2025/07/17 - 2025/07/20
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binchanさん
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今回の旅行は三泊四日。その二日目の旅行記がもう4冊目なのですが、まだ午前中です。「この旅行記、一体いつまで続くの?」と不安になっている方のために中間報告。
二日目の旅行記はこのあと5冊、三日目の旅行記が6冊、最終日が1冊で総計19冊で終わります。
記録しておかないと忘れてしまうので細かいことまで書いてます。趣味が似ていて時間と根気がある方がいらっしゃることを願っています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
7月18日金曜日 旅行二日目
10:38、竹東市場のあたりまでやってきました。 -
お昼前なのでものすごく賑わっています。なんか楽しい。
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中央市場の建物内は人が少なめ。プロ向けの店っぽいのでもっと早い時間が混んでいるのかな。
中央市場 市場
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美容院もあったりして。
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米苔目、おいしそうだなあ~。
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おやつは水蜜桃にしよう。
桃園の拉拉山産。一斤いくらで売っていますが一個だけ買ったら56元でした。確か半斤くらいの大きさだった。 -
竹東天主堂(カトリック教会)の前に出ました。今回の訪問地ではカトリックの教会が目立った印象です。
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竹東之心と名付けられたロータリー。中心にお菓子の家みたいな建物がありましたが何のためのものかは不明。
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ロータリーに面してある竹東鎮公所(役場)。
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10:57、竹東林業展示館に到着。
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「竹東林場製材廠 貯木場辦公室」だった建物を利用しています。
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竹東の林業開発・発展の歴史をパネルや当時の道具の展示によって紹介しています。
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この建物、一見日本時代に建てられたもののように見えますが、戦後の1958年築です。日本時代の建築様式を踏襲しつつ、新しい規格を用いるなど技術の変遷が見て取れる貴重なものだそう。見てもよくわかんないんですけど、天井を撮影してみました。
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この地区の林業が発展したのは、1940年頃に日本の植松材木がここに出張所を開いてから。展示物には周辺地域の林業に関するものもありました。
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ポータブル計量器。
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この地区の産業の歴史が書かれています。
台湾は1985年に全地域で材木の伐採を禁じているので、林業はその少し前から衰退していきました。 -
内灣線がないころでも軽便鉄道は通っていて、それは上坪(朝に行った軟橋のさらに上流)にまで至っていました。
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室内は冷房で涼しかったですが、樹木に囲まれたこの感じ、外見にも涼しさを感じます。
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11:17、続いて「竹東林場建築群」のある一画へ。
この地域の林業は、山間部で伐採した木材を竹東に集積して加工、出荷するという構造でした。竹東には貯木場、貯木池、製材所など林業を支える施設があり、それに付随する事務所、職員宿舎などを含めると広い範囲に様々な建物があったわけです。それらのうちいくつかの建物が文化財として保護され、一部が公開されています。
この建物は1970年代に建てられた宿舎で、各階に2戸ずつ合計4戸の家族が入居できたそうです。リノベーションされて展示スペースとなっており、この時は企画展も行われていたはずなのですが、公開していないと思い込んでいて入ってみませんでした。残念。 -
隣に似たような構造の建物がありました。普通に人が住んでいるのかな?
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もう一軒同じタイプの建物。木まで生えてる…。立派な住宅だっただろうに、どうしてこんなことになっちゃうんだろう。
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東林路148巷と中正路、長安路53巷沿いにも古い建物が残っています。
3つ上の写真の住宅が中正路のもの。 -
東林路148巷に入ってみました。
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建物が残されてはいるんですが、
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修復されているものはなさそう?
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と思ったら、資料館として修復公開されている家を発見。
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ここも企画展の会場です。
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日本建築なので靴を脱いで上がります。
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古い測量道具などが展示されています。
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民國50年(1961年)の公告文書。中華民國の統治下におかれて間もないころだからでしょうか、全文に読み仮名(注音符号)がふってあります。
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お、昔懐かしいトイレの戸。
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開けてみたら手洗い場がありました。
この建物も涼しかったので座り込んで休憩させてもらいました。途中で作業服を着た方たちが何人か入ってきたのですが、すぐに出て行かれました。お邪魔だった? -
同じ区画には普通に人が住んでいそうな建物もありました。
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結構な数の古い家が残されています。これ全部修復するのかな?
この時は知らなかったのですが、長安路の方には防空洞の跡や診療所だった建物もあるらしいです。 -
11:38、駅の方へ向かいます。
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駅前に泰雅族(タイヤル族)文化をテーマとした商業施設「幾散竹東」があるのでのぞいてみます。
新竹縣の泰雅族人口比率は県全体で2.79%、竹東鎮が3.38%ですが、南隣の五峰郷では72.12%、内灣のある尖石郷になると83.33%と突出した高さ。台湾全体では0.42%なので、新竹の山間部では泰雅文化が色濃いに違いありません。(データは2023年7月ウィキペディア)Wah幾散竹東 散歩・街歩き
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一昔前の竹東は石油や天然ガスが出たり、ガラスの材料になる珪砂もとれたり、森林資源も豊富で、農業も盛ん。とても産業が豊かな地域だったそうです。そういった品物を運ぶため竹東站には広い敷地がありました。ここはその跡地を利用した施設。
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旅服中心(ツーリストインフォメーション)もありました。
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泰雅族文化体験コーナーもあるんですが全く人がいません。休日限定?(学校は夏休みのはずだけど…)
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矢を射る的はイノシシ。目が10点、眉間が9点…。そこが急所なのね。
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お店もありますがやはり人は見かけず。
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11:44、ランチタイムになればお客さん来るのかな?
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線路の跡。
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40TP32236と40TPK3222という1971年インド製の古い車両が再利用されています。
これの仲間の車両に2018年7月に乗ったことがありました。2025年8月でもその車両は現役との情報があります。 -
これも鉄道関係の建物だったんでしょうね。
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竹東站は交會(すれ違い)に使われる駅で、今でも構内はそれなりに広いです。手前の草地も以前は線路があったんだろうな。
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古そうな建物も見かけ、
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レンガの壁がいたるところに残っています。
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内灣線がここまで開通したのは1947年ですが、こういったレンガ造りの建物もその頃のものなんだろうか。それとも軽便鉄道時代のもの?
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リノベーション部分に隠れるように残っているレンガ部分。
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どうせならしっかり目立たせればいいのに。
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こちらは日本建築風に見えます。折衷建築かな。
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こんな角度からホームが見えます。
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それにしても人がいない…。
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12:00、竹東観光を終えて内灣線駅訪問へと駒を進めましょう。
おやつの水蜜桃をホームでいただきま~す。
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