2022/03/07 - 2022/03/07
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entetsuさん
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段々と暖かくなってきたある日、ふと、TVで横浜中華街にとろっとろの豚足煮込みをトッピングしたラーメンがあると紹介していた番組があったことを思い出した。
豚足煮込みは、韓国でも台湾でも食べました。
日本では食肉加工の技術が進んでいるのか、日本で提供される豚足は「豚足」というより「豚指」なのが残念。(つまり、すねの部分は普通に精肉で出されているという意味)しかも、日本では焼肉店などで細々と提供されるただボイルしただけの豚足しかお目に掛らない・・・。
と言うことで、久々に横浜中華街で豚足煮込み食べてきました。
その後、カロリー消費のため初めて元町~山手~港の見える丘公園をゆっくりたっぷりウォーキングしてきました。
最後、せっかく消費したカロリーも焼き鳥屋で補充して帰宅という結末ですが・・・(笑)。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今日は、自宅→JR南武線→JR京浜東北線「石川町」駅で下車です。
駅を降りて最初に目に付くのがこの牌樓。東南西北の守護神4基のうち西の白虎神を祭った延平門より更に西端に位置しており、まさに西の太陽に一番近いところから「西陽門」と名付けられています。
この門を見ると中華街気分が高揚しますね。西陽門 名所・史跡
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「延平門」。
平和と平安のやすらぎが末永く続くことを願うという「延平門」。守護神は白虎で柱の色は白です。延平門 名所・史跡
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目的のお店は「徳記(とっき)」。
「延平門」からしばらく歩き、関帝廟通りから路地に向かってよく目立つ看板があります。徳記 グルメ・レストラン
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週替わり定食のメニュー板。
お目当ての「特製豚足麺」が赤い色の文字でトップに書かれていますね。 -
店構えは、地方にあるラーメン屋さんの風情です。
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イチオシ
「徳記」は、広東料理と四川料理のお店。創業70年の老舗で、7~8時間煮込んだ豚足麺が人気です。
これが私が注文した豚足麺(1,045円)。 -
豚足はぷるっプル。台湾で食べるほど「八角」が効いておらず、日本人には馴染みの味です。
好きな人にはたまらないでしょうね~。美味いです。 -
家内は、ランチメニューの豚肉・キクラゲ入り麺(770円)。
私の小さい方の豚足をあげました。 -
ちなみ、これは台湾の豚足。
MRT「松江南京」駅にほど近い「四平街陽光商圏」にある大人気の豚足料理店「富霸王豬脚極品餐廳」の一品です。 -
そして、これは韓国の豚足。
釜山地下鉄1号線の駅「チャガルチ」、「富平洞豚足通り(プピョンドンチョッパルコリ)」にある「ハニャンチョッパル(漢陽チョッパル)」の一品です。
これを見るにつけ、すねから下が全て豚足として出されていることが解りますね。
もちろん徳記の豚足、美味いです。ご馳走様でした。 -
「関帝廟」。
関羽(関帝・関聖帝君・関帝聖君)を祀る廟です。主に商売人の守り神として崇敬を集めています。横浜中華街関帝廟 名所・史跡
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関帝廟の隣には、「横浜中華学院」があります。
台湾系の中華学校で1898年2月、訪日していた孫文によって横浜市に設立された大同学校が前身だそうです。
さぁ、豚足ラーメンのカロリー消費のため少し歩きます。(実際はあっさりしていてあまりカロリー無いはずですが・・・) -
「元町ショッピングストリート」。
1859年(安政6年)の開港以後、横浜は日本大通りを境に、日本人商業地区と外国人居留地区(山手地区)へ事業計画が決定され、翌年には居住民90戸が隣接する本村に強制移転させられました。その年2月に「本村」を「横浜元町」に地名変更したのが元町の始まりだそうです。
元町の住民の大部分は、当初は農漁業に従事していましたが、明治7年頃になり、山手居留地に外国人が多く住むようになり、元町通りが山手の住居地と関内の業務地を結ぶ外国人の日常的な通り道になしました。それに伴い、外国人を対象に商売を始める者が自然発生的に増えて行ったといいます。元町ショッピングストリート 市場・商店街
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元町商店街を過ぎ、見るからに厳しい階段に挑みます。
西野坂 (フェリス坂) 名所・史跡
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厳しい坂だと思いながら進んで行きましたが、後で調べるとこの坂は「西野坂」という名で、フェリス女学院の学生達が日々上り下りする通学路であることから通称「フェリス坂」と呼ばれている坂らしい。
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これが坂の途中にあったフェリス女学院の裏門です。
フェリスは、女性宣教師として来日したアメリカ人メアリー・E. キダーによって 1870年(明治3年)に山手居留地39番へボン施療所で行われていた英語の授業を引き継いだことから始まったとされます。
これがフェリス女学院の出発点であり、日本の近代女子教育の発祥です。ちなみに、最初の生徒はごく少人数でしたが次第に増え、男子は別の宣教師に頼み、女子のみのクラスとしたそうで、男子の部は後の明治学院へと発展しました。フェリス女学院大学 名所・史跡
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「カトリック山手教会聖堂」。
山手本通りにありました。
(以下教会HPより)
ザビエルにより日本宣教が始まった1549年の後、厳しいキリシタン弾圧が続いていましたが、幕末の1859年開港時に日本再宣教のため、パリ外国宣教会のジラール神父らが来日しました。1862年には横浜居留地80番地(現横浜市中区山下町80)に「横浜天主堂」(イエズスの聖心教会)が献堂されました(国宝・長崎大浦天主堂が献堂される3年前の事です)。近代日本最初の教会であり、現在のカトリック山手教会の初代聖堂です。1906年、天主堂付近の市街化により移転を行い、山手町44番地(現教会番地)に双塔を持つゴチック風の威風堂々とした聖堂が献堂されました。カトリック山手教会聖堂 寺・神社・教会
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イチオシ
聖堂内の写真です。この時、ミサ等は行われていませんでした。驚くほど静謐で美しい。
(以下教会HPより)
しかし、1923年の関東大震災によって崩壊、就任間もない主任司祭ルバルべ神父はその犠牲となりました。
その後、1933年に鐘楼をもったゴチック式鉄筋コンクリート作りの美しい現在の聖堂が献堂されました。設計者は山手教会信徒・チェコ人のスワガー氏です。この司教座教会は教区の母なる教会であるだけでなく、1988年に横浜市の歴史的建造物に認定され市の文化的建物でもあります。 -
しばらく歩いて「山手公園」にやって来ました。
こちらは1870年に横浜居留外国人の手によってつくられた、国内初の洋式公園です。山手公園 公園・植物園
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山手公園は、日本で初めてテニスがプレーされたテニス発祥の地であり、この建物は「テニス発祥記念館」です。
横浜山手 テニス発祥記念館 美術館・博物館
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イチオシ
ここでは、100年前のラケットをはじめ、日本におけるテニスの歴史を知ることができる貴重な品々が展示されています。
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「横浜インターナショナルテニスコミュニティ」。
1878年、在日イギリス婦人たちがLadies Lawn Tennis and Croquet Clubを結成し、これがこのテニスコミュニティの母体で、現在まで日本テニス発祥の地として伝統のクレーコートを維持してきています。 -
また、この地にヒマラヤスギが日本で初めて植えられ、ここから全国に広まりました。
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山手地区に残る歴史的建造物をいくつか見ていきましょう。
これは、「旧山手68番館」。
1934年(昭和9年)に建てられた外国人向けの貸家で、1986年(昭和61年)に山手公園に移築されました。現在は、山手公園管理センターとして利用されています。 -
テニスコートです。
こちらは横浜市の施設で、2時間2,200円/1面で利用できます。 -
「公園坂」という坂を下ります。
名称は、日本最初の洋式公園である「山手公園」に由来しています。公園坂 名所・史跡
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程なく着いた瀟洒な建物が「ベーリック・ホール」。
ベーリック・ホール 名所・史跡
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イギリス人貿易商B.R.ベーリック氏の邸宅として、1930年(昭和5年)に設計され、第二次世界大戦前まで住宅として使用された後、1956年(昭和31年)に遺族より宗教法人カトリック・マリア会に寄贈されました。
その後、2000年(平成12年)まで、セント・ジョセフ・インターナショナル・スクールの寄宿舎として使用されていました。 -
館内見学は無料です。1Fから見ていきます。
こちらはリビングルーム。 -
リビングルームの左側にあるのがパームルーム。
三方向にアーチ状の窓があるため、明るい空間です。 -
獅子頭のある壁泉が、スパニッシュスタイルの建築の特徴を表しています。
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イチオシ
白黒モザイクの床がまた美しい!
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2Fに上がりましょう。
階段もシックです。 -
令息寝室。
フレスコ技法の青い磨き壁、四つ葉状の文様の小窓が特徴的だそうです。 -
浴室。
タイルも美しい。 -
客用寝室。
青で統一された部屋です。シックで落ち着いていますね。 -
浴室。
ブルーのタイルが美しい。 -
婦人寝室。
ウォークインクローゼット、靴収納戸棚、東側にはサンポーチがあり、当時の富裕な婦人の暮らしぶりをうかがうことができます。 -
これがそのサンポート。
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浴室。
こちらはグリーンを基調としています。 -
主人寝室。
元は主人寝室として使用されていましたが、書斎として復元されています。
開港以来、繁栄を続けた横浜で財をなした外国人実業家の暮らしぶりが偲ばれました。 -
山手本通りの反対側には横浜雙葉中学校・高等学校の入口がありました。
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これは「エリスマン邸」。
生糸貿易商社シーベルヘグナー商会の横浜支配人格として活躍した、スイス生まれのフリッツ・エリスマン氏の邸宅でした。
1925年(大正14年)から1926年にかけて、山手町127番地に建てられました。設計は、「近代建築の父」といわれるチェコ人の建築家アントニン・レーモンドです。エリスマン邸 名所・史跡
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昭和57(1982)年にマンション建築のため解体されましたが、平成2(1990)年、元町公園内の現在地(旧山手居留地81番地)に再現されました。
これは、今も使える電話機。改造して有料(コイン式)になっています。
係員の方に「この電話に電話を架けるとちゃんとベルが鳴りますよ」といわれました。 -
浴室。
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展示室(2階)。
2階にはかつて寝室が3部屋ありました。現在は資料展示コーナーになっています。 -
シックな窓から表を見ます。
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外観です。
木造2階建て、和館付きで建築面積は約81坪あります。煙突、ベランダ、屋根窓、上げ下げ窓、鎧戸といった洋風住宅の意匠と、軒の水平線を強調した木造モダニズム的要素を持っています。 -
「エリスマン邸」の隣付近、元町公園の片隅に佇むのは「山手80番館遺跡」。
関東大震災前に建てられた横浜に唯一現存する外国人住宅の遺構で、当時の記憶を今に伝える貴重な遺跡。残っているのは住宅の地下部分。震災当時はマクガワン夫妻の住居であったといいます。山手80番館遺跡 名所・史跡
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山手本通りに戻り、港の見える公園方面に向かっています。
人気の洋館カフェ「えの木てい」。平日でしたが、プチ行列でした。えの木てい 本店 グルメ・レストラン
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えの木ていの隣にも洋館があります。
山手234番館 名所・史跡
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「山手234番館」。
関東大震災の復興事業の一つとした、1927年(昭和2年)頃に外国人向けの共同住宅(アパートメントハウス)として、現在の敷地に建てられました。 -
第2次世界大戦後の米軍による接収などを経て、昭和50年代頃までアパートメントとして使用されていましたが、1989年(平成元年)に横浜市が歴史的景観の保全を目的に取得しました。1997年(平成9年)から保全改修工事を行い、1999年(平成11年)から一般公開されています。
こちらは居間(1階)です。上げ下げ窓(アメリカ製)は、桟の取り外しが出来る特殊な構造で、桟を外すと1枚のガラス窓になるそうです。 -
設計者は、隣接する山手89-6番館(現「えの木てい」)と同じ朝香吉蔵で、建設当時は、4つの同一形式の住戸が中央部分の玄関ポーチを挟んで対称的に向かい合い、上下に重なる構成をもっていました。
住宅の中央に位置する光庭です。吹き抜けの構造で、光の取り込みと同時に、浴室の湿気を逃がす煙突の役割も兼ねていました。 -
裏庭側から見た「山手234番館」です。
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山手本通りに戻り、再び、港の見える公園方面に向かっています。
「横浜山手聖公会」。
建物は、アメリカ人建築家のJ.H.モーガンの設計によるもので、横浜市の歴史的建造物に指定されています。
聖公会はプロテスタント・日本聖公会横浜教区に属する教会です。1863年、横浜居留地に住む聖公会信徒のために、横浜クライストチャーチ(英語集会)が横浜関内居留地105番(現在の中区山下町同番地)に設立され、初代聖堂が完成したのが始りです。横浜山手聖公会 名所・史跡
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1967年(昭和42年)、明治100年を記念して建てられた人気のレストラン「山手十番館」。この日は月曜日で定休日の様でした。
山手十番館 レストラン&カフェ グルメ・レストラン
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「横浜山手聖公会」や「山手十番館 レストラン&カフェ」の道路を隔てた反対側には「外国人墓地」があります。
「黒船」のペリー提督は1853年(嘉永6年)三浦半島の久里浜に上陸して幕府に米国大統領フィルモアの国書を渡し開国を迫り、このとき艦隊の中の一隻ミシシッピー号の乗組員ロバート・ウィリアムズという24歳の二等水兵が墜死し、この水兵の埋葬地と共にアメリカ人用の墓地をペリーは幕府に要求しました。
協議の後、幕府は横浜村の増徳院(現在の元町一丁目から入った所にあったが大震災で全焼した)の境内の一部を提供することにしました。 ペリーの要求した「海の見える地」という条件にも合い、ウィリアムズはここに埋葬されました。 これが横浜山手の外国人墓地の始まりとなりました。横浜外国人墓地 寺・神社・教会
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「横浜外国人墓地資料館」。
この墓地は明治以来、政府から諸外国公館(各国領事団)に貸し与えられた5,600坪(約18,500㎡)の広さを持つ墓所で地方自治体や国の管理下にはなく公益財団法人横浜外国人墓地が管理しています。
墓地には、横浜開港当時の発展に貢献した19世紀の人々をはじめとし、40数カ国の外国人約5,000人が眠っています。資料館には埋葬者の業績を紹介する資料を展示しています。
墓地内は非公開、毎週土・日・祭日(雨天を除く/1月・8月・年末は休止)のみ、墓地維持管理募金のための公開をしています。公開日の開門は12:00、閉門は16:00。募金額は一口200円です。横浜外国人墓地資料館 美術館・博物館
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「港の見える丘公園」。
この一帯は開港当時外国人居留地で、丘の上にイギリス軍、下にフランス軍が駐屯していた場所です。
接収解除後、地元の要望により国有地の無償貸付を受けるなど公園として用地の取得が行われ、昭和36年から整備に入り、昭和37年5月に風致公園として開園しました。 -
イチオシ
展望台から眼下に広がる港や横浜ベイブリッジの風景は最高です。
港の見える丘公園 公園・植物園
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横浜ベイブリッジ方面。
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ポートタワーやみなとみらい方面。
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バンダイナムコグループの「ガンダムプロジェクト」による「GUNDAM PORT YOKOHAMA」。全高18mの「動くガンダム」です!
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この公園は、ローズガーデンが有名。香りの庭と名付けられたエリアです。沈床花壇になっていますね。沈床花壇(ちんしょうかだん)とは周囲とは一段低くなった部分を中心に、斜面や境界に花木を配置した花壇の事で、港の見える丘公園ではバラ園全体が窪地になった部分にあります。
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「大佛次郎記念館」。
沈床花壇の奥にアーチ型の屋根と赤レンガ色の外観が一際目立つ館。横浜ゆかりの作家「大佛次郎」の業績と生涯を様々な資料で紹介しています。月曜休館でした。大佛次郎記念館 美術館・博物館
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大佛次郎の代表作「霧笛」因んだ「霧笛橋」。
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橋にかかってすぐ左。
ハクモクレンが今にも開きそうです。 -
「港の見える丘公園」内にある幾つかの建物の家の一つが「横浜市イギリス館」。
1937年(昭和12年)に、上海の大英工部総署の設計によって、英国総領事公邸として、現在地に建てられました。横浜市イギリス館(旧英国総領事公邸) 名所・史跡
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1Fはホールとして貸しスペースになっています。この日はピアノの音が聴こえてきていました。立入禁止でした。
2Fに上がります。 -
寝室(2階)。
創建当時は二人用の寝室として領事夫妻が使用されていたようです。 -
寝室に隣接する休憩室(スリーピングポーチ)と一緒に利用でき、快適な夜を過ごせるように配慮されていました。
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南側(庭園側)の外観は、左右対称の丸窓が特徴的です。
当時の上海の大英工部総署の設計者が、船窓の特徴である丸窓をモチーフに取り入れたと考えられています。 -
次にやって来たのは「山手111番館」。
「横浜市イギリス館」の南側にあるスパニッシュスタイルの洋館です。
こちらは、1926年(大正15年)にアメリカ人ラフィン氏の住宅として建設されました。 設計者は、ベーリック・ホールと同じく、J.H.モーガンです。山手111番館(旧ラフィン邸) 名所・史跡
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ホール(1階)。
柱のない回廊と吹き抜けの優雅なホールです。隣の部屋のダイニングルームと背中合わせにある暖炉にもご注目とのことでした。 -
リビングルーム(1階)。
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大きな窓が特徴的です。
もう少しいい季節になったら最高でしょうね。 -
ドアノブはクリスタル製ですね。
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創建当時は、地階部分にガレージや使用人部屋があったそうですが、今は喫茶室として利用されています。
「カフェ ザ ローズ」。実は、こちらはさっき見てきた「えの木てい」の支店らしい。一休みしましょう。カフェ ザ ローズ グルメ・レストラン
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ローズガーデン側からの様子。
ローズガーデン えの木てい グルメ・レストラン
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テラス席もありますが、夕方近くなってきてちょっと肌寒い。季節が良くなったら気持ちいいだろうなぁ。
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結局、館内の窓側の席でいただきました。
私は、コーヒーと塩麹とキャラメルのケーキのセット。 -
家内は、コーヒーと栗のクリームケーキのセット。
いずれも@1200円。
ローズティが売りのこちらでコーヒーというのもあれですが・・・(笑)。
美味しかった。久しぶりのケーキセット。 -
さて、もう少し歩きます。
山下公園通りを進んでいます。
「横浜マリンタワー」。
公式HPによると、「2019年3月31日を以って全館一時休館させていただくこととなりました」「営業再開は2022年4月以降を予定しております」とのこと。
工事している雰囲気は無かった・・・。コロナの影響か?横浜マリンタワー 名所・史跡
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「ホテルニューグランド」。
去年7月、1泊してクラシックホテルライフを楽しみました。
https://4travel.jp/travelogue/11700569ホテルニューグランド 宿・ホテル
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中華街の「朝陽門(チョウヨウモン)」まで来ました。
「朝陽門」は東に位置し、日の出を迎える門。守護神は青龍神で、柱の色は青です。
中華まんと月餅などを少し買って、みなとみらい線「元町・中華街」駅から帰宅しよう!朝陽門 名所・史跡
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と言いながら、横浜駅で京急本線に乗換える際に、これだけ歩くと家で飯作るのも大変でしょうと家内を気遣い、横浜駅で下車。
「串兵衛 横浜北西口店」に初入店です。炭屋串兵衛 鶴屋町 横浜西口店 グルメ・レストラン
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人気店らしく「予約されてますか~」。
予約無しですが、辛うじてカウンター席に案内されました。
ケースに入っている串類。見るからに新鮮。 -
ハツのたたき(450円(税込))。
奥に見えるのはお通しのキャベツ蒸しです。お替わり自由。
右のはネギサラダ。いずれも美味し。 -
鳥豚6本セット(1000円)。久しぶりに美味しい焼鳥でした。
これ以外にもちょこちょこいただきました。
この日は、豚足ラーメンのカロリーを消費すべく12キロ歩いたのですが、ケーキセットとこの店で、カロリー的には一進一退という悲しい結果でした。でも、ためになったし、楽しかったし、美味しかったから良しとしましょう(笑)。
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