2022/11/10 - 2022/11/10
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長崎市に出張したので、隙間時間を利用して長崎市の三社参りとして知られている諏訪神社・松森天満宮・伊勢宮神社を参拝しました。
昼食後、仕事をしました。
ホテルに戻ってもまだ明るかったので、営業時間の長い長崎歴史文化博物館を見学しました。この種の施設はだいたい17時閉館がほとんどですが、19時まで開館しているので、とても有り難いことでした。
1日目
自宅→成田空港→長崎空港→長崎駅と移動して、市内で仕事をしました。
2日目
午前中に長崎市三社参りをして、午後は仕事をしました。ホテルに戻った後、歩いて行ける長崎歴史文化博物館を見学しました。
3日目
長崎バスとさいかい交通のバスを乗り継いで神の浦(こうのうら)港へ、フェリーに乗って池島へ渡り、池島炭鉱廃墟と猫の島で一夜を過ごしました。
4日目
池島から船とバスを乗り継いで長崎駅前に戻りました。寺町通りを歩いて興福寺へ、めがね橋から崇福寺へ坂を登り、長崎観光を終えました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
諏訪神社から坂を下って松森天満宮へ来ました。寛永2年(1625年)に今博多町の中島川のほとりに創建し、明暦2年(1656年)に西山(圓山・元諏訪神社跡地)、現在の地へ遷宮しました。諏訪神社、伊勢宮とともに長崎三社とされています。
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正門です。延宝8年(1680年)に長崎に居留していた中国人商人により寄進されました。
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一の鳥居。樹齢300年以上の楠(天然記念物指定)に囲まれています。
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扁額には松森神社と記されています。
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舞台。
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老松殿。毎年、椿展が開かれています。
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太鼓橋。水のない神池を鶏が歩いていました。
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境内には、たくさんの鶏が放し飼いにされていて、酉年生まれの私には御利益がありそうです。
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神池の先に、梅の句碑。
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太鼓橋を渡ると二の鳥居。
延宝8年に出来た池には木橋が架かっていましたが、文政元年(1818年)に石橋が寄進されました。 -
この砲弾は日露戦争の戦利品で、明治40年に奉納されました。頑張れウクライナ、頑張れ日本。
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松森天満宮の案内図。
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手水舎。この手水鉢は朝顔がモチーフです。
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梅の句碑(内側)。両面に11首ずつ俳句が刻まれています。
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松森天満宮の拝殿。
延宝8年(1680年)に奉行の牛込忠左衛門が社殿整備を行いました。
御際神は、天穂日命(菅原氏の先祖・土師氏)
菅原大神(菅原道眞公)
菅原是善卿(菅原道眞公の父で文章博士・参議)
の三柱です。 -
御本殿。
外囲いの瑞垣の欄間には、様々な職業の様子が30枚の板に浮き彫りされています。正徳3年(1713年)に奉納された県指定文化財の「職人尽」です。
御用指物師の喜平衛と藤右衛門が製作、唐絵目利の石崎融思が天保2年(1831年)に塗り直しています。
彩色保存のためフラッシュ撮影は禁止です。 -
御本殿。
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30枚の板には、30の職業や庶民の暮らしが彫られています。
ただ、御本殿は社叢の中にあるため暗いです。また、彫りも薄肉彫のためよく見えない作品があります。
これは、紙製造の図。 -
彫刻師 真田紐製造の図。
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化粧箱製造の図。
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漁労の図。
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稲植の図。
写りの良い5枚を載せました。 -
大楠、樹高20~25m、胸高幹囲7.8mの巨木です。長崎市指定天然記念物。
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境内には摂末社が幾つもありました。
今博多町天満宮、新大工町天満宮は、工事をしていました。
今博多町天満宮は、昭和44年(1969年)に今博多町から還座、正殿、拝殿、鳥居(昭和3年建立)等も移築しました。
新大工町天満宮は、明治2年(1869年)に勧請、今博多町天満宮の還座後に、同社殿に合祀されました。 -
塞神三柱神社。
御祭神は、
八衢彦大神
八衢姫大神
衢立久那斗大神
の三柱です。
鳥居には明治8年(1875年)8月建立の刻銘があります。 -
塞大神の額。
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五方殿。
各地の神社を合祀する所。 -
五方殿には稲荷神も祀られているようです。
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大学稲荷大名神。
小学稲荷大名神も合祀されています。
丸に十字の紋章が見えます。 -
大学稲荷大名神の社殿内部。
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撫で牛。100年以上撫でられています。
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猿田彦神社・老松神社・白大夫神社(合祀)。
石祠に正徳3年(1713年)癸巳11月経始 文政8年(1825年)乙酉2月再脩の刻銘があります。
老松神社は寛延3年(1751年)6月8日に勧請。
白大夫神社は創建不祥、御祭神は度會晴彦命です。 -
米津稲荷大名神。
爐糟町鎮守、大正4年(1995年)12月に遷座。
続いて伊勢宮神社へ向かいます。 -
伊勢宮の敷地の半分以上を占有している介護支援センターながさき デイサービスステーション伊勢の杜。
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伊勢宮神社。
中島川沿いに石造りの神明鳥居があります。 -
よその神社とは参拝方法が違う、と激しくアピールしてます。
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二の鳥居は檜造り。令和元年に再建。
戦国時代、この地にはキリスト教会が建てられていました。 -
手水舎。
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寛永16年(1639年)に仮宮殿を創建。
祭祀を行い伊勢宮(いせのみや)と称しました。
延宝8年(1680年)に町名を伊勢町と変更しました。 -
ご祭神は、
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
豊受姫大神(とようけひめのおおかみ)
素戔嗚尊(すさのおのみこと)
の三柱です。
明治19年(1886年)、伊勢町にあった八坂神社を合祀し素戔嗚尊の御神璽を相殿としました。
開運・厄除け・家内安全・五穀豊穣・商売繁盛・縁結びの御神徳があります。
また、拝殿内には元禄9年(1696年)に奉納された「三十六歌仙額絵」があります。 -
明治34年(1901年)に長崎で初めて神前結婚式が行われた神社です。
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樹齢500年を超える御神木の楠です。
以前は樹齢300年といわれていましたが、調べ直したところ、実は樹齢500年とわかり、伊勢宮が創建される前から生えていました。 -
楠稲荷神社。
稲荷大神は楠木正成の守護神と言われ、祀られています。 -
拝殿の奥に鷺神社があります。鷺神社の御祭神は日本武尊 です。
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さらに奥にも摂末社がありました。
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御本殿(真後)。
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御大典記念碑。
昭和天皇御即位の記念碑と思われます。 -
諏訪神社駅の周辺にはたくさんの飲食店がありますが、お勧めされたのがこちらの浜康さん。本業は魚屋さんですが、食事もできるお店です。
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店内は10人ほど待っています。
コロナ前は昼と夜の営業でしたが、現在はランチタイムのみ。魚屋さんはずっと営業しています。 -
メニューが張り出されています。
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刺身盛り定食 880円。刺身がたっぷり、安くて旨い。人気のはずです。完食しました。
隣に座った年配のご婦人は、病院帰りに必ず寄ってると話ていました。 -
長崎駅へ移動します。
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長崎駅前、工事中です。
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長崎駅前高架広場。長崎の観光名所をご案内。
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長崎駅前高架広場にある「少女と盲導犬」の像。
新橋駅の日比谷口には「乙女と盲導犬」の像があります。 -
ペーロンの覇者。長崎駅前高架広場の階段途中にありました。
制作者の田中久勝氏は、長崎県生まれの彫刻家です。 -
長崎駅への通路。
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令和4年9月23日に開業した西九州新幹線かもめ号。
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稲佐山です。
頂上には三角点があり、標高333mです。
東京タワーと同じ高さですから見晴らしが良いです。 -
稲佐山の頂上、左の円筒形の建物が稲佐山山頂展望台です。
日本三大夜景の一つとして有名ですが、私は以前に夜景を見ているので、今回は上りませんでした。 -
駅前が工事中で不案内のため、翌日のバス乗り場を確認しました。
ホテルに荷物を置いたら、もうすこし観光しましょう。 -
諏訪神社の麓に広がる長崎公園に来ました。
こちらは日本銀行 長崎支店。
昭和53年(1978年)に建て替えられた建物で、諫早石を使用しています。 -
日本最初の罐詰製造の地碑。
明治12年(1879年)、長崎博覧会終了後に長崎県が缶詰試験所を設置、その後明治17年に払い下げられ松田缶詰所を開設しました。日本最初の缶詰めは鰯の油漬けでした。。 -
長崎県立長崎図書館の入り口ですが、ここから長崎歴史文化博物館にも行けました。
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元長崎市長の田川務先生像。
市長在任中、原爆投下で全壊した浦上天主堂の廃墟を撤去し、昭和34年に被爆前の天主堂を模して再建しました。 -
この辺りを玉園・諏訪の森と言います。
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日本写真界之始祖 上野彦馬之像。
昭和26年5月に長崎写真師会が再建したもので、晩年の面影が忠実に再現された胸像です。
上野彦馬は、坂本龍馬の肖像写真で知られています。 -
ツュンベリー記念碑。
スウェーデン人で蘭商館医でした。 -
施福多(シーボルト)君記念碑。明治12年(1879年)に建立。江戸時代、蘭商館医とし て来日しました。
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田口長治郎翁之像。昭和50年建立。
島原市生まれの政治家。 -
牛と馬の歌、碑。中村三郎氏の歌碑。
川端に牛と馬とがつながれて牛と馬とが風に吹かるる
この歌碑は、昭和48年の文化の日、長崎歌人会の人達によって建立されました。 -
西岡竹次郎先生像。
長崎市生まれの政治家。 -
長中健児の像。
長中(ちょうちゅう)とは明治17年(1884年)創立の旧制長崎県立長崎中学校のことで、校訓は「質実剛健」でした。 -
山のサンタ・マリア教会跡石碑。
戦国時代、この地にはサンタ・マリア教会が建てられましたが、徳川家康のキリシタン禁制により破却されました。 -
さるく人形。
長崎弁でブラブラ歩くという意味の「さるく」、長崎県長崎市観光キャラクター「さるくちゃん」です。 -
長崎奉行所(立山役所)を復元した建物です。
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長崎奉行所の正面玄関。
入室は長崎歴史文化博物館からです。 -
建物に沿って長い通路を進みます。
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長崎歴史文化博物館の入り口に着きました。
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長崎歴史文化博物館のエントランス。
営業時間は8:30~19:00(冬季は18時まで)と長いので、職員の方は大変でしょうが、観光客にはとてもありがたいです。入館料は630円。 -
しっかりと坂本龍馬さんが立っていました。
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江戸時代のくんち神輿。現存する最古の神輿で、延宝4年(1676年)から明治11年(1878年)まで、実際に使われていました。
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タルタリア図(1570年)、ジパングと呼ばれた島。ジパングの様子は、マルコ・ポーロの情報に基づいています。
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最古の地球儀、ベイハイム地球儀(1492年、複製)。
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原城の遺物。
天草一揆の戦場となった原城跡から発掘されたロザリオの玉、十字架、火縄銃の玉などを展示。 -
末次船の絵馬。
無事に帰国できた南蛮船の船員らが奉納したもの。 -
出島。寛永年間の長崎の様子。
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釜山窯の日本への献上品。
寛永16年(1639年)に対馬藩は釜山倭館に窯を設置して茶碗などを作っていました。 -
対馬藩の儒学者、雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)の肖像(複製)。
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朝鮮国信使絵巻(複製)。
文化8年(1811年)頃、対馬厳原を進む朝鮮使節一行。 -
主要な貿易品。
反物、砂糖(袋)、ワイン、書籍、駱駝の剥製もありました。 -
貿易品の数々。
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ヨーロッパに渡った陶器。古伊万里様式の壺。
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御用棹銅箱。日本からの主要な輸出品、棒状の銅を一箱に約200本詰めて60kg。
ヨーロッパではコインや大砲の材料になりました。 -
中華料理の食材。
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媽祖像。中国の船には必ず祀られている媽祖像です。
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媽祖像。媽祖信仰は、現在も続いています。
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福斉寺の1/120模型。
福済寺(ふくさいじ)は、長崎県長崎市筑後町にある黄檗宗の寺院で山号は分紫山。
寛永5年(1628年)に建立され、崇福寺、興福寺とともに「長崎三福寺」と呼ばれています。 -
福斉寺の境内図。
戦前には本堂(大雄宝殿)などの建造物が国宝指定されていましたが、原子爆弾で焼失しました。 -
石造りアーチ橋の工事模型。
琉球王国を除いて、日本最初の石造りアーチ橋は長崎市内の眼鏡橋と言われ、九州各地に広まりました。 -
上野撮影局に出されていた看板。
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上野彦馬が撮影した坂本龍馬、大浦慶、グラバーの肖像写真。
大浦慶は、日本茶輸出貿易の先駆者として活躍、安政年間半ばから慶応元年頃にかけて大きな成功を収めました。この頃、坂本龍馬とも親交があったようです。
茶貿易の主役が静岡県に移ると、大浦家は衰退したが、明治政府は日本茶輸出貿易の先駆者としての功績を認め、茶業振興功労褒賞を贈りました。 -
上野彦馬の写真機。
オランダ人医師ポンペのもとで写真と出会い、スイス人写真家ロシェに写真術の指導を受けて文久2年(1862年))に上野撮影局を開業しました。
この写真機は、ハンドルを回してピントグラスを細かに伸縮させる方式です。レンズは1886年に特許を受けた米国J•ZENTMYER製の広角レンズで、彦馬が使用したものとしては現存する唯一のものです。 -
重錘式モールス送信機。
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真鍮踏み絵 十字架上のキリスト。
17世紀に5点作られた一つ。 -
真鍮踏み絵 聖母子像。
こちらも17世紀に5点鋳造された一つ。 -
長崎奉行所(立山役所)に入室すると、紹介ビデオが上映されていました。
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江戸時代から続く長崎くんちのビデオ。
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長崎奉行所(立山役所)を再現した建物。
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長崎奉行所(立山役所)を再現した建物。
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ご禁制の品々がありました。
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こちらもご禁制の品。
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見学を終えて外に出たら真っ暗でした。
こちらが長崎奉行所(立山役所)の正門、とても立派でした。
ホテルに戻り、明日の準備をしましょう。長崎の2日目も無事に過ごしました。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました。
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