2025/07/01 - 2025/07/15
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funasanさん
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「アルルと言えばゴッホ、ゴッホと言えばアルル」
ゴッホ好きな日本人にとってはアルルは是非訪れてみたい場所です。実はゴッホがもっとも多くの傑作を生み出したのは、南仏アルルで過ごした1年余りの期間でした。
しかし、アルル滞在中、彼は著しい妄想に駆られ自分の耳を切断し、アルル市立病院(現:エスパス・ヴァン・ゴッホ)に入院します。そして、最期はピストル自殺をしてしまいました。37歳の時です。病院の庭は今でも美しい花々が咲き乱れており、ゴッホの原風景(写真)を体験できます。
でも、アルルはゴッホだけではありません。アルルは紀元前1世紀、カエサル時代にローマの植民地になり、今でも多くのローマ遺跡が残り「アルル、ローマ遺跡とロマネスク教会」として世界遺産に登録されています。見所満載です。
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7月9日(水)今日も快晴で嬉しくなります。この日は朝から夕方までたっぷり「アルル観光」をします。朝食後、午前8時半には、妻と元気にホテルを飛び出していきます。
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全くもって閑散としたアヴィニョンTGV駅前(写真)です。ただし、駅の構内はTGVに乗ってパリやマルセイユに行く乗客で賑わっています。
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今日の鉄道の旅は簡単です。9時12分発の電車に乗って1駅でアヴィニョン中央駅まで行き、そこで乗り換えて17分でアルルに着きます。
写真:フランス鉄道のHPより私の予約 -
もう駅でチケットを買いません。スマホでフランス鉄道のホームページを登録しておいて、そこから乗車予定のチケットを購入、発券(バーコード付き)しておけばいいです。定期運行されている電車(写真)に乗ってアヴィニョン中央駅に向かいます。
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アヴィニョン中央駅(写真)は堂々とした大理石作りで迫力があります。駅前からアヴィニョンの素晴らしい街並みが見えますが、今日はアルルに急ぎます。
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アルルまでの列車TER(写真)は快適でした。もっと乗っていたい気分でしたが、直ぐにアルルに着いてしまいました。
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アルルはそれほど観光地という訳ではないせいか、下車する乗客は少なく、ホーム(写真)も駅舎も閑散としています。
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駅前から約400m、5分も歩けばゴッホが住んでいた「ラマルティーヌ広場」に出ます。広場の一角、大きなプラタナスの木陰にカフェ「Brasserie Le France」(写真)がありました。ここでカフェオレとクロワッサンでも注文して…、と思うのですが、妻のNoは見えてるので先を急ぎます。
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ラマルティーヌ広場に面してローマ時代の城門「カヴァルリ門」(写真)が建っています。ここからアルルの旧市街がはじまります。紀元前の石造りが堂々とそびえ、歴史の厚みを感じさせます。ゾクゾクとしてきます。
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門を抜けると、すぐに三差路の光景(写真)に出合います。道の正面に建つ壮麗な建物が印象的で、古代の都市計画の名残を感じます。いよいよアルルの街歩きのスタートです。
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三差路正面の建物外壁に描かれた大きな円形装飾画(写真)。中央の女性像が豊穣と音楽を象徴しており、街の文化的誇りを感じさせます。壁画全体が大きく観光客を立ち止まらせる力を持っています。
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石畳の細い路地にツタが生い茂り、自然のアーチ(写真)を作り出しています。その先に古代の円形闘技場が待ち受けるかと思うと、胸が高鳴ります。
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路地沿いに並ぶ可愛らしいブティック。花で飾られた入口やカラフルな洋服、帽子が旅情を誘います。ローマ遺跡の重厚な街並みの中に、南仏らしい明るい色彩が加わり、アルルの多面性を実感します。
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賑わう小路(写真)を歩けば、両側の建物に絡む緑と可愛いショップが目を楽しませてくれます。ショップには入らず、この先の円形闘技場に急ぎます。
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そして、来ました。圧倒的な存在感を誇る「円形闘技場」(写真)です。紀元1世紀頃に建設された2層60のアーチからなるローマ時代の闘技場でほぼ完全な形で残されています。当時はさらに大きく3層まであったという。収容人数は2万人。現在でも闘牛場等の会場として利用されています。
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まずは闘技場の外周(写真)を歩いて1周してみました。偶然ですが、小さな「おにぎり」のテイクアウト店がありました。1個約600円、この値段でも数名のお客が買っていました。おにぎりはフランスで完全に定着しているようです。
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いよいよ古代ローマの映画の世界に入っていきます。入場料を払って闘技場の内部に入りました。巨大な石柱で囲まれた回廊(写真)は冷んやりと静かで、古代からの時の流れを物語っています。
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展示パネル(写真)には闘技場の構造と規模が詳しく紹介されています。全長136メートル、収容人数は約2万人。社会階級ごとに観客席が分かれていたことなど、古代の生活様式を知る手がかりとなります。
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中央アリーナの最上段まで上ると、そこは怖いくらいの高所で、楕円形に広がる観客席(写真)の壮大さに圧倒されます。ここで剣闘士の戦いや見世物が行われた歴史を思うと、興奮と狂気が想像されます。
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闘技場の上層部からは下に広がるカフェや通り(写真)が見下ろせます。
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闘技場の上から望むアルル旧市街(写真)。赤茶色の屋根が一面に広がり、その先にはローヌ川が輝いています。古代から続く町の営みを俯瞰できる絶景です。
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円形闘技場(写真)を後にしながら、ふと高校時代に観た映画「スパルタカス」の記憶が甦りました。剣闘士たちが生死をかけて戦うあの緊迫した場面は、単なる娯楽を超えて人間の尊厳を問いかけていました。
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闘技場の前(写真)にはラベンダーの香り漂う店が並び、南仏の穏やかな日常が広がっていました。ラベンダーと剣闘士、その対比がかえって、スパルタカスの記憶を鮮烈に蘇らせたのです。
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映画「スパルタカス」で剣闘士を演じたカーク・ダグラスの姿に、私はただの英雄像以上のものを見ました。彼が体現していたのは、肉体的な強さよりも「精神的な気高さ」でした。
写真:ラベンダーの店 -
自由を求め、仲間のために立ち上がるその姿勢と「正義感」はその後の私の人生に大きく影響しました。奇しくも私が大学に入学したのは1970年、全国で大学闘争が盛り上がっていた時でした。若者は政治に燃えていました。あの熱気はどこに行ってしまったのでしょうか?
写真:ラベンダーの店 -
円形闘技場から歩いて数分でアルルの「古代劇場」(写真)に着きます。ここは紀元前1世紀に建てられたローマ遺跡で、半円形に並ぶ石段は今も力強さを感じさせます。
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舞台の奥には2本の円柱が当時の姿を伝えています。アルルの「古代劇場」は、現在も夏を中心に野外コンサートやフェスティバルの会場として積極的に再利用されています。
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そろそろランチタイムです。どこで食事をするか探すのが楽しいです。アルル旧市街の広場に建つ「カフェ・ド・ラ・ペ」(写真)。古びた建物と大きなプラタナスの木陰が、南仏らしい雰囲気を漂わせています。
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広場に面した大きなカフェテラスは、平日の昼間でもほぼ満席です。陽射しを遮るパラソルの下で、ワインや食事を楽しむ人々の賑わいが旅気分を一層高めます。偶然、席が空いたので、そこに座りました。
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ランチに選んだのは彩り豊かなチキンサラダ(写真)。揚げたチキンと新鮮な野菜、カリッとしたクルトンにチーズがふんだんにかかり、ボリューム満点なので2人でシェアしてちょうどいいです。
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もう一品はクラブサンドイッチ。香ばしいトーストに野菜やチキンがぎっしり挟まれ、食べ応え十分です。これも2人分あります。幸い水は無料で提供してくれるので、お酒を飲まない我々は非常に助かります。
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2品で合計32ユーロ(5440円)と少々高額ですが、木陰のテラスで味わう心地よさを考えれば納得です。南仏アルルでの食事は、料理以上に雰囲気そのものがごちそうでした。
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ランチの後、街歩きを再開します。アルルの旧市街は狭い範囲に集中しているので、ブラブラ歩きをしているだけで古代ローマの世界を体感できます。
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アルル旧市街の中心「共和国広場」(写真)に来ました。中央に高いオベリスクが立ち上がり、正面は風格のある「市庁舎」そして、右側に世界遺産「サン・トロフィーム教会」があります。
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このオベリスク(写真)の高さは約20メートル、石材は小アジア、現在のトルコ周辺地域の花崗岩から切り出されたと考えられています。もとは4世紀に建てられたローマの大競技場の装飾で、17世紀に現在地へ移されました。
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「サン・トロフィーム教会」(写真)は中世の巡礼路にあり、多くの巡礼者が訪れたと言われます。ロマネスク様式のファサード(正面入口)には聖人や聖書の場面が精緻に刻まれています。
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教会内部(写真)の天井は高く、室内はびっくりするほど涼しいです。太陽が降り注ぐプロバンス地方は暑く、巡礼者にとって教会は天然のクーラーの役割をしたのでしょう。我々もしばらく休みます。アーメン‥‥。
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祭壇奥に輝くステンドグラス(写真)は赤や青の色彩が鮮烈で、光が差し込むたびに堂内が神秘的な雰囲気に包まれます。聖母子や聖人の姿が描かれ、中世の信仰心を今に伝えています。
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アルルの共和国広場に面する壮麗な市庁舎(写真)は、クラシックなファサードが印象的です。フランス国旗やプロヴァンスの旗が掲げられ、市民生活の中心としての威厳を放っています。
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フォルム広場の地下に広がる「古代フォーロム地下回廊」を紹介するパネル(写真)です。紀元前25~10年に建設されたこの施設は、都市の基盤を支える壮大な回廊で、かつてのアルルがいかに計画的に造られた都市であったかを物語ります。
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市庁舎の脇から階段(写真)を下りると、ひんやりとした石造りの地下空間が現れます。地上の喧騒から一気に古代ローマの静寂な時代へと引き込まれます。
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この地下回廊は、建設当初から地下に造られた人工基盤です。起伏の多い地形を補正し、上に広がる広大なフォーラム(広場)の安定を保つために築かれました。
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全長約90メートルの回廊(写真)は石造りの堅牢な構造を持ち、当時は倉庫や市場の補助的空間としても使われていたと考えられています。暗く静かな回廊を歩くと、2000年を超える時の重みを肌で感じる思いがしました。これでアルル観光の「第1幕」終了です。
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アルル観光の「第2幕」に入ります。アルル郊外の、のどかな田舎の風景がゴッホの手によって名画「アルルの跳ね橋」(写真◆)によみがえります。制作は1888年3月頃です。
◆2009/06/29 - 2009/07/10の旅行で現地撮影 -
この名画の現風景(写真◆)です。アルルの郊外を流れる運河に架けられた可動式の跳ね橋を描いたものです。橋を渡る馬車や川辺で洗濯をする女性たちの姿を、明るい南仏の光とともに生き生きと描いています。オランダの故郷を思わせる景観に、ゴッホは強い郷愁を感じていたといわれています。
◆2009/06/29 - 2009/07/10の旅行で現地撮影 -
パリでの生活に心身ともに消耗したゴッホは南仏プロバンスの陽光溢れるアルルに移り住み、彼の画作は飛躍的な発展を遂げます。
写真◆:ゴッホ作「夜のカフェ」の前のフォーロム広場
◆2009/06/29 - 2009/07/10の旅行で現地撮影 -
ゴッホ作『夜のカフェテラス』(制作1888年9月)アルルのフォルム広場近くにあったカフェを描いたもので、夜の闇の中でもガス灯の光に照らされたテラスが黄色く輝き、星空と対比される幻想的な雰囲気が特徴です。ゴッホは「夜を黒で描かない」ことに挑戦し、青と黄色の対比によって温かみと活気を表現しました。
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2009年の7月にアルルに行った時には、ゴッホの絵のとおり、黄色の壁・ひさし・椅子やテーブルのある「カフェ・ヴァン・ゴッホ」が営業していました。しかし、残念ながら2025年7月現在は、閉店です。その代わり、隣のカフェが営業していました。
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2009年に賑わっていた『カフェ・ヴァン・ゴッホ』(写真)は、税務・法的トラブルにより2023年7月から営業停止になり、2025年7月時点でも再開していません。外観は残り、隣の別カフェは営業しているため、広場としての賑わいは続いています。
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アルルの町で創作に打ち込みながらも、ゴッホの精神は次第に不安定さを増していきました。激しい妄想と不安に駆られた彼は、同居していた友人ゴーギャンとの口論の末、自らの耳を切り落とすという衝撃的な行為に及びます。
写真:エスパス・ヴァン・ゴッホの庭 -
その後、彼はアルル市立病院(現エスパス・ヴァン・ゴッホ)に入院します。病院の庭(写真)は美しい花々が咲き乱れており、ゴッホは担当医の許可をもらって多数の作品を描きます。
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病院の庭を描いたゴッホの作品「アルルの療養院の庭」(写真)。この作品を描いた後も苦難は続きます。絵を描くことが彼の救いでありながらも、心の病は完全に癒えることはありませんでした。
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アルルのサン・レミの療養院を経て、パリ近郊のオーヴェール=シュル=オワーズに移り住んだ翌年、1890年7月。彼は畑に出てピストルで胸を撃ち、その2日後に命を閉じました。37歳の時でした。
写真:コンスタンティヌス共同浴場 -
たっぷりアルル観光を楽しんだあと、コンスタンティヌス共同浴場からローヌ川(写真)の堤防に出てみました。南仏の太陽を反射しながら悠然と流れる大河は、まさに堂々たる存在感。古代ローマ時代から交易路として栄えたこの川の流れは、今もなお人々の生活を支え続けています。
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川岸には、いくつものリバークルーズ船(写真)が整然と停泊していました。ライン川やドナウ川と並ぶヨーロッパの主要な水運ルートとして、ローヌ川を行き交う船旅は人気が高いそうです。
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夕暮れの光を浴びながら、古代ローマ時代の城門「カヴァルリ門」(写真)を振り返ります。堂々とした二つの円塔は、まるでアルルの歴史を静かに見守る番人のようです。名残惜しい気持ちを胸に、この門を後にしました。アルル観光「第2幕」終了。
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石畳の道を歩き続け、ようやくアルル駅(写真)に到着しました。歩き疲れた体を休めつつ、この街で過ごした濃密な一日を振り返り、大満足でアルル観光の終了を迎えるはず…、でした。ところが、ここから“ミゼラブル”なアルル観光「第3幕」がはじまります。
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夕方6時頃到着する列車が、待てども待てども来ないのです。アルルからアヴィニョン中央駅まで乗車すれば17分の短距離です。電光掲示板には10分遅れ、30分遅れ、1時間遅れ、と次々と遅延表示が出てきます。
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1時間以上も遅れてやっと来た列車に乗って、無事アヴィニョン中央駅(写真)に到着しました。時刻は午後8時を過ぎ、駅構内や近くのカフェはクローズです。これで終わりではありません。次は、アヴィニョンTGV駅行の列車が来ないのです。
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電光掲示板に表示もなく、ホームにあふれた乗客たちに動揺が走ります。1時間くらい待っても来ないので、ちょっとお喋りしていた地元のフラン人のお爺さん?(つたない英語ですが何とか意思疎通できます)が、もう列車は諦めてバスで行こう!ということで、彼に引率されてバスでTGV駅まで行きました。彼は本当に親切で、色々面倒をみてくれました。感謝感謝です。
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アパートホテル(写真)に着いた時は既に午後9時を過ぎ、玄関ドアは固くクローズされていました。玄関横のセキュリティパネルの暗唱番号を入力して施錠です。メモしていた暗証番号を入力するとき、ドキドキしました。うまく開錠しなけれな終わりです。再び感じたコンドミニアムのリスクです。
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幸い成功し、無事、部屋(写真)にもどってきた時は妻と手を取り合って?喜び合いました。数々の苦難が我々の旅の熟練度を高め、夫婦の絆(きずな)を強くさせてくれました。逆説的ですが、フランス鉄道に感謝?
補足です。遅延・ドタキャン連続のフランス鉄道に“うんざり”ですが、ホームで色々地元の人とお喋りしている内に、どうやら、マルセイユ近郊で森の火事があり、その影響で鉄道の運行がズタズタになっている、という話を聞きました。真偽は確認していません。
→アヴィニョン観光に続く
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