2021/03/13 - 2021/03/14
918位(同エリア10664件中)
毛利慎太朗さん
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この旅行記のスケジュール
2021/03/13
2021/03/14
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電車での移動
青森10:39(652М)10:44
-
Cafe 水とコーヒー
-
電車での移動
新青森11:52(はやぶさ22)盛岡12:45
-
電車での移動
盛岡13:52(1542M)一ノ関15:19
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この旅行記スケジュールを元に
3月13日(土)~14(日)にかけて青森に一人旅をしてきました。
後編は1日目の後半と2日目の模様を合作した内容となりますことを予めご了承ください。
1日目の後半は「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」を見学ののち、善知鳥神社に参拝。
「JALシティ青森」にチェックインののち、「鎌蔵(のらくろ)」で夕食をいただきました。
2日目はホテルを9時半まえにチェックアウトののち、「廣田神社」を参拝。
新青森駅でお土産を買い、新幹線で盛岡へ。
「盛楼閣」で打ち上げののち、在来線で一ノ関へ帰着しました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 新幹線 JR特急 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- Yahoo!トラベル
-
青森駅を後にした私は歩いて『青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸』を目指しました。
国鉄及びJRの『青函連絡船』は明治41年(1908)~昭和63年(1988)に青函トンネルが開通するまで存在していた航路である。
奥に見える八甲田丸は昭和39年(1964)に就航した船で、手前の稼働桟橋は昭和27年(1954)に改造されたものである。
両方とも、平成23年(2011)に機械遺産に登録された。青函連絡船の生き証人(青森方) by 毛利慎太朗さん青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸 美術館・博物館
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まず、3階「青函連絡船記念館」より見学。
本当は”青函ワールド”が先だが、見落としてしまった。
青函連絡船を語るうえで欠かせないのが『洞爺丸』である。
昭和22年(1947)就航。
昭和27年(1954)8月にはお召し船(天皇陛下の乗られる船)となった栄誉をもつ船である。
しかし、翌月26日に台風15号により沈没、犠牲者1155人を出し、我が国における海難事故では最大となった。
原因のひとつに『船尾の貨物搬入口に扉がなかった』ことが浸水被害を拡大させ、その点が改善された。
また、八甲田丸には地下1階をブロックごとに厚い扉で区切ることによって浸水被害を最小限に食い止められるよう工夫されている点も伺える。
この事故を契機に世論は『青函トンネルの建設』に舵を切るわけとなる。 -
同じブースの『桟橋助役』のマネキン。
連絡船事務長(声が''星のカービィ''のカワサキの声に似ていた)と出発するかしないかの押し問答をやっております。
事務長は『お客さんが待ってるんだ』とキレてますが、助役の表情はまだ余裕があるような感じです。
これを考慮して操舵室の航海士の表情を見ると面白いです。 -
同じブースの『グリーン指定席』
現在はビデオシアター(これ全部見ると2時間!)の座席に流用されております。
1人がけで当時は運賃2000円+グリーン料金1600円
座席を最大限に倒すとベッドのようで、深夜乗る分には快適だったであろう。 -
同じブースの『羊蹄丸のグリーン自由席』
こちらは2人がけで、当時は運賃2000円+1100円。
こちらも快適度は指定席と負けじ、劣らじで、特急グリーン車なみといったところ。 -
場面変わって4階の操舵室。
速度計など計器やら機械やらが多いのは、ここだけでなく同階『無線通信室』や地下1階『総括制御室』もそうなのではないか。 -
先程の『桟橋助役』の表情を思い浮かべてこの航海士の顔を見ると、こりゃ相当オコですな~
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航海士の手元には『羅針盤』
コロナ禍の昨今、我が国の羅針盤はどの方向をさすのやら。
少なくとも『消費増税』という四文字は勘弁願いたい。
航海だけに『後悔』しない未来にするためにも、”選挙”ってのは重要。 -
天気がすぐれず、下北半島などは遥かに霞んで見えるだけ。
なにか目ぼしい被写体はないかとカメラを構えると、『津軽海峡フェリー』というカモが。
こちらの運賃はスタンダードで2260円とのこと。 -
エレベータで一気に1階へ降りる。
こちらにはいろんな車両が展示されていたが、気になった車両を3つほど。
まず、キハ82-101
キハ81は今はなき交通科学博物館(大阪)でみたことがあるのですが、82は始めてですね。
東北で展示しているのはここだけ。
『ヘッドライトカバーのケースが丸っこいのが女性的、連結しても美を損ねないパノラミックウィンドウ』(某トラベラーさま談)
しかしながら、特急章と前面幕くらい、レプリカでもいいので作ればと思う。 -
なんなら、3階の特急章つければいいと思う。
-
さて、食い込みが美しいパノラミックを、え~っ!
配管が多いから、やむなしか。 -
光輝く『JNR』の文字に酔いしれる。
Japan National Railwaysの略である。 -
無論台車も確認。
軸バネ部分は103系のウィングばねであるが、枕バネは空気バネと見たり。
乗り心地は当時にしては良かったんだろうな~ -
無論製造銘板も撮らねば!
『昭和40年(1965)』とある、台車はこの年度から若干の改良が加えられたそうだ。
製造会社はかつて気動車のパイオニアであった『宇都宮 富士重工』 -
写真は手前から控車・ヒ600とDD16-31(昭和49年・1974 川重製)
え~と、入れ替え用機関車って、たしかDE10だったはずだけど。
そんな疑問はさておきDD16を取り敢えずDE10に見立てて解説すると、貨物の出し入れには必ず控車を介して行われ、このように連絡船内まで入ってくることはなかった。
なぜかというと、船は泊っているように見えても上下左右に揺れていて、稼働桟橋もその影響で不安定である。
そこで機関車がエンジンをかけると脱線及び貨物に追突する恐れがあるためこのように控車が必要となる。
決して稼働桟橋に負荷をかけるためではない。
そうだと北海道向けSLが甲種輸送できないことになる。 -
さて、次は地下1階のエンジンについて紹介。
1台当たり1800馬力、これを8台積んでいるので合計で12600馬力となる。
参考までにDD51は概ね2200馬力、DE10は概ね1350馬力である。
感想としてはDD51のエンジンをさらに大型化したようなものが並んでいる、そのような印象だ。
機械萌え及び工場萌えなんかには一応勧めておこうか。 -
再び1階の車両展示スペースに戻り、キハ82のまともな”顔”を撮ってから見学終了。
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続いて石川さゆりの名曲「津軽海峡冬景色」の歌碑を訪ねる。
風も強くなってきたが、某街宣車なみの音量でビックリ!結構大音量、一関にある某歌碑と比較して。 by 毛利慎太朗さん津軽海峡冬景色歌謡碑 (八甲田丸付近) 名所・史跡
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船尾じゃインパクトに欠けるので、当然船首も!
さっそく表紙に使っちゃいましょう。 -
八甲田丸より歩くこと約15分、善知鳥(うとう)神社へやって参りました。
◎主祭神
多紀理毘売命(たきりびめのみこと)
市寸嶋比売命(いちきしまひめのみこと)
多岐都比売命(たきつひめのみこと)
いずれも福岡県・宗像大社の御祭神で、天照大御神と須佐之男命(すさのおのみこと)の誓約(うけい)によってお生まれになった女神です。
話は三貴子(みはしらのうずのみこ)の話の続きです。
父の意に反し、亡き母が住む”根の国”へ赴くため、別れの挨拶をしに高天原へ上った須佐之男命。
姉である大御神は攻めてきたと勘違いをし、武装して弟を迎えます。
誤解を解くために須佐之男命は誓約(占い)をし、大御神が須佐之男命の剣をかみ砕いて、息を吹くと先ほどの女神がお生まれになりました。
続いて、須佐之男命が大御神の勾玉を同じようにすると天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)など五柱の男神がお生まれになりました。
須佐之男命は「優しい女神が生まれたので自分には邪心がない」とおっしゃり、大御神は弟を許します。
しかしながら、このあと須佐之男命が皮をはいだ馬を機織り小屋に投げ込み、織女が犠牲になるという暴挙をしでかすため、天岩戸→須佐之男命が高天原から追放→ヤマタノオロチ退治という流れになるわけです。
◎神社の歴史
第十九代・允恭天皇の御代(西暦412~453)、この地を平定した善知鳥中納言安方(うとうちゅうなごんやすかた)卿により創建。
安方卿はこの地の住民に漁業や農耕などの生業を教えた御仁でもある。
大同2年(807)坂上田村麻呂大将軍により再興。
南部・津軽など歴代領主からの崇敬も篤く、明治9年(1876)県社に指定。青森総鎮守の御社 by 毛利慎太朗さん善知鳥神社 寺・神社・教会
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御朱印の初穂料は500円でした。
お印と筆の運びも力強く、頂いた甲斐がありますね。
心なしか、参拝ののち、足の運びも軽やか気分になりました。 -
時刻は16:46ころ、荷物を置いて居酒屋に出向くにはちょうどいい時間なので「JALシティ青森」にチェックインするとしますか。
ハードがすんばらしい。 by 毛利慎太朗さんホテルJALシティ青森 宿・ホテル
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スタンダードシングルを朝食付で予約したのですが、料金そのままツインにグレードアップされていて、それだけでも大興奮!
開業から20年以上たっているのに綺麗な部屋ですね、アップグレード怠りなし。 -
わ~、ほんまもんの「プラズマクラスター」や。
「三交イン」以来やわ~(何気に関西弁) -
電気ケトルも備えてあり、珈琲セットも無料です。
このあと酔い覚ましにほうじ茶と珈琲を頂きましたが、フツーに美味しかったです。 -
テレビはどうやらケーブルテレビらしく、テレ東系やwowowなんかも見れるのがありがたい。
Wi-Fiはさすがに完備で、インド人もびっくり(元ネタ知ってる人もびっくり) -
バスルームも満足の広さで、清潔感ある。
ハンドソープ(兼・洗顔ソープ)は花王、シャンプー類はMIKIMOTO! -
アメニティーは歯ブラシ他、髭剃り、入浴剤、シャンプーハット、マウスウォッシュ、綿棒、化粧のパフ、ヘアブラシとこれも東○イン比較でもう充実也。
これで5747円-285円(割引)=5462円はコスパがバカになりそうです(誉め言葉) -
さて17時を回ったので、そろそろ夕食としますか。
場所は、ホテル真向いの鎌蔵(のらくろ)で。
お、入ってさっそく酒豪・吉田類大先生のサインが!
おそらく大将をモチーフにしたサインだろうが、盛岡の「平興商店」の女将さん同様、耳が生えてます。のらくろ、と読みます。 by 毛利慎太朗さん鎌蔵 グルメ・レストラン
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座った席の後ろ側にも冷蔵庫があったのですが、こちらは高野玲子さん(1938~)の”作品”です。
北海道出身で、武蔵野美術大学卒の版画家さん。
主に「猫」を作品のモチーフにされている方です。
どうやら、青森のねぶた製作にも関わったことがあるみたいです。 -
まずはビール(税込500円)片手に”つまみ枝豆の奥さんは江口ともみ”としますかw
※枝豆は500円でした。 -
大将は元自衛官ということもあり、奥にミリタリーアイテムが!
こういう展示方法、いや~好きですねぇ~(byポケモンのスキゾーさん)
自衛官のみなさん、我が国をまもってくださいまして有難う、敬礼! -
そんで件の大将だが「私の写真も撮っていいから、じゃんじゃん宣伝して」とおっしゃってくれたので、採用させて頂きます。
竹を割ったような御仁で、話も明るく軽快なり。 -
枝豆をビールで流し込むことしばし、帆立刺身(500円)が登場。
青森に来たのなら、さすがに頼まねば。
大将曰く「貝柱1個でも200円するのでほんとは苦しい」とのこと。
いやそれにしても、卵巣(オレンジ)、精巣、ヒモまでついてこのお値段でいいんですかね~
精巣と卵巣は冬の味覚で、鱈の精巣に負けじ劣らじ。
クリーミーというか、これぞ醍醐味というか。
ヒモも新鮮で、こりっこりのしゃっきしゃき。 -
と、同時にたのんだ「あじ刺(500円)」も登場。
こちらも酢醤油が予めかかっており、薬味にショウガや青ネギが載っています。
(酢醤油が嫌いな方は大将が注文時聞いてくるので、遠慮なくおしゃってください。)
しょうがでさっぱりもいいのですが、大将が「帆立のわさびもつけてみてください」とおっしゃったので、試してみると辛さが締まってこれも乙な食べ方ですね。 -
やはり刺身と言えば日本酒と思い、吉田大先生も頂いた田酒を頼もうとすると大将が「同じ蔵元の喜久泉もお勧めです。」とおっしゃったので、頂きました。
ビールで舌を慣らしたので、も~スイスイいっちゃいます。
吟醸香もラムネのようで、お刺身にあいますな~
値段は二合単位で、1200円也。 -
〆に焼きそば(500円)でもと思ったところ、「2人前だから多いよ、おでん食べていきなよ~」というご厚意により、おでん(確か500円)にした。
青森らしくショウガみそが載っており、さわやかな辛さが食欲を刺激する。
いや~大将ごちそうさまでした。
機会があれば是非よらせていただきますよ~ -
明けて3月14日(日)の6時半すぎ。
ホテル1階のレストラン「ラ・セーラ」で朝食と相成りました。
昨日チェックイン時、「メインは和食(バラ焼きとか、いがめんちとか)と洋食どちらが宜しいでしょうか?」と尋ねられ、やっぱイングリッシュブレックファーストが食べたくなったので、洋食をチョイス。
ちなみに旅行当日はスープ・パン・サラダ・ヨーグルト・ドリンク等は”セミブッフェ”でしたが、4月1日より完全ブッフェが復活するそうです。
写真のスクランブルエッグはフワトロで、オムレツもいいけどこれもなかなかです。JALシティの朝食 by 毛利慎太朗さんレストラン ラ・セーラ グルメ・レストラン
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コロナ対策もばっちりで、消毒とビニール手袋・マスク着用のうえ、ブッフェメニューを取る形となりました。
リンゴドレッシングとリンゴのコンポートの味が薄い、クロワッサンはヤマザキやコストコのほうが好みというツッコミもありましたが、概ね口に合いました。 -
朝食ののちはwowowでルパン3世の長編を鑑賞、9:20過ぎにホテルをチェックアウト。
本日は予報通り雨がザーザー降ってますが、『廣田神社』へ向かいました。
手水で清めようとすると(柄杓は感染防止の観点からございませんでしたが)、りんごが浮かんでいて、ご当地らしい光景でホッとしました。 -
◎廣田神社の主祭神
天照大御神 荒御魂(あらみたま)
まず、当社では厄除けに霊験あらたかな神様として識られております。
次に、荒御魂とは、神の普段穏やかな側面を和御魂(にきみたま)と申しまして、それに対して荒ぶって、エネルギッシュな側面を指します。
神宮の別宮『荒祭宮』や兵庫県西宮市『廣田神社』の御祭神としても識られております。
大御神の荒御魂は、神功皇后による三韓征伐(仲哀天皇9年・西暦200~翌年まで)の際、軍船の先鋒を担った神様です。
◎相殿神
大国主命(おおくにぬしのみこと)
事代主命(ことしろぬしのみこと)
蛭子命(ひるこのみこと)
大国主命は大黒さまとしてお馴染みで、出雲大社の御祭神ですね。
事代主命は大国主命の御子、蛭子命は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)に産まれた最初の御子で、両柱とも”恵比寿さま”とよばれている神様です。
◎配祀神
藤原実方公(生年不詳~長徳4年・999)
進藤庄兵衛政次翁(慶長19年・1614~貞享3年・1686)
進藤翁の夫人
実方公は陸奥の国司として、長徳年間(996)に当社を建立されました。
一条帝より「歌枕見て参れ」として陸奥国へ赴いた方で、宮城県名取市にお墓があります。
進藤翁は弘前藩2代・津軽信枚(のぶかた)公~4代・信政公に仕え、『鬼の庄兵衛』『じょっぱり(強情っぱり)家老』の名に恥じず、主君に対しても諫言を辞しませんでした。
青森御仮屋・城代の頃、視覚障がい者を差別せず「きちんと指導すれば健常者にも劣らない働きをする」とし、見事な堀を築いた逸話があります。
そこから「福祉増進の神」としても崇められております。
ちなみに、青森御仮屋は寛文9年(1669)に起きた蝦夷地(北海道)の蜂起を受けてその軍事中継拠点として2年後に整備。
事態が落ち着くと、藩主の休憩所となり、明治4年(1871)には県庁が置かれました。主祭神は天照大御神の荒御魂 by 毛利慎太朗さん廣田神社 寺・神社・教会
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拝殿脇には「人形(ひとがた)祈願」があり、試してみました。
人形に願い事・氏名・年齢を書き、3回息を吹き付け、全身をさすります。
そして”初穂料(お気持ち)”とともにお賽銭箱に納めます。
手軽にできる厄除けなので、「疫病退散と無病息災」を祈願しました。 -
拝殿の中もなかなか青森らしい光景ですね。
幣殿(奥)左手に獅子、右手には龍のねぶたが。
手前は津軽神楽の演目である磯浪(いそら・左)と千歳(せんざい・右)のねぶた。
津軽信政公が祀られている高照神社(弘前市)に奉納されたものを起源とし、代々周辺の神職により継承されております。
信政公と進藤翁の縁もあり、毎年6月には当社にも舞が奉納されております。
磯浪は海底にすむ神で、三韓征伐の際、軍船の航行を助けました。 -
千歳はその戦勝祈願の際、神功皇后が臣下に酒をふるまい、武内宿禰(たけのうちのすくね)が国の弥栄(いやさか)を祈った舞に由来。
津軽藩関係だけでなく、三韓征伐関連という点でも繋がりを感じました。 -
せっかくなので見開きの御朱印を頂きました。
初穂料は壱千円。
幣殿のねぶたをあしらっておりますね~ -
御朱印は常時頂けるものだけで10種類あり、お次は7の青森県か、期間限定・ねぶた御朱印も頂きたいです。
御朱印帳やお守りもスタイリッシュなデザインで好感をもてます。 -
さて、神社から約1キロで駅に到着。
ダイナミックレールパックを宣伝するのはいいが…青森駅 駅
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新幹線のイメージがまさか、お隣の会社の車両というのが解せぬ。
これじゃ、E5系の立場がない… -
10:39 青森発
いつも真正面からなのでたまには斜めからプレハブをw
11:52発のはやぶさ22号にのるためには、11:22発の列車でも間に合うのですが、新青森駅でお土産を買う都合上、1本早めの電車に乗り込む。
”秋田行き”ですが私を含め新青森で降りる客が多く、着席率9割→4割となった。
はたして、秋田までこれプレハブで”修行”する猛者はいるのか? -
10:44 新青森着
あおもり旬味館でお買い物をするため、1階に降りたわけですけれども、巨大な版画のタイルがありました。
「青い森に放つ」というタイトルで、元となった版画は平成15年(2003)に市民製作されたもの。
左手に”アベック”がいたもんで、全体像を写せないのがやや残念なところ。
何気に死語を持ち出したが、現代だったらカップルとか、リ○充とか。
べ、べつに羨ましくなんかないもんね(デレッ)新青森駅 駅
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ねぶたの観客に紛れてこんな方もおりました。
『♪パッパカパッパ~パッパカパカパカ♪僕のおじさんがさ~青森市長と知り合いでさ~』って自慢話が聞こえてきそうです。 -
さて、旬味館内にある「あおもり北彩館」の試飲自販機で”田酒”を飲んでみました。
店員さんから使い捨て紙コップをもらって、100円を投入します。
ん~昨晩”鎌蔵”の大将が行ってた通り「良くも悪くもねちこい」
味としては一ノ蔵に近い感じであるが、下戸の父が飲むには「濃い」と感じる。
なので昨夜呑んだ”喜久泉”(4合瓶・税込1100円)を2本、クール宅急便で発送してもらうことに。
送料は梱包料金も入ったので1490円ほどかかったが、美酒を愉しむためにやむなし。主に、試飲自販機について。 by 毛利慎太朗さんあおもり北彩館 新青森駅店 グルメ・レストラン
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列車までまだ時間があるので、同じブースにある「Cafe 水とコーヒー」で一服。
「モカ・ナチュラル(税込450円だが、当日は50円引き)」
では1口、ん~ラズベリーのような酸味ですね。
白神山地の水を使っているので、心なしかまろやかな風味です。
さすがスペシャリティーコーヒーを出す店です。 -
11:52 新青森
↓はやぶさ22号
12:45 盛岡
乗ってきた列車は途中停車駅は八戸のみで、快走。
乗車率は3割→4割ほどでした。
このように盛岡からは「こまち22号」と併結し、一路東京へと向かいますが、私は昼食の為下車。盛岡駅 駅
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新幹線改札内待合室の付近に駅スタンプを発見!せっかく新幹線に乗車したのなら”押し鉄”していきたいですね。
モチーフは夏の風物詩、さんさ踊りです。
♪チャッコラ~ソイヤ、ワッセ♪盛岡駅 駅
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さきほどのスタンプ台紙に「わんこロード(東の通路)に東北本線130周年記念スタンプ」があるとのことなので、さっそく向かってみました。
さりげなにわんこ兄弟がいます。
”とふっち”と''そばっち”ですね。
https://iwatetabi.jp/wanko/introduction
とふっちは豆腐をモチーフにしており、平成29年~令和元年度調べで、盛岡市は豆腐購入金額日本一だったりします。
今年の10月31日まで設置してます。 -
駅スタンプの配置図はこの通り。
昨年の8月に”御一新”されたみたいです。
時間の都合で南改札(はやぶさ)と北改札(こまち)は割愛させていただきます。 -
さて、お待ちかねのお昼!
盛岡駅向かいのビル”ワールドインGENプラザ”2Fの”盛楼閣”に向かうとしますか。
昔、盛楼閣のCMを見る度「ワールド隠元プラザ」だと思っていましたが、訪れるのは初です。
取り敢えず「白州ハイボール(税込870円)」で喉を潤します。
くぅ~、五臓六腑に染みわたりますな~
久住昌之大先生なら『麦炭酸』とかいいそうですが、麦の爽快な風味が口の中を駆け抜けます。
『角』や『オールド』に比べ、ドライなアルコール。 -
フードはまず上定食(2200円)を注文。
おかずの種類が豊富で、スープの量も多いですね。
キムチもすっきりした辛さと酸味で、箸休めに◎
仮に、市販の『こ○うまキムチ』だったら、甘ったるいかも。
お好みで卵をつけて食べるのは市内の「食道園」と同じだけど、2枚つけて食べただけで、あとはそのまま飲みこんだ。
だって、卵の冷たさで肉が冷めるのはあまり好むところではないので。盛楼閣 グルメ・レストラン
-
並定食(1350円)はカルビですが、上定食はロースです。
メニュー表に比べ、一見ボリューム感が欠けるように見えるが、肉一枚が分厚いっ!
味付けも『やまなか家』に比べ薄目ではあるものの、素材を生かした感じで好評価。 -
「六ジンハイボール(780円)」が気になったので、試してみることに。
ジンは普通、「ジェニパー」という木の実を香りづけに使うが、これは「桜花・桜葉・煎茶・玉露・山椒・柚子」と日本古来の素材を使っているのが特徴。
実のところ、ジンは初だが、スイスイとした呑み口でこりゃいける。 -
ごはんがまだあるので「牛タン・塩(1750円)」を追加。
これも4枚ほどだが、1枚1枚分厚く、脂がのって、柔らかい。
こんなに美味しいタンを食べたのは仙台「三林精肉店」以来。 -
13:52 盛岡
↓1542М
15:19 一ノ関
昼食後ちょうどいい列車があったので、「フェザン」に寄らずまっすぐ帰ります。
やはり最後までプレハブに愛されているな~といったところで文を締めます。
ご覧くださいましてありがとうございました。盛岡駅 駅
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この旅行記へのコメント (8)
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- 横浜臨海公園さん 2021/03/30 14:08:59
- 元航海士殿
- 毛利慎太朗さま、こんにちは。
青函連絡船は廃止前に乗組員だった方々が第一希望会社にJR東日本を選択した方が多く、以前は東京駅や新宿駅に元2等航海士殿や〇〇丸事務長だった方が勤務されていて事務室で青函時代の生話など聞かされた体験を有しております。
電話でのやり取りなど、何時も喧嘩腰だったそうで、恨まれて下船の折にボコボコにされた陸上員もいたとか....
1人用リクライニングシートは3等制時代の1等の名残です。
2人リクライニングと異なり、最大降角が大きく、小生などは、はくつる電車寝台下段→青函1人用グリーン→おおとりのパターンで渡道しておりましたが、乗船と同時にシャワーを浴び、船長と事務長から挨拶を受け、操舵室でコーヒーなどご馳走になりながら、説明を受け、海峡途中で座席に戻り転寝をして疲れをとっておりました。
82系の台車はDT31型で横軽アブト通過対策でディスクブレーキになっていたのにお気づきだったでしょうか?
181系特急気動車も1次型はDT36型は通常タイプで2次型以降はディスクタイプで、制動時の衝撃が少なく乗り心地はディスタイプの方が遥かに良かったのを記憶しております。
横浜臨海公園
- 毛利慎太朗さん からの返信 2021/03/30 16:49:49
- Re: 元航海士殿
- 横浜臨海公園さま、毎度ご覧くださいましてありがとうございます。
そして、ご助言痛み入ります。
まずは青函連絡船について。
やはり、電話でのやりとりは結構熱かったんですね。
なにげに桟橋助役と航海士殿の表情が対比になってるんじゃないかと思い、ついついカメラを構えてしまいました。
しかも、船員さんと懇意とは!恐れ入りました。
今はも~新幹線でぴゅ~っといってしまうので、寝台→連絡船→ディーゼル特急という贅沢な旅ができた時代が羨ましく思います。
貴重なお話を聞かせて頂きありがとうございます。
次にキハ82について。
ディスクブレーキという事実は旅行記を作り終えて、うっすら気づいた感じですね。
キハ181もおおむねディスクブレーキでしたけれども、次のキハ183は普通の踏面ブレーキに戻ったと聞きました。
それ以降、ディスクブレーキは気動車では採用されないもの、今日のスポーツカーや新幹線など高速性能を必要とするものはディスクブレーキということを最近知りまして。
最後に、東海道線大府-名古屋-尾張一宮の旅行記を拝見しました。
内務省で後藤新平伯の薫陶を受けた田淵寿郎氏(技官・助役)が名駅通りを作ったというお話を拝読して、伯の人材育成という能力をあらためて実感した次第です。
新幹線の父こと十河信二氏しかり、公選初代仙台市長の岡崎栄松氏しかり。
岡崎氏は関東大震災震災復興の隅田川公園を参考に勾当台公園など大規模な公園を整備されたことで知られております。
伯は「金を残して死ぬのは下、仕事を残して死ぬのは中、人を残して死ぬのは上」とかねがねおっしゃっておりましたので。
名古屋市史はこのような素晴らしい人物を、飾りなくありのまま紹介しているとは、「歴史の一級資料」とはこのことをおっしゃるんですね。
※浅学菲才で所々間違っているかもしれませんが、なにとぞお許しください。
- 横浜臨海公園さん からの返信 2021/03/31 13:48:57
- ディスクブレーキ
- 毛利慎太朗さま、こんにちは。
掲示板を拝見させて頂きました。
日本の狭軌鉄道車輌でディスクブレーキを主流として使用しているのは相模鉄道の電車ぐらいなものです。
狭軌では台車構造が複雑化する為に現場の検修がディスク採用を嫌悪する事から、日本ではなかなか浸透しません。
仰せの通り、183系0番台は車内の気密性はアップしたものの、踏面ブレーキを使用する為に、初めて乗車した際の感想は余り芳しいものではなかったと記憶しております。
その後、500番台が登場し格段に乗り心地は向上したものと感じました。
JR東海で快速みえ号の為に、キハ58型にDT22型台車を82系で使用したDT31型に履き替えた時は、同じキハ58型で雲泥の差があったのを記憶しております。
やはり、キハ58型よりDT31型を履いたキハ57型の方が乗り心地はよかったです。
電車ではJR西日本の681系はディスク採用で好印象でしたが、やはり現場から批判が続出し683系では踏面採用に舞い戻ってしまい乗り心地が低下した心象はぬぐい切れません。
小生、函館駅からキハ82系おおとり号に乗車しキシ80型で、サッポロビールに大振りな焼き魚定食を味わいつつ入道の儀式としておりました。
横浜臨海公園
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- Akrさん 2021/03/29 10:01:19
- 旧青森駅も鬼籍入りですか・・・
- 毛利慎太朗さま
おはようございます。Akrでございます。
前後編一気読みさせていただきましたのでこちらへ書き込みさせていただきます。
久しぶりの旅行記投稿ですね。コロナ禍でも東北地方での移動だと安心感がありますね(諸悪の根源エリアの人間が言う事じゃないですね)私の拙い旅行記もご紹介いただき、恐縮です。
弘南鉄道は、未乗なので一度乗りに行きたいんですよ。今や数少ない東急7000の「動態保存機」がある路線なので。ちょっと前までなら飯坂線に行けば嫌でも乗れたのに。さすが地方民鉄でも齢60近い車は保守も大変なのでしょうね。弘南鉄道のはほとんど車内がオリジナルを保っていて(というか放置プレイで)大変、良いと思います。「東横のれん街」のつり革があれば最高なのですが。
中央弘前駅は田舎のスーパーに見えます。絶対に中で賞味期限の切れた食品売ってそう(笑)
青森駅は廃れちゃいましたね。
昨夏に旧駅舎や構内を眺めて来ましたがあまりの廃れっぷりにブルーになりました。私の中では青森駅と新潟駅万代口が無くなったのがショックでした。
ところで青森駅ホーム上の「14系9ボ キ」ですが、わかりません(わかんねえのかい)私の想像では季節波動が激しく編成が変わる「はまなす」の停目(駅係員用の)じゃないですかね。「ボ」はわかりませんが「キ」は機関車のキかな。
構内電話のアレは笑いました。中には絶対、たまが居ると思います。日曜の夕方6時半に調査願います(笑)
今回も「呑み」も冴えわたっていますね。青森の「鎌蔵」はよく見つけられましたね。あれで「のらくろ」と読ませるのはちょっとわからないですね。帆立が超絶美味そうです。帰りもまっすぐ帰らずに盛岡で焼肉打ち上げとは!
いつもながらボリュームたっぷりの旅行記でした。
-Akr-
- へけけさん からの返信 2021/03/29 11:31:42
- Re: 旧青森駅も鬼籍入りですか・・・
- Akrさん 毛利慎太郎さん こんにちは 乱入させていただきました
Akrさん、相変わらず返信が早い←お前もな
今回、Akrさんの貼り付けた毛利慎太郎さんの旅行記を拝見してフォローさせていただきました よろしくお願いいたします。Akrさんと同じ匂いがする方とお見受けしました。もちろん最大の褒め言葉です。
一ノ関からだと青森が近くていいですね 大好きな青函連絡船、キハ82 素晴らしいですね そしてJNRマーク JRマークになったとき、これは一時的なものであとでちゃんとデザインされたものが出来ると思ってました 本当につまらないマークです
ホタテは本当に美味しそうですね!たまりませんね。日本酒ですね!
読みごたえがある旅行記ありがとうございました へけけ
- 毛利慎太朗さん からの返信 2021/03/29 12:41:58
- Re: 旧青森駅も鬼籍入りですか・・・
- Akrさま、へけけさま早速ご覧くださいましてありがとうございます。
そして、へけけさま、乱入ウェルカムでございます。
まず、『大鰐線のつり革』ですが、実は裏側に『東急のれん街』と書いてあるのを撮ったんですよ、家に帰ってウプ(up)します。
次に、青森駅についてもろもろ。
Akrさま、『14系ボ』について、ご指摘痛み入ります。
『ボ』はまさか、ボギー車ではないですよね(無理があるか)
続いて構内電話について。
今度一応日曜6:30に調査してみますかw
へけけさまの『崎陽軒の東京調製、横浜調製調査』に比べ、大規模な調査ではないですが。
続いて、青森駅西口について。
西口もレトロな駅舎なのですが、調べ忘れたのをお許しいただければと。
鉄の間では『県庁所在地なのにショボい』と有名でしたけど。
ちなみに、スーツ氏は早速新駅舎について調査しており、27日の開業初日では西口、東口とも原型をとどめておりますが、旧跨線橋ともども時間の問題でしょうね。
ちなみにパーイチの80号機もちらっと写ってるので、ご覧いただければと。
https://youtu.be/u_Jp_XSers8
時間が迫りましたので、取り急ぎ返信ということで。
- 毛利慎太朗さん からの返信 2021/03/29 18:11:58
- Re: お二人へ朗報です。
- Akrさま、へけけさま、こんばんは。
「東急のれん街」「東急お好み食堂」「東急百貨店」「109」のつり革をupしましたので、ご覧いただければ幸いかと。
続いて、コメ返しの続きです。
青森駅の東口駅舎について。
ここ数年で、熊本、米子、新潟など国鉄時代からあるコンクリート駅舎が取り壊されていって、木造駅舎ほどではないけどなにか物悲しさを感じます。
コンクリートという無機質なものですが、親父の背中のような哀愁というかそういうものも感じますね。
なんか「出張した気分」になるというか。
昔の香港の不夜城のグジャグジャ感が好きだとおっしゃる方もいて、とにかくノスタルジーを感じるものがいきなり小綺麗になると、やっぱ違うんですよね。
東急を例えに持ってくると「ヒカリエ」じゃないんだ、「東横店」がいいんだと。
コンクリート駅舎であれば上野や小樽などは残ってほしいですよね。
次に弘南鉄道について。
Akrさま「動態保存機」「田舎のスーパー」は大笑い致しました、言いえて妙です。
なんちゅうか、岩出山らへんに八百屋みたいなスーパーがあったような気もしますが、そんな雰囲気を外観で醸し出します。
実際中は渋民駅にあるような煙突のあるストーブと、ラッチ、窓口と一昔前の駅のホームにあるような青、オレンジ、黄色の椅子が並んでるんですけれどもね。
7000系も大鰐線の車両はすべてオリジナル顔らしいですが、弘南線には福島交通にいたような中間車改もいるらしいです。
ま~7000系に関しては、福島交通のほかに十和田観光電鉄にいた7700系に乗ったことがありましたが、純粋な7000系だとこれが初ですね。
津軽大沢にいた6000系(保留車)同様、錆に強いステンレスなので半世紀たった割に外観は驚くほどきれいですが、中はお察しの通りです。
でも、この内観と30~40キロというゆったり感、警笛の「プ~ン」という音がエモいというか~ノスタルジーというか。
この段落むすびに「2023年まで収支改善しなければ廃止」との記事も上がってるので、記録はお早めにどうぞ。
https://tabiris.com/archives/owanisen/
第三に「鎌蔵」について。
「吉田類の酒場放浪記」で取り上げられたのを見て、吉田大先生は「田酒」を燗にして召し上がってました。
当初、BTSさまが旅行記で紹介した駅前の「紀文寿司」に行く予定だったんですが、雨が夕方から降る予定だったので、かばねやみ(面倒くさくて)に思い、ホテル向いの「鎌蔵」にしました。
読み方は初見殺しとして、これぞ酒場という雰囲気で酒もはがいぐ(進む)
「喜久泉」お勧めです、2合単位ですがあっという間になくなります。
「一ノ蔵」などを飲みなれていらっしゃるのであれば「田酒」もいいですね。
帆立はちょうど旬の精巣や卵巣などの醍醐味も食べれて”口福”でした。
おでんもなかなかです。
- 毛利慎太朗さん からの返信 2021/03/29 19:31:32
- Re: 旧青森駅も鬼籍入りですか・・・
- 第四に「jnrマーク」ですが、いぶし銀のような貫禄があって、人で例えるなら「大杉漣」さんのような感じですか。
もう少しひねりを加えるなら、阪急の社章みたいにレールやら、国鉄の社章みたいに動輪をあしらった重厚感あるデザインとかがいいでしょうね。
一関市の市章も前のリボンのようなデザインが好きだったりします。
https://blog.goo.ne.jp/obenben/e/e07caad9df1d1af3918435f0d3ae660e
長くなりすぎたのでこれで締めますが、「Akrさんと同じ匂いがする」件ですが、へけけさま、Akrさまに比べまだ鉄道歴12年(中二より)のあまちゃんなので、こんな私でも誉めてくださいまして大変光栄です。
昔は貨物の追っかけもやってましたが、最近は「鐵アイテム」の取材を中心に緩くやってますんで、今後ともよろしくお願いします。
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