硫黄島・黒島・竹島旅行記(ブログ) 一覧に戻る
離島の旅5回目で鹿児島県三島村(竹島・硫黄島)を訪れます。(3泊4日)<br />羽田より鹿児島に飛び、1泊。フェリーみしまのガン検診船で竹島を4時間弱、観光します。その後、硫黄島に2泊。帰りに鹿児島観光、鹿児島より羽田に戻りました。(写真)聖大明神社の1対の唐猫(1715年9月に平山右衛門により造られた。島には沢山の石造物が残されています。) <br />②2022年6月6日(月)<br />鹿児島7:45(フェリーミシマ)10:45竹島に着きます。(島民のガン検診ノ間、観光。)<br />(竹島観光)軽自動車をレンタルし、黒島在住の方と一緒に回ります。(NPO法人「みしまですよ」)<br />佐多浦放牧場 高平山 大名竹 大山神社 アビ山 籠港 オンボ崎 竹島体育館 ふれあい広場 東風泊 聖大明神社カラン山 井ガワ ガジュマルの門 アイアイ会館 九玉神社 竹ノ家(商店) 郵便局 村役場 六地蔵 小・中学校 竹島港と急いで回ります。<br />竹島14:20(フェリーー昭和硫黄島を見て)15:10硫黄島港に着きます。<br />(竹島)鹿児島県三島村の竹島(韓国に占領されている日本海の竹島とは違います。)で周囲9.7m 面積4.2平方km 人口は約72人 島全体が大名竹に覆われ、起伏の少ない島で、牧草が多く、黒毛和牛を育てています。縄文後期(約3000年前)の遺跡(昭和28年に石斧等 昭和43年に石鍋 縄文土器 スリ石等が発掘)がありますが、アカホヤ噴火で亡くなったそうです。江戸時代は人口は150人前後いましたが、1726年や1793年頃、疱瘡(天然痘)が流行して人口が激減。明治時代になり、漁協が出来、水産業が発展し、M4に3島で600人 M28に1000人と増える。硫黄島の硫黄採掘で人口が増え、昭和25年は3島で1397人となるが、以後、減少(昭和39年閉山)。今は3島で約500人程です。島民の厄を払う神々があり、竹島はタカメン 硫黄島はメンドン(八塑太鼓踊り) 黒島はオニメンと言います。<br />方言で「アシタヨナー」サヨウナラ 「ワー」お前 「マクッタ」転んだ「ヌッド」寝るぞ 「ウッチャブタ」壊した「バッテ」シカシ 「ウエンサコ」屋根 「カタネ」最初 等があります。<br />(聖大明神社)創建は不詳。鹿児島の照国神社が兼務しています。大昔、大浦という所(今の東風泊)に溜池があり、その周りが落ち込み、竜神が現れ、化して石になったという。その時、神のお告げがあり、この神社を建立したと言います。1442年、奉納の鰐口があったが、現存していません。例祭日は9月9日で 8月31日に八塑踊り 1月21-22日に馬方踊り(疱瘡の為)が行われます。<br />1対の唐猫は1715年に鹿児島の石工・平山右衛門が竹島石を使って彫刻をした。境内一番奥にはお伊勢様を祀り、上記の祭りを行います。<br />(島の石祠)江戸時代の疱瘡の流行により、聖神社2基 九玉神社1基 大山神社1基 ガラン山1基と石祠が造られた。(中に空間があり、蓋の戸があり、上の屋根の部分にスライドの溝があります。「マサゴ」という浜の小石を後ろ向きになり最初に触った石を拾い、年の数だけ祠に奉納します。2~3個が多く、子供の祈願をした為と思われます。石は大きくなると言われています。寄進者や長文が彫ってあります。)<br />(石の文化)石祠や石塔が島には沢山あります。1710年、船置き場を切り開いた時、石切職人2人(小野とその弟子の平山右衛門を招き、船置き場完成記念碑「エビスサア」を彫る。平山右衛門は30年間、島に残り、様々な彫刻を彫り、その技を伝えました。(1対の唐猫 多くの石祠 井戸への階段(1716年10月) 聖大明神社の石垣「切り込みはぎ」(1716年9月)  聖大明神社赤い鳥居脇の2つの石灯籠(1716年11月)等。後で参拝します。 <br />(疱瘡)寛政3-5年(1790-1793年)に流行した疱瘡の際、死者が39名、34戸のうち、1戸ノミ無事(島外に行ったため) 一家とも死亡した家は8戸あった。原因は種子島よりの女物の着物に付いていた菌であった。寛政5年、生き残った女性が流行しないように疱瘡の神に捧げる踊りをした。(馬方踊りで聖神社のお伊勢様の前で踊り、念仏踊り調の悲しい調べです。)<br />(653年の遣唐使船の漂着)「三島村誌」で653年に遣唐使船が難破して竹島の籠港に着いたが、船が大破して120人中115人が死亡。5人が助かり、小アビ山に登り助かる。大使を祀るために大山神社を祀る。5人は竹で筏を作り、都に帰り着く。亡くなった人を火葬した所が「オンボ崎」(昔は「隠亡崎」といい、溺死した人は「くの字」に曲がっていた為、「人曲田」と言った。)<br />{旅程}<br />①2022年6月5日(日)羽田15:25(SNA077)17:15鹿児島空港17:30(バス)18:16天文館(泊)<br />★②6月6日(月)鹿児島7:45(船)10:45竹島(籠港 オンボ崎等)14:20(船)15:10硫黄島(安徳天皇陵等)(泊)<br />③6月7日(火)硫黄島観光(俊寛堂 平家城跡 坂本温泉 東温泉 恋人岬 硫黄岳等)泊<br />④6月8日(水)(東温泉入浴)硫黄島11:10(船)15:05鹿児島(天文館散策)(バス)空港20:40(SNA080)22:20羽田<br />

2022年6月離島(5)鹿児島県三島村(竹島ー佐多浦放牧場 籠港 オンボ崎 東浦泊 聖大明神社 ガジュマルの門 九玉神社 カラン山 石祠)

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2022/06/06 - 2022/06/06

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愛猫シロネコ

愛猫シロネコさん

離島の旅5回目で鹿児島県三島村(竹島・硫黄島)を訪れます。(3泊4日)
羽田より鹿児島に飛び、1泊。フェリーみしまのガン検診船で竹島を4時間弱、観光します。その後、硫黄島に2泊。帰りに鹿児島観光、鹿児島より羽田に戻りました。(写真)聖大明神社の1対の唐猫(1715年9月に平山右衛門により造られた。島には沢山の石造物が残されています。) 
②2022年6月6日(月)
鹿児島7:45(フェリーミシマ)10:45竹島に着きます。(島民のガン検診ノ間、観光。)
(竹島観光)軽自動車をレンタルし、黒島在住の方と一緒に回ります。(NPO法人「みしまですよ」)
佐多浦放牧場 高平山 大名竹 大山神社 アビ山 籠港 オンボ崎 竹島体育館 ふれあい広場 東風泊 聖大明神社カラン山 井ガワ ガジュマルの門 アイアイ会館 九玉神社 竹ノ家(商店) 郵便局 村役場 六地蔵 小・中学校 竹島港と急いで回ります。
竹島14:20(フェリーー昭和硫黄島を見て)15:10硫黄島港に着きます。
(竹島)鹿児島県三島村の竹島(韓国に占領されている日本海の竹島とは違います。)で周囲9.7m 面積4.2平方km 人口は約72人 島全体が大名竹に覆われ、起伏の少ない島で、牧草が多く、黒毛和牛を育てています。縄文後期(約3000年前)の遺跡(昭和28年に石斧等 昭和43年に石鍋 縄文土器 スリ石等が発掘)がありますが、アカホヤ噴火で亡くなったそうです。江戸時代は人口は150人前後いましたが、1726年や1793年頃、疱瘡(天然痘)が流行して人口が激減。明治時代になり、漁協が出来、水産業が発展し、M4に3島で600人 M28に1000人と増える。硫黄島の硫黄採掘で人口が増え、昭和25年は3島で1397人となるが、以後、減少(昭和39年閉山)。今は3島で約500人程です。島民の厄を払う神々があり、竹島はタカメン 硫黄島はメンドン(八塑太鼓踊り) 黒島はオニメンと言います。
方言で「アシタヨナー」サヨウナラ 「ワー」お前 「マクッタ」転んだ「ヌッド」寝るぞ 「ウッチャブタ」壊した「バッテ」シカシ 「ウエンサコ」屋根 「カタネ」最初 等があります。
(聖大明神社)創建は不詳。鹿児島の照国神社が兼務しています。大昔、大浦という所(今の東風泊)に溜池があり、その周りが落ち込み、竜神が現れ、化して石になったという。その時、神のお告げがあり、この神社を建立したと言います。1442年、奉納の鰐口があったが、現存していません。例祭日は9月9日で 8月31日に八塑踊り 1月21-22日に馬方踊り(疱瘡の為)が行われます。
1対の唐猫は1715年に鹿児島の石工・平山右衛門が竹島石を使って彫刻をした。境内一番奥にはお伊勢様を祀り、上記の祭りを行います。
(島の石祠)江戸時代の疱瘡の流行により、聖神社2基 九玉神社1基 大山神社1基 ガラン山1基と石祠が造られた。(中に空間があり、蓋の戸があり、上の屋根の部分にスライドの溝があります。「マサゴ」という浜の小石を後ろ向きになり最初に触った石を拾い、年の数だけ祠に奉納します。2~3個が多く、子供の祈願をした為と思われます。石は大きくなると言われています。寄進者や長文が彫ってあります。)
(石の文化)石祠や石塔が島には沢山あります。1710年、船置き場を切り開いた時、石切職人2人(小野とその弟子の平山右衛門を招き、船置き場完成記念碑「エビスサア」を彫る。平山右衛門は30年間、島に残り、様々な彫刻を彫り、その技を伝えました。(1対の唐猫 多くの石祠 井戸への階段(1716年10月) 聖大明神社の石垣「切り込みはぎ」(1716年9月) 聖大明神社赤い鳥居脇の2つの石灯籠(1716年11月)等。後で参拝します。
(疱瘡)寛政3-5年(1790-1793年)に流行した疱瘡の際、死者が39名、34戸のうち、1戸ノミ無事(島外に行ったため) 一家とも死亡した家は8戸あった。原因は種子島よりの女物の着物に付いていた菌であった。寛政5年、生き残った女性が流行しないように疱瘡の神に捧げる踊りをした。(馬方踊りで聖神社のお伊勢様の前で踊り、念仏踊り調の悲しい調べです。)
(653年の遣唐使船の漂着)「三島村誌」で653年に遣唐使船が難破して竹島の籠港に着いたが、船が大破して120人中115人が死亡。5人が助かり、小アビ山に登り助かる。大使を祀るために大山神社を祀る。5人は竹で筏を作り、都に帰り着く。亡くなった人を火葬した所が「オンボ崎」(昔は「隠亡崎」といい、溺死した人は「くの字」に曲がっていた為、「人曲田」と言った。)
{旅程}
①2022年6月5日(日)羽田15:25(SNA077)17:15鹿児島空港17:30(バス)18:16天文館(泊)
★②6月6日(月)鹿児島7:45(船)10:45竹島(籠港 オンボ崎等)14:20(船)15:10硫黄島(安徳天皇陵等)(泊)
③6月7日(火)硫黄島観光(俊寛堂 平家城跡 坂本温泉 東温泉 恋人岬 硫黄岳等)泊
④6月8日(水)(東温泉入浴)硫黄島11:10(船)15:05鹿児島(天文館散策)(バス)空港20:40(SNA080)22:20羽田

同行者
一人旅
交通手段
レンタカー 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 竹島が近付いて来ます。

    竹島が近付いて来ます。

    竹島 自然・景勝地

  • 高平山(158m)

    高平山(158m)

  • マゴメ山(220m)

    マゴメ山(220m)

  • アビ山(230m)

    アビ山(230m)

  • 竹島(下は港 中央右は小中学校 上の建物はへき地集会室)村内

    竹島(下は港 中央右は小中学校 上の建物はへき地集会室)村内

  • 竹島(下は港 中央右は小中学校 上の建物はへき地集会室)村内

    竹島(下は港 中央右は小中学校 上の建物はへき地集会室)村内

  • 手前は崎ノ江鼻 右はマゴメ山(220m) 左中央は高平山(158m)

    手前は崎ノ江鼻 右はマゴメ山(220m) 左中央は高平山(158m)

  • 崎ノ江鼻の断崖

    崎ノ江鼻の断崖

  • 褶曲が分かります。

    褶曲が分かります。

  • 竹島の断崖の褶曲

    竹島の断崖の褶曲

  • 乗って来たフェリーみしま(物資を降ろします。)

    乗って来たフェリーみしま(物資を降ろします。)

  • 竹島(説明)

    竹島(説明)

  • 竹島マップ

    竹島マップ

  • 竹島マップ(村内)

    竹島マップ(村内)

  • 3島のカルデラジオパーク(生成の歴史)

    3島のカルデラジオパーク(生成の歴史)

  • 竹島の生成

    竹島の生成

  • 竹島(見所)

    竹島(見所)

  • 竹島(ガジュマルの門)

    竹島(ガジュマルの門)

  • 竹島(籠港)

    竹島(籠港)

  • 竹島(オンボ崎展望台)

    竹島(オンボ崎展望台)

  • 竹島(聖大明神社)

    竹島(聖大明神社)

  • 竹島(佐多浦放牧場)

    竹島(佐多浦放牧場)

  • 硫黄島の生成

    硫黄島の生成

  • 硫黄島(見所)

    硫黄島(見所)

  • 黒島の生成

    黒島の生成

  • 黒島(見所)

    黒島(見所)

  • 待合室とガン検診車(スタッフが準備をしています。)

    待合室とガン検診車(スタッフが準備をしています。)

  • 待合室とガン検診車

    待合室とガン検診車

  • 借りた軽自動車(NPO法人「みしまですよ」)で島を回ります。(黒島に住んでいる方と一緒に回りました。)法人の代表の山崎晋作さんは観光や特産品の販売などを行い、ブログを通して竹島の情報を発信しています。以下、そのブログよりの書かせて頂いています。

    借りた軽自動車(NPO法人「みしまですよ」)で島を回ります。(黒島に住んでいる方と一緒に回りました。)法人の代表の山崎晋作さんは観光や特産品の販売などを行い、ブログを通して竹島の情報を発信しています。以下、そのブログよりの書かせて頂いています。

  • 佐多浦牧場

    佐多浦牧場

  • 佐多浦放牧場と高平山(158m)

    佐多浦放牧場と高平山(158m)

  • 佐多浦放牧場と高平山(158m)

    佐多浦放牧場と高平山(158m)

  • 佐多浦放牧場(糞を集めています。)

    佐多浦放牧場(糞を集めています。)

  • マゴメ山(220m)<br />

    マゴメ山(220m)

  • 遠くに開聞岳が見えます。

    遠くに開聞岳が見えます。

  • ユリの花

    ユリの花

  • 大名竹(この位のタケノコを採ります。)島全体が大名竹(リュウキュウチク)に覆われ、5月頃に収穫されるタケノコは柔らかく風味に優れ、煮ても焼いても美味しいです。

    大名竹(この位のタケノコを採ります。)島全体が大名竹(リュウキュウチク)に覆われ、5月頃に収穫されるタケノコは柔らかく風味に優れ、煮ても焼いても美味しいです。

  • 脇道に入ると周囲が大名竹が覆われています。島全体が大名竹(リュウキュウチク)に覆われ、5月頃に収穫されるタケノコは柔らかく風味に優れ、煮ても焼いても美味しいです。

    脇道に入ると周囲が大名竹が覆われています。島全体が大名竹(リュウキュウチク)に覆われ、5月頃に収穫されるタケノコは柔らかく風味に優れ、煮ても焼いても美味しいです。

  • 脇道に入ると周囲が大名竹が覆われています。島全体が大名竹(リュウキュウチク)に覆われ、5月頃に収穫されるタケノコは柔らかく風味に優れ、煮ても焼いても美味しいです。

    脇道に入ると周囲が大名竹が覆われています。島全体が大名竹(リュウキュウチク)に覆われ、5月頃に収穫されるタケノコは柔らかく風味に優れ、煮ても焼いても美味しいです。

  • 大名竹が茂っています。

    大名竹が茂っています。

  • 放牧場

    放牧場

  • 黒土の畑の至る所に黒和牛の放牧がされています。

    黒土の畑の至る所に黒和牛の放牧がされています。

  • 黒土の畑の至る所に黒和牛の放牧がされています。(水飲み場)

    黒土の畑の至る所に黒和牛の放牧がされています。(水飲み場)

  • 水を飲んでいます。

    水を飲んでいます。

  • 黒土の畑の至る所に黒和牛の放牧がされています。

    黒土の畑の至る所に黒和牛の放牧がされています。

  • 黒土の畑の至る所に黒和牛の放牧がされています。

    黒土の畑の至る所に黒和牛の放牧がされています。

  • 竹島港を見ます。

    竹島港を見ます。

  • 黒土の畑の至る所に黒和牛の放牧がされています。(人が近づくと寄って来ます。葉っぱを食べています。)

    黒土の畑の至る所に黒和牛の放牧がされています。(人が近づくと寄って来ます。葉っぱを食べています。)

  • 竹島より硫黄島を見ます。

    竹島より硫黄島を見ます。

  • 竹島港を見ます。

    竹島港を見ます。

  • 竹島港を見ます。

    竹島港を見ます。

  • お墓

    お墓

  • 籠港(653年の遣唐使船の漂着)「三島村誌」で653年に遣唐使船が難破して竹島の籠港に着いたが、船が大破して120人中115人が死亡。5人が助かり、小アビ山に登り助かる。大使を祀るために大山神社を祀る。5人は竹で筏を作り、都に帰り着く。<br />1427年の博多の船の難破。 1566年、攻撃を受けた。14m程の「つり橋」を掛け、竹を伝って、港に降りていましたが、昭和31年に約400段の階段が作られました。<br />

    籠港(653年の遣唐使船の漂着)「三島村誌」で653年に遣唐使船が難破して竹島の籠港に着いたが、船が大破して120人中115人が死亡。5人が助かり、小アビ山に登り助かる。大使を祀るために大山神社を祀る。5人は竹で筏を作り、都に帰り着く。
    1427年の博多の船の難破。 1566年、攻撃を受けた。14m程の「つり橋」を掛け、竹を伝って、港に降りていましたが、昭和31年に約400段の階段が作られました。

  • 籠港(下の港方向)

    籠港(下の港方向)

  • 籠港(下の港方向)

    籠港(下の港方向)

  • 籠港(下の港方向)

    籠港(下の港方向)

  • 籠港(周囲の景色)

    籠港(周囲の景色)

  • 籠港(断崖)

    籠港(断崖)

  • 籠港(昭和31年に約400段の階段が作られ、港に降りました。)

    籠港(昭和31年に約400段の階段が作られ、港に降りました。)

  • 籠港(昭和31年に約400段の階段が作られ、港に降りました。)

    籠港(昭和31年に約400段の階段が作られ、港に降りました。)

  • 籠港(周囲の海)

    籠港(周囲の海)

  • 籠港(遠くに屋久島が見えます。来月に訪問の予定です。)

    籠港(遠くに屋久島が見えます。来月に訪問の予定です。)

  • 竹島の中心の道です。(正面に東屋があります。)

    竹島の中心の道です。(正面に東屋があります。)

  • 竹島の中心の道をオンボ崎に向かいます。

    竹島の中心の道をオンボ崎に向かいます。

  • オンボ崎に行く途中の断崖

    オンボ崎に行く途中の断崖

  • オンボ崎に行く途中の断崖

    オンボ崎に行く途中の断崖

  • オンボ崎(島の最西端)

    オンボ崎(島の最西端)

  • オンボ崎(硫黄島が見えます。)

    オンボ崎(硫黄島が見えます。)

  • オンボ崎(硫黄島が見えます。)

    オンボ崎(硫黄島が見えます。)

  • オンボ崎(黒島が微かに見えます。)

    オンボ崎(黒島が微かに見えます。)

  • オンボ崎から海岸線に降りる道

    オンボ崎から海岸線に降りる道

  • オンボ崎より見た硫黄島

    オンボ崎より見た硫黄島

  • オンボ崎からの海岸線

    オンボ崎からの海岸線

  • オンボ崎展望台よりの周囲の景色

    オンボ崎展望台よりの周囲の景色

  • 長命草(ボタンボウフウ)長命草より作ったハマギという郷土料理があります。お茶も有名です。

    長命草(ボタンボウフウ)長命草より作ったハマギという郷土料理があります。お茶も有名です。

  • 竹島体育館(へき地集会室)(ここで3島の運動会が持ち回りで行われます。)借りた軽自動車

    竹島体育館(へき地集会室)(ここで3島の運動会が持ち回りで行われます。)借りた軽自動車

  • 竹島体育館(へき地集会室)(ここで3島の運動会が持ち回りで行われます。)

    竹島体育館(へき地集会室)(ここで3島の運動会が持ち回りで行われます。)

  • みしまふれあい広場(へき地集会室)(ここで3島の運動会が持ち回りで行われます。)

    みしまふれあい広場(へき地集会室)(ここで3島の運動会が持ち回りで行われます。)

  • 東風泊に行く道

    東風泊に行く道

  • 牛舎

    牛舎

  • 東風泊(道路より降りる道)

    東風泊(道路より降りる道)

  • 道路より見た硫黄島とオンボ崎<br />

    道路より見た硫黄島とオンボ崎

  • 東風泊(プールの様になっています。)海岸まで降りて行けます。

    東風泊(プールの様になっています。)海岸まで降りて行けます。

  • 東風泊(プールの様になっています。)海岸まで降りて行けます。

    東風泊(プールの様になっています。)海岸まで降りて行けます。

  • 東風泊(プールの様になっています。)海岸まで降りて行けます。

    東風泊(プールの様になっています。)海岸まで降りて行けます。

  • 東風泊よりの硫黄島(左の半島はオンボ崎)

    東風泊よりの硫黄島(左の半島はオンボ崎)

  • 東風泊より見た硫黄島

    東風泊より見た硫黄島

  • 東風泊より見た硫黄島

    東風泊より見た硫黄島

  • 東風泊より見える微かな黒島

    東風泊より見える微かな黒島

  • 聖大明神社(説明)創建は不詳。鹿児島の照国神社が兼務しています。大昔、大浦という所(今の東風泊)に溜池があり、その周りが落ち込み、竜神が現れ、化して石になったという。その時、神のお告げがあり、この神社を建立したと言います。1442年、奉納の鰐口があったが、現存していません。例祭日は9月9日で 8月31日に八塑踊り 1月21-22日に馬方踊り(疱瘡の為)が行われます。<br />1対の唐猫は1715年に鹿児島の石工・平山右衛門が竹島石を使って彫刻をした。境内一番奥にはお伊勢様を祀り、上記の祭りを行います。

    聖大明神社(説明)創建は不詳。鹿児島の照国神社が兼務しています。大昔、大浦という所(今の東風泊)に溜池があり、その周りが落ち込み、竜神が現れ、化して石になったという。その時、神のお告げがあり、この神社を建立したと言います。1442年、奉納の鰐口があったが、現存していません。例祭日は9月9日で 8月31日に八塑踊り 1月21-22日に馬方踊り(疱瘡の為)が行われます。
    1対の唐猫は1715年に鹿児島の石工・平山右衛門が竹島石を使って彫刻をした。境内一番奥にはお伊勢様を祀り、上記の祭りを行います。

  • 聖大明神社(鳥居)

    聖大明神社(鳥居)

  • 聖大明神社(参道に立つ一の鳥居)本社が階段の下にあるので「下り神社」といい、珍しいそうです。

    聖大明神社(参道に立つ一の鳥居)本社が階段の下にあるので「下り神社」といい、珍しいそうです。

  • 聖大明神社(一の鳥居脇の灯籠)平山右衛門作です。(五輪塔?)

    聖大明神社(一の鳥居脇の灯籠)平山右衛門作です。(五輪塔?)

  • 聖大明神社(一の鳥居脇の石塔)平山右衛門作です。

    聖大明神社(一の鳥居脇の石塔)平山右衛門作です。

  • 聖大明神社(境内から見る参道 登っています。)

    聖大明神社(境内から見る参道 登っています。)

  • 聖大明神社

    聖大明神社

  • 聖大明神社(境内の石祠)

    聖大明神社(境内の石祠)

  • 聖大明神社(社殿)内部には神体鏡5面 釈迦観音 阿弥陀仏等の仏像が鎮座しており、祭神は明らかではありません。龍神を静める為に、建立。釈迦観音は見事な彫刻で右手が取れており、これは、この仏が日露戦争に出掛けて怪我をしたと伝えられています。彦火火出見命を祀るとも言われています。

    聖大明神社(社殿)内部には神体鏡5面 釈迦観音 阿弥陀仏等の仏像が鎮座しており、祭神は明らかではありません。龍神を静める為に、建立。釈迦観音は見事な彫刻で右手が取れており、これは、この仏が日露戦争に出掛けて怪我をしたと伝えられています。彦火火出見命を祀るとも言われています。

  • 聖大明神社(社殿)内部には神体鏡5面 釈迦観音 阿弥陀仏等の仏像が鎮座しており、祭神は明らかではありません。龍神を静める為に、建立。釈迦観音は見事な彫刻で右手が取れており、これは、この仏が日露戦争に出掛けて怪我をしたと伝えられています。彦火火出見命を祀るとも言われています。

    聖大明神社(社殿)内部には神体鏡5面 釈迦観音 阿弥陀仏等の仏像が鎮座しており、祭神は明らかではありません。龍神を静める為に、建立。釈迦観音は見事な彫刻で右手が取れており、これは、この仏が日露戦争に出掛けて怪我をしたと伝えられています。彦火火出見命を祀るとも言われています。

  • 聖大明神社(社殿の手前の1対の唐猫)1対の唐猫は1715年に鹿児島の石工・平山右衛門が竹島石を使って彫刻をした。

    聖大明神社(社殿の手前の1対の唐猫)1対の唐猫は1715年に鹿児島の石工・平山右衛門が竹島石を使って彫刻をした。

  • 聖大明神社(1対の唐猫)1715年に鹿児島の石工・平山右衛門が竹島石を使って彫刻をした。

    聖大明神社(1対の唐猫)1715年に鹿児島の石工・平山右衛門が竹島石を使って彫刻をした。

  • 聖大明神社(1対の唐猫)1715年に鹿児島の石工・平山右衛門が竹島石を使って彫刻をした。

    聖大明神社(1対の唐猫)1715年に鹿児島の石工・平山右衛門が竹島石を使って彫刻をした。

  • 聖大明神社(1対の唐猫とその他の石像)

    聖大明神社(1対の唐猫とその他の石像)

  • 聖大明神社(疱瘡の為の石祠)2つあります。寛政3-5年(1790-1793年)に流行した疱瘡の際に寄進した石祠で(疱瘡)、死者が39名、34戸のうち、1戸のみ無事(島外に行ったため) 一家とも死亡した家は8戸あった。原因は種子島よりの女物の着物に付いていた菌であった。寛政5年、生き残った女性が流行しないように疱瘡の神に捧げる踊りをした。(馬方踊りで聖神社のお伊勢様の前で踊り、念仏踊り調の悲しい調べです。)<br />中に「マサゴ」という浜の小石を後ろ向きになり最初に触った石を拾い、年の数だけ祠に奉納します。2~3個が多く、子供の祈願をした為と思われます。石は大きくなると言われています。<br />

    聖大明神社(疱瘡の為の石祠)2つあります。寛政3-5年(1790-1793年)に流行した疱瘡の際に寄進した石祠で(疱瘡)、死者が39名、34戸のうち、1戸のみ無事(島外に行ったため) 一家とも死亡した家は8戸あった。原因は種子島よりの女物の着物に付いていた菌であった。寛政5年、生き残った女性が流行しないように疱瘡の神に捧げる踊りをした。(馬方踊りで聖神社のお伊勢様の前で踊り、念仏踊り調の悲しい調べです。)
    中に「マサゴ」という浜の小石を後ろ向きになり最初に触った石を拾い、年の数だけ祠に奉納します。2~3個が多く、子供の祈願をした為と思われます。石は大きくなると言われています。

  • 聖大明神社(疱瘡の為の石祠)2つあります。寛政3-5年(1790-1793年)に流行した疱瘡の際に寄進した石祠で(疱瘡)、死者が39名、34戸のうち、1戸のみ無事(島外に行ったため) 一家とも死亡した家は8戸あった。原因は種子島よりの女物の着物に付いていた菌であった。寛政5年、生き残った女性が流行しないように疱瘡の神に捧げる踊りをした。(馬方踊りで聖神社のお伊勢様の前で踊り、念仏踊り調の悲しい調べです。)<br />中に「マサゴ」という浜の小石を後ろ向きになり最初に触った石を拾い、年の数だけ祠に奉納します。2~3個が多く、子供の祈願をした為と思われます。石は大きくなると言われています。<br />

    聖大明神社(疱瘡の為の石祠)2つあります。寛政3-5年(1790-1793年)に流行した疱瘡の際に寄進した石祠で(疱瘡)、死者が39名、34戸のうち、1戸のみ無事(島外に行ったため) 一家とも死亡した家は8戸あった。原因は種子島よりの女物の着物に付いていた菌であった。寛政5年、生き残った女性が流行しないように疱瘡の神に捧げる踊りをした。(馬方踊りで聖神社のお伊勢様の前で踊り、念仏踊り調の悲しい調べです。)
    中に「マサゴ」という浜の小石を後ろ向きになり最初に触った石を拾い、年の数だけ祠に奉納します。2~3個が多く、子供の祈願をした為と思われます。石は大きくなると言われています。

  • 聖大明神社(これらの石祠を寄進した石塔も残っています。「疱瘡」の文字が分かります。)

    聖大明神社(これらの石祠を寄進した石塔も残っています。「疱瘡」の文字が分かります。)

  • 聖大明神社(境内の石塔が沢山あります。)

    聖大明神社(境内の石塔が沢山あります。)

  • 聖大明神社(

    聖大明神社(

  • 聖大明神社(

    聖大明神社(

  • 聖大明神社より村内の方向を見ます。

    聖大明神社より村内の方向を見ます。

  • 民宿「くぼた」

    民宿「くぼた」

  • カラン山の前にある石造物(昔、ここで八塑踊りをしていた。)

    カラン山の前にある石造物(昔、ここで八塑踊りをしていた。)

  • カラン山の前にある疱瘡のための石祠(寛政3-5年(1790-1793年)に流行した疱瘡の際に寄進した石祠で(疱瘡)、死者が39名、34戸のうち、1戸のみ無事(島外に行ったため) 一家とも死亡した家は8戸あった。原因は種子島よりの女物の着物に付いていた菌であった。寛政5年、生き残った女性が流行しないように疱瘡の神に捧げる踊りをした。(馬方踊りで聖神社のお伊勢様の前で踊り、念仏踊り調の悲しい調べです。)<br />中に「マサゴ」という浜の小石を後ろ向きになり最初に触った石を拾い、年の数だけ祠に奉納します。2~3個が多く、子供の祈願をした為と思われます。石は大きくなると言われています。<br />

    カラン山の前にある疱瘡のための石祠(寛政3-5年(1790-1793年)に流行した疱瘡の際に寄進した石祠で(疱瘡)、死者が39名、34戸のうち、1戸のみ無事(島外に行ったため) 一家とも死亡した家は8戸あった。原因は種子島よりの女物の着物に付いていた菌であった。寛政5年、生き残った女性が流行しないように疱瘡の神に捧げる踊りをした。(馬方踊りで聖神社のお伊勢様の前で踊り、念仏踊り調の悲しい調べです。)
    中に「マサゴ」という浜の小石を後ろ向きになり最初に触った石を拾い、年の数だけ祠に奉納します。2~3個が多く、子供の祈願をした為と思われます。石は大きくなると言われています。

  • カラン山の前にある石祠

    カラン山の前にある石祠

  • カラン山の前にある石祠

    カラン山の前にある石祠

  • カラン山の前にある石造物

    カラン山の前にある石造物

  • カラン山の前にある石造物

    カラン山の前にある石造物

  • 井がわ(ここには湧水があり、(湧く所)(飲料水)(野菜や食器を洗う所)(洗濯をする所)と4つに分かれていた。)

    井がわ(ここには湧水があり、(湧く所)(飲料水)(野菜や食器を洗う所)(洗濯をする所)と4つに分かれていた。)

  • 井がわ(ここには湧水があり、(湧く所)(飲料水)(野菜や食器を洗う所)(洗濯をする所)と4つに分かれていた。)

    井がわ(ここには湧水があり、(湧く所)(飲料水)(野菜や食器を洗う所)(洗濯をする所)と4つに分かれていた。)

  • 井がわ(ここには湧水があり、(湧く所)(飲料水)(野菜や食器を洗う所)(洗濯をする所)と4つに分かれていた。)

    井がわ(ここには湧水があり、(湧く所)(飲料水)(野菜や食器を洗う所)(洗濯をする所)と4つに分かれていた。)

  • 井がわに降りる階段(1716年、鹿児島より呼んだ石工 平山登右衛門が造った。)

    井がわに降りる階段(1716年、鹿児島より呼んだ石工 平山登右衛門が造った。)

  • 井がわ(ここには湧水があり、(湧く所)(飲料水)(野菜や食器を洗う所)(洗濯をする所)と4つに分かれていた。)

    井がわ(ここには湧水があり、(湧く所)(飲料水)(野菜や食器を洗う所)(洗濯をする所)と4つに分かれていた。)

  • カラン山の石祠(3つあり、手前の2つ)疱瘡の為に寄進された。

    カラン山の石祠(3つあり、手前の2つ)疱瘡の為に寄進された。

  • カラン山の石祠(3つあり、上にある祠(コンクリートで囲まれています。)隣に「心神様」と彫ってあるそうです。)

    カラン山の石祠(3つあり、上にある祠(コンクリートで囲まれています。)隣に「心神様」と彫ってあるそうです。)

  • 縁結びのガジュマル

    縁結びのガジュマル

  • 竹島「ふるさとの木」

    竹島「ふるさとの木」

  • ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)縁結びのシンボルです。

    ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)縁結びのシンボルです。

  • ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)

    ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)

  • ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)

    ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)

  • ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)

    ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)

  • ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)

    ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)

  • ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)

    ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)

  • ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)

    ガジュマル門(樹齢約200年で、道路を横切り、門の様なガジュマルの大木。島のシンボル的存在です。)

  • 竹島あいあい会館(健康相談室や浴室があります。)

    竹島あいあい会館(健康相談室や浴室があります。)

  • 九玉神社への参道

    九玉神社への参道

  • 九玉神社(境内)

    九玉神社(境内)

  • 九玉神社(寛政3-5年(1790-1793年)に流行した疱瘡の際に寄進した石祠で(疱瘡)、死者が39名、34戸のうち、1戸のみ無事(島外に行ったため) 一家とも死亡した家は8戸あった。原因は種子島よりの女物の着物に付いていた菌であった。寛政5年、生き残った女性が流行しないように疱瘡の神に捧げる踊りをした。(馬方踊りで聖神社のお伊勢様の前で踊り、念仏踊り調の悲しい調べです。)<br />中に「マサゴ」という浜の小石を後ろ向きになり最初に触った石を拾い、年の数だけ祠に奉納します。2~3個が多く、子供の祈願をした為と思われます。石は大きくなると言われています。

    九玉神社(寛政3-5年(1790-1793年)に流行した疱瘡の際に寄進した石祠で(疱瘡)、死者が39名、34戸のうち、1戸のみ無事(島外に行ったため) 一家とも死亡した家は8戸あった。原因は種子島よりの女物の着物に付いていた菌であった。寛政5年、生き残った女性が流行しないように疱瘡の神に捧げる踊りをした。(馬方踊りで聖神社のお伊勢様の前で踊り、念仏踊り調の悲しい調べです。)
    中に「マサゴ」という浜の小石を後ろ向きになり最初に触った石を拾い、年の数だけ祠に奉納します。2~3個が多く、子供の祈願をした為と思われます。石は大きくなると言われています。

  • 九玉神社(石祠を寄進した碑の文字がはっきりと分ります。)

    九玉神社(石祠を寄進した碑の文字がはっきりと分ります。)

  • 九玉神社(周囲の壊れた祠)

    九玉神社(周囲の壊れた祠)

  • 綺麗な花

    綺麗な花

  • 竹島の島猫

    竹島の島猫

  • 「竹のいえ」(島唯一の商店)NPO法人「みしまですよ」の山崎さんが2018年4月に20年振りの店を経営しています。

    「竹のいえ」(島唯一の商店)NPO法人「みしまですよ」の山崎さんが2018年4月に20年振りの店を経営しています。

  • 「竹のいえ」(島唯一の商店)日用品や食品を販売

    「竹のいえ」(島唯一の商店)日用品や食品を販売

  • 郵便局や村役場の出張所があります。

    郵便局や村役場の出張所があります。

  • 六地蔵(ここは阿弥陀堂跡で人間は死ぬと地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天道のどれかに行くとされる。六道はどこにいても救いを差し伸べるのが六地蔵です。1584年の彼岸に建立。)竹島あいあい会館の裏手にあります。

    六地蔵(ここは阿弥陀堂跡で人間は死ぬと地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天道のどれかに行くとされる。六道はどこにいても救いを差し伸べるのが六地蔵です。1584年の彼岸に建立。)竹島あいあい会館の裏手にあります。

  • 六地蔵(ここは阿弥陀堂跡で人間は死ぬと地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天道のどれかに行くとされる。六道はどこにいても救いを差し伸べるのが六地蔵です。1584年の彼岸に建立。)

    六地蔵(ここは阿弥陀堂跡で人間は死ぬと地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天道のどれかに行くとされる。六道はどこにいても救いを差し伸べるのが六地蔵です。1584年の彼岸に建立。)

  • 六地蔵(ここは阿弥陀堂跡で人間は死ぬと地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天道のどれかに行くとされる。六道はどこにいても救いを差し伸べるのが六地蔵です。1584年の彼岸に建立。)

    六地蔵(ここは阿弥陀堂跡で人間は死ぬと地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天道のどれかに行くとされる。六道はどこにいても救いを差し伸べるのが六地蔵です。1584年の彼岸に建立。)

  • 六地蔵(ここは阿弥陀堂跡で人間は死ぬと地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天道のどれかに行くとされる。六道はどこにいても救いを差し伸べるのが六地蔵です。1584年の彼岸に建立。)

    六地蔵(ここは阿弥陀堂跡で人間は死ぬと地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天道のどれかに行くとされる。六道はどこにいても救いを差し伸べるのが六地蔵です。1584年の彼岸に建立。)

  • 六地蔵(ここは阿弥陀堂跡で人間は死ぬと地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天道のどれかに行くとされる。六道はどこにいても救いを差し伸べるのが六地蔵です。1584年の彼岸に建立。)

    六地蔵(ここは阿弥陀堂跡で人間は死ぬと地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天道のどれかに行くとされる。六道はどこにいても救いを差し伸べるのが六地蔵です。1584年の彼岸に建立。)

  • 六地蔵の反対側にある石塔(島中に石塔が建立されています。)<br />

    六地蔵の反対側にある石塔(島中に石塔が建立されています。)

  • 三島竹島学園(小中学校)生徒は10数人です。

    三島竹島学園(小中学校)生徒は10数人です。

  • 三島竹島学園(小中学校)生徒は10数人です。

    三島竹島学園(小中学校)生徒は10数人です。

  • 校舎

    校舎

  • 運動場

    運動場

  • 体育館

    体育館

  • 体育館内

    体育館内

  • 食堂

    食堂

  • ブーゲンビリア

    ブーゲンビリア

  • ブーゲンビリア

    ブーゲンビリア

  • 民宿「はまゆり」

    民宿「はまゆり」

  • 民宿「はまゆり」(壁のはまゆり)

    民宿「はまゆり」(壁のはまゆり)

  • 蛇のしっぽ(左中央)

    蛇のしっぽ(左中央)

  • フェリーみしまの停泊

    フェリーみしまの停泊

  • ウツン崎

    ウツン崎

  • 竹島待合室

    竹島待合室

  • 竹島待合室(内部)

    竹島待合室(内部)

  • フェリーみしま(出入口)とジャンベの絵

    フェリーみしま(出入口)とジャンベの絵

  • 竹島港より見た竹島の村(小中学校)

    竹島港より見た竹島の村(小中学校)

  • 竹島港を離れます。

    竹島港を離れます。

  • 右はオンボ崎(竹島)<br />

    右はオンボ崎(竹島)

  • 昭和硫黄島(昭和9年の海底火山の噴火により形成された島)

    昭和硫黄島(昭和9年の海底火山の噴火により形成された島)

  • 昭和硫黄島(昭和9年の海底火山の噴火により形成された島)

    昭和硫黄島(昭和9年の海底火山の噴火により形成された島)

  • 硫黄島に向かいます。

    硫黄島に向かいます。

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