2025/06/10 - 2025/07/07
4位(同エリア13件中)
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マリアンヌさん
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かねてから訪れてみたかったサン=マルタン・デュ・カニグー修道院、バスと徒歩で行けるのか準備段階から思案所でした。
山道を登って修道院に到着しキオストロに会えた時、ロマネスクな世界に浸れて至福に包まれました。
予定どおりペルピニャンに帰ることができ、カベスタ二ーのロマネスク彫刻も見ることが出来ました。
6/10 羽田発イスタンブール経由
6/11 トゥールーズ着
6/12 モワサック修道院、モンパズィエ
6/13 ミランド城、マルケイサック、べナック=エ=カズナック、
サルラ=ラ=カネダ、
6/14 ヴィトラック、スイヤック、ロカマドゥール、ドンム、
ラ・ロック=ガジャック
6/15 コロンジュ=ラ=ルージュ、カルンナック、コンク
6/16 コルド=シュル=シェル
6/17 アルビ、トゥールーズ
6/18 カルカッソンヌ
6/19 コリウール、ペルピニャン
6/20 サン=マルタン・デュ・カニグー修道院、カベスタニー
6/21 サン=ギレム=ル=デゼール、モンペリエ
6/22 モンペリエ
6/23 ニーム
6/24 アルル
6/25 サント=マリー=ド=ラ=メール、カマルグ
6/26 アヴィニョン
6/27 ユゼス、アヴィニョン
6/28,29リル=シュル=ラ=ソルギュ
6/30 ルシヨン
7/1 エクサン・プロヴァンス
7/2 ヴァロンソル、ムスティエ=サント=マリー、サン=クロワ湖
7/3 ルールマラン、ゴルド、ルシヨン、フォンテーヌ=ド=ボークリューズ
7/4 シルヴァカンヌ、エクサン・プロバンス
7/5 マルセイユ
7/6,7マルセイユ発イスタンブール経由羽田着
*参考図書「フランス・ロマネスクへの旅」
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旅行準備の際、一番不安だったこの1日だった。
運転免許を持ってない私、いつでも公共交通機関で旅歩き。
Googleマップはかなり精度が上がり、都市部での電車、バス、トラムなどの時刻表は信用でき、使えるようになった。
一方、田舎の村までのアクセスについては検索が出来なかったり、正しくないこともある。乗換案内で示されたバスの路線、時刻と運行会社の時刻表を探して整合性を確かめてきた。 -
そして前日、コリウールからの帰路、バスターミナルに行き停留所を確認し、窓口の方に乗車券の購入方法を伺った。
発車15分前には待機し、無事乗車。 -
バスの車窓から見えた鷲ノ巣村や街角。
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ペルピニャン発 8:30
ヴィルフランシュ・コンフラン着9:34
1時間半も乗って、確か1ユーロほどだった。
一人ここで降車、乗換のバス停がよくわからない、田舎あるあるでこの標示板にバス路線番号や時刻表もないので確認できない。 -
乗換に30分弱あるので、城塞門を入ってみる。
ヴィルフランシュ ド コンフラン 散歩・街歩き
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乗換のことで頭がいっぱいだったが、ここヴィルフランシュ・コンフランはフランスの最も美しい村のひとつ。
まずは門を入ったところに観光案内所があり、乗換のバス停について確認した。 -
それでは少しだけ村を覗こう。
コンフランの首都であったこの古代の交易都市は、その歴史と防衛拠点としての地位を示す美しい痕跡を今も残している。 -
ヴィルフランシュ・コンフランの要塞村は、11世紀の終わりにセルダーニャ伯爵(バルセロナ辺境伯)によって谷を侵略から守るために設立されたそう。
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地産の石を使った中世の雰囲気に満ちた村だった。
19世紀ナポレオン3世によって堅固なものに修復されたリベリア砦、鍾乳洞やここからピレネーへ向かう黄色いプチ・トレインがあったり再訪したい村だった。 -
ヴィルフランシュ・コンフラン発10:11
ヴェルネ=レ=バン (レ ・テルメ)着10:20
バスがやって来てホッとした。そして乗客が私一人になるとドライバーが英語で話しかけてきた。大体の内容は、日本人ですか?息子がアニメ好きでね、秋に家族3人で日本に行くんだと。えーそうなんですかと私。
すると私が東京に住んでいる知り、泊めてくれないか?と。
悪い人とは感じなかったけどさすがにちょっとと思い、うーん、残念ながら家は部屋数も少ないのでとお断りした。
あっという間に到着し、カニグー修道院への道も教えて下さった。
(写真は、道路の反対側の帰りのバス停) -
時間帯によっては、この先のカスティユまでバスがあるのだが、この時間がここ止まり。カスティユまで徒歩30分、こんな道を登って行った。
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日向の道も多くて暑かった。
そしてカスティユに到着。 -
コーヒーブレイクしましょ。
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そう、このカフェで初めてコンポストトイレを使用した。
好気性微生物の活動によって排泄物を分解し、水をまったく使わないってものですよね。地球に優しい。 -
さあ目指すは、サン=マルタン・デュ・カニグー修道院。
牛さんがたくさん。 -
いい景色なんだけど、陽があたる坂道が結構キツイ。
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途中で見えた小さな教会。まずは修道院へ。
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緑の木陰も時折あって、まだまだ登る。ちょっと修行(笑)
感覚的には、東京の高尾山よりちょっとキツイ感じ。 -
あっ見えてきた。カスティユから1時間ほど、バス停からトータルで1時間半ほどで到着。
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イチオシ
11世紀に北カタルーニャで初めてできたロマネスク建築で、何度も崩壊の危機に遭いながら、信徒の努力で蘇った、千年の歴史のあるサン・マルタン・デュ・カニグー修道院。
サン マルタン デュ カニグー修道院 寺院・教会
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セルダーニュ・コンフラン伯ギフレは、997年カニグー山の中腹1094mの地点に、聖マルタンに捧げる修道院を創建する。周辺の封建諸侯たちとの闘争に明け暮れていたギフレは、老後は山中の修道院に隠棲し、静かに贖罪の日々を送ることを夢見てきたそう。ギフレの父のオリバ・カブレタも息子に爵位を譲ったのちに、イタリアのモンテ・カッシーノの修道院に入り帰天しているそう。
修道院に入るには、1時間ごとのガイドツアーチケットを購入する必要があった。
12時の英語ツアーに参加。驚いたことに日本語のガイドをお借り出来た。 -
時間が足りず、ここまでは行けなかったが全景はこんな感じ(自宅の本から)。
スペイン国境に近いピレネー・オリアンタル地方の奥深い山の中に建つ美しい修道院。 -
<物乞いにマントを与える聖マルティヌスの像>
ローマ帝国の属州だった今のハンガリーの町で、ローマ軍の高級軍人の息子として生まれたマルティヌスは、父と同じく軍人になったが、ガリアのアミアンを通った時、冬なのに半裸の物乞いに出会い、自分が着ていたマントを切って与えた。
マントはローマ軍のものなので、全部を与えるわけにはいかなかった。
その夜、物乞いに与えたマントを着たキリストが現れた。マルティヌスは約20年後に退役してから、キリスト教の聖職者として生涯を全うした。 -
1428年にこの地方を襲った大地震で、屋根と鐘楼が崩れ落ち、修道院は次第に寂れていった。フランス革命の10年前の1779年には病気で老いた5人の修道士しかおらず、あとを継ぐ若い僧がいなかったという。そして修道士の姿も消え、廃墟と化してします。
19世紀末、カタルーニャの詩人ジャサント・ヴァルダゲが廃墟をカタルーニャ語の詩に歌い、20世紀初頭にはペルピニャン司教カルサラードが修道院の復興に乗り出す。
司教の呼びかけに応じて多くの若者たちが工事に参加し、少しづつ往時の姿を取り戻していったそう。 -
1952年、ベネディクト派の大きな修道院にいたベルナール・ドゥ・シャバンヌ修道士がこの僧院を気に入り、移住して修復を引き継ぎ、1982年に完成させた。
高齢となったシャバンヌ修道士は元の僧院に戻り、没した。
ベネディクト派にはシャバンヌ修道士のあとを継ぐ僧がいなかったので、1976年にフランスにできたカトリックのグループである「べアティテュード共同体」が、僧院での宗教生活と観光客への対応を1988年から任されているとのこと。 -
いきなり、来てみたかった回廊だ!
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宗教行列か典礼の様子らしい。
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踊りの褒美に欲しいものを与えると義父ヘロデ王から言われ、洗礼者ヨハネの首が欲しいと言ったサロメ。ヒゲの男性はその願いを聞き入れた義父のヘロデ王。
サロメはキリスト教の大罪の中の色欲を表しているそう。 -
口が小さく耳が大きい僧が並んでいる柱頭。神の言葉を聞くという使命を修道僧たちに思い起こさせるため、聞くためには口を閉じなければならないからだそう。
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愛嬌のあるおサルさんみたい。
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左上:修道院の静修の規則を連想させる口を覆っている翼のある雄羊?か。
左下:タンタロスの責めをほのめかす地獄のビジョン?か。 -
山合の回廊(キオストロ)、人里から隔絶されて祈りの日々だったのでしょう。
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何とも言えない表情が面白い。
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柱の足元にも可愛らしい動物像。
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サルのような動物の隣には人間、目もとの表情がハッキリしている。
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羊のようでもあり髪が編み込みしてるみたいで、足には穴がいっぱい、舌をだしてる君は一体?
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12世紀頃のほっこりしたものたちに惹かれる。
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祈りの場としての回廊。修道士がこの世と断絶して、神にのみ捧げていた。
神の道へと徹底的にすすみ、人類全体の救いのために許しを請うという。
説明するガイドとともに引率くださった修道女さん。 -
ネコの帽子を被ったような君、口に手を当ててるのは静粛にってこと?
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柱頭ごとに同じ図像はなく、見飽きない。
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かつての墓石が修復の折、壁に埋め込まれたよう。
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顔の下におくるみの赤ちゃん、キリストですか?
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ラベンダーに似た紫の花。
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回廊の脇は絶壁の深い谷。
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これも喋っちゃダメよかな。
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角の動物に挟まれた人面で水かきがある怪物君?。
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見れば見るほど不思議なものたち。
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こちらもかつての墓石のよう。
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植物模様の上にも人面、柱の足元に人の頭。
自分の目で見てみたかった回廊、山道を登ってきた甲斐があった。 -
回廊(キオストロ)の中庭。
庭園は、天と天国、上空の現実を象徴しているそう。 -
薔薇も咲いていて穏やかな景色。
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ローマ美術初期の証となる地下聖堂。パンフより。
「西暦 1000 年頃、6 本の円柱に支えられた3つの交差客際のべイを持つ長い地下聖堂が建造されました。石造 の補強力バーが 6 本の円柱の 4 本を取り囲んでいることから、当初の計画が建築中に修正されたことが推測で きます。 同じくアーチ形をしている。2つ目の教会を重なり合わせるには、最初に建てられた教会を補強する必要があったのです。」 -
「地下聖堂は、その後すぐに拡張されました。この部分の半門筒ボールトは、十字形の柱に よって支えられています。この低い教会は、一部の大修道院長を埋葬する場所として使用されていました。そ の他の使い道は、はつきりしていません。地下聖堂は、聖母マリアに捧げられています。」
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3廊式の側廊。
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修道院の中心となる聖マルタン教会。パンフより。
「修道士たちは、神をたたえるため、大修道院付属聖堂に集まり、昼夜ミサや祭礼を行っていました。 上側に位置する教会と地下聖堂の構造は、似通っています。
三廊式のバジリカ方式で、後陣は半ドームの天井 を持っています。花崗岩でできたモノリスの10本の円柱と十字形の2本の分厚い支柱が半円筒ボールトを支え ており、修道士専用の空間と信者のための空間を隔てていました。重なり合った 2つの教会、石造りの円住と ボールトの組み合わせを持つこの修道院は、「初期ローマ美術」の並外れた大建造物となっています。
11世紀から修道院には、聖人ゴデリック(カタラン地方の農民の守護聖人) の聖遺物が崇敬されています。17 世品に若られた未製の彩色彫像の足元に2つの聖遺物が置かれています。」 -
2階から中庭を望む。
上の教会はミサ中だったが、静粛にしながら入れてくださった。 -
上部の回廊
この2つ目の回廊には、当時の屋根付きギャラリーに代わって造られた3か所のテラスが残っているだけとのこと。 -
鐘楼。パンフより。
「修道院のもっとも高い場所にある鐘楼には、祈りを促し、1日を刻む鐘があります。1026年に建てられた鐘 楼は、南仏における最初のローマ美術の特色を示しています。正方形の頑丈な鐘楼は、一対のベイ、石造りの 装飾アーチや「ピラスター」と呼ばれる垂直に伸びた帯で飾られています。2階には、聖ミカエル大天使のた めに造られた礼拝堂があります。
1428 年に起きた地震によって、鐘楼は大きな被害を受けました。ピラミッド形の屋根に代わって、銃眼付き のテラスが造られました。ファサードを装飾していた対になっている幾つかのペイは、ふさがれたり、建造物 を補強するためにシンプルな開口部へと置き換えられたりしています。その後、何世紀もの間、損害を受ける ことなく存続しています。」 -
自らあつらえた墓。パンフより。
「鐘楼のふもとにある庇の下には、岩に掘られた 2つの墓があります。ギフレ2世は晩年に修道士となり、 一番大きな穴を自ら掘って墓を作りました。もう1つの墓は、ギスラ伯爵夫人のものと考えられています。」 -
ここにも柱頭彫刻。
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見学が終わり後陣と鐘楼を眺める。
11世紀ギフレの一族は、ピレネーをまたぐカタルーニャという独立した国の基礎を築き、またカタルーニャ・ロマネスクの基礎も築いたとのこと。
1時間のガイドツアーの後、バスの時間もあり山道を気をつけながら、駆け降りた。 -
やっぱり上りより下りは楽、駆け下りたお陰で少し時間に余裕ができたので、往きに立ち寄ったカフェでランチ。
ヴェルネ=レ=バン (レ ・テルメ)発14:20 途中乗換して
ペルピニャン着15:50 -
予定通りペルピニャンに戻れたので、カベスタニーへ行くことに。
Googleマップによるとバス路線は、帰路はペルピニャン駅に着くが行きのバス停はコンフラン通りを5分ほど下がった場所。
Conflent発16:23
Poste着 16:59
バス停から歩くこと7分位、Centre de Sculpture Romane Maître de Cabestany
翻訳によるとロマネスク彫刻センター カベスタニーの巨匠 到着。
巨匠の作品をレプリカ展示しているよう。
そもそもカベスタニーという単語を初めて知ったのは、イタリアのトスカーナにあるサンタンティモ修道院のカベスタニーの柱頭写真だった。他のロンバルディア文様とは作風が明らかに違い、おそらく修道院長が彫刻家の評判を聞きつけ、制作を依頼したのだろうと。 -
パウチされたガイドより。
「カベスタニの教会のティンパニウムは、墓地側の近代的 な壁に組み込まれており、長い間人々の目に触れていませんでした。1932年歴史家や芸術家たちは、その表現と様式の独特な特徴に気づき、それを他に類を見ない傑作としました。
940年代、この地域で同様の特徴を持つ他の彫刻と比較された結果、カベスタ二ーの巨匠と呼はれる無名の芸術家によって制作されたと判断されました。」 -
「聖母被昇天のティンパニウム」
聖母マリアはキリストと並ぶアイコンと思いきや、9世紀のエフェソス公会議でマリアは「神の母」と定義され、キリスト教におけるマリアの位置づけが高くなった。
そしてロマネスク美術の発展によってマリア の信仰は広まり、多くの教会がマリアに捧げられた。キリストは昇天だが、マリアは神やイエスの導きで天へということで被昇天。
右端は、マリアを天に運ぶ天使たち、被昇天らしい。 -
左から、イエスがマリアの魂を抱く場面、周囲には天使。
隣は紐のようなもの(実はマリアの帯)を持った聖トマス。聖トマスは、聖母マリアの死後、彼女の墓が開かれた際に立ち会ったと伝えられていて、マリアの帯が残されていたことから、マリアの被昇天を信じるようになったとされている。
中央は、被昇天したマリアを天に迎え入れているイエス。 -
「カベスタニーの巨匠の繰り返し描かれるテーマは、聖母被昇天 、獅子座のダニエル、降誕とキリストの幼少期 。
1.聖母マリア
エフェソス公会議で神の母と定義れて以来、重要性が増した。現在では教会の根源の一つと考えられており、そのイメージは宗教美術や装飾にも広がっている。
2.天使
天使は神の僕であり、神と人間の間の使者として働く。彼らは神の守護者であり、サタンを倒す大 天使ミシェルに率いられている。
ロマネスク美術では、天使は有翼の人間として表現 され、中世末期には、すべての人間に守護天使 が宿るという考えが生まれた。
3.ライオン
古代から重要なシンボルであるライオンは、太陽の光線に似たたてがみを持っことから、百獣の王とされている。ライオンは勇敢で、常に警戒心が強く、目を開けて眠る。これ らの性質すべてから、ラィオンは神を象徴している。
獲物を丸呑みするその猟猛さは、悪魔と地獄の象微 にもなる」 -
「カベスタニの巨匠の作風。
カベスタニの巨匠は独自の作風を有していた。彼は熟練した彫刻家、 名匠とさえ称された。素材を巧みに使いこなし、 登場人物の身振りや衣服の動きを独創的に表現し、類いまれな表情を描き出す術を心得ていた。
手や顔の上部を歪ませ、 卵形で深く窪んだ目が顔の輪郭を形作る力強い鼻と繋がっている。 一方、 目は小さく、 顎はほとんど描 れていない。 そのため、 登場人物は動物的な雰囲気を帯ぴている。
また、登場人物を通して物語を語る構成においても優れていて、人物像が背景から際立っていることで、 場面に命を吹き込み、 その意味を伝えた。」 -
右から、羊飼いへの告知、キリスト降誕。
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続いて、幼子の沐浴、東方三博士の礼拝、エジプト逃避。
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「復活したキリストの弟子たちへの出現」フレデリック・マレス美術館。
この断片は、ヨハネによる福音書に基づき、復活したキリストがティベリア湖畔で使徒たちに出現する場面を描いています。
キリストは水面に立ち、右を向いています。キリストは「pax vobis(平和があなた方と共にありますように)」という碑文が刻まれた巻物を手に持っています。キリストは、髭を生やした使徒ペトロとヨハネに向かって、片手を挙げて祝福のしぐさをしています。 -
「神の手」エル・ポルト・デ・ラ・セルバ教区教会の南壁。
この長方形の銘板には神の手が描かれており、サン・ペレ・デ・ロデス修道院教会の入口上部に設置されていたと考えられています。 -
「アニュス・デイ」フレデリック・マレス美術館(バルセロナ)。
このレリーフは、サン・ペレ・デ・ロデス修道院教会の解体された正門のメイン・アーキボルトの要石であったと推定されています。
特に注目すべきは、子羊の「S」の表現で、厚みと動きを表しています。目にはドリルで穴が開けられています。多くの表現と同様に、子羊はキリストの十字架を担っています。 -
キャプションを撮り損ねたが、
「キリスト降誕」サン・ジュリアーノ・ゲッリ博物館
San Casciano in Val di Pesaだと思います。 -
「聖サドゥル二の石棺」サン・ヒラリ修道院。
トゥールーズの司教である名ばかりの聖人の生涯のエピソードで装飾されています。 -
前面右側には、名ばかりの聖司教が開いた本を持ち、2人の人物に逮捕されているところが描かれています。他の2人は、聖人が連行されているトゥールーズのカピトリオ(国会議事堂)を指しています。
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左側には、異教徒の生贄に捧げられる雄牛によってカピトリオから引きずり出される聖人の殉教の詳細が描かれています。
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「怪物の頭」ラグラス、サント・マリー・ドルビユー修道院。
おそらく修道院教会のかつての正門から出土したと思われるこの彫刻は、翼と髭を生やした怪物の頭を描いており、攻撃している男の服を口で掴んでいるように見える。 -
キャプション撮り損ねちゃった。怪物的な?
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「アダムとイブの柱頭」ラグラス、サント=マリー・ドルビユー修道院。
地上の楽園からの追放。この場面は、原罪を犯したアダムとイブが、既に衣服をまとった状態で、人差し指を伸ばした神の手によって楽園から追放される様子を描いている。3匹の羊も描かれており、今や人類の子孫を待ち受ける労働と牧畜の生活を象徴している。 -
「受胎告知」パッサの修道院。
大天使ガブリエルは左手に杖を持ち、十字架を担ぎ、右手で聖母マリアを指しています。短いローブを着た二人の男性像が向かい合って立っています。柱頭には関連性が認められない二つの場面が描かれています。この柱頭の左側は長い間、聖ヘレナへの十字架の表現と考えられてきましたが、現在ではより伝統的な受胎告知の場面であると考えられています。一方、この場所は聖母マリアに奉献されています。大天使ガブリエルが持っている十字架はキリストです。同じテーマは、ビラロンガ デル モンツにあるサンタ マリア デル ビラル教会の祭壇画のフレスコ画にも見られます。一方、柱頭の見える側には短いローブを着ている二人の男性像が描かれていますが、こちらは解釈がより困難です。 -
「ホルン奏者」 パッサの修道院。
これらは頭のない神話上の人物で、顔は胴体の先端にあり、腕の付け根は目よりも高くなっています。彼らはホルンを演奏している姿で描かれており、サン・パポルの他の柱頭にも同じモチーフが見られます。
人物たちは耳の代わりに腕を頭まで上げています。
この神話に由来する怪物は、7世紀のセビリアのイシドールスによって想起されました。そのため、巨匠がこれらを描いた中世の敬虔な想像力の中に、数世紀にわたって存在しました。これらの「頭のない」怪物は、リュウ=ムネルヴェスとサン・パポルの彫刻作品に見られます。これらの彫刻は、カベスタニの巨匠が聖職者であったか、少なくとも宗教分野で重要な教育を受けていたという仮説を推し進める助けとなりました。 -
これもキャプション撮り損ねちゃった。毛並みが渦巻く怪物的な?
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「穴の中のダニエルの獅子柱頭」サン・アンティモ、サン・アンティモ修道院。
預言者ダニエルは両腕を上げて祈りの姿勢を取り、足を組んでいる。彼は預言者ハバククに向かって右を向いている。ハバククは天使の介入により、食料の籠と共に穴の中に降ろされている。ダニエルの周りには、獰猛な4頭のライオンが配置されている。バビロンの太守(ダニエルの死を扇動したペルシャ帝国の属州の総督)が裁かれるエピソードが描かれている。うずくまっていた2人の男がライオンに襲われ、食べられてしまう。この柱頭のテーマは、『サン・パポル』(『ライオンの穴の中のダニエル』とバビロニア人への罰の章)に見られる。 -
「バビロニア人による迫害」サン・パプール修道院、カルケール。
預言者ダニエルの生涯におけるエピソードを表しています。ライオンの穴にいるダニエルを描いた主要な場面は、「サン・パプール」と「サン・アンティモ」に描かれています。
バビロニア人はキュロス王をそそのかしてダニエルを断罪させました。穴の中でライオンたちは彼を助けました。王は預言者ダニエルを連れ出し、彼を失わせようとする者たちを穴に投げ込みました。 -
カベスタニの巨匠は誰でしたか?
5つの答え。..
1.誰もいない
可能性はあります。50年間、私たちは彫刻作品の共 通点を強調することで、カベスタニーの巨匠の作品で あるとしてきました。しかし、芸術における共通の 特徴が、必ずしも共通の起源を持つことを意味するわけではありません。より遠い作品については、単 なる偶然かもしれません。
2.優れた芸術家だが、孤立していた
様々な彫刻の異なる様式から、私たちは孤立し、時代の流れに乗れなかった芸術家を思い洪がベるかもしれません。彼は、カべスターの巨匠とされる作品の全てを制作したわけではなく、カベスタニーのタンパンのように、未完成に終わった最も重要な作品だけを制作したと考えられます。 -
3.独立した彫刻家であり、巡礼者でもあった
中世には、様々なタイブの彫刻家が存在しました。 カベスタニーの巨匠は、おそらく異色の独立心を持つ人物で、ラングドック地方とカタルーニャ地方 の様々な建築プロジェクトに時折参加していました。生来の旅人であった彼は、個入的な巡礼の旅のついでに、ナバラとトスカーナに芸術作品を残したことでしょう。 -
4.エ房を率いるブロの彫刻家
カベスタニーの巨匠は、プロの彫刻家であり、石 工であり、建築家でもありました。ナルボンヌ教区 ではよく知られており、工房を所有し、多くの助手 を抱えていました。すべての彫刻が彼自身の作品で はないかもしれませんが、彼の影響は至る所に見られます。 -
5.宗教家であり、聖職者でもあった
カペスタニーの巨匠は、美術と彫刻を専門とする 聖職者だったのかもしれません。
彼の作品とされる 作品のほぼ全ては、主要なベネディクト会修道院に所蔵されています。11世紀から12世紀にかけて、ナ ルボンヌはラングドック地方とカタルーニャ地方の大司教区であり、宗教の中心地でした。
ナルボンヌはこの広大な領士の中心であり、彼の作 品のほとんどがここに所蔵されています。 -
カベスタニーの巨匠、なかなかのミステリアスですね。
持ち送りも個性的。 -
「ライオンの柱頭」リュウ=ムネルヴェ、サンタ・マリア教会。
4頭のネコ科動物の体は、同じ頭の下に対になって集まっており、その頭頂部は、太くカールした毛で梳かれた豊かなたてがみから伸びています。斜長で非常に細長い目には、ドリルで穴を開けた瞳孔があります。
アバカスには、星を散りばめた花々が高浮き彫りで描かれています。
ここでは、彫刻家のスタイルは教会の西側門ほど強くは表れていません。ライオンはより装飾的です。
しかし、このため、この頭頂部は、細部まで精巧に、かつ様式化された花の装飾が施された回廊の他の部分とよりよく調和しています。ライオンはカベスタニの巨匠によって頻繁に彫刻されており、サン・アンティモ、サン・パポル、そしてペララーダ城博物館に保存されているものなどが挙げられます。 -
「ライオンと角笛の柱頭」リュウ=メネルヴェス、サンタ・マリア教会。
ライオンは湾曲した体と力強い脚を持ち、カベスタニの巨匠によって頻繁に彫刻されている。サン・アンティモ、サン・パポルの柱頭、そしてペララーダ城博物館に保存されているものなど。
首のない角笛の角笛のテーマは、モネスティル・デル・カンプ修道院とサン・パポル修道院の柱頭にも表現されている。これらは中世の教会文化で知られる神話上の怪物である。これらの柱頭のアバカスには植物のモチーフが描かれている。
この時代の彫刻は、ほとんどの場合、象徴的な視点から描かれている。3つの柱頭のセットは、全体として解釈すべきだろうか、それともむしろ、3つの無関係な場面として解釈すべきだろうか?このような特別な計画を持つリュウ・ムネルヴェ教会は、必ずそのような疑問を抱かせることになる。 -
「聖母被昇天の柱頭」リュウ=ムネルヴェ(Rieux-Minervois)聖マリア教会。
聖母は4人の天使に支えられたマンドルラ(頭頂部)に座り、天へと昇っていきます。目は閉じられ、頭は首まで垂れるベールに包まれています。場面の両側には、三角形の顔が力強く突き出た天使たちが翼を広げています。天使たちの中には、後光を受けた人物が描かれています。これは、受胎告知の場面に居合わせ、聖母被昇天に同行した大天使ガブリエルかもしれません。この大きな柱頭は、植物のモチーフ(ヤシの木や葉)を描いたアバカスで飾られており、その先端には怪物の口が描かれています。聖母被昇天は、カベスタンのティンパヌムにも描かれています。 -
この日も猛暑、閉館1時間前にロマネスク彫刻センターに飛び込んだ私、気付けば喉がカラカラだった。お店の場所を聞いて更に7分ほど歩いて水を購入、一気飲みした。それでという訳ではないけど、近くの教会にあるカベスタニーのティンパニウムの本物を見忘れた(涙)
そして帰路、バスを途中下車し、ペルピニャンの旧市街のスーパーで夕食を買い、ホテルに戻った。ペルピニャンの旧市街 旧市街・古い町並み
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ホテルから旧市街は徒歩15分位だったので、ちょっと疲れた1日、あらためて20時から外出はしんどいので、ホテルの部屋食でゆっくりした。
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頑張ったロマネスク至福の1日だった。
明日はモンペリエに向かいます。
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旅行記グループ ペリゴール・リムーザン・ラングドック・プロヴァンスをめぐる28日間
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