取られ、観光ポイントの下調べが甘いので、サン・トロフィーム大聖堂と回廊がここまでロマネスクてんこ盛りとは思っていなかった。
ひたすら感動☆ -
上は、ヘロデ王の前の東方の三博士。
下は、エジプト逃避。 -
上は、ヘロデ王の幼児虐殺。
下は、羊飼いへの告知。 -
円柱に繋がれた上半身裸のキリストの姿。これはキリストの笞刑図を表現しているそう。
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どこを切り取っても絵になるキオストロ。
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上は、モーセへの律法の石板の授与。
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使徒アンデレとステファノの石打ち刑。
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キリスト昇天と使徒パウロ。
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思っていたより素晴らしい装飾のキオストロで陶然としてしまう。
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巡礼者が、エルサレム近くの村エマオに行くと、復活したキリストに声を掛けられ合流するという場面が描かれている。
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こちらも同様。
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上は、アカンサス、人間の頭とグリフィン、そしてラザロの復活。
下は、聖母戴冠式。 -
イチオシ
回廊のはざまから塔が見える。
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下は、キリストの足にキスをする聖マグダラのマリア。
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上は、マスク、そして死刑囚となった男爵たち。
下は、グリフィンとマーメイド。 -
聖ステファノの石打ち。
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さすがサン・トロフィーム大聖堂と回廊が「アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群」として、ユネスコ世界遺産に登録されているだけのことはある。
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12世紀後半に遡る、最も古いとされるロマネスクの北ギャラリー。
アーチが美しい。 -
北ギャラリーの壁は、半円型の連続アーチで装飾され、アーチは柱頭彫刻がある小円柱に繋がっている。
各アーチを隔てるピラスターは、溝彫りされ、柱頭には植物モティーフの装飾が施されている。 -
持ち送りの彫刻。
左上:欲望
右上:羊
左下:アクロバット?
右下:天を支えるアトラス。 -
回廊の一角に柱頭彫刻が展示されていた。
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オジーヴ・ヴォールトの柱頭。
2階へ上がってみます。 -
4層からなる塔が見える。2層はロンバルディア帯で装飾されている。
圧巻のキオストロだった。 -
共同寝室は展示室になっていた。
モンマジュール修道院の背中合わせのスフィンクス。
ペガサスの体に王冠を被ったような頭? -
オベリスクの建つ共和国広場。
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実は25年前、広場で2年連続でお婆さまと出会った。
1年目は結婚式で民族衣装を着られていた、2年目は衣装祭りで民族衣装を着られていた。 -
こちらが25年前の衣装祭り。
アルルの女王が選ばれるのは3年に一度。選出の条件には、アルル生まれであること、プロヴァンス語を習得している、レースのケープの衣装の着付けができるなど厳しい基準が設けられている。 -
アルルの市庁舎。
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この1階ホールにチケット売り場があり、古代フォーラム地下回廊へ。
古代フォーロム地下回廊 史跡・遺跡
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町の中心地にある壮大な地下回廊で、紀元前 30~20 年に建設されたそう。
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ローマ時代の遺構。
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この付近の復元図。
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古代フォーラム地下回廊は、アルルで最も古いローマ遺跡の1つ。
アルルが紀元前1世紀、カエサルの時代にローマの植民地となったときに使われていた地下回廊。 -
外の猛暑が嘘のようにひんやり涼しい。
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ローヌ川方面へ。
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遺跡が住居、店舗になっている。
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いい雰囲気のレストラン。
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コンスタンティヌスの公衆浴場へ。
発掘調査から古代のアルルにはケルト人の集落があり、マッサリア(マルセイユにいたギリシア人)に植民地化されていたことがわかっているそう。
その後、マッサリアの勢力とローマ帝国のカエサル軍との戦いを通じてこの植民地支配に終止符が打たれた。
そしてその時以降、紀元前 46 年からアルルに大々的な建造物がつくられはじめる。
アウグストゥス帝の在位中、紀元前 44 年~紀元14 年に町は「Paterna Arelate Sextanorum 我が父により建設された植民地」の名称を授けらた。 -
コンスタンティヌス帝時代には宮殿がつくられ313 年、経済的にも文化的にも大きな発展を遂げる。
ローマ帝国期にアルルにはおよそ 5 万人が暮らしていたとされているそう。 -
コンスタンティヌスの公衆浴場は、4世紀にローマ皇帝コンスタンティヌス1世がアレラーテ(現在のアルル)に逗留していた際に建造されたものだそう。
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元々は宮殿、体操場、水風呂、ぬるま湯風呂、熱湯風呂、サウナ風呂、プールなどが設置されていた大浴場であったが、現存するのはぬるま湯風呂、熱湯風呂、サウナ風呂、およびそれらの後部に設置されていた半円状のプールの遺構だけとのこと。
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ローヌ川沿いでひと休み。
ゴッホがローヌ川の星月夜を描いていたね。 -
再び街歩き。ブーゲンビリアがきれい。
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白い鎧戸がいい感じ。
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イチオシ
歴史の息吹が感じられる街角。
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このあたりも古い館が立ち並ぶ。
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円形闘技場。
紀元 1 世紀末に建設された 34 列の階段席を擁する巨大な楕円形の施設で、円形闘技場としては世界第 20 位の大きさ。現在でも 12,000 人弱の観客を収容することができ、闘牛などが盛大に開催されている。アルルの円形闘技場 史跡・遺跡
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昨日もニームのアレーナに入り、2日連続でアレーナ入場(笑)
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ローヌ川が見える。
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観客席が設置されていた。
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こちらは、25年前アルルのアレーナで見た闘牛。ツアーで訪れた折、夕食をキャンセルして郊外のホテルからタクシーで駆けつけ観戦した。
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プロヴァンスらしい赤茶の瓦の屋根が続く。
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しかし、この日も猛暑、アレーナの日向にいると焦げる。
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昔と変わらぬアレーナ前のベストポジションのレストラン。
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それでは、暑いけど次のポイントへ。
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いい感じの佇まいのカフェ。
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夾竹桃がきれい。
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古代劇場へ。
円形闘技場の西にあり、紀元前27~25年ごろ、アウグストゥス帝の治世下に建設されたに建てられた。
5世紀には教会用の石材として一部が切り出され、9世紀には要塞に改造され、さらには地中に埋没して地上に民家などが建ち並ぶという受難の歴史を持つ。古代劇場 史跡・遺跡
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その後17世紀に再発見され、1827年から55年もの歳月をかけて発掘された。
直径102mの円筒形の建物で、1万2000人ほどの観客を収容できたと推定されている。
現在、当時を物語るものといえば100本以上あったと言われる大理石の柱数本だけだが、毎年コンサートやオペラがおこなわれ、今なお劇場としての役目を果たしている。 -
タオルミーナ、ヴェローナ、ローマ、南仏のオランジュなどテアトロを見てきたけれど本当にローマの建築技術ってスゴイなと実感。
上まで登ってみたが、やはりとにかく暑い。 -
すぐ近くにアレーナが見える。
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課外授業なのか小学生位の子供たちが来ていた。子供たちも私も日影で休んでいたのだが、好奇心の高い子たちが寄って来て話しかけられた。
Google翻訳でとスマホを向けたら、僕も私もと次々に子供たちが寄ってきて大賑わい。「皆さんは何歳ですか?」「6歳から9歳」「私の名前は◯◯」「妹がいるの」etc.もう止まらない(笑)先生がすみませんとペコリ、楽しい交流だった。 -
廃れた黄色い壁に白い花が映える。
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猛暑の中、頑張ってもう一箇所行きましょ。
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アリスカン。
キリスト教のもっとも美しい墓所の一つ。
石棺が並んだその並木道はゴッホの絵によって永遠に人びとの記憶に刻まれることになった。アリスカン 史跡・遺跡
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アリスカンの教会堂の歴史は未だ解明されていないが、5世紀にはゲネシウスの墓の周りに、この聖人を祀ったバシリカが存在したよう。
1040年頃、アルル大司教により、教会堂はマルセイユのサン・ヴィクトール修道院に譲渡される。そこで教会堂は再建され、サン・ジュネ・エ・サン・トノラ教会という名になる。 -
この頃アリスカンは、サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路(トゥールーズの道)の出発点となる。12世紀半ば、教会堂の再建が始まり、教会堂の名はサン・トノラ教会へ、しかし工事は同世紀末に資金不足により中止された。
1616年、ミニム修道士らがアリスカンにやって来て修道院を建て、既に廃墟となっていた教会堂を修復したそう。
1520年に建設されたサン・アキュルズ礼拝堂。 -
その礼拝堂にはりつくようにして、サン・セザール・ル・ヴュー教会の遺構である12世紀に遡るロマネスクのポーチが残る。
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ローマ時代に起源があるアリスカンは、アルルの街の城壁の外、アウレリア街道に沿って広がっていった墓地で、初めはローマ市民の、続いてキリスト教徒の墓地となりった。
アリスカンという語はプロヴァンスの言葉で、フランス語では「シャンゼリゼ」、「エーリュシオン」を意味し、ローマ時代には、冥界の一部で、高潔な魂が死後過ごすところと信じられていたとのこと。 -
ゴッホの描いたアリスカンのパネルが展示されていた。
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サン・トノラ教会。
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ゴシック・フランボワイヤン・スタイルのモレージュ祭室。
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12世紀に遡るプロヴァンス・ロマネスク・スタイルのサン・トノラ教会は、完成されることなく、5身廊の建設予定だった身廊は、1身廊しか造られなかった。
身廊は13世紀に壁で閉じられ、建設が断念された西側の4身廊の部分には、屋根がない。
この屋根のない部分の側壁は、カロリング朝時代の遺構で、高い部分は11世紀に造り足されたよう。 -
光と影のコントラストが美しい。
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クリプタ的な階段が、下には降りれなかった。
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ロマネスクの教会堂に予定されていた西入り口は、12世紀末に造られた。
この入り口は1988年に修復されたそう。
展示会があるのでしょう、ポルタ前で装飾されたものをだるま落としのように積み上げたアートを準備していた。 -
そぞろ歩きしながら街の中心へ。
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鎧戸のカラーと絶妙。
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遅めのランチにガレット屋さんへ。
ヤギのチーズ、はちみつ、ナッツなどが入ったガレット、美味しかった。 -
界隈をブラブラとウィンドーショッピング。
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アンフィテアトル通りから先へ行ってみましょ。
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9月4日通りを行くとお店が立ち並んでいた。
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やはりプラタナスで強い日差しをしのいでいる。
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翌日の遠足のバス停などを確かめて。
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夕食はベトナム料理だったかな。
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さぁお宿に戻ります。
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ツタのつたい方がいい感じ。
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オーナーのギルバードさんがとても親切で、午前中に到着した時、明日の予定を聞かれたのだけどバスの時刻表の冊子を持ってきて下さった。
ネットで調べ、バス停でも確認してきたものの、感謝でいっぱいでした。
22時過ぎ部屋の窓からアレーナを眺めた。
明日は、サント=マリー=ド=ラ=メールへ遠足に行きます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- akikoさん 2025/09/22 15:46:31
- サン・トロフィーム大聖堂の彫刻の多さにびっくり仰天!
- マリアンヌさん、こんにちは~
今日はアルル編を見せていただきました。アルルといえば、『ゴッホゆかりの地』がまず思い浮かぶのですが、ローマの遺構(古代遺跡)が主な観光スポットになっている街なんですね。
世界遺産にも登録されているという「サン・トロフィーム教会」はロマネスク様式の教会だそうで、圧倒されるほどの数の彫刻が施されているんですね!また、その一つ一つの彫刻の素晴らしさにも驚かされました。入口周辺、上部のタンパンや、回廊の柱や柱頭に聖書のエピソードや植物の彫刻がびっしり!!!私も一時ロマネスクに興味を持ったことがあり、いくつかロマネスク教会を訪ねましたが、こんなにびっしりと彫刻が施された教会は見たことがありませんでした。マリアンヌさんの言葉を借りると、まさに”てんこ盛り”状態ですね!!! 一つ一つのシーンや人物を紹介してくれていますが、これだけの数のものに説明を加えるのは大変だったでしょう!
共和国広場はマリアンヌさんにとって思い出深いところなんですね。25年前のお姿が(^^)♪ 衣装祭りなるものもあったとか。みなさんお美しいわ~~♪
ローヌ川というと、ゴッホが「ローヌ川の星月夜」を描いたところですね!ゴッホの作品の中で、あの作品が大好きなんです。ちょうど今年が阪神・淡路大震災から30年で、その取り組みのひとつとして、神戸で「阪神・淡路大震災30年大ゴッホ展夜のカフェテラス」が20日から開催が始まりました。もう一つ大好きな「夜のカフェテラス」がこの展覧会で鑑賞できるそうなんです。また27年には第2弾として、「アルルの跳ね橋」「夜のプロヴァンスの田舎道」が来日するとのこと。
マリアンヌさんは、跳ね橋を再現した場所や「夜のカフェテラス」のモデルとなったカフェには行かれなかったのかしら…?
お宿は民泊だったそうで、広々としたお部屋で眺めも良くてアレーナが見えていたとか。ベッドの上に置かれていたラベンダーのドライフラワーは素敵なおもてなしでしたね!
akiko
- マリアンヌさん からの返信 2025/09/23 00:57:08
- RE: サン・トロフィーム大聖堂の彫刻の多さにびっくり仰天!
- akikoさん こんばんは。
コメントいただき、ありがとうございます。
はい、アルルは、『ゴッホゆかりの地』ですが、ローマの遺構が多く残っています。
以前2回訪問時はツアーでしたので、サン・トロフィーム教会や回廊に入ることが出来なかったのです。25年前はまだはロマネスクに嵌っていなかったので、ファサードもすごいなで終わってました(笑)
ファサードや回廊の彫刻は見ごたえがありますよね。
akikoさんもロマネスクにご興味を持たれたことがおありなのですね。
イタリアについては、かなり多くのロマネスク教会を訪れましたが、フランスはまだまだです。彫刻については本やネットから調べているので、間違いあるかもですけどお許しあれ(^_-)-☆
それでも今回は結構多くのロマネスク教会を回ることが出来、中でもモワサック、スィヤック、カルンナック、カニグー、サン・ギレーム・ル・デゼールは感動的でした。
共和国広場で会ったお婆さまとても素敵だったんです♪
衣装祭りの女性、美しいですよね☆
はい、まさにゴッホが「ローヌ川の星月夜」を描いたところです!私も好きな絵です。
今年、神戸から「阪神・淡路大震災30年大ゴッホ展夜のカフェテラス」開催なんですね!
上野にも来るようで、私も是非行きたいです。
私はオランダに行ったことがないのですが、東京でローヌ川の星月夜も夜のカフェテラスも1度見たことがあります。(ローヌ川のほうは、オルセーでも見たかな?)
27年には第2弾として、「アルルの跳ね橋」「夜のプロヴァンスの田舎道」が来日するのですね!こちらも是非、行きたいです。情報をありがとうございます。
跳ね橋を再現した場所と「夜のカフェテラス」のモデルとなったカフェは、以前2回行っているのですが、この次の旅行記で写真を載せていますが、カフェに行ったら残念ながら、廃業になっていました。
以前ツアーではサンレミのゴッホが入院していたサンポールモゾール病院も訪れました。
今回はアルル市内の「アルルの治療所の庭」のエスパス・ヴァン・ゴッホ(次の旅行記)とアリスカンだけ行きました。
はい、お宿のオーナーがとても親切な良い方で寛ぐことができました。
マリアンヌ
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